インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第108話 イギリスでもやっぱりハプニング!?

 

 セシリア・オルコットはイギリス名門貴族の当主であり、国内有数の資産家でもある。

 その総資産は、約40億ポンド。1ポンド約159円換算で、日本円にすると約6300億円にもなる。

 (なお2014年度だが、リアルにおけるイギリス最高の資産家で約119億ポンド。10位が85億ポンド)。

 冬休みを利用して、そんな彼女の祖国を訪れた晶は――――――。

 

(ホンッッッット疲れた)

 

 彼女の出席する上流階級のパーティに誘われ参加した結果、慣れない貴族的な会話で神経をすり減らし、疲労困憊となっていた。

 ここはイギリス滞在中に使用しているホテルの一室。パーティをどうにか無事終えた晶は、1人でベッドで横になりながら、セシリアとコアネットワークで話をしていた。

 

(珍しいですわね。学園ではどれほどハードな訓練をしても、平然としていますのに)

(貴族的な会話なんて、やっぱり疲れるよ。表現は迂遠で分かりづらいし、下らない話は長いし、どいつもこいつも“何故か”年頃の娘が同席しているし、本当に面倒!!)

(フフ、晶さんでもダメなものがあるんですね。そこまで感情豊かに言われる事って、余り無いのではないですか?)

(あーーースマン。愚痴を聞かせちゃったな)

(良いんですよ。むしろ、聞かせてくれた方が嬉しいですわ)

(そう言ってくれると助かる。――――――しかし、セシリアは凄いな。子供の頃から、ああいう人達を相手にしてきたんだろう?)

(それほどでもありませんわ。一度コツを掴めば、意外とどうにかなるものです。でも流石に、今日みたいな大物が出ているパーティは、私も数えるほどしかありませんわ)

(確かに大物揃いだったなぁ)

 

 ボヤくように呟く晶。

 今日のパーティ参加者には、イギリス長者番付の上位メンバーが幾人も揃っていた。

 参加者の資産を合計すると、軽く4~5兆円。もしかしたら10兆に届くかもしれない。

 

(それはそうと、随分と同年代の子達に、言い寄られていたのではないですか?)

(物珍しいだけだろう。そっちこそハンサムで金持ちのお坊ちゃま達に、言い寄られていたんじゃないのか?)

(親の資産とコネクションを自慢するだけの者達に、興味はありませんわ)

(これは手厳しい。実業家もいたと思ったけど?)

 

 彼女のセカンドシフトパイロットという名声と親から受け継いだ資産は、実業家にとっては垂涎の的だろう。

 言うなれば、金の卵を産む鶏だ。

 

(いつもの事ですわ。そしていつものように褒めて褒めて持ち上げて、「自分はこんなに凄い事をしているんだ」とアピールして、必死に気を引こうとしてくる。………いつものように、丁重にお帰り頂きましたわ)

(何だか、普段見ているセシリアじゃないみたいだ。本当に貴族のお嬢様なんだな)

(何を言っているのですか。普段からそう言っているじゃないですか)

(いや、普段の様子からだと、色々とギャップが………)

 

 するとセシリアは、芝居じみた大げさな驚きで答えた。

 

(まぁ、晶さん酷いですわ。そんなに貴族らしくありませんか?)

(親しみやすいって意味だよ)

(それは良かったですわ。――――――でも確かに、学園にいる間は肩肘を張らずにいられるので、楽と言えば楽ですわね)

初めて会った時は(第12話)、ツンツンしてて凄かったな)

(い、言わないで下さい!! アレには、私だって思うところがあるのですから)

 

 初めて出会った時、セシリアは「どれほどの実力かを見てみたい」と言って晶に模擬戦を申し込んできた。

 数々の訓練で叩きのめされた今なら、それがどれほどの自殺行為だったか良く分かる。

 セカンドシフトしたブルーティアーズ・レイストームですら容易く撃破してのける相手に、セカンドシフト前のブルーティアーズで挑むのだ。

 今の仲間達が聞いたら、正気を疑われる話だろう。

 

(ははっ、今となっては良い思い出だな)

(全くですわ)

 

 この後も2人は他愛のない話を続け、その途中でセシリアがポツリと溢した。

 

(でも、残念ですわ。本当なら屋敷に招いて泊まって頂きたかったのですが)

(俺も本当なら泊まりたかったんだけどね。独身の貴族令嬢と女性のメイドしかいない館に、男が1人で泊まるなんてゴシップの良いネタだ)

(ですけどフランスやドイツでは、シャルロットやラウラと一緒だったのでしょう?)

