インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
第12話 学生
IS学園でたった2人の男。そして世界でたった2人の男のIS操縦者。
よっぽどの事が無い限り、仲良くやっていきたいと思うのは当然だろう?
「初めまして、世界初の男のIS操縦者。世界で2人目の男のIS操縦者の
そう自己紹介して右手を差し出す。
ここはIS学園1年1組の教室。
そんな時間に俺は、『インフィニット・ストラトス』の主人公、織斑一夏が座る席に向かい自己紹介をした。
「あ、ああ。こちらこそ宜しく頼む!! 世界で2人目の男のIS操縦者。俺の名前は織斑一夏だ。一夏って呼んでくれ。そっちは何て呼べばいい?」
「薙原でも、晶でも、呼びやすい方で構わない」
「なら、これからは晶って呼ばせてもらうよ」
握手に答えながら嬉しそうに答える一夏。
多分、よっぽど精神的にキてたんだろう。
そんな呑気な事を考えていると、
「でも晶って凄いよな。たった一人で博士を守り続けて、連れ去られても助け出して、誰にでも出来る事じゃないよ」
「俺だけの力じゃないよ」
表裏の無い純粋な賛辞が良心を抉る。
こんな言葉を向けられるようになった切っ掛けは、アジトを包囲されていた束博士を救出した後の事。
捏造した俺の過去を聞いたお偉いさんが、「そんなドス黒い話を公開出来る訳ないだろう」と一蹴。
別のカバーストーリーが用意されたからだ。
しかも博士が悪乗りして同調。
散々美化して広報担当に話をしてくれたおかげで、マスコミに流れた俺のイメージは、まるでどこかのヒーローや白馬の王子様だ。
正直、とても困る。
勿論その話がされた時、俺もその場に居たさ!!
居たけどな。悔しい事に博士の奴、嘘は言ってないんだ。だから違うとも言えないでいる間に、あれよあれよと決まって行って・・・・・ちくしょうめ。
そんな内心を知らずに一夏は話を続け、最後にこれから先の、モロモロのフラグをぶち壊すような事を言い出した。
「――――――まだISについて素人なんだ。だからさ、良かったら俺を鍛えてくれないか?」
多分、同性という気安さからだろう。
だが原作を知る身としては、受けるべきかどうか非常に悩むところだ。
何せこれから彼は、
その最初期のフラグをぶち壊したら、後がどうなるかまるで分からなくなる。
しかし今後の人間関係を考えると、ここで断るのはマズイ。
少し悩んでいると、
「何の話をしているの? 僕も混ぜてよ」
と原作とは違い、初めから女の子として入学してきたシャルロットが混じってきた。
「ん? ああ、シャルロットか。いやなに、ISの素人だから鍛えてくれと言われたんだが、他人に教えた事なんてなくてな」
「あんまり気にしなくて良いんじゃないかな? 基本は先生達が教えてくれるはずだから、純粋に彼の練習相手になってあげればいいと思うけど」
それもそうかと考えた俺は、ついでにシャルロットも誘う事にした。
原作でとても教えるのが上手かった彼女だ。こっちも色々と学べる事があるだろう。
「ぼ、ボクも? 良いの?」
「ああ。こういうのは楽しくやった方が良い。相手がいた方が一夏も張り合いが出るだろ?」
「俺は素人なんだから、手加減してくれよ」
意図的にニヤリと意地悪な笑みを浮かべる。
「さぁ~て、どうするかな? 他は素人だからと待ってはくれないぞ」
「うぐっ!!」
彼も思うところがあるんだろう。
両肩を落として溜息を1つついた後、主人公らしく言い切って見せた。
「分かってるよ。同じ男同士、離されっぱなしってのは嫌だからな。頑張るさ」
「言い切ったな。後悔するなよ?」
「勿論だ。これからよろしくな!!」
丁度チャイムが鳴り、一夏とシャルロットが席に戻ると、副担任の
原作通り、眼鏡・童顔・巨乳・スタイル良し。ついつい視線が特定の場所に行きそうになるが、そこはグッと我慢する。
そうして恒例の自己紹介タイム。
原作を知る身としては鉄拳制裁される一夏を期待していたのだが、残念な事にさっきの話で固さが取れてしまったようだ。
無難な自己紹介で切り抜けていた。つまらん。
と思っていたのも束の間、俺は自分の自己紹介で質問攻めにあっていた。
「しつもーーーん。博士とはどういう関係なんですか? ラブな関係ですか?」
「2人っきりの時は何をしてるんですか?」
「博士を助けたときお姫様だっこしてたっていうのは本当ですか?」
等々。いや、どう答えろと・・・・・。
博士とはビジネスライクな、いや悪友っぽい関係だが、そんな事を話せる訳が無い。
かと言ってカバーストーリーのまま話すというのは、正直恥ずかし過ぎる。
自分を少女漫画の主人公並に美化して他人に語る。という状況を想像してもらえれば、分かってもらえるだろうか?
