インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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Artificial Line様よりファンイラストを頂き、嬉しさの余り番外編を書いてしまいました。
感謝です!!


番外編第05話 ネージュ・フリーウェイ(イラスト有り)

 

 ハウンドチーム。

 薙原晶(NEXT)が、唯一直接の配下とする3匹の猟犬だ。

 元IS強奪犯の彼女達は、首輪という監視装置を受け入れ、かつ社会に役立つ事を条件に、仮初の自由を得ているに過ぎない。

 だが今、彼女達の評価は罪人という最底辺から急速に上がり始めていた。

 切っ掛けは三つ。

 一つ目は賞金首狩りで、世の悪党どもを次々と刑務所にブチ込んでいることだ。被害者にしてみれば、犯罪者が圧倒的な力に屈していく様を見るのは、胸がすくような思いだろう。

 二つ目は各国の警察に協力して、賞金首になっていない凶悪犯も叩き潰していることだ。これは公にはされていないが、ある意味で公然の事実であった。ハウンドチームと国際刑事警察機構(ICPO)の間に繋がりが出来て以降、“何故か”世界的に凶悪犯の検挙率が上がっているのだ。

 なおこれらに対し、悪党側も手をこまねいていた訳ではない。裏側で賞金を懸けて、何度も暗殺を試みていた。しかし成功した者はいない。監視装置の首輪は、束博士が与えた専用ISの待機形態でもあるのだ。つまり彼女達を亡き者にしたいなら、ISの緊急展開防御システムを突破できるだけの火力か、ISのパイロット保護機能を破綻させられるだけの毒物が必要になる。どちらも極めて難しいのは、言うまでも無いだろう。

 三つ目は、絶対天敵(イマージュ・オリジス)の来襲だった。世界が注目する一戦で、“世界最強の単体戦力(NEXT)”と共に地下構造物へ突入し、敵生産設備の破壊に貢献したのだ。この働きにより彼女達は、今まで以上に大きくクローズアップされることになった。

 そしてこういう時、マスゴミは必ず過去を漁る。興味のある事だけに、本当に容赦がない。徹底的に、あらゆるコネクションを駆使して漁りまくる。

 結果、面白い事が分かり始めていた。

 ハウンドチームの3番機、ネージュ・フリーウェイがIS強奪犯になる前の話だ。

 

『いや、しかし驚きましたねぇ。まさかこんな過去があったなんて。いえ、だからと言って犯罪に手を染めても良い訳ではありませんが、同情の余地はあるでしょう』

『そうですね。これは、中々壮絶ですね』

 

 つけっぱなしになっているテレビから、キャスターの台詞が聞こえてくる。

 曝露された彼女の過去は、大衆向けのチープなドラマのようだった。

 生まれは良いとこのお嬢様。優れた容姿。優れたスタイル。優れた能力。当然のようにISパイロットを目指し、飛び級を重ね、優秀な成績で卒業し、有名IS企業に就職した。だがそこで、容姿と資産しか取り柄のない先輩に嵌められた。

 恋人をいつの間にか篭絡され、呼び出された先で集団暴行されかけ、辛うじて逃げ出したら、今度は両親に冤罪がかけられ、警官に抵抗したという無実の罪で射殺された。

 こんな醜聞を持つ者が、表のISパイロットに成れる訳がない。だが犯罪組織にとっては関係無かった。

 むしろ高度な電子戦能力とIS操縦技術を持ち、更に醜聞で夢を絶たれたという絶望感は、あらゆる意味で都合が良かった。

 犯罪組織は彼女の心情につけ込み、幾多の犯罪に手を染めさせていく――――――というところまで話が進みコマーシャルとなった。

 

「………………」

 

 部屋の主はテレビを消して、カラードの制服に着替えながら思った。

 裏側へと堕ちる前に今みたいな状況になっていれば、もしかしたら色々と違ったかもしれない。

 だが全ては今更だろう。過去は変えられないのだ。

 

(でもせっかくだから、悲劇のヒロインでも演じてみようかしら)

 

