インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回は一夏くんのミッション終了にまつわるアレコレなお話です。


第140話 一夏の気苦労。晶の気苦労。

 

 一夏が護衛ミッションを成功させた翌日。

 IS学園は彼の噂で持ちきりだった。

 

「ねぇ、ニュース見た?」

「見た見た。一夏くんのタンカー護衛でしょ」

「うん。しかも現場の護衛部隊を指揮して海賊退治。正体不明のISも瞬殺だったんだって」

「オマケに3年生の子がピンチの時に、颯爽と駆けつけて助けたって言うじゃない」

「良いなぁ。私もそんな風に助けられてみたい」

 

 今回ミッションを依頼していたエクソンモービル社は、気前よく情報公開をしていた。今回は被害者という事で、何もやましいところは無いのだ。

 そして業務妨害してきた奴らを糾弾する為に、今回の一件を使わせてもらおう、と考えたのである。

 ちなみに3年生専用機持ちのスポンサー企業にしてみれば、専用機をスクラップにされかけた事を宣伝されるに等しい行いだ。が、これは言葉のマジックでどうとでもなることだった。奇襲、しかも新人パイロットが2対1という数的不利な状況下で生き残ったというのは、言い換えれば耐久性の証明にもなるからだ。ものは言いようである。

 尤も大多数の人間にとって、そんなのは些細な事に過ぎなかった。

 何せ元々注目度の高かった一夏が、現場の人間を指揮して海賊退治を行っただけでなく、ピンチに陥った味方を鮮やかに救出して見せたのだ。しかも2対1という不利な状況をものともせず、無傷の勝利だ。話題に飢えているマスコミにとって、こんなに美味しいネタはないだろう。

 多くのテレビ局で特番が組まれ、ここぞとばかり出てきたIS専門家が、まるで見てきたかのように一夏の実力を評価している。

 今もIS学園食堂にある大型テレビからは、コメンテーターの尤もらしい台詞が流れていた。

 

『いや~、しかし素晴らしいですね。3年生専用機持ちを一方的に追い込んだ相手を、しかも2対1でありながら瞬く間に撃破。流石は“NEXTの直弟子”というところですか』

『ええ。全くです。しかも現場の人間を指揮して、海賊退治までしたというではありませんか』

『そうなんですよ。パイロットとしての実力だけでなく、現場の人間に協力を仰ぎ、状況に柔軟に対応している。本当に素晴らしい。これでまだISに乗って1年余りというのですから、先が楽しみですね』

『先ですか。本人は将来について、どう考えているんでしょうね?』

『残念ながら、本人の口からはまだ何もです。ですが今回、1つ分かった事があります』

『それは?』

『カラード所属になった、ということですよ』

『どういう意味でしょうか?』

『カラードは世界唯一のIS派遣組織です。そこに所属するというのなら、IS学園卒業後もISに関わっていくと決めた、ということでしょう』

『なるほど。では今後、ますます目が離せませんね』

『ええ。そして個人的には、師匠のような立派なヒーローになって欲しいと思いますね』

 

 こうして好意的なコメントで番組が締められると、見ていた生徒達も喋り始めた。

 そんな中、専用機持ちの1人である箒の携帯がコールされた。

 発信者名は織斑一夏。

 

『もしもし、一夏だけど。箒か?』

『そうだ。どうしたんだ? 予定では、もうこっちに戻ってるはずだろう』

『あれ、天気予報見てない? 沖縄で台風に捕まって、まだ飛行機飛べないんだ。お陰でホテルに缶詰めだよ』

 

 専用機持ちならISで飛んで帰る事も出来るが、緊急事態でも無いのにそんな事をしたら、私的利用で罰則対象になってしまう。また今はパートナーのISが半壊している。万一の襲撃の可能性を考えたら、置いて帰るなんて真似は出来なかった。

 

『そうか。それは災難だったな』

『本当にだよ。天気が回復したらすぐ帰るから、鈴にも言っといてくれ』

『ああ、分かった。気をつけてな。怪我なんてするんじゃないぞ』

『もうミッションは終わってるって。心配性だな。じゃあ切るぞ』

 

