インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回は少し早くUPする事が出来ました。
そして今回はシャルロット回!!

と見せかけて――――――。


第125話 平穏な臨海学校(前編)

 

 IS学園臨海学校。

 何処までも広がる青い海と空の元、学園では行えないような各種装備試験を行う授業だ。

 そして例年通りなら、このイベントで忙しいのは主に専用機持ちだけだった。

 学園外へのIS持ち出しが厳しく制限されていた為、一般生徒にまで各種装備試験を行わせる事が出来なかったのだ。

 だが、今年は違う。

 昨年の1年生(現2年生)が色々活躍してくれたお陰で、学園外にISを持ち出せる環境が整ったのだ。

 この為IS学園は、学園保有ISの実に1/3という大量のISを持ち出し、臨海学校を行うことを決定していた。昨今の世界情勢を鑑み、パイロットやメカニックの育成を最優先としたためだ。

 また昨年までは2泊3日で予定が組まれていたが、今年から3泊4日となった辺り、学園側の力の入れようが伺える。

 しかし幾ら力を入れたとは言っても、全ての生徒が同時にISを扱える訳ではない。

 どうしても順番待ちの生徒が出てしまう。

 なので手の空いている面々は、貸し切り状態のビーチでバカンスを楽しんでいた――――――のだが、そんな中でふくれっ面の美少女が1人。

 シャルロット・デュノアだ。

 彼女は常に晶の傍らにいる専用機持ちの1人で、今や世界に名だたる大企業デュノアの社長令嬢でもある。

 そんな彼女が不機嫌な理由は、自身の専用機、ラファール・フォーミュラ(※1)にあった。

 この機体は高い基本性能を持つ本体に、各種オプションパーツを装着する事であらゆる状況に対応する、というコンセプトで開発されている。

 そしてこの臨海学校の名目は、“各種装備試験”だ。

 社長令嬢に日頃の頑張りを見て貰おうと全力をちょっと振り切ったデュノア技術陣が、これでもかと試験用装備を送り込んできたのだ。

 

 ―――つまり彼女に、バカンスを行う暇などない。

 

 せっかく新しい水着を買って、彼氏()と甘々な時間を過ごそうと画策していた彼女にとって、自社の頑張りは(良い事なのだが)ちょっとばかり時と場合を考えて欲しかった。

 

「はぁ………落ち込んでても仕方がないや。会社の皆が頑張って作ってくれたんだし、ちゃんとやらなきゃ」

 

 浜辺に大量に送り付けられたコンテナ群の前で、1人気合を入れるシャルロット。

 可愛い握り拳を作ってまで気合を入れている辺り、どれだけテンションが低かったのか分かるだろう。

 そんな彼女に、後ろから声が掛けられた。

 

「これはまた、凄い量だな。手伝える事ってあるかな?」

「え、あれ? どうして此処に?」

 

 振り向けば、そこには晶がいた。

 先程までクラスメイトに囲まれていたはずだが………?

 

「機体コンセプト的に、結構な量が送られてくるだろうと思って見に来た。そしたら案の定だ。1人で装備試験やるのは大変だろう」

「い、いいの!? あ、でも晶は今回何も無くて、久しぶりの休暇みたいなものでしょう? やっぱり悪いから、ダメ。晶は手伝っちゃダメ」

「機密保持に引っかかるなら諦めるけど、そうじゃないなら、駄目かな?」

「晶なら機密については大丈夫だけど、皆から色々誘われてなかった?」

「確かに色々誘ってくれるし、それは嬉しいんだけどね。俺が手伝いたいと思ったのはお前だよ」

 

 シャルロットの頬が、思わず緩む。

 こんな事を言われて嬉しくない女の子はいないだろう。

 

「本当に、いいの?」

「構わないって。送られてきたのはどんなパーツ?」

「水中用のマリン(M)タイプに、迎撃用のインターセプト(I)タイプだよ」

「デュノア技術陣、頑張ったなぁ。この短期間で2タイプか」

「うん。本当に頑張ったと思う」

 

 つい先ほどまで“時と場合を考えて欲しい”等と思っていたが、こういう展開なら悪くない。

 何せ企業の最新鋭装備が送られてくる装備試験は、非常に機密性が高い。このため余程の緊急事態を除き、近づいてはいけない決まりがあるのだ。

 つまり装備試験の最中は、晶を独占できるということ。

 

(ふふっ、お父さんに会社のみんな、沢山送ってくれてありがとう!!)