 腹黒い思考が脳裏を過るが、答えは否だった。

 飼い主(薙原晶)は、悲劇のヒロインなど求めてはいない。

 命じられれば演じ切る自信はあるが、あの人(薙原晶)は決して命じないだろう。

 そんな確信があった。

 

(尤も有象無象の勝手な勘違いを、一々訂正してやる必要も無いわよね)

 

 彼女の名は、ネージュ・フリーウェイ。

 背中を艶やかに流れるストレートブロンドを持ち、蒼い瞳に清楚とも言える顔立ちの女性。

 お嬢様とも言える雰囲気を持つが、3人の中では一番腹黒い女であった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 出社したネージュを待っていたのは、チームメンバーのニヤニヤとした笑みだった。

 

「おっはよ~。ねぇねぇ、有象無象の馬鹿どもに、勝手に悲劇のヒロイン像を作られたのってどんな気分?」

「良い気分はしないわね。って言うか、分かってて聞いてるでしょ」

 

 デリカシーの欠片も無い挨拶をしてきたのは、コールサイン02のユーリア・フランソワ。

 腰まである燃えるような赤髪と勝気な瞳が印象的で、性格は外見通り高飛車。男は自分に貢ぐ為に存在すると思っている女王様だ。尤も社長の前でだけは子猫ちゃんなあたり、随分丸くなったものだ。

 

「まぁね。で、どんな風に使うつもりなの?」

「何を?」

「悲劇のヒロイン像」

「使わないわよ」

「え? なんで?」

「なによ。その心底意外そうな顔は」

「だってそうじゃない。腹黒ネージュがこんな面白そうな状況で何もしないなんて。今なら同情集めて、美味しい思い沢山できるんじゃない?」

「有象無象から同情されても煩わしいだけよ。でもまぁ、勝手な勘違いを一々訂正してやる気もないのだけど」

「やっぱり使う気はあるんじゃない」

「積極的に使う気は無いってことよ。それに昔、貴女に言ったじゃない」

「なんか言ったっけ?」

「『社長()の手足として動けるようになれば、沢山の人が、勝手に頭下げながら近寄ってくる』ってね。今がその状況じゃない。だから演技なんかして、同情を誘う必要なんてないの。あと私にしてみれば、最近の貴女の方が意外よ」

「なにが?」

「最近、男に貢がせてないでしょ」

 

 猟犬になる前の彼女は、良い男を常に数人キープし、気に入った男に貢がせていた。

 だが今、キープしている男は見当たらない。

 

「顔が良い。良い体している。お金持ち。色々な奴らがすり寄ってくるけど、小粒っていうのかしら? どいつもこいつも大したことないのよね」

「この前のミッションじゃ、最近成功してるトレーダーに声かけられてなかった?」

「ああ、アレ。たかが数千万ドル程度(100万$=約1億円程度)の稼ぎで私が欲しいなんて、分を弁えなさいって感じなんだけど」

「あ、成功してるって言ってもその程度なんだ」

 

 世間一般の感覚で言えば、十分な成功者だろう。

 だが彼女達にとっては違っていた。

 数千万ドル程度など、巡行ミサイル十発程度の価値しかない。

 加えて言えば、金を持っているだけの相手など見飽きている。

 

「そうよ。まぁ、仮に100倍稼いでたって結果は変わらないけどね」

「あら、どうして?」

「社長の方が良い男だからに決まってるじゃない」

 

 つまりお熱な相手がいるから、他の男には見向きもしなくなったということだ。

 

(あの女王様が、こんな純情娘みたいになるなんてね。でもそれを言ったら、私も同じかしら)

 

 先日、ネージュはコーヒー好きの社長の為に、手引きのコーヒーミルを買っていた。

 プレゼントではない。自分で引いて淹れてあげるためだ。

 

(ホンッと、人のこと言えないわね)

 

 そんな事を思っていると、ハウンドチーム最後の1人が出社してきた。

 コールサイン01のエリザ・エクレールだ。

 クセの無い銀髪のセミロングと切れ長の瞳が、見る者にどこか冷たい印象を与えている。

 だがそんな印象とは裏腹に感性が意外と常識人なお陰で、チーム内のストッパー役でもあった。

 ちなみに彼女の過去は、ネージュもユーリアも知らない。

 尤も亡国機業にいたくらいだから、真っ当なものではないだろう。或いはありふれた不幸な過去というべきか。

 