 ここで話が終わっていれば、彼のこの後の苦労(?)は無かっただろう。

 突如、第三者の声が飛び込んできた。

 

『一夏、シャワー上がったわ。アナタもどう?』

『おい、今の声はなんだ?』

『え、あ、ああ。えーと、今回のパートナーのルージュさんが、ちょっと俺の部屋でシャワーを………』

 

 箒は一夏に、最後まで喋らせなかった。

 

『まさか一部屋しか取れなかったとか、そんな事を言う気はないだろうな? まだ繁盛期でもないだろう』

 

 声の感じが、明らかにヤバイ。

 一夏の危険感知センサーがビンビンに反応している。だが上手い言い訳が出てこない。

 いや浮気はしてないのだから、堂々としていればいいのだ。

 

『い、いやな。パートナーのIS、今半壊してるんだよ。だから………』

『だ・か・ら?』

『な、なるべく1人にしない方が良いと思って、同じ部屋に泊まってもらったんだ』

 

 半壊レベルの損傷なら、一応正当な理由と言えなくもない。

 しかし心情的には受け入れ難かった。

 シャワー上がり。バスタオルを巻いただけの女。ホテルの密室。

 箒の中で、イケナイ妄想が加速していく。

 

『ほぅ』

 

 ゾッとするほど冷たい声。

 ゾクリと身の危険を感じた一夏が、必死に言い訳を始めた。

 

『ま、まて箒。お前、何か勘違いしてるだろ。何もやましい事はしてないからな。単純な、そ、そう、とても単純な安全上の問題だからな』

 

 聞いている箒の手に力が入り、携帯がミシミシと悲鳴を上げ始めた。

 このままでは、大噴火も時間の問題だろう。

 だが一夏は幸運だった。

 彼を困らせたくない3年生(ルージュ)が、背後から携帯を取り上げて割って入ったのだ。

 

『一夏さんは、何もやましい事はされていません。単純に足手纏いとなった私を気遣って、同室にしてくれただけなんです』

『足手纏い、だと』

『はい。先ほど一夏さんも言っていましたが、今私のISは半壊しています。ISを狙って襲撃された場合、まず間違いなく対処できません。だから万一の可能性を考えて、同室にしてくれたんです。それを貴女は、やましい事の為に同室になったと言われるんですか?』

『むぅ。いや、そういう訳ではないが………』

『なら余り恋人に甘えて、困らせない方が良いと思います』

 

 何より私が、博士に殺されたくありませんので。

 喉元まで出かかった言葉を、どうにか飲み込む。

 “天災”にして“天才”たる束博士が、妹の箒を可愛がっているのは周知の事実だ。

 その可愛がっている妹から、もし恋人を寝取られた、なんて話が“天災”の耳に入ったら、比喩でも冗談でもなく人生が終わる。だから決して、彼の1番になろうとしてはいけない。

 しかし、理性と感情は別だった。

 合理的に考えれば、織斑一夏は程々に利用する程度が丁度良い。倍率は高いだろうが、ミッションの僚機として選んでもらえれば、それなりに甘い汁が吸えるだろう。

 なのに、感情が否という。

 何故? どうして?

 繰り返される自身への問い。

 だが答えは出ない。いや、もうとっくに出ている。

 胸の内にあるこの感情を、利用という汚い手段で汚したくないのだ。

 命の恩人に対しては、もっと誠実でいたいという思いがある。

 

(………私って、自分で思ってたよりも単純だったのね)

 

 内心で呆れてしまう。

 しかし助けてもらった時の光景が、脳裏に焼き付いて離れない。

 思い出す程に、胸が熱くなる。

 だから3年生(ルージュ)は、とても現実的な選択をした。

 目指すは織斑一夏の2番機だ。

 近接特化の彼は、1人では出来ない事が多い。つまり僚機を選ぶ可能性が高い。そして恋人の幼馴染2人は、最新鋭第4世代機のISパイロットと中国の代表候補生だ。殆どのミッションにおいて、一緒に出撃したら戦力過多になってしまう。

 しかしルーキーである自分なら、ただの専用機持ちである自分なら、サポート戦力として動ける。今ならまだ、練習という名目も立つ。僚機として行動する名分が立つ。彼の役に立つことができる。

