サイカイのやりかた【38話完結】   作:あまやけ

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32話のあらすじ
「任せた…」
「お任せあれ」

女は男に託し、男はその希望を護るため一人で立ち向かう。



だが…




33.最上位の強者

~30分前~

 

「おい桃、理子から何言われて俺を拾ったか知らないがお前らがあいつへの門番ってんならぶち壊して行くぞ?」

 

「………。」

 

目が覚めると俺は夾竹桃の車の中にいた。そして理子の元へ追わせないように足止めしに来たと一瞬で理解する。

しかも徹底的に俺を足止めするらしく夾竹桃だけでなくジャンヌまでいるわけで。俺としてはこいつらと争いたくはないが、2人が止まるというなら仕方ない…

 

「…はぁ、好きにしなさい。理子からあなたを拾えとは言われたけど後のことは何も言われていないわ。私も暇だし、あなたの好きな場所に連れて行ってあげる」

 

そう考えていた俺に夾竹桃はいつもの調子でそう返してきた。…あ、あり?

 

「え?お前ら、俺を見張るんじゃないの?」

 

「あなたね、私の意見なんて聞いたことないじゃない…。やめてと言ったらやめてくれるの?」

 

「それは…」

 

呆れたようにそう呟く夾竹桃。どうやら夾竹桃自身に止める気はないようだ。…ただ、ジャンヌの方はまだ何も言わない。夾竹桃がこちらに味方してくれるならかなりの戦略になりはするが、かといってジャンヌに止められてしまえば一緒だ。俺がジャンヌに敵うとは思えないし。

 

「じゃあ、ジャンヌが俺を止める役を頼まれたってわけか?」

 

「…岡崎、その質問を答える前に私から質問がある」

 

否定を促すように、そう質問する俺にジャンヌはサイドミラー越しに質問を返してきた。

 

そういやこいつには、弱ったところ見せたもんな。

 

「お前は…もう迷っていないのだな?保健室の時のあの言葉、本心からの言葉だったのか?」

 

「………。」

 

ジャンヌの目が鋭くなる。あの時の俺は理子の言葉を間に受けて、簡単に自分の意思を捻じ曲げた。相手が助けを望んでいないから助けないなんて自己を固めてしまった俺を、ジャンヌは見ているのだ。

 

そんな俺には何もできないと、そう伝えて来るジャンヌ。

 

しかし俺にはもうその解答が見えている。

 

「いや、目が覚めた。あいつがなんて言おうが、絶対に助け出す。それが()の願いだ」

 

 

あの時は言えなかった言葉を返す。居候から悟されたのは少しイラつくが、この行動は理子を助けたくてやるのではない。

 

 

俺が助けたいから助ける。そう理解しているのだから…。

 

その言葉にジャンヌは鋭い目を解き、笑った。

 

「ふふ、そうか。なら、私は岡崎に全力で協力させてもらう。目的が同じだからな」

 

そう笑いながらいうジャンヌ。どうやら俺に協力してくれるらしい。

 

よし、これで…

 

「桃。理子の元へ向かってくれ」

 

「はいはい。もうとっくに向かってるわ」

 

夾竹桃にジャンヌ、向かった先にはキンジとアリアもいると聞いた。これまでの中で最大の戦力だ。負けるはずがない…!

 

「しかし行ってどうするつもりだ?相手はあの魔犬ブラドだぞ?お前が向かったところで状況が変わるとも思えんが…?」

 

「…あ」

 

ジャンヌの言葉に俺は動きが止まった…。勝てると確信して舞い上がっていた感情がピタと止まる。

 

 

そうだ、俺…

 

 

 

「…実は俺さ、まだ敵の内容なんも知らないわけですわ。あの…教えて?」

 

 

 

敵のこと、なにも知らないんだった。ハハっ。

 

 

「「……。」」

 

助手席から本気で呆れたような顔をしてこちらを見るジャンヌと運転中にも関わらず頭を抱え始める桃に、俺は久々に恥ずかしくなった。

 

 

ーー

 

 

「ついたわよ。歓迎は…されていないわね」

 

着いた場所はあの鏡高組とやり合った廃ビルだった。未だ封鎖されたままの誰もいないはずのビル、しかし

 

グルルルルル…

 

獣の鳴き声がする。

 

「ブラドの飼い犬か…」

 

見ればビルの入り口を取り囲むように狼の群れがこちらに牙をむき出しにしていた。あの時の狼が20匹はいるか。

 

「犬にいい思い出ないからあまり会いたくなかったけど…やるしかないか」

 

俺は後ろ頭をかきながら手に持つ木刀を構える。今すぐにでも行きたい気持ちはあるが、あれが焦っても勝てるなんて保証はない。今は目の前の敵を倒して…

 

そう思っていた俺の目の前にいた狼がバタンと倒れた。なぜかピクピクと痙攣している…?