「2人ともおはよう。朝から面白そうな話をしてるわね」

「エリザもする?」

「しないわよ」

 

 素っ気ない返事だったが、ユーリアは全く気にせずに続けた。

 

「そうよねぇ。エリザって社長大好きだもんね。他の男なんて気にしないか」

「得難いボスだもの。他の男と繋がってるなんて思われたくないわ。例え首輪があってもね」

「本当にそれだけ?」

 

 ユーリアがニヤニヤしながら尋ねた。

 

「どういう意味よ」

「いやね。我らがリーダー様のデスクに、最近手料理の本がよくあるなぁ~ってね」

「き、気のせいよ」

「そういえば社長の送迎する時も、真っ先にドアの開け閉めをするようになったのはエリザだったっけ」

「ボスに敬意を払うのは当然でしょう」

「社長が帰るまでは、絶対自分も残ってるしね」

「緊急の案件が出るかもしれないでしょ」

「社長、いっつも先に帰って良いって言ってるじゃない」

「残るのは自由でしょ。家なんてビルの上なんだから」

「私達が帰ったあと、3時間くらい社長室から出てこないことも多いよね。ズルいなぁ」

「ちょっと!! それを言うならユーリアだって、格闘訓練の名目でトレーニングルームから中々出てこないこと多いじゃない」

「え~、社長って容赦無いからさ。へばった姿を、他人に見られたくないだけなんだけどねぇ~」

 

 ちょーーーー棒読みで反論するユーリア。

 ナニがあったかなど、ここにいるメンバーにとっては共通認識だ。

 

(ああ。また始まったわ)

 

 脳筋のユーリアが、冷たいクセにお堅いエリザにちょっかいを出すのはいつものことだ。

 それでいて何故か馬が合うのだから、不思議な人間関係だろう。

 

(まぁいいわ。巻き込まれないうちに退散しましょうか)

 

 ソロリソロリと下がったネージュは、踵を返して格納庫に向かった。

 仕事で使う小道具をチェックするためだ。

 

(でも本当、理解のある社長で助かるわ)

 

 ハウンドチームの戦果は、ISを使えることだけが理由ではない。

 幾多の装備を状況に応じて、使い分けられるからこその戦果だ。

 例えば無人パワードスーツ。素人はISがあれば、そんな物は不要だと言う。

 だが違うのだ。陽動・攪乱・人質救出etcetc。

 現場では打てる手が一手多いだけで、作戦の自由度が格段に上がる。

 幾多の装備は、社長が現場を理解してくれている証なのだ。

 そんな事を思いながら格納庫に入ると、先客がいた。

 

「あれ、社長。どうしたんですか?」

「お、ネージュか。なに、ちょっとガンヘッドを弄りにきた」

 

 社長お気に入りの玩具で、如月・有澤重工の合同チームが開発したものだ。

 コンセプトはあらゆる地形で行動可能な多目的重機だが、業界で信じてる人間はいないだろう。

 正確に言えばとてつもなく優秀な重機だが、兵器としてはそれ以上に優秀、という評価が与えられていた。

 

「私は仕事で使う小道具のチェックを………社長、アレは?」

 

 返答中にネージュは、格納庫の片隅に先日までは無かった物を発見した。人型の機械のようだが?

