ブラドを倒しました。
「たっだいま…あ〜疲かれたわ…」
ガチャリと鍵を回し、そのままバタンと玄関に寝転ぶ。体はもう限界を超えた限界。なんとか家までたどり着けただけでも奇跡だろう。
心身共に疲れ切った俺はあの後、事件の後処理等を全てその場にいた夾竹桃とジャンヌに任せ家に帰ってきた。平賀は眠そうにしていたので連れ帰って研究室に放り込んでおいた。
「…とりあえず、まずはあのバカ女に一喝入れてやらねぇと…来るなって命令に背いた罪は重いっての…」
ようやく帰ってきた俺にもまだやることがある。今もリビングでくつろいでいるであろう銀髪居候娘にガツンと一発言っとかないといけないのだ。…まあそれで助かったのだからほどほどにはしとくが、約束は約束だし。
と思っていたが、
「あり?いないし…あ、バレたと思って逃げやがったなあいつ」
リビングには明かりがついているだけで誰もいなかった。
あの居候娘はおそらく俺にバレたと思って逃げたのだろう…アホめ。どこに逃げても結局戻るのはここなわけだから、怒られるまでの時間が伸びるだけだってのに。…って昔俺もやったことあったな、親に怒られるの嫌で逃げ出したこと…子供かっ。
「仕方ない…寝るか」
やることがなくなったのでとりあえず寝ることにした。あの居候娘はどうせ俺が寝たと分かれば帰ってくるだろうし、今日の疲れは今までにないほどのヤバさだ。とっとと寝てしまって明日の朝セーラの顔にでもイタズラしてやろう。
よし、もう今日はもう風呂いいや。歯磨きも…いいか。寝よ寝よ。
と
「………なんだ?これ?」
全てを放り出し、寝ようとリビングから寝床に向かおうとしたその時、中央にあるテーブルの上に
それは、意味ありげにテーブルの上に置いてあり無駄に自己主張している。大きめの袋…
「ポテトチップス…『九州しょうゆ味』??」
ポテトチップスの九州しょうゆ味。九州限定で発売されている俺のお気に入りお菓子だ。普通のポテトチップスとは違い、醤油で味付けされたものである。
もちろんここ東京には販売されていない、九州限定品だ。買うなら地元まで戻るか通販かというとこだろう。
つまり、ここにあるのはまずありえない。たまたま買ったとか、入った店に奇跡的にあったから買ってきたとかでもない。
東京に住む人にとっては存在すら知らないという人間もいるであろうこのお菓子が、なぜ自分の家のリビングに目立つように置いてあるのだろうか…??
俺はその意味不明なポテチを見つめ首をかしげる。
そもそもこれを知っているのは俺以外いない。こんな話をするような友達もいないし、ポテチの話なんて普通しない…
《
『ポロポロこぼすなよ、俺が怒られるんだからな。というかポテチは九州しょうゆが一番なんだよ金髪ギャル。そろそろ持ってきやがれ』
『というかさ、しゅーちゃん九州しょうゆってなに?そんな名前のポテチあるの?』
『あ?お前知らないの…ってああそうか。あれ九州限定なんだ。ああ〜だから『九州』しょうゆ味なのね。なるへそ』
『教えて教えて!』
》
あ、いたわ1人。
俺以外にこれ知ってるやつは確かにいた。病院でお菓子持ってきた時に愚痴ってやったことがある。そいつも興味深くその話を聞いてくれていた。
しかし…
(…あいつなんのために?…ん?)
犯人はわかったが理由がわからない。そもそもあいつとは今微妙な関係であり、話すことも今日ちょっとだけ、久しぶりにした程度だ。
(これ渡してなにかしよーって考えなのか…?それかビックリ箱的なやつでイタズラ…?いやでもそれこそ今やることじゃないし…??)
