インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回、作中の時間が数ヶ月進みます。
のんびり水着イベントも良いのですが、そちらは番外編という事で………。
あと今回、空のACと戦闘妖精雪風から1機ずつ出させて貰っています。


第152話 地球側の準備

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の出現以降、地球では第2次来襲に向けて、新兵器の開発が急ピッチで進められていた。

 陸上兵器であれば、パワードスーツとガンヘッドがその筆頭だろう。まずパワードスーツは多くの企業が新たな市場を見込んで先行投資していたため、第1世代機の登場から約1年という恐るべき早さで、より戦闘に適した第2世代機の生産ラインが動き始めていた。また如月・有澤重工合同チームが製作した(名目上)多目的重機のガンヘッドは、地球の危機というドサクサに紛れて、純軍事仕様へアップデートしたバージョンが販売され始めていた。これはオプションパーツ無しで本来の性能(原作の性能)を発揮できるようにされたもので、以降長期間に渡り、パワードスーツと合わせて陸上の前衛戦力として使われていく事になる。

 海上・海中兵器である艦艇や潜水艦は、新造にしても改修にしても時間と金がかかる為、他に比べて後回しにされてしまっていた。だが何も無かった訳ではない。束博士は如月重工に、あるモノを作らせていた。ここではない別の世界(ACFA世界)で、軽量型ネクストのオーバードブーストですら追いつけない速度で海上を突っ走ったアームズ・フォート、スティグロだ。技術力の差でフルスペックとまではいかないが、以前スティグロもどきに仕上げた超高速輸送船を扱わせた経験が生きたのか、一応それなりのモノが出来そうではあった。なお一応とは言っても、この世界の人間から見れば奇跡の産物に近い。Ultra Large Crude Oil Carrier(ULCC)に分類される重量30万トン以上のタンカーが、アフターバーナーを焚いた戦闘機よりも速く海上を突っ走るのだ。試験航行中の姿を見た他国の軍人は、自身の正気を疑ったという。

 航空兵器は第二次世界大戦以降に蓄積されてきた技術が身を結び、革新的性能を持つ兵器が生み出されていた。特に注目された試作機は2つ。1つはドイツ航空機メーカーが出してきたADF-01 FALKEN(ファルケン)。双発の大出力エンジンと前進翼が生み出す強力な格闘戦能力に加え、COFFINシステムという全天球スクリーンとTactical Laser Systemというメガワット級戦術レーザーを搭載した意欲作だ。もう1つが幾つかの航空機メーカーが共同開発したFFR-31MR スーパーシルフ。如何なる戦場からも収集した情報を必ず持ち帰る事を至上命題として開発された電子偵察機で、戦闘機として高い戦闘能力を維持しつつ、最高速はマッハ3を超えるというモンスターマシンだ。またスーパーシルフには未知の敵でも確実に補足できるように、新開発のレーダーが搭載されていた。空間受動レーダーと呼ばれる受動探知システムで、これは敵機がいかに電磁的・光学的にステルス化しても、押しのけられた大気そのものは誤魔化せないため、これを探知する事で敵機の位置を掴むシステムだ。極低温下で作動する事から、“フローズンアイ(凍った目)”と呼ばれている。

 宇宙は、陸海空とは少々違う形で進んでいた。現在の技術力ではIS以外を宇宙で遊撃戦力とするのが難しかった(正確に言えば出来なくはないが、時間とコストが明らかに割に合わない)ため、ISを宇宙で長期間待機出来る様にして、来襲時には速やかに緊急発進(スクランブル)して対処出来るようにする、という形で進められていた。その方法は日本が主導していたクレイドル計画に相乗りし、宇宙基地化するというものだ。各国とも本心では自前の基地を持ちたかったのだが、実用に耐える宇宙基地となれば衛星を打ち上げるのとは訳が違う。何よりISを多数保有するカラードの全面協力を得られると得られないとでは、建造スピードに大きな開きがある。このため各国は資金や物資を提供する代わりに、自国のISをクレイドルに常駐させる権利を買っていたのだった。

 そうして莫大な資本投下により、クレイドルの中央ユニットは僅か数ヵ月で組み上げられた。普通なら手抜き工事を疑うところだろう。だが今回は、純粋な力業の結果だった。世界中の打ち上げ施設がフル稼働し、必要物資が次々と打ち上げられていたのである。