返答に困っていると、山田先生から助け舟があった。
「はいはい皆さんそこまで。薙原君が困ってます。IS学園の生徒として、人様のプライバシーに土足で踏み込むような質問は関心しませんよ」
「はぁ~い」
元気な返事があり質問がピタリと止まる。
おお!! 流石原作と実物は違う。ちゃんと仕切ってくれたか。
なんて安堵していると、しっかり爆弾を放り込んでくれた。
「薙原君と博士はとても固い信頼で結ばれたパートナーと聞いてます。そんな質問はするだけ野暮でしょう」
「固い信頼にパートナーですか? 先生」
誰かの言葉に、うっとりとした表情で山田先生が答える。
「そうですよ皆さん。奪われた博士の研究を悪用されないようにする為に世界中を周り、そして最後は連れ去られた博士自身をも救出する。並大抵の信頼で出来ることではないでしょう。出来れば皆さんも、そういうパートナーを見つけて下さいね」
本人は綺麗に纏めたつもりかもしれないが、こっちとしては対応に困る。
何せ今の言葉、先の質問を(遠まわしにだが)全肯定しているようなものだ。
他の生徒達にどんな妄想をされているか分かったものじゃない。
まぁ、一々気にしても仕方が無いか。
そう思った俺は、小さく溜息をついて自己紹介を終えるのだった。
◇
両親の遺産を守る為に必死で努力し、IS代表候補生というエリート中のエリートという座を手にし、しかも専用機を得ての首席入学。
同性でも、同年代でなら抜きん出た実力があるという自負が有りましたわ。男なんて論外。そう考えていましたの。
でも、世界で2人目の男のIS操縦者、薙原晶。
彼の存在が私を複雑な気分にさせる。
女性を卑屈な目でしか見れないはずの男のクセに、聞き及ぶ彼の振る舞いは古き良き騎士そのもの。
奪われた博士の研究を悪用されない為に世界中をまわり、最後には連れ去られた博士自身をも救出する。
私に同じことが出来るだろうかと、どうしても考えてしまう。
出来ないとは言いたくない。同じ歳なのだから、出来ないはずは無い。
でも、自信をもって出来るとも言えない。
プロフィールや過去の戦歴など、多くが機密指定されていて知りえた情報は少なかったのですけれども、先日、運良く本国のIS代表と話すことが出来、その際に言われましたわ。
「決して、決して敵に回すな。詳しくは機密で話せないが、本当に勝つつもりなら文字通り総力戦になる。そして、それでも勝てるかどうか分からない」
と念を押すように強く。
ここまで言われては、逆に興味を持ってしまいますわ。
男のクセに、尊敬する現代表にここまで言わせるほどの力。確かめてみたくなるのは当然でしょう。
むしろそこまで言わせる程の相手に勝てたのなら、私の評価は更に高いものになるでしょう。
そう考えた私は、HRが終わり先生が出て行ったのを見計らって席を立つ。
「ちょっとよろしくて」
「ん、何か用か?」
「いいえ。それほどの用件ではありませんわ。噂に名高い束博士のガーディアンが、どれほどの実力かを見てみたいというだけで」
余計な話をする必要は無いでしょう。
単刀直入に用件のみを告げる。
さぁ、どんな返答が返ってくるのかしら?
