あのメイドのお話です。
どぞ
#これは最終話後の話となります。まだ最終話をお読みで無い方は読んでいただいた後読んでいただくと更に楽しんでいただけると思います。
1.『あのがすす』
とある、いつも通りの普通の日。
「まだ原稿が残ってるわよ、ダラけないで」
「えー、もうよくない?ほら外見てよ〜もう朝じゃん!」
「ダメよ、あと少しなんだから」
その日の朝、とあるホテルの一室にいる二人もいつもと同じように作業をしていた。手元にはペンと紙、端整な顔をしている2人の目にはうっすらと黒い線が見える。
徹夜で原稿を作成していた夾竹桃と峰 理子である。
しかし徹夜して原稿書く事はよくある。それも彼女たちにとってはなんら変わりない普通の日常と言えるだろう。
しかし、ここで普通じゃない事が起きた。
「…夾竹桃…!」
バタンとド入口のドアを開け入ってきたのは、普段なら来ることもない来客人だった。よほど慌てて来たのかその客人の髪はボサボサでいつものアホ毛以外にも髪が跳ねてしまっている。
「え、セーラ?どうしたのこんなとこまで?」
「あなたから私たちに声をかけるなんて珍しいわね」
セーラ・フッド、岡崎 修一のところに居候している元傭兵だ。
彼女がこのホテルに来ることも、2人に声をかけることも珍しく2人共に首をかしげる。
普段は無口、無表情なセーラが息を切らし焦る様子を見て2人は只事じゃないと息を呑みーー
「…修一が、寝取られた…!」
「「……………。」」
とりあえず、話を聞くことにした。
ーーーーー
『おいリサ、そこのリモコン取って』
『はい、どうぞ♫』
『おい、お茶』
『冷たいですから飲み過ぎには注意してくださいね』
『なぁ、この英文を和訳してくんね?宿題なんだけどよ…』
「わかりました、今日中でいいですか?」
『おう…あ、でもちゃんと
「…これは、メイド?」
女子寮、岡崎修一の部屋が覗ける場所から夾竹桃はそう呟いた。望遠鏡を使い覗き見る姿は完全に変質者なのだが、夾竹桃は特に気にしていないようだ。
そう、修一の家には主人と金髪メイドが存在していたのだ。
「…なんか、昨日いきなり来た」
夾竹桃の横でその様子を見るセーラはふてくされたように呟く。
話を聞くと、どうやら昨日の夜突然現れて挨拶されお世話されてしまったらしい。
その様子を想像してセーラの顔に納得しつつ、夾竹桃は気づいた。あのメイドには…見覚えがある。
「よく見たらリサじゃない…はぁ、彼って組織と何かで結ばれていたりするのかしら」
修一の運命に少し同情しつつ嘆息。今まで彼が暗い世界を体験するときは必ずイ・ウーが絡んでいる。今回もそんなことにならないとも限らない。
「…知り合い?」
「昔の同僚よ。悪い人ではないけど…」
夾竹桃は『イ・ウー』所属時代にリサの仕事ぶりを見ている。戦闘などでは全く役に立たないのだが経済においては天下一品である彼女。…もしかするとあの男の異様なまでのセコさはあの子譲りではないのかなどと思ってしまう。
「それにしても存分にダラけてるわね彼。ソファから一歩も動いていないじゃない」
「…今日の朝、あの女が起こしてきて、修一も起こしてて、朝食作ってて、掃除もし始めて…ほんと、邪魔」
「……。」
「…それに修一もまんざらじゃなさそうだし、朝一回起きろって言われただけで体起こしてたし…私の時は何回揺さぶっても起きないくせに…」
「……あなた、今日はやけに饒舌ね」
