インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
発電衛星アンサラー。
篠ノ之束博士が、
投入されている技術は、自身が理論構築を行い実用化したIS技術に加え、
それら技術を掛け合わせ、昇華して生まれた発電衛星アンサラーは、
これらの能力がもし公開されていたなら、多くの者にとって発電衛星には不要なもの、自衛にしても過剰なものと映っただろう。
だが束は必要なものとして、一切の妥協をしなかった。
というのもアンサラーの発電能力は、
将来、アンサラーを強奪しようとする輩が出てくる事は、想像に難くなかった。
故に実力行使をされたとしても、歯牙にもかけないほどの隔絶した性能を持たせたのだ。
なおアンサラーの建造期間は、アームズフォート級という巨体でありながら、1年に満たない。その理由は、自己再生・自己進化という機能にあった。束はこの機能を使い、アンサラー自身に建造を行わせる事で、完成までの期間を大幅に短縮していたのだ。
なので束が主に行っていたのは、必要な物資を適切な形で与える事と、全体のバランスを整える調整作業である。
また本来の目的である、地球圏(宇宙含む)への電力供給の為、中継衛星もセットで開発されていた。これも勿論、普通の衛星ではない。
ソルディオス・オービットを元に開発されたこの衛星は、単独でも強力なエネルギーシールドと光学兵器を備えるが、中継するスーパーマイクロウェーブの内、数パーセントのエネルギーをエネルギーシールドや光学兵器に転用する事により、戦艦の火砲程度では破壊困難な防御力と、巨大兵器を破壊できる程の攻撃力を持つに至っていた。
また中継衛星という性質上(アンサラー本体もであるが)、定位置からズレる事は絶対にあってはならない。このため衛星は従来の軌道制御方法(※1)ではなく、空間・慣性制御技術を用いて、地球に対して常に一定の座標に位置するように制御されていた。
これによる利点は、従来の軌道制御方法を用いた場合に発生する、2つの問題点の解消に繋がる事であった。
1つは静止軌道から高緯度(北極や南極に近い方)に向けてスーパーマイクロウェーブを中継すると、地表面に対する進入角度が斜めになってしまいとても危険ということ。
もう1つは静止軌道以外に衛星がある場合、時間毎に地上から見える衛星の位置がズレてしまうこと。この状態でスーパーマイクロウェーブを中継すると、地上に向けての照射中に位置がズレるという恐ろしい事になってしまう。(束の技術力を持ってすれば微修正しながらの照射も可能だったが、生活インフラとして考えた場合、万一のリスクは可能な限り減らしておくべきだった)
しかし空間・慣性制御技術を用いて、常に一定座標にいられるようにした場合は違う。
静止軌道にとらわれる事なく、地球上の如何なる場所にも、地平面に対して垂直にスーパーマイクロウェーブを照射でき、かつ照射中に位置がズレる事もない。つまり、安定して電力供給が行えるというわけだった。
「―――で、その中継衛星12機も無事完成と」
「うん。これで衛星側の準備は整ったよ。後は
束宅のリビング。
その家主と薙原晶は、2人並んでソファに座りながら話をしていた。
眼前には立体表示されたアンサラー、ソルディオス・オービット、IBIS、中継衛星が表示されている。
「だな。楯無から聞いた話じゃ、北海道、関東、九州の
「うんうん。
「アレックスによると、ほぼ同じくらいで稼働出来るとさ」
「既得権益で邪魔しようとする奴らも沢山いると思うけど、どうかな?」
「フランスについては問題無し。束の計画と言う時点で味方が多いみたいで、邪魔をしようって輩の方が身動き取れないみたいだ。密告が沢山あるんだとさ」
「そうなの?」