(ホテルは別だぞ)

(でも、デートはしたのでしょう? 先日シャルロットさんから、それはそれは嬉しそうなメールが届きましたもの。ラウラさんは何故か疲れ果てたようなメールでしたけど、それでも四六時中一緒だったみたいではないですか。なのに私と会えるのは、パーティの時だけなんて、酷いとは思いませんの?)

(セシリアの日中が空いていれば、何も問題無いんだけどなぁ)

 

 帰国した彼女には、オルコット家当主としての仕事の他、代表候補生の仕事として写真撮影やインタビュー等、実に様々な仕事が入っていた。日中のスケジュールなど分刻みだ。それでいて夜にはパーティに参加と言うのだから、その忙しさたるや観光で気楽な誰かさん()とは比較にならないだろう。なお忙しいという意味ではシャルロットも同じだったが、2人の時間を確保する為に邪魔なものは、アレックス(シャルのパパ)が全力で排除していた。

 

(流石にそれは、無理な話ですわ。一緒の時間は欲しいですけど、私自身の仕事を蔑ろにする訳にはいきませんもの)

(なら明日のパーティをキャンセルして………いや、ダメだな。セシリア主賓だもんな)

(晶さんも、ですわ)

 

 明日誘われている(今日のとは別の)パーティは、セシリアの1年間の頑張りを労うというものであった。

 彼女が普通の代表候補生のままだったら、こんな事は行われなかっただろう。だが彼女はイギリスに、世界に10機と存在しないセカンドシフトマシンをもたらした代表候補生だ。盛大に労うのには、十分な理由だった。

 そして晶には、「セシリアをセカンドシフトに導いた教官として是非出席して欲しい」と招待状が届いている。

 

(だよなぁ………)

 

 答えながら、晶は暫し考えた。

 日中は空かない。夜はパーティ。彼女は自分の仕事に責任感を持って取り組んでいる。自分が遊びたいがためにサボらせるのは、彼女を侮辱する行為だろう。

 

(う~ん。なら、発想の転換かな)

(発想の転換、ですか?)

(うん。どうあっても2人だけの時間が取れないなら、取れるように立場を変えれば良い)

(それが簡単に出来たら、苦労はありませんわ)

(本当に?)

 

 晶はニヤリと笑みを浮かべた。悪ガキのような笑みだ。

 

(もうっ、意地悪しないで教えて下さいな)

(分かった。分かった。――――――セシリア。俺を付き人見習いで、1日雇わないか?)

(え? ………あっ、なるほど!! その手がありましたわね)

 

 付き人なら、セシリアの日中の行動に同行出来る。それでいて見習いなら、実際に必要な準備は本来の付き人が行うから仕事の邪魔にもならない。晶が変装で外見を変えれば、忙しい中でも2人一緒に行動できる良案だ。とても喜んだセシリアは、すぐさま専属使用人(メイド)兼付き人のチェルシーに、準備を整えさせた。

 そして翌日、2人は朝から一緒に行動して、移動時間など使って、楽しい時間を過ごす事に成功していた。

 世間一般の感覚で言えば、デートというには些か物足りないかもしれない。が、そんなのはお互いの認識次第だ。

 車の後部座席で、互いの手を重ね合わせながら話す2人の姿は、間違いなくデートしているカップルのソレだった。

 そしてこの奇妙な形のデートのおかげか、セシリアの機嫌は非常に良かった。

 写真撮影やインタビューの時など、彼女の柔らかい微笑みは、カメラマンやジャーナリスト達を虜にしてしまったくらいだ。

 だが………トラブルの種は、どこからやってくるか分からない。

 今回のトラブルの原因は、なんと晶だった。

 セシリアがとある生放送の番組に出演中、待っていた晶は、束とコアネットワークで話をしていたのだ。

 

(晶、そっちは大丈夫? 何事もない?)