「…………。」
普段は修一以外の人から話しかけられても基本無視するセーラが唇を尖らせながらブツブツとつぶやくことにそう返すと、セーラは下を向いて黙ってしまった。
よほど自分より修一に近い存在が突然現れたことが腹立たしいのだろう。などと思いつつ、正直ここで何か慰めの言葉をかけるような間柄でもない。このまま作業に戻ってもいいと判断してしまうのが普通だろうし、夾竹桃の性格からしてむしろここまで付き合ったことすら珍しい。
…のだが、彼女もあの平和ボケしたサイカイ男と知り合ってしまっているのである。
「はぁ、しょうがないわね。とりあえず先輩に話を聞きに行きましょう」
「…ん」
コクンと頷くセーラを横に自分も甘くなったなとため息をつく。昔の自分が見たら気持ち悪くなりそうだななどと思いつつ…
彼女はふと気づいた。
あのサイカイ男に新しい女が近づいた。こんな時に一番暴れ出すはずの彼女の声が全く聞こえないことを。
セーラもそれに気づき部屋を見渡し…
「…峰 理子はどこ?」
元敵同士顔を見合わせると、彼女のの行動の早さに苦笑いを浮かべた。
ーーーーー
「ちょっとまったぁぁぁあ!!しゅーちゃんどうしてリサと仲良くしてんの!?」
「うぉぉ!?って理子お前、当たり前のように俺の家の鍵開けてんじゃねーよ!」
ドタン!と強い音を立て侵入していた理子に俺は思わず飲んでいる途中だった水をふいてしまう。
そんな俺に気づいたリサが持っていたハンカチで俺の口元をふき始めるのを…まあ気になりはしたものの無視しつつ、俺はその原因バカ女にキレた。
「ったく、毎度毎度お騒がせ女が…いい加減俺もキレるぞコラ?」
「うっさい!それよか質問に答えて!なんでリサがこんなとこいんの!?」
「…てか、なんでそんなキレてんの?」
「キレてない!」
ふーっ!ふーっ!と息を荒くしながら近づいてくる。…はあ、この理子になに言っても無駄だ。
俺は新しく水を持ってきたリサを指差した。
「こいつと俺、幼馴染なの。小学校…くらいからかな。んで、今日は久々に帰ってきたって感じ」
「理子さん、お久しぶりです」
「おさ、幼じ…!?」
理子が焦ったよな表情をしつつ一歩引いてる中、俺はただ首を傾げた。
どうしてこいつはリサが幼馴染というだけでここまで驚くの…?さっぱりわからんのだけど…。
俺はとりあえず水をまた一口飲んだ。
「…ただいま…」
「お邪魔するわよ」
そうしていると今度はセーラと夾竹桃がこの部屋に入ってきた。…そういやセーラを朝から見なかったな。夾竹桃とどっか行ってたのか?
「おー、おかえり。あり、桃?どしたの?」
「成り行きよ。…机を貸しなさい、原稿を進めたいから」
セーラと夾竹桃が二人一緒というレアな組み合わせだったので理由を聞いてみたかったのだが、夾竹桃はチラと俺を見ただけで机の方へ行ってしまった。
「んで、お前どこ行ってたの?桃と遊んできたのか?」
「……まあ、そんなとこ」
「へ〜仲良くなったんだな。よかったじゃん」
「……よかった?…修兄はそれで嬉しくなるの?」
「え、俺?…まあ、知り合いが仲いいのは嬉しいが…」
「…そう、じゃあいい。私と夾竹桃、仲良し」
「お、おう?よかったな…?」
「…うん」
「……勘弁して欲しいのだけど……」
何故かアホ毛を揺らしながら少し弾み始めるセーラ。…さっきまで少し苛立っているように見えたのだが、気のせいだったか?
