「岡崎修一という存在が理解できなくなってしまった前田綾。
そんな彼女は答えを求めて峰理子と向かい合う」
夕焼けの光が部屋を照らす。そこには拳銃を構える女子武偵がいた。
彼女はニコニコと笑った表情のまま、一歩近づく。
「さぁってさて〜あーたんはしゅーちゃんのことをどー思ってるのカナ?」
「……お話しするって割には、穏やかじゃないですね」
顔と声は笑っていた。…が、その声には圧があった。銃口を向けられた前田が引き攣った笑みを浮かべて一歩下がる。『敵にならないことを願う』。そう言われたことを思い出した。理子にとってそれがどこまで深い意味だったのか、今の前田には分かっていた。
(それだけ思い入れがあるということか)
だからこそ、前田は本音を、ありのままに思った事を話す。
「…射撃場でのあのスコア、そして武偵の皆さんの話を聞きました。話を聞く限りじゃあの人はロクデナシのド畜生で…人に対して理由もなくただ暴力を振るう…。そんなの人として間違っている。峰さんもセーラさんも皆、どうしてそんな人を好いているのだろうと本当に疑問に思いました。おかしいのは私ではなく貴方達だと」
「…………。」
前田の言葉に理子の目が鋭くなる。カチャリ…と銃にかかった指が少し動いた。
「でも、正直わからなくなってしまいました」
「…?わからないって??」
その指が再び止まった。気持ちの整理がついていない前田は、思ったことを口に出して自分でも整理したいのだろう。彼女たちの姿を思い浮かべながらゆっくりと言葉を繋げ始める。
「鈴木桃子さんに、火野ライカさんに、島麒麟さん…そしてセーラさん。みなさんの話を聞きました。…皆さんそれぞれで彼に思うところはあるようですが、その中には感謝の言葉がありました。その言葉は嘘じゃなく、心からの言葉、でした…」
理子はチラとセーラを見る。前田の言葉に今までの流れを読み取った理子は、セーラも色々と考えていたことを理解した。
彼女は修一の携帯をぽちぽちといじる事に夢中でこちらを見ていないが、元々人に興味のない彼女がここまで動いたのは彼のためであると察したのだ。
「私はもう…わからなくなりました。彼が想像通りの英雄なのか、それとも噂通りの屑なのか…」
「英雄、か。しゅーちゃんが英雄…」
英雄。その言葉を繰り返す理子。彼女の中でも修一は大きな存在だ。人から賞賛されるべき人であると思う。
ーーが、理子はその英雄という言葉は彼には似合わない、そう感じていた。そしてそれは、彼と過ごす時間が長かったからそう思う話であるとも理解した。前田はただ、その違いを理解できていないだけだと。それを伝えるためにはーー
理子は決意を決める。修一が
「ちっ…なんで毎回女なんだよ…」と小さく舌打ちし、理子はその口を開いた。
「じゃあ、一つだけ昔話を聞かせてやる。理子のとっておき。恥ずかしいから人に言ったことなかったんだけどな」
銃をゆっくり下ろすと、昔話を始めた。
「理子、修一に依頼を手伝わせたことがあったの。普通の依頼じゃない、それもとびきり危険ものを…
「……中々に鬼畜な事しますね」
「ふん、知らねぇよ。ただの猫の手が傷ついたくらいでいちいち相手にしてられるか…ってその時は思ってたよ」
「それで、岡崎さんは?」
「随分文句垂れてたよ。『金があるから手伝う気ない』だ、『金のためにやってる』だぁ?金金金金カネばっかり。クソ男子のテンプレで文句だけ達者に言って仕事するまでにどれだけ文句言うのかと思ったよ。人が本気で取り組んでることに文句を言うような、そんな男だって印象だった」
(……まぁ、そうなるよな──)
前田は聞きながら、話も終わらない前に彼のことを結論付けようとする。その表情を理子は読み取っていた。それでいい。理子はそのまま話を続けた。
「…。それで、文句言いながらも一応ある程度はこなしてくれたんだけど、その作戦の中トラブっちゃったんだ。
山の中で遭難したの。人の気配もなく、相手は脚に重傷を負った修一1人だけ。助けも山を降りないとダメで、私自身も脚を負傷してた。
綾、この時修一はどうしたと思う?」
山で遭難して、修一は足に重症、山には誰もいなくて、理子も足を痛めた。前田は与えられた情報を頭の中でもう一度繰り返し、その問いかけにゆっくりと口を開いた。
