インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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キャノンボール・ファストの結果で3年生が焦り、その結果――――――。


第104話 キャノンボールの影響

 

 先週の金曜日に市のISアリーナで行われたキャノンボール・ファストは、大盛況の内に幕を閉じた。

 期待されていた専用機部門だけでなく、訓練機部門でも白熱したレースが行われ、観客を大いに楽しませたのだ。

 だがやはり、というべきか。

 専用機部門の盛り上がりは、訓練機部門の比ではなかった。

 期待を裏切らない高レベルかつ白熱したレースとなり、土日を挟み月曜日となった今でも、メディアを賑わせている。

 多くの特番が組まれ、その内の1つがIS学園食堂に備え付けられている、大型ディスプレイに映し出されていた。

 

『それにしても、流石は噂の専用機持ちですね』

『はい。あれほどのレース、中々お目にかかれないでしょう。それほどの一戦でした』

『誰が勝ってもおかしくないレースでしたが、激戦を制したのはドイツ代表候補生のラウラ選手。2位がイギリス代表候補生のセシリア選手、3位がISに触れて僅か数ヶ月の織斑一夏選手。何が勝敗を分けたのでしょうね?』

『そうですね………ではまず3位の織斑選手。彼は、機体性能に助けられ、足を引っ張られた、というところでしょうか』

『助けられ、引っ張られた? 矛盾する言葉のように聞こえますが?』

『簡単に言えば、ピーキー過ぎる機体という事ですよ。加速性能や運動性能などは間違いなく一級品。いえ、超一級品でしょう。ですが武装が、近接武装が雪片弐型と左手のクローのみ。遠距離武装に至っては左手の荷電粒子砲のみ。武装がシンプル過ぎるので、対戦相手は対策を立てやすかったでしょうね。映像、出ますか?』

 

 ディスプレイの映像が切り替わり、レース中の一夏の様子が映し出される。

 近距離で接戦を演じているのはシャルロットだ。

 

『ここです。織斑選手は実に、1周半に渡って釘付けにされている。シャルロット選手はエネルギー無効化能力を持つ白式を、徹底的に実弾兵器で削ったんです』

『白式の機動力なら如何に新型の第3世代機相手でも、振り切れるような気がしますが?』

『大空を舞う空戦でなら、それも可能だったかもしれません。ですがコースの決まっているレースだと、そうもいきません。コースラインを塞がれた上で弾幕を張られてしまえば、中々抜けませんよ。ましてシャルロット選手の機体は、“飛翔する武器庫(ラファール)”の後継機、ラファール・フォーミュラ。装備オプションはTYPE-D。大量の接近戦用火器を持つ重装接近戦タイプです。実弾など有り余るほど持っているでしょう。そして織斑選手は、シャルロット選手を撃墜するのに1周半かかった。コレが無ければ、優勝出来たかもしれませんね』

『加えてシャルロット選手を撃墜した後、篠ノ之箒選手の紅椿に掴まってしまいましたからね』

『ええ。そして今度は、紅椿の自律支援兵器と荷電粒子砲の波状攻撃』

『一夏選手、よく凌ぎましたね』

『流石はブリュンヒルデ(織斑千冬)の弟にして、NEXTの直弟子というところですか。攻撃に対する見切りが尋常じゃありません。良く避わしています』

『ですがこれで更に時間を食ってしまい、ラウラ選手とセシリア選手の先行を許してしまいましたね』

『はい。ですがこれは一夏選手の実力不足ではなく、箒選手が良く追いついた、と言うべきでしょう。映像、出せますか? 追いつく直前、三つ巴のところです』

 

 すると映し出されている場面が切り替わり、紅椿()甲龍()打鉄弐式()の三つ巴のレースバトルが映し出された。

 なお打鉄弐式は出場に当たり、重いフルアーマーは装着していなかった。

 

『ここです。この場面、箒選手は鈴音選手と簪選手の執拗な攻撃とブロックで、かなりのシールドを削られています』

『第4世代機である紅椿なら楽に振り切れる――――――と多くの人は考えてしまいそうですが?』

『でしょうね。ですがこれは、先行する鈴音選手が上手かった、というところでしょう。映像を良く見て下さい。尽くコースラインを塞いだ上で、不可視の龍咆で牽制しています。ISのセンサー群なら発射徴候は捉えられるでしょうが、箒選手はさぞかし回避し辛かったでしょうね』

