インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第142話 進み始めた宇宙開発

 

 とある金曜日の夜。

 晶は引き取った8人の娘達と、ホテルで食事をしていた。正装をしてのディナー、という堅苦しいものではない。

 借りた部屋備え付けのキッチンで、持ち寄った食材を皆で料理して食べる、というホームパーティーのようなものだ。

 だから各々私服だし、賑やかで、テーブルに並ぶメニューも和洋折衷で一貫性が無い。

 そんな中で、彼は思う。

 

(なんだか不思議な感じだな。俺が親の真似事なんて………)

 

 感慨に耽る、とはこういう事を言うのだろうか?

 脳裏を過る疑問。だが深くは考えなかった。

 生体パーツ候補だった彼女達の面倒を見ると決めた。彼女達は感謝してくれている。それで良いではないか。

 しいて言えば折角面倒を見るのだから幸せになって欲しいと思うが、彼女達の人生は彼女達のものだ。

 成人するまでは面倒を見るが、そこから先の事に口出しする気は無い。

 故に、色々と妄想してしまう。

 

(う~ん。彼女達の将来か………)

 

 テーブルを囲む彼女達の会話に耳を傾ければ、やはり一番の話題は恋バナだった。

 どんな男子に告白されたとか。どんな男子が好みとか。告白された回数とか。告白されたシチュエーションとか。出てくる出てくる。

 

(まぁ、みんな可愛いからなぁ)

 

 容姿が入学基準の一つ、とまで言われているIS学園に居たとしても、遜色無いレベル(※1)なのだ。

 普通の学校にいたら、周囲の男子共が放っておかないだろう。

 

(こいつらの彼氏か………。やっぱり一番は浮気のしない奴だな。あと将来的にそれなりに稼げそうな奴………。いや、イカンイカン。将来性まで考え始めたらキリがない。相手が真っ当な人間で好き合っていれば良しとしよう)

 

 彼が自身の女性関係を、遠い遠~~~~~~~い棚の上に放り上げながら思っていると、隣に座るクロエに話し掛けられた。

 彼女の私服は、白いブラウスに青いロングスカート。首元を青いスカーフで、銀髪は黒いリボンで飾られている。どこの誰が見ても、“良い所のお嬢様”という単語が出てくるだろう。

 

「ところでお義兄様」

「その呼び方、諦めてなかったのか」

「勿論です」

「普通に晶とか、呼び捨てが嫌なら晶さんで良いと思うんだが」

「初めは、それでも良いと思っていました。でも呼び捨ては私が嫌ですし、晶さんでは他人行儀な気がして。そしてお義父様では、貴方が違和感を持ってしまう。だから、お義兄様です」

「ふむ………」

 

 晶は少しばかり考えた。

 何故急に、こんな事を言い出したのだろうか?

 以前話した時は戯れと思って聞き流したが、ここまで言うとなれば何か理由があるはずだろう。

 そうして暫し思考を巡らせて、ふと思った。

 

(もしかして、家族に飢えてる?)

 

 彼女は遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)として生を受けた試験管ベイビーだ。

 つまり家族というものが存在しない。

 記録上幼少期に育てた人間はいるが、親というよりは知識を定着させる為の教育者と言った側面が強かったはずだ。

 また遺伝子上の姉妹はいるが、成功例のラウラと生体パーツ候補として横流しされた彼女以外は、全て破棄されている。

 天涯孤独の身なのだ。

 

(他人との繋がりを実感したいって事なのかな?)

 

 想像の上に想像を重ねた考えだが、彼はそう間違っていないと感じた。

 そしてこれを本人に確認するのは野暮というものだろう。

 

「全く。分かったよ。今日から俺がお義兄ちゃんだ。あらためて、よろしくな」

 

 言いながら、何となくクロエの頭を撫でてみた。

 すると彼女の顔がトマトのように真っ赤になっていく。

 

「お、お義兄様!! 私は子供ではありません!!」

 

 ここで、晶は悪ノリした。

 

「お義兄ちゃんが義妹の頭をナデナデするのは、おかしな事じゃないだろう?」

 

 そう言って、止めなかったのだ。

 しかし彼女も、やられっぱなしで黙っているような性格ではない。

 

「な、ならお義兄様に「あ~ん」するのも義妹の当然の権利です」

 