「そうらしい。まぁ、バイオテロで国が崩壊しそうだったところを、地下都市建造計画で持ちこたえたようなものだからな。感謝の気持ちもあるんだろう。アレックスの言葉を真に受けるなら、殆ど聖母扱いだって言ってたぞ」
「聖母? 私が? 面白い冗談だね。じゃ、日本は?」
「楯無の本領発揮というところかな。既得権益が絡む連中とマスコミの恥部をガッチリ握って、そもそも反対の論調が世に出ないようにしているみたいだ。そして政府の方も乗り気だから、国内事情については問題無いとさ」
「国内事情はって事は、国外に何かあるの?」
「世界情勢が、かなりキナ臭くなって来た」
「こっちの計画に影響が出そうなくらい?」
「計画と言うよりは、紛争が拡大し過ぎて、人類の目が宇宙開発に向かなくなる、という方かな」
「そ、なら教えて」
晶は眼前に映し出されていた立体映像を消去し、別の空間ウインドウを開いた。表示されている内容は、世界各地で行われている紛争についてだ。
「………予想はしてたけど、ヤッパリだね」
「まぁな」
束の言葉に、晶も同意する。
ここ1年の間に起きた幾つかの事件の結果、政府の治安維持能力が極端に低下した地域ができてしまっていた。そのような地域では、PMCが治安維持を肩代わりしていたのだが、全てのPMCが清廉潔白な訳ではない。中にはテロリストと通じ、私腹を肥やす連中もいた。
これだけでも紛争が拡大する大きな要因の一つだが、人類の目が宇宙開発に向かなくなる程ではない。
問題は、この後にあった。
治安維持能力が極端に低下した地域は、元々紛争を抱えていた地域なのだ。そして紛争を抱えていたという事は、争う相手がいたということ。
そこで、考えてみよう。
今まで血で血を洗うような紛争を繰り返してきた者たちが、ある日突然、相手が弱体化したと聞いた。人は、何を考えるだろうか?
もしそこで、手を差し伸べられるようなら、昨今の世界情勢はもっと平和なはずだ。
結果、弱体化した地域では、ありとあらゆる暴力がまかり通った。
そして、それに拍車を掛けたのがパワードスーツだ。
何せ歩兵が、装甲車両並みの機動力と防御力を持ち、加えてパワーアシストのお陰で、生身の人間では扱えないような重火器を扱えるのだ。
しかも束が世に送り出したパワードスーツは、設計の根底に作業用というのがあるため、簡易なメンテナンスで末永く使える信頼性と高い耐久性が両立されていた。
それが軍事転用されたらどうなるかと言うと――――――長期間の作戦行動でも簡易なメンテナンスで確実に動作し、かつ必要な補給物資は最小限で済むという、夢のような兵器となる。
しかも人間サイズであるため、(全てではないが)歩兵用の武装が転用可能というオマケ付きだ。
閑話休題。
そうして治安が乱れに乱れたところで、周辺国が動き始めた。
領土や資源を得るため、或いは過去からの因縁を晴らすため、正規軍が投入され始めたのだ。名目上は、隣国のために善意で行う治安維持活動だ。が、実質的には領土侵攻である。
勿論当事国は大反対だ。常識的に考えて、受け入れられる訳がない。
しかし国際社会において、力無き者の言葉など、誰の耳にも届かない。
そしてここで、治安維持能力の低下した国々の明暗が分かれた。
周囲からの圧力を跳ね除けられるだけの力を残していた国は、辛うじて国としての体勢を維持する事が出来た。しかし出来なかった国は、徐々にその領土と資源を貪り食われていく。
またこのような事が起きているのが1ヵ所だけだったなら、まだ違っただろう。だが世界各地で起きてしまっているため、このような時に頼るべき
そうして対応が後手に回っている間に、紛争地域は拡大していく。
結果として、人の目は宇宙開発ではなく、自国の安全へと向けられ始めていた。多くの人間にとって、夢とは自分自身が安全であってこそ見れるものなのだ。