 これにより予定よりも遥かに早く稼動状態に入ったクレイドルには、各国から選抜されたISパイロット達が集まり始めていた。

 

 ―――とある衛星軌道上。

 

 打ち上げ用ブースターを切り離したドイツ軍黒ウサギ隊所属のクラリッサ・ハルフォーフ大尉は、見えてきたクレイドルを見ながら思った。

 

(各国のエース級が集まる。こんな世情でなければ、もう少し喜べたのだけどね………)

 

 クレイドルに緊急発進(スクランブル)要員としてISパイロットが集められている理由は、絶対天敵(イマージュ・オリジス)を1秒でも早く殲滅するためだった。何せ奴らは対処に時間を掛ければ掛けるほど、増殖し、地下に巣を作り、対処が困難になっていく。だから、可能な限り速やかに叩く。その為に衛星軌道を周回するクレイドルからIS用VOBを使い出撃し、地球に侵入する前に、出来ないなら地球への降下直後に叩く。求められる役割的に、集められたISパイロットがエース級であるのは必然だった。

 それだけに、少々解せない人事がある。

 

(あの男が実力の無い者を推すとも思えないが………)

 

 クレイドルに常駐するISパイロットの人事に、薙原晶が口を出して何人か捻じ込んだというのだ。しかも先進国の第3世代機を使っているパイロットではない。自力で第3世代機を開発できず、第2世代機を使っている開発後進国のパイロット達だ。調べてみれば昔IS学園で教導を受け、リングナンバーズと呼ばれている者達だった。

 

(かつての教え子に情でも湧いたか? いや、色眼鏡は良くないな。パイロットが集まったらすぐに地上降下訓練がある。それで分かるだろう)

 

 そしてこの後、クラリッサは知る事になる。

 かつてIS学園で行われた教導が地獄だったという噂。

 あれは本当であったと――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 各国のエース級が集まった地上降下訓練は、実戦を想定した状況設定が行われていた。

 手始めに絶対天敵(イマージュ・オリジス)の降下船が降下した直後の状況がJIVES(ジャイブス)で再現され、攻略が命じられたのである。

 だが、誰も我先にと名乗り出る者はいなかった。当たり前だろう。何せ降下船のレーザー迎撃網の命中精度の高さは折り紙付きだ。如何なISとは言え火力支援無しでは、交戦可能距離に近づく前に墜とされる可能性が高い。

 そんな中で、薙原晶によって捻じ込まれたパイロットの1人、パルプルス・ファリアが挙手した。多くのISパイロットにとって彼女は、ISを使いながら通常兵器に敗北してIS神話を終わらせた者、という方が分かり易いだろう。

 誰かが口を開いた。

 

「第2世代機で、出来るのかしら?」

「確実にとは言えませんけど、恐らくこのメンバーの中では一番可能性があるでしょうね」

 

 第3世代機を扱うお前らより可能性がある、と各国のエースの前で言い放ったのだ。

 失敗したらどうなるかは、考えるまでも無いだろう。

 

「どう攻略するのかしら?」

「それは見てのお楽しみということで。みんな、行きましょうか」

 

 彼女の言葉で立ち上がった者達がいた。

 いずれも薙原晶が捻じ込んだ者達で、全員使っているのは第2世代機だ。

 純粋な戦闘能力で言えば、明らかに第3世代機を使う他国のエースに劣るだろう。

 更にブリーフィングルームを出ていく彼女達は、ブリーフィングを一切行っていなかった。コアネットワークを使っての意見交換すらしていない。

 普通なら、自殺行為だ。だが彼女達は笑っていた。

 何故って?

 降下船をアームズ・フォートに置き換えれば分かるだろう。

 被弾イコール撃墜必至の超々遠距離攻撃と濃密な対空砲火を突破する術を、彼女達はあの教導で嫌という程学び、実践しているのだ。

 程なくして格納庫に到着したリングナンバーズは、ISを展開してIS用VOBを接続する。

 そしてJIVES(ジャイブス)を使った今回の訓練は、敵が仮想データという以外は全て実際に行われる。つまり地球への降下も本当に行うのだ。

 通信回線が開き、出撃前のお気楽な会話が始まる。

 