 

 先程まで限りなくゼロに近かったやる気メーターが急上昇し、今や限界突破寸前だ。

 今装備試験を行えば、さぞかし良いデータが取れるだろう。

 

「なら、早速始めようか」

「うん!!」

 

 こうしてシャルロットはルンルン気分で装備試験を始めたのだが、その光景を専用ISの高性能センサー群で、とおーーーーーーーーーーーーーくの海上から見ていた者が1人。

 常に晶の傍らにいる専用機持ちの1人で、イギリス名門貴族の当主でもあるセシリア・オルコットだ。

 そんな彼女の専用機は、ブルーティアーズ・レイストーム(※2)。

 元々使用していたブルーティアーズがセカンドシフトしたマシンで、その性能は一部ながら、第4世代機“紅椿”に勝るとも言われている。

 特に進化によって、偏向射撃(フレキシブル)機能が極限まで突き詰めた結果生まれた新武装、マルチロックオン精密誘導レーザーは強力な武装として知られていた。

 何せ彼女はこの力を使い、昨年度起きた“ダーティボム(汚い爆弾)未遂事件”の最終局面において、単機で旅団規模の軍勢を相手にし、誰一人死者を出す事なく撤退に追い込むという、奇跡を成し遂げて見せている。

 敵軍にISがいなかったとは言え、相手の武器のみを破壊する、という非常識極まりない方法でだ。

 また、ブルーティアーズ・レイストームはその外見的特徴から、“世界で最も美しいIS”とも言われていた。

 言うなれば、純白のドレスに蒼い鎧を纏った天使だろうか。

 セカンドシフトの際に各部装甲が大胆にシェイプアップされた事で、全体的に女性らしい曲面を持つ、流麗かつ優美な騎士甲冑のようになっているのだ。

 そして細部に目を向けると、既存のISとは一線を画すシルエットである事が良く分かる。

 まず四肢の装甲は他のISと異なり、生身の人間が使う防具と変わらないサイズにまで小型化されていた。次いで腰部装甲も、既存のISでは採用されていない、膝上まであるスカート状の装甲となっている。胸部装甲も、狙撃時に腕の動きを妨げないよう、必要最小限の範囲の胸当てとなっていた。

 これに背部にある一対二枚の純白の翼と、翼のように見える肩部非固定装備(アンロックユニット)、そして何より本人の容姿が加わる事で、“天使”というイメージが定着しつつあった。

 なお公式に呼ばれているものではないが、その実績と外見的イメージから一部熱狂的なファンの間では、“不殺のセシリア”や“蒼天の守護天使”などとも呼ばれているらしい。

 

 ―――閑話休題。

 

(全くシャルロットさんときたら、あんなに浮かれて。少しは淑女の嗜みというものを………)

 

 セシリアは内心で、形ばかりの注意を思い浮かべる。

 少し前までなら、2人きりでの装備試験というシチュエーションに、少し嫉妬してしまったかもしれない。

 だが今なら、その程度と思えてしまう。

 彼と彼女の関係は知っているが、自分も既に同じ位置にいるのだ。

 何を焦る必要があろうか?

