サイカイは隣の武偵高校へと研修に行った。たった3日間の短い研修期間。
これはそんなたった数日間の些細なお話。
「………ぶすぅ…」
「……?」
武偵高校2-Aに滞在するA子がいた。彼女は特に大した設定もないが、ただ、理子の友達である。
2年ほどの理子の同級生をしていたA子は彼女が昨日から頬を膨らませ足をブンブンしている様子を見て違和感を覚えていた。
(…なんか、理子ちゃんすごく機嫌悪い…??)
「りーこーちゃん?どうしたの??」
「…つまんない」
「え?」
「いつもと同じ授業受けて、いつもと同じトレーニングしてるのに…なーんかつまんなーい!」
まるで駄々をこねる子供の様に体をブンブン振る理子。唇を「3」にして今にも暴れだしそうだ。
「どうしてだろう…?あ」
A子はチラと端の机を見る。いつもと昨日、今日の違いを思い返すと、昨日から一度も座られない椅子と机が目に入った。
「もしかして、彼がいないから?」
「…そーなのかなぁ…」
「会ってないの?」
「んーん、
「全然寂しくないじゃん…」
いい時代になったなあとA子は思う。そう、最近理子が何故かくっ付いている男がいる。クラス中から忌み嫌われる存在である彼にどうして自ら近づいて行くのかA子にも分からないでいた。どうして理子がここまで執着するのかを考えるA子の横で理子は「あーあ!」と腕を伸ばした。
「もうさ〜ここまで男いなくて寂しくなるとさ〜他の男で埋め合わせしてやろっかなって気になるよね〜。キー君とか簡単に捕まりそうだし〜」
口元に右手を添えケラケラと笑う理子。やっといつも通りに戻ったとA子は喜んでうんと頷いた。
「うん、それがいいよ!それこそ理子ちゃんらしいし!!」
「…だよねー。やっぱこれが理子らしいよね〜…」
「あ、あれ?」
いつも男子を手玉に取り、事あるごとに男を弄ぶ。その小さな容姿とぶりっ子のギャル思考な彼女が、何故か「はぁ…」とまた落ち込んでいた。
机から動かずまた落ち込んでいく理子。どうやらキンジのところへ行く気はないらしい。
「…はぁ〜、早く会いたいなぁ」
「そんなに会いたならせめて電話でもしたらいいじゃん?」
「んー…30分前にした〜」
「どれだけ好きなのさ」
「…えへへ〜」
ぶすっとしていた顔が一気に緩くなった。机にだらんとさせたままだがこちらに顔をむけニヤニヤしている。同性であるA子でさえこの子動物を愛らしさに抱きしめたくなってしまった。
「でも流石に電話しすぎたかな…って。嫌われたら…やだなぁって」
(やだ、可愛いかよ…)
だらんとしたままおそらく本音を言う彼女にA子は興奮を隠せない。今までの峰理子のイメージと全く違う今の理子の方がちょー可愛い!と内心テンションが上がっていたのだった。
「ま、でも電話したいなら我慢しなくてもいいんじゃない?あとでどうせするなら今しといても一緒、一緒!自分の好きな様にしたらいいんじゃない?」
「んー…ん、よし、そだね!ありがとA子ちゃん!理子電話してくる〜!」
結局どうしてもしたかったのだろう。A子が軽く後押しすると、瞬間にピュー!と声に出しながら教室を抜け出して行った。そんな理子に手を振るA子。彼女は誰もいない二つの机を交互に見て、「羨ましい…」と呟くのだった。
A子の恋愛歴は0年であったのだった…。
ーーーーー
岡崎家、リビング。研修2日目の朝。
「……」
隣高校といってもかなりの駅を超えた先だ。ここの家主はあちらの高校で三日間だけ寮を借りて生活することになっていた。
よってここには同居人、もとい居候の銀髪元傭兵のみが存在している。
彼女は目を覚めると、しばらくぼーっとする。朝が弱いわけではないが、起きる理由がない今、どうしたものかと考えていた。
「…………」
結局、また寝ることもできなかった彼女は起き上がった。朝の光があまり差し込まない静寂の中をゆっくり歩き、シャワールームへとのそのそ入っていった。
「…………………」
朝のシャワーを浴び終わったらしーんと静まりかえった室内を歩き、テレビをつける。しばらく髪を乾かしながらそのよくわからないバラエテイを見ていたが…特に興味がないにも関わらず彼女は音量をぐんとあげた。