その答えを推測しながら、その袋を注意深く確認しはじめた時
後ろから気配を感じた。
誰もいないはずのこの家にだ。セーラが帰ってきたのかもしれない。それで俺がまだ起きているのか確認しようとしているのか。
なんて考えながら、相手に悟られぬようにこっそりとその背後を確認する。銀髪の髪がチラとでも見えれば即捕まえて正座させて30分みっちりコースを叩き込んでやろう。
しかし、
玄関とリビングを隔てる壁から金髪のツインテールの片方が見えたのだった。
(……ああ、なんとなくわかった)
俺はその隠れ主を見て、この袋の意味を理解した。
えっと、つまりあれだ。これはあいつがわざわざ買ってここに置いたというのは間違いないようで…
俺と、仲直りしに来てくれた…ってところか。
(ったく、プレゼントがポテチってのはなんか安上がりじゃない?そんなんで俺の今までの心の傷が埋まるなんて思ってもらっちゃ困るんだけどな〜)
なんて皮肉を言いながらも、俺はかなり喜んでいる。正直ちょー嬉しい。理子がわざわざ俺のために考えて買ってくれたというだけで嬉しくて涙出そうだ。
ただあいつ自身は俺がそう考えるなんて思ってもいないのか、出てこようとはしない。最悪このまま帰ってしまうかもしれない。
………はぁ、しょーがねぇ。
俺は大きく息を吸い込んだ。
「うお、すっげ!!これ俺が無茶苦茶食べたかった九州しょうゆじゃねーか!!いやーラッキーラッキー!!こりゃ俺も少しのことでイライラしてらんねぇなぁ!!大抵のことならこれ一つで許るせるわ〜!」
大声で叫びながら机をクルクルと一周。こんなこと前に居候娘にやったな、なんて考えながらポテトチップスの袋をたかいたかい〜していた。
(さて…どーだ?)
チラッとバレないように玄関を見る。
「……よっし…」
その様子を顔の半分をひょこっと出しながら見ていたようで、そっちに俺の顔が向く前に、再び姿を隠した。ニヤニヤしながら手元でガッツポーズしている姿が思い切り見えている、なんだあれ可愛いなおい。
とりあえずあいつの目的は達成したということ、なんだろうな。しかしこちらに来る気配はない。…仕方ない、俺が折れよう。
更にハイテンションで声を出した。
「あぁ!!でもこれBIGサイズじゃねーか!?ああどーしよ!?これ一人で食べきれる自信ねーわ!保存とか俺苦手だしせっかくの九州しょうゆ、パサパサさせてしまうってのもなんだかなぁ…!
てことで
一緒に食うか、理子?」
「…!……うん!!」
様子をまた顔を出して見ていた理子にそう言うと、理子は俺の誘いにまるで猫じゃらしを見つけたネコのようにようにぴょんと跳ねてこっちに走って来て頷いた。胸の前で両手をグーにして頷くのは理子が最も楽しい時にする癖だとよく知っている。
その顔は今まで俺を無視し続けた時の無表情ではなく、本当に楽しそうな笑顔だった。
ーーーーー
「しゅーちゃん」
「ん?」
「今まで無視したりしてごめんなさい」
ポテチを開け二人で食べ始めた数分後、理子がこちらに頭を下げてきた。まあそのためのポテチだってことは理解できてたし、俺も内心許してしまっているのだが…。
立場的に今俺が上だ。よし、この状況は利用させていただこう。
俺の悪い癖が出てしまった。
「本当だぜまったく。俺がどれだけ泣きかけたことか…うっう…!」
あの時のことを思い出すと涙が出そうになる。…な〜んて感じで今にも泣き出しそうな顔で理子から目をそらす。
理子は「うっ」と困った顔をする。目をそらしどうしようかと悩むその顔は俺の口元をニヤつかせる。いい気味だぜ。少しは自分の思い通りにならない状態ってのを味わいやがれ。
「だ、だから本当にごめんってば、あの時はその…ブラドに勝てるとか思ってもみなかったし…」
「あーそうですか、そうでーすか!俺はその勘違いのせいでこんだけ体痛めてしまったわけですか!あー痛いわー!ちょー痛いわー!!」
「う…」
俺の言葉に何も言い返せなくなる理子さん。顔を伏せて頭を抱え始める。よしよし、いいぞいいぞ。
「俺ってば教室のクラスメイトごった返すなかで話しかけましたしね!カースト下位が最上位のお前にだよ、それをお前は無視に無視に無視!?そんなことしたら立場なくなっちまうだろうが!」
「そ、それも悪かったって思ってるよ…で、でもちゃんと全部聞いてた!お弁当一緒に食べたかったし、一緒に帰りたかったし、一緒にアニメ見たかったもん!!本当は理子もしたかったのばっかりでニヤけるのどれだけ我慢したかっ!!そこはしゅーちゃんだけじゃないもん!!」
「………。」
グイッと顔を近づけその逆ギレとも取れる返しをする理子に対し今度は俺が顔を逸らした。
こんなこと言われて嬉しくない男子がいるだろうか、いやない。ちょー嬉しかったです!!