 目の前のエビフライにフォークをブッ刺し、晶の口元に突き付けたのだ。

 ここでピュアなエロゲ系主人公なら、少しばかり照れたりしたかもしれない。

 しかしこの男は違っていた。

 遠慮なく頂き、挙句同じことをやり返したのだ。

 そしてこれを見ていた他の娘達は――――――。

 

「クロエ~。ずるい。場所代わって」

「そうだよ。同じ学校にいるんだから、そっちはいつでも出来るでしょ。今日は代わってよ」

「い、いつでもなんて出来ません!! むしろ初日にお義兄様との関係がバレちゃったお陰で、下手に近づけないんです。だから今日は――――――」

 

 彼女は、最後まで言う事が出来なかった。

 何故なら近くにいた娘2人が席を立ち、すすぅ~~っと近づいてきて、彼女の両腕をガシッとホールド。強制的に晶から一番遠い席へと運んで行ったからだ。

 

「あ、こら、ちょっと!!」

「お義兄様の独占は駄目です。少しは他の義姉妹にも分けて下さい」

「ど、独占なんてしてないわよ」

「1人だけ「あ~ん」して、されて、ナデナデされるのが独占じゃないと? しかも目の前で」

「う………」

 

 クロエは言葉に詰まった。同時に自分の行いを冷静に指摘されて、再び真っ赤になってしまう。

 そんな彼女を他所に、他の娘が晶に「あ~ん」をしようとしていた。

 彼は「自分で食べられる」と言って断ろうとするが、それを許してくれる義姉妹達ではない。

 1人だけ特別扱いはズルいという至極真っ当な正論で彼を論破し、全員に同じことをさせていたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は進み、翌日の日曜日。

 束と晶は自宅で、地球圏を模した立体映像を見ながら話をしていた。

 

「うんうん。いいねぇ。日本案のクレイドル、フランス案のマザーウィルも、ISを投入したせいか計画が進み出しているね」

「ああ。改良型ロケットを提供した甲斐があったな」

 

 少し前までは、日本案もフランス案も計画だけで大きな進展は見られていなかった。地球上で幾ら計画が進んでいても、実際にパーツを打ち上げる為のロケットに、運用上の制約が大きかったからだ。

 機体のメンテナンスやコスト問題、打ち上げ時の気象条件など、上げて行けばキリがない。

 だが束の提供したロケットなら、既存ロケットより遥かに過酷な条件でも安全に打ち上げられる。

 VOB技術の応用でISを基幹パーツとしているため、ISが持つエネルギーシールド、重力制御、慣性制御能力を全て打ち上げに使えるからだ。これには、ロケットの常識を覆すほどのメリットがあった。

 まずエネルギーシールドを円錐状に展開する事で、空気抵抗を大幅に軽減できる。これだけでも安定性の向上という、大きなメリットがあった。加えて重力制御や慣性制御を併用する事で、重量物を積んだ際の機体負荷が軽くなるだけでなく、ロケット自体のコントロールも容易になる。そしてこれらの相互作用により、既存ロケットよりも遥かに高い打ち上げ能力と安全性が約束されていた。

 更に付け加えるならISが一緒に宇宙に上がるため、そのまま組み立て作業が行えるようになった、というのがある。地上のコントロールセンターから遠隔操作する必要が無いため、作業が格段に早くなっているのだ。

 

「ふふ、これでまた夢に一歩近づいたかな」

 

 束が上機嫌で手元のコンソールを操作すると、地球周回低軌道(LEO)(※2)を指し示す空間ウインドウが展開された。

 映し出されたのは円筒形のモジュールが3つ直列に接続され、内1つには不格好なアンテナが取り付けられている歪な形の宇宙船だ。

 モジュール1つの大きさは直径4.4m、長さ9m。国際宇宙ステーション(ISS)で使われている平均的なモジュールと同じサイズである。

 そして各モジュールの機能は、今後クレイドル(全翼型宇宙船)の建造を進めていくために、最優先で準備された絞り込まれたものだった。

 

 一番前が、クレイドル(全翼型宇宙船)中央ユニットの非常電源用モジュール。原子力電池を搭載したバッテリーとしての機能しかないモジュールで、万一クレイドル(全翼型宇宙船)の主電源が使えなくなっても、生命維持装置など必要最低限の機能だけは稼働させられるよう設計されている。