(大丈夫。今のところは平穏無事。何事も無しだよ)

(良かった良かった。フランスでも、ドイツでも、色々あったみたいだからね。イギリスは平穏に終わると良いね)

(ああ。この分だと、無事終わりそうかな)

(うんうん。あ、そういえば、イギリスってあの凡人、セシリアの故郷だっけ? 今、何してるの?)

 

 ほんの気まぐれから出た質問で、特に深い理由があった訳ではない。

 ただ束は過去の経緯から、セシリアを名前の覚える価値のある凡人と認識していた。

 加えて言えば、自分の男()に正面から告白してきた奴でもある。

 そんな女の故郷にいるという事で、僅かに脳裏をかすめたからに過ぎない。

 

(今? セシリアが生放送の番組に出ているんだけど、それを近くから見ているところ)

(撮影現場に一緒にいるの?)

(2人の時間が中々合わなくてさ、ちょっと小細工をしたんだ)

(どんな?)

(変装してセシリアの付き人見習いって事にして、日中の行動に同行しているんだ)

 

 この時、晶に悪気は無かった。

 セシリアが晶に好意を抱いているのは、束も知っているのだ。より深い仲になろうとしていることも。

 また束は、それらを知った上で、たった1回とは言え自宅に(半強制だが)招いたくらいだ。

 今更一緒にいる程度で、束が機嫌を損ねるはずもない。

 しかし、晶にも読み切れていない事があった。

 ここで束が、ちょっとした悪戯心を出したのだ。

 “天災”篠ノ之束の悪戯心である。

 

(ふ~ん。そっか~。晶、ちょっと一芝居するから、少し喋らないでね)

(え、あ、ああ)

 

 突然のお願いに、肯きながらも首を捻る晶。

 怒っている様子ではなかったが――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃、生放送番組に出演中のセシリア。

 

「――――――ええ。IS学園では、皆で切磋琢磨して、日々実力を磨いていますわ」

 

 とあるTV局のスタジオで、セシリアは模範的な回答でキャスターの質問に答えていた。

 今の彼女の姿は、黒のロングスカートに、白の縦縞セーターというシンプルな服装だ。だがそのシンプルさが、元の素材の良さを際立たせていた。

 着飾らなくとも、気品というのは立ち振る舞いから滲み出るもの。

 そんな言葉を証明するかのように、洗練された受け答えや仕草は、その場にいる者達を魅了していた。いや、テレビの前にいる視聴者達をも魅了していた。

 そうして番組がそろそろ終わろうかという時、セシリアにコアネットワークで通信が入った。

 

(誰かし――――――らっ!?)

 

 意識内で相手を確認して、驚きの余り、一瞬思考が止まってしまった。

 

(た、束博士!?)

 

 何度確認しても、発信者は篠ノ之束となっている。

 そして彼女の思考が止まっている間にも、コールは続いていた。

 

(な、な、な、ななななな何で博士から!? そ、それよりも出ないと、あ、でも今は生放送中。でも、博士からの通信なんて無視できないし!?)

 

 殆どパニック状態であった。

 だが彼女は辛うじてキャスターに、「申し訳ありません。ちょっと失礼します」と言って席を立つ事ができた。

 勿論、相手の返事など聞いていない。聞く余裕など無かった。

 足早にスタジオ裏に引っ込み、通信をON。

 

(おそーーーーーーーい。どれだけ待たせるのさ。セシリア・オルコット)

(も、申し訳ありません。その、どのようなご用件でしょうか?)

(うん。ちょっと面白い話を聞いてさ)

(面白い、話ですか?)

(うん。私の晶を、付き人見習いとして雇っているって、本当? もう一度聞くよ。私の晶を、付き人見習いなんかで雇っているって、本当?)

 

 この時束は些か高圧的な物言いをしていたが、実は全く怒っていなかった。

 事情は晶から聴いているし、思いを寄せる相手と一緒に居たい、という感情も理解出来ていた。

 なのでコレは、ちょっとした悪戯だ。

 

(え、ええと、付き人見習いというのは、一緒にいる為のカモフラージュでして。し、仕事みたいな事は、何も、不当な扱いもしていませんわ)

 

 対してセシリアは、とっさに下手な言い訳は逆効果と判断。過去に告白もしている事から、(怖がりながらではあるが)一緒に居たかったから、と素直に答えた。

 すると束は声の調子を一転させ、普通の声音で喋り始めた。

 

(うん。知ってた)

(え?)

