サイカイのやりかた【38話完結】   作:あまやけ

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30話のあらすじ
理子の変化に気づき話しかけ始める修一。しかし、アリアや理子自身に必要ないと宣告されてしまう。自分がサイカイの最弱武偵であることを痛感した修一にはジャンヌの言葉も届かず、時間だけが過ぎていく…



31.二人の想い・衝突 

その日、雨のち曇り。朝の今は雨が降って窓に水が跳ねる。

 

こんな外にも出たくなく思う中を学生は勉学しに学校へ通っていると思うと可哀想だと同情してしまうね。わざわざでかい傘に教材の入った重いバック、無駄に幅を取る拳銃(おもちゃ)…は、俺たちだけか。まあとにかくだ、こんな中を自分の意思で歩くやつらってのはよほど欲しい物があるとか、目的があるとか…

 

 

作戦実行の日とかの場合じゃなきゃ動きたくも、ないよな。

 

 

 

「………。」

 

 

俺は自室のベッドに寝転びただ窓の先の景色をじっと見ていた。代わり映えのしない景色を見始めて2時間ほどか、寝転んでいるのに眠気が全くない。10時過ぎになり新しいニュース番組がオープニングの音を奏でていた。

 

外の大雨の音だけが少し広すぎる部屋に鳴る。そんな中で俺はただただ外の曇天を眺め続けていた。

 

『っ!ならもう少し後にしなさい!せめて5日!その後ならいくらでもーーっ!』

 

5()()()のアリアの声がまるでつい先ほど聞いたかのように鮮明に脳内を走る。

 

何度かき消しても、なんど忘れようとしても走り続ける言葉が俺の中で反復する。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()2()()()()()()()()()

 

 

 

 

内容は知らない、いつ、どこで、なにが起こるかすらわからない。…ただ、起こることだけは確かなのだ。それも、理子があれほど辛く鳴るほどの何かが…。

 

「…まあ俺には関係ないか」

 

 

しかし、俺はただそう繰り返す。

 

そう俺には関係ないのだ。当の本人から必要ないと言われているし、行ったって役に立たないってこともわかっているし、そもそも行くメリットが全くない。行く必要がない。助ける必要なんてないんだ。

 

 

 

 

だから俺はただ、今日も普通に1日を過ごすんだ。

 

 

 

 

「おす」

 

「…おはよう、修兄」

そう心にもう一度言い聞かせ、体を起こすとリビングに向かう。

リビングにつくと、セーラがすでに椅子に座っているのが見えた。いつもならブカブカの俺のお古パジャマを着て目を擦っているはずのセーラなのだが、今日は自前の制服をちゃんと着こなし、寝癖も解いている。

 

 

 

 

理由は…まあわかる。

 

 

 

「どしたのセーラ?どっか行くのか?」

 

だからこそ、あえて俺は疑問を口にした。もしかしたら俺の勘違いかもしれない。桃とかジャンヌとかと遊びに行く可能性だってある。…そう思ったのだが…

 

「………?………行かないの?」

 

どうやら俺の想像が当たっていたようだ…。どこで知りやがったこいつ。

 

「…………。………おら、飯食え」

 

俺はまたあえて無視した。これ以上俺に変な気を起こさせないでくれと心の中で呟く。昨日作っておいた朝飯をセーラの前に出してやり話を逸らす。そして俺も真正面に座り飯を食べる。

 

これからなにするかな…。溜まってる漫画読んで、ゲームしてそれからーー

 

「修兄」

 

「………。」

 

…それから、あれだ、部屋の片付けして新作の飯を作成してーー

 

「修兄」

 

「…うっせぇな」

 

 

苛立ちを隠せなかった。セーラは朝飯には手をつけず俺を一点に見つめただ名前を呼んでくる。睨め付けるように俺はセーラを見た。

 

「なんだよ?朝飯に不満か?じゃあ食うな。テキトーに外に行って食ってこい。ついでに今日は戻ってくんな」

 

「今日、峰理子のとこ行かないの?」

 

「……っ」

 

俺の当たりの強い言葉に耳を貸すことなくセーラはキッパリと言い切りやがった。思わず口を開けてしまう。

 

「…なんでだよ?あいつと遊ぶ約束なんてしてねーし、そもそもあいつとはもう絶交してんの。だから行かなーー」

 

