インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回、使っちゃいました。



第146話 殴られたら殴り返す。

 

 地球に降りた降下船が全て撃破される前のこと。

 束はアンサラーを使い、異文明の母船と戦闘があった宙域を調査していた。救難信号を発するような機械が、放出されていないかを確認するためだ。結果は問題無し。だが安心は出来なかった。計算上、爆散した母船の破片が相当量、月の裏側へと落下している。また敵は母船の爆発に紛れて降下船を発進させる、という芸当をやってのけているのだ。なら落下した破片に紛れ込ませる、程度の事は考えるだろう。

 そしてアンサラーの目と耳(センサー)は優秀だが、流石に月の裏側までは見通せない。

 よって束はNEXT(薙原晶)を向かわせ、事態は予想以上に深刻であると知った。

 コアネットワークで繋がる2人の間に、重苦しい空気が流れる。

 

(………………これは、拙いなぁ)

(なぁ。これって、ワープゲートが開きっぱなしってことだよな?)

(多分ね)

 

 センサーの反応が母船が出現した時と同じなのだ。しかも湾曲した空間が元に戻っていない。

 つまり想像の上に仮定を重ねた考えだが、月の裏側から敵が、無尽蔵に出てくる可能性があるということだ。

 敵母船が1隻ずつ現れるなら、アンサラーで撃破出来るだろう。1対1なら100回繰り返しても負けはしない。だが100対1なら? 1000対1なら? 星々の海を渡ってくるような連中の生産能力はどれくらいだろうか? 少なくとも地球の比ではあるまい。

 

(ならアレをどうにかしないといけないが、ぶっ壊す事がトリガーになるブービートラップだったら目も当てられないな)

 

 彼の視線の先には、月面に突き刺さっている正八面体のクリスタルがあった。大きさは1辺30メートル程度。人間的な感覚で言えば大きいと言えるだろう。だが直径1キロのワープゲートを上空1キロに開く装置としては、小さいという印象だった。

 

(だね。でも放置するって選択も無いよね)

(ああ)

 

 ここで2人は暫し悩んだ。何をするにしても圧倒的に情報が足りない。あらゆる事を疑わなければならないが、疑い過ぎれば何もできない。

 先に口を開いたのは晶だった。

 

(よし。持ってきたスーパーシミター(※1)を有線でコントロールして、ゲートに突入させよう)

(偵察には賛成だけど、その後は?)

(向こう側に出られないなら、このゲートはヒュージキャノンで跡形もなく消し飛ばす。向こう側に出られるなら、状況によっては逆侵攻して叩く)

 

 束の反応は激烈で、そして感情的だった。

 

(駄目だよ!! 安全かどうかも分からない。戻ってこれるかどうかも分からないゲートを使うなんて危険過ぎる!!)

(危険なのは分かってる。でも地球の座標が知られたのは間違い無いだろう。そしてこれは仮説だが、情報がいきなり中央というか本部というか、そんな場所に伝わるとは考え辛い。広大な宇宙でそんな事をやったら非効率極まりないからな。だから多分、前線基地、或いは分艦隊みたいなのがあると思うんだ。それを叩ければ、地球の座標は知られずにすむ)

(知られないだけで、この方面が怪しまれる事に変わりは無いじゃない!!)

(地球にピンポイントで来られるのと調査しながらだったら、圧倒的に稼げる時間が違う)

(かもしれないけど!! 晶の安全はどうするのさ!! 敵の戦力なんて殆ど不明なんだよ!! 地球があるのは銀河の辺境!! そんなところに派遣される船が、敵の真っ当な戦力のはずないでしょ。型遅れの使い古しの可能性の方が遥かに高いんだよ!! 晶は地球じゃ最強かもしれない。でも銀河最強じゃない。NEXT以上の戦闘力を持つ敵が、複数いる可能性だってある。生きて帰れる保証なんて全然無いんだよ!!)

(俺だって死ぬ気は無い。でもここで手をこまねいて何もしなかったら、次に送り込まれてくるのは、間違いなく前以上の戦力だ。アンサラーのある方面はどうにかなるかもしれないが、複数方面同時侵攻なんてやられたら、本当に地球は終わる)

(でも、でも!!)

