インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
実は結構凄い人でした。
世紀の会談*1から1週間。2月第1週の土曜日。地球側で纏められた、宇宙文明からの購入を希望する品目のリストが、束から“首座の眷族”のアラライル議員へと提出された。
因みに提出するにあたり、「地球文明から正式に提出する物なので国連機関から出すべきでは?」という意見も僅かながらあったが、「束博士以外の誰が向こうと交渉できるの?」という圧倒的多数の意見によって、彼女が提出する流れとなっていた。
そして今回の会談もオープンであり、リアルタイムで映像配信されていた。ただ前回とは違いオンライン会談であり、束はイクリプスのブリッジから、“首座の眷族”のアラライル議員は地球圏に来るのに乗って来た船からそれぞれ通信していた。なお椅子に座る束の隣には晶が立っており、椅子に座るアラライル議員の隣にはサフィル秘書が立っていた。
『―――受け取った。確認するので、少し待ってほしい』
アラライルが空間ウインドウを展開してリストを確認し始める。開かれているウインドウには、次のように表示されていた。
・ワープドライブ搭載の標準的な輸送船
・上記輸送船の整備マニュアル、運用マニュアル
・宇宙航行に関する統一ルール
・翻訳機
・“首座の眷族”の義務教育で使用される教科書や参考書
・星図
・スターゲートMAP
・各文明圏の勢力情報
・各種族の特徴や概要情報
・各文明を構成する種族の生活様式
・宇宙文明の工業規格
・宇宙文明の食糧問題についてのアプローチ方法
・文明間紛争が起きた場合の調停役の存在の有無
・汚染環境浄化技術
・宇宙文明にある武器の種類情報(実物ではなく情報のみ)
・可能であれば地球人に宇宙文明の事をかみ砕いて教える教師
そうして暫くしたところで、アラライルが口を開いた。
『最後のは後ほど話すとして、汚染環境浄化技術は難しいですね。理由としては………の前に確認ですが、地球を調べた際に直近で起きた大規模な環境破壊と言えば、フランスという国で起きたバイオテロですか。それの環境回復を意図してのこと、という認識で良いですか?』
『ええ。それで合っています』
『ならば3つの理由で難しい、という返答になります。まず1つめとしては、他の星で使える環境浄化技術が地球に転用できるとは限らないということ。他の星では良い環境を作れるものが、地球では猛毒になり得る、というのは理解してもらえると思います。まぁ環境破壊の元になったものとフランスという国の地質・気候・地球人類という種の詳細な分析をさせてくれるというのであれば、地球環境に合わせたものを作れますが、その場合はコストが跳ね上がります。概算ですが、束博士が今回稼いだ額を軽く超えてしまいます。そして最後の理由ですが、テラフォーミング技術を流用する汚染環境浄化技術は、扱いが極めてデリケートです。万一扱いに失敗すれば、環境汚染ではすまない被害がでます。正直、今の地球の一般的な科学者の手には余ると思いますよ』
『テラフォーミング技術という広範囲を一括で調整するのではなく、ある程度の時間をかけてもいいので、特定物質の除去という限定的なものでしたらどうですか?』
『コストは抑えられますが、それでも束博士が今回稼いだ額を超えてしまいますね。また扱いが難しいという点も変わりません。なので、まずは環境技術を扱える人間を育てるのが先かと。あと少し助言しておくなら、我が文明圏に環境技術を専門にしている研究所があります。将来地球文明圏が、宇宙文明の外貨を稼げるようになったら助言を求めてみるといいでしょう』
『なるほど。ありがとうございます。他の物についてはどうでしょうか?』
『概ね、こちらが予想していた通りの内容なので問題ないですね。ただリストに数量についての記載がありませんが、これはどういう事ですか?』
『収入額と購入する物の単価が分からなかったので、話ながら決めようと思いまして』
『言われてみれば確かにそうですね。オープン回線なので個人収入を明らかにしたりはしませんが、輸送船と最後の項目以外は、地球文明圏内部に一定量を配れるくらい買えると思いますよ』
予想以上に多くの量を買える、と思った者は多いだろう。だがある意味で当然であった。何故なら今回の収入は、賞金首と襲撃者達が使っていた戦闘艦を売った合計だ。そして計50隻の戦闘艦の内、20隻はスクラップになっていたとは言えパーツ売りができるし、30隻は船体が歪んではいたが稼働状態だったのだ。地球人的な常識に当て嵌めて、戦闘艦の単価が一般的な書物や共通情報よりも、遥かに高いのは理解できるだろう。なお参考までに地球でのお値段を比較をすると、護衛艦が数百億円、10式戦車で7億円前後、石油タンカーで数十億円程度、書物の参考書は数千円程度である。文字通り桁が違うのだ。
『あら、思っていた以上に買えるのですね』
『そういう事です。ところで、船は中古にしますか? それとも新品で?』
『分解・解析用なので中古の方が良いですね。宇宙で長く使った場合の船体ダメージも調べられますし。あと、最大で何隻くらい買えますか?』
『残りの資金を全部使えば、数世代前のベストセラー機で30隻というところですね』
『余り多くても持て余すので、取り合えず10隻くらいで。整備・運用マニュアルも同数でお願いします。あと他の購入項目ですが、翻訳機は1000個、義務教育で使用される教科書や参考書は1000セットで。他のものは宇宙文明の共有情報になると思うのですが、その認識で合ってますか?』