「今まで聞いた話の通りだと……理子さんが邪魔だから置いていったとかでしょうか? ……もしくは自分は折れているのだからと理子さんに下まで助けを呼びに行ってもらうとか」
「ま、普通の人はそうするよね」
「?」
岡崎修一という人間はよくわからない。だから普通の人がその立場になった時どうするかを考えた。自身の足が折れてるなら軽傷の彼女に頑張ってもらう。それが普通ーー
「あのバカ、片足折れてるのに
「……は?」
そう思っていた前田は思わず疑問の声をもらした。
「下山なんて1人でも大変だよ。それなのに人1人背負ってさ、理子のために、気遣ってくれてさ。
またいつもみたいに文句言うかなって思ってたら『寒くないか?』とか『足痛くないか?』とか。お前だって足折れてるのに…人の心配ばかり。
そこからだよ。修一が…まあ、その、い、いい奴だって思い始めたのは」
「………。」
前田はただ、呆然と理子を見ていた。先ほどようやく固まろうとした岡崎修一という男が再びガラガラと崩れたからだ。理子は「もういいか」と呟くと、彼女を正面から見る。
「もう言いたいこと言うとね、
才能も普通で、バカで、セコくて、女の気持ち全く分かってなくて、いいところより悪いところの方が数が多い唐変木。…でもちょっと優しくて、人のことばっか考えて、自分を
他の人が何を言ったか知らないけど、それは人のためにやったことだってことだけは信頼できる。だから、そこだけはあーたんも信じてほしいな」
(……あ、そう、か)
優しく微笑む理子。初めて見た彼女のそんな顔を見て前田は、最初に感じた違和感に気づいた。
朝であってから今まで、彼女の雰囲気が、
その理由や意味が全くわからない。ただ少なくとも自分がいた世界よりも柔らかい、繕ったような笑顔ではなくもっと素の表情をしているような気がしていた。
この世界の峰 理子が自分の世界よりもっと、もっと幸せそうな顔をしているということに前田は気づく。
(遠山君じゃない。理子さんの今の笑顔を作ったのは……岡崎修一)
きっかけになったであろう人物の顔が脳裏を過ぎる。
思えば、彼はまだ”高校生”だ。
自分はそんな”子供”にどれだけ荒唐無稽な理想像を押し付けていたのだろうと、前田は自嘲気味な笑みを浮かべた
(彼は、英雄なんて大層なものじゃない)
壊れそうになっていた岡崎修一が、ガチャガチャと音を立て組み立てられていく。
(金に目が無く、勉学も射撃もサッパリな不器用な大馬鹿者だ。逆境に折れそうになったり、道を違え掛けたり、自分の可能性に絶望して腐りかけることもある。でも──)
悪い部分も、いい部分も、全て当てはめる。そうすることでーー
(最期には立ち上がって、前を向いて歩いて行けるような男の子だったんだな)
彼女の中で、岡崎修一という人間像が完成したのだった。
(悪い部分は本当に酷い…でも、それも誰かを助けるためだって信じてほしい…か。そんな言葉で信じるなんて普通考えられない…。でも)
彼を信じる…のではなく、彼女の笑顔とその違和感を感じた自分の感を信じて見てもいいのかもしれない。そう前田は感じていた。
「彼は今どこにいるのですか?」
「ん?んっとねー、修行?」
「…?? 修行?」
ーーーーー
彼にもう一度会って話をしたい。そうお願いすると彼女は「修行場へGo!」と言う。修行場?と首を傾げながらも向かった先、そこはーー
射撃場だった。
「ここですか? あれから随分経っていますが……」
「ん。まーだやってると思うよ」
「?」
何をやっているのか?意味がわからず首をかしげる前田だったが、とりあえず理子についていくことにした。中に入り、人がなぜか多い部分へと進んでいく。角からその先が見える部分までたどり着くと、その目線の先に気づいた。彼がいる。
あれから約5時間以上も時間が過ぎているのにも関わらずーー
彼はただひたすらに的に向かって発砲していた。
もちろん当たりはしない、スコアは相変わらずの0だが、それでも彼は次から次へと弾を放つ。誰がどう見ても意味のない行動のように思える。弾の無駄だ。当然、前田も疑問に思った。
「彼は、一体何を…??」
「
「へ?」
理子の意外すぎる返事に思わず理子へ振り返ってしまう。自分の名前が出たことに驚いたと言うのもあるが、それよりも意味がわからないことがあった。
スコアを抜く?自分のスコアを??