『なるほど。それに加えて後方からは、連射型荷電粒子砲(春雷)独立稼動型誘導ミサイル(山嵐)。――――――鈴音選手と簪選手はコンビを組んでいたのでしょうか?』

『いえ、映像を見る限り違うでしょう。簪選手は箒選手も鈴音選手も、諸共沈める気ですね。全く容赦がありません。なので鈴音選手は、背後から攻撃を受けつつ箒選手の進路を塞ぎ牽制までこなしていた――――――という事です。これで1年生だと言うのだから、恐れ入ります』

『ですが、この乱戦を制したのは箒選手。ターニングポイントはどこでしょうか?』

『映像を早送りできますか。次のメインストレートのところです』

 

 映像が早送りされ、最終コーナーを抜けた3機がメインストレートに入るシーンが映し出される。

 そしてレースである以上、このメインストレートは最もスピードを出しやすい場所の1つだ。よってイグニッションブースト(瞬時加速)が基本技能となっている専用機持ち達は、ここで一気に加速していた。

 当然、鈴も簪もイグニッションブースト(瞬時加速)で加速し――――――その心理を箒に利用された。

 ここで紅椿()は、逆に大減速。打鉄弐式をオーバーシュートさせると同時に両肩の展開装甲をアクティブ。大出力エネルギーカノン(穿千)でメインストレート全体を薙ぎ払ったのだ。

 しかしこんな大雑把な攻撃が、先行する2人に通じるはずも無い。

 楽々と回避――――――は、されなかった。

 箒は発射に紛れて背部の自律機動兵器を飛ばし、回避中の2機にぶつけたのだ。勿論、穿千の射線に叩き落すように。

 

『――――――これは箒選手の読み勝ちでしょう。ですが此処でダメージを食いすぎたお陰で、一夏選手に追いついてもすぐに撃墜されてしまいましたね。このダメージが無ければ、箒選手の3位も有り得たかもしれません』

『なるほど。では話を戻して、ラウラ選手とセシリア選手は、何が勝敗を分けたのでしょうか? 機体性能だけを見ると、セカンドシフトしているセシリア選手が有利だったように思えますが?』

『これはもう経験の差、としか言い様がありませんね』

『経験の差、ですか? 失礼ですが2人とも代表候補生で、IS搭乗時間にそれほど差があるようには思えませんが?』

『確かに搭乗時間そのものに大きな違いは無いかもしれません。そしてセシリア選手のブルーティアーズ・レイストームの方が、カタログスペックが優秀なのも事実でしょう。ですが2人には大きな違いがあります』

『それは?』

『IS学園に入学する前、という但し書きが付きますが、セシリア選手は基本的にブルーティアーズを“上手く使う”訓練をしてきたと思います。ですがラウラ選手は、“勝つため”或いは“生き残るため”の訓練だったと思います』

『それは、どういう事でしょうか?』

『ラウラ選手は恐らく、自分が不利な状況を想定しての訓練を多く積んでいただろう、という事です。映像、出ますか?』

 

 画面が切り替わり、シュヴァルツェア・レーゲンとブルーティアーズ・レイストームの白熱したチェイスが映し出された。

 そして素人目に見ても、機動が機敏なのはブルーティアーズの方だった。加えて攻撃回数もブルーティアーズの方が圧倒的に多い。

 必中の命中精度を誇る誘導レーザーが次々と放たれるだけでなく、スナイパーライフルとビット兵器による多面同時攻撃がラウラを襲う。

 しかし、彼女は巧みだった。

 プラズマ手刀で迫るレーザーを切り払い、出来ない分は分厚い装甲部に“当てさせる”ことでダメージを最小限にしている。そして反撃としてレールガン(WB14RG-LADON)を、セシリアの鼻先を掠めるように放ち、かつ回避先にブレードワイヤを“置く”ように配置する事で牽制し続けた。

 結果としてセシリアは圧倒的な手数で攻めつつも、主導権を握れないという状況に陥っていたのだ。

 

『ご覧の通り、ラウラ選手は機動力・攻撃速度・命中精度と、ほぼあらゆる点で上回るブルーティアーズを相手にしても、まるで動揺していない。出来る事を1つずつこなし、粘り、逆に相手にプレッシャーを与えている。尊敬すら覚えますね』