 むしろ日本に別邸を買ったせいか、「主従揃って持て成せるこちらの方が有利では?」等と思えてしまうほど、心に余裕があった。

 

(まぁ、こちらはこちらで装備試験を行いましょうか)

 

 2人から視線を外し、“背後に控えている”新装備に目を向ける。

 当初の予定では、今回の臨海学校で試験するのは、IS用外付けブースター(VOB)だけのはずだった。

 だが直前になって、急遽届けられたのだ。

 そしてこの装備試験を本国が急いだ理由は、ブルーティアーズ・レイストームの歪な性能にあった。

 この機体はセカンドシフトの際に、少なくない欠点を抱え込んでしまっているのだ。

 1つは、桁外れのエネルギー効率とマルチロックオン精密誘導レーザーを実現させる為に、ブラックボックスの塊になってしまったということ。このため本体のデータ解析がまともに行えず、現時点では改良というのが見込めないのだ。

 1つは、進化の為に拡張領域(パススロット)が酷く圧迫されてしまい、元々用意されていた基本装備―――レーザーライフルやインターセプター(ショートブレード)、レスキューで使う応急処置用の小道具など―――以外は、殆どの装備を拡張領域(パススロット)に格納出来ないということ。機体の汎用性という意味では、大きなマイナスだろう(ビットはIS展開時に、初めから外装に装着されている)。

 1つは、セシリア専用機として進化した為に、彼女以外のパイロットでは、まともに性能を発揮出来ないということ。これは戦略兵器が個人の資質によって運用されるという、兵器としては致命的な欠陥だった。

 1つは、光学兵器での射撃戦に特化しているため、パワーアシスト機能が置き去りにされていること。純粋なパワー勝負となれば、下手をすれば第2世代ISにすら負けてしまうほどだ。勿論、殴り合いなど論外である。

 1つは、機動力重視で物理装甲が大胆にシェイプアップされている為、防御力がエネルギーシールドに大きく依存していること。エネルギー効率そのものは既存ISとは比較にならないほど良いのだが、他の機体であれば物理装甲で防げる程度の攻撃でも、エネルギーシールドを使わねばならないほどだ。防御力という点では、第3世代の標準以下でしかない。

 これら欠点に対してイギリス本国が出した答えは、身も蓋もない言い方をするなら「本体の改良が出来ないなら、オプション装備でどうにかしよう」であった。

 そうして本国側で様々な案が検討された結果、ブルーティアーズ・レイストームの強力な通信能力と、進化によって生まれた多目的オペレーションシステムを使い、無人機を運用する事で欠点をカバーする、という案が採用された。

 勿論、現在の技術力ではISの戦闘機動について行けるような物など、作る事は出来ない。だが純粋なウェポンキャリアーとして、或いはセシリアが、危険な場所に近づかなくて済むようにする為の作業用端末としてなら、実用に耐えうる物を作れるだろうという見込みがあったのだ。

 その結果が背後に控えている、3体の物言わぬ人形達である。

 

(でもこれ、余り美しくありませんわね)

 

 初めて見た時も思ったのだが、改めて見ても同じように思ってしまう。

 だがこれは、ある意味で仕方のない事であった。

 今回はシステム面での完成が急がれたため、外装は第1世代パワードスーツ“撃震”の物が流用されている上に、試験用のパーツがゴテゴテと増設されているのだ。見栄えなど、遥か彼方に置き去りである。

 しかし本国としても、そのままにしておくつもりは無かった。

 何せセシリアとブルーティアーズ・レイストームの組み合わせは、“天使”と言われる程に見栄えが良い。その近くに置く機体なら、外見にも気を使わねば国の威信に関わる。このため将来的には、現在開発中の第2世代パワードスーツをベースとした、カスタムタイプが使われる予定となっていた。

 

(まぁプロトタイプですし、将来的には外装にも気を使ってくれるという事ですし、今は気にしなくても良いでしょう)

 

 そう思い試験を始めようとした矢先、ハイパーセンサーが僅かな違和感を捉えた。

 手を伸ばせば触れられるほどの、超至近距離で。しかも背後に。

 

 ―――ゾクリ。

 

 背筋を駆け抜ける悪寒。

 瞬間、セシリアは行動を起こしていた。

 イグニッションブースト(瞬時加速)で瞬時にその場から離脱。刹那、なびいた髪先に何かが触れた。否、毛先が切断され、数本が宙に舞った。

 だが、未だ姿は見えない。

 彼女の決断は早かった。

 加速状態から乱数回避を取り全力で回避機動を行いつつ、ロックオンレーザーを後方に向けて連続発射。弾幕にして仮想敵機の前進を防ぎつつビットを展開。同時に、右手にレーザーライフルをコール(呼び出し)。振り向きざまに、違和感を感じたポイントに連続射撃を行う。

