インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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あけましておめでとうございます。
新年の投稿第一弾は、クラスメイト達のキャノンボール・ファストです。
専用機持ちに焦点の当たる事の多いこのイベントですが、あえてクラスメイトの方に焦点を当ててみました。

では、お楽しみ頂ければ幸いです。


第103話 クラスメイト達のキャノンボール

 

 ――――――キャノンボール・ファスト。

 

 IS学園近郊にある市のISアリーナで、年1回、市の特別イベントとして行われる高速レースバトルだ。

 例年注目度の高いイベントではあるが、今年の注目度の高さは近年随一であった。

 何せ今年の専用機部門は、注目度の桁が違う。

 薙原晶(NEXT)は不参加だが、それでも1年生の専用機だけで7機だ。

 しかも内3機は掛け値なしの特別製。セカンドシフトしている白式・雪羅にブルーティアーズ・レイストーム、世界唯一の第4世代機である紅椿、その他の機体も最低ラインが第3世代機という豪華な顔ぶれだ。

 卒業を控えている3年生以上に注目されていると言えば、どれほど注目されているかが分かるだろう。

 だが実を言うと、各国や企業のスカウト達は、このイベントを別の意味でも注目していた。

 それは訓練機部門に参加する一般生徒達、特に1年1組の仕上がり具合の確認だった。

 過去にちょっとした経緯(第73話)があり直接声をかける事は出来ないが、現時点での仕上がり具合を見るのに、このキャノンボール・ファストは格好の舞台だったのだ。

 普通なら1年生のこの時期に“仕上がり具合を見る”と表現すること自体がおかしな話だ。例年なら“才能ある原石を見つける”だろう。

 それほどまでに注目されている中で、今年のキャノンボールは開催されようとしていたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

(レース開始まで、何処で時間潰そうかなぁ………)

 

 キャノンボール・ファスト当日、薙原晶は少々贅沢な悩みで困っていた。

 レースに参加しない彼は、学園側からVIPルームで観戦して欲しいと言われていたのだが、そこにいると来賓から声を掛けられ煩わしいので、逃げ出していたのだ。戦略的撤退である。

 しかしその辺りを適当にぶらついても、九分九厘一般客に掴まってしまう。

 なので関係者以外立ち入り禁止区画を1人でぶらついているのだが、それでも先ほどから視線が煩わしくて仕方が無い。

 

(いっそのことサボッて………ダメだな。あいつら(専用機)のも、みんな(訓練機)のも、どっちのレースも見たい)

 

 そんな事を思っていると、背後から声をかけられた。

 

「あれ、晶くん。こんなところでどうしたの?」

 

 聞き慣れた声に振り向くと、そこにいたのはクラスのしっかり者、鷹月(たかつき)静寐(しずね)だった。

 

「鷹月さん。いやね、学園側から言われた観戦場所だと、ちょっと居づらくてさ」

「あ、なるほど。沢山話しかけられて面倒になったんだね」

「その通り。だからレース開始まで時間を潰せる場所を探してたんだけど、流石にこういう施設だと良い場所が無くて」

 

 すると鷹月は暫し考え込んだ後、両手をポンッと合わせて言った。

 

「なら、私達の控え室に来る? あそこなら皆いるし、下手にジロジロ見る人もいないと思うよ」

「流石にそれは悪いよ。レース前の集中しているところに、部外者が行くものじゃない」

「大丈夫。晶くんなら皆歓迎してくれるって。緊張していた子もいたから、話し相手になってあげて」

「いや、しかし――――――」

 

 なおも断ろうとする晶だが、彼女はクラスメイトとしての付き合いもそれなりにあるせいか、彼の事を良く理解していた。

 

「大丈夫。本当に誰も迷惑だなんて思わないから。さっきまで皆で「来て欲しいね」って話をしてたんだよ」

「それなら、まぁ良いか」

 

 自身が困っていた事もあり、晶は1組訓練機部門の控え室に案内された。

 そして控え室に入ると――――――。

 