 

 理性的に考えれば、晶の言っている事は理解できる。

 だが彼女は肯けなかった。

 下手をしたら、恋人()を失いかねない選択なのだ。今更、彼無しで歩むなど考えられない。

 だから何とかして、思い留まらせたい。

 しかし彼女に、その時間は与えられなかった。

 ワープゲートに巨大な質量反応を確認。何かがゲートを通ってくる。

 晶の反応は早かった。

 こんな事態を予測していたのかもしれない。

 速やかに呼び出された武装はOVERED WEAPON(オーバードウェポン)の1つ。HUGE BLADE(ヒュージ・ブレード)

 これもここではない別の世界(AC世界)で、性能を大幅にダウングレードする事でどうにか実用化された物とは違う。純粋なアーマードコア・ネクスト規格で作られた本来のHUGE BLADE(ヒュージ・ブレード)だ。

 ブレード射程は実に10キロを超え、量産型アームズフォート程度なら、“文字通り”両断してのけるという桁違いの威力を持つ。

 それを彼は、異文明の船が出現した瞬間に振り抜いた。

 先に来襲したのと同じ、全長2400メートル、全高800メートルという、巨大なラクビーボール状の船が一撃の下に切り捨てられる。

 敵にしてみれば、何が起きたのか分からなかっただろう。ワープゲートを通った瞬間、船体が両断されたのだ。しかも動力部ごとぶった切られているお陰で、ダメージコントロールも何もあったものではない。制御不能になった船が月面へと落下していく。途中、敵は僅かに残った機能で抵抗を試みたが無駄であった。振り抜かれたHUGE BLADE(ヒュージ・ブレード)が今度は上段から振り下ろされ、跳ね上がり、薙ぎ払われ、滅多切りにされていく。

 

 ―――爆散。

 

 晶の動きは止まらなかった。ワープゲートに接近しつつHUGE BLADE(ヒュージ・ブレード)拡張領域(パススロット)に戻し、今度はスーパーシミター(※1)と調査用に持って来ていた有線を呼び出し接続。ワープゲートに突入させる。

 すると一瞬にして景色が切り替わった。

 まず見えたのは灼熱の太陽。吹き上がるフレア。光学カメラで周囲を見渡せば、星々の配置が地球から見たのとは明らかに違う。更にNEXT(薙原晶)のレーダーから、スーパーシミターの反応が突然消えた。にも関わらず、有線からは大量の情報が送られてきている。

 地球の科学力では夢物語でしかなかった未知の現象が、今目の前にある。

 平時なら束と、拡がる夢について心行くまで語り明かせただろう。

 だが今は違った。見つけたのだ。

 地球に来たのと同じ船が10隻。方円(ほうえん)陣を敷いて前進してきている。その中央には一際デカイのが1隻。二等辺三角形のような形をしていて、画像分析によれば全長5000メートルを超えている。他に怪しい影は無い。

 この時、迷わなかったと言えば嘘になるだろう。

 敵のワープゲートを使い向こう側に行くという事が、どれほど危険なのかは容易に想像できる。もし閉じられたらそれで終わり。再起動方法など分からない。戦闘でワープゲートが破損しても駄目。敵の総戦力も不明。帰ってこれない可能性の方が遥かに高い。

 しかしそれでも、晶は行く決断をした。

 小難しい理由など無い。

 戦力差的に地球近郊で戦えば、束に被害が及ぶ可能性がある。有象無象なぞ幾ら死んでも構わないが、束がその中に含まれるのは断じて認められない。だから近づかれる前に叩く。それだけだ。

 地球を救うなど、束の夢を叶えるついでに過ぎない。逆ではないのだ。

 

(じゃあ、ちょっと行ってくる)

 

 彼はあえてお気楽な口調で言った。しみったれたお別れなど必要無い。

 

(この、馬鹿!! ならさっさと行って、さっさと帰って来なさい!! 私を1人にするなんて、絶対許さないんだからね!!)