『概ねそうですが、宇宙文明の食糧問題についてのアプローチ方法は、概要なら教科書や参考書で事足りますが、実用的なものとなると技術の購入となってかなり高くなります。どうしますか?』
『まずは概要把握で、理解が進んでから次を考えましょう』
『分かりました。では、それはリストから削除ということで』
『購入数についてはこんなところでしょうか。足りなくなったり、技術的観点から別の物が欲しくなった場合は、その都度購入という形にしようと思います』
『分かりました。準備させましょう。あと最後の教師役の派遣ですが、難しいが無理ではない、というところでしょうか』
『どのような点が難しいのでしょうか?』
『まず人を派遣するという事は金銭が発生するということ。そして地球文明が求める広範囲な知識をかみ砕いて教えられるとなると、こちらでも相応に高等な教育を受け、かつ教える対象であるそちらに対する理解も必要になります。私は今回の仕事をするにあたり地球の事を調べていますが、私が対応する訳にもいきません。――――――話が逸れましたね。つまり相応の人材を引っ張ってくるなら、相応に高い報酬を提示する必要があるという事です。そして文明に対する初期教育という重要性を考えれば、相場は更に跳ね上がります。ハッキリ言ってしまえば、今回博士が稼いだ額を超えるでしょう。ただこれだけなら無理とハッキリ言うのですが、無理ではないと言った理由は貴女にあります』
『どういう事でしょうか?』
『貴女は、こちらでも注目されているのです。以前の会談でも少し話したと思いますが、貴女は先進文明ですら基礎理論の構築から実用化にまで数百年、或いは千年をかけた技術を僅か数年で、しかも学ぶ相手すらいない中で、単独で実用化させた。そんな貴女と話したいと思っている科学者は多いのですよ』
『なるほど。私とのお喋りが報酬の代わりという訳ですね。ですがそちらには行けません。地球で色々とやる事がありますので』
『その科学者達もやる事があるので、今回のようにオンラインで構いません。ただ話の中でその科学者達が興味をなくせば、その時点で教師役も終わりという厳しい条件になります』
これは束としても分かる条件だった。科学者や博士なんて呼ばれる人種は、興味全振り趣味人間の代名詞だ。興味の無い事に付き合ったりはしないだろう。そして束としても、宇宙文明の科学者がどんな話をするのかは興味がある。話が合わなければ打ち切れば良いだけなので、まぁ良いだろう。
ただし、1つだけ条件をつけておいた。
『晶も同席させますので』
『オンラインなので、護衛という意味なら必要無いと思いますが?』
『彼は私のパートナーです。色々と、意見を求める事もあるんですよ』
この言葉を、アラライルは余り重要視しなかった。この天才が、学術面で他人に意見を求めるというのが想像出来なかったのだ。あったとしてもアイデア的な何かであって、学術的な意味ではないだろう。そう思ったのだ。ある意味で、至極真っ当な思考である。篠ノ之束が頭脳。薙原晶が武力。この役割分担は地球文明圏でのほぼ共通認識で、仕事柄地球について調べる事の多いアラライルが、同様の認識を持ったとしても何ら不思議ではない。また薙原晶に対する特記事項として、パイロットを育てるのが上手い、カラードという
では何故同席させるのか? 明確な理由を見つけられなかったアラライルは、パートナーと一緒にいたいという個人的感情によるものと結論づけた。
そしてこれまでの行動を見る限り、束博士の足を引っ張るような真似は決してしないだろう。
なのでアラライルは良しとした。
『そうでしたか。では、彼もどうぞ』
『良かったね。晶。これで一緒に聞けるよ』
束が隣に立ってた晶に笑顔を向ける。その表情はまさしく恋人に向けるものであり、この会談の様子が流れているお茶の間に、ほっこりとした雰囲気を届けたのだった。因みに彼女のいない独身男性諸君は全力で晶くんに憎悪の念を送っていたが、まぁ今更である。
『ありがとう』
『いいってこと』
現在は会談中であるため、流れを止めるのは良くない。こう考えた晶は、言葉少なく礼を言うに留めた。束もそれを理解しているので、すぐに本題へ戻ろうと思っていたが、アラライルが先に別の話題を切り出した。
『ところで束博士。1つ同意が欲しいのですが、宜しいですか?』
『同意? 何についてですか?』
『いえ、今回貴女が得た報酬を振り込むのに、こちらの文明圏に貴女の銀行口座を作らせてもらえればと思っていまして。ああ、補足説明しますと、地球でいうところの銀行と同じ概念と思ってもらって構いません。今は一時的な対応としてこちらで預かっていますが、いつまでもこのままという訳にもいきませんので』
『………確かに現状ですと、色々なやり取りに不都合ですね。分かりました。ただ、1つお願いがあります』
『なんでしょうか?』
『その口座の名義は私と晶の2人。つまり共同口座にしてもらえませんか』
『それは問題ないと思います』
これは金銭のやり取りを行い易くするという現実的な面以外に、今後も良好な関係を続けられるようにする為の布石であった。何故なら金銭的なやり取りを行い易くするという事は依頼をし易くなるという事であり、仕事というのは、程度にもよるが関係性の潤滑油になり得る。また彼女の能力は、宇宙文明でも十分に通用するレベルだ。辺境に関する依頼をする事もあるだろう。その下準備、という側面もあった。