『なるほど。では今後――――――例えば来年のキャノンボールではどうなっているでしょうか?』

『正直、分かりませんね。何せ今のIS学園には()がいる。来年には間違いなく、全員更に実力を伸ばしているでしょう。下手をすれば、新たなセカンドシフトマシンが生まれている可能性すらあります。仮にそうで無かったとしても、各国は最新技術を投入して、機体をアップデートしてくるでしょう。ですから、今を比較しても大して意味がありません。―――――― 一ファンとしては、素直に来年を楽しみにしたいと思いますね』

 

 こうしてキャノンボールのニュースが終わると、晶が口を開いた。

 

「未だにこのニュースで持ち切りか。みんな凄いじゃないか」

 

 しかし皆、全く満足している様子では無かった。しいて言えば、優勝したラウラがニヤニヤしているくらいだろうか。

 

「とは言っても、満足できるものではありませんわ。ラウラさんに、いいようにしてやられたんですもの」

 

 セシリアが胸元で腕を組みながら言う。更に「次は負けませんわよ」と言うと、「何度でも下してやろう」と、早速再戦に向けて火花を散らしていた。

 そしてそれは、他のメンバーも同じだった。

 誰もかれも今のままで良いとは思っていないようで、パイロットとして高みに昇るべく、意識は既に次へと向いているようだった。

 向上心があって良い事だ。

 晶がそんな事を思っていると、隣に座るシャルロットが尋ねてきた。

 

「ところで晶。さっき四十院さんにもらったソレ、もしかしてお弁当?」

 

 彼の前に置いてあるのは、ナプキンに包まれた四角い箱。誰がどうみてもお弁当だ。しかし包んでいるナプキンが、どうみても男らしくない。もっと言ってしまえば、晶の趣味らしくない。既に告白もして色々とご馳走している(されている)シャルロットとしては、ひじょーーーーに気になるところだった。

 

「ん? ああ、これな。何でもクラスの皆が日頃のお礼だって言って、暫く弁当を作ってくれるみたいでさ。有り難く貰ってるんだ」

「そ、そうなんだ」

 

 彼女としては自分が作ってあげたいという気持ちがあったが、クラスの皆が“日頃のお礼”と言っている以上、そこに割って入るのも失礼だろう。だが彼女は、すぐに別の機会があると思い直した。

 同じ専用機持ちなのだ。その気になれば他の人達より、ずっと一緒にいられる。

 

(ふふ。それにもう、一緒にいるだけじゃないしね)

 

 流石は自称愛人一号というべきか。他人よりも進んでいる特別な関係が、彼女を安心させていた。

 だが実を言うともう1人、この場に同じような事を思っている人間がいた。

 更識簪だ。

 姉妹揃って同じ男に惚れ込み、色々とご馳走している(されている)関係が、彼女に安心感をもたらしていた。

 今更、日替わり弁当程度で揺らぐはずもない。

 しかし逆に、そうも言ってられない人間がいた。セシリア・オルコットだ。

 告白はしているものの、その後進展の無い彼女は――――――。

 

(料理………ですか。チェルシー(専属メイド)(※1)には「貴族令嬢が作るものではありません」と言われていますが、好きな殿方に作ってあげる分には構いませんわよね?)

 

 チェルシー(専属メイド)が何を思って主にそのような事を言ったのか知らないセシリアは、内心でそんな事を思っていた。

 そうして彼女は計画を練り始める。

 

(お昼は皆が作ると………でしたら私は放課後の訓練の後、疲れた時に手軽に食べられるようなものを作って差し上げるべきですわね。ああ、ついでに皆さんの分も少しは作っておきましょうか。「作り過ぎたから」と言えば、晶さんも受け取り易いでしょうし)

 

 渡すタイミングとしては悪くないだろう。訓練で疲れた時に、手軽に食べられるものという着眼点も悪くないだろう。作り過ぎたという鉄板な言い訳を用意したのも良いだろう。

 ただ残念な事に彼女の脳内でイメージされているのは、料理番組の如き鮮やかな手並みで調理する自分自身の姿と、美味しそうに見える食べ物のような何かのみ。

 調理手順とかそういうものが、スッポリと抜けてしまっていた。

 そしてセシリアには、とても素晴らしい才能があった。

 

 ――――――“外見だけは”美味しそうな料理を作る才能が。

 