 

「…あり?」

 

「先輩。この子たちは相手しておくわ」

 

「お前は早く理子の元へ向かえ」

 

俺の前で構える二人。どうやらここは二人で足止めしてくれるらしい。

 

正直、俺が足止めして二人が向かった方が効率は確実に上のはずだが…

 

「おう、頼んだ!」

 

俺は自分のワガママを通させてもらうことにした。()が、あいつを救うんだ…!

 

そうして俺は階段を二段飛ばしで登り、後ろから響く獣の雄叫びと斬撃の音を聞きながら覚悟を…

 

「…あ」

 

 

不意に立ち止まった俺は腰につけた武器を見て考える……………。

 

ーーー

 

「あのさ〜ジャンヌ?」

 

「なっ!?なんで戻って来たんだ!?」

 

狼を一匹カッコよく吹き飛ばしたジャンヌが驚いた顔でこちらを向いた。…まあそうだろ。カッコよく飛び出した男が猫背でへこへこしながら戻って来たのだから。まあこっちも問題があって来たのだから許してほしい。

 

「あのね、お前のデュランダル貸してほしいんだけど…?」

 

「…は?」

 

ジャンヌの目が、点になりました。それもそうだ、戦闘中に自分の武器をよこせといっているのだから。

しかし聞いてほしい、俺には武器と呼べるものが何ひとつないということを…!!

 

「いや〜さっきの話聞いてたら木刀だけで行くのはちょっと…怖いじゃん?」

 

俺は自前の木刀を堂々と構える。勿論殺傷能力はない。これでブラドを倒せるなんて誰でも思えんでしょう?

 

「………はぁ。お前は本当に…ほら」

 

もう何度目かの呆れ声と共にその手に持つ大剣をちゃんと渡してくれるジャンヌ。…いい人過ぎるわこの人。

 

「サンキュ!壊れても弁償は無理だからっ!」

 

「…はいはい」

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして俺はあの現場まで向かったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、それが30分前の俺…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

四階建ての廃ビル。地下には狭い正方形の空間が存在する。

屋上:バレーやバスケットのコートが存在し、開けた空間ある。

四階(現在いる場所):ゲームコーナーだったが中央には闇武器製造用の巨大な機械が存在する。

三階:ボーリング場。廃ビルになってからなにもされていないのか、見慣れた設備のみ存在する。

二階、一階:内装を全て撤去され、広々とした空間が広がる。

地下:もともと鏡高組の闇武器の保存庫。今は警察により押収されているため何も存在しない。

 

現状戦うことができるのは修一のみ。

 

所持品

・小型拳銃 六発

・火炎弾!(飛ぶ爆弾。撃った後に起爆させることが可能)

・冷却弾!(5秒間のみ周囲を凍らせる…だけ)

・とべーる君2号(ターザンできる…だけ)

・木刀(鉄も切れる…らしい)

・なんでもくっつける速攻ボンド(名前の通り)

・女子の裸が見えるメガネ(暗視ゴーグル付き。本当に透けるかは要検証)

・ティシュ(新しく買い直した)

 

 

 

 

余裕など、一瞬にして葬り去られた。

 

 

4階、元ゲームコーナー。赤い絨毯のような床の上に大きな機械が点々と置いてある。それはスロットマシーンや太鼓を叩くゲーム、UFOキャッチャーなど様々だ。それに加え闇取引で使われる武器の製造のための細かな機械まで存在している。人間一人隠れる場所ならかなりの数が上がるだろう。

 

そんな中、真ん中の開けた(先の戦闘で開かされたともいうか)場所に修一は立っている。目の前の化け物を見据え、頬を伝う汗を拭う。手のひらがジンジンと痺れ、息が整わない。

 

真顔で言葉を返せたのは奇跡かもしれないと内心思いながら二刀を持ちやすく構えなおそうとして軽く息をはき、落ち着きを取り戻そうとーー

 

 

「ーーッ!?」

 