 

「ああ、アレか。新型パワードスーツのプロトタイプ。見てみるか?」

「はい」

 

 ネージュが近づくと、隣に立った晶が説明を始めた。

 

「型式番号はA-10J 凄鉄 (すさがね)F-4(撃震)の火力と装甲をアップさせた改良型だ。そして一番の特徴は固定武装として、両肩にガトリング砲が追加されていることかな。これのお陰で正面火力は、単機でF-4(撃震)一個小隊に匹敵する」

 

 F-4(撃震)は両手にアサルトライフル、背部に2本あるマウントアームにも、それぞれアサルトライフルを保持して前面展開できる。つまり一個小隊なら、正面火力は4×4=16挺だ。ガトリング砲2門の制圧力は、それを上回る。

 

「それほどですか」

「ああ。そもそもの連射力が桁違いだからな。弾薬の消費量も桁違いだけど、そこはタンク型の大型弾倉を、両肩につけて継戦能力と両立させてる。ただ残念な事にタンク型弾倉と背部マウントアームが干渉しちゃうお陰で、こいつにマウントアームは付けられなかったんだよな」

「という事は、武器の持ち運びに難がありますね」

「ああ。だけど人間サイズでこの制圧力は魅力的なんだよな」

 

 ここでネージュは、少し気になった事を尋ねてみた。

 

「ところで社長。この機体は、どういう経緯で作られたんですか?」

「キルギスの教え子から、絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦闘レポートが上がってきてね。色々書いてあったんだが、特に目についたのが、パワードスーツの火力不足だ。近接攻撃しか出来ない小型種を相手に、損害を出したとあった。だからガンヘッドを作った如月・有澤重工の合同チームに、火力向上型の検討依頼を出したんだ。で、結果がコレ」

「なるほど。他に変更点はありますか?」

「後は小型種に近づかれたとき用に、全身に爆発反応装甲(リアクティブアーマー)をつけてる」

「それ、結構重くありませんか?」

「重い。だけどこいつが運用されるであろう状況を考えると、間違いとも言い辛い」

 

 ネージュも晶と共に、絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦闘に参加したから知っている。

 やつらの生産能力、数を揃える力は驚異的だ。

 もし機動力を生かせない状況、例えば拠点防衛戦や地下構造物への侵入戦になった場合、この制圧力と防御力は役に立つだろう。

 

「そうですね。確かに間違いではないでしょう。あとプロトタイプということですが、開発状況はどのくらいなのですか?」

「あちら側で一通りのテストは終了してる。あとはこっちで使ってみて、改善点が見つかればフィードバックして欲しいってことで機体が送られてきた」

 

 ここでネージュは、キュピーンと閃いた。

 社長はこの手の新型機テストとか、結構好きなのだ。

 なら上手く言えば、2人っきりになれるはず!!

 

「では社長、JIVES(ジャイブス)を使いませんか?」

 

 JIVES(ジャイブス)とは統合仮想情報演習システムのことで、実機の各種センサーとデータリンクを利用し、砲弾消費による重量変化や着弾・破片による損害判定及び損害箇所など、あらゆる戦闘における物理現象をシミュレートする。

 膨大な演算量となるため高性能コンピューターが必要になるが、ハウンドチームの専用輸送機にも、JIVES(ジャイブス)の使用に耐えるものが搭載されていた。ミッション中の移動拠点となる関係上、高性能コンピューターが必要だったためだ。

 

「アレか。場所はどうする?」

「日本国内だと十分な場所が取れませんから、カナダの山奥とかどうですか? 厳しい環境と厳しい地形、そして広い土地がありますから、機体を存分に動かせます」

「なるほど。ならすぐに………はちょっと無理か。でも来週なら出来そうだな」

「なら、チームの方もそのように予定を組んでおきますね」

 

 結果として、テストを行う時にチーム全員が揃っていれば良いのだ。

 他2人とは現地で合流するように調整できれば、行きは輸送機の中で社長と2人っきり。

 思いっきり可愛がってもらえるだろう。

 具体的には――――――とアンナコトヤコンナコトを考え始めたネージュだったが、それが実現する事は無かった。

 

「ねぇ、何だか面白そうな話をしてるわね」

「そのテスト、私達も一緒に行くのよね?」

 

 いつの間にか格納庫に来ていたエリザとユーリアに、話を聞かれてしまったのだ。

 

「勿論じゃない。社長が動くなら、私達も一緒よ」

 

 サラッと取り繕うネージュだったが、2人はニヤニヤしていた。社長関係の事では前科があるだけに、「こいつ絶対2人っきりで行こうとした」と確信しているのだ。

 