 ちなみにこの数日後、彼女が計画を実行したある日のこと。

 専用機持ちの放課後の訓練は、妙に終わるのが早かったという。

 原因は言うまでもなく誰かさんが作った“食べ物に見えるナニカ”なのだが………彼女の作ったソレは色々と突き抜け過ぎたせいか、逆に幸運を引き寄せた。

 “食べ物に見えるナニカ”は決して毒物では無いのだが、善意で作った物で毒殺されそうという訳の分からない危機感を抱いた晶が、(本人も決して上手くはないが)「何か簡単な料理、一緒に作れるようにならないか」と声を掛けたのだ。恐らく告白されていなければ、定期的に彼女の料理を口にする可能性が無ければ、決してこんな事は言わなかっただろう。

 その後セシリアの料理の腕は、亀のような歩みで少しずつ、彼の胃袋に多大なダメージを与えつつも、良くなっていくのだった――――――。

 

 閑話休題。

 未来の話はさておき、昼食を終えた晶達が教室に戻り雑談をしていると、クラスメイトの相川が近付いてきた。

 

「晶くん」

「ん?」

「なんか3年生の人が話したいって来てるんだけど、どうしよう?」

 

 入り口を見ると、確かに3年生が1人立っていた。

 ただ胸元の赤いリボンから上級生と分かるが、顔は見た事がない。

 晶は念のため、視覚情報をNEXTに取り込み、データベースを画像検索してみた。結果、HIT数1。視界内に表示された仮想ウインドウに、生徒のプロフィールが表示される。

 

(――――――素行は問題無し、と)

 

 キャノンボールが終わった直後というタイミングを考えると、恐らくとても面倒な話だろう。

 門前払いしても良いのだが、予想通りの内容なら、後回しにするほど面倒な事になる。

 

「相川さん。連れてきてもらってもいいかな」

「うん」

 

 すると促された3年生が教室に入ってきた。

 少し緊張している様子だったので、晶から話掛ける。

 

「初めまして。えっと、名前は?」

「あ、はい。3年1組クラス委員長のルーシーと言います」

 

 第一印象は、良く言えば真面目で物静かな感じ。悪く言えば、少し気が弱そうで面倒事を押し付けられそうな感じだった。

 

「じゃあルーシーさん。今日はどんな用件で?」

「えっと、あの………」

 

 何か迷っているのか、俯いてしまう。

 だがそのまま待っていると、先輩(ルーシー)が口を開いた。

 

「………あの、晶さんが行っている訓練に、3年生も参加出来ませんか?」

「無理だな」

 

 即答だった。

 今ですら専用機持ち以外は、クラスメイトのローテーションという形でどうにか回しているのだ。

 これ以上人数が増えれば、訓練の質そのものが下がりかねない。

 よって彼としては、新規参加を認める気は無かった。

 しかし、3年生の気持ちも分からなくはなかった。キャノンボールを見て後輩に追い抜かれる危機感を持ったなら、それはパイロットとして正しい反応だろう。

 

「あの、そこをどうにか………」

「無理だな。ただ――――――」

 

 晶は一瞬、思った事を口に出すべきかどうかを迷った。

 だが結局、口にすることにした。

 何故なら今の1年1組の現状は、他のクラスや学年から見れば、決して面白いものではない。加えて言えば、少しずつ溜まり蓄積した不満というのは、容易く人を排他的にさせる。その矛先が1組に向くのは、晶としても避けたかったからだ。

 なので、少しだけ希望を見せておく。

 

「――――――単純に実力をつけたい、というなら心当たりがなくもない。だけど俺の一存で出来る事じゃないんだ。学園に正式に話を通す必要がある」

「え!?」

 

 IS学園そのものを動かすとなれば、かなり大きな話になる。

 規模の大きさに、先輩は驚いていた。

 しかし晶は、構わず続ける。

 

「だから今言えるのは、君達の向上心を形に出来るようにしてみる、という事だけかな。これ以上は言えないから、今日のところは戻ってくれないかな」

「わ、分かりました」

 

 そうして先輩が教室から去っていくと、シャルロットが口を開いた。

 

「ねぇ、何をするつもりなの? 学園に正式に話を通すとなると、結構な事だと思うけど」

「………本当なら、俺もやりたくないんだ。だけど今の1組ってさ、他から見たら随分恵まれてるだろ。仮にこのまま何もしなかったら、学園内で不協和音が生じかねない。それを解消、とまではいかなくても軽減する為には、1組に俺達がいるように、他の人達にも努力次第で実力を伸ばせるチャンスがあれば良いと思うんだ」