「……………………………」
5分ほど意味なく見続けた後、特に内容が頭に入っていないまま台所へと移動する。ガチャリと空けた冷蔵庫の中には3日分のごはんが入っていた。その中の一つと、彼女の好物であり自分のお小遣いで買ったブロッコリーを取り出し、一人だと大きすぎるテーブルに乗せる。
「……………………………………」
しゃくしゃくと噛む音が部屋に響く。無心でただ手を動かす作業をしているといつの間にか今日1日分を予定していたブロッコリーを全て食べてしまった。いつもなら家主が怒ってくるのだが、今回はそんなことはない。お金はたんまりあるし、また買い直せばいい。
久々の自由がそこにあった。
…のだが。
「……………………………………馬鹿馬鹿しい」
最近買ってもらった彼女用の携帯。まだ知り合いに誰も教えられていないその携帯に、唯一ある電話番号を押す。買ってくれた張本人が「おお、一番最初が俺になるな!」と入れてくれた電話番号。それを押し終わり、通話のプッシュボタンを押そうとーーした親指が一度ピタリと止まる。
「…………いい、のかな……」
それから1度指が離れ…再び決心し押そうと進み…また止まり、離れる。
ただ一つのボタンを押せない。そんな経験を初めてした彼女はもう諦めると携帯をソファに投げる。
特徴的なアホ毛がしゅんと垂れていた。
ーーーーー
「あ、リサじゃーん!やっほー!!」
「理子さん。こんにちは」
電話をかけようと教室を出た理子の目の前にリサが現れた。
「リサが学校にいるのって珍しいね〜!どうしたの??」
「はい、修一くんの昨日の活動記録を学校側に提出しに。慣れない環境では色々と不手際がありますから。主人にはメイドが
「…一番…」
「はい。もちろん昨日もご奉仕に向かわせていただきました。彼は
楽しそうに話すリサに思わず下唇を噛んでしまう理子。理子は手に持った携帯をギュッと握りしめると強気を見せようと胸を張った。
どこかで、カァァァン!とゴングの鐘が鳴った様な気がした。
「へ、へー…うん、そっかー。理子もねー今日しゅーちゃんと話したよ〜?しゅーちゃん
「…。ええ、修一くんは寂しがりやなのは知っていますが、そうですかそうですか、それはよかったです♫…ところでリサ、実はそんな寂しがり屋な修一くんに
「ふーん、でも過保護すぎる女子が近くにいたら面倒だって男子多いよね〜?しゅーちゃんもそっちだし、気持ち悪がられる前にやめたらいいんじゃないのー?」
「いえいえ。修くんはいつもリサがお世話すると「ありがとう」と笑顔で言ってくれますから。それに幼馴染ですし
「時間が全てじゃないと思うけどな〜。というか、しゅーちゃんが人に命令する様な人じゃないってわかってない時点で
「いえ、結構修くんはお願いしてくれますよ。今日もリサに「膝枕してくれ」と命じられました。リサの膝が一番眠りやすいとーー」
「はー?しゅーちゃんがそんなお願いするわけないじゃん
「ああそういえば修くん、自分から電話なんて滅多にしませんが理子さんにはするんですね!モーイです!…携帯の着信履歴、見せてもらえますか?」
「「…………………。」」
ニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコ……!!
顔は笑ってるがお互いにノーガードで殴り合いをしている様な、そんな雰囲気が二人の間を包み込む。周囲を歩く生徒が皆その様子を見て一瞬で逃げ出していた。
「…何してるの?」
「お?…やっほー!セーラん久しぶり〜!」
「ああ、セーラさん。こちらもお久しぶりです」
そんな中、唯一この空間に割って入って来た人物はセーラであった。いつもの様に帽子をかぶっていない。
この前買ってもらっていた携帯を首から下げ、暇つぶしに散歩していたところを出くわしたのだった。
「…馬鹿馬鹿しい」
二人の事情を聞いたセーラは、本心からそう呟くと面倒だからと家に戻るために背を向けた。
そんなセーラを無視して、理子とリサの二人はまた何か言い合いを始めようとするーー
そのとき
prrrrrrrrr!!!prrrrrrrrr!!
