1.セーラ・フッドのアルバイト
「17番さんオーダー、トマスパ、リブ、ナポリタンは2つ!!トマはチーズ抜きでお願いします!!」
「3番さん、若鶏のグリルの催促だよ!対応するから15番さんのとこ誰か行って!」
「了解!…っとまた来客だ、誰か対応!!」
「……わかった、いらっしゃいませ」
ちょうどお昼時、昼休みのサラリーマンやOLがお昼ご飯を食べにやって来るレストランはとても賑わう。ゴールデンタイムは12時から14時までの2時間。この2時間をどれだけ効率よく回すことが出来るかがベテランと素人の差が最も出やすいとされる。
そんなレストランに俺はいた。
「平日なのにこんな人来るのか…すげーな」
「おい岡崎!ボーッとしてんな15番さんのフォローしろや、働け!!」
「あ、は、はい!」
客ではなく店員としてだが。
いや、なんでだよ。
「くそ、なんでこんなことに……!!元はと言えばあの居候娘が…!!」
「……修一早く行って、邪魔」
「はい、今行きまーす!」
原因は、俺と同じく時期に入ったくせにもうベテラン以上の働きをしているこの銀髪居候娘だ。
朝の時間に話を戻ろう。
ーーーーーー
「セーラ、お前バイトしてみろよ」
「…………」
「その『また変なこと言いだした』とでも言いたげな目をやめろ」
休日。日替わり担当の洗濯物を取り込む作業を終えたセーラが、暇そうにソファに座っている。俺はその目の前で『求人募集』のチラシを持って立っていた。
それを見る顔は明らかに不満そうだ。
「…いきなりどうしたの?」
「俺も色々考え始めてな。お前が俺の依頼受けて結構経つのにお前の移動範囲は俺の家とスーパーぐらい。このままじゃ依頼をこなしているとは言えん」
銀髪アホ毛娘ことセーラがこの家で居候しているのも、『平和な世界を体験してみろ』という大ザッパすぎる俺の依頼を受けてくれているからという理由がある。
確かに血生臭い生活をやめ、平和に暮らしているがよく観察すると彼女はこの家からほとんど出ていない。
元々インドアな性格だというのも理由の一つだろうが、だからと言ってこのままでは俺がいなくなった時に自分で何もできないじゃないかと。
そして考え付いたのがこの、アルバイトだった。
「猫探しの依頼をした時に知り合った人がたまたまレストランの店長やっててな。ちょうど人手が足りないらしくて、ちょうどいいからお前そこで働いてこいよ」
彼女に足りないのは平和な世界で暮らす人と、その環境への馴れだ。ならばこそ、接客業をすることである程度の自立は求められるのではないか。そう、私は思ったのだ。
「……めんどい」
「そう言うなって、8時間くらい働くだけの普通のバイトだぞ?」
「やだ」
「給料も出るらしいぞ?」
「や」
「……………。」
唇を尖らせ、ふいとよそを向くセーラ。頼み込むものの全く効果がない。どうしよう、いい案だと思ったんだけどな。ダメかなこれ。
…ダメかぁ……。
「…はぁ、そんなあからさまに落ち込まないで。……面接は受ける、そこで採用されなかったら諦めて」
「え、やっ、やってくれんの!?」
が、チラチラと俺の方を見ていたセーラが諦めたようにそう呟いた。
この子は以外と押しに…というか引きに?弱いのかもしれない。
ふふふ…これなら。
「っしゃー!店長が女子紹介してくれたらいい衣装くれる言ってたから頑張ってこいよ!すぐ電話かけて来るから待ってろ!」
「…衣装、くれる?…修兄待って…!」
俺の
衣装をくれる。その意味の中に『セーラに着せるための』という部分が抜けていたりする。そしてその店長、実はコスプレを撮る趣味があり、様々なコスプレ衣装を持っていたりするのだった。そこ、変態言わない。
本音を言うと、自立を促す、なんてのは建前。
本音はただ、『セーラのコスプレ?超見てぇ!!』…以上!
