インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回、お話が大きく動きます。
異文明にとって、地球人の都合なぞ知った事ではないのです。


ISABクロス開始(ただしハードモード)
第143話 月面調査。そして変わる世界――――――。


 

 “亡国機業”最高幹部の1人、スコール・ミューゼル。

 腰まである豊かな金髪と真紅の瞳。綺麗というよりは豪華と形容すべき美しい容姿。女性らしい起伏に富んだボディライン。身を包むのは瞳と同じ色のVネックラインドレス。大きく開かれた胸元と背中に、男ならば自然と視線が吸い寄せられてしまうだろう。

 だが美しい外見に騙されてはいけない。

 彼女はISという超兵器を自在に使いこなす超一級のパイロットであると同時に、世界各地で火種を煽り、紛争を生み出してきた真性のテロリストだ。

 今現在も複数の計画を同時に動かし、更なる紛争を生み出そうと暗躍している。

 そんな彼女にとって、先ほど入手した情報は非常に使い勝手の良いものだった。

 

(フフ、フフフフ。そうよね。資源産出国にとって、本当に月資源の採掘が始まったりしたら死活問題だものねぇ)

 

 事の発端は、カラードが発表した月面調査計画だった。

 デュノア社のマザーウィル計画に協力する形で行われるこの調査には、同社の最新鋭ISであるラファール・フォーミュラと、最新ミッションパックであるTYPE-E(電子戦型)が投入される。

 実行されれば、かなり正確な月の情報が得られる事は想像に難くなかった。

 そしてこの計画は、世間の期待度も高かった。

 何故なら今まで大国が細々と続けてきた調査によって、月にはアルミニウム、鉄、チタン、水素、ヘリウム3、レゴリス、マグネシウム、ウラン、トリウム、水、固体化している酸素(鉱物と結合している)など、様々な資源があると分かっていたからだ。

 後は地形情報と資源マップがあれば、月の開発は自然と次の段階へと進む。

 すなわち、採掘だ。

 1年前なら技術的ハードルの高さから無理と判断されたかもしれない。しかし今なら違う。束博士のもたらした数々の技術革新により、数年以内の採掘が現実味を帯びているのだ。

 だからこそ、資源産出国の連中は危機感を覚えている。

 もしも本当に採掘を始められたら、利権を直撃するからだ。

 例えばチタンは耐食性が高い上に、硬くかつ粘り強いという特徴の為、あらゆる分野で活用されている戦略物資だ。これを月で好き勝手に採掘されたりしたら、経済的な打撃は計り知れない。

 このため資源産出国の連中は一計を案じた。

 今後も資源という分野で優位性を保ち、影響力を保ち続ける為に、マザーウィル計画の妨害を決めたのだ。

 しかし束博士の支援を受けている同計画に、ブラックオプスを仕掛けるのは流石にリスクが高過ぎる。

 よって真っ当な経済活動の結果として、窮地に陥ってもらう事になっていた。

 これは発展途上国の多くが政情不安定になっているため、兵器生産の為に鉄鋼素材が飛ぶように売れているからこそ、可能な事だった。既存の兵器だけではない。パワードスーツも基本構造が解析され、その汎用性の高さから一般・軍用を問わず、全世界的に多くの会社から新しいモデルが販売され始めている。生産数は急激な右肩上がりだが、需要に供給が全く追いついていないのだ。加えて、巨大兵器の受注数も急速に伸びていた。NEXT(薙原晶)にこそ完敗しているが、セカンドシフトマシン(ブルーティアーズ・レイストーム)と同等以上に張り合い、撃破に対IS用高エネルギー収束砲術兵器(エクスカリバー)を必要とした事実が、大きなセールスポイントになっているのだ。世界に10機と存在しないセカンドシフトマシンを抑えられるなら、他のISを抑えられると考えるのが普通だろう。

 このような背景から鉄鋼素材の品薄状態が続いている為、ある程度の値上がりは極々自然な流れと言えた。何もおかしなところは無い。鉄鋼素材を扱うもの全てが等しく影響を受けるのだから、策謀も何も無い。だがフランスにとって、この値上げは財政を直撃する問題だった。部品ごとの値上げ幅が僅かだったとしても、地下都市という都市1つ作れる程の量となれば、増加する負担は計り知れない。