なお余談ではあるが、束と晶の共同口座が作られる銀行は“首座の眷族”文明圏最大手の超巨大銀行であり、アラライル辺境議員の活動用資金を管理している口座も同銀行にあった。そして人類が知るのはもう少し先の事だが、辺境議員という役職は決して軽いものではない。辺境の情勢に目を光らせ、“首座の眷族”の障害となりそうなもの、友好的な関係を築けそうなもの、利益となりそうなもの、あらゆるものを見つけ政治的に対処していくのが仕事だ。広範囲かつ多岐に渡る深い知識が必要とされるため、誰にでも務まるような仕事ではない。更に言えば活動領域が銀河辺境という広大な範囲に渡るため、予算と権限も相応に巨大なものが与えられていた。地球文明と宇宙文明の交換レートが決まっていないので単純な比較はできないが、年間活動費用として米国国家予算10年分相当、しかも個人裁量で動かせるとなれば、どれほど巨大な権限が与えられているかが分かるだろう。
―――閑話休題。
『こちらからも良いでしょうか』
『なんでしょうか?』
『純粋な興味からなのですが、私と話したいと言っているそちらの科学者は、どんな分野の人でしょうか? 私にも得手不得手の分野がありますので』
『ワープ技術を独力で開発したという事で、ワープ関連に関わる技術者。地球で初の完全循環型地下都市を設計したという事で、惑星開発企業の技術者でしょうか』
因みに束との会話を希望する科学者の中には量子関連を専門に扱う者もいたが、それはアラライルの一存で握り潰していた。何故なら量子技術は量子物質変換技術に通じ、武装を虚空から取り出すISにとっては間違いなく基幹技術の1つだ。迂闊に触れようものなら、地球文明に過剰に警戒される可能性が高い。辺境に友好的な文明をつくるという目的を考えた場合、それは避けたかった。
返答を聞いた束は、ニコリと笑った。怖い笑みではない。だが雰囲気が微妙に違う。
(………恐らく、気付いたか)
アラライルの思いを他所に、返答は至って普通のものだった。
『そうですか。では、次を楽しみにしています。次も一週間後で宜しいでしょうか』
『ええ。構いません』
こうして購入リストの提出は終わり、今後幾つかの品が地球圏へと運ばれてくる事になったのだった。
◇
瞬く間に時間は経ち、1週間後。2月2週目の土曜日。再びリアルタイム配信が行われている中で、束は話していた。彼女の前に展開されている空間ウインドウは2つ。1つにはアラライルが、もう1つには初老の男性のように見える者が映し出されている。
『今日紹介するのは、こちらの文明圏でワープ技術について研究している者だ。名をケイトリンと言う。肩書きは………まぁ小難しい事は無しにしよう。では、科学者同士の話し合いを楽しんでくれ』
そう言ってアラライルのウインドウが消えると、束が先に口を開いた。
『初めましてケイトリンさん。私は地球人の篠ノ之束。隣にいるのがパートナーの薙原晶。今日はお話がしたいとのことですが、何から話しましょうか?』
『そうだな。まずは簡単なところから聞いてみよう。ワープイン・ワープアウトの時に発生する空間湾曲線についてはどのように処理しているのかな?』
『難しい事はしてませんよ。ワープイン・ワープアウトの前に空間状況を観測し、事が終わった後に元に戻すように空間制御でしてるだけですから』
『それだと空間状況が荒れている場合、船の制御機構に負荷がかからないかね?』
『程度によりますね。汎用的に使う船のメインコンピューターではなく、空間制御専用の演算ユニットを使えば、自然現象で発生する程度の揺らぎなら問題無く処理できるでしょう』
『自然現象でない場合は?』
『ワープ妨害を意図しての人為的な揺らぎなら、ワープインとワープアウト時で対処が変わりますね。まずワープインの時なら、人為的な揺らぎを計算に含めた上でワープ座標を計算。ただこの方法は演算力勝負になるので、通常時に比べてワープインまでの時間は長くなりますし、ワープアウトした時の座標のズレも大きくなってしまいます』
束は口にしなかったが、ワープ妨害を突破する方法はもう1つあった。こちらは演算能力ではなく空間制御能力の出力勝負になるが、乱れた空間を空間制御能力で無理矢理治めるのだ。この方法なら理論上、空間を荒す事によるワープ妨害を無効化できる。ただしこちらは相手の出力を完全に上回る必要があるので、普通の船が使うには難しい方法であった。そんな事を思いながら、束は言葉を続ける。
『次にワープアウト座標付近で空間が荒れていた場合ですが、安全対策としては3つ。ワープ前に座標周辺の安定を確認してから跳ぶ。ですがこちらがワープインしてから意図的に荒される可能性もあるので、その場合に備えてワープアウト座標を常に観測。異常を感知した場合は即座にワープドライブを中断して危険宙域に飛び込まないようにする。または船の余剰出力を蓄えておいて、ワープアウトの瞬間にオーバーロードさせて緊急的に出力を高めて、荒れた空間を一時的に治めて可能な限り安全にワープアウトできるようにする、でしょうか』
『素晴らしい。ワープで事故が起きると大事故になる場合が多いが、安全対策についても理論的に考えられている』
『こちらからも良いでしょうか』
『なにかね?』
『スターゲートで恒星間を繋ぐ理論は既に完成しているのですが、使用する船の性能によっては、跳んだ後の出現座標がどうしても毎回ズレてしまうのです。宇宙文明ではどのように解決しているのですか? あと出来れば、宇宙文明で使われている船のローモデルの性能がどの程度かを教えてもらえれば安全対策も組み込みやすいのですが』
『………翻訳機の故障か? すまないが、もう一度言ってくれないだろうか。スターゲート理論が完成していると?』
束は意図的に首を傾げ、変な事を言っただろうか? という演技をしつつ晶にコアネットワークを繋いだ。
(ねぇ。艦船搭載型スターゲートの話、出しても良いかな?)
