インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第15話 緊急ミッション-1(前編)

 

 IS学園1年1組のクラス代表を決めるその日、(薙原晶)は学園に居なかった。

 事の発端は朝、丁度制服に着替えた時にかかってきた一本の電話にまで遡る。

 

「――――――薙原か? すぐに第三アリーナの管制室まで来て欲しい」

「織斑先生? 何ですか? 急に」

「用があるのは生徒のお前にじゃない。至急来てくれ」

 

 只ならぬ気配を感じた俺は、同じように準備していた一夏に、先に行っていて欲しいと告げ第三アリーナに急ぎ向かう。

 何だ? 何が起こっている?

 あの織斑千冬が生徒じゃない俺に用事?

 つまりネクスト戦力を必要としている?

 何が起きているんだ?

 まるで状況が分からないまま管制室に到着。

 中に入ると、そこにいるのは織斑先生だけでなく、明らかに学園とは関係無いと思われる男。

 年配だがスーツを綺麗に着こなしている姿は、古き良き紳士を連想させる。

 知らない相手なので、軽く目礼だけして、呼び出した本人と向かい合う。

 

「用件は何ですか?」

 

 目的が分からず警戒心が出てしまったのか、言葉が少し冷たくなってしまった。

 だがそれを咎める事もなく、別の言葉が返ってきた。

 

「薙原、極超音速下でのIS操縦の経験は?」

「あります」

 

 言葉少なく答えると、織斑先生は諦めたかのように言葉を続けた。

 

「・・・・・とりあえず、聞いて欲しい事がある。思うところはあるかもしれないが、まずは最後まで聞いて欲しい」

 

 管制室の大型モニターに、一機の飛行機が映し出された。

 

「これは現在、パリ-リオデジャネイロ間に就航している新型の超音速旅客機(SST)、コンコルドMKⅡ。これが今から1時間前、突如として操縦不能に陥った。幸い、通信系は生きているから状況を確認したところ、エンジンは最大出力で固定されたまま減速不可。オートパイロットからマニュアルへの切り替えも受け付けない。そしてオートパイロットの目的地はフランス首都、パリ」

 

 とりあえず頷く俺を見て、更に言葉が続く。

 

「仮に首都への直撃を許せば、甚大な被害が発生するのが確実な以上、撃墜もやむを得ないという事で、フランス軍は迎撃態勢を整えている」

 

 非常に嫌な予感。いや確信がするが、最後まで聞かない事には始まらない。先を促す。

 

「だが、出来る事なら乗客を助けたいそうだ」

「それで、何故俺を?」

 

 一応尋ねておく。

 他の誰かに出来そうな事なら、俺がやる必要なんて無い。

 

「助ける為には、お前の力が必要なんだ。救出作戦は立ててあるが、それにはどうあっても接触する必要がある。だが、コンコルドMKⅡの最大速度は時速2300km。フランスに配備されているラファール・リヴァイヴで出せる速度じゃない。仮に全エネルギーを推力に振り分け、後の事を一切考えなくても出せない速度なんだ」

 

 確かにそうだろう。

 原作にあった第三世代IS“銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)”。異様な高性能を誇ったあれですら最高速度は時速2450km程度。

 第二世代でしかないラファールに出せる速度じゃない。

 

「だが、お前のISは違うそうだな。入学時に専用機のデータは提出されているが、それすらもリミッターがかかったものだというじゃないか」

「・・・・・」

 

 俺が沈黙していると、今まで黙っていた年配の男が口を開いた。

 

「貴方が危惧しているのは、束博士の事ですね」

「あなたは?」

「申し遅れました。私、在日フランス大使のオーランド・リッカーと申します」

 

 紳士らしく一礼した彼は、そのまま言葉を続ける。

 

「博士のガーディアンを勤める貴方がここを離れるというのが、どれほどの意味を持つのかは重々承知しているつもりです。ですがどうか、罪の無い一般人を助ける為にその力を振るっては頂けませんか」

 

 さて・・・・・どうする?