「…何故です? そんな事に何の意味が……」
「んー敢えて言うのならあーたんの為? あぁ、でもソレしゅーちゃんに言ったら『自分のためだ』ってムキになられそう」
「……私の為?」
前田のスコアは強襲科の生徒が見ても驚くほどの高点数。そんな彼女の点数を、的に当てることすら出来ない修一が超す?それは誰が見ても不可能だった。前田自身も最初、そう感じていたのだが。先ほどの理子との会話で思い出す。
彼が何かをするときは人のためであることが多い、と。
「しゅーちゃんね、やっぱ嬉しかったみたい。人から強いとか、貴方の力が見たいとか、そんなこと言われたこともなかったから。だから失望したって言われてその分すっごく傷ついてた。胸が痛い〜!って叫んでたよ。そんな気分になるのが嫌だから、自分のためにやってる!って感じかな」
「……ハハ、意固地な人ですね」
前田は、優しい笑みを浮かべる理子が何を言おうとしているのか理解した。
同時に、自分の勝手な言葉が岡崎の心を傷付けたのだと悟ってしまった。
何だか息苦しくなってきた胸元を押さえ、必死に的に当てようと弾を放ち続ける岡崎の後ろ姿を見つめる。
(……諦め続けてきた私とは正反対だな)
当たりもしないのに必死になって当てようとする。外野から見たらダサく、ダメな男だと思われるだろう。しかし、一人の気持ちに真剣に向き合って、何とか結果を出そうとする。
その人が一番望んでることを必死になってやろうとしていることをダサいと理子は思えない。それを前田に伝えようとしているのだ。
また惚気ているのかと思って理子を見ると、案の定へにゃへにゃと笑っていた。整った顔がよだれでも垂らしそうな顔をしている。よっぽどそんな彼を好いているのかと思わず笑ってしまった。
ーーそんな時
「うわーやっぱやってるよー!昼間っから当たるわけないのにバッカで〜!」
「雑魚は自覚がないから雑魚なんだよね。2年でEの時点で気付けばいいのにww」
2人の武偵が、携帯を操作しながら2人の横へやって来て大声で話し始めた。おそらく今の岡崎の様子がSNSで拡散されたのだろう。続々と集まってくる生徒のほとんどが携帯を開いている。皆ニヤニヤと笑いながら彼が撃つ様子を見ている。理子がその様子に先ほどの微笑ましい笑みを辞め、俯きながら下唇を噛む。
(……ったく、クソガキ共め……)
前田は直感的に理解した。彼女はこの現状をぶち壊したいのだが彼がそれを望まないから我慢しているのだと。彼を一番に考えている彼女だからこそ、ここは我慢しているのだと。
しかし、理子が我慢できても前田は我慢出来なかった。
面倒な仕事を押し付けられようが、理不尽な暴力を振るわれようが、相手が”子供”であるならば大概の事は許す前田であったが、あれだけ真摯に努力してる岡崎の姿を嗤う蛮行は許容出来なかった。
ココアやリゼ、キンジやアリアといった、善良な子供達と接することが多かった反動もあるのだろう。
結果、学校では気弱で大人しいキャラクターで通してる普段からは考えられない行動に出た。
目尻を下げ、おずおずと伺うように2人へ近づいていくと声を掛ける。
「あの~……すみません。少しよろしいでしょうか……?」
「あ? 何だよ──って、おおっ!? 何だよ可愛い子ちゃん! 逆ナン?」
突如現れた儚げな雰囲気を醸し出す金髪蒼眼の美少女に2人の武偵は目尻を緩めた。
操作していた携帯を懐に仕舞うと前田を挟みこむように囲み、頭から靴の爪先まで粘ついた視線で見つめる。
怯えたように身を震わせる少女の姿に彼等の嗜虐心がゾクゾクと刺激された。