『コールサインはどうしましょうか?』

『私達ですし、そのままリングで良いんじゃないですか? ナンバーもそのままで』

『じゃあ、そうしましょうか』

『あら、そうしたらパルプルスさんが隊長機じゃなくなってしまうわ。今回言い出したのは貴女なんだから、私達を纏めてくれないかしら』

『良いんですか?』

『今回だけ譲るわ。みんなも良い?』

 

 次々にOKの返事があった。

 

『なら私がコールサイン01を頂くわ。そして私からの命令は1つだけ。叩き潰しなさい。あと、あの教導に比べればお遊戯なんだから、無様な姿を晒したらリングは返上してもらうわよ』

 

 全員が笑っていた。

 各国のエースが揃う前で、お遊戯と言い切ったのだ。もし失敗したら、後の立場が無い。此処に推薦した薙原晶の面子も潰す事になる。

 だが準備している面々は、誰も出来ないとも無理とも無謀とも言わなかった。

 そうして、訓練が始まる。

 

『リング01より各機へ。状況知らせ』

『02、OKよ』

『03、準備完了』

『04、問題無し』

『05、オールグリーン』

『06、いつでも行けるわ』

『07、全システム問題無し』

『確認したわ。リング01よりコントロールへ。発進許可を願います』

『コントロールよりリングナンバーズへ。発進タイミングを01へ譲渡する。その自信が本物かどうか、見せてくれ』

『分かったわ。しっかりと見ていて下さいね』

 

 この時ブリーフィングルームにいた残りの面々は、不気味なものを感じていた。

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の降下船の戦闘情報は、ここにいるパイロット達には全て開示されている。

 世界最強の軍事国家、アメリカのミサイル飽和攻撃ですら凌いだ鉄壁のレーザー迎撃網を知らないはずがないのだ。ましてアサバスカの攻略戦では、濃密な支援砲撃があってすら、投入されたIS部隊に多大な損害が出ている。

 それを火力支援無し。たった7機で攻略する。

 この場にいる面々の常識に当てはめれば、絶望的という言葉が相応しい。

 

(なのに何故、こうも笑っていられる!?)

 

 クラリッサの思いは、この場にいる全員が思っている事だった。

 だから何かあると全員がデータリンクに注視し、軌道降下シーケンスで誰かが気づいた。

 

「え、ちょっと、あいつら何を考えてるの!?」

 

 常識的な大気圏再突入速度は、高度120km付近では秒速7.6km(約マッハ24)。空力学的な制御が可能な大気密度になるまではこの速度が維持される。そして高度60kmを割り込むと加速度的に大気が濃密になっていくため、秒速4km(約マッハ13)程度にまで減速され、高度23km付近では秒速0.76km(約マッハ2.5)程度になる。

 だが彼女らの速度は、そんな常識の一切を無視していた。

 VOBが焼け付く程に酷使され、大気による大減速を相殺している。データリンクに表示されている速度は、高度30kmという濃密な大気の中にあって秒速5km(約マッハ15)だ。万一機体操作を誤れば、ISですら墜落死があり得る。なのに、誰一人として減速している者がいない。

 エネルギーシールドの先端部が赤熱化し、7つの閃光が地表めがけて駆けていく。

 そんな中で、JIVES(ジャイブス)で再現された絶対天敵(イマージュ・オリジス)の降下船は迎撃を始めた。アメリカ軍のミサイル飽和攻撃ですら凌ぎ切った圧倒的命中精度と連射速度で次々とレーザーが放たれていく。

 

 ―――突破できるはずがない。

 

 ブリーフィングルームにいる誰しもが思った。

 しかし彼女らは違っていた。あの教導の最終段階で相手にしたのは、巨大兵器がぬるま湯に感じる物量戦の権化、アームズ・フォートだ。質を物量で圧殺する為の兵器だ。アレの圧倒的な破壊力と面制圧能力に比べれば、たった28門のレーザー砲など、しかも7機を同時ロックして分散させた攻撃など、加えて盾が有効というのは初回の戦闘情報から分かっている。交戦可能距離にまで踏み込む、たった一時を稼げれば良いのだ。

 

「う、うそ!!」

 

 ブリーフィングルームにいる者達は驚きを隠せなかった。

 リングナンバーズは掲げた盾をボロボロにしながらも、誰一人欠ける事なく降下船のレーザー迎撃網を突破。秒速5km(約マッハ15)という超スピードで、VOBを質量弾として叩きつけた。