(当たり前だ)

 

 晶は突入前に、新たに呼び出したスーパーシミターをこちら側の有線の根元に接続した。

 これはワープゲートを通って光年単位で位置が動いた場合、コアネットワークが切断される恐れがあるためだった。だがこうしておけば、情報送受信用の端末として使える。束も向こう側の状況を、ある程度モニター出来るだろう。

 そうしてワープゲートを通った晶は、初手にNEXTが持つ最大最強の火力を選択した。

 出し惜しみはしない。地球の情報を隠蔽する為には、完全殲滅が必要なのだ。

 

 ―――HUGE CANNON(ヒュージ・キャノン)

 

 ここではない別の世界(AC世界)で作られたダウングレードモデルでは、核弾頭が使用されていた。だがこれには、本来の仕様である純粋水爆弾頭が使用されていた。威力は人類史上最強の破壊力を持つ水素爆弾、ツァーリ・ボンバを遥かに上回る。なおツァーリ・ボンバとは、旧ソビエト連邦が開発した人類史上最大の水素爆弾で、威力は広島型原子爆弾「リトルボーイ」の約3300倍。TNT換算で約100メガトン。第二次世界大戦中に全世界で使われた総爆薬量の50倍を誇ると言えば、どれほど桁違いの威力か分かるだろう。

 そして束が手を加えた箇所は無数にあるが、中でも特筆すべきは、効果範囲を使用者がある程度自由に設定できる、という点だった。

 これはISの空間制御技術と重力制御技術の応用によって実現したもので、空間そのものを固定して檻とする事で、純粋水爆弾頭で発生する超高熱を閉じ込め、全てを焼き尽くすというものだった。

 ツァーリ・ボンバは威力を半減させた実験ですら、衝撃波は地球を3周したという。それを遥かに上回る代物を、閉鎖空間に閉じ込め爆発させるのである。

 理論上、耐えられる物質は存在しない。文字通り、チリ一つ残さず消滅させられる。

 NEXTの背部に緑の光が収束し、左背部に巨大な円筒形のエネルギーユニットが、右背部には折り畳まれてなお身の丈を超える長大な砲身が呼び出された。

 武装が展開され、専用エネルギーユニットによって生み出された莫大なエネルギーが、弾頭を励起状態へと移行させていく。

 明確な攻撃態勢に、敵が反応した。

 敵船団に高エネルギー反応。装甲板が展開してレンズ状のものが露出していく。中央のデカイ奴に至っては、幾つもの砲身がせり出してきた。レーザーを曲げられるような高い技術力を持つ連中が、砲身を使っている。威力など、想像したくもない。

 更に全ての船に空母としての機能もあるようだった。

 多数の敵が発進してくる。

 総数は2000を少し超えた程度。殆どは4メートル程度の“ハチ”のようなやつで、エネルギー反応も大した事はない。油断は禁物だが、十分に戦えるレベルだろう。だが他に、明らかにヤバイ反応が幾つかあった。

 20メートル程度の“ドラゴン”のような奴。エネルギー反応は巨大兵器と同等レベル。それが30体。

 50メートルを越える“樹”のような奴。エネルギー反応は巨大兵器の十数倍というレベル。それが10体。

 まともに戦えば、NEXT(薙原晶)でも厳しいだろう。

 しかし彼に、まともに戦う気など無かった。

 純粋水爆弾頭の発射準備が完了し、爆発座標を敵方円(ほうえん)陣中央に、爆発効果範囲を直径20キロに設定する。

 これでギリギリ、全ての敵が効果範囲に入った。

 

 ―――トリガー。

 

 瞬間、太陽が出現した。

 純粋水爆弾頭が炸裂し、発生した超高熱が空間の檻という閉鎖空間で荒れ狂う。普通の兵器なら、直径20キロの檻があったところで、威力が増幅されたりはしない。しかしHUGE CANNON(ヒュージ・キャノン)に使われている純粋水爆弾頭なら違う。ツァーリ・ボンバを遥かに上回る桁違いの爆発力が、たった直径20キロという閉鎖空間で炸裂するのだ。