「でも晶は今でも色々抱えているのに、これで3年生を見るなんて厳しいんじゃないかな」

「大丈夫。俺が直接見ようとしている訳じゃないんだ。むしろ問題は………いや、これ以上は先に織斑先生と相談だな。――――――すまないが今日の放課後の訓練は、自主練習にしてくれ」

 

 こうして話している間に昼休みが終わり、時間は瞬く間に過ぎて行った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 そして放課後の面談室。

 晶は織斑先生に、相談を持ち掛けていた。

 

「で、相談とはなんなんだ?」

 

 対面に座る織斑先生が口を開いた。

 

「相談の前に確認しておきたいんですが――――――先生方は今の1組と、それ以外の生徒達の現状をどう思っていますか」

「その話か………」

 

 織斑先生は手元のコーヒーを一口飲み、少し考え込んでから答えた。

 

「その話は何度も職員会議の議題に上がっていてな。良いとは思っていない」

「良かった。先生方も問題とは思っているんですね」

「ああ。だがお前に負担を強いるつもりはない。これは学園としてハッキリしている」

「一応、考えてくれてはいたんですね」

「お前の学園に対する貢献は、誰もが認めるところだ。これ以上何かを求めるのは、筋が通らないだろう」

「ありがとうございます。――――――そう言ってくれて嬉しいのですが、1つ提案させて下さい」

 

 そうして晶が話したのは、簡単に言ってしまえば外部からISパイロットを呼び、生徒達の模擬戦相手を務めさせるというものだった。

 だが言うまでもなく、これには問題点があった。

 何処の国や企業も、優秀なパイロットをたかが生徒と模擬戦をさせるためだけに派遣するなど、首を縦に振るはずがない。優秀な人間ほど引く手数多だし、本当に欲しい生徒なら、スカウトした後にじっくりと教育していけば良い。何もIS学園にパイロットを派遣する必要など何処にも無いのだ。

 この織斑先生の言葉に、晶は「当然ですね」と肯く。

 しかし彼はしっかりと、その先を考えていた。

 

「だから、ウチのカラードを出汁に使います」

「カラード? 確か、以前捕らえたISパイロット達のいる?」

「ええ。先生達も知っての通り、彼女達は元々、IS強奪を企む亡国機業の実行部隊。今は首輪を着けて、世の中の役に立つ事と引き替え経過観察に留めていますが――――――そのカラードを生徒達の模擬戦相手に使うと、国際IS委員会に上げてくれませんか」

「良い顔はされないぞ。それどころか、如何にお前の発案でも蹴られる可能性の方が高い。元犯罪者と生徒を接触させるなど、流石に………」

「ええ。蹴ってくれて良いんです。そして蹴られたら学園の現状を説明して、各国に模擬戦用のパイロットを出すように言って欲しいんです」

「なるほど。一度断らせてその提案なら、断りづらいかもしれないな。だがまだ理由としては弱いな。教師としてこんな事は言いたくないが、国を動かすなら、相手が動き易い明確なメリットが欲しいところだ」

 

 晶は答えを、予め用意していた。

 

「生徒達の模擬戦相手になるパイロットですから、一定以上の実力がないと困る――――――という建前で、カラードの3人と戦って貰うっていうのはどうでしょうか」

「それの何処が………いや待て、そういう事か」

「ええ。そういう事です」

 

 織斑先生は気付いた様子だった。

 国や企業にとって、ISを強奪されるというのは最高の不祥事の1つだ。無論何処も警戒はしているが、守る側の心理として、ISパイロットにどの程度の腕があれば強奪犯に抵抗できるのか、というのは知りたいところだろう。

 そしてカラードの面々は、元亡国機業所属のIS強奪犯。実戦経験は並みのパイロットよりも遥かに多い。そんな相手と安全が保証された状態で戦えるというのは、パイロットとしては美味しい話だった。

 

「悪く無い提案だな。少なくともパイロットレベルで考える分には、十分検討に値する」

「ありがとうございます。ただ、これにも少し問題があってですね………」

「どんな問題だ?」

「カラードの面々には文字通り首輪を着けて安全管理しているんですが、模擬戦でISに乗せるじゃないですか。パイロット保護機能をフルに使えば、首輪そのものを無力化出来ちゃうんですよね。束に頼めばどうとでもできる話ではあるんですけど、こんな事で彼女の時間は使いたくないんですよ」