「タカっちお帰り。あれ、晶くんじゃない。どこで拾ってきたの?」

「道端で退屈そうにしてたところをね」

「あ、なるほど。VIPルームに居づらかったんだ」

 

 ドアの近くにいた相川(あいかわ)清香(きよか)が鷹月を出迎え、次いで晶の存在に気付くと、クラスメイト達が次々と近寄ってきた。ISスーツ姿の女子に囲まれるという、一夏の親友()辺りが聞いたら藁人形と五寸釘を用意しそうな光景だが、彼にとっては日常だ。

 そうして挨拶を交わした後、皆の言葉は大体似たようなものだった。

 超満員の観客席に圧倒され、緊張が解れなくて困っているらしい。

 その予想以上に切迫した表情に驚く晶だったが、すぐに無理も無いと気付いた。

 色々と場慣れしている専用機持ちに比べ、彼女達にこんな大舞台で、沢山の人に見られながら何かをした経験など無いだろう。

 そこに加えて今年の注目度だ。

 場慣れしていない初心者が緊張してしまうのも、無理の無い話だった。

 そこで晶は腕を組み、「そうだな………」と暫し考えてから答えた。

 

「失敗するって思うから緊張するんだよ。失敗なんて学園でいっつもしてるじゃないか」

「そうかもしれないけど、でもこんな沢山の人達の前で“もし何かあったら”って思うと………」

 

 近くにいたクラスメイトの気弱な言葉に、数人が無言で肯く。

 これに対して彼は、発想の逆転で答えた。

 

「大丈夫。と言っても不安なものは不安か。なら逆に考えてみようか。この場では“失敗できる”って考えてみたらどうかな?」

「失敗できる?」

 

 首を捻るクラスメイト達に、晶は続けて口を開いた。

 

「そう。失敗出来るんだ。2年や3年になるとスカウトが目を光らせてるけど、今ならどんな失敗をしても“まだ1年生だから”で済ませられる。それにみんな、よーーーーく考えてみよう。日頃ISに乗って何している? 走って、飛んで、ブースト吹かして、ブレード振ってるんだぞ。それに比べればレースなんて、妨害ありとは言っても、決められたコースを回るだけじゃないか。学園でやってる事が出来るなら、何にも心配いらないよ」

「で、でも、もし転んで最下位とかになったら笑われないかな………」

 

 中々不安を払拭できないクラスメイトもいたが、彼は「大丈夫」と言いつつ続けた。

 

「それが全力を尽くした結果なら、誰が笑っても俺は笑わないよ。クラスで笑う奴もいないだろうさ。その他のどうでも良い赤の他人なんて気にするな。どうせ学園に戻れば、もう顔も見る事の無い連中だ」

 

 話し終えて皆の顔を見ると、少し緊張が和らいだだろうか? だが、まだ表情の硬い子が多い。

 

(楯無あたりなら立派な演説でもして、不安なんて消し飛ばせるんだろうけどな………)

 

 思わずそんな事を思ってしまうが、出来ない事を嘆いても仕方が無い。今の自分が出来るのは、見送る事と出迎える事だけだ。

 そこで彼は、ふと思いついた。気休めだが緊張しているクラスメイトの為に、“いつも通り”っていうのを演出するのも良いかもしれない。

 晶は明るい口調で口を開いた。

 

「みんな表情が暗いな。いつもとやる事は変わらないさ。ISを動かす。俺が見る。戻ってきたら助言する。いつもと何も変わらないだろう? ただやる場所が違うだけだ。だから学園にいる時と同じように、全力でやれば良い」

 

 すると、近くにいた鷹月が尋ねてきた。

 

「あれ? という事は、晶くんずっと此処にいるの?」

「………あ、やっぱり居たら迷惑だな。じゃあ――――――」

 

 助言は学園に戻ってから、と言おうとしたところで、別の声に遮られてしまった。

 

「ううん。居て良いよ。迷惑だなんてコレッぽっちも思ってないから。ねぇ、みんな」

 