 中心点の最高到達温度は約4兆度。あらゆる物質の存在が許されない灼熱地獄で、敵に出来る事など何も無い。大きさも、耐久力も、何もかもが関係無く、全ての敵が等しく無へと帰った。

 華々しい戦闘など何も無い。

 地球に対して奴らがやった事を、そのままやり返したような一方的な虐殺だ。

 尤も、ギリギリの綱渡りであった事に変わりはない。

 もしも戦闘が少しでも長引いて他に連絡されていたら、その時点でミッション失敗だったのだ。

 晶は、すぐに身を翻した。

 欲を言えばこの場で、調べたい事は色々ある。だがもしも余計な活動をしている間にワープゲートが閉じたら、帰還不可能になってしまう。そんな危険は犯せなかった。

 また高性能センサーの塊であるNEXTが活動した、というだけでも膨大な情報が得られているのだ。こんな危険な状況で無理をする必要は無い。

 晶はワープゲート発生装置付近にHUGE MISSILE(ヒュージ・ミサイル)を置いて、速やかに帰還したのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は少しだけ進み、束の自宅。

 ワープゲートを跡形もなく消し飛ばして帰還した晶は、医療ポットに入って束の精密検査を受けていた。

 ワープゲートを通った影響が無いかの確認である。

 NEXTに記録されているバイタルデータでは問題無さそうだったが、念には念を、ということだ。

 

「うん。大丈夫そうだね」

「良かった。しっかし、今考えるとよくやったな、俺」

 

 束の安全の為に必要だったとは言え、戻ってこれなくなる可能性があったのは事実だ。

 行動中は気を張っていたので余り意識しなかったが、改めて思い出すと背筋が凍る。

 そんな思いから漏れ出た言葉に、束は強烈に反応した。

 

「無茶し過ぎ!! 全く、これで戻って来れなかったり、影響があったりしたらどうするつもりだったのさ」

「でも、あそこで叩かないって選択肢も無かったしなぁ」

「私の為だっていうのは嬉しいけど、心配したんだよ。大体、妻を置いて行くなんてどこぞの三流ドラマじゃあるまいし」

「いやでも、無事に戻ってこれたからハッピーエンドの方だろ」

 

 束が医療ポットを開き、晶が出てくると脳天に鉄拳が落とされた。

 

「イデッ!! 何するん………」

「私が、どれだけ、心配したと思ってるのさ」

「す、すまん」

 

 額に青筋を浮かべる彼女を見て、彼は素直に謝った。

 

「分かればよろしい。もう、こんな事はしないでね」

「いやでもな。お前の安全が掛かってたしな」

「し・な・い・で・ね!!」

「分かった。善処する」

「それやるって言ってるのと同じ!!」

「だって掛かってたのはお前の安全だぞ。敵を排除しないなんて選択肢、選べるわけ無いだろう」

「でも今回みたいなことはダメ。少なくとも、私がワープを実現させるまでは絶対にダメ」

「えっ、できるのか!?」

「私を誰だと思ってるのさ。実際のワープがどんなものかデータも取れたから、多少時間は掛かるけどアレは作れる。それに移動距離が短くなるかもしれないけど、多分ISに搭載可能なレベルにまで、小型化も出来ると思う」

「流石だな」

「だから、もうあんな危険な事はしちゃダメ。私を1人にするなんて、許さないんだからね」

 

 束の思いに晶は肯き、この後しばら~~~~~~~~くの間、お熱い時間が流れたのは別のお話である。

 そうして時間が経ち翌日。

 束は月の裏側にいるIBISから情報を受け取っていた。晶が向こう側に行った直後から、母船の残骸を調査させていたのである。

 ちなみに単機で行わせている訳ではない。万一のハッキングや原因不明の汚染に備え、残骸に直接触れるのは一緒に送り込んだテックボット(※2)達であった。

 

「で、どんな感じなんだ?」

 

 画面に向かう束に、晶が後ろから声をかけた。

 