 即座にJIVES(ジャイブス)は降下船の損害を計算し、シミュレーションに反映させる。

 結果としてシールドは完全に抜かれ物理装甲も半壊、更にレーザー砲の半数が使用不可能となっていた。

 そしてあの男(薙原晶)の教えは、勝てる時にキッチリ勝てだ。

 7機が一斉に新たな武装をコール。各々の手にグレネード、バズーカ、ロケットランチャー、ミサイル等々。破壊力に秀でてはいるが使いどころを選ぶ兵器を呼び出し叩き込んでいく。

 

(………なるほど。あの男が捻じ込む訳だ)

 

 クラリッサは1人納得していた。この結果を見れば、他の者達も納得するだろう。

 彼女達は依怙贔屓で捻じ込まれた訳ではない。むしろ他の者達に、危機感を持たせる為に送り込まれたに違いない。

 

(これは面白くなるわね)

 

 この場にいるのは各国のエース級だ。当然のように第3世代機を与えられており、プライドもそれ相応に高い。そんな連中がシミュレーションとは言え、第2世代機を駆る連中に負けたなど認められるはずがない。何よりクラリッサ本人の心に火がついていた。こんなものを見せられて、滾らないパイロットなどいないだろう。

 地上から通信が入った。

 

『リング01よりコントロールへ。作戦目標クリア。どうでしたか』

『コントロールからリング01へ。流石だ。まさか初見で攻略されるとは思ってなかった。というか随分手慣れた感じだったが、やっぱりアレか? ナンバーズが受けた教導には、こんなシチュエーションもあったのかな?』

あの人(薙原晶)が用意したシチュエーションは、もっと鬼畜でしたよ』

『本当か?』

『本当です。巨大兵器2機を同時に相手にするのが、ぬるま湯に感じる程度の難易度です。控え目に言って、ちょっと心が折れそうでしたね。それでもどうにかして出された宿題をクリアしたくて、今の戦術を編み出したんですよ』

 

 リングナンバーズの面々はどうって事ない顔をしているが、他の面々にとっては頭のネジがダース単位で飛んでいるとしか思えなかった。考えてみて欲しい。衛星軌道から地上目標に向かってマッハ15で突撃して、VOBを質量弾としてブチ当てるという事は、大地に向かってマッハ15で突撃するのと殆ど変わらないのだ。離脱タイミングを僅かでも間違えば、大地と正面衝突だ。ISの絶対防御をもってしても、死亡は免れない。だが有効性は疑いようがなかった。初回来襲時、多大な犠牲を払って撃破した降下船を、たった7機のISで撃破してのけたのだ。しかも第2世代機で。こんな戦果を見せつけられた後で、第3世代機を駆る彼女らが今回見た作戦の危険性を説いたところで、上層部は決して認めないだろう。むしろ第3世代機を使っているのだから、より確実に出来るはず、等と言い出しかねない。

 そして今日の結果を知った各国上層部は、クラリッサの予想通りの反応をした。すなわち、お前達もやれ、である。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 数日が経ったとある日のこと。

 非番となったクラリッサは、気分転換にクレイドル中央ユニットの共有スペースを歩いていた。

 

(これは、凄いわね………)

 

 周囲を見渡しながら思う。単純な広さという点では、大した事ないのかもしれない。たかが直径100メートル程度の円形の広場だ。地球上でなら、多少広い公園程度だろう。だがあらゆるものが制限される宇宙船の中で、同じだけの空間を用意し、木々を植え、快適な室温に保ち、柔らかなそよ風まで再現するとなれば、どれほどの技術が必要なのだろうか? 軍人でしかない彼女には分からなかった。ただ1つだけ分かるのは、このクレイドルで得られるデータは、間違いなく今後の宇宙開発に活かされるということだ。

 そんな事を思っていると、木々の向こうから声が聞こえてきた。

 

(なにかしら?)