 

(確かにこの方法なら、フランスをターゲットにしているとは思われないわよねぇ。で、弱らせたところに協力を申し出て、恩を売り、お仲間になって、束博士から提供されているであろう技術をゴッソリ頂く。悪党ねぇ。でも――――――)

 

 まとも過ぎてつまらない。

 それがスコールの感想だった。

 大体フランスが、デュノアが、簡単に技術を放出するはず無いだろう。

 契約相手があの“天災”なのだ。逆鱗に触れたらどうなるかは、デュノアの現社長が一番良く分かっているはず。

 むしろ資源産出国の連中こそ、“天災”の“天災”たる由縁を見誤っている。

 あの女は邪魔者の排除に躊躇しない。

 如何な超巨大企業であろうが、潰した結果どれだけの人間が困ろうが、殺ると言ったら殺る女だ。

 最近丸くなった? 世の為人の為の賞金首狩り? 違う。あんなものは只のカモフラージュだ。

 分かりやすい悪党潰しの陰で、表に知られていない本物の悪党を、自分の邪魔になりそうな奴を、これでもかと入念に潰して回っている。

 それを理解していながら、スコールの口元には薄っすらと笑みが浮かんでいた。

 バレたら終わりなのはいつものこと。恐怖よりも先に、争いに塗れ歪んで壊れた世界を想像して、薄暗い愉悦を覚えてしまう。

 だから、止められない。

 悪党としての思考が加速していく。

 今フランスは、バイオテロの事で世界的に同情されている。だが実際は違う。バイオテロからの復興という名目の元、束博士から多くの技術提供を受けているのだ。近隣諸国は面白くないだろう。

 何せ今現在提供されている技術だけでも、向こう10年の技術的優位は固い代物だ。並大抵の汚染水を浄化できる水浄化装置、食料生産プラント、大重量を打ち上げ可能なロケット技術、そして完全循環型の地下都市(アイザックシティ)計画――――――羨ましくないはずがないのだ。

 加えてフランスには日本以外で唯一、中継衛星が複数機投入されている。

 たった1機でメガロポリス級の都市(人口1000万人規模)インフラを支えられるものが2機だ。そして3機目の投入も決定されている。

 アメリカやロシアにすら、1機しか投入されていないものが3機だ。これを妬ましいと思う者は多い。

 確かにバイオテロという不幸な事件はあった。同情に値するかもしれない。だが妬ましいと思う者達にとっては関係無いのだ。

 自分達には無い強大な利権を持っている。ただそれだけで足を引っ張り引きずりおろし、奪うに足る理由となる。

 

(………妬む奴らを煽って、企業連中の動きを加速させてやれば面白い事になりそうね)

 

 恐らく多くの人間が動くだろう。

 だが今回、スコールは奪う側に回る気は無かった。束博士の影に怯えたという訳ではない。味方になるという意味でもない。

 単純にアメリカ大陸と東アジアを主な活動圏としてきた彼女にとって、欧州方面は自由度の下がる土地なのだ。武力を振るうだけなら何も問題は無いが、本格的な策謀を巡らせるとなると組織力が心もとない。

 このため鉄鋼系企業の企みを利用する事でフランスやデュノアの力を削りつつ、幾つか持っているフロント企業にホワイトナイト(友好的第三者)の役割をさせることで、足場作りをしようと考えていた。

 尤も足場作りの過程で、利用される奴らが“多少”暴走して少なからぬ被害が出ようと、彼女の知った事ではない。むしろ被害が大きいほど、よりしっかりとした足場が出来るだろう。

 そんな事を考えながらスコールは、とあるホテルのスイートルームで、ネオンに輝く夜景を眺めていたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は少しだけ進み、とある土曜日の昼頃。

 シャルロットは晶と共に、カラードの地下IS格納庫を訪れていた。

 自身の愛機ラファール・フォーミュラと、月面調査に使う改良型ロケットとのマッチングテストのためだ。

 尤も既に何度も使用されたロケットである上に、束博士が直接手掛けた調整となれば、不具合など出るはずもない。

 むしろ問題は――――――。

 

(晶、助けて!!)

