サイカイのやりかた【38話完結】   作:あまやけ

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これは、未来の彼女が思い返す



とある学生二人の思い出物語である


おまけ
1.峰 理子はどうしても手を繋ぎたい!


「…はっ…はっ…」

 

とある休日のトレーニング施設。

運動部に所属しているガタイのいい青年や、健康のために運動する高年者がそれぞれで運動をしている中に峰理子は一人走っていた。

 

いつものように化粧や派手な服などは着ておらず、黒を基準とした運動に適した服装にタオルを首からかけている。努力は人に見せるものではないという考えから場所も武偵高校とは少し離れた場所だ。

 

ただ元々の顔立ちやスタイルをそんなことで隠せるわけもなく、本人にその気は無くても周りを走る若い男性や近くを通る人が振り返ってしまっているのだが。

 

(…ふう、今日はこんなものかな)

 

それも気にせずただ黙々と走り続けた理子は2時間に設定していたタイマーが振動すると、ランニングマシンを止めた。汗を拭いながら歩く仕草さえ男子の目線を釘付けにしていることには気づいていない。

 

女子更衣室に戻り暑くなった体を冷やすために自動販売機の牛乳を購入し、ぐいっと一飲み。ある程度涼んだ後、近くの体重計に乗った。

 

(…はぁ、これだけやってもあんまり変わらないんだよね…)

 

プニプニとお腹を触る。一般的には痩せていると言われる程度の体重ではあるのだが、本人はそれでも痩せたがっているのには理由があった。

 

彼氏に少しでもいい自分を見せるためである。

 

ルックスやファッションだけでなくスタイルでも彼にとってとっての一番でいたい。そう感じ始めて週に三回このトレーニング施設へと足を運んでいる理子だった。

 

…本人に言えば「いや、そんなのよくわからんし、別に普通じゃね?」などと失礼過ぎる返答が返ってくることは理子自身理解してはいたのだが。

 

(この頃、しゅーちゃんの周り女増えたし、皆気があるみたいだし…う〜ん、もっかい走っとこうかなぁ…)

 

銀髪妹枠 黒髪和風美人枠 金髪メイド枠

 

数秒考えただけで数人の女子が思いついてしまったことに苛立ちを覚えつつ、理子は彼女たちが()()()()()()()()()()()()であることを同性でありながらも感じていた。

 

あの浮気男がいつ誰に転んでもおかしくないと本気で焦る時もあるほどで、理子の中では特にあの銀髪娘が要注意の人物である。

 

修一自身が彼女を変えたというのもあるし、一緒に住んでいるというのもあり、銀髪娘自身が「…家族だし」と言って、ある程度彼の行動を容認していることが多い。

メイドよりも言うことを聞いてるんじゃないかと本気で心配することの多い女である。

 

やっぱり負けたくない!と改めて気合いを入れると、落ち着いた体をまた走らせる為にトレーニング室へと戻った。

 

(…んー、でもどうしたら理子だけを見てくれるようになるんだろ…?)

 

スイッチを再び起動させ、走り出すと暇になった頭が色々と考え始める。

 

どうやったら彼が自分だけを見てくれるのか?

どうやったら彼にとって自分は特別な存在になれるのか?

 

「…くふ」

 

考えることのほとんどが彼氏に対しての悩みだということに、元武偵殺しとして思わず笑ってしまう。元々真剣に悩む理由は主に生きるか死ぬかの瀬戸際だったのに対し、今はこれだ。

 

平和ボケしたとも取れるが理子は一切後悔がない。

 

それを与えてくれた彼に対しての想いは間違っていないと再確認した。

 

(…よっし!明日からもっとイチャイチャしよう!理子から猛アタックすれば、きっとしゅーちゃんも理子から目が離せなくなるはず!!)