「…峰理子、今日作戦、実行するんだよ?」

 

「………はぁ」

 

なんでお前がそれを知ってる?とか、関係ないだろとか、色んな感情が俺の中で生まれるが、それよりも嘆息が早かった。

 

セーラは俺の話を全く聞いていない。ただ自分の疑問をぶつけてくる。しかもその目は心底疑問で一杯だとでも言わんばかりだ。

 

なににそんな疑問符浮かべてるんだよこいつは…。

 

俺は立ち上がると冷蔵庫から水を取り出す。それをコップに注ぎ一口で飲み干した。

 

「行ってもしょうがないだろうが。俺なんて戦力にならんって言われてるんだしよ」

 

セーラの方へ目を向けず、ただ口にする。自分の言葉に苛立ちが生まれるのはなぜか…。

 

自分の言葉に少しだけ心が重くなった。

 

「それに、あいつらなら大丈夫だって。お前も知ってるだろ理子の強さ。あいつが負けるとこなんて想像もできねーよ。アホか」

 

そう、理子は強い、心配すんな、大丈夫だ、そもそも俺が心配してもしょうがないだろ?いいから、今日は寝ちまえ、無視しろ。

 

鼻で笑い、コップを適当に転がす。もういい、もう考えなくていいからーー

 

「だから俺も安心してまたベッドに戻っーー

 

「行かないの?」

 

…。」

 

俺の言葉を遮るように、セーラはたった一言告げてくる。心から不思議そうに首をかしげていた。……いやいやだからなんでお前は…

 

「行かないって言ってんだろ。来んなって言われてんだからさ」

 

「…それでも、行くのが修兄じゃないの?」

 

「…は?」

 

 

 

 

いま、こいつ、なんて言った…?

 

 

()()()()だと?

 

 

 

 

「どんなに強い相手でも、どんなに困難な道でも、困っている人がいたら助けに走る。それが修兄。峰理子になに言われたのか知らないけど、行かないなんて、おかしい」

 

 

セーラの表情は変わらない。ただ、いつものようにジトッとした目で俺を見る。手が自然と震え始めていた。

 

「お前、なんか変な熱血マンガ読んだろ。馬鹿か」

 

「読んでない」

 

「だったら尚更馬鹿だ。お前の口癖の馬鹿馬鹿しいを返してやるよ。俺に何夢見てんのか知んねーけど俺、サイカイだからな。最弱のクズだから」

 

早口になりながらセーラに対して言葉をつなぐ。頭の血管が千切れそうだ…。

 

「修兄は、強いよ」

 

「…お前ほんとになに言ってんの。俺が強いわけねぇだろ」

 

「違う、修兄は強い」

 

「強くねぇって言ってんだろ!!」

 

限界だった。俺は叫びながら壁を強く殴る。食器棚に入っていた皿が数枚落ち音を立て割れ、セーラの言葉を遮った。

 

セーラの言葉が異様なほどに俺にストレスを与えてくる。

 

 

今日のこいつは本当に頭にきた。

 

 

 

「いい加減にしろテメェ!俺は本当にお前が思ってるような人間じゃねーんだよ!強い敵となんて戦いたくねーんだよ!困難な道なんて行きたくないし!そこでどんな人間が困ってようが知ったこっちゃねーんだ!!理子を手伝ったのだって金のためだ!桃を襲った組織に喧嘩売ったのだって理子とジャンヌっていう大きな盾があって勝算があったからだ!俺は弱いんだよ!人間のクズなんだ!自分の都合のいい時しか動こうとしない奴なんだよ!」

 

セーラに近づきながら言葉を捲したてる。思ったことを全て吐き出す。

 

今のこいつに、なんの躊躇もない。

 

「…そんなことない」

 

「否定すんなよ!俺を否定すんじゃねーよ!!さっきからなんなんだお前!なんで弱い俺を戦場に行かせようとすんだよ!俺に死ねって言ってんのかよ!?ああ!?雑魚のやられる様見てなにが楽しいんだよ!」

 

「違う。修兄は強いから、峰理子を助けられる」

 

「しつけぇんだよクソが!!」

 

堪らず俺はセーラの腕を掴み押し倒した。音をたて崩れ落ちる俺はセーラに馬乗りになり動きを封じた。近距離からセーラを睨みつける。

 