もう普通に話してしまおうか、などと考え始めてしまう。もう十分に発散したしそろそろ許してもいいかもしれないな。
「…また黙るし…。
も〜、わかった、今回は本当に理子の負け。理子が完全に悪かったってば。理子にしてほしいことあったら聞くから、それで許してよ〜」
そう考えていた俺の姿を理子は不貞腐れたように見ていたようだ。観念したように肩の力を抜くと、俺の手をポンポンと叩いてくる。
…ほう、これはまだ普通に話すのはダメだ。うん、ダメだな。
「ふむ、それはあれかい?『なんでも一回言うこと聞いたげる』ってやつか?」
「うん、まぁね。…えっちなお願いはダメだよ?」
顔を下げて頷く。ほう、これはこれは思わぬ収穫だ。俺の目つきが変わったことに一瞬ビビった理子は縛りを設けてきたが、
緩い。
「ほほう?んじゃあちなみに、『えっち』ってどっからえっちになるんだよ?」
「え?い、言うの…?」
「おう、言え」
その返しを考えていなかったらしい。理子はその美人顔を紅くしてう〜んと考え始めた。いつもならポンポン出る誘惑単語がなかなか出てこないのは本当にするかもしれないから、だろうな。やっぱこいつ…。
理子はう〜ん、う〜んと悩み続け…
そして、
「お、おっぱいを触らせろ…とか」
「胸揉ませろ」
「ーーっ!?」
俺は出てきた言葉をそのまま速攻で返してやった。理子は顔を真っ赤にして胸を守るように手で覆う。いつも俺からかう時に胸の話するくせに。やっぱりこいつ…
「ちょ、しゅーちゃんそれは…!」
「なんだ?なんでも言うこと聞くんだろ?」
「ーーっ!!」
いつもギャル風にガヤガヤしている理子を見ていればそんな発言を軽く言えそうなイメージがあるが、実際そんなことはない。
こいつは、見た目とは正反対でピュアなんだ。口では軽く言うときは大体本気じゃない。それを言って焦る俺を見るのが好きなんだろう。
しかし、今回は俺が仕返ししてやる。
再びう〜ん、う〜んと悩み始める理子。いつもならすぐ冗談にしてしまうであろうそのお願いを今回は真面目に考えているようだ。実際俺が理子にしてあげたことはそれほどのことだったのだろう。
「ほ、本当にしゅーちゃんのお願いはそれがいいの…??」
確認するようにそう言う理子は顔を真っ赤にして両目を強く閉じている。
あぁ、これやりすぎた。
ぽんと頭に手を乗せた。こんな脅しのようなやり方で触ったって罪悪感が出るだけだし、実際触る気はなかったしな。
「なんてな、冗談だ。んなことで触れても嬉しくねぇよ」
理子はその言葉に安心したのかふぅと息をはき肩の力を抜いた。そしてジトっとした目で頭を撫でるこちらを見る。冗談だったことに気づかず顔を紅くしたのが恥ずかしかったのだろう。
「…なんか…ムカつく」
「お前の恥ずかしがる顔なんてレアだしな。見れるときに見たかないと」
「…ふん、しゅーちゃんなんて知らない!お願いももう聞いたげないからっ!!」
あ、やりすぎたなこれ…。
理子が本気で怒ってる。プイと顔を他所へ向け、頬を膨らませている。
「わ、悪かったって理子、な?機嫌直せよ…」
「ふんだ!理子結構本気で考えたんだよ?しゅーちゃんが理子にしてくれたことって本当に嬉しかったことだから、理子が出来ることはしてあげようって思ってたのに!」
いつの間にか謝る側と怒る側が入れ替わっていることに気づくも、時すでに遅し。アクセル踏んだ理子は止まらない。
「ていうか、なんでもいうこと聞くってお願いにえっちなこと頼むのって女子本気で引くから!気持ちわる〜って。だから高校生にもなってまだ彼女も出来ないんだよバカ修一!」
「なっ!?それを言うならお前だってそうだろうが!!