「未知のオンパレードってところかな。こんなにワクワクするのは久しぶりだね。でも残念な事に、晶が向こう側で見た“ドラゴン”みたいのとか、“樹”みたいなやつは見つかってないの。是非とも分解して調べたかったんだけどね」

 

 NEXTの戦闘データを解析したところ、ラクビーボール状の母船一隻から、“樹”タイプが1体、“ドラゴン”タイプが3体、“ハチ”タイプが200体ほど現れていた。いきなり全力出撃というのも考え辛いので、実際の搭載数はもう少しあるだろう。

 そして地球に来たのと同型であるなら、撃破した船にも搭載されているはずなのだが――――――。

 

「出現した瞬間にHUGE BLADE(ヒュージ・ブレード)で滅多切りにしたからな。それに船自体の爆発もあったし、多分消し炭になってるんじゃないか」

「だよねぇ。こればっかりは仕方ないかな」

「ところでさ」

「うん?」

「この残骸、どうする?」

 

 晶の問いに、束は暫し考えた。

 一隻目の母船は、コジマキャノンの斉射でバラバラになっている。地球に降りた降下船は現在攻略中。活動状況を見るに、危なくて残してはおけない。必然的に、一隻目より原型を留めている月面の残骸の価値は上がる。もしもこれの存在が他に知れたら、今度はこれを巡って争いになるだろう。尤も彼女に、それを非難する気は無かった。これほどの未知を調べたいと思うのは、ある意味で当然だからだ。だが、無制限に公開して良い物でもない。

 

「う~ん。今の私達に、月に研究用施設を作る余力ってあると思う?」

「ないな」

 

 即答だった。そして星々の海を渡ってくるような連中の技術力なら、どんな仕込みがあるかも分からない。地球に運び込んでから、何かありました、では済まないのだ。

 ならば選択肢は1つだろう。

 

「よし。消そう」

「分かった。もう一回月に行ってくる」

「お願い。あと戻ってきたら、すぐ地球でも動いて貰って良いかな。処理出来てない降下船があるの」

「中央アフリカか?」

「御名答」

「こっちは予想通りだな」

「後は中国もね」

「やれやれ。了解した」

 

 こうして地球圏での活動を再開したNEXT(薙原晶)は、後日の敵降下船撃破作戦において中心的な役割を果たしていった。

 そして彼の活躍により、地球から異文明の戦力が全て駆逐され、メデタシメデタシ………とならないのが現実の悲しいところである。

 何時だって物事が終わった後の後始末というのは、面倒なのだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は進み、全ての降下船が撃破された後のこと。

 晶は2年1組の教室で、おお~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~きな溜め息をついて机に突っ伏していた。

 

「なぜこうなった………」

「無理もありませんわ」

「うん。無理だと思う」

 

 左右にいたセシリアとシャルロットが、諦めろと言わんばかりに追い打ちをかけてくる。

 

「でもさぁ、ちょっと騒ぎ過ぎじゃないかと思うんだ」

「思いませんわ。自分の行ったことを自覚して下さい」

「全世界から集結したIS部隊を率いて敵拠点の攻略。しかも犠牲者無しだよ」

 

 異文明からの侵略を受けた今回の一件で、地球側には多大な被害が出ていた。

 都市2つが瓦礫の山となり、1つが物理的に消えた。一般人だけでも死者は50万人を超え、間接的な被害を含めれば、犠牲者数は100万人を越えるだろう。

 また自国内での戦闘となったカナダと中国は、軍の大規模な再編成が必要なほどの大ダメージを受けている。特に中国はISコア10機を喪失するという大損害で、国家戦略の練り直しを余儀なくされていた。

 そんな中で、NEXT(薙原晶)の挙げた戦果は別格であった。

 宇宙では敵降下船1隻を単機で撃破し、シャルロットとのコンビで更にもう1隻を撃破している。喀什へと向かっていた降下船に対しても、セシリアとラウラを派遣してダメージを与える事に成功していた。