(だから、知ってたんだって。今の付き人の話だって、晶本人から聞いたんだから。私が怒るような事は何も無いかな。気に食わない事はあるけど)

(えっと、それは………)

(1つは、私の男に手を出そうとしていること。でもこれはいいや。私が言ったところで、愚直な凡人は止めないでしょう。私が彼の1番。2番以下なんて、好きに争いなさい。でも2つめ、カモフラージュのためとは言っても、付き人見習いの立場は頂けないかな)

 

 付き人見習いという低い立場が気に入らない。

 セシリアはそう考えた。しかし続けられた言葉は、彼女の予想の斜め上を行っていた。

 

(付き人って、言ってみれば使用人とか執事みたいなものでしょう? ダメだよ。晶が尽くすのは私だけ。カモフラージュのためとは言っても、彼に尽くされる立場にいるなんて、そんな贅沢はちょっと許せないかな)

(で、でもその立場は晶さんが、一緒にいる為にって提案してくれたもので………)

(立場が必要なら、護衛として貸してあげる)

 

 付き人が駄目で、護衛なら良い。

 一般人には、少々理解し難い感覚だろう。

 だが束にとっては、幾らカモフラージュの為とは言え、晶が小娘の付き人見習いとして、好きなように動かされる姿を想像するのは嫌だったのだ。しかし護衛なら、動くのは晶自身。小娘の言いなりではない。

 あくまでカモフラージュの為の立場だと分かっていても、束は自分の男の、付き人見習いという立場を許容出来なかったのだ。

 しかし、いきなり言われた方は理解が追い付かない。

 一般人の思考では、付き人見習いより護衛と護衛対象という関係の方が、重いと考えるのが普通だろう。

 

(え、ええと、その、それだと晶さんが、私の傍らに堂々といる事になるのですが、良いのですか?)

(私の男に手を出そうとしている割には、謙虚だね)

(だって、晶さんが建前とは言え、私の護衛? 博士を護る“世界最強の単体戦力(NEXT)”を、赤の他人の私に張り付ける。どれほど大事か、分かっているのですか?)

(え? そんなの気にする必要あるの? 騒ぎたい凡人共には、好きに騒がせておけばいい。肝心なのは、自分がどうしたいかじゃないかな。君はどうなんだい? セシリア・オルコット)

 

 この時、束が晶を護衛として貸し出す理由の大半は、先に述べられた通りである。そこに嘘偽りは無い。

 だが実を言うと、もう1つ理由があった。

 晶が共同ミッションで選ぶパートナーについてである。

 器用な凡人(シャルロット)の使い勝手が良いのは束も認めるところだが、束としては、余り器用な凡人(シャルロット)を戦場に出したくないのだ。万一彼女に何かあった場合、下手をすればデュノアとの協力関係が揺らぐ可能性がある。それは束にとって、無視出来ないリスクだった。

 だがセシリア・オルコットの場合、危険な戦場に放り込んだところで、何も問題は無い。資産と名声はあるが、彼女には手足となる組織が無いのだ。仮に彼女に何かあったとしても、オルコット家の資産はアンサラー計画に全く関わっていない。組織力を借りている訳でもないので、計画に影響が出たりもしない。それでいて性格的にある程度の信用がおける。加えて本人の能力と機体(IS)データを見る限り、後衛としては優秀だろう。

 束としては、こちらの方が使いやすいのだ。

 故に今回護衛として張り付けたのは、今後共同ミッションに連れて行き易くするための布石でもあった。

 

(わ、分かりましたわ。では有り難く、晶さんをお借り致します)

(オッケー。じゃあ、ちょっと空間ウインドウを展開してくれる。他の人にも映像と音声が分かる可視モードで)

(え、あ、はい。分かりました)

 

 何をするのだろうと思いながら、セシリアは眼前に空間ウインドウを展開。

 そして束の映像が表示されると、彼女は尤もらしい仕草で芝居を始めた。

 