 

 茂みに隠れて近づくと、声がハッキリしてきた。

 

「私も貴女達が受けた教導を受けたいの。なんとか取り次いでもらえないかしら」

「あの人がやらないと言っている以上、私が言ったところでどうにもなりません」

「此処に捻じ込んでくれるくらいの伝手があるなら、ちょっと連絡して一言くらいは言えるでしょ」

「言えません。大体、私程度の口利きであの教導を受けられると思われるのは心外です。直接カラードに申し込んだ方が、まだ可能性があるでしょう」

 

 クラリッサは小さく溜め息をついた。

 ここ数日で、同じような光景を何度か見ているのだ。

 

(心情的に、分からなくはないのだけどね)

 

 先日の訓練結果は、衝撃的としか言えないものだった。

 第3世代機を使っている各国のエース級ですら、次々と攻略に失敗していたのだ。

 ある者はレーザー迎撃網を突破出来ず、ある者はマッハ15で大地に激突し、ある者はフレンドリーファイアで沈み、無事に接敵出来たとしても、味方同士の連携が取れず撃ち落とされる。クラリッサ自身も初めて体験する超スピードを制御できず、撃墜判定を貰っていた。

 そして第3世代機を使っている連中の最終的な攻略率は、たったの10%だった。リングナンバーズが受けた教導で初めて軌道降下した時よりも幾分良い数字らしいが、それでもたった10%なのだ。様々な不確定要素がある実戦で行える確率ではない。

 

(………まぁ、私が出て言っても話がややこしくなるだけでしょう)

 

 そう思ったクラリッサだったが、立ち去りはしなかった。

 何故って? 勿論、最後まで話を聞きたいからだ。

 

「いいから紹介しなさいよ。昔と今じゃ状況が違うんだから。地球の為なら、少しは融通を利かせるでしょ」

「貴女のような人がいるから………」

「何か言った?」

「いいえ。ああ、でも自分でトレーニングする方法なら教えてあげますよ。ISをシミュレーションで使う時、痛覚フィードバックを最大値にしてみてはどうですか? 訓練だなんて甘い考えは、すぐに吹き飛びますから」

「何でそんな狂人みたいな真似しなきゃならないのよ」

「狂人? フフッ、狂人ですか。そんな言葉が出てくる程度なら、あの教導を受けてもすぐに落第ですね」

「後進国のパイロットが偉そうに!!」

「確かに私の国は後進国ですが、それが何か? 私は攻略に成功した。貴女は失敗した。パイロットにそれ以上の判断基準がありますか? 悔しいというのなら、まずは自分で努力してみて下さい。そしてもう一回言いますが、あの程度で他人に泣きつく程度でしたら、あの人の教導を受けたところで無駄ですよ」

「このっ!! 覚えてなさい!!」

「嫌です」

 

 そうして迫っていたパイロットが去っていったところで、パルプルスが茂みに向かって声をかけた。

 

「盗み聞きとは感心しませんね」

「気づいていたのか」

「クレイドルにいる間、ISをステルスモードにしてはならない。乗船条項の規約に書いてありますから」

 

 これはISという超兵器を宇宙船に乗せるにあたり、安全を確保する為に決められたことだった。

 本気で暴れられたらどうしようもないが、ステルスモードにするという事は、何かあった際にアリバイが無いという事になる。疑われるのが嫌なら、位置情報はオープンにしておけという意味だった。

 

「確かにそうだな。あの者は位置情報を見ていなかったようだが」

「無頓着なのかもしれませんね。で、貴女は何の用ですか?」

「何か話しているようだったから、盗み聞きだ。特殊部隊の隊員なのでね。ヒソヒソ話をされると聞きたくなってしまう」

 

 余りにも明け透けな返答に、パルプルスは笑ってしまった。

 

「フフッ、正直ですね」

「隠したところでどうしようもない。此処にいる者達の経歴は明かされているからな」

 

 逆を言えば派遣元の国が経歴を偽っていれば、他国の人間がそれを知る術は無いということだ。

 

「そうですね。ドイツ軍黒ウサギ隊所属、クラリッサ・ハルフォーフ大尉」

「貴女とは、いずれ話してみたいと思っていました。キルギス軍所属、パルプルス・ファリア大尉」

 

 互いが互いに敬意を持ち、姿勢を正して敬礼する。模範的な軍人のあり方と言えるだろう。

 そうして2人は近くのベンチに座り話し始めた。

 

「私と、ですか? 正直、話せるような事は余り無いかと。ああ、機密という意味ではなくて、面白くないという意味で」

「巨大兵器2機と戦い生き延び、NEXTの教導を受けてナンバーまで与えられた話が面白くないと? それこそまさかでしょう。色々聞きたいと思っている人は、多いと思いますよ」