 世間一般の道理で言うなら助けるのが普通だろう。

 だが、罠の可能性をどうしても否定出来ない。単純な暴力の類のものならそのまま粉砕してやればいいが、謀略の類ならそうはいかない。やり手の奴なら、こちらが動いた時点で詰みの状況を作り出す事も出来るだろう。

 しかしここで動かなかった場合、助ける手段があったにも関わらず見捨てたという事になる。

 その事実を公表されて困るのは俺だけじゃない。博士にも迷惑がかかる。自分だけならまだしも、それは避けたい。

 更に考える。

 博士の方は、自宅にいる限りは安全だろう。

 GA製AF、グレートウォールの装甲技術が流用されているあの家を、物理的に破壊するのは至難の業だし、セキュリティシステムは束博士のお手製。事実上要塞と変わらない。

 例え地球の裏側にいたとしても、駆けつけるまでの時間は十二分に稼いでくれるだろう。

 

「分かった。が、幾つか言っておく事がある」

「薙原?」

 

 何を言うんだ? という表情の織斑先生。

 過激な事を言うつもりは無い。

 だがこういうのは、言葉にしておく必要があるだろう。

 俺にとっても、相手にとっても、お互いを知る指針になる。

 

「まず1つめ。俺は博士の安全を最優先する。2つめ。俺が出ている最中に、博士に対する何らかの敵対行動を発見した場合、すぐに知らせて欲しい。3つ目。ただ働きはしない。――――――以上だ」

「ふむ。君の立場からすれば、至極当然の話だね。分かった。本国にもそのように伝えよう。ただ、報酬をどれほど用意すればよいのかは、私では判断しかねる」

「3つめは、金そのものが目的じゃない。無闇にこういう話を持ち込まれると困るからだ」

「困っている誰かを助けられるのは、とても素晴らしい事だと思うのだがね」

「俺もそう思うが、世の中には他人の善意を踏みにじり、己の利益だけを追求する人間も多い」

「嫌な世の中だな。正しい事をするのにも、他人を疑わねばならんとは。――――――これ以上は時間が惜しい。ミス・織斑。彼に救出作戦の説明を」

 

 大使は俺との話を打ち切り、説明の邪魔にならないよう後ろに下がった。

 すると織斑先生が手元のコンソールを操作。

 大型モニターに表示されていたコンコルドMKⅡの映像が、設計図のものに切り替わり、両翼に埋め込まれるように設置されているエンジン部がズームアップされる。

 

「救出作戦は、内容自体は至ってシンプルだ。第一段階がエンジンの停止。第二段階がオートパイロットの物理的な隔離と、マニュアル操作の復活。第三段階で空港へ着陸。このうち薙原が関わるのは第一段階のエンジン停止のみ。第二、第三段階は中のパイロットにやってもらう」

 

 無言で頷き、先を促す。

 

「第一段階のエンジン停止だが、コクピットからの操作を受け付けないのなら、直接止めてしまえば良い。という訳で、ここ―――」

 

 大型モニターにズームアップされているエンジン部。その横側が小さく点滅する。

 

「エンジン横にある整備用パネルを直接操作して止める。これはエンジンと直接繋がっている部分だから、操作を受け付けないという事は無いはずだ。次にオートパイロットの物理的隔離だが、これは回線そのものを切断し、操縦系統に介入出来ないようにする事で行う。そして設計上は、これでマニュアル操作が行えるようになるが、同時に以後、一切電子制御の恩恵を受けられなくなる」

 

 今度はコクピット部がズームアップされ、操縦席の足元にある回線が点滅する。

 

「そして最後の着陸だが、一切電子制御の恩恵を受けられないフルマニュアル制御での着陸だ。最悪の事態は十分に考えられる。すぐに救出活動を行えるように、スタンバイしていて欲しい」

「了解した。が、気になる点が1つある」

「なんだ」

「設計図を見るに、両翼のエンジンを停止させるには、それぞれの整備用パネルを操作する必要があるように見える。最大加速状態の超音速旅客機(SST)、そのエンジンを片方ずつ止めた場合、推力バランスが崩れて機体に悪影響が出たりしないのか?」

「パイロットからの情報では、推力同調システムは生きているそうだ。それは最大加速状態で飛べているという現状から考えても間違いない。その辺りの制御が死んでいたら、真っ直ぐ飛ぶなど不可能だからな。よって片方を止めれば、もう片方も止まるはずだ」

 

 なるほど。そこは大丈夫か。

 となれば、やはり問題は着陸時。どうすれば安全に着陸出来る?

 電子制御が使えない以上、エンジンも使えない。仮に動かせたとしても、一度暴走したエンジンなんて危なくて使えない。

 つまり着陸チャンスは一回のみ。

 どうすれば良い? 何か安全に着陸出来る方法は無いか? せめて2人いれば両サイドから支えて・・・・・ん?

 ふと、閃く。

 なぜ1人でやらなきゃいけないんだ?