「新入生? あれ、でも学ランの下に2年の制服着てるしなぁ。こんな可愛い子、俺がマークしてないわけないんだが……」
(おいバカ声のトーン落とせ。怯えきって逃げられたら『お持ち帰り』できねぇだろうが。こんな上玉そうそういねぇぞ)
(お前の方が露骨だろww まぁ異論はねぇけどさ)
「えっと、少しお聞きしたい事がございまして……お時間は取りませんので……」
「あー良いよ良いよ。何でも聞いてよ!」
「何だったら付きっ切りで案内するよ? 何処に行きたいの? 飯屋? ホテル?」
肩を抱き顔を寄せて来た2人に前田は安心したような笑みを浮かべた。
見る者の心を溶かすような無邪気かつ蠱惑的な笑みだったが、前田の本性を知っている人物──とあるハッカーが
この笑顔を見た場合『オタッシャ重点です』と冥福を祈ったことだろう。
それくらいヤバい微笑み方だった。
「……ウサギとカメってお話、知っていますか?」
『へ?』
予想もしていなかった質問に2人の武偵は困惑した様子だった。
「ウサギとカメって……童話のアレだろ?」
「ウサギとカメが競争して、余裕ぶっこいて昼寝してたウサギがカメに追い抜かれて負けるって話……」
「そうです! そうです!」
前田はニコニコと笑顔のまま自らの肩に添えられた2人の武偵の腕を掴んだ。割と本気の腕力で。
『え゛』
熊にでも掴まれたのではないかという握力に2人は目を見開き──
「目が覚めたらあの童話を読み返せ、ウサギ共」
『うごっ!?』
──突如腹部に奔った凄まじい衝撃と鈍痛に白目を剥いて気を失った。
グラリ、と揺れる2人の間を擦り抜けて前田は何食わぬ顔で理子の元へ戻る。
「え、なに、キャッ!?」
突如、白目を剥いて倒れた2人に周囲がざわつく。
奇妙な事に倒れ込んだ2人の拳は、交差するように互いの腹部にめり込んでいた。
「え? 何? 殴り合って倒れたの?」
「同士討ちって奴か。喧嘩の場所は選べよなぁ」
「うぇ、ちょっ少し吐いてるじゃん! 誰か救護班呼んでやれよ」
数秒で行われた惨劇に周囲の生徒達も何が起こったのか把握していない様子である。
「お灸終了っと……男の子なんだからそのくらい耐えろよ」
パンパンと手を軽く叩き、意識がない2人に一応は謝っておく。
しかし、湧き上がる怒りのボルテージはまだ収まらない。
この2人のような人間のせいで、自分が岡崎修一を
子供相手に大人げない真似をした。でも後悔はしていない。前田は心の中でそう笑うのであった。
「わー容赦ないね♫」
「私はこの世界にはいない存在ですからね。何しても問題ありませんし」
そんな前田に気分を良くした理子はとっことっことスキップしながら彼女に近づくと応急処置と称して、なぜか持っていた『激辛あめ!死ぬほど辛い!!』と書かれたアメを大量に2人の口に放り込む。起きた時の苦しむ2人を想像し、彼女も相当たまってたなこれ…。と前田は思わず苦笑いを浮かべる。ーーが、止める気などさらさらなかった。
「……まだ随分と『ウサギ』が居るようですねェ。理子さんも私のウサギ狩り手伝ってくれませんか? 1人じゃちょっと骨が折れますし、全部私がやったことにすれば罪になんてなりませんから」
そもそも貴女は変装の達人でしょう、と黒い笑みを浮かべる前田に理子は一瞬目を丸くし……頷いた。
蒼いコンタクトレンズを取り出し目に着けると、ツインテールの髪を前田のセミロングのヘアスタイルに合わせて纏めていく。
「…くふ、あーたんって意外と悪どいこと考えるよね。ま、理子も我慢の限界だったからちょっと頑張っちゃおうかな〜♫」