「そうかもしれませんが………そうですね。あの教導で学んだのは、言ってしまえば諦めない事と工夫する事でしょうか。指導で色々と教わりましたが、やはりその2つが大きいですね」

「その結果が、先日のアレですか」

「はい。教導の最終段階で、巨大兵器よりも上の存在を見せられまして。それを攻略する為に考案したのが、軌道降下戦術だったんです。ちなみにですけど、軌道降下戦術無しだった場合、シミュレーションではIS7機を投入して攻略成功率が2%でした」

 

 特殊部隊の副隊長であるクラリッサは、既存ISのスペックデータはほぼ覚えている。

 当然、教導に参加したパイロット達が使用しているISのデータもだ。専用機としてある程度のカスタムはされているだろうが、所属国と何処の企業がバックアップしているのかが分かれば、性能を推測するのはそう難しくはない。逆説的に、第2世代ISを7機を投入して攻略率2%という“巨大兵器以上のナニカ”の戦闘力も推測できる。

 

「ちなみに軌道降下戦術を使って、攻略率はどの程度だったの?」

「それでも、精々10%台後半でした。酷いんですよ。超々々遠距離からの実弾攻撃。逃げ場の無い面制圧。それを圧倒的積載量を最大限に活用した連続攻撃かつ偏差射撃で来るんです。何度心折れそうになったことか………」

 

 ぶっちゃけて言えば無理ゲーである。

 だがその無理を押し通す為に生み出されたのが軌道降下戦術だった。敵の迎撃網を最短・最速で突破して、圧倒的な耐久力と攻撃力の差を、超加速した質量弾を持って覆すという乱暴にも程がある戦術だ。

 

「なるほど。だからあの訓練をお遊戯と言ったんですね」

「ええ。たった28門のレーザー砲、しかも7機に分散させた攻撃など、可愛いものです。だってシールドを使っても衝撃で降下軌道がズレたりしないですし、回避する場所もあるんですから」

「それ程の………道理で」

 

 クラリッサが1人納得していると、今度はパルプルスが尋ねた。

 

「そう言えば、確か黒ウサギ隊はIS指揮下でパワードスーツを運用していると聞きました。絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦ではどうだったんですか?」

「私自身は中央アフリカと喀什の戦いに参加したが、部隊は参加しなかった。よく訓練された部下達だが、流石に多数のISが投入された戦場では、地力の差で味方の足を引っ張りかねない」

 

 至極真っ当な判断と言えた。

 ISとパワードスーツでは性能に天地程の開きがある。そして数で劣り混沌とした戦場では、地力の差が何よりもモノを言う。もし投入されていたら、部隊に少なくない損害が出ていただろう。また特殊部隊の隊員は、一般兵士に比べて補充し辛い。精鋭の損耗をドイツ軍上層部が避けたという一面もあった。

 

「そうですか。いえ、私も国に帰ればパワードスーツ部隊を預かる身なので、体験談などを聞かせて貰えればと思いまして」

絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦ではないが、対人戦なら腐るほどある。そちらで良ければ話せるが」

「良いんですか?」

「機密に触れない範囲でだがな。代わりと言ってはなんだが、貴女が指揮した部隊は絶対天敵(イマージュ・オリジス)と戦った経験があると聞く、私にはその話を聞かせてくれないかな」

「機密に触れない範囲でなら、喜んで」

 

 こうして2人は当たり障りの無い範囲で意見交換を始め、暫くしたところで別の話題に移った。

 

「そう言えば、今日だったな」

「何がですか?」

あの男(薙原晶)が此処に来る日だ」

「ああ。そう言えば、そうでしたね」

 

 クレイドルの建造にはカラードが全面的に協力している。

 一大プロジェクトだけに、社長が視察に来ても不思議ではないだろう。

 そうして2人揃って時計を確認してみれば、彼の到着時刻が迫っていたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 1時間後。

 クレイドルに到着した晶は、常駐しているISパイロットの1人に船内を案内されていた。

 建造の進捗状況についてはこまめに報告を受けていたし、添付資料として船内や船外の映像データもあった。だから概ねの状況は理解していたが、こうして人が乗船して働いているのを見ると、宇宙開発の土台が出来始めたという実感が湧いてくる。だが浸ってばかりもいられない。まだまだ、やらねばならない事は多いのだ。