 

無論、そんな時間を敵が待ってくれるわけもない。

 

 

 

 

部屋中の粉塵が勢いよく舞う。床を踏みしめる音を最後に一瞬にして視界が曇る。息をする暇さえ与えず、修一が思わず目を覆い目に入った砂を払う。

 

 

その一瞬が命取りになることを、修一はその瞬間に理解した。

 

もう目の前に敵がいるということを。

 

「オォラ!!突っ立ってたら死ぬぞ凡人!!」

 

 

ゴミを払ったその視界の中にはすでに修一の目の前まで距離を詰めていたブラドの身体が映り込む。その巨大な腕を今にも振り下ろさんとするその姿に修一の足は追いつかない。回避という選択肢を捨て二つの刀を頭上に重ねる。

 

 

次の瞬間

 

 

ゴンッッッッッ!!

 

 

「ーーっっ!?」

 

 

振り下ろされた腕は修一の二つの刀の上に振り下ろされ、膨大な爆音を放った。史上最大、あまりに強力過ぎるその暴力が修一の全身にのしかかっていた。

 

 

 

(ち、力一つでも抜いたら、死ぬ…っっっ!?どんだけバカ力なんだこのハゲ…!)

 

 

 

グッグッグッグッグッグッグッグッグッグッグッグッ!!!!

 

 

激しい重圧が襲う。たった一撃、敵にとっては腕を上げて下ろしただけのアクションゲームだと通常攻撃であるそんな単純な攻撃が…

 

 

修一の戦意をほぼ全て攫っていく。

 

 

ギシギシと身体が揺れ、腕と足が無作為に震え始める。意図的にではない、身体を潰されないよう全身全霊をかけ渾身の力でその腕の攻撃を耐え続けているのだ。

 

 

 

(どうする…!?どうするどうするどうするどうする岡崎修一!?腕一本、指一本ですら力抜けば叩き潰されるぞ…!こんなん、どーしたらいいんだよ!?)

 

 

悩んでいる間にも徐々に力を失っていく修一は目を必死に動かし周囲の逆転の一手になりうる術を探す。

 

 

 

そして、耐え続けることしかできないでいる修一に…

 

 

 

左腕が襲いかかる。

 

 

「ーーっっ!?」

 

修一にとっては最大の攻撃だとしてもブラドにとっては片手間だ。もちろんもう一つの武器を残しておくわけがない。

 

下から振り上げられた左腕が、修一の腹目掛けて進む。力を全て出している修一はその腕に反応が遅れてしまいー

 

 

そして

 

 

力を振り絞って下げた木刀にブラドの第二の武器が突き刺さった。

 

 

木刀が手元から離れ、身体がまるでエスカレーターに乗ったように宙へ浮いたと思うと

 

 

勢いよく加速し先の壁に突き刺さった。激突した壁が割れ身体がめり込む。

 

「ガハッ…!?……っ!?」

 

口から大量の血が吐き出され、呼吸を整えようと息を吸おうとする修一の体が、

 

 

 

影で覆われる。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「ーーっ!?」

 

ギャラギャリギャリ!!修一の元いた壁を猛獣の爪が斜めに切り裂いた。修一の体で凹み、脆くなっていた壁が更なる打撃で粉々に崩れ落ちる。

 

「…はっ…はっ…っぅ!!」

 

 

修一は奇跡的に左肩をかする程度の軽傷で済んでいた。それはいい。しかしそんな奇跡も修一は気にも留めない。いや、留められないのだ。

 

 

この現実が、このたった、1分ほどの戦闘の中で何度死にかけたのか、それを感じる暇を脳が欲していた。

 

 

「……っぅ!」

 

喉奥から悲鳴とも取れる声を出しながら、目の前の化け物を見る。

 

 

 

自分の二倍以上もある巨大な生物を前に、一体ただの人間、《サイカイ》に何ができるのか…?