(ごめん無理)

 

 コアネットワークでのSOS。本来なら断られるなどあってはならない。だが今回に限って言えば、無理も無いだろう。

 何せ篠ノ之束本人が、シャルロットに渾々と月面調査の重要性を説いているのだ。いや、絵面的には説いているのだが、彼女の性格を知っていれば別の見方が出来るだろう。

 すなわち、嫉妬だ。

 宇宙に恋い焦がれる束博士なら、月面調査にも一番乗りしたかったに違いない。だが晶と一緒に宇宙に上がってしまえば、地上でどんな動きがあるか分からない。たから泣く泣く、本当に仕方なく、シャルロットにパートナーを任せたのだ。

 だが――――――。

 

「いい? 確かに同行するのは君だけど、今回は私もオペレーターとしてフルサポートするから、決して2人きりだなんて思わないように。君ってばところ構わずイチャイチャするんだから」

「そ、そんな事しません!!」

「ふぅ~ん。本当に?」

「ほ、本当です」

「そうなんだぁ~」

 

 すると束はシャルロットの傍らまで近づき、ガシッと肩を組んだ。

 次いで有無を言わさず、2人して半回転。晶に背を向ける。そうして互いの顔が近づいたところで囁いた。近くにいる晶には聞こえないように、ご丁寧に遮音フィールドまで張って。

 

「え~と、まず昨日でしょ、3日前でしょ、5日前でしょ、ちょっと飛んで9日前でしょ、更にその前は………」

「えっ!? ちょっ? 何で知ってるんですか!?」

「私、晶の正妻だよ。知ってるに決まってるでしょ」

 

 言うまでもなく、にゃんにゃんした日である。

 しかも――――――。

 

「制服に、ブルマに、バニーに、スク水に、他にも揃えた衣装多数。これだけやっといて、イチャイチャしてないって?」

「な、ななななな何で内容まで知ってるんですか!?」

 

 余りの恥ずかしさに、シャルロットは敬語も忘れて突っ込んでしまう。

 すると正妻様()はニヤリと笑った。

 

「学園の中で、私に隠し事なんてできる訳ないでしょ。大丈夫。ずっこんばっこんしている間の事は知らないから」

 

 勿論、大嘘である。言われた方も信じられる訳がない。

 そして露骨な物言いにシャルロットの顔が、茹で上がったタコのように真っ赤になっていく。

 もうちょっと突っ込めば煙も噴き出しそうだ。

 が、束もそこまで鬼では無かった。

 

「安心しなよ。君が晶の味方である限り、ナニしてようと怒ったりしないから。好きなだけ甘えれば良い」

 

 これを正妻のお墨付きと捉えるか脅しと捉えるかは人それぞれだろう。

 尤も束としては、掛け値なしに本心であった。

 晶の1番は自分だし、2番争いに興味は無い。味方である限りは夢を見させてやっても良いだろう。

 

「ほ、本当ですか?」

「本当だよ」

 

 そして正妻としての余裕からか、束は更に続けた。

 

「晶も色々頼りにしているみたいだし、私の手が届かない時はサポートしてやってね」

 

 肯くシャルロット。

 こうして女2人のヒソヒソ話が終わり遮音フィールドが解除されると、晶が話し掛けた。

 

「なにを話してたんだ?」

「ん~。女2人の秘密のゴニョゴニョ話。聞きたい?」

「是非ともって言ったら教えてくれるのか?」

「良いよ。晶が制服フェチの変態だってお話だから」

「誉め言葉だな。でも言わせてもらえば、制服だけじゃなくって、ランジェリーもピッチリスーツも大好きだぞ。後は半脱ぎも」

「そこ。大真面目に自分の性癖を曝露しないの」

「ここでなら良いだろ」

 

 何せここはカラードで、この格納庫には3人しかいない。

 他人に聞かれる心配はないのだ。

 なので3人はこのまま、下ネタ談義で盛り上がり始めたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は更に進み、とある土曜日の夕頃。

 マッチングテストを終えたシャルロットは、カラードの会議室でブリーフィングを受けていた。

 照明は落とされ、室内の中央には立体映像で映し出された地球と、その周囲を回る月が映し出されている。

 また地球から月へと向かって伸びる赤いラインは、今回使う軌道ルートだ。月を10周した後、地球へと向かっている。

 そうして室内に晶の声が響く。

 