「どうする気なんだ? そして仮に問題が………そうだな。カラードの面々がISを奪取して逃げようとしたら、どうするつもりだ? 他には、生徒に危害を加えようとしたら?」

「どうもこうも、警告なんて生温い真似はしません。その場で物理的に消えてもらいます」

「迷い無しか。分かった。今の返答も含めて、委員会の方に話を通してみよう。――――――しかし、すまんな」

 

 突然の謝罪に、晶は首を傾げた。

 

「急にどうしたんですか」

「本当ならこういう話は、学園側で行うべきものだ。余計な負担をかけてしまっている」

「俺みたいなイレギュラー相手に、先生は良くしてくれています。――――――と言っても先生は気にしそうなので、恩着せがましく嫌味っぽく、酷い事を言いましょう」

「何を言う気だ?」

「そんな事気にするくらいなら、委員会の連中に今の話を呑ませて下さい」

「ふっ、それもそうだな。必ず呑ませよう」

 

 こうして話し合いが終わった数日後、国際IS委員会から重大な発表があった。

 内容はIS学園に、生徒達の模擬戦相手として、現役パイロットが派遣されるというものだ。

 派遣される人員はIS保有国の持ち回りで、未来ある若者の為に派遣される人間は、“公平な実力検査の結果で選ばれた”実力者というものだった。

 ちなみにこの話が持ち上がった時、人員派遣に真っ先に名乗り出たのはアメリカやイギリスなど、公表こそされていないが、実際にISを強奪された国々であったという。

 そしてこの案が通った事で――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 国際IS委員会から発表があった翌日。朝のホームルーム前。

 教室にいる晶の元に、先日訪ねて来た3年生の先輩が再びやって来た。

 心なしか息が上がっているのは、走ってきたからだろうか。

 

「あ、あの。あの晶さん。あの発表って!!」

「君達の言葉に対する俺の回答だ。一線級のパイロットに挑める機会なんて、そうある事じゃない。存分に挑んで、実力を伸ばすと良い」

「あ、ありがとうございます。まさか、ここまでしてくれるなんて………」

 

 先輩が深々と頭を下げる。

 それを見ながら、晶は口を開いた。

 

「俺はチャンスを用意しただけで、それをものに出来るかどうかは君達次第だ。頑張ってくれ。良いパイロットになれると良いな」

「はい!!」

 

 この後少し言葉を交わして、先輩は去っていった。反応を見るに、これで恐らく他のクラスや学年の不満も、少しは和らげる事が出来ただろう。

 そうして一安心していると、織斑先生が入って来て朝のホームルームが始まった。

 いつも通りに朝の伝達事項が伝えられ、その最後に――――――。

 

「ああ、そうだ。最後に薙原」

「はい?」

「放課後、面談室に来い。少し話がある」

「分かりました。時間掛かりそうな話ですか?」

「お前次第だからな、他の面子には自主練習させておいた方が良いだろう」

「了解です」

 

 そうして時間は瞬く間に過ぎて行き、放課後の面談室。

 晶が織斑先生の対面に座ると、彼女は早速口を開いた。

 

「薙原、お前カラードの連中をどういう風に扱っているんだ?」

「え?」

 

 全く予想していなかった質問に、彼は首を傾げた。

 元IS強奪犯の身柄を引き受けるにあたり、モニター用の首輪こそ着けているが、それ以外は特に制限を設けていない。買い物は自由に行けるし、基本給も平均ラインより上+出来高制だ。住居もセキュリティはしっかりしているし、装備品だって良い物を取り揃えてある。

 モニター用の首輪にさえ目を瞑れば、それなりの好待遇のはずだ。

 何か問題があったかと必死に考える晶だが、特に思い当たる節はない。

 

「………何か、問題でもありましたか?」

「逆だ」

「逆?」

 

 訳が分からないと、晶はもう一度首を傾げた。

 そんな彼に織斑先生は、ノートPCの画面を開きながら説明を始めた。

 

「お前の提案を通すにあたり、カラードが委員会に喚ばれたのは知っているな」

「ええ。反対派ですね。まぁ、至極真っ当な反応ですよね。何故か俺は呼ばれませんでしたが」

 