2週間程前、束は晶にスターゲートは最速で作れば3ヵ月と言った。だがあれは、誰が使用するかも分からない常設型スターゲートの話だ。使用者が束と晶に限定されるためオペレーション的な難易度はある程度無視できて、常設型ではなく必要な時だけゲートを開ければ良く、一から十まで好きなように弄り回せるイクリプスに搭載するという条件なら、束にとって何ら難しい作業ではなかった。
(確かにここで出せば効果的だが、逆に警戒されないか?)
(かもしれないけど、それを上回るメリットがあると思う。それに、ここで艦船搭載型スターゲートの話を出しておけば、晶が宇宙で活動し易くなる。イクリプスがスターゲートを開けると知られていれば、
(そうだな。なら、頼む)
返事を聞いた束は、言葉を続けた。
『はい。ああ、口では幾らでも言えますものね。ふむ――――――アラライルさん。今何処にいますか?』
空間ウインドウが出現し、彼が答える。
『火星近郊の、以前会談したポイントにいます』
『そうですか。これからそこにイクリプスで跳びますので、観測情報をケイトリンさんに流して下さい。サイズこそ常設型スターゲートには及びませんが、科学者なら観測情報から真偽を判断できるでしょう』
そうして暫しの時間が経った後、ケイトリンは驚愕の表情を浮かべていた。
何故なら束博士の言う通り、イクリプスが出現する時に開かれたゲートの観測情報は、サイズ以外の全てがスターゲートであると言っているのだ。
『信じられん。噂は、本当だったのか』
『噂、ですか?』
『当人を前にして言うのもアレだが、隠しても仕方がないので正直に言おう。最近こちら側で、千年かかる技術革新を数年で成し遂げた天才がいると話題になっていてな。どうせ誇張されたものだろうと思っていたが、なるほど。本当だったかと思っているところだ』
因みに驚いているのはアラライルも同じであった。だがこちらの驚きは、学術的な意味ではない。宇宙船が単独でスターゲートを開けるというのは、戦術的な意味でかなりヤバイのだ。何故ならワープというのは単艦で行うものであり、高性能ワープドライブを搭載して恒星間を行き来できるようになったとしても、それは変わらない。*2しかしスターゲートを開けるという事は常設型スターゲートを使わずに、高性能ワープドライブを搭載していない複数の船を、別の恒星系に直接送り込めるということだ。各文明圏でも同様の事が可能な船を持っているが、軍隊であれば高級部隊や戦争時の先鋒を勤める精鋭部隊にしか配備されていない。他には巨大多星間企業が超巨大輸送船を円滑に運用する為に使ったり*3、どうしても危険地帯を突っ切らなければならない時に使うくらいだろうか?