 

 

よっし!と拳を握りしめ決意する理子はその後三時間走り続けたのだった。

 

 

ーーーーー

 

 

 

「幸せは当たり前だと思ってしまったらおしまいだと思うわけよ俺は」

 

 

 

「…は?」

 

場所は変わって岡崎家。

 

晴れたお出かけ日和の休日にも関わらず、家主の修一は未だ居候を続けているセーラと格闘ゲームをして遊んでいた。

 

だらんとソファに寝転ぶ修一とその横でちょこんと座るセーラ。

 

もうこの体勢から2時間ほど動いていない。

 

元々修一がインドア派というのと、セーラは修一が言うままにゲームを一緒にプレイすることもあってニートが二人完成してしまっていた。

 

そんな中ゲームがロードに入った瞬間、修一が突然語り始めたのだ。

 

「いやさ、俺と理子付き合い始めてもう結構経つじゃん?」

 

「…うん」

 

「あいつってさ、人懐っこいし、俺見つけたら走って来てくれるし、人目気にせずスキンシップしてくれるんよ。なんであんな最高なやつが俺の彼女なんでしょって何度も思うわけね」

 

「…彼女自慢?」

 

「うぉお!?」

 

ゲーム画面の修一のキャラが壮絶なコンボを喰らい、HPが半分以上削られた。

 

普段より強くボタンを叩くセーラに怯えつつも、次の攻撃をしようとするセーラのキャラを見て我に返った。

 

「ち、違くて。だからこそ思うわけよ。この頃、一番に構ってくれる理子に甘えて、俺が楽してんじゃねーかって。

自分を一番に見てくれるやつが出来たからって甘えすぎなんじゃないかってな」

 

「…それで?」

 

ドーン!と音を立て修一のキャラが倒れる。KO!と表示させる画面を見ずに修一は立ち上がるとセーラの前で仁王立ちし叫んだ。

 

「だから、俺はこれから理子に頼らない男になります!!」

 

「…はぁ」

 

ふふんとドヤる修一にセーラはその元々からジドッとした目で見つめる。また変なことを考え始めた家主に一瞬呆れたが、その生き生きとした顔を見てこれを止めるのは無理だと理解した。

 

 

『もっと自分だけを見て欲しい』と願う理子。

 

 

 

『付き合う前のように理子から何かされるのが当たり前と思わない自分になろう』と誓う修一。

 

 

ああ、また面倒なことになる…と瞬時に察知したセーラは、RPGゲームを取り出し家から出ない宣言をするのだった。

 

 

 

 

――――

 

「では二人一組でペアになってください」

 

日にち変わり、普段通りの平日。

 

修一と理子の通うこの武偵高校でも午前は普通の高校と同じく5科目などの授業が入っている。今は道徳の授業だ。

 

普通の5科目のように眠気のあまり来ない道徳では先生の話を聞く生徒も多く、ペアと言われた瞬間それぞれ我先にと組みたい相手の元へ向かって行った。

 

ここで生徒それぞれがチラと見た人がこのクラスで最も人気の高い人物達であり、Sランク武偵の神崎・H・アリアやイケメンの不知火などの方に人の目線が集まって行く。

 

そして、容姿端麗で人懐っこい峰 理子もその一人だ。

男女問わず複数の生徒が彼女の元へと駆け寄る。楽しそうに誘う彼らに理子も笑顔で受け答えしていた。

 

そんな、ワイワイと盛り上がるクラスの中…

 

 

(あ〜…ぼっちの天敵、どーすっかなこれ)

 

 

サイカイ学生岡崎修一は、一人窓の外を見てため息をつく。実力主義なこのクラスでは人気度なんてもの修一には存在しない。騒つく教室の中の数人が修一の一人で座る様子にけらけらと笑っていた。

 

『おい、誰か誘ってやれよ』

『嫌だよ。俺まで弱いってレッテル張られるじゃん』

 

などとクラスが少しざわつき始めるが修一は気にも留めない。元々言われると思っていたのと、言われ慣れたというのもある。

 

 

盛り上がるクラスの一部分より2席ほど離れた位置でただ一人黙って座っている。もちろんそんな彼を気に止める人はいない。二人一組をそれぞれ組んでプリントを楽しそうに記入しているその視線に、彼は映っていなかった。