「――――――見ての通り、今回の調査で月面には降りない。リモートセンシング(遠隔探知)で広範囲を調べて、今後の調査を行い易くする為の初期調査だ。まぁ俺達が行うのは月面にセンサーを向けているだけなんだけどね。だけど、こういう世界初の調査とかやろうとすると、大体お邪魔虫が現れる。だから、気を抜かないようにな」

「そうだね。でも打ち上げタイミングで襲われたらどうするの?」

 

 重力圏離脱の為の加速中は、流石に対応手段が限られてしまう。

 

「セシリアとラウラに護衛を依頼してある」

 

 晶と束がどれだけ本気かが分かる人選だった。

 何せ広く知られている通り、セシリアの愛機ブルーティアーズ・レイストームは、極めて強力な遠距離戦能力を誇る単体戦略兵器だ。それを元黒ウサギ隊隊長のラウラを前衛として投入するというのだから、鉄壁の布陣と言えるだろう。

 なお宇宙への行き来で危険なタイミングとして、大気圏への再突入(宇宙から地球に戻る時)をイメージする者は多い。だがISでは問題にならなかった。

 重力・慣性制御とエネルギーシールドを持つISなら、大気圏突入中でも何ら問題無く動けるからだ。

 ISが超兵器と言われる由縁である。

 

「なら後は余り考えたくはないけど、もしも僕たちに何らかの事故が起きた場合の救出プランってあるのかな?」

「勿論準備してある」

 

 何事にも、予期せぬ事態というのは起こり得る。

 だから入念な準備をした上で、更にサブプランも用意しておくのだ。

 

「予備で改良型ロケットを幾つか用意してある。俺達に万一の事が起きたら、セシリアとラウラに上がってきてもらう予定だ。これもクレイドルが完成していたら、クレイドルに待機していて速やかに駆け付ける――――――なんて真似が出来るんだが、まぁ無い物ねだりをしても仕方が無い」

「そうだね。でもこういう話をしていると、自分達が宇宙開発の最前線にいるって実感してくるよ」

「だろう」

「でも晶、博士の方は良いの? 月の調査凄く行きたがってたみたいだけど………」

 

 マッチングテストが終わった後、束は先に自宅に帰っていた。

 だからこそ出てきた言葉だ。

 

「俺だって一緒に行けるなら行きたいさ。でも今回ばかりは都合が悪い」

 

 晶と束が揃って地球上にいないというのは、彼と彼女を恐れる悪党どもにとっては千載一遇の好機だろう。

 何せネットワークで地球上で起きている事が分かろうとも、38万キロも離れていれば絶対に手出しできないからだ。

 そして後から報復があると分かっていても、目的さえ達成できれば、後はどうでも良いという悪党は多い。

 だから睨みを利かせる為に、束が地上に残った。

 

(まぁ、イクリプスが完成するまでの我慢か。年内には使えるようになるし、そうすれば束も大分自由に動けるようになる)

 

 ここではない別の世界(AC世界)で生まれた存在、アームズ・フォート“イクリプス”。

 カラード本社の地下深く、海底ドッグに通じる地下工場で建造されているソレは、オリジナル機の再現ではなかった。

 束の宇宙活動拠点とする為に、ISやアンサラーで培った様々な技術が投入されている(魔改造されている)。つまりオリジナルにあった脆弱性は欠片も無い。アームズ・フォートの名に相応しい性能になった、と言い換えても良いだろう。

 また束にとって活動拠点とは、研究・開発拠点という意味でもある。このためアームズ・フォート級という有り余るペイロード(積載量)を利用して、研究設備と工房の備え付けが行われていた。なおこの改造により元々あった航空母艦としての機能が縮小されているが、それはイクリプス本体の武装と、搭載している護衛用メカの質を上げる事で対処されていた。

 そしてコレがあるからこそ、束はシャルロットに譲ったのだ。

 

「そっか。なら博士の分も頑張らないと」

「ああ。しっかり良いデータ取ってこような」

「うん!!」

 