俺の意図が読めたのだろうが、あまりにもお願い(その後土下座等を繰り返した)ことで諦めたセーラを連れてラストランへ向かたのだった。
そしてーー
ーーーーー
「まさか速攻採用なんてな。いやーやっぱ顔が整ってると違うわ〜♪」
「…納得いかない」
その日の昼、セーラは面接したその日に仕事服に着替えていた。
白のカッターシャツに黒いズボンというありきたりな制服であるはずなのだが、整っていてかつ可愛い容姿をしたセーラが着るとまるでフランス人形のように見えるのはなぜだろう。
客の目も男女問わず彼女に釘付けになっている。接客は機械のように正確なのだが顔は無表情で声に張りはない。
面倒そうにする態度も隠す気配はなく接客に関しては最低レベルだ。
…であるにも関わらず、呼び出しボタンでなく彼女をわざわざ呼ぶ客が後を絶たなかった。
「世の中顔だ」と最初に言った人はきっと、こういう状態を見て呟いたんだろうな。
どうやらこのアホ毛女、面接で落ちるように色々と工夫していたようなのだが、その容姿からか店長にかなり気にいられたらしく「どうしても働いてほしい!」と逆に頼み込まれたらしい。
看板娘がいれば店の繁盛も望めるし、実際普段の二割り増しで客が来ているこの状況を見ると店長の判断は正しかったのだとわかる。…が、
「なんで俺までやらなきゃならんのよ」
「…知り合いと一緒ならやるって言ったから」
「その知り合いって?」
「ん」
「このアホ!」
ピッと俺を指すセーラを睨みつける。アホ女、頼みに頼まれた末「俺と一緒ならやる」などとアホを言いやがったわけだ。
元々猫探しの依頼の際に店長と交流があったこともあり、俺の採用も簡単に承諾してくれたから問題はなかったが。…余計なことをしてくれたものだ。
「ったく、ただでさえこういう仕事は向いてないのに…余計なことしやがって。俺がいるからどうなるってわけでもないだろ?」
「……。」
「睨みつけて不満を伝えてくんな」
セーラにそう言うと、ふっと目をそらし黙り込んでしまった。ぶつぶつと何か言っているが…少し言い過ぎたかな。
俺からセーラにお願いした以上、本当に嫌なことをさせてしまっていたら申し訳ない。罪悪感が僅かながらに生まれてしまった。
「まぁ、その、なんだ?俺も決まったからにはやるから…今日頑張ったら『お前のしたいことさせてやる』、だからお前も頑張れ」
「…ほんと?」
「本当本当。ほら呼ばれてるぞ、行ってこい」
「……ん、行ってくる」
ぐるんとご褒美という言葉に、目をキラキラさせてこちらを見るセーラ。俺が頷きながら促すと、アホ毛をふらふらさせながらホールへと戻って行った。少しはやる気が出たようだ。
…褒美やら金やらにがめつくなったのは、俺の影響があるかもそれない。まぁ、セコくなるなら俺は別に構わないが。
「さてと、俺も働くとしますかね」
トテトテと歩いていくセーラを見送ると、俺は新しく来たお客さんのためにコップに水を注ぎテーブルへと運ぶ仕事に取り掛かった。
(不安があるとすれば、ここの店員のほとんどが男子だってことだな…)
瞬間、角に足をぶつけて水ごとひっくり返ってしまった。
ーーーーー
(おい、あの美人誰だよ。ハイレベルにもほどがある)
(あぁ、なんか今日決まった新人らしいぞ。…名前はセーラだったかな)
15時が過ぎ、普段より来客が多かったゴールデンタイムもようやく落ち着きが出てきた。まだ片付けは少し残っているものの、昼ごはんを食べ終わった複数客が談笑しているくらいになると店員達も暇になってくる。
レストランの男子店員AとBは、キッチン作業の数人と集まり談笑していた。
内容はもちろん、突然現れた銀髪の女の子についてだ。
(顔だけじゃない、あの仕事の速さはやばいぞ。初心者とは思えないんだけど。…無愛想だけど)
(メニューの全品とハンディーの使い方、一目で覚えたってよ。向いてる仕事だったんじゃないか?…無愛想だけど)
彼女が引っ張りだこの状態が今も続いてる中、彼らの仕事は料理を運ぶのと片付けのみが仕事だった。
彼女がなぜか、途中から進んで働きまくるせいでむしろ仕事が無くなってしまっているのだ。
(早く戻ってこないかな!ようやくひと段落したんだし、早く喋りたいわ!彼氏になりてぇ!)