「なにニヤニヤしてるのよ」

「べっつに~。腹黒も社長の事になるとポンコツだなって思っただけよ。大体、カナダの山奥まで2人っきりで行ってナニするつもりだったの?」

「だから、2人にも声かける気だったって言ってるじゃない。それに社長の前でポンコツとはなによ、ポンコツとは」

「真っ赤になっちゃって可愛いわね」

「なってない!!」

 

 エリザはこの痴話喧嘩を見ながら、密かに退避させていた晶に尋ねた。

 

「止めなくてよろしいのですか?」

「友人同士が戯れているだけだろ。あと、来週の連休で凄鉄 (すさがね)のテストをする。準備は任せていいか」

「勿論です。何か希望はございますか?」

「どうせやるなら、厳しい環境の方が良いだろう」

「分かりました。ではカナダ最北端の町、アラート付近は如何でしょうか」

 

 場所は北緯82度28分00秒西経62度30分00秒にあり、定住地としては世界最北である。

 最低気温は-50℃を超え、カナダ国勢調査によれば人口は62人。この他はアラート空港を含むカナダ軍の施設や気象台、全球大気観測(GAW)の大気観測研究所の職員が駐在している程度だ。

 

「良いデータが取れそうだ」

「ではそのように」

 

 ここでエリザは、コアネットワーク通信に切り替えた。

 

(あと、別件で1つよろしいでしょうか)

(どうした?)

(ネージュの件は如何されますか?)

(最近騒がれていることか?)

(はい)

(今は何もしなくていい。俺はあいつを悲劇のヒロインとして扱うつもりはないし、あいつもそんなのは望んでないだろう)

(もし彼女が堕ちる切っ掛けとなった奴らが動いたら?)

(他と何も変わらないさ。お前達は猟犬で、賞金首狩りだ。そして叩けばタップリ埃の出そうな奴らが、ちょっかいを出してきたなら望むところだろう?)

 

 エリザはニヤリと笑った。

 

(分かりました。いつも通りに処理します)

 

 こうして晶とハウンドチームの面々は、来週カナダへ飛ぶ事になったのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 翌週、カラードの面々は予定通りにカナダ入りしていた。だが何処かのホテルに泊まっている訳ではない。

 ハウンドチームの専用輸送機であるグローブマスターⅢ(C-17)改修機は、彼女らの移動拠点でもあるのだ。安全に休める場所があるのに、わざわざ他の場所に泊まる必要は無いだろう。

 また束の手により改修された専用輸送機は、原型機の持っていた不整地への着陸能力と短距離離陸能力が、大幅に強化されている。このため空港へは降りず、評価試験予定地へ直接降りていた。

 そうして広い雪原を舞台に、持ち込んだ4機のA-10J 凄鉄 (すさがね)は、JIVES(ジャイブス)上で絶対天敵(イマージュ・オリジス)を相手にしていた。AI制御されたこれらが相手にしているのは、来襲時に確認された“カマキリ”型と“ハチ”型だ。時間経過で加速度的に増えていく点は、本物と同じにしてある。

 シチュエーションは都市防衛戦や殲滅戦など様々で、とにかく徹底的に機体負荷をかけていく。

 すると、色々分かってきた。

 まず良い点は耐久性だ。

 同じ時間F-4を戦闘機動させた時よりも、機体の損耗が少ない。これはガトリング砲の強烈な反動を抑え込む為に、フレームが強化された事による副産物だろう。F-4であればとっくにステータスがレッドになっている状況でも、イエローで済んでいる。流石、有澤重工が関わっただけある。

 対して悪い点は、重量増加に対して跳躍ユニットの出力強化が追いついていないことだった。如何に運用上ある程度の鈍重さが許容されるとは言え、跳躍毎に340秒の連続飛行時間制限があるのは厳しい。また空中で両肩のガトリング砲を斉射した場合、失速するというのもマイナス点だった。

 この他にも寒冷地ならではの稼動データが蓄積されていき、全ての予定を消化した夜のこと。

 晶はハウンドの面々に、明日1日をオフ日とする事を伝えていた。

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦闘やその後の後始末で、随分働いてもらったのだ。偶には異国での休暇、というのも悪くないだろう。