出来れば噂通りの、古き良き騎士のような返答を期待しますわ。
しかし返ってきたのは予想外の、それも即答の答えでしたわ。
「断る。完全実戦装備の俺と、“試作”第三世代機。しかも1対1で遠距離戦仕様機との戦いじゃ、初めから勝負が見えてる」
「なっ!? 言うに事欠いて!! 何て失礼な!!」
「純粋に戦術上の話だ。前衛機のいない遠距離戦仕様機なんて、踏み込まれたら終わりだぞ。まぁ中には決して距離を詰めさせない。自分の距離を完璧に維持してのけるプロもいるが、お前にそこまでの技量を期待して良いのか? こっちが装備を変更して練習に付き合うってのもありだけど、お前が望んでいるのは違うだろう?」
沈黙する私を他所に、彼は更に続けました。
「
戦ってもいない相手からの指摘。確かに戦術上はその通りですが、それは
故にそれを運用する私は、そんな欠点など取るに足らないものである事を証明する義務がある。
「戦ってもいないのに、良く回る口ですこと。負けるのが怖いんですか?」
「そこまで言うなら仕方が無い。じゃぁ、こっちの出す条件を呑んでくれたらいいだろう」
「あら、条件とは何ですか?」
「一週間後、そこにいるもう1人の男のIS操縦者に勝ったら相手をしてやる」
「え?」
すぐ近くにいた織斑一夏が驚いた表情をしています。
彼も今言われたのでしょう。
しかしそれよりも、私の胸に沸いた感情は怒り。
「この私を!! 素人の当て馬にするとおっしゃいますの!!」
「代表候補生なら素人に勝って当たり前。むしろ素人にISの手ほどきをしてやる位は言えないのか? 名門貴族っていうのは、意外と器量が狭いんだな」
ここまで、ここまで言われて引き下がるなんて有り得ません。
「良いでしょう。その話、受けましたわ!!」
完璧に、完璧に勝利して必ず引きずり出して差し上げますわ!!
◇
「――――――と、言う訳だ。良かったな。トレーニングの目標が出来たじゃないか」
「良かったな。じゃねぇ!! いきなりあんな事言うなんてどういうつもりだよ。お前が戦えば良いじゃないか」
何でも無い事のようにサラリと言った晶の言葉を聞いて、ようやく脳みそが再起動。
確かに鍛えてくれとは言ったけど、これはあんまりだ。
いきなり代表候補生とだなんて。
だけどふと、千冬姉との話を思い出した。
束博士と晶のニュースが世界中を駆け巡ったあの日、家に帰ってきた千冬姉とした話を。
『お前はこれから先、望むと望まざるとに関わらず、ずっとコイツと比べられる事になる』
『やだなぁ千冬姉。コイツはコイツ。俺は俺だよ』
『馬鹿者。世界でたった2人の男のIS操縦者だぞ。お前はそう思ってなくても、他人は必ずコイツとお前を比べる。その時負けるのは確実にお前だ。だから今からでも良い。鍛錬を怠るな。努力は必ず身を結ぶ。そしてコイツから学び取れ。昔お前が言っていた誰かを護りたいというのを、本当に実践してのけた奴だ。お前がその気なら、色々と学べるだろう』
そうだ。だから俺は、コイツに鍛えてもらおうと思ったんだ。
でもその後、千冬姉は何て言った?
確か、そうだ。
『いいか。お前がこれから先、どんな道を歩むのかは分からない。だがISと無関係ではいられないだろう。だから覚えておいてくれ。ISが出る場面というのは、もう決して負けが許されない場面だという事を。負けた時に失われるのは自分だけじゃない。お前が護りたいと思った何かも失われるという事を。今は理解出来なくても良い。だが、決して忘れるな』
そうだ。
ISに関わる以上、素人だから、準備不足だから出来ません何て言い訳は通用しないんだ。
相手が誰であっても勝たなきゃいけない。
むしろ晶は、一週間の時間をくれたんだ。
ならその間に、どうにか出来るようにしなきゃいけない。
なるほど、これはテストなんだな。
そう思えば、セシリアへの挑発も納得がいく。
「いや、やっぱり俺が戦うよ。鍛えてもらうにも、目標があった方がやりがいがあるからな。勿論勝つつもりだから、頼むぜ先生」
「任された。早速今日の放課後からだ。練習用ISの申請はしておくから、授業が終わったらすぐに第三アリーナな」
「ああ!! ――――――っとそうだ。でも、今更だけどいいのか?」
俺はちょっと気になった事を聞いておく事にした。
「何がだ?」
「いや、束博士の護衛って大丈夫なのか? 放課後まで時間使わせちゃったらマズイかな?」
「ああ、その事か。今は安全が確保出来ているから心配無い。出来ていなかったら、ここにはいないよ」
「そっか。なら俺も安心して頼めるな」
そんな話をしていると、晶が教科書を出し始めた。
あれ? もうそんな時間か?