最後に夾竹桃が何か呟いた気がしたのでそちらを見るとただ黙々と作業を進めていた…これも気のせいか。
「幼馴染っていっても小学校の時でしょ?それを今更言われてもね〜…」
「えっと、幼馴染はいつになっても幼馴染なのでは…?」
「っ!だ、だからってあからさまに…!」
…と、俺がセーラと夾竹桃に首を傾げている中、その後ろで理子とリサが何か言い合いをしていた。いや、言い合いというより、理子がリサにけしかけているように見える。
「しゅーちゃんご飯作るの面倒くさがるから、理子がしてあげないとダメなんだよね〜しゅーちゃんの好きな食べ物知ってる〜?理子は知ってるよ〜?オムライスの上に…」
「あ、ソースですよね。ケチャップは中のご飯に混ぜてあるからいらないというへん…独特な考えをもってます。他にもカレーとかチャーハンなどにもかけられますよね!」
「…え?あ、う、うん。理子もそれ知ってるし…」
「昔からそうだったのでよく覚えています。修一様は変わった舌をお持ちです」
「おい、聞こえてるぞコラ」
「ふふ、ごめんなさい修くん。でもメイドとしてはやりがいがありますよ?」
「っだから俺は…いや、今はいい。それよりもだな…」
「〜〜〜ッッ!!ま、まだあるよ!しゅーちゃんはね、いっつもエッチな本を机の引き出し三段目に隠してるの!理子しか知らないその秘密がーー」
「ああ、そこも変わっていないんですね。でもあれって来客が来た時だけで、いつもはベットの下なんですよ。…修一様、あれはどうしてなのでしょう?」
「…し、しらんそんなこと、俺はそもそもエロい本なんて持ってな――」
「…それ、私も知ってる。修兄時々読んでるし」
「嘘だろ!?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッッ!!」
女子全員俺の秘密を知っているという最悪の事実を知りこれからどうしようかと頭を抱えた。
…が、それよりも今にも暴れだしそうな理子を抑えるのが先か。
「お、おい理子…お前は何にそんなムキになってんだ?」
「うっさい!しゅーちゃんのばーか!!」
「なんで!?」
ーーーーーー
「あの…理子さん?狭いんですけど…」
「理子はここがいいの。しゅーちゃんは黙ってされるがままになってて」
「んなワガママな…」
3人が来てからしばらく経ち、なんとか理子を落ち着かせることに成功した今なのだが…。
こいつはこの広い部屋のどこにでも座っていいのに、なぜか俺のソファに座りベタッとくっついている。
…正直理子の色々な部分が当たったりして嬉しいのだが…狭い。
「…まぁ別にいいけどじゃあ俺が移動すればーー」
「しゅーちゃん、動くな」
「はい」
なぜかギロッと睨んで脅して来た理子に俺は思わず敬語で返しながら元の場所へと座った。理子は俺の腕に自分の腕を絡め抱きついてきた…が、その意図がよくわからず俺は混乱していた。
…ったく、今日はあれか?時々ある『全く理解できないデー』か。その日起こる出来事のほぼ半分以上が俺の残念な頭じゃ理解できないことだという最悪の日…。
…はぁ、もー考えるのやめよっかな。
と
「………。」
「あの、セーラさん?今俺理子に狭いって言ったんだけど、聞こえてなかったのかな…?」
「…本気でうざい」
「なんで!?」
そうやって考えを放棄しようとした時、今までただ黙って立っていたセーラが俺の横へ移動して来ると、理子とは反対側の俺の横に座った。
三人座れるソファと名打っているだけあり、一応三人座れはするのだが…かなり窮屈であり、両脇なぜかイラついているように見える。
…というかセーラもセーラで今日はいつにも増して不機嫌だ。今もグリグリと自分の体を押し付けてくるし…
本当、なにしたのよ俺…。
「あら、両手に花ね」
「どっちも棘だらけだっつの」
今まで干渉せずただ原稿を書いていた夾竹桃が俺に軽口を叩いて来るがため息まじりに返すことしかできなかった。だって2人の目がちょー怖いもん。嬉しいとか感触とか感じる余裕ないですもん。
…というか、本当に狭い。夏場ではないがまだ少し暑い季節だ。正直この状況はなんとかしたい。
そう思い、俺は最も助けてくれそうなリサを見つめた。こいつなら俺が今一番どうしてほしいかわかってるはずだ。
なんせこいつは、将来メイド職希望なんだからな。相手の気持ちを理解することが最も重要なんだよ。お願い助けて。
そう願いを込めて見つめ続けると、最初は首を傾げていたリサだったが、ポンと手を叩き頷いた。よし、流石メイド志望!
リサはとてとてとこちらに近づくと、
「あの、修くん?」
「おう、なんだ?」
「リサも、ぎゅーっとしてあげましょうか?」
「………。結構です」
しまった、リサに少し天然入ってんの、忘れてた…。
こうして、俺の午前は過ぎていったのだった。
…えー実はですねこれまだ話の最初も最初であと2、3話続きそうです。本当は1話にまとめる予定でしたけど無理でした。
お付き合いいただければ嬉しいです。
ではでは