 相川の言葉に、クラスメイト達が次々と肯いていく。

 こうしてVIPルームから抜け出した晶は、1組訓練機部門の控え室で過ごす事になったのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 晶がクラスメイト達と話をしている頃、アリーナでは観客向けに、訓練機部門のルールが説明されていた。

 訓練機部門のルールはとても簡単だ。

 

 ・クラス対抗戦の形が取られる。

 ・各クラスには、打鉄とラファールが1機ずつ貸し出される。

 ・各クラスのパイロットは、どちらかの機体を選んでレースに参加する。

 ・1レースに参加するのは各クラス2名となっている。

 ・1レースは4周で行われる。

 ・生徒は全員参加の為、レースは複数回行われる。

 ・レース回数は生徒数の多いクラスに合わされる。

 ・生徒数の足りないクラスのみ、2回参加する生徒がいる。

 ・順位に応じたポイントがクラスに入る。

 ・合計点の最も高いクラスが優勝となる。

 

 つまり訓練機部門は、クラスの総合力が試されるレースだった。

 次いで第1レースに出場する、各クラスのパイロット達が紹介されていく。

 そうして徐々に会場のボルテージが上がっていく中、ついに訓練機部門のレースが開始された。

 このアリーナに訪れているスカウト達は、噂の1年1組の圧倒的な強さを期待していたのだが………。

 

「なんか、普通だな」

 

 ビジネススーツを着た、とあるスカウトが呟いた。

 既に4レース程行われているが、1位が1回、2位が1回、3位がなくて、4位が2回。1回だけ取れた1位も、対戦相手に恵まれたようなものだろう。全体的に安全マージンをたっぷりと取った、1年生らしい安全第一の面白みの無い機動。タイムも極々平凡な範囲に留まっている。

 

(これは、噂が先行しただけかな?)

 

 この会場にいる多くのスカウトが同じように思っていた。

 あの薙原晶(NEXT)がいるクラスだけに、一般生徒もかなり出来ると期待されていたが、出来るのは専用機持ちだけらしい。

 だが本当に目の肥えた別のスカウトは、違う感想を抱いていた。

 

(何かしら? 妙に窮屈そう?)

 

 時折、妙に機体を大きく動かす事がある。だが基本的に、危なげない位置取りとコースラインで安全運転だ。多くのスカウトが感じているように、才能の煌きは感じない。しかし、この違和感は何だろうか?

 先ほどから1組の生徒達の動きが、窮屈そうに見えて仕方が無い。

 極少数のスカウト達がそんな印象を抱いたまま、更に数レースが過ぎた時、あるハプニングが起きた。

 アナウンサーの実況が、アリーナに響き渡る。

 

『おおーーーーっと、1組の相川選手、3組のラファールと接触!! バランスを崩した。立て直せるか!?』

 

 この時、打鉄を駆る相川は、先頭集団でトップ争いをしていた。

 残り2周。目前の、メインストレート前のコーナーを制する事が出来るかどうかは、順位に直結する大事な場面だ。

 だがそれは、3組の生徒も同じだった。

 白熱したデッドヒートを繰り広げる中で、機体同士が接触。体勢の悪かった相川機が弾き飛ばされる。

 コーナーアウトコースに弾き飛ばされた相川は、手にしていた物理ブレード(日本刀)をコースに突き刺し、その反動で体勢を立て直した。しかしこの間に、後続が次々と相川を抜き去っていく。

 この時点で観客達の視線は、先頭集団に戻っていた。

 本物のパイロットのような実力があるならまだしも、学生に奇跡の大逆転なんて起こせるはずがない。

 そして視線が集まった先頭集団では、3番手にいた鷹月が隙を突いてトップに躍り出るも、後続の激しい追撃を受けていた。

 そんな中スカウト達の何人かは、脱落した相川の動きに注目していた。

 動きがおかしいのだ。レースに復帰したなら、何故追いつこうとしない? 何故先頭集団と距離を空けている? もしや機体トラブルでも? それともレースを諦めたのだろうか?