前田の提案に邪悪な笑みを浮かべる理子。まだまだ気分が晴れないのか様々なお菓子兵器を取り出し始める。前田も怒りなどもろもろを拳に詰め込むと指をバキバキ鳴らした。
ーー射撃場の外に強制的に眠らされたウサギの山が出来上がるまで、1分もかからなかった。
ーーーーー
「お〜いしゅーちゃーん♫」
「おお、理子か。…あり、なんかツヤツヤした顔してね?良いことでもあった??」
「くふ、ないしょ〜。で、しゅーちゃんの調子はどう?」
「まぁ、その、いつも通りだな。…それよか前田はどうしてる?」
「んーとね、まだなんか用事あるからってどっか行っちゃった。まだまだ時間はあるよ!」
「おけ。んじゃあまた手伝え理子。どうにかして
「おーいえー!」
修一はやけにハイテンションの理子に疑問を抱きながらもとりあえず優先するべきことに取り掛かった。平賀から機械の修復完了メールは届いていないが、あの天才なら一日で直してしまうことも考えられる。機械が完成次第、前田は帰ってしまうだろう。それより前に点数を抜くとなるといくら時間があっても足りないのだ。
ーーそう考えているだろうな。と思っている理子は
「…ねぇ、しゅーちゃん」
「ん?なんだよ?」
「どうしてそんなに頑張るの?あーたんって別世界の人でしょ、別にしゅーちゃんがなんて思われようが別に気にしなきゃいいじゃん。逆に、今他の生徒から変に思われる方がよっぽど辛いんじゃない?」
「んー?…あー、そーかもなー…」
タタンッと乾いた音を立て、理子の方をチラとだけ見た後修一はまた的へと視線を戻す。
彼女がわざわざそれを聞いてくる意味がよくわからなかったが、
彼は、いつもの言葉で返した。
「んなごちゃごちゃしたこと考えてねーよ、めんどくさい。
だから別に理由なんていらないだろ」
「うん♫やっぱりしゅーちゃんはこーでなくちゃ!しゅーちゃん最高!」
「うお!?おいバカひっつくなーーーあっ!?」
理子は変わらない彼の性格が嬉しくなって思わず抱きつく。そんな理子に対応が遅れてしまい、もうすでに引き金を引こうと力を入れていた指がカチリと音を立ててしまった。
タァンと乾いた音が響き、修一の手の中にある全く狙っていない弾が一発放たれた。
しかしそれは、思いもよらぬ結果を招くことになる。
『1』
放たれた弾丸はポスッと音を立て
スコアの0が今日初めて変わった瞬間である。当の2人はもみくちゃ状態のままその数字をぽかんと見つめていた。
「…当たった…?」
「あた、当たった…お…おぉ…ぉぉぉぉおおおお!!当たった当たった!やったよしゅーちゃん、やったぁー!!」
「おおお!おおおお!?当たったーー!!やったー!!」
いえーい!とハイタッチし抱き合う二人。点数としてはただの1点、一般の武偵が失敗して出すような点数であるが、2人は大いに喜んだ。一度も出来なかったことがようやくできた。小さな一歩だが2人にとってはかなりの進歩だ。
ーーが、彼の目的はその数段先の話だ。
「ってそうだ、1点くらいで喜んでちゃダメなんだよな…!!このまま前田のスコアなんか越してやらねぇーと!」
前田綾のスコアは強襲科の面々の度肝を抜く程の特大スコアである。たかが、1点では目標点数に到底たどり着けない。
「岡崎さん!」
「ん?…あ、あれぇ前田!?お前、どっか行ったって…!」
隠れて様子を見ていた前田は修一の横に走り寄る。慌てて理子の横を見ると…
「くふ、うっそ〜♫」
「この野郎…」