目を見開きただ暴言を吐く俺に、セーラは全く表情を変えずただされるがまま、押し倒されたまま動かない。

 

「何が強いだ!お前俺の戦ったとこ見たことあんのかよ。あ!?ねーだろ!!お前に俺の本当の姿なんて見せたくなかったから見せてねーんだよ!それみて俺強いだなんだよくだらねぇこと言ってんじゃねぇ!!」

 

「…違う、見てる。私は修兄の戦ってるとこ、ちゃんと見てる」

 

「はぁ!?馬鹿馬鹿しいんだよクソが!!何回同じこと言わせんだよ!俺は、弱い!!武偵高校()()()()のクズ武偵!才能もなけりゃ気力もねぇ!変なこと言って俺を惑わすのはやめろよ!!」

 

息も途切れ途切れにただセーラに暴言を吐く。そして、俺はこの時の自分の苛立ちの理由に気づいた。どうして俺はセーラの言葉にここまで心が揺れたのか…。

 

 

こいつの変な期待が俺に重くのしかかっているような錯覚が

 

 

堪らなく怖かったのだ。

 

 

助けに行くのが当たり前。そんなヒーローのように見るセーラに現実の俺の情けなさが容赦なく俺を貫く。実際セーラに苛立ちを覚えていたのではない、セーラの期待に応えてやることができない俺自身にイライラとしていたのだ。

 

 

 

俺が弱いから…

 

 

 

 

俺が《サイカイ》だから…

 

 

 

 

誰もが不幸になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…知ってる」

 

 

 

 

 

 

荒く息をする俺に、セーラはポツリと呟いた。

 

まだ戯言を言うのかとまた目を見開いてしまう。

 

 

「あぁ!?まだ言うのかよ!?お前のクソな演説はもううんざーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「修兄の()()()。私は、知ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………は?」

 

 

思考が、止まった。

 

 

「修兄の強さ、修兄の()()()()()()。私は、知ってる。貴方は、優しい心を持った人」

 

 

 

 

「…は??……はぁ??」

 

 

繰り返すセーラに俺の思考は完全に停止した。あそこまで上がっていた熱が急に収まり始める。荒い息を吐きながら、俺は自分が落ち着きを取り戻していることに気づきはじめる。

 

 

しかし、セーラがなにを言っているのかはわからなかった。

 

 

「やさ、しさ?…俺が言ってたのは強さの話だぞ?なに言ってんだお前…??」

 

 

「修兄、鈍感」

 

セーラが唇を尖らせ不満そうな顔をする。…いや、意味がわからんのだが…

 

意味が全くわからず次の言葉が出ない俺にセーラは続けた。

 

「ジャンヌダルクが言ってた『あの男のおかげで理子と夾竹桃が救われた』って。

 

夾竹桃が言ってた『先輩に私の過去を肯定されたから、今の私がいる』って。

 

峰理子が言ってた『しゅーちゃんのおかげで理子は今笑顔でいられる』って」

 

 

「…………。」

 

 

 

………………………………………。

 

 

 

 

言葉が、胸に、響いた…。

 

 

 

「別に武術とか、剣術とか、銃術とか、そんなことで『強い』なんて誰も一言も言ってない。そんな強さならどんな人でも才能と努力さえあれば強くなれるし、そんな強さ私はどうでもいい。強いなんて思わない。

 

でも、あなたは()()()

 

『修兄は人を変える、人を救える強さがある』。私達みたいな()()()()に手を差し伸べてくれる。それはどんなに強い人でも出来ない人だっている。私も、修兄に助けられた側。貴方の強さに、救われた1人」

 

 

セーラの一言一言が、俺の胸に突き刺さる。

 

 

その矢が、胸の中の何かを何度も貫き通す。

 

 

 

 

 

先ほどまでの怒りが完全に消えてしまった。ただただセーラを抑え込み、動きを封じていた俺の手が、自分の顔に向かって行く。

 

 

 

いつの間にか、目には水が溜まっていた…。

 

 

 

「違う、違うんだよ…セーラ。俺は、そんなカッコいい奴なんかじゃない。俺は、お前のために、お前を救おうと思って助けたんじゃねぇんだ。それも()()()()()()()()()…。お前は青林に『サイカイ』って呼ばれてたんだ…。才能のあるお前がサイカイだったら俺はどうなる。俺の存在を否定されたみたいで怖かったんだ。だからお前を俺の近くに置いときたかったんだよ。…ただ、それだけで、お前のことなんて二の次だったんだ…」