 真ん中が、作業要員が休む為の居住用モジュール。調理室、トイレ、シャワー、寝室、医療器具等を備えている。

 一番後ろ、アンテナがあるのが主電源となるレクテナモジュール。地上に設置されているものより、かなり小型化されているため性能も相応に落ちている。だが発電用モジュールを増設してやる事で、地上設置型と同等レベルのエネルギーを供給できるよう設計されていた。

 たったこれだけだが、改良型ロケットが投入されてからまだ1ヶ月程度なのだ。

 今までの宇宙開発の常識から考えれば、桁外れの早さで準備が進んでいると言えるだろう。

 

「そうだな。そしてレクテナが使えるようになったお陰で、クレイドル(全翼型宇宙船)でエネルギー問題は無いも同然になった。これで計画は次の段階に進む」

「うん」

 

 クレイドル(全翼型宇宙船)中央ユニットの建造計画は、大まかに5段階に分かれていた。

 第1段階が作業要員が休む為の居住用モジュールと、クレイドル(全翼型宇宙船)中央ユニットの非常電源用モジュール、主電源となるレクテナモジュールを宇宙(そら)に上げること。

 第2段階が主電源となるレクテナモジュールを中心に、中央ユニットのフレームパーツを組み上げていくこと。なお中央ユニットは横300m、長さ500mと巨大であるため、以後の作業はフレームパーツの組み立てと各モジュールの接続作業が、同時進行で行われていく。

 第3段階で、船橋モジュール、中枢コンピューターモジュール、エネルギーシールドモジュール、重力慣性制御モジュールが接続され、宇宙船としての機能を備え始める。この段階で、主電源となるレクテナモジュールと非常電源用モジュールが増設され、2+2で計4系統が確保される予定となっていた。勿論一度の事故で全ての電源が失われないよう、各モジュールは分散配置される設計だ。

 第4段階で行われるのは、居住ブロックの組み立てだ。居住用モジュールのような小さな室内での生活ではなく、一定規模の開放空間と緑が用意された生活空間だ。更にパワードスーツのメンテナンス設備も用意され、有人パワードスーツが同計画に投入される予定となっていた。クレイドル計画の主体であるキサラギはもっと早くから投入したいと考えていたが、万一死亡事故などを起こせば計画自体が頓挫してしまうため、エネルギーシールドや重力慣性制御が使えるようになるまで、投入を控えていたのだった。

 最後の第5段階では、中央ユニットの外装が整えられると同時に、両サイドに移動用の巨大エンジンユニットが取り付けられる。これはクレイドル(全翼型宇宙船)の翼を構成する、他ユニットとのジョイントも兼ねている部分だ。

 

「中央ユニットが出来るのに、どのくらいかかるかな?」

「晶はどれくらいだと思ってる?」

「最速で5年かな」

「私は中央ユニットだけなら、晶が学園を卒業する頃には出来てると思うな。もしかしたら、もっと早いかもしれない」

「随分早く見積もってるな。そんなに早く進むか?」

「私も初めは5年くらいって思ってたけど、これを見てみて。泥棒猫(楯無)が面白いのを見つけてきたの」

 

 束が手元のコンソールを操作し、新たな空間ウインドウを展開する。

 映し出されたのは一直線の長いコースと、その端から空に向かって伸びるジャンプ台のようなもの。全長は1000mほどだろうか? 遠距離からの映像でも、所々サビついて見える。かなりの年代物のようだ。

 

「ん? んん~? カタパルト?」

「惜しい。正解はね、マスドライバーの実証試験施設」

「え、そんなのあったのか?」

「あったの。しかも日本国内に」

「マジか。でもサビが見えるって事はかなり古いな。いつのだ?」

泥棒猫(楯無)によるとね、私がISを発表する前に建造されたものみたい。で、私がISを発表した煽りを受けて予算凍結で放置されて、そのまま忘れ去られたんだって」

「うわぁ。ちゃんと計画が進んでいれば、随分役に立っただろうに」

「そうでもないみたい。当時は技術的に行き詰まっていたみたいで、恐らくだけど私の発表がなくても凍結されていただろうって」

「今なら?」

 

 束はニヤリと笑った。

 