 その為にも、ここで穏やかに箒を退けるのは必須だった。

 正妻の機嫌を損ねては、始まる前から終わってしまう。

 

『む、甘えて、だと』

『はい。私が一夏さんと関わった時間はまだ短いですが、優しい人というのは分かりました。その優しい人が、恋人に自分の行動を疑われたら悲しいと思います』

 

 暫しの沈黙の後、返答があった。

 

『確かに疑い過ぎだった。一夏に代わってくれないか』

『分かりました。今、代わります』

 

 そうして一夏に携帯が戻されると、箒は喋りはじめた。

 

『済まない。つい疑ってしまった』

『いや、俺ももっと、ちゃんと説明すれば良かった。箒の言い分も尤もだよ』

 

 こうして事無きを得た一夏だったが、この日の夜、篠ノ之姉妹の間でこんな会話が行われていた。

 

『――――――という事があったんだけど、こんな時、姉さんならどうする?』

『私なら? う~ん。私の晶がモテるなんて当然のことだから、相手の女が役に立っている限りは見逃してあげるかな。足引っ張ったり邪魔したりするなら容赦しないけど。あ、あと大事なことあった』

『大事なこと!?』

『そう、とっても大事なこと』

『そ、それって?』

『帰ってきたら、ちゃんと出迎えて苦労を労ってあげること。ついでに言えばそのままベットに引きずり込んで、自分に溺れさせればなおオッケー』

『お、溺れっ!?』

 

 箒の脳裏に、イケナイ妄想映像が再生されていく。

 しかもその映像は、次の言葉で更に過激なものとなっていった。

 

『ああ、でも殆ど私が連れ込まれる方かな。この前なんて玄関で押し倒されて、そのままベッドに直行だったし』

『ね、姉さんが押し倒される方ですか? 押し倒す方ではなくて?』

『そうだよ。いっつも今回こそは押し倒してやろうと思うんだけど、いつの間にかいいようにされちゃってさ。この前なんてね――――――』

 

 話が盛大に脱線し始め、内容がノロケ話に変わっていく。

 ついでに実戦証明済み男の誘惑方法講座まで始まり、聞きながら箒は、後で一夏に試そうと思ったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時間は進み、今週の土曜日。

 晶はカラードの社長室でテレビを見ていた。

 一夏の特番で、内容は好意的なのだが――――――

 

「コレは、ちょっと拙いかなぁ」

 

 思わず呟いてしまう。

 どの番組でも、かなり過剰な評価をされているのだ。

 確かに単独戦闘能力は、それなりのレベルと言っていい。人当たりが良いのも事実だ。

 だが今回上手くいったのは、現場の人間が好意的だったからだ。

 決して、一夏の実力だけで上手くいった訳ではない。

 それを全て一夏の実力であるかのように言われてしまうのは、決して本人の為にならないだろう。

 どうするべきだろうか?

 そんな事を思っていると、カラードの制服(マブラヴの国連軍C型軍装)に身を包んだセシリアが入ってきた。

 将来No.2の座が約束されている彼女は、時折手伝いに来ているのだ。

 

「失礼しま――――――どうしたのですか?」

 

 頬杖をついて悩み顔の晶を見て、彼女が首を傾げた。

 

「いや、ちょっと一夏のことでな」

 

 テレビを見た彼女は、すぐに何について考えているのか分かったようだった。

 

「ああ、なるほど。これでしたら、放っておいても良いと思いますわ」

「理由は?」

「本人がこそばゆくて嫌だ、と言っていましたので。大体貴方の教えを受けて、あの程度で増長できるなら見てみたいものですわ」

「そんなものか?」

「そんなものです。デブリーフィングもしたのでしょう?」

「ああ。本人も色々と、反省点があったと理解していた」

「ならやはり、自主性に任せていいかと。あとは………そういえば一夏さん、今回はカラードの無人機を使われたとか」

「白式って拡張領域(パススロット)が使えなくて、汎用性皆無だからな。本人が色々と考えたみたいだ」

「今後も使いそうですか?」

「便利だったと言ってたから、多分使うだろう」

「でしたら今後は、第2世代パワードスーツを使わせては如何ですか。売り込み、来ているんでしょう?」

 