 これに加えて、バンバリと喀什に構築された敵拠点の攻略作戦では、味方を全員生還させている。

 自国の被害から目を逸らさせたい国と、軍事予算を増額させたい国と、英雄を求める一般人の心理が合わさった結果、晶にとってはとてつもなく面倒な状況になっていた。

 TVをつければ連日連夜自分の事が放送されており、IS学園やカラードにも人が押しかけ、気が滅入ることこの上ない。無論こっそり動く方法など幾らでもあるのだが………。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~~~面倒だぁ~~~」

 

 ちょっと壊れ気味の晶くんである。

 が、壊れてばかりもいられない。やっておかなければならない事があった。

 

「あ~、そうだ。鈴。放課後ちょっと付き合ってくれないか。あと一夏と箒も」

 

 少しばかり顔色の悪い鈴がビクッと晶の方を見た。

 近くにいた一夏が口を開く。

 

「俺達3人って、どういう用件なんだ?」

「鈴と本国の動きは関係無いのに、結びつけて考えようって馬鹿が多いからな。手を打っておく」

 

 今回の一件で中国は、自国内に降下船を招き入れた挙句、処理に失敗して数十万人の規模の被害を出した。

 それを理由に鈴を――――――というより学園の中で、中国籍の生徒を悪く言う奴が増えているのだ。

 

「正直周囲でそういう話が流れるのは耳障りなんだ。だから、ちょっと協力してくれ」

「分かった。何をすれば良い?」

「これから暫くは放課後に色々とインタビューを受けるから、その席に同席してくれればいい。後は周囲が勝手に妄想してくれる。権力とか名声ってのは、こういう時に使わないとな」

「いいのか?」

「別に何でもないさ。言ったろ。耳障りだって」

 

 ついでに、コアネットワークで一夏に一言。

 

(俺がやってやれるのは大雑把なことだけだ。後はお前が護ってやれ)

(すまん。いつか必ず、この借りは返すよ)

(気長に待ってるよ)

 

 男同士の内緒話が終わると、セシリアが口を開いた。

 

「あら、では私も協力致しますわ」

「良いのか?」

「今、貴方が言ったではありませんか。権力と名声は、こういう時に使うものだって。私だって、それなりにありますわよ」

 

 かなり控え目な表現であった。

 NEXTに次ぐ単体戦略兵器であり、名門貴族の当主でもあるセシリア・オルコットの知名度は世界レベルだ。彼女の発言は、それこそ世界中で取り上げられる。

 

「勿論、僕だってやるからね」

 

 次いで声をあげたのはシャルロットだ。単体戦略兵器レベルではないが、晶の両脇を固める片割れという意味で、彼女の知名度も相当なものなのだ。

 これにラウラや簪、本音にクラスメイト達も加わり、彼女達は外で事あるごとに、国の行動と一般生徒達は関係無いと言い続けてくれた。

 これはすぐに効果の出るものではない。人の感情というのは、時として理性的な行動を受け付けないのだ。だが世の全てが感情に支配されている訳ではない。少し先の話だが、中国籍の生徒達への風当たりの強さは、徐々になりを潜めていくのだった。

 尤も、彼は聖人君子の善人ではない。

 一般人に対する対応と国に対する対応は、完全に別物であった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 束博士と直接連絡を取れない中国政府は、晶に対して連日のようにISコアの補充要請を出していた。

 向こうにしてみれば、当然の行動だろう。

 何せISコア10機喪失というのは、国家戦略を根本から見直さなければならない大損害だ。

 単純な戦闘力という意味でなら、巨大兵器で代用できるかもしれない。だが機動力と打撃力を併せ持つISというカードが、軍事的・政治的に使えないのは痛すぎる。

 よって中国政府はどうにかしてISコアを補充したいと思っていた。

 

「2機、ですか?」

「ええ。2機です」

 

 カラードの応接室で、晶は中国政府の役人と会っていた。

 綺麗な七三分けとインテリメガネに品の良いスーツ。如何にもエリート、といった出で立ちだ。

 実際、共産党の最高意思決定機関である中央政治局常務委員会付きの人間なのだから、本国では本物の特権階級と言っていいだろう。

 が、こちらには関係ない。

 