『じゃあそういう事で、ちょっと不審な兆候を掴んだから、数日晶を護衛として貸してあげる。確度の高い情報じゃないんだけど、一応念のためだよ』

 

 さて、ここで思い出して欲しい。

 セシリアが何をしている最中で、ここが何処だったのかを

 

「あ、あのセシリアさん、今のは………」

 

 現在生放送中で、セシリアの様子を心配して様子を見に来たキャスターが、今の束の声をバッチリと聞いていたのだった。

 加えて映像こそ(セシリアの慌てた様子から念のため)カットされていたが、音声もしっかりとマイクに入っていた。

 

「え、ええと、ですね………」

 

 返答に困ったセシリアが空間ウインドウのあった場所を見ると、既に通信は切れていた。

 好き放題言って、挙句全部押し付けられた格好だ。

 

(………もう、どうにでもなれですわ!!)

 

 迷っても悩んでも仕方がない。

 開き直る事にしたセシリアは、殆どやけくそとも言える心境で口を開いた。

 

「今聞こえていたかもしれませんが、束博士から連絡が入りまして――――――」

 

 そうして話された内容は、イギリス国民を熱狂させるに足る内容だった。

 自国の代表候補生は、“あの”篠ノ之束博士から直接連絡を受け、“世界最強の単体戦力(NEXT)”を護衛として貸し出されるほどの人間だと言うのだ。

 これにより晶はイギリスにいる間、セシリアの護衛として、堂々と傍らに立って過ごす事ができるようになった。宿泊先は護衛の観点から、勿論オルコット家だ。

 そしてこの時の番組は、同テレビ局史上、過去最高の視聴率を叩き出していた。

 

 で、終わればメデタシメデタシなのだが………。

 

 “天災”篠ノ之束が動いて、この程度で終わるはずが無かった。

 彼女は遊ぶ時は全力で遊ぶタイプの人間なのだ。

 まずは自身の言った事に信憑性を持たせる為に、イギリス近辺を根城にしている幾つかの犯罪組織の情報をリーク。

 情報的に(彼女にしてみれば片手間だが)丸裸にされた犯罪組織はあえなく御用となった。

 そしてこれにより、彼女()の話を信じざるを得なくなったイギリス政府は軍と警察組織を大動員。年末であるにも拘わらず犯罪組織の一斉摘発を開始。真面目に働いている公務員さん達の貴重な休みが、水に溶ける砂糖の如く消えてなくなっていった。年末年始の休暇を楽しみにしていた公務員さん達、涙目である。

 だがもっと涙目だったのは、摘発を受けた犯罪組織の方だった。

 少し大きい犯罪組織なら警察内部にスパイを送り込んで、摘発前に上手く逃げおおせるものだが、今回は完全に不意打ちだったのだ。挙句、大きい取り引きやイケナイ物の保管場所が次々と暴露され、いわゆる大物と言われる奴らが芋づる式に吊し上げられていく。

 これだけでも相当なものだが、この話には更に続きがあった。

 犯罪組織にガサ入れが入ったという事は、協力者やテロリストの情報も警察に渡ったということだ。

 この時イギリス近辺に潜伏していたテロリスト、犯罪組織に協力して私服を肥やしていた多数の表の人間、多くの者が“天災”の気紛れに巻き込まれ、あえなく御用となっていった。

 まさしく防ぎようの無い“天災”の如く、数多の人間の将来設計を木っ端微塵に粉砕する、大混乱の嵐を巻き起こしていたのだ。

 これにより束の“天災”としての名声は、更に高まっていくのだった――――――。

 

 閑話休題

 

 時間はセシリアが生放送のテレビに出演していた夜にまで戻る。

 予定されていたパーティを護衛という立場で乗り切った晶は、オルコット家に訪れていた。

 

「ここが、セシリアの家なのか」

「はい。そうですわ」

 