 “不殺”を願った者とは思えないほど、情け容赦ない攻撃だ。

 だが彼女は既に、理想と現実の折り合いを付けていた。

 以前、()と交わした言葉が思い出される。

 

「覚悟しておけ。単体戦略兵器たるお前を墜とせるなら、あらゆる手段が使われるだろう。お前の不殺に付け込むゲスも必ず出て来る。そんな時は、どうする?」

 

 その時、彼女はこう答えた。

 

「理想と現実は違う。分かっているつもりです。ですから、警告は1回だけ。武器を穿たれて、それでも尚向かってくる相手に、何を手加減する必要がありましょうか? 己の命をかけて向かってくるなら、それは全力を持って戦うに値する敵と判断致しますわ」

 

 この敵に、警告は行っていない。

 しかし優れたセンサー系を持つ、このブルーティアーズ・レイストームの索敵を掻い潜っての奇襲だ。

 全力を持って戦うに値する敵、と判断するには十分だった。

 

(ですがこれは、拙いですわね)

 

 先程からセンサー系を全開にしているのだが、当たった反応も、爆発した反応も、何も無いのだ。

 

(つまり向こうの隠密能力は、こちらの索敵能力を上回る?)

 

 背筋を、冷たい汗が流れ落ちる。

 しかしセシリアは焦らなかった。

 

(………絶望的状況なんて、学園で幾らでもやっていますもの。敵機が直接把握できない状況も!!)

 

 正体不明の敵機が、どこにいるか分からない。

 ブルーティアーズ・レイストームの索敵能力を持ってすら発見できない。

 故に彼女は、別の手段で見つける事にした。

 

(問題は襲撃者が、その時間を私に与えてくれるか………ですわね)

 

 数瞬の迷い。だが迷い過ぎはしなかった。

 幾ら迷ったところで、圧倒的不利な状況は変わらないのだ。

 そしてここでの撤退は、学園の皆を危険に晒す可能性もある。

 襲撃者の姿くらい押さえなくては、今後警戒さえできない。

 数秒で決断した彼女は、まず海面スレスレまでブーストダイブ。

 海水という圧倒的質量物を下面にする事で、下方からの奇襲を防ぐ盾とする。

 海中型のISが潜んでいる可能性もあったが、敵そのものは察知できなくても、海水の動きを観測していけば、接近物の有無程度は判別できる。

 そしてこれから行う事は、その応用だ。

 精密観測が必要故に、機体をその場に固定。

 この間無防備になるが、これは賭けだった。

 こちらの観測が早いか、向こうがこちらの意図に気付くのが早いか。

 

 ――――――この行動に、襲撃者はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 セシリアは観測対象を、周囲の水分子や空気の流れに変更する。

 この方法なら例え姿や電磁波の類は完全に消せたとしても、“元々そこにあった物体(水蒸気や空気)”が“別の物体(襲撃者)”によって押し退けられた、不自然な動きを観測できるはず。

 彼女は脳内に流れ込む大量のデータを、極限まで集中して違和感が無いか探っていく。

 だがその行いが、実を結ぶ事は無かった。

 コアネットワークで、聞き慣れてはいないが、忘れられない声が聞えてきたのだ。

 

(ん~。いいねぇ。まさか気付いただけじゃなくって、ここまで対応してのけるなんて)

(えっ………この声、もしかして、束博士でしょうか?)

(そうだよ。セシリア・オルコット)

(な、何故、こちらに?)

(勿論、晶とちーちゃんに会うためさ。で、君にちょっかいを出したのは、そのついで。でも君、凡人としては見どころあるね。あのレベルの偽装に気付くなんて。どうして気付けたの?)