 

 

 

 

 

「ほれしゅーちゃん。プリント持ってきたよ!あ、鉛筆貸して?」

 

 

もちろん、一人を除いてだが。

 

 

「…お前いい奴だな」

 

「うん?今更でしょそれ。てか彼女だから当然じゃん?」

 

当たり前と言いながら修一の机に前の机をくっつける理子。その様子に周りの男女がザワザワとし始める。

 

元々二人の関係はクラス中で一時期持ちきりになっていたのだが、それからしばらく経った今はあまり話の話題にはならなくなっていた。

 

というより周りが理子の心から楽しそうに彼と話す様子に納得するしかなくなっていっていたのだ。

 

ただ…

 

(クソ!なんであいつが峰に好かれてんだよ…!?)

 

(羨ましい過ぎる…!!俺も峰に特別扱いされたい…!!)

 

その理子が迷いなく修一の元へと行くことに男子の嫉妬の目線がいくことだけは未だに続いていた。

 

そんな目線はもちろん本人たちも気づいているようで…

 

(くふふ…ほら見てしゅーちゃん、男子の羨ましそうな嫉妬の目を!そんな理子を独り占めできるしゅーちゃんはもっと理子を大事にしないとダメなんだから!)

 

逆にその嫉妬を利用し彼氏を焚き付けようと画策する理子と、その一方…

 

(…ああ、やっぱり来てくれるんだよなこいつ…周りの目線集まってるのも気にせずに…これに甘えて今まで楽してきたけど、やっぱ理子もきつい思いしてんじゃないかな…)

 

その目線の理由を勘違いし、彼女を巻き込みたくないと改めて決意する修一。

 

椅子に座ってプリントを書き始めようとした理子を修一は止めに入った。

 

「理子、待て」

 

「ん?」

 

「俺から誘う」

 

「…ん?」

 

「だから、お前から俺を誘うんじゃなくて、俺からお前を誘うから。お前が誘ったわけじゃない。いいな?」

 

「…?…うん、まぁ、一緒に出来るならいいけど…?」

 

理子は、なぜかふんと気合いを入れる修一の行動に疑問に思いつつもとりあえず修一の言う通り前を向く。そしてぽんぽんと肩を叩かれた。

 

「…あ、アノ、リコサン?い、イッショニやりまセンカ?」

 

「なんで理子にコミュ障発揮してんの…?」

 

「………」

 

修一から声をかけるということ自体初めてだと気づいた修一はカチカチに固まってしまった。その様子を的確に突っ込んだ理子の言葉に修一は…

 

「あ、本気でヘコんでる…!?う、うん!やろう!理子と誘ってくれてありがとしゅーちゃん!ぷ、プリント理子が書いてあげるから元気出して!」

 

理子の言葉に思い切り項垂れる修一に慌ててフォローをかける理子。

そのフォローが逆に修一の胸にズンと重くのしかかった。

 

(あ、あれ…自立しようとした矢先これかよ…?理子に失望されてないかな…ぅ、うぁぁ…)

 

「えっと最初の項目は…えっと、『頼れる人はいますか?』」

 

「…ふん、お前なんかに頼らなくても俺一人でなんとか出来る!」

 

「えぇ!?ど、どしたのしゅーちゃん!?」

 

「ふんだ!理子なんて知るかっ!」

 

「えぇ!?」

 

プリントに書かれた内容を読んだ理子に修一は冷たく返す。さ

ヘコんだ理由は分かってもふん!と腕を組んでよそを向く修一は理解できなかった理子はその様子にただただ首をかしげる。

そして…

 

(な、なんでしゅーちゃん理子と組むの嫌そうなの…?ま、まさか本気で理子に飽きてきてる…!?や、やばいよこれ…なんとかしないと!)

 

 

それぞれさらに誤解が深まってしまったことを、知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

『そういえばこの時の修一ってなんで怒ってたんだろ…?…後で聞いてみよっと。

 

 

あーあ、早く帰ってこないかな〜』

 

 

 




50話おめでとう、銀p。

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