つまりどういう事かと言うと、移動・流通面における強力なアドバンテージになるのだ。
そんな心情を他所に、束はニコリと笑顔を浮かべた。
『認めてくれてありがとうございます』
『なに。観測された現象と目の前の現実を認めてこその科学者だ。ところで、その船はイクリプスと言ったかね? それは自分で設計を?』
『はい』
『素晴らしい。君が相手であれば、船体構造とワープドライブ機関との相性といった問題についても話せそうだ』
『興味深い内容ですね。私が設計段階で注意したのは――――――』
『ああ。よくある問題だな。だがその場合――――――のような問題が出なかったかね?』
『それについては船体側の強度に余裕を持たせることで解決しました。そちらが設計するとしたらどんな手法で解決しますか?』
『船体構造での解決が王道だが、どうせならワープ計算時の補正式を弄って、船に負担がかからないようにしたいな』
『確かにソフトウェア側で解決するのはスマートですが、安全を考えればやはり船体強度に余裕を持たせるのは大事でしょう』
『それは勿論だが、その上でソフトウェアもスマートに出来ればなお良いだろう。ところでワープインの時の座標補正値はどの程度に設定しているのかね?』
お互い、どんな式を使ってワープ計算しているのか等という事は話題にしなかった。ワープというものを扱うなら、最終的に行き着く式はほぼ同じになるはずなのだ。
『普通の、事前にワープアウト座標の安全が確認されている状況なら――――――程度でしょうか』
『やはりその程度になるか。いや、昔もう少しせめた設定にして実験した事もあったのだが、見事に船をフッ飛ばしてしまってね』
『その時の船体ダメージは――――――という感じではありませんでしたか?』
『分かるのかね!?』
『恐らくワープドライブからメインリアクターにエネルギーが逆流したのではないかと』
『船体の検証で同じ結果が出ていたよ』
ここで、束は晶に話を振った。
『という感じだけど、何か質問はあるかな?』
『さっき束がした質問。スターゲートで跳んだ時に起きる出現座標の揺らぎだが、余り精密な誘導は考えなくて良いんじゃないか? 安全にランディングさせるだけなら、ゲート前の質量分布をモニターして、もし何かがあった場合は、重力干渉でワープ座標がズレる事を利用して、軽度な反重力点を作っておくんだ。そうすれば、後は勝手に何も無い場所にランディングしてくれる。*4これなら船の終末誘導とか面倒な事をしなくて良い分、システムの信頼性も上がると思うんだ』
『確かに、言われてみればそうだね。もしゲート前に障害物が沢山あるようなら、一度ゲートを止めて掃除すればいいわけだし。うん。その方法がいいな』
2人のやり取りを見ていたケイトリンは、意外そうに口を開いた。
『これは驚いた。束博士のパートナーも、存外見識が深い』
すると束はニヤリと笑って答えた。
『彼が使う装備は全て私が作ったものです。そして彼はその全てを十全に使いこなす。相応の能力がなければ出来ませんよ』
『なるほど。では試しに………こんな星系の、このポイントにワープアウトするとしたら、貴方はどんな点に注意しますか?』
束と晶の眼前に空間ウインドウが展開され、何処かの星系図が表示された。
晶は各惑星のデータに目を通し、1つ注文した。
『この星系の公転周期を見せて下さい』
『これです』
それを見た晶は、肩をすくめた。
『一応確認しますが、そちらが想定している船のデータを出して下さい』
空間ウインドウがもう1つ展開され、幾つかのデータが表示される。
それを確認してから晶は答えた。
『無理ですね。安全装置が働いてそもそもワープイン出来ないか、仮にワープイン出来たとしても、近郊惑星の重力干渉が激しくてワープ座標が狂います』
同時に高速かつ高精度のワープ演算と空間制御能力を併せ持った船なら可能という予測も立ったが、そこまで言う必要は無いだろう。
『星系図を一読しただけで、そこまで読めるとは素晴らしい。天才のパートナーも天才という事か』
晶は身体能力や記憶力、理解力といったものは強化人間というチートのお陰で凄まじく高いが、束のようにあらゆる物を発明できる天才ではない。だが、こと戦闘という一点については紛れも無い天才であり、弱者の策を理解し必要とあれば使う獣であった。そして今の問題は、「仮にこの星系に侵攻するとしたら?」と置き換えて考えれば、彼にとっては何ら難しくない。必要とされる船のスペック、重力干渉を最小限に抑えられる侵攻ルート、全てをほぼ一瞬の内に弾き出していた。
『お褒めに与り光栄です』
『いや本当に。本職の船乗りとて迷う問題なのだがね』
『束と話していると、自然とワープの原理についても詳しくなるので、多分そのお陰でしょう』
『普通は詳しい者と話したとしても、そこまで理解は深まらないと思うがね』
『そこはそれ、人それぞれでしょう』
因みにこの会談がリアルタイム配信されているのは、地球文明圏だけではなかった。“首座の眷族”の文明圏で、束に興味を持った科学者の集まりにも配信されていたのだ。
このため向こう側では――――――。
「なぁ、あの2人。本当に地球人か? ちょっとというか、考えられる教育水準から逸脱し過ぎてないか?」
「でもあの星って辺境でさ、これまで他の高位文明と接触したことなんてなかったんだろ? ならやっぱり地球人だろ」
「いやいや、おかしいだろ。イクリプスっていったかあの船。あのサイズでゲート搭載とかおかしいだろ。うちの文明圏にあるやつよりは大型だけど、それでもあのサイズの船に乗せるのって大変なんだぞ。それを独自設計して作るとか、頭の中どうなってんの?」
「今質問に答えてた男の方もさ、船に対する理解、星が周囲に与える影響の理解、どっちも高い水準じゃないと無理だぞ」
「いいなぁ~。自分の作ったものを十全に使いこなしてくれるパートナーか。羨ましい」
「言えてるなぁ。性能に任せてゴリ押ししかしないパイロットとか最低」
「あの天才に十全に使いこなすって言わせるって、どんだけのレベルなんだ?」
「何とかして接触できないかな」
そこに、悪魔の囁きがあった。
「そういえばさ、辺境議員がなんか面白いこと言ってたな」
「何か言ってたか?」
「いや、あの星って開星手続きの途中だろ。宇宙文明のことを教えてくれる教師役を探してるって。で、報酬はそこそこだけど、代わりにあの2人と話せ――――――ごめん。俺用事思い出した」
ガタッと席を立つ科学者A。それを見た他の科学者達もキュピーンと閃いた。抜け駆けさせてなるものか!!