 

 

「……ちっ!」

 

 

修一は喉を鳴らしながらも左手に絡めたワイヤーを強く引っ張った。

 

それをスイッチにブラドの後方からボーリングの球ほどの瓦礫が数個発射される。それは数秒でブラドの背中に直撃した。

 

巨大な体がくの字に折れ曲がる。そしてブラドの背中についた巨大な瓦礫は重力を無視してついたままの状態である。

 

 

ここに来てすぐに用意したトラップであり、平賀の作った『なんでもくっつける速攻ボンド』を表面につけておいたものだ。

 

もちろんただくっつくだけで敵を倒せるとは思っていない、ただほんの少しだけ速度を落とせればいい。そして…

 

「…??」

 

その身に張り付き続ける異変に、ブラド自身が疑問を浮かべるその一瞬の怯みを修一は見逃さない。

 

 

懐から取り出した『火炎弾!』をブラドの口元は投げ込み、手元のボタンを押した。

 

 

「ーーアァ!?」

 

 

突然のことに驚いたブラドの目の前で小さな弾丸が爆発する。ドンッ!と音を立て周囲の粉塵を撒き散らし、二人の間に死角が生まれる。

 

その爆風は修一自身も巻き込んだ。

 

腰を上げてしまっていた修一はその爆風に耐えることが出来ず床をゴロゴロと転がり端に落ちる。

 

「…ゲホッ…ゲホッ…っ…!痛っ…と、とりあえずなんとかなった…の…か…?」

 

 

 

 

荒れる粉塵の中、必死に敵を探す修一。

 

 

 

その()()()に敵がいることに気づかないまま。

 

 

「…っぅ!?」

 

その赤い目に気づくのが遅かった。体を動かそうとしたその時にはすでに奴の手が伸びる。

 

 

「残念だったナァ?俺様にそんな小細工は通用しないンだよ!」

 

ガシッとまるで大木のように大きな腕が修一の細い腕を掴み、上に持ち上げる。修一の足が地面を離れ浮き上がってしまう。

 

「くそッ…!離せ、離せ…はなせぇ…!!」

 

「グルファファファファ!!貴様のようなザコが俺様に楯突くとどうなるか…教えてやる…!!」

 

ブラドは高笑いしながらその細い腕を両手で掴む。

 

 

 

 

そして、少しづつ力を加え始めた。

 

 

「…!?…いっ!?痛っ…ぁぁぁあああああ!?」

 

 

だんだんと痛みを放ち始める左腕。目を見開き歯を食いしばりながら空いた右手で何度もその巨大な毛ダルマを叩く。

 

 

そんなことで解放されるわけもないが。

 

 

「ぐっ、がああああああああ……痛ぇ痛ぇ痛ぇ…!!いてぇよぉ…!?はな、離して…!」

 

「グファファ!!オラオラ!もっと泣き叫べ!その絶望が俺様を更に強くスんだよ!!グファファ!!」

 

もう左腕の感覚がない。あるのは激痛と後悔。こんな化け物にとって自分はなんて無力なんだと再確認させられる。

 

 

そしてブラドは満足そうに笑みを浮かべながら

 

 

 

右手を固定したまま左の腕を下にグイッと下げた。

 

 

 

 

 

ボキッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修一の腕の骨が、折れる。

 

 

 

 

 

 

 

「ぁあ、ぁぁぁああああああああああ!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

修一は自分の腕がどうなっているのか理解するのに数秒かかってしまう。もう感覚のない左腕が毛ダルマの敵の腕の隙間から覗き見える。

 

 

明後日の方向に折れ曲がった自分小さな手が、見えるはずのない手が…。

 

「ぐっ…っ…うぅ…ぅぅうう!?!?」

 

 

「グファファ!!痛いか、苦しいか!?お前がどれだけバカなことをしたか身に染みただろう!?」

 

 

「…ぃ!痛ぇ…痛えよぉ……!!」

 

痛みで意識が朦朧としている修一の折れた左腕を力点に更に持ち上げ、自身の顔の前に修一の顔を近づける。

 

 

そしてその巨大な体をグルリと一回転させ遠心力を増大させ投げ飛ばす。力の入らない修一の体は勢いよく壁に激突すると、階層へと続く階段をゴロゴロと転がり下りる。激痛で受け身すら取れない修一の身体は階層まで転がり落ちた。

 

「…ぐっ……っ!?に、にげ、逃げ…!?」

 

 

この時、修一の中で渦巻く感情は、一つだけ。

 

 

逃げ出す。逃走本能一つだけだった。

 

 

(逃げなきゃ…!逃げなきゃ殺される…!)