 事の発端は派遣要員の実力検査の為、カラードの3人娘に学園のISを使わせる、という話が出たことだった。これに反対の声が上がったのは、安全面を考えれば当然だろう。

 今回は織斑千冬(ブリュンヒルデ)が話を持ってきて、万一の時はNEXT()が直接処理をするというから、議題に上がったに過ぎない。本当なら元犯罪者をISに乗せるなど、委員の立場からしてみれば、私的な会話としてすら話す事が憚られる内容だ。

 ましてISのパイロット保護機能がどれだけ優秀かは、委員会メンバーなら誰しも知っている。首輪の無力化など、ISに精通した元強奪犯なら、数分と掛からず可能だろう。

 よって反対派のメンバーはカラードの面々を委員会に召致。公式な場で質問し、元強奪犯である事を強調し、ISを扱うに値しない人間であると印象付けようとしたのだ。

 

「そう意地悪な事を言うな。お前がいてはカラードも本音を話し辛いだろうし、委員会メンバーも思い切った質問は行い辛いだろう」

「随分恐れられてるんですね」

「他人事のように言うな。そして自覚してないとは言わせんぞ」

「分かってますよ。でも首輪を通して、大体の事はモニター出来ますよ」

「じゃあお前、委員会で彼女達が何を言ったか知っているのか?」

「いいえ。あの件は織斑先生に任せた話ですし、危害を加えられる様子も無かったので、特には」

「そうか。ならまずは、これを見てみろ」

 

 そうして織斑先生は、ノートPCでとある映像データを再生した。

 カラードの面々が映っているところを見ると、委員会に喚ばれた時の映像だろう。

 先生が適度に早送りし、委員会メンバーが質問するシーンとなった。

 

『――――――万一何かあれば、彼は平然と、警告無しで貴女方を処理すると言ったそうですが、これについてはどう思いますか? 貴女方の忠誠を、彼はどうでも良いと思っているのでは?』

 

 とある隊員は、平然と答えた。

 

『何を言っているの? 私達の命を社長()が握ってるなんて今更な話ね。それに裏切る気なんて無いわよ』

『口では何とでも言えます。それをどうやって証明するんですか?』

 

 すると隊員は、自身の首輪を指差して答えた。

 

『この首輪がどんな権力や武力よりも、強力に私達を守ってくれるからよ。確かにこの首輪がある限り、私達は24時間監視されてる。でもそれがなに? それであの人()の庇護を受けれるなら安いものだわ』

『庇護ではなく監視でしょう』

『同じよ。私達が忠実な部下()である限り、あの人は決して不当な扱いはしない。そして万一何かあれば、この首輪は即座に飼い主()に状況を知らせるわ』

『いつでも都合の良い時に、近くにいる訳ではありませんよ』

『当然ね。でもそうね………例えば過去の恨みから私達が拉致・監禁され、そのまま殺されたとしましょう。元IS強奪犯の私達には、とても有り得そうな未来よね。でもね、首輪があると怖くないの。何故だと思う? あの人()は忠実な部下()である限り、必ず仇をとってくれるからよ。そして社長()がどこまでやる人間かは、多分委員会の皆さんの方が知っているんじゃないかしら? ――――――あとはそうね。確かに社長()って少し冷たいところがあるけど、それがなに? ここにいるエリート様(IS委員)よりも、行動は余程温かいわ。私達の身の安全、大手PMCですら揃えるのに苦労する最新装備の数々、情報のバックアップ、セキュリティの整った住居、その他にも色々あるけど、きっちり面倒を見てくれる優しい飼い主よ』

 

 この後も委員とのやり取りは続くのだが、カラード3人娘の態度は全く変わらなかった。

 それどころかこと有る毎に、社長()が如何に高待遇・好環境で迎えてくれ、報酬額に左右されず世の中の役に立つように、自分達を使っているか話すのだ。(ちなみに昔、「もっとリターンの良い仕事が欲しい!!」と文句を言っていた事については欠片も触れていない)

 そして彼女達の悪辣なところは、言っている内容は嘘では無いのだが、至る所に色々と“盛っている”ところだった。

 聞いている晶が恥ずかしくなるくらい、ある意味羞恥プレイと言わんばかりに盛られていた。

 

「あ、あいつら!!」

「彼女達の言っている事は嘘なのか?」

「いや、嘘じゃない。嘘じゃないが………」

 

 カラードの面々は元悪党らしく、とても嫌らしかった。

 嘘にならない範囲で真実を少しだけ装飾して、数字的な裏づけまで一緒に言うことで、話の信憑性を格段に上げているのだ。嘘をつく時は真実を少しだけ混ぜるとバレ難いというが、真実を少々誇張表現したところで、誰も嘘だとは分からない。元々嘘でないのだから、幾ら調べられても痛くも痒くも無い。数字的な裏づけまであるなら尚更だ。

 

「元IS強奪犯を、よくここまで更正させたな。委員会のメンバー、反対派も含めて随分と賞賛していたぞ」

 

 皆騙されてるよ!!