 こうして月に向かう準備が進められ、何事も無ければ人類は徐々に宇宙へと進出して行っただろう。

 だが、そうはならなかった。

 異文明とのコンタクトという劇薬が、人類にゆっくりとした変化を許さなかったのである。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その切っ掛けは月での調査が予定通りに終わり、晶とシャルロットが地球への帰還軌道に乗った時だった。

 NEXTとラファール・フォーミュラのセンサーが、空間湾曲反応を捉えたのだ。

 小さな反応だが、自然現象ではあり得ない。間違いなく、空間の揺らぎが起きている。

 2人は当然のように、所属不明ISによる襲撃、という可能性を考えた。

 最新のステルス技術には、空間潜行によって光学的・電波的な探知を無効化する方法もあるからだ。しかし空間を扱うという特性上、揺らぎが3次元空間に残る可能性は十分にある。

 2人は警戒レベルを引き上げて武装をコールした。予定進路からは離れていて距離もあるが、対応は早い方が良い。

 シャルロットはTYPE-E(電子戦型)装備をTYPE-A(長距離侵攻型)装備に変更し、晶も調査用のセンサー装備から、右腕にプラズマライフル(SAMSARA)、左腕にシールド(AMAGOROMO mdl.1)、右背部にレーダー(061ANR)、左背部にハイレーザーキャノン(HLC09-ACRUX)、肩武装に衝撃ロケット(FSS-53)をコールする。

 

 ―――だが、2人が出来たのはここまでだった。

 

 空間湾曲反応が急激に増大。円形状のワームホールが形成され、何かが出てきた。デカイ。センサーが正しければ、全長2400メートル、全高800メートルの楕円形状の物体だ。初見の印象としては、超巨大な植物の種。或いはラクビーボールだろうか。

 

(晶!! 見た!? 今の見た!?)

 

 束から、コアネットワークによる緊急通信。

 

(あ、ああ。でもアレ、何だ?)

(分かんない。でも分からないなら、調べるしかないよね!!)

 

 未知の出現に、束は興奮している様子だった。

 明らかに地球外の存在なのだ。普通に考えれば、時間をかけて、慎重に調べていくのが筋だろう。

 しかしそれは地球人の都合であって、相手の都合ではない。

 変化は唐突に、それでいて暴力的なものだった。

 超巨大物体の前方に空間湾曲反応。

 センサーによる計測が正しければ、筒状に歪められた空間の先端が地球へと向けられ、内部に超高エネルギー反応が出現している。

 

(えっ!? ちょっ!!)

 

 束の驚きの声。

 晶も言葉にこそ出なかったが、内心では同じだった。

 計測されているエネルギー反応は、オリジナル・ヒュージキャノンのおよそ1万倍。

 ここではない別の世界(ACFA世界)において、宇宙への道を切り開くため、クレイドルを地に落とす事すら厭わなかったORCA旅団が、設計段階で封印を決めたほどの大量破壊兵器。オリジナル・ヒュージキャノン。

 後世の騒乱で完全な設計図が消失し、性能を大幅にダウングレードする事で、どうにか実用化されたHUGE CANNON(ヒュージ・キャノン)とは違う。純粋なアーマードコア・ネクスト規格によって作られた、正真正銘のOVERED WEAPON(オーバードウェポン)

 ダウングレードモデルでは核弾頭が使用されていたが、オリジナルモデルでは純粋水爆弾頭が使用されている。その威力、実に核弾頭の数千倍。その1万倍である。地表に撃ち込まれたら、どれほどの被害が出るか分からない。

 だが、打てる手が無かった。

 センサーで状況は分かる。無慈悲な程に分かる。“天才”だからこそ分かる。

 アレは既に発射直前の状態で、何をしても間に合わない。

 

 ―――本当ならこの時点で人類は滅んでいた。

 

 しかし現実は違う。

 この世界には存在しないはずのオーパーツが存在していたからだ。

 

 ―――アンサラー。

 