(待て待て。まずは俺からだから。トレーニング係に任命されたの俺だからさ)
(くそ羨ましい…!なんで俺がもう1人の男なんだよ…!!しょーがない、あとで俺のこともちゃんと紹介しろよな)
そう話している最中に、セーラがホールから戻ってきた。
彼らの横を見向きもせずに歩き去る。長く綺麗な銀髪が遅れて流れ、自然と彼らの目を追わせる。
ただぼーっと見てしまっていたトレーニング係のAは舌なめずりしながら、洗い終わった食器を拭く仕事に入ろうとするセーラに声をかけた。
「セーラちゃん。ちょっといいか?」
「……?」
Aが肩を叩くと、セーラは首を傾げながらそちらを向いた。近くで見ると遠目で見た時よりもその整った顔がわかる。きめ細やかな肌やさらっとした髪が揺れていた。
他の連中より早くこの子との接点が持てるというだけでAは心の中でガッツポーズ。必ずこの子を手に入れると意気込むのだった。
「君のトレーニング任されたAだ。よろしくな」
「……。」
セーラがコクンと頷く。その仕草だけでAは自分の胸をぐっと抑えてしまっていた。Aは子動物のような容姿はこんな単純な動きだけできゅんときてしまうものなのかと少しだけ鼻息が荒くなってしまう。
それからゴールデンタイム前に教えていなかった部分を教えることになった。
もちろんちゃんと教えはするが、本題は別だ。
「それにしても、まだここにきて3時間なのにもう慣れるなんて凄いじゃん!昔何かやってたの??」
「………特に」
「そ、そっか。…あぁでももう少し笑顔があってもいいな。接客だからもっと笑わないと」
「………。」
「……あーっと」
本当に無口な子だなとAは今まで出会ったことないタイプに少しだけ戸惑ってしまう。話しかけられてるわけだから少しは相槌でもするのが普通だが、彼女は黙々と食器の水滴を拭き取っている。
むしろその態度がAの独占欲を増やすことになってしまっているのだが。
『この子は絶対に自分のモノにしたい』とAは目をギラつかせる。これほどのハイレベルで個性的な子を彼女に出来れば、他の男から羨ましがられることは間違いない。勝ち組だ。
Aは彼女が若干嫌がっているのは承知で話を続ける。話さないことには関係もできないのだからと、前に出た。
「セーラちゃん、趣味とかあるか?俺は映画鑑賞とカラオケなんだけど好きじゃないかな?よかったら今度一緒に…」
「……………。」
「?」
持ち前のトーク術でこのままデートの誘いに入ろうとしたところで、Aは口を閉じた。
フォークについた水滴を拭き取る作業をするセーラは変わらずAの方を見ていないが、
彼女の目線はフォークに向いてはいなかった。
手元は正確にかつ高速で食器を綺麗に拭き取りつつ、目線だけ他を向いている。器用だなとも思いつつAはその目線の先を追った。
(あれは、確かセーラちゃんと一緒に入ってきてた…)
その目線の先にはBからトレーニングを受ける、セーラと同じく新人の男がいた。
どうやらまだハンディー(客からの注文を厨房に送る機械)の操作すら出来ていないらしい。
どうしてその男を見るのか…もしかして好みのタイプか!?とAはその新人を観察し…
(はっ、勝ったな)
一瞬で理解した、あの男には必ず勝てると。
ハンディーは難しい操作がない。むしろ簡単な操作で送ることができる便利な機械であるが、それすら全く扱えていない男。初めてとは言えもう数時間過ぎている。女子ですらすでにある程度使えるようになっているのが普通だ。
どーせこの子も、ダメダメな同僚見て呆れてるんだろうなと、そんな
「なんであいつばっかり見てるんだよ?今は仕事に集中して」
「…っ」
どうやら彼女は無意識のうちにその苦戦する男をただジッと見ていたようで、Aに指摘されてようやく目線をフォークへ戻した。
「それで、どうだ?カラオケとか行きにくかったら食事からでもいいし、俺と一回遊んでくれない?」
「………終わりました」
「え?あ、さんきゅ。それでさーーあ」
再び口説こうとした矢先、食器を全て拭き終わるとAを方をチラとも見ずにセーラは歩き去ってしまった。
その全くAを見向きもしない態度に、堪らずAも舌打ちふる。
「やっぱナンパ慣れしてやがるな」
あのレベルが近くにいるのなら、必ず手に入れようとする男が多数存在するだろう。それに嫌気が指しているのか、それとも恋愛に興味ないのかはわからないが…まだ諦めるとこじゃない。そう判断し、話を続けるために彼女を追いかける。
ーーと、
「……修一、何してるの?」
「あのさ、この機械また動かなくなったんだけど?」
「……電源切れてる」
「あ」
「ぷ、ばか」
追いかけた先で、わざわざ袖を引っ張ってそちらを向かせ彼女は冴えない男に話しかけていた。小馬鹿にしたように笑う彼女に冴えない男はチョップしている。
先ほどまで垂れていたアホ毛が、まるで犬の尻尾のように動いている。その意味は理解できなかったが、彼女が『楽しそう』だというのはAから見てもわかった。
そしてーー
(ありゃあ…惚れてんのか?)