 

「―――という訳で、どこか行きたい所とか、過ごしたい場所ってあるか? カナダ政府からは移動先さえ教えてくれれば、何処で過ごしてくれても構わないって返事が来てる。細かい事は気にしなくていいぞ」

 

 するとネージュが口を開いた。

 

「あ、なら私スキーしたい。カナダならこのくらいの時期まで雪残ってるし、まだ滑れると思うの」

「あら、良いわね。何処にする?」

 

 これにエリザが乗り、ユーリアが続いた。

 

「ユーコンのマウントシーマ・スキー場なんてどう? 時期的に丁度良いと思うし、あそこって結構穴場だから、メジャーなところよりも人は少ないと思うわ」

「いいわね」

「じゃあ、そこにしましょうか」

 

 打てば響くかのような早さであっという間に話が纏まり、一行はユーコンに向けて輸送機を離陸させたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そうして翌日の夕方過ぎ。

 日中スキーを楽しんだネージュは、近くのホワイトホースという小さな街にいた。

 社長()がクラスメイトにお土産を買う、というので同行したのだ。

 戦闘力的に言えば護衛など必要無いが、飼い主を1人で行かせるなど、飼い犬としてできる訳がない。

 

(………なんか、随分注目されてきたわね)

 

 街に入って、初めは何ともなかった。だが徐々に、こちらを見る人が増えてきている。

 

(バレたかしら?)

 

 2人は街に出てくるにあたり、変装をしていなかった。

 

 

 ―――ネージュ・フリーウェイの私服イラスト―――

 Artificial Line様より頂きました。感謝です!!

 なおpixiv側にもありますので、アドレスは↓

 https://www.pixiv.net/artworks/79019525

 

【挿絵表示】

 

 ―――ネージュ・フリーウェイの私服イラスト―――

 

 

 今は仕事中ではないし、仮にバレたとしても、此処は田舎だ。都会にいる時ほど、周囲が騒がしくなるとは考え辛い。加えて買い物が終われば、後は帰るだけなのだ。面倒な変装などしたくない、という思いもあった。

 だが状況を把握する必要はあるため、ネージュはISのセンサー系を限定起動し、周囲を探ってみるのだった。

 すると―――。

 

「なぁ、あの2人見てみろよ。本物か?」

「まさか。こんな田舎に来るか?」

「カナダには来てるって何かに載ってたぞ」

「って言っても広いだろ。賞金首狩りなら、もっと人の多いとこに行くんじゃないか?」

「そっか。でも女の方、すげぇ美人だな。腰の高さなんて、そこいらの女と全然違うじゃん。お前、声かけてみろよ」

「男いる奴に声かけてどうするんだよ」

「お前なら大丈夫だって」

「なに言ってんだよ。玉砕するところが見たいだけだろ」

「そんな事ないぞ。友人が美人な彼女を手にするところを見たいだけだ」

「本心は?」

「男いる奴に声かけた馬鹿を写真に収めて笑ってやろうかと」

「最低だなお前!!」

 

 何とも平和な会話だ。

 他には―――。

 

「ねぇ、あの人って冤罪で貶められた人じゃない?」

「あ、本物かな?」

「本物っぽく見えるわね。でも、あれってちょっと憧れるかも」

「あれって?」

「だってゲスな同僚に嵌められて裏社会に堕ちて、汚れたところを英雄に救われて悪党を狩る側に回るなんて、まるでドラマのヒロインじゃない」

「言えてる」

 

 と言っている人達もいた。

 限りなく黒に近い灰色、というところだろうか。

 下手にアクションを起こすと余計面倒な事になるので、素知らぬ顔をしているのが一番だろう。

 そんな事を思っていると、社長()からコアネットワークで通信が入った。

 

(ドラマのヒロインだってさ)

(社長まで、止めて下さい。あとくれぐれも変な気は起こさないように)

(そうだなぁ~)

 

 思わせぶりな返事と共に、何かデータが送られてきた。

 確認してみると、とあるテレビ局からネージュを題材にしたドラマを作りたい、という申し込みだった。

 

(ちなみに、同じような申し込みが他にも結構ある)

(まさか、許可なんてされてませんよね?)