「どのような理由からでしょうか」

「思い当たる節があるのではないですか」

「我が国は人類のた――――――」

 

 晶は途中で相手の言葉を遮った。

 

「無い。というのであれば話はここまでです。2機分のコアは用意してありますので、どうぞお持ち帰り下さい」

 

 棘のある言葉だった。この状態では宇宙開発への協力というカードを切っても、良い話し合いは出来ないだろう。

 そう判断した役人は、別の話題で様子をみる事にした。

 

「貴方が行ってくれた宇宙での撃破作戦。アレに割って入り邪魔をした人間には、既に処罰が下っています。全く、何故あのような命令が通ったのか。大方、未知の技術に目が眩んだのでしょうね」

「ほぅ。どんな処分をしたんですか?」

「中央軍事委員会の有力者でしたが、平の党員に降格の上、二等兵として無期限の軍役で配属先は喀什です」

「肉体労働の多い最下級兵士に降格の上、壊滅した喀什に配属ですか」

「はい。本人が是非とも身を粉にして、復興に役立ちたいと言ったらしいので」

 

 中央で甘い汁を吸い続けてきた奴に、兵士という肉体労働が勤まるとも思えない。

 つまり処罰で死刑になるか、被害を受けた一般市民に嬲り殺しにされるかのどちらか、ということだろう。

 

「中々重い処罰をされたようですね」

「はい。我が国は法を遵守しますので」

 

 お互いニッコリ。先ほどよりも対応が柔らかい。悪くない感触だ。

 ここから宇宙開発への協力、その為にコア補充数の増加という流れなら、相手も耳を傾けるだろう。

 だが役人が話を続けるよりも先に、晶が口を開いた。

 

「なるほど。貴国の意思は分かりました。ですが残りの補充分につきましては、IS委員会に相談しようと思っていまして」

 

 役人の表情が一転し、凍り付いた。

 

「そ、それは、何故でしょうか」

「貴国の行動を見て、博士はとても心配になったようです。この人達にISを扱わせて、本当に大丈夫だろうか、と。私も同じ思いです。だからちょっと、他の人の意見も聞いてみようと思いまして。ただ補充が全く無いのも大変でしょうから、先に2機分だけお渡ししておきます。どうか、扱いを間違わないようにお願いしますね」

 

 ある意味で死刑宣告であった。

 交渉先が薙原晶だけであれば、宇宙開発に協力するという対価で、時間はかかるかもしれないがコアを補充していけたかもしれない。しかしIS委員会に話を持ち込まれてしまえば、完全に政治の話になる。他国が素直にコアの補充を許す訳がない。あらゆる理由をつけて妨害してくるだろう。現状を考えれば、他国にコアを奪われる可能性が高い。しかもIS委員会を通したとなれば、扱いは合法となり取り戻すのが難しくなる。中国にとっては、絶対に避けなければいけない事態だった。

 

「お、お待ちください。今回のコア喪失は、敵の予期せぬ先制攻撃によるもの。貴方も、我が国の軍が対応に動いていたのは知っているでしょう」

「ええ。知っていますよ。ですが貴国は、宇宙での撃破チャンスを潰してまで自国内に降下船を招き入れた。何を持っているかも分からない相手を、地球の中に入れたのです。更に言わせてもらえば、予期せぬ先制攻撃と仰いましたね。稼働状態の敵を招き入れておいて、予期せぬとはどういう意味ですか? こちらからすると、想定が甘過ぎるとしか言えません」

「し、しかし、通達時に言った通り、何を持っているかも分からなかった相手です。あの宙域で撃破された場合、汚染物質がばらまかれる可能性もあった。それを危惧した結果です」

 

 都合の悪い部分には触れない反論。だが、晶はそれを許さなかった。

 

「確かにあの状況なら、あらゆる可能性が検討されてしかるべきでしょう。ですが撃破のチャンスを潰してまで、稼働状態にある敵を招き入れた。これが真っ当な対応でしょうか? 先ほど貴方が仰った通り、未知の技術に目が眩んだと思われても仕方が無いでしょう。何より招き入れておいて、予期せぬ先制攻撃などとは笑わせる」