「………ねぇ晶」
暫し思案していた束が口を開いた。
「なんだ?」
「中継衛星は12機。うち今のところ稼働を予定しているのは、宇宙開発用で2機、日本で3機、フランスで2機だけ。残り5機ある。この後に幾つか使う予定はあるけど、数機は予備として残してあるんだ。治安が低下した地域に電力供給をしたら、少しは改善が見込めるかな?」
「確かに電力供給をしてインフラを整備して、文明的な暮らしが出来るようになれば、ある程度の改善は見込めるかもしれない。だけどその場合、設置した
「なんで? アレ1機でメガロポリス級(人口1000万クラス)の都市のインフラを支えてお釣りがくるんだよ」
「だからこそ、だよ。今争っている連中が、
「うーん。確かにそれもそうだけど………」
ここで束は、暫し考え込んだ。
次いで幾つかの空間ウインドウを開き、無数のデータを確認していく。
「うん。やっぱり電力供給しよう」
「理由を聞いても良いかな?」
「勿論。まぁ一言で言えば、未来への投資かな。今は確かに、
「なるほど。それなら――――――」
この後2人は遅くまで話し合い、予備の中継衛星を、紛争地域への電力供給に使う事を決めるのだった。
◇
そうして時は進み、3日後の昼。
篠ノ之束博士から重大発表があるという事で、IS学園近郊のとあるホテルには、世界中から多くのマスコミが詰め掛けていた。
「………なぁ。どんな発表だと思う?」
会見場所として準備されている会場で、詰め掛けたマスコミの1人が、隣の同僚に話し掛けた。周囲でも、同じ様な会話が至るところで行われている。それでも同じ様な話題を選択してしまうのは、ある種の期待感からだった。
「さぁな。だけどあの博士が、人を呼んでの発表だぞ。前回の会見の時ですら、度肝を抜くような内容だったんだ。今回がソレ以上なのは確実だろうな」
そんな話をしている内に、束博士が姿を現した。
いつものウサミミエプロン姿では無く、長く艶やかな髪を結い上げ、紫を基調とした艶やかな着物姿だ。だが、違和感がある。
(パートナーが、いない?)
この場にいるマスコミ全員が、ほぼ同時に同じ事を思った。公私共にパートナーと言える薙原晶が、博士の傍らにいないのだ。
(何故?)
尤もな疑問だ。
だが、それを直ぐに聞く様な者はいなかった。
仮に不仲なのだとしても、聞くのは最後で良い。というより、今それを聞いてもし違っていたりしたら、不機嫌になった博士に会場から叩き出されてしまう。まず間違いなく、世紀の大発表がされるであろうこの会見から叩き出されたりしたら、控え目に言ってクビだろう。下手をすれば業界から干されてしまう。
マスコミ達がそんな損得勘定をしている間に、束は会場前方に準備されていた、会見席に着いた。と同時に、その背後にある三つの大型スクリーンの電源がオン。とある海域の映像が表示される。
「――――――さて皆さん。こんにちは」
猫被りモードの束が、淑女もかくやという穏やかな微笑みと共に、口を開いた。
幾多のフラッシュがたかれ、それが一段落したところで、再び喋り始める。
「今日お集まり頂いたのは、他でもありません。以前立ち上げた私の計画、発電衛星アンサラーを今日、
ザワッ。
会場内にざわめきが走る。
確かに、アンサラーを今年中に
だが今日まで、何処の打ち上げ施設にも、それらしい物が運び込まれた様子は無い。にも関わらず、今日
(どうやって?)
この場にいる全員、否、生中継でこの会見を見ている全ての人間が、同じ事を思った。
そんな疑問を余所に、束博士の言葉は続いていく。
「皆さん、どうやって
再度のざわめきが、会場内に広がっていく。
これが人の固定観念、というものなのだろうか?