「あ、確か有休余ってたな。ちょっと旅行行ってくるわ」
「そういえば、向こうに親戚がいたんだった。久しぶりに顔見てこようかしら」
「お前の親戚、反対方面じゃなかったっけ?」
「この前引っ越したのよ」
「へー。明日学会って言ってなかったか?」
「親戚付き合いって人生の潤いよね」
「この前は邪魔ってほざいてたクセに」
「過去に拘るのは愚か者のすることよ」
科学者という人種の性格は、地球でも宇宙でも余り変わらないらしい。
going my way。自分の興味一直線。
この後、アラライル辺境議員の元に多数の教師役希望の申し込みがあり、彼は頭を抱える事になる。
他から見たら、「お前ら地球に技術移転でもするつもりか?」というレベルの科学者が揃っていたのだ。
が、科学者連中にとっては関係のないこと。
確かな知性の持ち主と学術的に語れるチャンスというのは、この種の者達にとって決して逃したくないチャンスなのだ。
◇
更に一週間後。2月3週目の土曜日。
地球文明圏はお祭りのような騒ぎになっていた。何故なら購入リストで申し込んだ品々が、中古のワープドライブ搭載型輸送船10隻に積まれて地球に到着したのだ。現在はクレイドルに急遽増設されたドッキングベイに係留されており、万一に備えての検疫作業が行われている。
そしてクレイドルに派遣された各国の報道関係者が、窓から見える輸送船をカメラに映しながらそれぞれの国へと生放送で喋っていた。
『御覧下さい。あれが宇宙文明の輸送船のようです。全長は約400メートル。船体は長方形で、後ろの方にはブースターのような物が見えますね。宇宙文明とは言っても、全て反重力推進とか、そういう物ではないのですね。古くから使われている技術の方が、信頼性に勝るということでしょうか?』
ある程度は当たりであったが、他にも理由はあった。一方向に加速するという一点だけについて考えれば、ブースターというのは重力制御に劣るものではないのだ。無論相応の技術力で作られているという前提ではあるが、機動力の全てを重力制御で賄うよりも、遥かに省エネで相応の推進力を得られるというのは、船の製造メーカーやパイロット達にとって捨てがたい利点であった。
『しかし束博士が交渉を始めてから僅か3週間。たった3週間で宇宙文明の物が地球に入ってくる。誰がこのような事を想像できたでしょうか?』
各国の報道関係者は、誰もかれもが興奮した様子で話していた。当然だろう。今、まさに時代が動いているのだ。
そんな中でとある報道関係者が、ここ最近の事について振り返り始めた。
『それにしても束博士が宇宙文明の科学者、ケイトリンさんと話してからの展開は凄いの一言でしたね』
『ええ。あの後、“首座の眷族”の交渉役であるアラライル氏から、教師役が一定数確保できたと連絡が入ったんですよね』
『その教師役の人達への報酬が、なんと束博士と話す事というのですから、凄いというか何というか。博士との会話には、それだけの価値があるということなんでしょうか?』
『そういう事なんでしょうね。宇宙の先進文明が千年かけた技術革新を、僅か数年で成し遂げた。博士の偉業はそれほどのものだったんですね』
『同じ地球人として、誇らしい限りです。――――――ですが博士を語るなら、
『そうですね。ですがちょっと分からないのですが、ケイトリンさんが薙原さんに見せた星図。あれ、そんなに難しいものだったんでしょうか?』
これはケイトリンが問題を出した直後から言われていた事だった。彼は晶の事を天才と表現したが、何が凄いのか、殆どの地球人は分からなかったのだ。だが報道のスタンスとして、あの場にいた彼の事を取り上げないのもバランスが悪い。そう考えて、この話題を取り上げていたのだった。
『何人かの宇宙科学者、勿論地球人のですよ。インタビューしてみたんですが、恐らくこういう事だろう、という答えしか返ってきませんでした。なので、もしかしたら物凄く難しい問題だったのかもしれません』
『なるほど。そんなに問題をサラッと解いたから天才、と表現されたんでしょうか?』
『かもしれませんね』
この認識は、殆どの地球人に当てはまった。だが宇宙文明、特に星々の海を渡る船乗りから見ると、晶が見せた能力は天才という言葉でもなお足りぬものだった。
何故ならあの問題は、本当なら宇宙船の航法コンピューターで星図を分析して、ようやく分かるようなものなのだ。無論、経験豊富な者ならある程度の予想はつくだろう。だが明確に断言するなら分析が必要になる。決して、暗算でサラッと解けるようなものではない。というか普通は出来ない。
そして晶の示した能力が船乗りにとってどれほど重要なものであるかは、地球の船乗りを例にすると分かり易いだろう。海図や天気図を正確に読んで、予測を立てられれば、船を安全なルートで航行させられる。それが出来なければ、最悪沈没だ。