「この私が、手直しするんだよ」

「なら大丈夫か。でもどの程度手直しするんだ? 俺は詳しくないけど、マスドライバーで加速距離が1000って結構短いと思うんだけど」

「うん。だから力業でやる」

 

 そうして束が語ったプランは、本当に力業だった。

 まずマスドライバー側の加速方式はリニアとする。だが1000m程度の加速距離では、資材を宇宙に上げるだけの速度は得られない。だから合わせ技だ。ISを基幹パーツとした改良型ロケットを、この施設で加速させて打ち上げる。

 それならISの重力制御と慣性制御で打ち上げ資材の重量を誤魔化して、マスドライバーの加速力をロケットの推力に上乗せできる。

 束がざっと計算したところ、打ち上げ可能重量が今の3~4倍くらいになるらしい。

 

「確かにそれだけ打ち上げ能力が上がるなら、中央ユニットも早く作れるな」

「でしょでしょ」

 

 えっへんと胸を張る束は、ふと何かを思い出して言葉を続けた。

 

「あ、そう言えば、聞こうと思ってた事があったんだ」

「なにを?」

 

 彼女は晶に体を寄せてきて、ニヤニヤしながら尋ねた。

 

「お義兄様って言われるのって、どんな気分?」

 

 何故知っているのだろうか? だがそれを聞くのは愚問だろう。

 むしろ束が引き取った子達とのやり取りに、興味を持った事の方が驚きだった。

 

「う~ん。なんと言うか、背中がむず痒いというか、そんな感じかな」

「ふぅ~ん。内心で喜んでたりはしないんだ」

「しないって。大体、初めは断ったんだぞ」

「でも押し切られたんでしょ」

「うっ………まぁ、な」

「良いんだよ。素直に言っても。束さんは恋人に義妹好き好き大好き属性があったとしても気にしないから」

「無いって」

「ほんとうにぃ~? あ~んな可愛い義妹達にお義兄様とか呼ばれて、内心でヒャッホーとか思ってない?」

「思ってないって」

「なら、なんでオーケーしたの?」

「クロエが随分とそういう呼び方に拘るから、少し考えてみたんだ。で、思ったんだよ。彼女達って天涯孤独の身だろ。もしかして、家族ってのに飢えてるのかと思って」

「なるほどなるほど。そういうことね。なら納得。でも、う~ん。気づいてる? そういう呼び方を許したって事は、彼女達を今よりも、もっと特別扱いするってことだよ」

「まさか。多少むず痒い感じはするけど、対応を変えたりはしないぞ」

「晶はね。でも他人から見たらどうかな? この世界で、たった8人にだけ許された呼び方だよ。周囲の凡人共は、どう思うだろうね」

「俺が保護者ってのはもう知られてるんだ。流石に大袈裟じゃないか?」

「じゃあちょっと言い換えてみようか。“世界最強の単体戦力(NEXT)”を、お義兄様と呼ぶ可愛い義妹達。凡人共が色々と考えを巡らせるには、良くも悪くも十分過ぎるネタじゃないかな」

「………もしかして、軽率だったか」

 

 束の返事はデコピンだった。

 

「イテッ」

「お馬鹿。大事なのは晶と義妹達が、お互いに納得できるかでしょ。囀るしか能の無い凡人なんてどうでもいいじゃない。私が言いたいのは、これまで以上にちゃんと見てあげなさいってこと。晶が目を光らせている限り、並大抵の奴は手出しできないんだから」

「………………」

「黙り込んで、どうしたの?」

「いや、お前にこういう事を言われるのって、なんだか物凄く新鮮な感じがして」

「酷い。私の事をなんだと思ってるのさ」

「悪い悪い。でも、確かに言う通りだな」

「でしょ」

「ならどうするかな。誕生日イベントだけじゃ年1回で少ないな………部活で試合とかコンクール的なものがあるなら、それも見に行ってみるか」

 

 ここで束は、ちょっとした気まぐれを起こした。

 

「私も行ってみようかな」

「えっ!?」

「晶の義妹でしょ。普段どんな事をしているのか、見てみるのも良いと思ってね」

 

 勿論、更識側からの報告書で一通りは知っている。しかし報告書が全てではないだろう。

 単純に、そう思ったからだった。

 ちなみにこの気まぐれのお陰で、現場の警備を担当する更識家が大変な事になるのだが、それはまた別のお話である。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は進み、平日のIS学園。