 晶は手元のコンソールを操作して、セシリアの前に複数の空間ウインドウを展開した。

 表示されている内容は、いずれもパワードスーツの性能とセールスポイントが簡潔に書かれた説明文だ。

 そして売り込み元は、アメリカの巨大軍需企業であるロックウィード・マーディン社とノースロック・グラナン社。ロシアでの兵器製造の大元、ミコヤム・グルビッチ設計局とスフォーニ設計局等々。軍需企業の頂点に君臨する、有名どころが揃っていた。

 しかも売り込まれている機体の性能は、第1世代機である“撃震(F-4)”や“ミラージュ《F-5》”とは比べ物にならない。

 最高速度で実に2倍の200kmオーバー。反応速度、運動性能共に約4割増し。軽量化の為に物理装甲は薄くなっているが、対人兵器程度ならば十二分に耐えられる強度だ。

 勿論これでも、ISから見れば赤子と変わらない。だが荷物持ちや偵察用機材と割り切るなら、今回の一件のように使い道は色々あるだろう。

 

「こんな感じで来ているけど、迷ってる」

「性能的に、という意味ですか?」

「それもあるけど、一夏に使わせるって事は広告塔として使う事を認めるも同じだ。あいつを他企業のヒモ付きにはしたくない」

「ああ。なるほど。それでしたら束博士に頼んで新しく――――――いえ、それはダメですわね。こんな事であの人の手を煩わせては、怒られてしまいます」

「一夏の為なら作りそうな気もするけど、確かにそれは最終手段にしたいな」

 

 ここで晶は暫し考えてから、口を開いた。

 

「如月重工に頼むか」

「何をですか?」

「一夏が使う無人機を、F-4をベースに作って欲しいって依頼する」

「F-4ベース? 性能的に大丈夫なのですか?」

 

 普通に考えれば、最初期の機体と今現在各企業が必死に開発している第2世代機とでは、性能差があって当然だ。だが晶も、考え無しに言った訳ではない。

 

「これを見てくれ」

 

 セシリアの眼前に、新たな空間ウインドウが展開された。

 一見するとF-4の設計図に見えるが………。

 

「これは?」

「以前ドイツの黒ウサギ隊に、F-4の改修プランを渡した事があってね。その設計図。性能的には、今各企業が開発中の第2世代機と同等レベルだ。ただこれ、まだちょっと弄る余地が残っていてね。如月にはそのちょっとの部分をお願いしようと思う」

 

 なお現在、改修型F-4を運用している黒ウサギ隊は、黒い悪魔としてテロリスト共に恐れられていた。何せF-4が元々持っている高耐久力に加え、準第2世代機クラスの機動力だ。そして仮にパワードスーツの攻撃を凌げたとしても、ISという後詰めがいる。狙われたが最後、というやつだ。

 

 ―――閑話休題。

 

「なるほど。他と比較しても、一夏さんに使わせるに足る性能、という訳ですわね」

「だろ」

「でも依頼という事は、報酬が必要ですわね。どのくらいお支払いするつもりですか?」

「ん~。どのくらいが適正かな? 開発部署全体で2000万円くらいでいいか。人数で割れば、そこそこのボーナス扱いになるだろう」

 

 ものすごーくどんぶり勘定である。

 そしてここで、例えば経理の人間なら「もっと値切れます!!」とか言ったかもしれない。しかしこの場にいるのは、お金持ちお嬢様のセシリアだ。考え方が、反対方向に突っ走っていた。

 

「晶さん。お金は飴と一緒です。そして飴は鞭と一緒に見せた方が効果的ですわ」

「というと?」

「納期にボーナスを付けて、キリキリ働かせましょう。1ヵ月以内に仕上げたら報酬50%アップ。2ヵ月で25%アップ。3ヵ月以上かかったらボーナス無しというのはいかがですか?」

「なるほど。早く完成した方が良いし、それでいくか」

 