物を
しかし今日この時を持って、その認識は覆るだろう。
そんな事を思いながら、束は眼前に空間ウインドウを展開。
勿論2人の会話はスピーカーに繋がれ、会場内に流されている。
『晶、そっちはどう?』
『問題無し。いつでも行けるぞ』
『うん。なら、いってみようか』
『了解。――――――5、4、3、2、1。最終シーケンスクリア。アンサラー、起動』
この時公開された映像は、人類史に、末永く語り継がれていく事になる。
映し出されていた海域が、モーゼの十戒の如く割れ、その中から超巨大物体が姿を現したのだ。
映像を見ていた誰もが、そのスケールの大きさに、作り物のCGではないかと思った。
しかし束博士は、そんな現実逃避を許さない。
「今の状態なら、全幅は約1400m。全高約1900m。発電用の傘を開いて、各種装置を稼働状態にしますと、全幅約2700m。全高約2400mというところでしょうか」
示された数値により、否応なく物体の巨大さが認識させられる。
そしてこれだけも十分に度肝を抜く光景だったが、まだ続きがあった。
アンサラーに引き続き、割れた海から、18個の巨大な球体が上がってきたのだ。
「今出てきた球体は、内6機がアンサラー本体の防衛を担当する、防御衛星ソルディオス。残りの12機が、スーパーマイクロウェーブを中継する中継衛星になります。いずれも今ご覧になっている通り、重力制御によって単独での飛行能力を備えています。ですので打ち上げ施設を使わずとも、このまま
束の説明に、誰も口を挟めなかった。否、言葉を発する事すら忘れていた。
キロメートル単位の超巨大物体が、人の手により空を飛ぶという偉業を、只々、己の目に焼き付けている。
そうして誰かが「凄い」と呟いたのを切っ掛けに、爆発的な歓声が巻き起こった。声を大にしなければ、隣りの者にすら、言葉が届かない程だ。
誰もが束博士を賞賛し、その偉業を讃え、次の言葉を待つ中で、彼女はそっと片手を上げて歓声を制した。そうして、会場内に静けさが戻る。
「さて、皆さん。色々聞きたい事も多いと思いますが、先に今後の事を話してしまいましょう」
束博士が手元のコンソールを操作すると、背後の大型スクリーンの内、一番右側の画面が切り替わった。
表示されている内容は、No.001~012までのコードナンバー、国名、補足情報というシンプルなもの。
だがその意味が分からない者は、この場にはいなかった。
中継衛星の分配リストだ。
それによると――――――。
No.001:宇宙開発用
No.002:宇宙開発用
No.003:日本(照射地:北海道)
No.004:日本(照射地:関東)
No.005:日本(照射地:九州)
No.006:フランス(照射地:
No.007:フランス(照射地:
No.008:コロンビア
No.009:ウクライナ
No.010:カシミール
No.011:予備
No.012:予備
この分配は多くの者にとって、予想通りと予想外の両面を含んでいた。
まず予想通りな面としては、宇宙開発や日本・フランスに、衛星が割り振られていること。これは今迄の言動を考えてみれば、完全に予想の範囲内だろう。
だが予想外な面としては、衛星が紛争国へ割り振られている事だった。多くの者の予想としては、先にイギリスやドイツ、或いはアメリカやロシアが先だったのだが………。
「皆さん、色々聞きたそうな顔をしていますね。紛争国に割り当てたのが、それほど不思議でしょうか?」
この場にいる、ほぼ全員が肯いていた。
利益という点で見るなら、電気代という形で資金を回収できる先進国の方が、遥かに効率的だからだ。
逆に紛争国への電力供給は、政情が不安定であったり、国民の所得そのものが高くなかったりと、電気代が回収できない可能性が非常に高い。
まして紛争国はテロリストの温床になっている側面もある。そこに豊富な電力供給など行えば、テロリストを喜ばせるだけ。それどころか
「まぁ、皆さんが何を心配しているかは、概ね予想出来ます。ですがそれでも紛争国への電力供給を優先したのは………そうですね。日本の諺に、『衣食足りて礼節を知る』というのがあります。豊富な電力供給を通じて暮らしやすい環境を作れれば、テロリストが生まれる原因を、少しずつでも減らしていけるかと思いまして。時間は掛かりますけどね」
もし束の台詞がこれで終わりだったなら、紛争地域にいるテロリスト共は歓喜しただろう。夢見る馬鹿が、現実も知らずに馬鹿な事をしようとしている、と。
しかし忘れてはいけない。今でこそ一部地域で“聖母”などという、御大層な二つ名で呼ばれていたりするが、彼女は元々“天災”の二つ名で呼ばれるようなマッドサイエンティストだ。
そんな趣味全開で自分の夢に向かって突き進む人間が、自分の夢を邪魔するような奴らを野放しにするなど、あり得るだろうか?