「理子は告白結構されるけど断ってるからだもん!彼氏なんて作ろうと思えばいくらでも作れるし!」
「くそっ!知ってますよあんさんモテるもんなっ!!」
ゼーハーとお互い肩で息しながら呼吸を整える。その少しのインターバルで落ち着きを取り戻す。
「それにしても…はぁ…お前ってなにげピュアだよなぁ…」
「む、しゅーちゃんだって前に理子とキスしそうになった時テンパってたくせに、人のこと言えないじゃん!!男子のピュアって度胸のない残念男の比喩表現だよね!」
「……そ、それは…!」
「病院でポテチあげたときもそう!あそこまで女の子が顔近づけてるのにキス一つも出来ないなんて男として残念すぎると思う!つ、ま、り!しゅーちゃんはヘタレ!そんでもって意気地なし、QED!」
「はぁ!?あん時はお前からポテチ食ったじゃねーか!俺をからかうためだなんて言いながらキス待ってたのかよおいこのビッチギャル!」
「〜〜っっつつ!?だ、誰がそんなことっ!こ、恋愛下手くそ野郎!」
「ピュア残念女!」
「金なし変態男!」
「アホツインテもどき!」
「「あぁ!?やんのかコラ!?」」
落ち着いたのもたった数秒、お互いがお互いの腕を掴み、鼻と鼻がくっつくぐらいの距離で睨み合う。こいつ、ちょっとは大人しくなったと思えばこれだ。全く変わらん。言ったら言い返してきやがって…まったく。
まったく、変わらないな。
「…くふっ、なんか昔に戻ったみたい」
「だな。俺もそー思ってた」
笑ってしまった理子につられて俺も笑ってしまう。睨み合ってた後に互いに同じことで笑い合う。ここも変わらない。
やっぱり俺は…
「あのね、しゅーちゃん」
理子は腕を離し、正面を向いた。ゆらゆらと揺れながら足をぐいーっと伸ばす。リラックスした状態で暗くなった窓の外を見つめていた。
「理子はね、もう一人で悩まないよ」
理子は決意を語ってきた。
足をぶらつかせ、まるでなにかを思い出しているかのように温和な表情をしてそう言う理子。
俺はそれをただ黙って聞くことにした。
「一人で悩んで抱え込んだって何も解決しないって、わかったから。
どんなに拒んでも一緒に抱えようとしてくれるって、わかったから。
だからもう…一人で悩むのやめーたっ!」
理子はピョンと飛んで俺の前に立つとそう言ってウインクしてきた。理子なりに今回のことで感じたことを口にしてくれたのだろう。
「そっか」
その言葉に、その少ない言葉の中に詰まった気持ちを全て汲み取ることなど俺には出来ない。だから軽く返すことにした。彼女がその言葉に込めた意味を彼女自身が理解していればそれでいい。
「うん、だからしゅーちゃん!理子が困ったら助けてね!」
『サイカイ』と呼ばれながら、それでも抜け出そうと努力し、考え行動できる。
それが峰 理子なんだ。
「おう、一回1000円な。どんな小さな願いでも叶えてやる」
「はぁ…ま、それが一番しゅーちゃんらしいからいいか」
こうして俺たちは仲直りした。長くて辛かったがこいつのいい笑顔が見れたから、いいか。
ーーーーー
「あのさー理子?」
「んむ?なに、しゅーちゃん??」
仲直りして1時間が経った。理子はどこから取り出したのかたくさんのお菓子を広げてバクバクと食べている。俺もそれをつまみながらチラチラと理子の顔を見ていた。
その横顔を見ててやっぱり思ってしまったことがある。
ブラドと戦っていた時、俺は一度逃げ出そうとした。理子のこととか他人のこととか全然考えられなくなって、自分のことだけで手一杯になった時、思い出したこいつの顔を見て気づいたんだ。
それを会ったら言おうと心に決めていたのだ。
口いっぱいにポテチを頬張りリスみたいな顔になっている理子さん。もすもすなんていう意味わからん単語が周りに浮いてそうなイメージが湧きつつ…
「あー、突然なんだけどさ」
「んむ?」
これ、意外と言葉にするの恥ずかしいな。なんて頭かきながら思いつつ
言葉を紡いだ。
「俺、お前のこと好きだわ」
次話は2月25日投稿予定です。もしかしたら早めに投稿できる場合がありますのでその場合は活動報告にてお伝えします。
あと3話で終わります(仮)