今まで数々の恋愛経験をしてきたAはそのセーラの行動に勘付いた。
彼女の見る目が他の男と違う。おそらく、あの冴えない男に惚れている。しかし、Aにはその理由がさっぱりわからなかった。
「…貸して。直してあげーー」
「は、初めましてセーラさん!いまこいつのトレーニングしてたBです!彼女はいません、よろしく!!ーーおい岡崎、お前は早く15番卓の片付けしてこい!さっき教えたろ!!」
「あ、はい!」
「………。」
そんな彼女が冴えない男に寄ったとき、Bが間に入り男に次の仕事伝える。邪魔者のいなくなったBは、チャンスだとセーラに話しかけている。
(確か名前は、岡崎だったか。
Bを無視して次の仕事に移るセーラを目で追いながら…
Aは悪い目つきをさらに鋭くし、拳を鳴らした。
ーーーーー
「だー疲れた…!」
日も暮れ、初日のバイトはようやく終わりを告げた。俺はバイトメンバーのAさんとBさんに挨拶しつつ休憩室の机にだらんと頭を置いた。
つ、疲れた…!新しい環境がここまで辛いとは思っていなかった。
8時間…休憩も少しあったが、ほぼぶっ続けで働いたが正直無理だ。
セーラとは反対に機械音痴かつ対応力のない俺はメニューもろくに覚えることができず、かつ機械も全く扱えず散々な結果だった。他にも水こぼしたり飯こぼしたり…わざとじゃないんだが他の人に迷惑をかけまくってしまった。
これが一週間続くと思うと気が滅入る。明日風邪引かないかなぁ…。
「……
そんなことを考えたいると、バイト仲間の男子に囲まれていたセーラが遅れて休憩室へと戻ってきた。俺と同じ…いやそれ以上に疲れた顔をしている。
「お前は仕事の疲れじゃなさそうだな」
「本当話しかけられるの、ウザい…ベタベタ触られるのもヤダ」
どうやらバイト仲間に大層気に入られたようで、暇な時や休憩中など事あるごとに声をかけられていた。まぁこの顔立ちなら当たり前かもしれない。
…俺は声をかけられないが。
「まぁでも1番目だったのはむしろ俺だったかもよ。俺失敗しまくったし、いいとこなかったし」
「……誰でも最初は失敗する。修兄は全然普通」
「…でもお前は完璧にできてたじゃんかよ」
「嫌味に、聞こえた…??」
「いや、そんなことはないけど」
慌てるセーラに俺は首を振る。悪気があったわけじゃなくむしろ励まそうとしてくれていたのは知ってるし、怒る気はサラサラない。
「でもま、失敗ばっかだけど楽しいぞ。俺武偵の依頼ばっかやっててこんなアルバイトとかしたことなかったし、新鮮で面白いしな!俺もしかしたらこういうのの方が実は合っててりして!」
「…そっか」
思えば、こうやって人の気遣いしてる時点で少しは成長しているのかもしれない。
「あ、でもお前完璧とは言えなかったな。客に愛想笑いくらいはしろよ」
「…っ、それは…」
「顔が可愛いからなんとかなってたが、ありゃ苦情言われても仕方ないぞ?」
「…そう、かな」
「そうだって。ほら練習だ、にこーって笑ってみろ、にこーって」
「…こ、こう…?」
「…ぷ、ははははははははは!!へったくそ!お前ほんっと、ほんと笑うの下手くそな!!ぎゃははははははははははははははは!!」
「……っ!!もう2度と、しない…!!」
口の端を両手でつまみぐいっと持ち上げるセーラに俺は堪え切れずに笑い飛ばす。腹を抑え涙をぴーぴー流しながら笑う俺に流石のセーラも頬を腫らして叩いてくる。ワンモアを期待したがもうしてくれないらしい。残念。
「…それより、バイト、終わった」
「?おう、終わったな?」
「………。」