 放課後のISアリーナ格納庫で、晶はシャルロットと話をしていた。

 内容はラファール・フォーミュラの新規ミッションパックについてだ。

 

「――――――という訳で電子戦型のTYPE-Eが完成したんだ」

「早いな。開発陣に相当無理させたんじゃないか?」

「お父さんは結構頑張ってたって言ってたかな」

 

 シャルパパの表現は、かなり控えめであった。尤も技術陣は無理矢理働かされた訳ではなく、自分達のお姫様に、自分達の作った新しいドレスを着せたい(新規ミッションパックを装備させたい)、という個人的欲求に突き動かされたに過ぎないのだが………。

 

「あまり無理はさせないようにな」

「大丈夫。お父さん新しい開発にはリフレッシュが必要だって言って、全員に強制的に休暇取らせたって言ってたから」

「開発に命かけてる連中は、休み取らせたくらいじゃ止まらないぞ」

「なんだか実感のこもってる言葉だね」

「キサラギの連中がそうだからな」

「そうなの? あ、でもこの前、会社の人達も同じようなこと言ってた」

「なんて言ってたんだ?」

「えっと、確か技術交流会の時の話らしいんだけど、何て言うか熱意が違うって言ってた。頭の中にあるのは寝ても覚めても技術の事で、なんて言ってたかな………………そうそう、あれこそ日本の職人魂(HENTAI)だって」

 

 職人魂が変態と聞こえたのは気のせいだろうか?

 いや、気のせいに違いない。

 

「そうか。なんか色々刺激を受けたなら、技術交流会をやった甲斐があったんだな」

「うん。そうみたい。でもお父さん、たまに開発室から禍々しいオーラを感じる事があるって言ってたから、大丈夫かなぁ」

 

 晶の背中に冷や汗が流れた。

 もしかしたら、デュノア開発陣はもう手遅れかもしれない。

 そんな思いが脳裏をよぎる。

 

「た、多分大丈夫だろ。それよりもさ、TYPE-E(電子戦型)の性能ってどのくらいなんだ?」

「このくらいだよ」

 

 空間ウインドウが展開され、スペックデータが表示される。

 それによると探知距離は半径約800km(※3)。これは既存の早期警戒管制機(AWACS)では最高性能を誇るE-767と同等レベルだ。

 またTYPE-E(電子戦型)用に新開発されたジャミングライフルは、相手のFCSに作用してロック遅延を引き起こすとある。強化人間である晶には効かない(※4)が、普通のISパイロットが機動格闘戦の最中に喰らったら、かなり厳しいのではないだろうか。

 

「これはまた………デュノア、本当に頑張ったんだな」

「僕もそう思う」

「じゃあ折角の装備だし、使いどころを考えないとな」

「えっ?」

 

 シャルロットにとっては意外な言葉だった。

 このTYPE-E(電子戦型)は、早期警戒管制機(AWACS)と同等の性能を持っている。つまりISで早期警戒管制機(AWACS)と同じ事ができる。他に使い方なんてあるのだろうか?

 そんな事を思っていると、晶はニヤリと笑った。

 

「フランス案のマザーウィル計画では、将来的に月面の地表・地質データが必要になる」

「まさか?」

「うん。そのまさか。こんな強力なセンサーユニットを持ってるなら、使わない手はないだろう。ああ。安心してくれ、俺も一緒に行くから」

「いやいや、ちょっと待って。なんか色々飛ばしちゃってる気がするんだけど!?」

「なにも飛ばしてないぞ。フランス案の計画を、フランスのデュノア社が作った機体で支援するんだ。何も問題は無いだろう。それにスペースシャトルとかで行くなら加減速の関係で数日かかっちゃうけど、慣性制御を使えるISと改良型ロケットの組み合わせなら日帰りだ。調査で1日月の周回軌道にいたとしても2日だ。週末のちょっとした旅行みたいなものだよ」

 

 何でもない事のように言っているが、実際に行えば相当なビックニュースになる事は想像に難くなかった。

 何故ならISが発表されて以降、月面探査は一部の大国が細々と続けていたに過ぎない。

 そこにISを投入して本格的な調査を行えば、どうなるだろうか?