 

 

修一は高笑いするブラドを他所に背を向けた。

 

少しでも自分を守ろうと木刀を口にデュランダルを片手に持ち焦りながら『火炎弾!』を下に向け発砲する。腕に激しい反動を受けながら、そんな痛みも無視してスイッチを起動。再び巻き起こる粉塵の中、下の階へと逃走したのだった。

 

 

ーーーーー

 

三階、ボーリング場。ボールを転がすレールが大半を占め、隠れる場所といえば待つ人達が座る座椅子の場所のみ。

 

武偵であれば尚更『隠れ場所としては適さない』と理解できるが、今の修一にはそんな理解すら追いつかない。

 

階段から一番奥のレーンの座椅子横。『5』と大きく書かれた機械の下の小さな空洞に入る。

 

「…ぐっ…痛ぅ…!」

 

ジンジンと一定間隔で激痛を発する左腕をただただ抑える。青黒く染まった腕を見るたびにクイッと喉奥が唸る。

 

(い、今すぐにでも病院に行かないと…!俺の腕、無くなっちまうかも…!腕がなくなるなんて嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!)

 

 

痛みが全ての感情をたった一つに置き換える。戦う?勝つ?栄光?英雄?そんなのいらない。ただ一つ、自分の命と体があればいい。

 

 

そうして、ただ後悔の念に追われる中

 

 

階段の方から鈍い音がした。

 

 

敵はもうすでにこの階にいる。ただ自分を狙って容赦もなく、本気で殺しにくる相手であり…

 

 

 

本当に勝てないと、自分の中の本心がそう判断した相手ある。

 

 

「…………っ!?」

 

 

修一はただ息を潜める。…いや、鼓動が激しく音を立て止めようとしている息が次から次へと吐き出される。あのまま外へ逃げて仕舞えばよかったのかもしれないと今になって後悔する。

 

「……いるなァ」

 

「ッ!?」

 

 

ゾクッ…!

 

喉元を握り締められたような錯覚が修一の体を襲った。

 

 

階段の方から笑みを浮かべるブラドの声が聞こえる。そして、

 

階段の方から機械が叩き壊される音が聞こえた。

 

それはブラドが『1』と書かれた機械を壊した音、舌なめずりしながら新たな機械へと足を運んで行く。

 

 

「…ここじゃネーか。…グファファ…」

 

 

 

修一は目尻に涙を溜めながら膝を抱えて顔を下げる。今の彼にできることは自分の隠れている場所を叩き潰されるのを、ただ、待つだけ。

 

 

 

 

(無理だ…無理無理。勝てっこねーよこんなの…。可能性も一つもありゃしないし、そもそも勝てるとか負けるとかそんな次元じゃねぇ…

 

 

無理なんだよ絶対)

 

 

もう何とかもがどうでもよかった。なんで俺こんなことしてんの?なんで俺腕を痛めてんの??なんで?どうして…?

 

 

ガスンッ!!

 

 

「ーーッ!?」

 

すぐ後ろの機械、『4』が叩き壊される音が聞こえた。もう絶望、修一は歯をカタカタと鳴らし無駄に視界を右左に移動させてしまう。

 

 

(死ぬ…?死ぬのか、俺…こんな、最初から勝てもしない奴に向かってってなにも出来ず死ぬのか…)

 

 

 

 

 

体を小さく丸めながら次の一撃を喰らわせようと歩いて来ている大狼に

 

 

 

 

(そもそもなんでこんなことになったんだっけ…?俺は…元々こんな相手するような生活してなかったじゃんか…だったらなんで俺は…!)

 

 

自分の人生が終わるその数分前、人によってやることはそれぞれであるが修一は思考を巡らせることだけに意識を集中させていた。

 

 

(もう嫌だ!何もかもが嫌だ!!生きたい!死にたくねぇよぉ…!)

 

 

 

頭がパニックになっている。鼻水も唾液も垂れ流しながらただ生きることを懇願する。

 

 

 

どうして、どうして俺はこんな目にあってる…?

 

 

 

どうして俺は腕を傷めてる…?

 

 

どうして………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『 しゅーちゃん 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

頭の中で、声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

それはついさっきまで一緒にいて、さっきまで俺と同じ敵を相手にしていた彼女…。

 

 

 

「…………。…………。」

 

 

 

そう、だ…。

 

 

 

 

 

 

『…じゃ、頼んだ』

 

『たーのまーれた』

 

 

 

 

 

 

(そうだ。俺はあの時、なんで足クソ痛い中あいつ背負って歩いた…?)

 

理子の飛行機強奪が失敗して、空から知らない山に落ちたとき自分はどうして今の痛みと同じかそれ以上の苦しみを我慢してまであいつを背負って降りたのか?