 如月重工パワードスーツ開発部門のデスマーチ残業が決定した瞬間だった。

 何せ“天才”束博士が書いた改修プランに更なる改修を施して、限界性能を発揮させろというのだ。

 下手な仕事など出来る訳がない。

 同時に、技術を偏愛する彼と彼女ら(変態集団)にとって、この依頼はある種のご褒美であった。無駄のない計算されつくした設計図というのは、技術者にとってはエロ本と同じなのだ。隅から隅まで舐めるように見回し、使われている技術にちょっとだけ(?)はぁはぁして、自分の技術として取り込むチャンスとなれば、変態集団のネジが数本飛んでしまうのも仕方がないだろう。

 方向性は多少違うがある意味同類の晶は、そんな現場の状況を想像しつつ、如月に依頼メールを送ったのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そして如月重工パワードスーツ開発部門の人間は、届いた依頼メールを見て狂喜乱舞していた。

 

 ――――――依頼内容――――――

 

 依頼主:カラード

  織斑一夏のミッションに随伴させる無人機の製作を依頼します。

  早急に準備したいため、今回は改修型F-4をベースとして下さい。

  また織斑一夏の個人使用を前提としているため、生産性・コスト共に

  考慮する必要はありません。

  開発費用は全てこちらで負担し、報酬は別途お支払い致します。

 

 成功報酬

  開発部門に2000万円。

  分配は職員でご自由に。

  

 備考1

  要求仕様は特にありませんが、ISのミッションに同行させる機体であるため、

  ある程度の汎用性が要求される点を考慮して下さい。

 

 備考2

  依頼開始から1ヵ月以内の納品で報酬50%アップ。

  2ヵ月で25%アップ。3ヵ月でボーナス無しとなります。

 

 備考3

  情報漏れの可能性を考慮し、改修型F-4の設計図は後日直接お持ち致します。

  性能概要については添付資料をご参照下さい。

  

  疑問点などがありましたら、カラードにまでお問い合わせ下さい。

  以上となります。

  

 ――――――依頼内容――――――

 

「「「「「ふ、ふふ、ふふふふふふふふふふ」」」」」

 

 開発室から響き渡る不気味な笑い声。

 技術を偏愛する変態集団にとって、この依頼はまさしくご褒美であった。

 何せ内容を言い換えれば、F-4の形をしていて納期さえ守れば何をしてもいいよ、である。

 日頃コストや生産性といったくだらない問題の為に、量産機には搭載できなかったアレやらコレやらを幾らでも搭載して良いということなのだ。

 しかも改修型F-4という事は、噂に聞こえてくる黒ウサギ隊配備のスペシャルVerの可能性が高い(現時点で如月に、黒ウサギ隊仕様の話は知らされていない)。

 そんな機体を自由に弄っていいなど、燃えないはずがないだろう。

 技術者達が口々に喋りはじめる。

 

「俺達のツボを分かってる依頼だな」

「ああ。流石はウチの開発主任(竹下健次郎)(※1)と話の合う変態だ」

「マジで。そんなにメカフェチなの?」

「聞いた話じゃ、試作機も新型機も量産機も等しく愛する重度のメカオタらしい」

「うっわぁ。本当に同類なんだぁ」

「何せガンヘッドを見てロマンがあるって言って、しかもその場で、フルオプション装備で買った人だからな。あとこの前来た時なんて、主任と量産機の機能美について語り合ってたぞ」

「なんでお前そんな事知ってるんだよ」

「お茶出しに行って、そのまま話に混じったからな」

「お前仕事しろよ!!」

 

 こんなノリで始まった一夏の随伴無人機製作は、空恐ろしい勢いで進んでいった。

 何せ好きなようにして良いのだ。

 日頃温めていたアイデアをこれでもかと詰め込む事ができる。

 技術者として、こんなに楽しい事はないだろう。

 結果、僅か4週間という短い期間での納品となった。

 型式番号はF-4J改“瑞鶴”。

 ノーマルのF-4に比べて20%以上の重量軽減に成功しながら、耐久力は据え置きという機体に仕上げられていた。また重量軽減の恩恵は運動性や機動性にも現れ、かつ関節パーツや跳躍ユニットの改良により、現在開発中の第2世代パワードスーツと同等レベルにまで高められていた。“技術の如月”の名に恥じない逸品と言えるだろう。