 晶の眼前には、ジョージアン様式で建てられた屋敷があった。

 外装は優しい色合いの赤レンガで、中央にある玄関は大きく、上にある窓から中に大きなシャンデリアが見えたので、恐らく吹き抜けになっているのだろう。

 玄関の左右に並ぶ窓は対称性で、2階建てになっている事が分かる。

 屋根は傾斜を付けた三角タイプ。

 庭も家の作りに合わせられていて、木や花壇の配置、道の作りに至るまで全てが左右対称になっていた。

 そうしてセシリアに案内されて玄関から中に入ると、吹き抜けのホールとなっていた。左右には2階へと続く階段があり、その作りは、否応なく貴族の住まいを連想させる。

 ドラマ等でしか見たことのない本物の貴族の屋敷に、晶は思わず周囲を見渡してしまった。

 そうしていると彼女は振り返り、姿勢を正してから口を開いた。

 

「まずは今更ですが、我が家に招くのですから、正式に挨拶をさせて下さい。私が私自身の意思で招いた、初めてのお客様ですから」

 

 彼女は一度言葉を区切り、改めて口を開いた。

 

「オルコット家現当主セシリア・オルコットは、薙原晶を客人として迎え入れたいと思います。受け入れて下さいますか」

 

 晶も、姿勢を正して答えた。

 

「勿論だ。初めての客人になれた事を光栄に思う」

 

 すると彼女は嬉しそうな笑みを浮かべて、自身が最も信頼する使用人(メイド)を紹介した。

 

「では改めて、こちらも紹介致します。外では付き人として行動していましたが、屋敷では使用人(メイド)として働いてもらっているチェルシーですわ。私が最も信頼する使用人(メイド)です。宿泊中、何かあれば彼女に」

 

 付き人見習いとして行動する時に、簡単にではあるが紹介されていたチェルシーが改めて紹介された。

 以前調べた情報によれば、彼女は18歳。

 セミロングシャギーにセットされた赤茶色の髪と親しみ易い表情は、身近なお姉さんという印象だ。

 そして本来ならばエプロンドレスにカチューシャという姿が使用人(メイド)としての正装なのだろうが、付き人として動き易さを優先してか、スーツを執事風にアレンジしたものを着用していた。

 

「分かった。チェルシーさん。改めて宜しく」

「こちらこそ、宜しくお願い致します」

 

 この後、晶は宿泊する部屋に案内された。

 その場所は護衛という建前上、当主の寝室の隣の部屋であった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 案内された部屋に荷物を置いた晶は、チェルシーにリビングへと案内された。

 革張りのソファに暖かな暖炉。主張し過ぎない程度に室内を飾る調度品に、清潔感のある白い壁紙。そして暖かい色でコーディネイトされたカーテン。

 のんびりと過ごすには、丁度良い部屋だった。

 そして部屋には、先客がいた。

 パーティの時に着ていた青いドレスのまま、セシリアが待っていたのだ。

 

「お嬢様、薙原様をお連れしました」

「ご苦労様。軽い飲み物をお願いしても良いかしら」

「はい。では、――――――」

 

 そう言ってチェルシーが退室しようとしたところで、晶が引き留めた。

 

「あ、ちょっと待ってもらっても良いかな。一応護衛という立場だからね。屋敷に何か警備システムを入れていたら教えてくれないかな。後、俺のサポートメカを屋敷の周囲に展開させておきたいんだけど、良いかな?」

 

 セシリアが肯いたのを見て、チェルシーが答えた。

 

「玄関や人の目が届き辛い場所に設置されているカメラの他は、窓が割られた時に反応するような警報機くらいです」

「ありがとう。それならサポートメカで、警備システムが誤作動する心配も無いかな」

「何を出す気なのですか?」

「こんなの」

 

 晶は2人の眼前に空間ウインドウを展開。

 先日束から受け取った、スーパーシミターの情報を表示させた。

 

 ―――Status Window

  

  機体名称:スーパーシミター(※1)

  全  高:120cm

  全  幅:250cm

  

  WEAPON

   MAIN:チェーンガン×1

   SUB :スナイパーライフル×2

  

  O.PARTS

   広域レーダー

   多目的複合センサー

   データリンクシステム

  

  備考

   SUB WEAPONはアタッチメントにより別武装への変更が可能。

  

 ―――Status Window

 