 

(次は宇宙での食料生産や資材関連の研究・実験設備の建造。同時進行で基地としての機能も整備か)

 

 計画当初は数年先の予定だったが、支援の多い今なら大幅な前倒しが出来る。勿論、この手の話に100%の善意なんてあり得ない。何らかの見返りを期待するからこその支援だ。そして善意の仮面を被っている奴らは、少しでも予定通りにいかなければ口を挟んでくるだろう。

 

(ま、挟める訳ないんだけどな)

 

 クレイドルで研究・実験する予定のものは、此処では無い別の世界(AC世界)で、既に使用実績があるものだ。束が基礎理論を構築して研究を委託した、という形を取るが、実際には製造方法も量産設備の作り方も分かっている。これで計画通りに進まない訳が無いだろう。

 

(むしろ心配なのは、如月の連中にクレイドルの実験室を与えることか………)

 

 委託するという事は、請け負う人間がいるということだ。

 そして束から研究を委託され請け負う以上、相応の能力と秘密保持が求められる。

 如月研究室の連中はどちらも満たしていたが、技術至上主義で三度の飯より研究が好きで誰かが止めない限りノンストップで爆走する連中に、クレイドルの実験室なんていう新天地を与えたらどうなるだろうか。ちょっと目を離した隙にナニかトンデモナイモノを作りそうな気がしてならない。

 

(まぁ、ちょくちょく顔を出すようにするか)

 

 この時、晶は気づいていなかった。彼自身も同じ気質の持ち主なのだ。そんな人間が顔を出したところで歯止めになんてならない。逆に理解のある上司が見に来てくれていると、研究室の連中が余計に奮起してしまうことに。

 

 ―――閑話休題。

 

 案内されながら色々な事を考えていると、クレイドルの共有スペースについた。

 此処は長期滞在する船員達が寛げるように、可能な限り広いスペースが取られている。

 そこで彼は、珍しい組み合わせの2人を見つけた。

 

「あれ、お前達って仲良かったのか?」

「つい先ほど友人になった」

「はい。話が合ったと言いますか。そんな感じです」

 

 クラリッサが答え、パルプルスが補足する。

 同じ船に乗っていれば、こういう事もあるだろう。

 

「ふ~ん。あ、そうだ。丁度良いから聞いてみるかな。――――――クラリッサ大尉。彼女達はどうだった?」

「リングナンバーズですか? 正直に言えば度肝を抜かれた、でしょうか」

「だろう。それが聞けただけでも、捻じ込んだ甲斐があったな」

「でも此処で公表させて良かったんですか? アレ、控え目に言っても現代の戦術が変わりますよ」

「変わってもらわないと困る。まぁ、アメリカ辺りはアレをパワードスーツでやる気みたいだけどな」

「あの噂、やっぱり本当だったんですね」

「ああ。無人機では成功していたから、次は有人機で実験するだろうな」

「軍人として兵力の即時展開が魅力的なのは理解しますが、何もこの時期にやらなくても」

「平時にこんな実験をしたら絶対叩かれるけど、今なら絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦用の戦術実験と言い訳が利く。そしてこの戦術が確立出来れば、空母外交以上に他国に脅しが利くようになる。国としては間違っちゃいない」

「かもしれませんが、ドイツ軍人としては悔しいやら羨ましいやらですね」

「出来る事が増えると、やらなければいけない事も増える。無理する必要は無いんじゃないか」

「アメリカだけがその方法を持っているというのが………いえ、ありましたね。確実に持っているところがもう1つ」

「え、何処?」

「さぁ、何処でしょう。もしかしたら、ウチの隊長を誑かす悪い人がコッソリ持っているかもしれませんね」

「アイツが誰かに誑かされる姿ってのが想像できないが、帰ったら一言言っておくか」

「ええ。そうして下さい」

 

 特別仲が良い訳ではないが仲の良さそうな会話に、案内していたISパイロットの目が細くなる。

 だが晶は全く気にした様子もなく、もう1人に話し掛けた。

 

「この前パルプルス大尉のところに送ったA-10J(凄鉄)はどうかな?」

「治安維持活動で有効活用させてもらっています。ああいう見た目で分かり易いのは、抑止力になりますので」

「あれ? 大尉の部隊って、治安維持活動までしてるのか?」

絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦以降、恐怖に漬け込んで悪さをする輩が増えてまして。時折警察に隊員ごと貸し出してます」