 束博士が宇宙開発の要として宇宙に上げた発電衛星。

 彼女の持つ全てと、ここではない別の世界(AC世界)で磨き抜かれた技術の融合体。

 どんな状況でも、確実に電力を安定供給する為に持たされた数々の防衛機構。

 アクティブ(A)イナーシャル(I)キャンセラー(C)を応用した、物理兵器に対する絶対的な防御力。空間制御技術を応用した、光学兵器や空間破砕兵器に対する理不尽なまでの防御力。極限まで効率化された強力な光学兵器群。重力制御による重力兵器。これに加え自己再生と自己進化能力。魔改造のソルディオス・オービット6機にIBIS。その他様々な機能が、アームズフォート級という巨体を利用して搭載されている。

 故に、後の世において絶対天敵(イマージュ・オリジス)と呼ばれる奴らの不運はただ1つ。

 こんな化け物が、地球を狙った攻撃の射線上に居たことだ。

 

 ―――破滅の光が放たれる。

 

 地球に到達していたなら、軽く数千万人単位で人が死んでいただろう。二次被害も含めれば億は下るまい。初撃で壊滅的な被害を被った地球は、反撃できずに滅ぼされていただろう。

 

 ―――攻撃が、届いていたなら。

 

 アンサラーが正体不明の存在を敵性存在と認識し、刹那の間に射線上の空間を捻じ曲げる。如何に強力な攻撃と言えども、3次元空間を直進するだけの攻撃など怖くはない。通り道を捻じ曲げてやれば、簡単に逸れていく。

 そして選択された反撃方法は、全く容赦が無かった。

 アンサラーから潤沢なエネルギー供給を受けたソルディオス・オービット6機が全力稼動を開始。ここではない別の世界(ACFA世界)を汚染し尽くした、滅びの力が目覚める。

 

 ―――コジマ粒子生成機関起動。

 

 ―――コジマキャノン安全装置解除。

 

 ―――コジマ粒子収束開始。

 

 ソルディオス・オービットの中央が単眼のように開き、空間湾曲により長大な仮想砲身が形作られた。次いで、生成されたコジマ粒子が収束され、まばゆい緑の光を放ち始める。

 これに対し敵性存在は反撃を感知し、NEXT兵器ですら易々とは破れないような、分厚いエネルギーシールドを展開した。

 直後に放たれた6条の閃光が、数万キロを瞬く間に駆け抜け突き刺さる。

 結果は、敵にとって驚くべきものだった。

 エネルギーシールドが一撃で半壊したのだ。もう一度同じ攻撃を受ければ、甚大な損傷は免れない。

 そしてもし敵に人間と同じような感情があったなら、絶望を知っただろう。

 反撃体勢を整える前に、相手は次弾のチャージが終わっていたのだ。

 再び放たれた6条の閃光がエネルギーシールドを完全に吹き飛ばし、物理装甲を貫通し、内部に甚大な損傷が発生する。

 この時点で敵は、本船を使い捨てる事にした。

 最大船速で前進し、アンサラーとの距離を詰めようとする。

 だが敵の狙いは、破れかぶれの特攻ではなかった。

 猛烈な迎撃行動を誘発し――――――爆散。

 爆発に紛れ、12の降下船を地球へ、ワープゲート発生装置を月の裏側へと射出する事にあった。

 そしてこの目論見は概ね成功する。

 キロメートル単位という巨体の爆発によって生まれた大量の残骸が、200メートル級の降下船を見事に覆い隠したのだ。また敵の隠蔽行動も徹底していた。アンサラーが地球へ落下する可能性のある残骸を順次破壊していく中でも、主動力を切り一切回避行動を取らなかったのだ。

 これにより降下船の半数が残骸として処理されてしまったが、残り半数がアンサラー攻撃圏の離脱に成功する。

 そうして十分に距離が離れたところで軌道変更が行われ、地球への降下軌道に乗ったのだ。

 状況をモニターしていた束が、2人に軌道予測データが送信してオーダーを下す。

 

(晶。シャルロット。おかしな動きを見せたヤツがある。多分生き残りだ。問答無用で撃ってくる奴らを惑星圏内に入れたら、どうなるか分かんない。墜として)

(分かった)

(りょ、了解!!)