 様々な可能性がスカウト達の脳裏を駆け巡るが、それが勝つ為の戦術だと読めた者は、同じ1組のクラスメイト達だけだった。

 そのままレースが進んでいき、先ほど相川が弾き飛ばされたコーナー前のストレート。ここから先は、最終コーナーを曲った後のメインストレートしか残されていない。

 つまり勝負を掛けるなら、ここが最後になる。

 相川が、鷹月に通信を入れた。

 

『じゃあ、行くよ』

『うん。タイミング、外さないでね』

『大丈夫。いつもと同じ。――――――いくよ!!』

 

 ここから先の光景は、観客達の度肝を抜くものだった。

 間違っても、1年生がやる事じゃない。

 この時点でトップに立っていた鷹月が、逃げ切る為の加速ではなく、2位以下のコースラインを塞ぐ形で減速。加えて巧みなブロックを合わせて行う事で、先頭集団の最高速を一気に引き下げる。

 そしてタイミングを同じくして、相川は残りのエネルギー全てをメインブースターに注ぎ込み最大加速。空けられていた距離が助走距離となり、最大速度が跳ね上がっていく。だがこのスピードでは慣性制御(PIC)を最大限活用しても最終コーナーを曲れない。1年生らしい自暴自棄か?

 素人の観客は誰もがそう思った。だがコーナーへの侵入角度から、玄人のスカウト達は気付いた。

 

(まさか!?)

 

 スカウト達が、思わず立ち上がる。

 相川が目指しているのは、先ほどコースに突き立てた物理ブレードだ。

 そして彼女は、ISが人型である利点を最大限に活用する。

 コーナー入り口に突き刺さってるブレードの柄に手をかけ、そこを支点に高速ターン。物理法則に従い遠心力を加速力へと転化しつつ、慣性制御(PIC)やブースターも併用して更に加速、有り得ない速度でコーナーを駆け抜けていく。

 加えて、1組の戦術は実に巧妙だった。

 最高速の落ちた先頭集団をアウトコースからブチ抜きトップに躍り出た相川は、拡張領域(パススロット)から幾つかの手榴弾をコールし、コースに転がしたのだ。

 当然回避する集団だが、何処に転がされるのか分かっている鷹月だけは、この時点で最大加速、かつ最小運動・最短距離で転がされた手榴弾を回避。集団を引き離していく。

 そうして最終コーナーを制した相川・鷹月ペアは、ワンツーフィニッシュを飾るのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そして次のレースに参加した四十院神楽と谷本癒子のペアは、他クラスの執拗なマークに合っていた。

 切っ掛けは間違いなく、先の相川・鷹月ペアが見せたコンビネーションだ。

 あれで1組は油断ならないと再確認した他のクラスが、最優先でマークし始めたのだ。

 アナウンサーの実況が、アリーナに響き渡る。

 

『おおっとぉぉぉ!! 谷本選手のラファール、コースラインを塞がれている。だがすぐに抜きに――――――いえ、2組の選手がブロックに入った。抜けるコースが無いぞ!! ペアの四十院選手はどう動くのか!?』

 

 この時、打鉄を駆る四十院も状況としては同じようなものだった。

 3組の選手2人に執拗にブロックされ、自分のレースをさせてもらえないのだ。

 加えて4組の選手が1人ずつ、谷本と四十院のブロックに入る。

 

『1組ペア、完全にブロックされている!! レースは残り1周。これはもう決まったか!?』

 

 しかしこの時、四十院はとても冷静だった。そして谷本も。

 谷本から四十院に通信が入る。

 

『最終コーナーは、多分警戒されてるよね?』

『前のレースでやってくれましたからね』

『じゃあ、どこで?』

『そうですね………ここでどうですか?』

 