 

「それ、絶対ちょっとした旅行じゃないから」

「なら行かない?」

「ううん。行く。だって早期警戒管制機(AWACS)として使うより、よっぽど夢のある使い方だと思うんだ。それにこっちの方が宣伝にもなる。間接的にだけど、お父さんの手伝いにもなるもん」

「なら決まりだな」

「うん」

 

 こうして決まり、詳細が詰められた上で発表された月面調査計画は大きな反響を呼んだ。

 何せ今回は一部の大国が細々と続けていた調査とは訳が違う。

 ISという超高性能センサーの塊を投入しての調査だ。

 宇宙に関わる者なら、期待するなという方が無理な話だった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 しかし期待する者がいれば、疎む者もいる。

 何故なら月は資源の宝庫と考えられているからだ。現在分かっているだけでも、アルミニウム、鉄、チタン、水素、ヘリウム3、レゴリス、マグネシウム、ウラン、トリウム、水、固体化している酸素(鉱物と結合している)など様々な資源がある。

 今回の調査で月の地形データがマッピングされれば、そう遠くない内に、必ず採掘の話が出てくるだろう。

 そして1年前なら資源があると分かっていても、採掘など数十年単位で未来の話と思われていた。しかし今は違う。束博士のもたらした数々の技術革新により、数年以内の採掘が現実味を帯びているのだ。

 だからこそ、資源産出国の連中は危機感を覚えていた。

 例えばチタンは耐食性が高い上に、硬くかつ粘り強いという特徴の為、あらゆる分野で活用されている。

 これを月で好き勝手に採掘されたりしたら、経済的な打撃は計り知れない。

 故に、束博士を止めたいと思っている者は多かった。

 

「どうする?」

「どうするとは言っても、止める手立てが無い。資源問題の解決手段としても注目を集めている今、表立っての反論も行い辛い」

「月は公共の資源だから皆で開発するべき、とでも言ってみるか?」

「建て前だな」

 

 この場にいる者が、そんな戯言を信じている訳がない。だが、ふと思いついた者がいた。

 

「いや待て、月はフランスが担当していたな。なら干渉出来るかもしれん」

 

 他の者が、無言で先を促した。

 

「あの国は今、地下都市の建造で大量の鉄鋼素材を必要としている。加えてバイオテロからの復旧も半ばだ。鉄鋼素材が少し値上がりしただけで、相当な財政負担になる」

 

 つまり鉄鋼素材を値上げし、財政にダメージを入れて弱らせる。そこに手を差し伸べて恩を売り、月面開発の利権に食い込もうという訳だった。

 汚いなどと言う事無かれ。

 自分で叩き落とした相手を自分で助けて恩を売り、言う事を聞かせるなどビジネスの世界ではよくあることだ。

 

「なるほど。ではその方向で行こうか」

 

 こうして会議が終わり、フランスが狙われることとなった。だがこれだけならば、世界中の至る所で行われている、只のマネーゲームと変わらなかっただろう。

 ある程度の利益追求をして、程々のところで手打ちにする。いつも通りだ。

 しかし今回は違う。

 この部屋に仕掛けられた盗聴器の先には、スコール・ミューゼル(真性のテロリスト)がいたのだから。

 

 

 

 ※1:遜色無いレベル

  作者的に↓レベルの容姿を想定しております。

  

  ・冬月茉莉

  ・鳴神唯乃

  

  ちなみに名前で検索すると画像が出てきますが、良い子の皆様は

  “くれぐれも”他に人がいない時に検索した方が良いかと思います。

 

 ※2:低軌道(LEO)

  高度2,000km以下の地球周回軌道。

  リアルでは、国際宇宙ステーションなどがこの軌道に存在です。

 

 ※3:TYPE-E(電子戦型)の探知距離は半径約800km

  人型サイズかつ惑星圏内でという事を考えると驚異的な性能ですが、

  ブルーティアーズ・レイストームはこれを遥かに上回っています。

 

 ※4:強化人間である晶には効かない

  ゲーム内だとロックオンの無いロケット弾ですら直撃させてくる………。

  つまり強化人間にとってFCSなど飾りなのです。

 

 

 

 第143話に続く

 

 

 




徐々に束さん以外のところでも宇宙開発が進み始めました。
でも急激な変革は軋轢を生むもの。
特に利権が絡むと………。

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