 なお画面をスクロールさせた下の方には機体のスペックデータが表示されているのだが、そのデータは本来の性能を下方修正したものだった。

 何故こんな事をしたかと言えば、原因はこれを受け取った時の束の言葉だ。

 彼女は「商品化しても絶対に採算が取れないだけで、技術的には十分既存の範囲だよ。尤も、凡人が真似するにはちょっと大変かもしれないけどね」と言っていた。

 そして束の言う凡人の範囲は酷く広い。

 世間一般を探せばいるような、「10年に1人の天才」程度は、彼女にとって凡人の範囲なのだ。

 つまりこのスーパーシミターは、「10年に1人の天才」レベルの人間が、頑張ってどうにか作れるレベルの物ということ。

 そんな機体のデータを馬鹿正直に公開するような真似は出来なかった。

 実際セシリアの反応は――――――。

 

「………晶さん。このサイズでこの性能って、各国が必死に研究しているドローン次世代機を、超えている気がするのですけど」

「一応、(NEXT)のいる戦場で使う事も想定しているからね」

「良いのですか? これほどの物を使ってもらって」

「こっちは全然構わないよ」

「でしたら、お願い致しますわ」

「了解。お願いされました。窓を開けて良いかな?」

「ええ、どうぞ」

 

 晶が窓に近づくと、チェルシーが窓を開けてくれた。

 そして晶は拡張領域(パススロット)からスーパーシミターをコール。屋敷の外に実体化させて、屋上で警戒態勢を取らせた。

 ちなみに飛行能力のあるスーパーシミターを空に上げなかったのは、目立つのを避けるためだ。どうせすぐに“何か使った”という話は広まるだろうが、無駄に注目を集める必要もない。

 すぐに広域レーダーや多目的複合センサーを使った索敵情報が、NEXT()へと送られてきた。

 

(周囲に不審な反応は無し。屋敷全体もスキャン完了。こっちもおかしな反応は無し、と)

 

 一通りの確認を済ませた晶は窓を閉め、ソファに腰を下した。テーブルを挟んで、セシリアの対面だ。

 そしてチェルシーは、主の意を酌んで静かに退室していく。

 

「やっと、2人きりになれましたわ」

「そうだな。でも困ったな。2人きりになった途端、何を話していいか分からなくなったぞ」

「まぁ、緊張しているんですか」

「いや、こういう場面の貴族的な会話を考えてみたんだけど、さっぱりだ。上手い言い回しが見つからない」

「晶さん。昨日今日のパーティで毒されましたね? 晶さんは、晶さんのままで良いんです。むしろ染まらないで下さい」

「そう言ってくれると助かるな。ああいう喋りは、どうも苦手だ」

「そこは、私がカバーしますわ。だからああいう席に呼ばれた時は、私も連れて行って下さいね」

「そうする。頼りにさせてもらうよ」

「はい。頼りにされますわ」

 

 そうして雑談を始めた後は、瞬く間に時間が過ぎていった。

 途中で軽食を運んできたチェルシーも混ざり、リビングに明るい笑い声が響いていく。

 この屋敷にこんな笑い声が響くなど、いつ以来だろうか? 久しく無かったような気がする。

 セシリアとチェルシーの脳裏に、そんな思いが過ぎった。

 そうして深夜になった後、3人がどのように過ごしたのかは、当人達だけの秘密である――――――。

 

 

 

 ※1:スーパーシミター

 登場作品:アーマードコア プロジェクト・ファンタズマ

      アーマードコア ネクサス REVOLUTION DISC

 クローム製二脚型MTの「シミター」に飛行ユニットを取り付けたタイプ。

 本来の装備はチェーンガンとプラズマキャノン二門。

 原作では限定的な飛行性能だが、本作中では偵察機として扱えるだけの飛行性能を持つように改良されている。

 

 

 

 第109話に続く

 

 

 




本当はセシリアの自宅に泊まる予定では無かったのですが、電波をビビッと受信してしまいまして。

「付き人見習いに変装だぜ!!」→「束さん知ったらどうなるかな?」→「よし、やるからには思いっきり大事にしてしまえ!!」と三段跳びのような論理の飛躍で暴走しました。

しかし後悔はしていない!!


そして実を言うと、イギリス国民は熱狂しましたが、イギリス的には「セッシーの名声以外は何も得ていない」という罠。
対してフランス・ドイツは色々と実利あり。
さてはて、どうなる事やら………。

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