(気付けたと言うほど、確実なものは有りませんでしたわ。ただ、日頃の訓練の成果としか。だってあの人()ったら、まともに捕捉出来ない敵機への対応とか、訓練に普通に入れてくるんですもの)

(あー、うん。やるだろうね。晶なら)

 

 何故なら晶自身も、ほぼ同じシチュエーションの訓練を行っているのだ。尤もその時の相手は、“ナインボール・セラフ Ver.NEXT”や“IBIS Ver.NEXT”という、並のリンクスやレイヴンが聞いたら逃げ出したくなるような、狂気の産物であるのだが。

 

(ところで、1つ聞いてもよろしいでしょうか?)

(何かな?)

(今の私に、束博士の興味を引くようなものがあるのですか?)

 

 純粋な疑問だった。

 確かにセカンドシフトしている、という意味では興味を引くだろう。

 だがあそこまでするからには、それ相応の理由があるはず………と思っての質問だった。

 

(興味というか、近くを通りかかったからついでに試した、が正しいかな)

(試した?)

(ブルーティアーズを進化させた君の願いは尊いと思うけど、それに縛られてまともに動けないようなら、足手まといと変わらない。だから、試したの。事前情報無しの完全奇襲を仕掛けて来た相手に、どんな対応を取るか)

(………私は、貴女の御眼鏡に適いましたか?)

(一応は合格かな。セカンドシフトして、色々持ち上げられて――――――)

 

 セシリアは、続きの言葉を口にした。

 

(―――何でも出来ると思い上がっている、と思いましたか?)

(うん)

(1年前だったら、そうだったかもしれません。ですがセカンドシフトして、最近思うようになった事がありますわ)

(へぇ、何を思ったんだい?)

(束博士と晶さんが、どれほどの綱渡りの上に今を築き上げたか、という事ですわ)

 

 少々意外な言葉に、束は黙って先を促した。

 

(だって私、願いを叶えて力を手に入れた結果、本国で疎まれてしまいましたもの。私でこれなのですから、世界最高の頭脳と武力のコンビが、どれほどの難敵を相手にしてきたのかなど、想像も出来ませんわ)

(………意外に、ものを良く見ているんだね)

(周囲を見なくては、貴族社会では生きていけませんから)

 

 セシリアの視線が、先程試験を行おうとしていた無人機へと向けられる。

 束は、口を挟まなかった。

 

(………アレは、この機体の欠点を補う為に作られた無人機。おかしいでしょう? セカンドシフトマシンの随伴機が、無人機ですよ。この機体の欠点を本気で補う気なら、前衛型のISとパイロットを用意するべきでしょう。なのに本国が用意したのは、無人の兵隊さん。多分本国は、私に人脈を作って欲しくないんでしょうね)

 

 その通りであった。

 今回の装備試験に際し行われた説明など、表向きの建て前でしかない。

 セシリアは、余りにも眩し過ぎるのだ。

 類稀なる容姿、ISパイロットとしての実力、セカンドシフトしている専用機、家の資金力、英雄としての名声、これに人脈など加わったりしたら、本国の権力者連中にとっては邪魔以外の何ものでもない。

 しかし今のセシリアを冷遇するのは、余りにも体面が悪い。

 故に生まれたのが、無人機計画だった。

 今回は試験のため3機しか送られてこなかったが、正式配備となればセシリアの元に大隊規模、或いはそれ以上の数が配備される。

 これなら英雄に必要な装備を与えていると体面を保ちつつ、人的接触は必要最小限。加えて無人機なら、都合が悪くなればマスターコード1つで簡単に黙らせる事ができる。もっと悪い使い方をするなら、24時間体制でセシリアを監視できるのだ。

 

(ふぅん)

 

 短い相槌。

 この時、束の脳裏を過ったのは過去だった。

 ISを発表した後、世界から隠れた日。

 宇宙への夢が汚された日。

 有象無象の輩共の嫉妬。

 浪費する事しか考えない凡人共。

 それらが合わさり、黒い感情となって胸中に渦巻く。

 だからかもしれない。

 気付けば、口を開いていた。

 

(ねぇ、セシリア・オルコット)

(何でしょうか?)