 

口にするのは、否定の言葉。セーラの考えていることは間違っていると、お前の信じる俺は俺じゃないと、そう口にする。

 

声が、震えていた…。

 

 

そんな俺にーー

 

 

「…でも、私はそれで救われた。修兄にとって自分の為の行いだったとしても、それでも私は救われた。傭兵以外にも私に出来ることがあるって言ってくれた。だから…私は

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「……っ」

 

 

 

セーラは、ただ、伝えてくれる。

 

 

「修一、あなたになんて言われても、何度だって言う。あなたは強い。人を変える強さがある。人を護れる強さがある。人を助けれる強さがある。

それを忘れないで。そして、私みたいに人生のサイカイ達を、救ってほしい」

 

「……………。」

 

もうすでに、俺は溢れ出す涙を抑えることが出来ないでいた。

 

 

動けないセーラの顔に涙がポタポタと落ちる。

 

「どうして泣くの?」

 

「………うるせぇ………」

 

こくんと首を傾げるセーラ。俺はただ涙を流す。

 

 

 

俺は、勘違いしていたらしい…。

 

 

こいつは、セーラ・フッドという女は…

 

 

俺の全てを見てくれていたらしい…。

 

 

 

ゴトっと音を立て携帯がポケットから滑り落ちた。

 

 

 

 

そこにはーー

 

 

片方じゃ意味を成さないストラップが、付いていた。

 

 

 

「なぁ…セーラ」

 

「なに?」

 

「…俺でもあいつ、救えるかな…?」

 

「修兄しか救えない」

 

「こんな俺でも、あいつの役に、立てるかな…?」

 

「修兄なら立てるよ」

 

「…こんな俺が

 

 

 

 

あいつのために、命張っても、いいのかな…?」

 

 

 

「それができるのが()()だよ、修兄」

 

 

頬に手を当ててくれるセーラの手は、とても暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

「お前はダメ、お留守番」

 

身支度を速攻で整え玄関へ、その間役5分。玄関で靴を履いた俺は同じく靴を履こうとするセーラにそう言った。

 

「…は??」

 

セーラの顔が今まで見たことない顔になった。初めてジドッとした目からキョトンとした目に変わるのを見たかもしれない。

 

「…なに言ってるの修兄。私も行くに決まってる」

 

「馬鹿言っちゃいかんよ。俺との依頼内容忘れたか?」

 

俺は懐から生徒手帳を取り出し、セーラとの契約書を取り出す。そしてセーラの前に突きつけた。

 

「ほら、読んでみ?」

 

「……『普通の生活をすること PSお肉は1000円以内のものを購入すること』」

 

「だろ?肉のとこは無視するとしてもこれは守んなきゃ」

 

「…でも、そんなこと言ってる場合じゃ……!」

 

「ったく。お前は人の心配ばっかしやがって」

 

慌て始めるセーラにため息をつくと、ポンと頭に手を乗せた。

 

 

「大丈夫だって。()()にーちゃんを信じろ」

 

 

「…………。」

 

セーラは唇をツンととんがらせこちらを上目遣いで見ながらもコクンと頷いてくれた。

 

「………わかった。依頼は守る……頑張ってね、修兄」

 

「おう!あのバカとっとと救って帰ってくるから鍋の準備でもしてろ!」

 

手を振るセーラに俺は勢いよく飛び出した。曇天の空に少しだけ光が差し込んでいる。

 

 

 

さぁってと、岡崎修一さんの一世一代の大博打!かましてやろうぜ!!