 ハイパーセンサーで高速化された思考が、瞬時に仕掛けるポイントを弾き出し、コース情報と一緒に谷本へと送信される。

 四十院が選んだのは、足場の無い空中カーブの手前だった。

 空中のガイドラインに沿って進むこの場所と次のカーブは、訓練機部門のレースでは最も駆け引きが多発する場所であると同時に、駆け引きの為に高度な機体制御が要求される難所だ。そして観客席に最も近いだけに、観客にとっては最大の見所の1つだった。

 

『ここで仕掛けるなんて、強気だね。失敗したら、凄く目立っちゃうよ』

『薙原さんも言ってたじゃないですか。“まだ1年生だから”で済みますよ。怖いですか?』

『怖いけど、相川さんも鷹月さんも頑張ったんだもん。私も頑張らなきゃ!! やりもしないで諦めたら、それこそ笑われちゃうよ』

『そうですね。日頃の訓練の成果、存分に発揮しましょうか』

『うん!!』

 

 この時2人の脳裏には、奇しくも同じ光景が過ぎっていた。

 学園で時折行わせてもらっている、専用機持ち用の訓練プログラム(シミュレーション)だ。専用機持ち用だけあってエゲツナイものが多く、難易度を引き下げたものですら、一般生徒は殆どクリア出来ていない。

 そんなエゲツナイ訓練プログラム(シミュレーション)の中に、今の状況を彷彿(ほうふつ)とさせるものがあった。

 廃棄都市内での高速ドッグファイトだ。

 逃亡する敵を追う、というシチュエーションで行われるそのプログラムは、廃ビルが乱立する中での高速飛行という、高度な機体制御を強要する。出来なければ、即ビルの壁面に激突だ。

 それに比べれば――――――。

 

『――――――では、参りましょうか』

『うん!!』

 

 2人が行動を起こしたのは、全くの同時だった。

 まずこの時の位置関係は、先行しているのが谷本のラファール。後ろにいるのが四十院の打鉄だ。

 それぞれ左右と前方をがっちりとブロックされている。

 今まで何度も高度をズラしたり、加減速でフェイントをかけて切り抜けようとしたが、相手も警戒していて対応が早く抜かせてくれない。

 ここで再び、2人が高度をズラした。

 谷本が下に、四十院が上だ。

 しかし今までと同じようにブロックされてしまう。

 そして2人はもう一度高度をズラす。

 今度は谷本が上に、四十院が下に。

 これでは今までの焼き直し――――――観客はそう思った。

 だが、この後の行動が違った。

 上下運動によって2つの集団が同高度になる直前、2人は拡張領域(パススロット)から、それぞれ異なる武装をコール。

 谷本が左手にグレネード、右手にショットガン。四十院が盾だ。

 そして谷本は左腕だけを背後に向けて照準、トリガー。

 近接信管で放たれたグレネードが、四十院をブロックしている集団の至近距離で爆発。衝撃を真正面から受けた他クラスの面々がたじろぐ中、盾で衝撃をやり過ごした四十院は最大加速。僅かな隙間を縫って集団から抜け出す。

 そうして抜け出したところで、盾を後ろに投げ捨て追撃を妨害。加えて右手に物理ブレードをコール。背後からのまばらな射撃をロール機動で回避しつつ、先頭集団右側に接近。2組のラファールに背後から切りかかった。

 一瞬、2組パイロットの意識が四十院へと向く。だが、この斬撃はブラフだった。

 本命は谷本のショットガン。トリガー。

 散弾兵器の至近弾直撃という衝撃は、2組のラファールを弾き飛ばし、谷本との間に距離が開く。そして谷本は、冷静に決めにいった。自身の身体の前で両腕をクロスさせ、左手に持つグレネードを右側の2組ラファールに、右手に持つショットガンを、左側の4組打鉄に向けてトリガー。

 両サイドを固めていたISが弾き飛ばされ、右側にいる2組のラファールがコース外に落下していく。

 そして左側にいた4組打鉄がダメージを受けつつも反撃しようとしたところで――――――四十院がいつの間にか左手にコールしていた手榴弾が、緩やかな放物線を描き、4組打鉄の胸元に放り込まれていた。

 

「え、まさ――――――」

 