つまり晶はあの一問で、星々の海を渡る船乗りとして重要な能力を既に持っていると証明してみせたのだ。無論、船乗りとして必要な能力は他にもある。だが一切のコンピューターアシスト無しにあれほど正確に星図を読めるというのは、宇宙文明基準でも卓越した能力と言って良かった。
しかし宇宙についての理解が浅い多くの地球人には、まだ理解できない。宇宙がもっと身近になり、自らが宇宙船に乗るようになって、ようやく天才と表現された理由が分かるようになるのだった。
―――閑話休題。
『そう言えば、学生選びが難航しているそうですね』
『ええ。とても残念なことに』
学生選び。これは比喩表現でもなんでもなかった。先日提出された購入リストに、教科書や参考書があったのは多くの地球人にとって記憶に新しいことだろう。そして教科書や参考書というのは、学ぶ者がいてこそ意味のあるものだ。教師役もアラライル氏から、一定数確保できたと連絡があった。クレイドルの1区画が学校兼寮として提供される事が速やかに決定され、学生が集められた後にオンライン形式で行われる事まで決定している。つまり大まかな方向性は決まっているのだが、肝心の学生の選考が非常に難航しているのだ。
だがこの一点で各国政府を無能と断じるのは余りにも酷な話だろう。何故なら購入された教材は1000セット。内2つは束と晶の物になるので、残りは998セット。全地球人の中から、たった998人を選ばなければならないのだ。これがどれほどの難題であるかは、想像に難くないだろう。しかもただ選べば良いという訳ではない。今後を考えれば各国は自国の人間を1人でも多く捻じ込みたいが、それは何処も同じなので政治工作が激化していたのだ。だが時間はかけられない。時間をかければかけるほど、直接言葉を交わしている束博士と薙原晶の宇宙文明に対する知識的アドバンテージは大きくなっていく。なので可能な限り早く選考を終えたい。こうして様々な思惑が入り乱れ、野心と妥協の産物の結果として選考が進んでいたところで――――――束博士の方針で再選考を余儀なくされていた。
その方針というのが、「将来を考えるなら、一般人が宇宙人と関わった時にどうなるかって先に分かった方がいいよね。だから、一般人枠をつくろうかな。枠はそうだね。選考者の半分くらいで」だった。
この方針が発表された瞬間、各国の選考チームで倒れた者がいたのも無理からぬ話だろう。只でさえ残っている者達は、選びに選びに選びに選びに選びに選び抜いた結果なのだ。ここから更に半分に絞り、代わりに平均的な一般市民を入れるなど、どうしろというのだ。ある一定層を平均というのは簡単だが、逆説的に一番数が多いということだ。そこから極短期間の間に、お役所の人間が大好きな「厳正な審査の結果」という言葉が使えないほどの短期間で選ぶなど、誰をどうやって選んでも絶対に文句が出るに決まっている。こうした経過もあり、学生の選考には今暫く時間を要する状況となっていた。
報道関係者がこんな話をオブラートに包んでしていると、地球のスタジオから連絡が入った。
『え? 2人がオンラインで話している? ――――――TVをご覧の皆さん。束博士とアラライル氏が何か話しているようなので、映像を切り替えます』
どんな些細な内容であれ、今の地球にとってこの2人の会話は重大な関心事だった。視聴率的にも、放送しないという選択肢は有り得ない。速やかに映像が切り替えられた。
『荷物は届いたようですね』
『ええ。検疫にもう少し時間がかかると思いますが、まずは運んでくれてありがとうございます。今後流通網が整備されれば、そちらに手間をかけさせる事もなくなるでしょう』
『こちらは荷物を乗せて、自動航行で送り出しただけです。手間という程でもありません。届いた荷物が、地球の発展に役立つ事を祈っていますよ』
『間違いなく、人類が今後宇宙で活動していく為の土台となってくれるでしょう』
お互いニッコリとした平和的な話し合い。束は今回の通信は外交儀礼的なものであり、話はこれで終わりと思っていた。が、相手の考えは違っていた。
『ところで話は変わるのですが、そちらに送るお礼の品について迷っていまして、博士は何を貰ったら嬉しいですか?』
『話の筋が見えませんが、お礼の品とは、何についてのお礼でしょうか?』
『会談の時に、襲撃者から守ってくれたではないですか』
束は一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、答えた。
『御冗談を。あの程度のこと、そちらでも出来たでしょう。お礼を貰うような事でもありません』
掛け値なしの本音であった。あの会談は万一に備えて自衛力を持参する、という取り決めで行われたのだ。そして束は“
つまり余程甘い見積をしていない限り、あの程度は障害ですらなかったはずなのだ。相手もそこは理解していると思っていたのだが………。
『そちらに見とれて、こちらが何もしなかったのは事実です。苦労をかけさせてしまったので、何かしようと思いまして』