てへぺろと舌を出し自分の頭をコツンと叩く理子。前田に修一の本心を聞かせるため、理子は一芝居打ったのだった。事実、それは前田の中の『岡崎修一』を完成体にさせたのだった。
「あ、ま、待ってな、前田!あの、この1点もその、調子が悪いだけなんだ!お前の点数なんて軽く超えるから次見とけーー」
「岡崎さんっ!おめでとうございます!!1点当たりましたね!!いえーい!」
「えぇ!?あ、い、いえーい…?」
弁解しようと慌てる修一。しかし前田はそんな言葉も遮って修一とハイタッチする。その様子に戸惑う修一。理子はニヤニヤと笑っていた。
「流石、私のヒーローです!」
「え?あの、前田さん?俺一点しか取れてないんだけど…その、いいの?」
「あの0点スコアでまず当たらないだろうと思っていたものを当てるなんて凄いじゃないですか!流石ヒーローは違いますね!!」
「待って待って、そうヒーローヒーロー連呼しないでね恥ずかしくなる。…というかお前、失望してたんじゃないの?」
「え、私そんなこと言いましたっけ? 年の所為か私最近物忘れが激しくて…確か岡崎さんの強さが見たいってことは言いましたけど、ちゃんと見せていただけましたし。失望なんてそんなそんな……」
「年の所為ってお前幾つだと…って、ん?えっと、それはつまり…??」
前田は、意味がわからずぐにゃぐにゃと体を動かせ始める修一の手を取り正面から目を見つめて答えた。
「岡崎修一さん。あなたは…あなたの強さは、私の望むモノではありませんでした。強くないですし、かっこよくないですし、それに女の子に非常に弱いですし、おせっかいの度が過ぎてると思います。正直言って理想としていたヒーロー像からは程遠いです!
ーーでも、
「あー!!あーたんそれダメー!!それは許してないー!!!」
興奮するあまり修一を抱きしめる前田。男友達にするようなモノで他意は無かったのだが、女子になれていない修一は両手を挙げて固まり、理子はそれを引き剥がそうとする。
それから10分後、興奮しながら修一自慢を話し始める理子と、それを聞いて「おぉぉ!」と良い観客になる前田。そして理子の嫉妬パンチで死んだ修一の姿があった。
ーーーーー
それからしばらくして、平賀からようやく完成したというメールを受け取った3人は平賀の研究室へと向かうのだった。
途中なぜか射撃場の前にボロボロになって積まれた武偵学生の山に驚く修一とそれをなんとか無視させようとする二人の攻防があったのだが…それはまた別の話。
「うぃ〜っす。よ、平賀お疲れさんだっな。ススだらけじゃねーか」
「うい!頑張ったのだ!」
部屋に入ると、白衣を真っ黒にした平賀が工具片手に招き入れた。ススだらけの部屋の中央に先ほどとの同じ『卵かけご飯製造機』が置いてある。
「…ん?なんだか前田さんがスッキリした顔をしているのだ。何かあったのだ?」
「そうですね。まぁ、色々といい体験をしました。あといい話をたくさん」
話がよくわからず首を傾げる平賀だったが、前田が楽しそうに笑うのでよしとした。平賀は、事故にせよ自分の機械の誤作動でこちらに連れてきてしまった前田に申し訳なく感じていた分、そう言ってもらえて嬉しかったのだ。
「それはよかったのだ。じゃあ、来た時と同じようにこの中に入って欲しいのだ!」
前田は頷くとその狭い装置の中に入る。体操座りなんて久々にしたな…などとのんきなことを考ていた。その周囲を囲む形で修一、理子、平賀がいる。たった今日1日の少ない時間だったが、別れとなると寂しくなるもので、皆数秒静かになってしまった。
「じゃ、お別れだな」
「はい。あ、岡崎君」