故に、彼女の言葉は続く。
「あと、そうですね。一応言っておきましょうか。私としては、ISを世に出した時のような事にはならないで欲しい、と願っていますよ」
表現としては、とても穏やかなものだ。
ISが軍事転用された経緯から、仲良く平和に使って欲しい、という彼女なりのメッセージと多くの者は受け取っただろう。
だが一部の者、特に彼女が裏社会で、何をしたのか知っている者共は違う。
証拠は何も残っていない。ただ二つ名の如く、“天災”が通り過ぎたかのように、潰された無数の組織があるだけだ。
故に一部の者達にとって、今の言葉は警告と受け取られていた。
そうして話が一段落したところで、束博士は質問を受け付け始めた。
「―――とまぁ、私からはこのくらいですね。では、質問がある方はどうぞ」
多くの者が一斉に手を上げ、運良く一番初めに当てられた者が口を開いた。
「Aペーパーの新城です。アンサラー本体について質問させて下さい。事前の発表ではアンサラーの発電能力は、1億人規模の生活インフラを賄えるほど、とありました。今後、今回上げた1番機をアップデートする、或いは2番機を建造して発電量を増やす予定はありますか?」
「当面は1番機のアップデートで、発電量を増やしていく予定ですね。ついでに言いますと次のアップデートは1年以内。発電量の増加は1.5~2倍程度を予定しています」
数字だけを聞くと凄まじい内容だが、元々公表しているデータ自体が限界性能を悟らせない為に、大幅に下方修正されているダミーデータなのだ。実際のところは今すぐにでも実行可能な内容を、アップデートと称しているに過ぎない。またこの嘘の情報は、自己進化能力を隠す為のカバーでもあった。
「なるほど。ありがとうございます」
「では、次の方どうぞ」
「Bネットのアルバです。今アップデートの話がありましたが、その時に中継衛星も増えるのですか?」
「そのような希望があれば、増やしたいと思っています」
「沢山のところから申し込みがあるでしょうね。ちなみにどのくらい増やせるのですか?」
「供給量が総発電能力を超えない限り、制限はありませんよ。ちなみに目安としては中継衛星1機で、メガロポリス級の都市(人口1000万)インフラを支えられるくらいですね」
この発言に、会場内がザワつく。
今の情報は、確かに事前に公表されていた。
だが同時に、疑われてもいたのだ。
中継衛星1機でメガロポリス級の都市(人口1000万)インフラを支えられるなど、凡人にとっては完全に想像の範囲外だ。
普通であれば、誰がどれほど言葉を尽くしても信じられなかっただろう。
しかしキロメートル単位の超巨大物体が、単独で引力圏を離脱していくという光景。それを実現した超技術は、凡人共に束博士の言葉を信じさせるに足るものだった。
「本当に、凄いという言葉しか出てきませんね。流石は博士です」
「ありがとうございます。では、次の方」
「C-TVのクリスです。宇宙開発用に2機衛星が確保されていますが、今後どのような事に使われるおつもりですか?」
「人が宇宙に生存圏を築くには、多くの課題があります。それを解決する為に――――――と言っては小難しい内容になってしまいますね。当面の目標としては、宇宙空間での食料生産と資源加工技術についてのデータ収集でしょうか」
「ちなみに、どの程度の規模を考えているのでしょうか?」
「少なくとも実験室レベルの小さなものではない、とだけお答えしておきますね。また計画の進捗状況によっては、宇宙での活動場所を、個人や企業に提供する事があるかもしれません」
多くの科学者にとって、とても好感の持てる回答だった。何故なら活動拠点の構築というのは、とても手間とコストが掛かる。活動に必要な全てを自前で用意しなければならない宇宙であれば尚更だ。
だが活動拠点を提供してくれるというなら、資金的な負担が大幅に軽くなる。従来であれば100億必要だったところが、1億で済むとなれば、多くの者が宇宙で活動出来るようになるだろう。
また提供される活動拠点の広さも、アンサラーという超巨大物体を空に上げた束博士の言葉なら、期待が持てるというものだった。