 そしてこのF-4J改“瑞鶴”の製作が、後の“不知火”開発に生きていくのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時間は、少し遡る。

 一夏から引き継いだミッションを無事終了させた晶は、国際IS委員会に連絡を取っていた。

 相手は、クソじじい(IS委員会議長殿)だ。

 

『お久しぶりです』

『おお、お主か。久しぶりじゃな。で、何の要件なんじゃ?』

『予想はついているでしょう』

『まぁな。というかまた厄介事を持ち込みおって』

『じゃあ手に入れたISコア、他に売り払っていいですか?』

『やったらカラードにガサ入れ出来ると、色々なところが喜ぶじゃろうな』

『だから貴方に連絡したんです。というか早く渡したいので、回収要員を寄越して下さい』

『ん~、それなんじゃが、そっちで預かっててくれんかのぅ』

『嫌です』

 

 晶は即答したが、クソじじい(IS委員会議長殿)はその言葉をサラッと無視して続けた。

 

『いやな、保管の手間を考えたら、お主のところにある方が安全かなぁ~と思っての』

『コアの管轄はIS委員会でしょう』

『そうじゃよ。だからコアが間違いなく保管されていると、確認する為の人員を送ろうと思っておるよ』

『いや、回収要員でしょう?』

『いいや。確認要員じゃ』

『回収までが、仕事ですよね?』

『ぶっちゃけコアが悪用されないんであれば、何処で保管してても問題無いわい。大体、色々な手続きが終わるまでISコアを安全に保管するとなると、手間暇お金バカにならん。信用できる人間が回収したなら、そのまま預けてても問題あるまい』

『信用って………それは貴方の個人的な意見であって、委員会の総意ではないでしょう』

『分かった。じゃあ明日の委員会で議題に上げてみよう。まぁ、結果は見えておるがな』

 

 クソじじい(IS委員会議長殿)は特に根回ししていなかったが、自信満々に断言した。

 一体何処の誰が、カラードからISコアを強奪できるというのか。

 反対する輩もいるだろうが、反対するならより確実で安全安心な案を出してもらうだけのこと。

 IS委員会が自前で警備するよりも、このまま預かってもらった方が安全だろう。加えてコスト的にも遥かにいい。

 

『………分かりました。明日の会議結果を待ちましょう。後もう一つ。捕らえたパイロット2人の処遇です』

『それもそっちにお願いしたんじゃが』

『それは、断固拒否します』

『前の3人はしっかり更生させたではないか。なら今回も、と思うのじゃが』

『あの3人にはそれなりに手間暇かけましたし、今も掛けています。だから増えたところで見きれませんし、見る気もありません』

『そうか。では捕らえた2人は、特例なしでの処理じゃな』

 

 これで、捕らえられた2人の運命は決まった。

 長い長い取り調べを受けた後、刑務所送りになるだろう。

 ISパイロットというエリートから一転、罪人扱いだ。碌な未来が待っていないだろう事は、確実であった。

 そしてここで話が終われば、後の晶の気苦労も無かったのだが………。

 

『あ、そうじゃ、1つ言っておくことがあったんじゃ』

『何ですか?』

『今度IS学園に視察に行くから、よろしくの』

『視察目的は何でしょうか?』

 

 絶対碌でもない理由だと思いながら、晶は尋ねてみた。

 

『最近IS学園は、何かと話題に事欠かないからのぅ。IS業界の未来を担う大事な人材を育てている場所でもあるし、一度現場を見ておこうと思っての』

『学園から報告は上がっているでしょう』

『報告書だけでは分からん事もあるじゃろう』

『100%建前ですよね、それ』

『100%本音じゃよ』

『嘘くせぇ』

『本当じゃって。ああ、じゃが学園は随分広いから、誰か案内を付けて欲しいところじゃな』

『誰か先生が付くでしょう』

『ワシとしては生徒の生の声も聴きたいので、生徒に案内して欲しいなぁ~と思っておるんじゃよ』

『IS委員会議長殿が案内役を求めていると知れば、熱心な生徒が幾らでも立候補してくれると思いますよ』

『分かっておらんなぁ。薙原くん。ワシ、IS業界ではとっっっっても偉い人。普通の生徒ではガチガチに緊張してしまって生の声など聞けんよ』

『なら視察を諦めてはどうですか』

『ワシ、仕事熱心じゃからやると決めた事はやるんじゃ。で、先日デュノアの社長とちょっと話したんじゃが、1年生に相手の立場に動じない凄い子がいると聞いての』

 