なんだ?と聞き返す。前田は彼の顔をしばらく見つめたあと、微笑みながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「誇って下さい、岡崎君。貴方の持つその『強さ』はどんな超能力にだって勝る貴重なものです。これからも、貴方は貴方らしくいてください。…あぁ、でも受け入れてくれるからって峰さんに迷惑かけてばかりでは駄目ですよ?金銭関係は特に」
「は?俺は金銭関係でこいつに迷惑かけたことは一度もないんですけど」
「しゅーちゃーん?この前食費なくなったって泣きついてきたの覚えてるよ〜?」
「……あれは、セーラが……!」
また夫婦漫才のような会話を始める2人に前田は苦笑いを浮かべる。この2人はこれからも変わることはないのだろうと思うと微笑ましい。
平賀も呆れたような顔をして「もう押してもいいのだ?」と聞く。3人が頷くのを見て、スイッチを起動させた。
パァァ…と前田の入った装置が青く光始める。もうトラブルがないように平賀はボタンを押した後、すぐに修一の前に立ち、動くなと命じていた。そんな中、光の中の前田が何かを思い出した様に「あ」と声をもらした。
「あともう1つだけいいですか?」
「お?なんだ??」
平賀とお互いの頬を引っ張りあっている修一に
「将来ガスマスク着けた妙な奴が貴方の前に現れたら、遠慮なくコテンパンにしてやって下さい! ほんっとロクでもない奴なんで! お願いしますね!」
「…わかった。お前もこれから頑張れよ!」
「はい!それではみなさん、また会える日まで!!」
光が部屋を包み込み、そしてその光が落ち着いた時
もう機械の中に人の影はなかった。
ーーーーー
岡崎 修一の世界〜平賀研究室〜
『行っちゃったね』
『あぁ、あんな完璧超人もいるんだな…。あいつほどのチカラがあれば、護りたいやつみんな自分で、ちゃんと護れるんだろな…』
『嫉妬した?』
『まぁな。…ま、俺にも目標ができたわけだ。あいつが出会ったっていう俺に少しでも近づかねーとな』
『そーだね。でもまずは未来のお嫁さん探しじゃない?ほら、あーたん言ってたし』
『…………。俺はもう決めたやつがいるの、そこは心配してねぇ!』
『!くふ、それって誰のこと〜??』
『絶対言わねぇよ』
『え〜?理子は口にしてくれたら嬉しいんだけどな〜』
『絶対言わない』
なんだよも〜。とふて腐れながら去って行く理子。修一は、はぁと安堵の息をはき、夕暮れの空を見上げた。
確かに理子の言っていた方もなんとかしなければいけないが、今できるのはやはり前田が未来で会った自分の様になること。前田に希望を見せられる様な自分になれる様にすることだ。
(前田、いつかきっとお前の力になれるくらい強くなってやる。
お前に会えてよかった)
ーーーーー
〜前田 綾の世界〜東京武偵校第一女子寮607号室にて~
『……ん』
まどろみの海に沈みこんでいた前田の意識がゆっくりと浮上する。
『……ゆ、め?』
前田はベッドからのそりと起き上ると寝惚け眼を擦りながら呟いた。
カーテンを閉め切り、電灯を消しているせいで居室は真っ暗だ。
(……ハッ、随分騒がしい夢を見たもんだ)
取り敢えずカーテンを開けるか、と前田が腰をあげた時だった。
インターホンが鳴り響いた。ふら付きながら玄関に向かい、扉を開けると見知った少女の姿があった。
『あー! 此処に居たー! 綾ちゃーん!』
『……あ、ココアさん。おはようございます』