 

 

 

 

 

ーーーーー

《Not side》

 

雨が止み、雲の切れ間から少しだけ日の光が差し込み始め、街行く人が傘を手に持って歩き始めた正午。

雨で葉が落ち、大きな枝だけが残る桜の木が並んでいる場所。

 

 

その場所に1人の女子学生が立っていた。

制服がずぶ濡れになっているのは雨の中傘もささず歩いたからなのか。

 

身長147cmの小柄な生徒は金髪の髪を乾かそうともせず、童顔な顔をくしゃくしゃにしてただ見つめている。

 

 

その目はただ一点、数ヶ月前の始業式の日に付いた弾痕をただ見つめていた。

 

 

そこは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

彼女の名前は峰 理子、正式な名前は峰・理子・リュパン四世。

昔名を馳せた怪盗ルパンの子孫であり、東京武偵高校2年生、探偵科Aランクのエリート武偵だ。

 

「……。」

 

そんな彼女がなぜこんな場所へ、なぜこんな雨の中ただ立ち止まり続けているのか。それは彼女自身もよくわかっていない。

 

ただ胸の中にもやもやと雲のように漂う歪な何かが確かに存在していた。

 

「………。」

 

木についた弾痕を指でなぞると、穴から水が溢れ流れ出した。

 

光のない理子の目がその水を辿っていく…

 

 

 

 

水が木を伝い、地面の割れ目をなぞりながら進んでーー

 

 

 

 

()の靴にたどり着く

 

 

 

「よ、理子。2日ぶり」

 

「…しゅ、しゅーちゃ…修一!?」

 

思わず親しみのある呼び方をしてしまった理子は口元を慌てて抑える。

 

まるで『重たい扉』で閉じたように心を閉ざし、もう話すことができないと思っていただけに、飛び出てしまった名前だった。

 

理子に話しかけたのは3日前絶縁したと彼女自身が思っていた彼、岡崎修一。目尻が少し紅く、少し制服が乱れている。よほど慌てて部屋から出てきたのか、髪もボサボサだ。

 

 

ガチリ…と

 

理子の心を閉める『錠』が音を立てる…

 

 

「…なんでこんなとこに。というか、お前とはもう話さないって言ったはずだ」

 

理子はすぐに顔を平常に戻し敵意むき出しで修一を見る。修一が少し寂しそうな目をしていたのを理子は見ないように少しだけ目をそらした。

 

「そんなこと言うなよ。お前と俺の仲じゃん?」

 

「知らない」

 

 

もう理子の心が限界を感じ始めていた。ミシミシと音を立てるように、危険信号を身体中が送るのを感じる。

 

無視して通り過ぎようとした理子の前に、修一が立ちはだかる。

 

 

「理子、そっちに用があるの。邪魔だから退いて」

 

「やだ」

 

「は…はぁ!?」

 

理子が避けようとすると修一も同じ動きをして道を閉ざす。

そして否定の言葉を口にした。

 

 

「嫌だって言ってんの。お前が何言おうと知るか。俺はもうお前を助けるって決めてんの。だからヤダ」

 

まるで子供のわがまま。『俺がしたい、だからする。』たったそれだけ。修一の意見に理子の考えは全く入っていない。

 

ブチリ…!

 

理子の中で何かがキレた。自分勝手なその言い草に思わず声を張り上げる。

 

「修一…いい加減にしろよお前!!理子の迷惑だっつってんの!何度言ったら分かるんだこのクソ童貞!」

 

「るせーな!童貞は関係ないだろクソビッチ!」

 

「うるさいうるさい!!いいから退いてってば!!

 

「イヤだ!俺もそこにつれてけ!お前を助ける!!」

 

「なっ…!?」

 

修一はただ真っ直ぐに理子を見てそう叫ぶ。

 

カチリ…と再び『錠』が開く音が響く。

 

「だ、だからそれが迷惑だって言ってんの!!いいから帰ってよ!」

 

「イヤだ!」

 

「帰れ!」

 

「イヤだ!」

 

まるで子供の言い合いのようにただ繰り返す。お互いが一歩も譲らない。息が切れるまでその言い合いがつづき…そして

 

「まあ分かってたよお前、意地だけは達者だもんな。まあ俺も引く事ができないしさ…手っ取り早く終わらせるいい方法がある」

 

「…?」

 

修一は首を回し腕をストレッチする。…そして

 

「簡単だっての。んなに俺を退かしたいなら、()()()退()()()()()()()()()

 

理子の前で軽く飛ぶと木刀をゆっくりと取り出した。

 

戦闘の構えだ。

 

理子はそのことに驚きつつも軽く笑ってしまう。

 

「なに?理子を止めれるって本気で思ってるの??はっ、悪いけど修一に負けるなんて想像も出来ないんだけど、本当に本気??」

 