 晶はちょっと嫌な予感がした。

 

『クロエ・クロニクル。お主が引き取った子の入学式での話、色々聞かせてもらったぞい。彼女に案内して欲しいなぁ~と思っておるんじゃが』

『駄目です。って言うか、まだ諦めてなかったんですか』

『老人のささやかな夢を叶えてくれても良いじゃろうに』

 

 晶は以前、このクソじじい(IS委員会議長殿)の愚痴に付き合った事があった。なんでも孫娘が女尊男卑の風習に染まってしまい、妙に尊大でお金をせびりに来るらしい。そんな可愛くない孫娘より、クロエに「おじ様」とか「おじいちゃん大好き」とか言われながら、お小遣いを渡したいと言っていた。

 絵面的に売春なので止めさせたのだが………今度はコレだ。

 

『俺の引き取った子が、貴方の案内をする。クロエが色々と邪推されるには十分な理由だ。あいつの周囲を騒がしくしたくない』

『ものは考えようじゃぞ。お主が引き取ったというだけで注目の対象なのじゃ。なら防壁として使えるコネクションがあっても良いと思うのじゃがな』

『防壁が厄介ごとを吸い寄せてれば世話ないと思いますが』

『吸い寄せる以上に跳ね除ければ問題あるまい』

『な~んか、下心があるように見えるんですけど』

『あるに決まっておるだろう。正統派清楚系銀髪美少女が、おじ様と言って懐いてくれるんじゃぞ。こんなに嬉しい事はない。ついでにお主とのコネクションも強化出来るが、そっちはオマケじゃな』

『懐かれるまでにクリアしなきゃならないハードルは、とても多いと思いますよ』

『お主、邪魔する気満々じゃな?』

『気のせいです。そんな事はこれっぽっちも、欠片も、1ミリメートルたりとも考えてませんよ。ただ誰かの身に、不幸な事故が起きるかもしれないってだけで』

『殺る気か? 受けて立つぞい』

『どんだけおじ様って呼ばれたいんですか』

『ものすごーくに決まっておるじゃろう。大体来る度に、第一声がじいちゃんお金ちょうだいじゃぞ。可愛くないわい。最近はチャラい男の影もあるようじゃし』

『ご愁傷様です。でもクロエはダメです』

『いやじゃ。正統派清楚系銀髪美少女に、おじ様って言われたいんじゃ』

 

 晶はふか~いため息をついた後、返答した。

 

『分かりました』

『おお!! 分かってくれたか!!』

『本人に変態じじいが行くけど、絶対近づくなと言っておきます』

『酷くないかの!!』

『俺はあの子の保護者です』

『分かった分かった。おじ様は諦めるから、本当に学園案内だけでも頼めないかの』

『他の人間を当たって下さい』

 

 ここで晶はハッキリと断った。

 交渉の達人であるクソじじい(IS委員会議長殿)相手に、下手な欲を出して駆け引きなどするべきでは無い。ハッキリと断るのが一番良いと考えたからだ。

 後はクロエに事情を話して、近付かないようにすれば完璧だろう。

 そう思ったのだが、これが逆効果だった。

 何故ならクロエがIS学園に来た理由は――――――。

 

 

 

 ※1:竹下健次郎(オリキャラ)

  如月第一技術開発部主任。

  初老の老人で、スーツよりも白衣が似合う、如何にも技術畑一本道という感じの人。

  更識楯無の部下でもある。

  第80話 展示会にて登場。

 

 

 

 第141話に続く

 

 

 




一夏くん。忠実な部下候補一名GETです。
そしてクロエちゃん。彼女は晶くんの意図は十二分に理解しているのですが………というヤツですな。

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