うわぁ~嘘くさい。これまた掛け値なしの本音であった。言葉にしなかっただけ、まだ自制心が働いた方だろう。そしてこういう場で、こういう建前を前面に押し出して、断り辛い状況でこういう話を出したという事は、受け取らせる事で間接的に何か達成したい目的があるということだ。
慎重に返答を考え、どうせなら思いっきりハードルを高くしてやろう。彼女はそう思った。アラライルは小悪魔、愉快犯、そういった気質があるようなので、少々やり返したところで文句は言うまい。大体、こういう場でこんな事を言う方が悪い。たっぷりと間を取って、話し始める。
『………そう、ですね。ですが、襲撃者を撃退した分の働きは、既に報酬という形で貰っています。本当に良いのでしょうか?』
『構わない』
因みにアラライルの方からしてみると、束が推測したような事情もあったが、外交的な面子という側面もあった。実際には襲撃者を退けられる力を持っていて、束の一手を見るために動かなかったという理由があったとしても、赤の他人が見れば守ってもらったという形は変わらないのだ。そして守ってもらいながら何も礼が無いというのは、如何に文明間の格差があろうと非礼であり、銀河惑星連合の盟主として褒められた行動ではない。こういう礼儀というのは、いずれか必ず自らに返ってくるのだ。
『では今後宇宙文明で活動する時に備えて、先日作ってもらった口座に、幾ばくかの資金を振り込んでおいて下さい』
束の返答は「自分の命の値段を自分で付けろ」と言っているに等しいもので、普通の人間ならどうするか迷うところだろう。だが、小悪魔で愉快犯なアラライルは違っていた。即座に札束で殴り返す事に決めたのだ。関係構築の為の投資という側面もあるが、恐らく地球の国際連合に援助するよりも、遥かに効率的に使ってくれるだろうという予測もあったためだ。
『分かった。そちらが困る事の無いようにしておこう』
この資金は宇宙文明から継続的に教師役を雇用するのに使われた他、後年では宇宙文明へ留学する者の為にも使われ、相互理解の促進に大いに役立てられるのだった。また銀河辺境における流通網の整備や惑星開発事業にも使われ、地球文明圏のみならず、辺境そのものの発展に寄与したのだった。
◇
宇宙進出とは全然関係無いお話。
日本の某アニメ会社が束さんをモチーフに企画した『魔法戦士 シノ』は、何故か当人の目に留まり原案が本人の元に届けられていた。
ソファに座る彼女の眼前に空間ウインドウが展開され、内容に目を通していく。
「えーっと、なになに。シノは魔法の国のお姫様で、悪の国の侵攻により多くを失う。で、辛うじて妹を安全な国に逃がした彼女はいつか国を再興する為に、悪の国と戦い続ける事を決意する。ふむふむ。で、悪の国と孤独に戦い続け折れそうになった時に、悪の国に捕らえられていた凄腕の傭兵、黒い鳥と言われていたレイヴンと出会う。うわぁ~、ベタだね。ベタ過ぎる。でもそれがいい。というか、本当に私と晶の出会いをそのままネタにしたんだね。晶、どう思う?」
束は隣に座る晶に話を振った。
「なんか、ものすっごい気恥ずかしいんだが」
「でも世間一般で散々ネタにされてるし、私と晶をモチーフにするならコレは外せないでしょ」
「かもしれんが、なんか、こう、アニメにするとすっごい脚色とくさい台詞のオンパレードになりそうで」
「ふむふむ。じゃぁ先方には、レイヴンはストイックな傭兵として描いてと言っておこうかな。あ、でもシノにだけはちょっと不器用な気遣いを見せるってことで」
修正項目に記入しつつ、原案を読み進めていく束。暫くすると、彼女が「むぅ~」と唸った。
「どうした?」
「後から出てくる準ヒロインの3人。これ欧州三人娘じゃない?」
晶の前に空間ウインドウが展開され、イメージイラストが表示される。
「………肖像権、大丈夫かこれ?」
「さぁ? まぁ私達が気にする事じゃないからいいけど。で、えーと、3人の性格は、名前未定のイメージカラーが蒼の子は高飛車なお嬢様でツンデレ、オレンジの子は家庭的で温和、黒の子は実直な騎士ね。ラウラって実直だっけ? 割とポンコツだった気がするけど」
「俺達と関わった時はポンコツな面もあったけど、他の場面なら実直というよりは仕事人だな」
「じゃあ、必要とあれば少々黒い事もしちゃう性格に修正っと」
なおこの修正のお陰でイメージカラーが黒の子は、同じくイメージカラーが黒であり、元傭兵であるレイヴンの考えを良く理解する副官的な立場で描かれていく事になる。またこの修正案を見た某アニメ会社は、蒼とオレンジの子にも設定を追加した。蒼の子は理想家的な一面があり黒の子と対立する事が多いが、オレンジの子が仲を取り持つ事が多いという設定だ。
こうして中心人物達の基本設定が決まったこの企画は、アニメ化に向けて進行していくのだった。ちゃんちゃん。
第176話に続く
カラードの多星間企業への成長フラグがONになりました。