 

 

『もう理子のこと、放っておいてよ!』

 

『放って、おけるわけ、ねーだろうが!!』

 

 

(そうだ。俺はなんであそこまで…)

 

散々無視され続けた、必要ないと言われた。それでもあそこまで噛み付いて、付きまとい続けたのは…なぜだ?

 

 

 

『しゅーちゃんは、もうこっち側にいなくていいんだよ。……ちゃんと、責任とるから安心して……』

 

 

 

理子にボコボコにされて、意識を失うその一瞬、聞き取れた声。あいつは、こんな強敵が敵意を向けている中であいつは俺が関わらないことを望んだ…それで自分が死ぬかもしれねぇのに…。

 

 

それでも

 

 

『任せた』

 

『お任せあれ』

 

 

あいつは、結局俺のワガママ聞いてくれて、こんな強敵なのに俺なんかに任せてくれた…。それが、どんなに無理だとわかっていても…俺なんかに、任せてくれたんだよな…。

 

 

 

 

 

 

「…そう、か…」

 

 

 

 

 

彼の中にあった一つの結論を。まるで鍵で閉じられていた箱の中身を、開ける前から知っているような感覚。

 

 

 

すっと入ってきた言葉をすっと包み込めたように。

 

 

 

俺は、

 

 

 

 

岡崎修一は…

 

 

 

 

「な、なんで逃げるのぉ??理子から逃げるなんて、ぷんぷんがおーだぞ!」「え、しゅうちゃん、浮気??理子というものがありながらー!」「理子と一緒に、武偵殺し、やろ♡」「おい修一。もしかしてお前、彼女っぽいくらいまでに仲の良いやつがいるの?えぇ?ん?」

「やめてよ、修一!もう自分は傷つけてもいいっていう考えは、やだ!もう、修一の傷つくのは見たくっ、見たくないよぉ!!」「べっつにー??理子全然怒ってないよー?しゅーちゃんがどんな女の子とイチャイチャしてよーが、関係無いですよー」「しゅーちゃん、明日は絶対に病室にいないとダメだからね。理子と一緒にお留守番。変なこと考えない」

 

「修一、だいじょうぶ。他の人たちが修一のことを悪く言って、修一から離れていっても、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

震えが

 

 

 

 

止まる。

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はぁ、敵わないって知ってるんだけどな…」

 

 

 

自分の本心を()()()()()で言ってしまった自分に思わず笑ってしまった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

ゴンッ!と激しい音を立て4台目の台が破壊される。

 

ブラドはニヤニヤしながら修一の隠れている5台目、一番奥の元へ少しづつ歩いていく。ブラドはすでに修一があの場所に隠れていることなど等に分かっている。ブラドにとって修一は軽いお遊びの相手であり、勝つことよりも楽しむことを優先していたのだった。

 

強く床を踏みしめさらに威圧する。

 

今も目の前のカタカタと震えているであろう男の姿を想像するだけで笑いが溢れてしまう。

 

 

 

 

 

そうブラドが振り下ろそうとした時、

 

穴の中から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

突然現れたゴムボールは音を立て壁に当たるとまたよその方向へ移動する。

 

ブラドの視界から数秒穴から遠ざかる。

 

「…っ!!」

 

その一瞬を見逃さず修一は右方へと飛び出すと『のびーる君2号』を使って天井へと上昇、そのままブラドの真上から木刀を構える。

 

 

「まだ諦めていなかったとはナァ…なぁオイ!」

 

()()()()()()()()()()()()そう言うブラドは修一の木刀を掴みそのまま地面に叩きつけようと腕を振り下ろした。

 

しかし修一は手元のボタンを起動する。

 

 

 

ブラドの背中の瓦礫が木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

 

「…ガッ!?」

 

 

意味のわからない後方からの爆発。流石のブラドもその突然の反撃に対応できない。

 

修一は倒れ落ちる巨体の真ん前に降り立つと開いた口に木刀を突き刺した。『鉄を切れる』という売り文句はあながち間違いでもなかったのか、下の皮膚を突き刺し血を吐き出させた。

 

 

しかし

 

「…このクソ野郎ガァァァァァ!!」

 

魔臓を狙ったはずの木刀は横に逸れてしまった。その巨体はグラつくこともなく修一の体を殴り吹き飛ばした。

 

それを防ぐことが出来なかった修一は壁に激突し、そのまま動かなくなった。

 

ブラドのその赤黒い目が瀕死の彼を見つけて細くなる。壁にもたれかかった彼の首を掴み持ち上げる。

 

 

「まだ俺様に勝つつもりだったとはナァ…?だが、雑魚なりに邪魔をしてくれたが所詮クズの仲間はクズ!弱い奴には弱いやつしか集まらん!」

 

「………。」

 

 

 

 

「ククク…今貴様の表情、見たことあるぞ。昔の理子にソックリだ!