寝惚け眼の前田の目の前に、明るい茶髪の後輩、ココアがいた。彼女がいることがここまで安堵感を出すことなど珍しいだろう。……が、ココアはなぜかぷりぷり怒っていた。
『おはようじゃないよ!もう夕方だよもー!どこに行ってたの!?今日もパン作り付き合ってくれるって約束してたのに〜!』
『……え゛!? し、しまった! ゴメンなさい! 完全に寝坊しました! こ、この埋め合わせは必ず……!」
『むー! ……むぅ?』
わたわた慌てる前田の掌から、何かが零れ落ちた。
むくれていたココアはそれに気が付くと、ヒョイと拾い上げる。
『何これー? 飴?』
『!! それは……!』
毒々しいまでの赤色をした飴玉だ。
ラッピングには”激辛あめ!死ぬほど辛い!!”と書かれている。
(……あれは……夢じゃ……)
『死ぬほど辛いって大げさだなー。あ、アヤちゃんのポケットにも沢山入ってるみたいだし、1個貰ってもいーい?』
『!? えっちょっ!?』
ココアの言葉に視線を下ろせば、確かにポケットには溢れんばかりに飴玉が詰め込まれていた。
前田が呆然ソレを見つめている間に悲劇は起きてしまった。
『アバ、アバババババーッ!!?』
『言わんこっちゃないいいいいぃぃぃ!? ココアさん! ペってしなさい! ペって!』
ガクガクガクと痙攣し始めたココアを引っ掴むと慌てた様子で部屋に運び、水を差しだした。
『がらいよ゛ぉ……ごれもうちょっとした拷問道具だよぉ……こんなの何処で手に入れたの?』
『と、とあるヒーローを手助けするための小道具として頂いた物で……』
『……ひーろー?? なぽれおん〜とかおだのぶなが〜とか?』
『えぇ……』
涙目で呟く彼女の中のヒーロー像はどうなってるんだというツッコミをしそうになったが、脳内でその2人と前田にとってのヒーローを並べたところ、どうにも笑いが込み上げて来て仕方が無かった。
『そんな偉大な人たちと並べるられると彼も泣きそうになりそうですが…まぁ、私に取っての英雄…いえ、
『!! 綾ちゃんがヒーローって言うくらいなんだから凄い人なんだね! 教えて教えて!』
『……いいですよ。まぁ、少し長くなるので茶請けとか用意してきますね』
目を輝かせて急かすココアを宥めつつ前田はコーヒーを淹れながらどう話したものかと考える。
そのまま伝えるのはあまりに衝撃的過ぎる。言葉は選ばなければならない。
昔の体験と、今の体験。その2つでもらったたくさんの想いと考え方。
”彼”の考えが彼女に大きな影響を与えたその過程を整理していると前田はある事を思い出した。
それは岡崎修一と初めて戦った時の、彼の銃の腕前だ。
20メートル先の的に対し、何千発も撃って1発当てるのがやっとだった筈の彼の腕前は、見違えるほどに向上していた。
『……ココアさーん』
『んー? なーに?』
『今度射撃場に行ってライフルや拳銃の射撃訓練も行いましょう』
『え゛ぇ!? いや私あの手の武器を扱うセンスは無いって……』
『その前言は撤回します。センスが無くてもサイカイな成績でも、諦めなければ大概の事は何とかなります。練習あるのみですよ!』
(……ですよね? 岡崎さん)
前田は心中で呟くと、うごぉぉぉと呻くココアの頭を慰める様にポンポンと叩く。
──オレンジ色の空の下、2人のヒーローがそれぞれの世界で新たな目標を携え歩み始めたのだった。
2017年08月10日(木) 13:42
コラボ終わりです!
野牛先輩ありがとうございました!コラボは普通と違って色々と考えることが新しい問題や考えることがあって新鮮な経験をさせていただきました!
大変楽しかったです!
ではでは〜