 呼ばれたのは俺1人だが、2人でやっちゃいけないとは言われていない。

 そんな機密作戦でもない。

 頭の中で急速に作戦が組み上がっていく。

 必要なのは2つ。

 一緒に来てくれる仲間と、通常ISを時速2300km以上にまで加速させ、同行させる手段。

 行くのが俺だけなら何も問題は無い。

 OB(オーバード・ブースター)起動時の巡航速度は4000kmオーバー。すぐに追いつけるだろう。

 が、僚機が一緒となると事情が変わってくる。

 別々に飛んだら絶対についてこれないし、OB(オーバード・ブースター)を使う以上、背中に背負うのも不可能。両腕で抱えたり、手を繋いでの加速も論外だ。

 抱えてしまえば、抱えたISが持つ本来の加速性能をこちらが妨げてしまう上に、こっちにとっても加速の邪魔にしかならない。手を繋ぐのも、元々の加速性能が違いすぎて負担にしかならない。

 だがあの装備があれば。

 コアネットワークを使い、博士にコンタクト。

 

(博士。突然すまないが、いいかな?)

(本当に突然だね。どうしたの?)

(ヴァンガード・オーバード・ブースター(VOB)という言葉に聞き覚えはあるかな?)

(メモリーにあったね。ネクスト用強襲装備の大型ブースターでしょう? ちょっと単純な作りで面白くなかったけど、君の最大加速限界を調べる為に必要だったから、一応作ってあるよ)

(流石だ博士!! すぐに用意して欲しい)

(どうしたの?)

 

 首をかしげるような博士の返事に、俺は持ち込まれた話を手短に説明した。

 

(ふぅ~ん。なるほどね。分かったよ。準備しておくから、用意が出来たら来てね)

(分かった)

 

 後は一緒に来てくれる仲間だが、悩むまでも無い。

 こういう事態だ。

 最強の人を選べば良い。

 

「織斑先生。作戦について提案が」

「何だ」

「第三段階での安全を確保する為に僚機を連れていきたい。着陸時、俺と僚機で両サイドから支えて機体の安定を図る」

「僚機を連れて行くのは構わないが、連れて行く手段が無いぞ。更に言えば、それには相当の腕が必要だ」

「連れて行く手段はこちらで用意する。そして僚機だが、お――――――」

 

 織斑先生と言おうとして、ふと束博士の事を思い出した。

 あの人は何故、俺をここに送り込んだ?

 この人を危険に晒さない為じゃないか。それなのに危険な場所に連れて行くなんて本末転倒もいいとこだろう。

 なら誰が良い?

 最高の実力者(織斑千冬)を連れていけないなら、誰を代わりに・・・・・そうだ!!

 

「――――――1つ確認したい。山田先生の実力は、信用に足りますか?」

「山田君か? 勿論だとも。普段の様子からでは信じられないかもしれないが、仮に私が僚機を選べと言われたら、真っ先に指名する」

「なら、山田先生を連れて行きたい。仕事があるとは思うが、事態が事態なだけに許可して欲しい」

「勿論だ。人命がかかっているなら否は無い。――――――ああ、私だ。至急第三アリーナIS格納庫に向かってくれ。いつも使っている教員用ラファールを立ち上げておく。授業? 今日のは全て中止だ。自習でもさせておけ。いや、後から私が連絡する。一刻も早く来て欲しい」

 

 織斑先生は快く返事をしてくれた後、山田先生を呼び出しながら手元のコンソールを操作。

 IS格納庫にある教員用のラファール・リヴァイヴを起動させていく。

 

「ではこちらも準備に入るので、山田先生への説明を頼みたい」

「分かった」

 

 俺は踵を返し、急ぎ管制室を後にする。

 時間が無いというのもあるが、本心はこれ以上の演技が辛かったからだ。

 何でこんな話が俺のところに来る!!

 最大加速状態の超音速旅客機(SST)に接触してエンジンを止める? 何の冗談だ!!