突如、着信音が鳴った。
3人の目線が一箇所に集まる。
それは銀髪の彼女が首から下げた、自前の携帯電話。
「…………ふふん」
「「…………ッ!!」
セーラは携帯電話を手に取ると、勝ち誇った様な、本気のドヤ顔で二人の方へ向き直る。先ほどの二人の言い合いを一応聞いていた彼女は優越感に浸っていた。
悔しそうに震える二人。その二人の様子に満足したセーラは一度軽く深呼吸して自分を落ち着かせるとゆっくりとボタンを押した。
彼女のアホ毛が、まるでゲゲゲの鬼太郎のように突っ立っていた。
ーーーーーー
「…もしもし、
『おお、セーラ久しぶ…一昨日ぶり!ちゃんと飯食ってるか?』
「…うん、まぁ一応。…
『ま、なんとかしてるわ。…っとそんなことより、ちょっと聞いてくれよ〜。実はまたトラブルに巻き込まれちまって…』
「トラブル…??」
「「!?」」
セーラが思わず反芻したその言葉に理子とリサの二人がぐいっと顔を近づける。
「「セーラ…?」」
「………。」
事情を話し始める修一。セーラはその話を聞く前に目の前にいる二人の方に視線を移す。
な?わかれよ??とニコニコとした顔で暗にそうセーラに伝える二人。ここでなにかヘタなことを言えばろくなことにはならない。
その圧に流石の元最強武偵も降参し、携帯のスピーカーをオンにする。これで全員が修一の声を聞けるようになった。
『ーーんでな、ちょっとこっちで知り合った奴が厄介なことに巻きこまれてよ〜。まぁ世話になったし…ちょっとだけ力になってやりたくて。だから帰ってくる日が遅くなーー』
「「またかこのクソお節介野郎!!」」
『うぇえ!?なな、なに!?』
修一が事情を説明する中、二人の怒声が響き渡る。軽く廊下が振動したような錯覚をセーラは感じた。この二人を怒らせるとろくなことにならない。そう昔修一が言っていたことは事実だったのかと再認識していた。
ーーが、当の本人は全く気づいていなかった。
『え?え?なになに、今の理子と…リサか?なんだなんだお前ら〜いっつの間にセーラと仲良くなったの〜?しゅーちゃんは嬉しーー』
「グダグダと余計なこと言ってんじゃねーよ!!一旦黙れ!!」
『ふゃい!?』
いつものめんど臭い絡みをしようとした修一を一蹴。おそらく電話越しにピシッと気をつけをしているであろう修一を可哀想に思うセーラだった。
「おい修一?私の質問に答えろよ、ァア?…お前が、いま、お節介で、助けようとしてる奴は、
『…?なんで性別を気にすーー』
「質問にだけ答えろ」
『え、あ、はい!…その、あの…えっと…
女です…』
ブチリ…!!と理子の何かがキレた。理子はゆっくりとその小さなお腹を膨らませーー
「今からテメェのとこ行ってそのクソな相談事パパッと終わらせてやっからそこを動くな浮気野郎!!」
携帯が壊れそうな勢いで通話終了ボタンをグン!と押す。しーんとなった空間で理子は1度目大きく深呼吸すると、二人の方へと向き直った。
「…リサ。ここで私たちが争うのは本当に無駄だったみたいよ?」
「そのようですね。…はぁ、1度、目を話しただけなのですけど…」
「ま、あの女たらしがすぐに治るとは思ってないけど。今日はちょっとキレた。あのアホ顔をボコボコにしてやる…!」
「…私も行く」
3人は大きく頷くと、隣接武偵高校へと向かった。
その後、
突如隣接武偵高校に現れた美人3人衆は、瞬く間に修一の抱えていた問題を解決させることに成功。隣接武偵高校の男子がトレーニングそっちのけで彼女たちの元へナンパの嵐を巻き起こすというパンニングはあったものの、
修一は結局、なんの問題もなく翌日戻ってきたのだった。
「…で、俺はなんで研修に行っただけでここまでボロボロにされなきゃならんのよ…?」
「ふんだ、しゅーちゃんは罰として一週間は理子のずぅと側にいなきゃダメなんだからね」
その日から隣接武偵高校で「東京武偵高校の女子はレベルは高いが怒らせると怖い」という印象が広まったそうな。めでたしめでた…し?
…短くまとめるって…難しいです。
#A子はこの話のみにしかでません。