時計を見ればチャイムまで後1分。
確か次は山田先生の授業か。
一応千冬姉に言われて予習はしておいたけど、流石にあの分厚い教科書全部はカバー出来ないよ。
分かり易い授業に期待だなぁ・・・・・。
と思ってたら、山田先生の授業はスッゲェ分かり分かり易かった。
予習してたってのもあるけど、あれは教えるのが上手いんだな。うん。
「――――――ではここまでで、何か質問のある人はいませんか?」
特に無かったから教科書をペラペラと捲っていたら、分からないと勘違いされたのか先生が近付いてきた。
「織斑君、何か分からないところはありませんか?」
「いえ、ありません。分かり易い授業でした」
「なら織斑、98ページにある
今まで授業に口を出さず立っているだけだった千冬姉が口を挟んできた。
だけど甘いぜ。そこはもうやってあるからな。
「拡張領域は、簡単に言えばIS用装備を量子化して格納しておく場所の事で、基本的にここが大きければ大きいほど沢山の装備が積める。後は・・・・・あれ、何だっけ」
「勉強不足だな。・・・・・が、まぁいいだろう。ISに関わり始めたばかりならそんなものか。――――――オルコット。続きを説明しろ」
「分かりましたわ」
セシリアが立つと俺の説明を引き継いでいった。
「この拡張領域の特性自体は、普通のコンピューターに使われているメモリーと大差ありませんわ。大きなものを格納すれば沢山消費され、小さなものなら小さな消費ですむ。ですが注意しなければなりませんのは、小さくても高機能である場合は、その高機能さに比例するように大量の拡張領域を消費してしまいますので、格納するものの性能をしっかりと把握しておかなくてはなりませんわ」
「その通りだ。座っていいぞ。オルコット」
なるほど。そんな特性があったのか。
でもそんな説明何処に書いてあったんだ?
教科書をペラペラ捲ってみるが、書いている場所が見当たらない。
すると山田先生が、
「織斑君。今のセシリアさんの説明は98ページから少しとんで、102ページの右下。注意書きの部分も含んでいるんですよ。後で見ておいて下さいね」
と教えてくれた。
見てみると確かにあったけど、何もこんな隅っこに書かなくてもいいだろう。
後ですぐに読み返せるように、教科書の端っこを折って目印にしておく。
何事も積み重ねが大事だからな。
そんな事を思っているとチャイムが鳴り授業終了。
どうにか無事に乗り切ったぁ~。次の授業も分かり易い先生だと良いな。
何て気を抜いたのが不味かったのか、
「織斑。只でさえスタートで出遅れているんだ。しばらくこの授業のレポートを提出しろ。今回のは明日までだ」
と我が姉はどこまでも厳しい事を言ってくれた。
まずい。それは困る。とても困る。放課後の特訓時間がつぶれるじゃないか。
「ちょっ!? ちふ・・「織斑先生と呼べ」 織斑先生。一週間待ってもらえませんか」
「ほう? 期限を指定するとはどういうつもりだ?」
「一週間後にアイツと戦う。勝つ為に、特訓する時間が必要なんだ」
立ち上がって、後ろのセシリアを指差しながら答える。
これで俺とアイツが戦うのは全員が知るところだ。もう後戻りは出来ない。する気も無い。
「勝つ? 何の話だ?」
千冬姉が首をかしげていると、後ろの方の席に座っていたセシリアが立ち上がった。
「私が説明致しますわ。つい先程ですが私、そこにいる薙原さんに模擬戦を申し込みましたの。そしたら彼は、一週間後、織斑さんに勝ったら戦ってやると傲慢にも言ったのですわ。だから一週間後、そこにいる素人と戦う事になりましたの」
「・・・・・なるほど。事情は理解した。教師としては、生徒の自主性を尊重しない訳にもいかんか。いいだろう。とりあえずレポートは一週間出さなくて良い。その代わり、無様な姿を晒したら只ではおかんぞ」
「ああ。分かってる」
「分かっているなら良い。山田先生、行こうか」
そう言って教室を出て行く千冬姉の背中を見ながら思う。
これは本当に負けられないな、と。
第13話に続く。