(君、こちら側に来るかい?)

(そちら側?)

(今の君は、実力と名声はあっても、凡人共に都合良く使われる立場さ。都合が悪くなれば、切り捨てられる。いや、骨の髄まで搾り取られる、かな)

 

 セシリアは反論出来なかった。

 幼くして名門貴族の当主となり、有象無象の輩から家の資産を護り抜いた彼女にとっては、当然のように予想出来る未来の1つだ。それもかなり確率の高い。

 だが己の才覚のみで現状を覆せるかと言われれば、それは否だった。

 皮肉な事に、セカンドシフトマシンの専属パイロットという事実が、彼女の行動に制限をかけてしまうのだ。

 絶大な力を持つが故に、本国の意向には忠実である事が求められる。

 もし反抗の意志あり等と判断されたら、国家権力による制裁が待っているだろう。

 そして何が良くて、何が悪いかを決めるのは、本国にいる連中だ。

 決して、こちら側に主導権は来ない。究極のマッチポンプだ。

 無言の返答に、束は続ける。

 

(君にその気があるのなら、学園卒業後にカラード副社長(No.2)の椅子を用意しよう。どうかな?)

 

 一瞬セシリアは、何を言われたのか分からなかった。

 カラード副社長と言ったのだろうか?

 同時に、彼女の冷静な部分が分析を始める。相手のメリットとデメリットは? 幾つもの可能性が脳裏を過るが、どれも自信をもって断言できるようなものではない。

 なので、素直に尋ねてみた。

 

(何故、とお伺いしても良いでしょうか? 貴女から見れば、私など只の小娘でしょう。セカンドシフトという点で注目を集めているかもしれませんが、それが貴女にとって決定的な理由になっているとは考えづらい。ましてカラードの副社長ともなれば、恐らく政治的なセンスも要求されるでしょう。私のような若輩者を迎える理由が思い当たりません)

(簡単だよ。私が君という人間の行く末に興味を持った。そして卒業後なら、その地位でも問題無いと判断した。それだけのことだよ)

 

 普通の凡人ならこの言葉に喜び、すぐに肯いてしまっただろう。

 しかし彼女は、普通の凡人ではなかった。デキる凡人なのだ。

 解決すべき問題を解決しなくては、肯けない。

 

(お褒めの言葉、ありがとうございます。ですがそれには1つ問題が)

(何かな?)

(私の身柄に関する権利は、本国がしっかりと握っております。そこを蔑ろにしては、逆に迷惑を掛けかねません)

(ああ、そんなこと。今後君の扱いに関して、イギリスなんぞに口出しはさせない。取り引きが必要というなら、ISコアの2つ3つくらいはあげてもいい。その程度の価値は、認めているんだよ。セシリア・オルコット)

 

 破格の条件と言えた。

 だがこれでも、セシリアはすぐには肯かなかった。

 家臣の安全確保も、主の大事な役目なのだから。

 

(もう1つ。これはお願いなのですが、チェルシーについてもご配慮いただけないでしょうか)

(いいよ。君が君である為には、必要な人間だもんね)

 

 この取り引きが公にされる事は無かった。

 ただイギリスの権力者階級において、彼女の扱いは、決して口を出してはいけない不可侵領域とされた。

 それだけの事である。

 

(ありがとうございます。これで安心して、そちら側に行けますわ。――――――しかし博士は、どこにいらっしゃるのですか? ここまでして頂いて、顔も見ずにお礼をするのは非礼かと)

(ふむ。姿を現す気は無かったけど、まぁいいか)

 

 直後、センサー系が反応。前方数メートルの空間が歪み、虚空から博士が現れる。

 服装は、いつものウサミミエプロンドレス。

 特殊な装備を身に着けているようには見えない。

 なのに博士は、まるでここが地上であるかのように、足場の無い空中に佇んでいた。

 これに加え、この距離で行動を直前まで察知させなかったステルス能力。

 世界最高の頭脳の名に恥じない、卓越した技術力だった。

 しかも背後には、見知らぬ蒼い機体が控えている。恐らくアレが、先程の攻撃者だろう。

 だがセシリアは、興味を満足させるより先に、お礼を述べる事にした。

 