「大変だな」

「やれる事をやっていくしかありませんから」

「確かにそうだ。でもパルプルス大尉も出世したなぁ。横断的に協力要請が来るって事は、それなりに認められてるってことじゃないか」

「全ては、貴方が教導に呼んでくれたからです」

「それは只の切っ掛け。教導で色々なものを勝ち取ったのは貴女自身の努力だ」

「切っ掛けがあればこその今です。貴方に出来ない事は殆ど無いでしょうが、何か出来る事があれば言って下さい。力になります」

「ありがとう。覚えておくよ。―――あ、そうだ。ついでにもう1ついいかな」

「何でしょうか?」

「いや、一度墜ちたパルプルス大尉から見て、此処の連中はどうかな?」

 

 彼女の視線が、チラリと晶を案内しているISパイロットに向いた。

 正直に言うのは、気が引けるというところだろうか。

 

「率直に言っても?」

「ゴマ擦りはいらない」

「良い人、悪い人、半分くらいずつでしょうか。先日の軌道降下訓練以降、貴方の教導を紹介して欲しいという人が多くて」

「ふぅ~ん。そうか………。なら、ちょっとだけ受けさせてやるか」

 

 パルプルスは、言葉の響きに不穏なものを感じた。

 この感じはアレだ。教導の時に、メンバーの心をへし折りにきたあの感じだ。

 

「あ、あの、晶さん。私に紹介をお願いした人達も、実力を伸ばしたいと思ってのことです。何も安易な手段に頼ろうとしたわけでは………」

「どうだか」

 

 言いながら晶は、自身の権限を使いクレイドルのシミュレーターシステムにアクセス。

 訓練用の新しいシチュエーションを追加した。

 

「パルプルス大尉には馴染み深い“あの設定”で、フルスペックの巨大兵器2機を同時に相手取る内容を追加しておいた。俺が帰った後に皆を誘ってやってみると良い。ああ、ただやる前にトラウマになるかもしれない、とは説明しておいた方が良いかな」

「あの………いいんですか?」

「これを乗り越えられないようなら、本番の時にクレイドルにいても役立たずなだけだ。早く交代してもらった方が良い」

「分かりました」

 

 彼女はこれで何人振るい落とされるかを想像して、早々と冥福を祈った。

 アレは本当にキツイのだ。墜とされた経験があっても折れそうだったのに、今まで勝ち続け最優と言われ敗北を知らないエリート様達が、アレが耐えられるだろうか?

 シミュレーションとは言え痛覚フィードバックレベルを限界まで引き上げて行われるアレは、皮膚が裂け、骨が折れ、身体が砕ける感覚までもが再現される。覚悟無く挑めば、本当にトラウマになりかねない。

 

「さて、良い話も出来た事だし、俺はそろそろ行くよ。2人とも、また今度な」

 

 そうして去っていく晶の背中を見ながら、パルプルスは他のISパイロット達にどう説明するかを考え始めたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 後日のこと。とある休日。

 晶がカラード社長室で仕事をしていると、パルプルス大尉からメールが1通送られてきた。

 眼前に空間ウインドウを展開し、内容を表示させる。

 そこにはクレイドルに常駐していたISパイロットの内、約3分の1が交代になったと書かれていた。また残れた者達は訓練を重ね、軌道降下戦術をかなり高い精度で行えるようになってきた、とも書かれていた。

 

(流石各国がエース級を選抜しただけあって、思ってたよりも残ったし呑み込みも早いな)

 

 そしてメールには、画像データが添付されていた。場所はクレイドルのシミュレータールーム。

 多くのパイロット達がドヤ顔で、シミュレーション結果が表示されている画面を指差している写真だ。

 結果を確認してみろ、ということだろう。

 

(どれどれ………へぇ、やるじゃないか)

 

 示されている結果は、質量弾として用いたVOBを全弾命中させて、かつ全員が生き残ったというデータだった。

 なるほど。これならドヤ顔もしたくなるだろう。

 こうして地球側は、絶対天敵(イマージュ・オリジス)の第2次来襲に向けて、少しずつ準備が進んでいたのだった――――――。

 

 

 

 第153話に続く

 

 

 




次回は月面で動いているマザーウィル計画に触れる予定です。

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