 4組パイロットの声が爆発に掻き消され、打鉄がコース外に落下していく。

 これで邪魔者はいなくなった。

 四十院と谷本の視線が、先頭を走る2組打鉄の背に向けられる。

 アナウンサーの実況が、アリーナに響き渡った。

 

『1組!! 鮮やかなコンビプレイだ!! 電光石火。一瞬の隙をついて2位集団を引き離したかと思えば、瞬く間に先頭集団の2機をコース外に叩き落した!! 先ほどのペアといい、一年生とは思えない鮮やかさだ!!』

 

 実況の間にも選手達はコースを進んでいき、空中カーブが近付いてくる。

 先頭を飛ぶ2組の打鉄が2人を抜かせまいと、右手にコールしたアサルトライフルを後手にばら撒きつつ、左手にコールした手榴弾を放り投げ、爆炎と衝撃で進路を妨害する。

 だがこんな苦し紛れの行動など、妨害にもなりはしない。

 2組の打鉄は、やや中央よりのインコースでコーナーに突入。

 これに対し四十院はギリギリのインコースから、谷本はアウトコースからコーナーに侵入。

 標的が分散した事により弾幕密度が下がり、妨害が殆ど意味を成さなくなる。加えて谷本がアウトコースから侵入したのには、戦術的な意味があった。

 カーブという性質上、アウトコースから侵入した谷本は、“必ず”先行している2組打鉄の後方に位置する事になる。

 ショットガンとグレネードが、2組打鉄の背に向けられる。パイロットの脳裏に、先ほどやられた同級生の事が過ぎった。機体を振り回してロックオンを外そうとする――――――が、それは最悪の悪手だった。

 只でさえコーナーでスピードが落ちているところで、そんな機動を行えば更にスピードが落ちてしまう。

 そして今度は、谷本のロックオンがブラフだった。

 本命は四十院。ロックオンに気を取られた隙に接近、横合いから蹴り飛ばしたのだ。そして自身は反動でコーナーを鋭角に曲り、一気にトップスピードへ。

 加えて続く谷本は、体勢の崩れた2組打鉄にダブルトリガーで追撃を入れつつ、コーナーを駆け抜けて加速していく。

 この後、他クラスの面々が1組に追いつく事はなく、2人はレースを終えたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そうしてレース回数が重ねられる度に、1組と他のクラスとの差が目立つようになってきた。

 確かに上手いと言えるだろう。だが、才能の煌きという程のものではない。他のクラスにも、出来る者は沢山いる。

 目の色を変えてスカウトする程ではない。

 しかしそれは、個人で見た場合だ。

 これがペア、或いは連携といった視点で見ると――――――。

 

(1年生のレベルじゃないぞ。コレ)

 

 ビジネススーツを着たスカウトは、先ほど下した「普通」の評価を覆していた。

 1組は、互いのフォローが抜群に上手い。

 

(つまり、敵味方の位置が常に頭にあるということ。この時期なんて普通、自分の事で手一杯だろうに!!)

 

 1+1が2ではなく、3にも4にもなる。そんなお手本のようなレースだ。

 連携という一点に限って言えば、2年より上手いかもしれない。

 そして別のスカウトは、先ほどの違和感の正体に気付いていた。

 

(窮屈そうに見えた理由が、やっと分かった。空間の使い方が、他の生徒達と全然違う)

 

 人間は基本的に平面を移動する生き物だ。

 従ってISパイロットも―――初心者は―――平面的な機動を取る事が多い。だが1組のパイロットはしっかりと高低差を使っている。初め窮屈そうに見えたのは、コースという限定空間内での、空間の使い方に慣れていなかったせいだろう。後半に行くに従ってクラスメイトを見て学習したのか、初めにあった窮屈さが感じられなくなってきた。

 

(1年生でコレとは、末恐ろしい)

 

 そして来年が楽しみな結果でもあった。

 これで個人のレベルが上がってきたら、どうなるのだろうか?