「まずは感謝を。私と私の家臣の身を案じて頂き、ありがとうございました」

「別に良いよ。君という人間には期待している。くれぐれも、有象無象の凡人・俗人には堕ちないようにね」

「心しておきますわ」

 

 この言葉を胸に刻んだセシリア・オルコットは、後にカラード不動のNo.2として、戦場に君臨する事になる。

 また名門貴族の当主でもある彼女は、建て前と名声、実益の扱いに長けていた。

 同じく未来の話ではあるが、母国に名声を与えつつ、莫大な実益をカラードにもたらすようになったのだ。

 かつて自身がされたように、名声という餌で言う事をきかせ、実利を頂く。現在の命令される立場から、立ち位置を180度変える事に成功していたのだった。

 

 ―――閑話休題。

 

 セシリアとしては、博士の用件はこれで終わりだと思っていた。が、そうではなかった。まだ最後の一手が残っていたのだ。セシリアを抱え込む為の最後の一手。今後、本国が関与できる要因を断ち切る為の一手だ。

 束は、“天災”らしい傲慢さを持って口を開いた。

 

「あとね。私と晶の部下に、そんな不細工な人形は必要無いと思うんだ」

 

 セシリアを攻撃した際、全く反応出来なかった木偶人形(無人機)共に視線を向ける。そして彼女の言葉を待たず、決定事項を告げた。

 

「こちらで、君に相応しい人形を用意してあげる。そんな鉄屑は必要無い」

 

 束の意志を汲み取った蒼い機体――― パルヴァライザー ―――がユラリと動き、木偶人形(無人機)を両腕のブレードで両断する。次いで残骸となった無人機が海に落ちる前に、エネルギーマシンガンで木っ端微塵に粉砕していく。

 

「は、博士? いったい何を?」

 

 セシリアの尤もな疑問に、束は酷く冷めた表情で答えた。

 

「もしかしたら気付いていたかもしれないけど、あの無人機は君に対する首輪だよ」

「薄々は。ですが、何も壊さなくても………」

 

 国の備品を壊すという事は、それだけで厄介事の種なのだ。だが常識人であるセシリアと“天災”では、そもそもの考え方が違っていた。

 

「何を言っているんだい? やるならキッチリやっておかないと。私は君を引き抜くんだよ。引き抜いた人間に、こんな余計な物が付いているなんて許せないし、この装備を口実に干渉されるのも嫌だ。だから、こんな装備は要らないって行動で示しておくのさ。そして全く同じコンセプトで、遥かに優れた装備をあげる。これで君の本国も、装備を口実に口を挟めなくなる。大体、私の攻撃に全く反応出来てなかったじゃないか。そんな物、ハッキングで無力化された疑い有りで、怖くて使えないでしょう? それどころか君を監視、あわよくば亡き者にする為の小道具にされた疑いすらある。そんな欠陥品、処分されても仕方がないと思うんだ」

 

 束はニヤリと笑みを浮かべ、まるでそれが真実であるかのように言い放つ。

 いや“あるかのように”ではないのだろう。

 博士がこのシナリオを考えた時点で、それは誰にも口を挟めない真実なのだ。

 セシリアは、少しばかり表情を引きつらせながら尋ねた。

 

「な、なるほど。ところで、その、相応しい人形というのは?」

 

 返事の代わりに、圧縮データが送られてきた。すぐに解凍して中身を確認すると、簡単な図面と機体スペックが載っていた。

 

「これは………あの、冗談ではありませんよね?」

「勿論。大体ね、先に世に出したタイプ(撃震)は、設計の基本的な考え方として作業用なんだ。それなりの性能を持たせているのは、少しの改造で宇宙空間にも対応できるようにするため。でも過酷な環境で長期間・故障無く扱えるように、そして可能な限りメンテナンスを簡単にする為に、性能を結構犠牲にしているんだよ」

 