「素晴らしい。先の事も見据えているのですね」
「ありがとうございますね。では、次の方」
「D-ラジオのウォルフです。今宇宙での生産活動について述べられましたが、どのような物を作るおつもりでしょうか?」
「食料生産の方は宇宙で農業が出来るか、という取り組みなので、地球から米や麦、野菜等を持って行って、無事に育てられるかの実験ですね」
「なるほど。では資源加工については?」
「理論上、幾つか作成の目処がついている合金がありますので、それが理論通りに作れるかの実験でしょうか」
「その合金の性能、概要だけでもこの場で言う事は可能ですか?」
「そうですね………例えば車のシャーシ重量が1/2、強度が2倍になるような合金でしょうか。作成出来れば、色々な事に使えると思いますよ」
再び、会場内がザワつく。
今言った性能が本当に実現できるなら、あらゆるモノ作りに応用が利く。
例として挙げた自動車は言うに及ばず、建築、造船など、多くの物で大幅な高性能化が可能になる。勿論軍事分野でも、だ。
そして束博士がこのような場所で口にしたという事は、本当に開発の目処がついているのだろう。
この場にいる者たちは、極自然にそう思った。
そしてそれは、事実その通りであった。
――――――というより、
この技術は
束は技術流出の可能性を考えて完全再現こそしていないが、それでも
「言葉通りの物が出来たなら、世界中の企業から供給依頼が来るでしょうね」
「かもしれませんね。では、次の方」
「E-通信の広田です。セキュリティについてお伺いします。アンサラーの性能が博士の言葉通りだとするなら、横取りや破壊など、色々と良からぬ事を考える輩も出てくると思います。その辺りの対策については?」
「セキュリティ上の事なので余り詳しくは言えませんが、防御衛星ソルディオスについてだけ、簡単にお話ししておきますね。私がアレを作る際に求めた性能は、複数のISを同時に相手にしても、そして巨大兵器からも、アンサラーを無傷で護り抜ける性能です」
「出来たのですか?」
「
つまり防御衛星ソルディオスは、NEXTを相手にしてすら、博士を満足させる結果を残したということ。
並大抵の戦力でその護りを突破する事は、至難を極めるだろう。
「なるほど。ありがとうございます」
「では、次の方」
「F-放送の坂田です。宇宙での生産活動について、もう一つ質問です。従来のロケットで必要物資を打ち上げるとなると、準備が整うまでそれなりの時間が掛かってしまうと思いますが、何か新しい手段を考えていたりはしますか?」
「勿論考えていますよ。当面は以前入手した
この場にいる者たちは、最早何に驚けば良いのか分からなくなり始めていた。
大型シャトルというなら、まだイメージ出来る。だが軌道エレベーター“のような物”など、既にSFの世界だ。
しかし一つだけ確実に言えるのは、博士が口にしたのなら、確実に作るだろうと言う事だった。
「ち、ちなみにその軌道エレベーター“のような物”は、何処に作る予定なのでしょうか?」
「まだ予定地は決めていませんので、これからですね。ちなみに軌道エレベーターのような物と言いましたが、考えているのは重力制御を使った、上下移動に特化した空飛ぶ巨大な円盤です。それをエレベーターのように使おうかと。SFのように、あんな大規模な物を作るつもりはありませんよ。なので予定地については、ある程度融通が利きますね」
企業関係者にとって、今の言葉はビジネスチャンスの塊であった。
アンサラー程の巨体を
SFに出てくるような軌道エレベーターなら赤道直下という制約があるが、そうでないなら地理的条件はかなり緩くなる。そして既にアンサラーという超巨大物体を
また使用料を払えば、副業として他企業の荷物も上げてくれるかもしれない。加えてそのような大規模な施設が稼働したなら、そこで働く人間、それを相手に商売する人間、多くの人間が出入りする。
場合によっては新たな街ができ、関連企業の収益が見込めるかもしれない。そんな期待感すらあった。
「宇宙開発。本当に現実味を帯びてきましたね」
「ありがとうございます。では、次の方」