 

(視野の広いパイロットはどこも欲しがる。出来れば早く声を掛けたいところだけど――――――)

 

 とある取り決めにより、まだ声を掛ける事は出来なかった。

 焦って先走れば、親会社が多大なダメージを被りかねない。

 

(だけど“あの取り決め(第73話)”じゃ、いつからスカウト解禁なのかがハッキリしていないのよね………でもまぁ。多分2年生の今くらいの時期かしら?)

 

 こうしてスカウト達が来年へと思いを馳せる中、更に数レースが行われ、訓練機部門は無事終了したのだった。

 そして、1組訓練機部門の控え室では――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「訓練機部門1位!! みんなお疲れ様!!」

 

 2位以下を僅差で押さえ優勝が確定した1組の面々は、大いに騒いでいた。

 ちょっとばかりテンションが振り切れてしまった相川がベンチの上に立ち、皆で急遽買ってきた缶ジュースで、乾杯の音頭を取っている。

 

「しかし皆、随分出来るようになってたんだな。驚いたよ」

 

 晶がオレンジジュースを飲みながら言うと、周囲のクラスメイト達は「頑張ったもんねーーー」等と言いながらと笑い合っている。本当に、余程頑張ったのだろう。レースを見れば、どれだけやってきたのかが良く分かる。専用機持ちほどしっかり教えた訳ではないが、自分達なりに教えられた事を咀嚼し、吸収している。教えた方としても、こんなに嬉しい事はない。

 そんな中で少しばかりテンションが振り切れてる相川が、晶に近付いてきた。

 

「しょ~~ぉ~~くん。色々教えてくれたお陰で、こうしてレースに勝てたよ。ありがとうね!!」

 

 続いて、ペアを組んでいた鷹月が近付いてきた。

 

「うん。あんなに思い通りに機体を動かせるなんて、頑張った甲斐があった。何かお礼をした方が良いのかな?」

 

 するとその思いつきに、近くにいた四十院が賛成した。

 

「そうですね。日頃教わってばかりですから、この辺りで一度、感謝を形にするのも良いかもしれません。皆はどうですか?」

 

 彼女が周囲を見渡すと、「そうだね」という声が聞かれ始める。

 そして相川が、再び音頭を取った。

 

「じゃあ晶くん。何かして欲しい事とか、欲しい物ってある?」

「そうだな………」

 

 晶は少しだけ考えた。

 ここで謙遜して断る、というのは無しだろう。こういう気持ちは、素直に受け取っておいた方が良い。

 だが皆学生だ。余りお金が掛かるのも良くない。

 なので彼は、クラスメイト達が形にし易いものを選んだ。

 

「なら、手料理をご馳走してもらおうかな」

「あれ、そんなので良いの?」

 

 相川が意外そうに聞き返してくるが、VIPルームで煩わしい(腹黒い)会話を聞いた後だと、こういう気遣い(感謝の形)自体がとても嬉しいものだった。

 

「勿論。俺の腹も膨れて、感謝の気持ちも受け取れる。一石二鳥じゃないか」

「という本人の希望だけど、みんなそれで良い?」

「晶くん。しつもーん!!」

 

 元気よく手を上げたのは谷本だ。

 

「なにかな?」

「平日のお昼にお弁当でも大丈夫なのかな? それとも休日のお昼に、しっかりしたランチの方が良いのかな?」

「基本的にどっちでも大丈夫だけど、休日の場合は事前に連絡が欲しいかな。もしかしたら用事があるかもしれないから」

 

 こうして話が詰められていった結果、今後暫く晶のお昼は、平日はクラスメイトのお弁当。土曜の昼は(晶の予定が空いていれば)、寮に招待される事になったのだった――――――。

 

 

 

 第104話に続く

 

 

 




専用機持ちに比べるとまだまだなのですが、1年1組の一般生徒達の実力&評価は、こんな感じとなりました。

そして晶くんは日頃の行動のお陰か、可愛いクラスメイト達の手作り料理をGET。
世の男子学生に知られたら、ものすごーーくヘイト値が稼げそうですな。

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