 

 しかし現実問題として、既に全機の撃破は不可能だった。

 奴ら、降下軌道がバラバラなのだ。束の予測データを信じるなら、それぞれ6大大陸に1機ずつ降下する軌道を取っている。

 これに今の位置関係と互いの速度情報を加えて考えると、捕捉できるのは恐らく大気圏突入直前。1人1機撃破出来るかどうかだ。

 よって2人は申し合わせたかのように、背部に接続している改良型ロケットのリミッターを解除した。最大出力を超えて、自壊すら厭わない超高出力でドライブさせる。

 これなら2機、上手く行けば3機撃破できるかもしれない。相手の戦闘能力が不明なだけに希望的観測に過ぎないが、手をこまねいている訳にもいかない。

 そして手が足りないなら、仲間の力を借りれば良い。

 晶はセシリアとラウラにコアネットワークを繋いだ。

 

(2人ともスクランブル(緊急発進)だ。状況は今送った通り。もしかしたら、巨大兵器より強いヤツとやり合う事になるかもしれん)

 

 普通、いきなりこんな事を言われたら混乱するだろう。状況を理解するのに、少なくない時間が掛かったかもしれない。

 だが2人は専用機持ちであった。ハイパーセンサーによって加速された思考が、送られてきた情報を瞬く間に理解させる。

 

(わ、分かりましたわ!!)

(了解した)

 

 2人が待機ルームから飛び出すと同時に、カラードに緊急事態を知らせるサイレンが鳴り響き始めた。

 地下格納庫、改良型ロケットの置かれている床面そのものが動き出し、エレベーターシャフトへと向かっていく。

 途中でセシリアとラウラが合流。ISを展開してドッキング。自己診断プログラムロード、システムチェック開始。

 この間も床面は動き続け、地上へとリフトアップされていく。

 そうして地上に出ると同時に、システムチェック終了。オールクリア。

 

 ―――ブースター点火。

 

 通常の手順なら周囲への配慮から、超音速領域への突入は十分な高度に到達してから行われる。

 だが一刻を争う今、その手順は無視された。

 離陸した瞬間から最大出力で加速。爆音と轟音を轟かせながら一気に空へと上がっていく。

 再び、コアネットワーク通信が繋がれた。

 

(2人にはユーラシア大陸に向かっている物を撃破してもらいたい)

 

 言った方も、聞いた方も、成功確率が低い事は分かっていた。

 何故ならセシリアとラウラの上昇軌道は、降下船の降下軌道ほぼ正面。彼我の速度差を考えれば、交戦可能時間は一瞬だ。

 理想的なのは地球を一周して、後ろから攻撃を仕掛ける事だったが、時間的に不可能だったのだ。

 加えて相手のシールド出力も装甲強度も不明。どんな反撃手段を持っているかも不明。これで確約などできる訳がない。

 しかし2人に、否は無かった。

 今対応できるのが自分達だけなら、やるしかないだろう。

 

(分かりましたわ)

(了解した。後はこっちでやる。そっちはそっちに集中するといい)

(任せた)

 

 次いで晶が通信を繋いだのは楯無だった。

 

(状況は?)

(理解してるわ)

(なら諸々、任せて良いか?)

(勿論よ。頑張ってね)

(ああ)

 

 余りにも短いやりとりだが、2人にとってはこれで十分だった。

 信頼故の短さである。

 そうしてこの後、カラードから発表された情報は世界を激震させるものだった。

 誰が信じられるだろうか。嘘だと言う者も沢山いた。

 しかし地球に落着した物理的証拠と、もたらされた被害が、地球人に現実を認識させたのであった――――――。

 

 

 

 第144話に続く

 

 

 




今回よりインフィニット・ストラトス アーキタイプブレイカー(ISAB)とのクロス開始になります。
そしてクロスさせるにあたり、公式設定から変更している部分があります。
とは言っても多くはありません。
公式では「絶対天敵(イマージュ・オリジス)」には通常兵器が一切通じないとありますが、本作では“ちょっとだけ”通じるようになっております。
これによってモブさんが必死に×10くらい頑張れば、少しだけ生き残れるようになります。
巨大兵器の火力なら、敵のモブ辺りはお掃除できるかもしれません。
でもボス級ユニットとなると………というところでしょうか。
 
あと次元を超えてやってきた存在かどうか、というところは未定にさせて下さい。
作者的には同じ宇宙の存在とした方が面白そうな気がしますので………。

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