「確かに結果として被害は出ましたが、広域に汚染物質がばら撒かれる可能性は無視出来ませんでした。そこを考えて頂きたい」

「こちらの考えはお話した通りです。貴国の行動が他国に理解されるなら、IS委員会での検討も何ら問題無いでしょう」

 

 問題無い訳が無い。

 確実に他国は中国の国力を削りにくるだろう。

 加えて役人自身の身の安全もあった。

 こんな結果を本国に持ち帰れば、挽回不可能な失点になってしまう。権力闘争に負けた者の末路など、知りたくもない。

 これが平時であれば、ロビー活動でどうとでも出来ただろう。

 しかし今はタイミングが悪い。数十万人単位で死者が出ているのだ。対応に全く問題が無かった、というのは流石に無理がある。まして新疆ウイグル自治区喀什と言えば、人権弾圧問題で騒がれていた土地だ。しかも束博士が先だって降下地点を公表していたものだから、“偶々”喀什に降下したという言い訳は使えない。むしろ喀什と分かったからこそ、招き入れたと言われる可能性すらあった。

 

(どうしたらいい? 何か、何か手は………)

 

 考える役人に、晶は手を差し伸べた。

 

「ああ、そうだ。最近、学園の中国籍の子が、色々と心配してましたね」

「はい?」

 

 突然の振られた話題に、役人は晶の意図を掴みかねた。

 だが彼は構わず話し続ける。

 

「両親の仕事に妨害が入るようになった。家族と連絡がつかない。身に覚えの無い事を言われるようになった………まぁ色々です。で、確認なのですが、学園に通う生徒達の家族、勿論無事ですよね? いえ、貴国が今とても大変な状況にあるというのは分かっているのですが、確認くらいは取れますよね?」

 

 役人はこの発言の意味を取り違えなかった。

 これは確認という名の命令なのだ。もし僅かでも意にそぐわなければ、話は本当にこれで終わりになるだろう。

 そしてどこまで行うかは、完全に自主性に任されている。

 確実な事は何も無い。

 しかしこの場で言ったという事は、上手く対応できたなら恐らく見返りがあるだろう。

 また彼は、「IS委員会に相談する」とも言っていた。

 次のIS委員会は、5日後に開催される。時間的猶予は無かった。

 

「ええ。勿論です。ただ念の為に確認をとろうと思いますので、一度失礼させて頂きます」

「そうですか。生徒達の家族が、無事である事を願っていますよ」

 

 そうしてカラードから役人が去った後、晶は思った。

 

(さて、これで鈴の家族はどうにかなると思うが………)

 

 中国籍の生徒達という、大きな括りで話をしたのには理由があった。

 鈴の家族にだけ焦点を当ててしまうと、「代表候補生という特権的な地位を使った」と、鈴が中国籍の生徒達から恨まれてしまう。

 よって面倒ではあったが、中国籍の生徒達という大きな括りで話をしたのである。

 だが楽観は出来なかった。

 どこの国もそうだが、あの国も一枚岩ではない。

 国内が混乱している今、どんな横槍があるか分からないのだった――――――。

 

 

 

 ※1:スーパーシミター

  登場作品:アーマードコア プロジェクト・ファンタズマ

       アーマードコア ネクサス REVOLUTION DISC

  クローム製二脚型MTの「シミター」に飛行ユニットを取り付けたタイプ。

  本来の装備はチェーンガンとプラズマキャノン二門。

  原作では限定的な飛行性能だが、本作中ではNEXTのいる戦場でも使えるよう、

  密かに色々改良されています。

 

 ※2:テックボット

  いわゆるドラム缶型作業用ロボ。

  簡易的な作業アームを動かしてチマチマ動く姿は結構可愛い。

  今回登場したのは、月面移動用に小型ブースターが付いているVer。

 

 

 

 第147話に続く

 

 

 




どのくらい時間が稼げたかは、神のみぞ知るというところでしょうか。

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