「G-BSのクレアです。紛争国に中継衛星を割り振られていましたが、そこのインフラ開発にも手を出すおつもりでしょうか?」
「いいえ。流石に私の手はそこまで長くはありません。なので
束としては、極々当然の選択であった。
如何に彼女が“天才”とは言え、現実的に出来る事には限りがあるのだ。
故に現地の事は、現地の人間に行ってもらう。至極真っ当な考えと言えるだろう。
そしてこの考えは、概ね好意的に受け入れられた。
企業からは新しい市場として、為政者からは雇用が生まれるチャンスとして、現地の人間からは平和な暮らしに繋がるとして。
勿論、紛争国故に予想される危険は多い。だが束が踏み出した一歩には、後に多くの者が続いていくことになる。
しかし全ての人間が、彼女に好意的な訳ではなかった。
例えば大手エネルギーメジャー。彼らにとって今回の発表は、猛烈な危機感を覚えるものだったのだ。
何せ今までなら、大規模開発となれば必ず、自分達の意向を反映させる事ができた。エネルギーという現代文明の根幹を握っている以上、並大抵の事は押し通す事ができたのだ。
が、束の発表はその力の源泉を揺るがす。
莫大な資本がなくとも
大手エネルギーメジャーにとって、都合が悪いどころの話ではなかったのだ。
故に今後、
――――――が、そんな事は束にとっても織り込み済みだった。
なので彼女はレクテナ施設の設計についても、可能な限りの安全対策を組み込んでいた。
とりわけ大きな目玉としては2点。
1点目は、ミサイル攻撃程度なら苦も無く防ぐエネルギーシールドの実装。中継衛星からの豊富な電力供給があれば、強固なエネルギーシールドを24時間365日張り巡らせておく事も可能なのだ。尤も機械的なメンテナンスは必要なので、内部工作には無力なのだが………。
そこで2点目として、メンテナンス要員にパワードスーツ用パイロットスーツ(※2)の着用を義務付けていることがあった。これにも2つ、理由があった。1つは身体の線が出やすい服装に着替えさせる事で、不審物を持ち込み辛くさせるため。もう1つがパイロットスーツのバイタルモニター機能と、スーツとセットになっているヘッドセットを通じて、オペレーターが仕事中の状況をモニターする事で、メンテナンス漏れや不審な行動を防ぐ、といった意味合いがあった。
「自分達の事は自分で、という訳ですね。地域の為にもなる、良い事だと思います」
「ありがとうございます。では、次の方どうぞ」
こうして次々とされる質問に、束は丁寧に答えていく。
多くの者が、その内容に明るい未来を感じていた。
だがその一方で先見の明ある者は、束の意図に気付いていた。
すなわち余程の事が無い限り、電力供給を行っている現地への直接介入はしないということだ。
加えて将来は、
これはつまり、管理権さえ貰ってしまえば、現地の電力事情を一手に握れるということ。
現代文明の根幹たる電力に口を出せるという事が、どれほどの影響力と権力を生むかは、今更語るまでも無いだろう。
このため企業は一斉に、“善意の第三者”を装い、紛争国への接触を始めた。
そして
※1:従来の軌道制御方法
今現在リアルで行われている衛星の軌道制御方法は、地球の重力と
衛星の移動速度による遠心力の均衡によって、地球の周囲を周回して
いる形です。
また衛星が地上から天空の一点に止まっているようにする為には、
静止軌道と呼ばれる軌道に衛星を投入する以外に方法がありません。
その軌道は赤道上の軌道で、静止衛星はこの軌道に沿って、かつ地球
の自転と同期して動いていなければならない、という制約があります。
※2:パワードスーツ用パイロットスーツ
つまりマブラヴの衛士強化服。
その他
ちょびっとだけ補足
No.008:コロンビア
アメリカの影響力が強いところ
No.009:ウクライナ
ロシアの影響力が強いところ
No.010:カシミール
中国、インド、パキスタンが領有権争いしてるところ
第122話に続く
ついに夢の第一歩を踏み出した束さん。
今まで我慢していた分だけ、今後活発に活動していくでしょう。
そして今回宇宙に上げたアンサラー。
チート存在(束さん)が造ったチートとして、遠慮なく色々なものをブチ込みました。