 内心の叫びが出そうになるが、ここで否定してしまうと自分の案を潰してしまう事になるので、彼は泣く泣くグッと堪えた。

 そして先生の言葉は更に続く。

 

「――――――で、最初の言葉に戻る訳だが、どういう風に接しているんだ? 凶悪犯にここまで言わせた手腕は、私とて興味がある」

 

 自分の賞賛動画を見せられるという羞恥プレイにグッタリとした晶だったが、質問に答えない訳にもいかなかった。

 

「えっと、ですね。小難しい事は何もしていませんよ。ある意味、基本通りの事しかしてません」

「基本?」

「そうです。能力を活かせるようにする。仕事の結果が給料という形で明確に見えるようにする。道具として使い捨てない。人材は大切に扱う。装備品は妥協しない。不当な扱いはしない。こんなところです。大体、世間一般で言われてるようなことでしょう?」

「基本に勝るものは無い、というところか」

「そうですね。あと、一応市販で売ってる営業や社長業の本も1冊読んでみたんですけど、小難しくて眠たくなったんで、さっき言った大まかな方針だけ決めて、後は更識から借りた人間に丸投げしました」

「何か特別に指示した事はないのか?」

「特になにも………あ、いや1つだけあったな」

「それは?」

「引き受けるのが元犯罪者っていうことで俺も迷ったんですけど、下手に考えても仕方が無いので、日本の古い言葉を参考にしたんですよ。――――――曰く、「衣食住足りて礼節を知る」ってね。だから会社(PMC)としての利益は最低で良いから、環境や待遇は決して手抜きをするな、とは伝えました」

「なるほど」

「ああ。でも先生、勘違いしないで下さいね」

「何をだ?」

「俺は大まかな方針を指示しただけで、形にしたのは部下達です。俺自身に社長としての才能はありませんよ。借りてきた部下が優秀なだけの、お飾りです」

 

 晶としては掛け値無しの本心だったのだが、織斑先生には鼻で笑われてしまった。

 

「何を言っている。確かに経営についてはド素人かもしれんが、小難しい事はそれ専門の人間に任せておけば良いんだ。トップの役目は何時だって方針を決めて、進ませることだ。そういう意味で、お前は才能があるよ」

「そんなものですか?」

「そうだ。ついでに言うなら人望の無い人間には、あんな事を言ってくれる人間もいないと思うぞ。経歴が色々と特殊だが、大事にしてやると良い」

「裏切らない限り、使い捨てる気なんてありませんよ」

「そうだったな。ところで話は変わるが――――――」

 

 この後2人の話題は、1年1組のIS訓練についてへと移っていった。

 生徒個々人の得意分野・苦手分野について意見交換することで、織斑先生はより分かりやすい授業を、晶はより効率的なIS訓練を行えるようにするためだ。

 教師としては、本来なら一生徒と話すような内容ではない。だが山田先生ともまた違った視点を持つ晶の言葉は、織斑先生としても参考になる部分が多いため、時折このような機会を設けていたのだった――――――。

 

 

 

 ※1:チェルシー

 セシリアの幼なじみにして優秀な専属メイド。18歳。

 年齢以上に落ち着いた雰囲気を身に纏っており、セシリア曰く「お姉さんの様な人」であり、「憧れであり、目標でもある」との事。

 IS 〈インフィニット・ストラトス〉 - Wikipediaより。

 

 

 

 第105話に続く

 

 

 




 さてはて、1年1組と他クラスや学年との不平等解決を考えていたら、こういう方向になってしまいました。
 そしてカラード設立時は「こんな会社もあるよ」くらいの気持ちで本編側に絡む予定など無かったのですが、立場的に使いやすいせいか徐々に出番が増えてる………。
 なおセシリアさんに料理改善フラグが立ちましたが、先は長ーーーーーいです。

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