 何でも無いことのように話していたけど、それがどれだけ危険だと思っているんだ。

 速度調整に失敗して少しでも超音速旅客機(SST)を傷つけたら、傷つけた部分に発生した空気抵抗や衝撃波が機体をあっという間に破壊してしまう。

 自分がミスをすれば、一瞬で乗客全員が死んでしまう。

 それが途轍もなく怖い。足が震えそうになる。

 だが、俺が手を出さなくても乗客は全員死ぬ。でも、やれば助けられるかもしれない。

 思わず歯軋りをしてしまう。

 チクショウ!! こんな話、他の誰かが出来るなら、他の誰かにやらせるのに。

 状況的に俺にしか出来ない。それが分かるだけに性質が悪い。

 なら、やらざるを得ないし、やるしかないだろう。断っても、何も良い事なんてないんだから。

 恐怖に震える心を、そうやって無理矢理押し殺し、俺は装備を取りに束博士の元へ向かった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 (山田真耶)が第三アリーナIS格納庫に着くと、織斑先生にいきなりIS用アンダースーツを渡されました。

 

「急にどうしたんですか?」

「まずは着替えてくれ。そして時間が無いから、着替えながら聞いて欲しい」

 

 そうして着替えながら聞かされた話は、正直信じられないものでした。

 束博士の護衛を勤めるはずの薙原君と、操縦不可能となった超音速旅客機(SST)の救出作戦。

 

「・・・・・冗談、ではないんですね」

「ああ。救出作戦も、薙原が君を僚機に指名したのも」

「何故、私なんでしょうか? 私より上手い人は幾らでも・・・・・。それに私、代表候補生止まりだったんですよ」

「そう自分を卑下するな。君が他人を傷つけるのが苦手な事は良く知っている。だが今回は救出だ。傷つける訳じゃない。だから候補生にして、代表を凌ぐとまで言われたその操縦技術を存分に見せつけてこい。昔、何時だったか言っていたな。平和の為にISを使いたいと。今がその時だ」

「織斑先生・・・・」

 

 心が軽くなるのを感じる。やっぱりこの人は凄い。

 同じ教師だけど、この人の言葉は、何て言うのか重みが違う。

 どれだけ弱気になっていても、力強く引き上げてくれる強さがある。

 

「作戦情報を転送する――――――詳細を確認してくれ」

 

 濃い緑で塗装されたラファールを装着した私の脳内に、作戦情報が展開されていく。

 ハイパーセンサーに代表されるこの一連の思考制御システムは、こういう時に便利です。

 本当なら長々と説明を受けなければならないものを、一瞬で理解させてくれますから。

 

「――――――確認しました。あれ? 装備が指定されていますね。工作用の特殊装備? ああ、特殊鋼製のロープとかネットとかありましたね。確かに今回は使えそうです。後は・・・・・移動手段が不明ですね。この機体じゃ、予定速度まで出せませんよ」

「手段は用意すると言っていた。しかし本当に規格外。いや次世代か」

「入学時に提出されたデータ。あれすらもリミッターがかかったものだなんて、正直信じられません。だって、あれですら第三世代のスペックを軽く凌駕しているんですよ。それだけでも凄いのに、他の機体を抱えて超音速旅客機(SST)に追いつく手段があるなんて」

「・・・・・そうだな」

 

 織斑先生は浮かない顔をしています。

 どうしたんでしょうか? らしくない態度です。

 作戦に不安があるならハッキリ言うと思いますし、別に気になる事があるんでしょうか?

 

「あいつは、これからどうなるんだろうな」

 

 問いかけではないみたいですが、そのまま聞いています。

 この人がこういう事を言うのは、珍しいですから。

 

「あいつは束の護衛だ。だから気付いていないのかもしれない。いや、気付いていたとしてもどうにも出来ない。今狙われるとしたら、束よりもあいつなんだ。・・・・・わりと有名な話だが、束は身内以外は殆ど気にかけない。なのにあいつの事は気にかけている。知っているか? 束の帰属問題が出て、IS学園に住む事になって以降、あいつへの面会申し込み件数が恐ろしい事になっているんだ」

「どうしてですか?」

「雲隠れしようとした束を、あいつが説得してしまったからだよ。以来、あいつと接触しようという馬鹿が多い。全て学園側で止めているがな。今回の一件だって、あいつ以外に解決出来る方法があるなら、話を通す気はなかった」

 

 確かに最近、事務さんが随分と疲れた顔をしていました。

 一日中電話が鳴って大変だって。そういう事だったんですね。

 

「だからな、山田君。作戦の成功・失敗に関わらず、終了後はすぐに奴を連れて戻って来て欲しい。あいつが束の傍を離れているというだけで、余計な事を考える輩が必ず出てくる。そいつらが行動を起す前に」

「分かりました。任せて下さい」

 

 丁度その時、薙原君から通信が入りました。

 準備が出来たので、アリーナ上空にまで上がってきて欲しいと。

 

 

 

 第16話 緊急ミッション-1(後編)に続く。

 

 

 


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