元々俺様に飼われ、下僕として生活していたあの女はお前なんかが助けられるような女じゃないんだよ!そんなお前が首を突っ込んで守るだなんだほざく間あのクソ女はイライラしてたんだろうよ!」

 

 

「……」

 

 

「さぁさっきみたいに泣き叫べクソ野郎!クソなダチのせいで俺の人生が終わると!助けてくれと懇願しろ!!弱い才能無しは強者にすがりながら生きていくしかないんだと自覚しろ!!さあ言え!助けを望め!!」

 

 

ブラドの嘲笑が室内に広がる。右手にあえて力を込めず、コケにしながら嘲笑う。本当の強者がどちらであり、本当の弱者がどちらであるのか、明確に理解させるためのただのお遊び。

 

無論修一が謝罪したところでこの化け物は逃すわけもなく、散々遊んで殺すだろう。

 

 

そんな強者に、弱者はーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の話長いわ。まとめろやボケ」

 

 

 

 

 

 

 

 

タァンと乾いた音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グ…ガアアアアアアァァァァァ!?!?」

 

 

 

 

戦意消失していると錯覚していたブラドは何もすることが出来ず思わず修一から手を離す。まだ木刀の穴も残っていた舌にさらに大穴が開く。

 

 

 

 

修一は()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

そこにいたのは先ほどのように怯え、逃げていた目をした修一ではなく。

 

 

 

敵を見据え、鋭い目で睨みつける『サイカイ』が存在していた。

 

驚きと痛みで思わず修一を離すブラド。魔臓を撃たれたらしばらくは動けないはずなのだがどうやらまた少しズレてしまったようだ。本当に小さいもののようだ。

 

口元から流れる血をその巨大な手で押さえながら『敵』を睨みつける。

 

「グァ…き、貴様ァ…!!」

 

「ギャーギャー煩いんだよ狼男。ったく、耳元でガタガタ余計なこと話しやがって…頼んでないのに話し始める上司かお前。それは飲み会の時だけにしときなさい」

 

修一は服についた埃をはたき落としながら首を鳴らす。

 

「あいつが無価値とか過去とかペラペラ喋りやがって。

 

 

んなこと全部()()()()()()()

 

修一はブラドの言葉を全否定する。

 

自分の気づいた感情だけを信じるために。

 

 

「あいつが過去になにされてよーが、お前があいつに何してよーが。んなの知るか。

 

 

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人の話聞いただけで知ったかしてキレる奴ほどタチ悪い奴はいねぇ。

 

お前の話で俺がキレるなんてお門違いもいいとこだぞ」

 

 

「…英雄になりたいわけじゃないのであれば、なんのためにこの俺様の前に立ツ?貴様も理子の過去を聞いて俺様に楯突いてきたのではないのか?」

 

 

ブラドは疑問を口にした。それもそうだろう。今目の前にいるのは英雄気取りのザコ。そう思っていた。だからこそ理子の過去を言った。

 

 

「違う違う。俺も最初は自分自身気づかなかったよ。あそこまでお前に…いや、理子に楯突いたのか。

 

答えは、簡単だったんだ」

 

 

修一は自身の携帯の入ったポケットを軽く叩く。チャリンと音を立てるのは、あのストラップ。

 

 

彼女が心底楽しそうに自身にくれたストラップだ。

 

 

 

「あんな楽しそうに笑うことができるやつを、

 

 

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今まで馬鹿みたいに意地張って泣くのを耐え続けてたあのアホから涙流させたんだよ。

 

 

 

 

だからまぁ…俺もお前泣かす。そんだけ」

 

 

 

その男の目からはもう、闘志が消えることはない。

 

ただあの子の笑顔を守るために、男は、再び立ち上がったのだった。

 

 




修一はかっこいい主人公ではなく精神サイカイ主人公であります。

…長い。

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