ふんと鼻を鳴らしながらもこっちを向いてそう言うセーラ。
話の切り替えが下手くそだな。そんなありきたりな報告してこなくても…?と思っていたが。
《
『まぁ、その、なんだ?俺も決まったからにはやるから…今日頑張ったら『お前のしたいことさせてやる』、だからお前も頑張れ』
『…ほんと?』
『本当本当。ほら呼ばれてるぞ、行ってこい』
『……ん、行ってくる』
》
そういえば、そんなこと約束してたな。忘れてたわ。
「んで、何して欲しいんだ?俺は金持ってないぞ」
「……知ってる」
セーラは少し顔を上げ考えるそぶりを見せると、
「おはなし」
「あ?」
「修兄とお話し、したい」
「なんだそれ?」
そんな単純なお願いを言ってきた。
「そんなんいつでもできるじゃん。聞いてやる側が言うのもなんだが、こんな時は最初にやりすぎな要求をしてみるもんだぞ?そしたら以外とそれが通ってーー」
「…ダメなの?」
「いや、いいけどよ。本当にそれでいいのか?」
「…じゃあ」
単純過ぎるお願いに俺らしくなく確認すると、セーラは俺の右手を取った。
何するんだ?とその動かされる手を見ていると、その手はセーラの頭上まで上っていき、
ぽんと自分の頭の上に置いたのだった。
「このまま、お話しして?」
「…よくわからん」
今日のセーラはよくわからなかった。とりあえず乗せられた手を右に左に動かしてみるとくすぐったそうに目を瞑る。
…猫かこいつはと思いながらも本人が喜んでいるのならいいか。
「ま、お前も頑張ってたじゃん。よーやったやった。店長にも褒められてたし…なんかお前褒められると自分が褒められたみたいで嬉しいんだよなぁ」
「………。」
「お前さ、今の顔で接客すればいいんじゃね?」
「うるさいっ!」
セーラの顔を見ながらついそう言うと、はっと気づいたセーラが吠える。…吠えてはいるが頭の位置を全く動かそうとしていないから、多分嫌ではないのだろう。
「で、何話すよ?」
「…なんでもふぃ…」
「おーい?」
「…。なんでもいいから、話して」
「んじゃあ今日のバイトさーー」
セーラの頭を撫でつつ、俺は頭にポンポンと浮かび上がるテキトーな話をオチもなく話し始める。
ーーおはなし。簡単だと思っていたが、そんなことはなかった。
数十分話してレストランを出て、スーパーへ買い物に行く間もーー
「…修兄、話す」
「え?あ、うん」
男子寮へ帰宅し、夜飯を食べる間もーー
「…修兄。ブロッコリーの話聞いて」
「お、おう。珍しいな…」
そして、ベットに入っても…
「…修兄。おはなし、したい」
「お前今日はやけに話したがるな。どしたの?」
「……いいから、早く」
彼女が寝るまで、『おはなし』は続いたのだった。こんなに話したがるセーラは久しぶりに見た。
思い返してみれば、今日バイト中ずっと話せてなかったっけ。
…なんか癒されました。これがあるなら明日も頑張るかと、俺はすやすや眠るセーラに励まされたのだった。
ーーーーー
(けっ。イチャイチャしやがってクソが…!!)
Aは一部始終を見ていた。それは確かにセーラから最初に話しかけていて、セーラから最初に触らせていて、セーラが今日一番に笑っていた。それがAには無性に腹が立っていた。
(
ガリッと爪を噛みその憎悪はさらに増していく。その怒りの矛先は間違いなくあの男。今日一番使えなかったサイカイの男だ。
(今日一日お荷物だったクソ男子が、セーラにチヤホヤされる通りはねぇ!潰してやる…!セーラが自分から離れていくように最低なクズにしてやるよ!)
アルバイトは、まだまだ始まったばかりだった…。
…可愛いなおい