 セシリアはもう一度、送られてきたデータに目を向けた。

 

「それでは、コレは………」

「ある程度のメンテナンス環境が整っている事を前提とした戦闘用。登録コードは“EF-2000 タイフーン”。性能は見ての通りだよ」

 

 桁違い、と言って良かった。

 第1世代パワードスーツ“撃震”の最高速は、約100km/h。フルカスタムを施しても精々が150km/h程度だ。

 だが今見ている機体スペックが本当なら、最高速は250km/hを超える(※3)。

 軍でフルカスタムが施されているパワードスーツですら、相手にならない性能だ。勿論その他の性能、運動性能や旋回速度など、あらゆる数値が軒並み上回っている。唯一の欠点と言えば物理装甲が少々薄くなっている事だが、新素材の活用で十分許容範囲内と言えた。

 加えて言うとセシリアに与えられるのは、パイロットが搭乗しない無人機仕様。反応速度や耐G性能は、有人機とは雲泥の差であった。

 

「これを、私に?」

「12機。カラードでミッションを受けた場合だけ、使えるようにしておく」

「分かりました。ご期待に応えられるよう、全力を尽くします」

「うんうん。じゃあね~」

 

 話したい事を話した束は、ヒラヒラと手を振りながら、自由気ままに飛び去っていく。

 そうして博士の姿が見えなくなった後、セシリアは思わず、小さなガッツポーズを取ってしまった。

 1年前、自分にこんな事が起きるなんて、誰が想像出来ただろうか?

 しかし、だからこそ思う。

 

(1年後、下手をしたら地の底まで落ちている未来も有り得る………という事ですわね)

 

 突如として両親がいなくなったあの日のように、何が起こるか分からないのが人生なのだ。

 故にセシリアは気を引き締め、博士の忠告をもう一度胸に刻み直す。

 

 ―――有象無象の凡人・俗人には堕ちないようにね。

 

 恐らく堕ちた時が、自分の最後だろう。

 この思いがあったからこそ、そう遠くない将来、戦場に立った時の彼女の振る舞いは、誰よりも美しかった。

 純白の塗装が施された12機のタイフーン(騎士)と、それを従える天使の出現は、混沌とした戦場に秩序をもたらす――――――とまで言われるようになるのだった。

 

 

 

 ※1:ラファール・フォーミュラ

  デュノア社の最新型第3世代ISで、原作ラファールの純粋な後継機。

  元ネタはガンダムF90。

  オプションパーツで各種状況に対応する機体。

  本作に登場しているオプションパーツは、現時点でA・D・Sの3つのみ。

  今話でM・Iが登場。

  

 ※2:ブルーティアーズ・レイストーム

  元ネタはSTGの名作(と作者は思っている)レイストームから。

  随分前ですがセシリアちゃんの不殺を考えた時、某種ガンを

  元ネタにする案は真っ先に浮かびましたが、セシリアちゃん

  は某種ガン主人公のような超人ではないのであえなく却下。

  絶対の命中精度を持つレイストーム主人公機からネタを拝借

  させて頂きました。

  

 ※3:最高速は250km/hを超える

  参考までに、IS学園に配備している武御雷は時速300km/hオーバー。

  かつその他の性能も武御雷の方が上ですが、これは完全に整備性とトレードオフ。

  つまり極端な言い方をすると、↓のような感じとなっています。

  

  武 御 雷:メンテはすっげぇ大変だけど性能は凄く良い。

  タイフーン:メンテは武御雷よりは楽だけど、その分性能が下がっている。

  

  でもどちらとも撃震から見たらモンスターマシン。

  というところです。

 

 

 

 第126話に続く

 

 

 




はい、セシリア回でした。
そして彼女は束さんに見込まれてしまったので、もう普通の人生は歩めないでしょう。

…しかしセッシーちゃん。
スタートダッシュが遅かったせいか、追い上げが凄まじいことに………どころか色々追い抜いていってしまいました。

そして臨海学校はまだ初日なので、シャルロットやラウラにも焦点を当てていけたらなぁ~と思っている作者です。

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