(流石にしてない。お前の過去はお前だけのものだ。他人に娯楽として浪費させる気はない。あとは、そうだな。丁度いいから1つ聞いておきたい)

(何でしょうか?)

(今ならお前を嵌めた奴らを合法的に地の底にまで叩き落せるけど、どうする?)

(放っておいて下さい)

 

 即答だった。

 

(理由は? まさか、もう恨んでないって訳でも無いだろう)

(簡単です。もうじき、破滅してくれるからですよ)

 

 ハウンドチームの策謀担当は、クスッと笑いながら続けた。

 表面上は、一緒に買い物をしている男に向けた穏やかな笑みだ。

 

(社長の唯一直接の配下。そして賞金首狩り。これを利用したい警察が、全力であいつらを洗ってくれました。私は何も言っていませんよ。ただ何の偶然か、調べてくれた警察が捕まえて欲しそうな賞金首は、最近多く捕まえていましたけど。まぁ、ただの偶然でしょう)

(なるほど。どれくらいで決着がつくんだ?)

(2週間以内に本社にメスが入ります。そこから別件の罪も見つかって、当時の関係者は全員逮捕されるでしょう)

(確実にか?)

(私が裏に堕ちてから、証拠を集めなかったとでも? 破滅させるに足る証拠ですよ)

(分かった。ならあとは、精神的にも叩き潰しておこうか)

(と言いますと?)

(本社にメスが入る前に、ハウンドチームとその会社で合同ミッションをやってみようか。かつて嵌めてくれた相手を、遥かな高みから見下ろしてやるといい。形式はそうだな………テロ組織幹部の捕獲にしようか。あえて殲滅ではなくて、難易度の高い捕獲だ。格の違いを見せつけてやれ。後はその会社が裏側で使っているテロ組織とかあったら、目の前で叩き潰して、かつ情報も吐かせたりして最高なんだが)

(社長………)

(どうした?)

(ありがとうございます)

(なに、賞金首狩りの一環だ)

 

 この後に起きたセンセーショナルな出来事は、多くのメディアによって繰り返し取り上げられた。

 そしてネージュは復讐を果たしメデタシメデタシ………なのだが、1つだけ困った事があった。

 彼女のドラマが作られてしまったのだ。

 勿論、晶は認めていない。彼女も同意してない。情報提供もしていない。

 ではどうやって? という事になるのだが、抜け道を使われたのだ。

 有志により作られた、ファン作品という扱いである。

 監督や俳優が何故か有名人だったり、BGMが妙に気合入ってたり、ハリウッド並のCGが使われていたり、IS関連企業から随分と高額な寄付金が出ていたりするが、“あくまで”ファン作品である。

 しかもWeb上でYo〇Tubeを使った無料公開。アクセスカウントによる広告収入分は、絶対天敵(イマージュ・オリジス)の襲撃により被害を被った全ての人々に対する慈善事業に使われるとなれば、晶やネージュとしても反論し辛い。

 更にこの無料公開ドラマは、当たった。当たりまくった。

 だって彼女の過去は、凡人共が大好きそうなネタが盛沢山なのだ。

 容姿と資産しか取り柄のない先輩に嵌められ、恋人を篭絡され、呼び出された先で集団暴行されかけ、辛うじて逃げ出したら、今度は両親に冤罪がかけられ、警官に抵抗したという無実の罪で射殺された。だけではない。夢も希望も奪われ堕ちて汚れた先で、英雄に拾われて猟犬となり、かつて嵌めた相手に正義の鉄槌を下す。

 犯した罪が許される訳ではないが、正義が勝つという意味で、とても凡人受けしやすいだろう。

 しかも実話なのだ。

 そしてこうなると、ハウンドチームの残り2人が注目されるのも無理からぬ事であった――――――。

 

 

 

 続く?

 

 

 




オリキャラオンリー回でしたが、日常的な感じを楽しんで頂けたなら幸いです。
次回は………もしかしたら番外編がもう1つ続くかもしれません、

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