「本気の本気だっての。ここで言い合っても仕方ねぇし、お前ぶっ飛ばして内容全部吐いてもらう。そんで、後は俺がやるから黙って家で寝てな」

 

ふつふつと…理子の中で何かが生まれ始めていた。

 

それは好戦的とか、軽蔑などのような簡単な想いじゃない。

 

 

葛藤。

 

 

「ふん、サイカイが調子に乗んなよ?あーわかった、わかった!お前の頑固も大分知ってるもんね。わかったよ、もういいよ!お前なんかもう知るか!ボッコボコにして何も出来ないようにしてやる!」

 

「そりゃこっちのセリフだわ。金髪ギャルに負ける主人公があるかよ」

 

 

理子はふーっと軽く息をはくと

 

心の『錠』をさらにグルグルと強く巻きつけ、解けないようにしっかりと閉めた。

 

 

修一も本気で構えを取り、理子も同じく構える。

 

 

 

 

 

 

 

曇天の空

 

 

 

 

向かい合う2人

 

 

 

岡崎修一と峰理子、それぞれがそれぞれに想いを抱え

 

 

 

 

ぶつかり合う…!

 

 

 

 

 

 

枝に少しずつ貯められた水滴が

 

 

 

 

 

ポタッと一滴地面に

 

 

落ちた。

 

 

 

「「………っ!!!」」

 

 

 

動きは同時だった。お互いが瞬間的に近づきそれぞれ『敵』に向かって武器を振る。修一の木刀が理子の体に当たるより速く理子はその木刀に拳銃を添え動きを逸らす。

 

ガッガッガッガッガッガッガッガッガッガッガッガッッ!!

 

何度も何度も木刀が空を切り、また空を切る。正確に弾かれる木刀が次第と勢いをなくし始めていく。

 

(…くそっ!こいつ…!!)

 

修一も馬鹿正直に木刀を振り回しているわけではない。アリアとの戦闘、火野ライカとの攻防、ジャンヌ・白雪との乱闘全ての経験、技術から習った動きと技で死角からの一撃を振り下ろそうとするも…

 

理子はまるで修一の動きを知っているかのように攻撃を全て弾き返す。後ろから、斜めから、正面から、四方八方からくる木刀がまるで吸い込まれるように理子の銃へと集まってしまう。

 

そして

 

 

「…っ!?」

 

 

タンッ!と一発、修一の腹に撃ち込まれた。木刀を弾かれ手薄になった部分への一撃。防弾制服といえど激しい痛みが襲うことには変わりなく、たった1発で修一は地面に倒れこむ。

 

その間わずか15秒、痛みに耐えれなかった修一は木刀を手放し腹を抑える。

 

 

「…だから言ったのに、バカ修一」

 

地面に倒れる修一を上から見下し、その横を通り抜けようと銃を収め歩き出そうとする理子。その目は相変わらず光の届かぬ真っ黒な目をしたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿はお前だアホ理子!!」

 

「…っ!?」

 

理子が銃を完全に収めた瞬間、修一は勢いよく飛び跳ね、理子の鳩尾へタックルする。気を抜いていた理子は修一を止めることが出来ずそのまま濡れたアスファルトに2人して倒れ込んだ。馬乗りの状態になった修一、暴れる理子の両手を握り動けなくする。

 

この時、あの遊園地でした恋人つなぎになっていたのは因果なのか。

 

「くそっ!離せよ!!」

 

「離さねぇよ!お前が抱えてることを言うまではな!」

 

「だから、絶対に言わないって言ってんだろ!!なんなんだよ!どうしてそこまでーー」

 

「お前を助けたいって!俺自身が本気で望んでるんだよ!!」

 

「……っ!うるさい!!」

 

理子はグイッと勢いよく上半身を起こし頭突きを食らわせるとそのまま両手を振り回し束縛を解除、フラフラしている修一の顎を思いっきり蹴り飛ばした。

 

しかし修一はその動きを予測していた。顎のショックを吸収しながら上に飛ぶ。そのまま側転しながら落ちている木刀を手に取り理子を殴り飛ばそうとーー

 

「無理だって、言ってんだろ!!」

 

 

修一が理子の方に顔を向けた時にはすでに、理子は数歩後ろに下がり拳銃を構えていた。

 

まさに先読み、未来予知。修一のクッションからの横振りという行動を予測していなければ出来ない動き。

事前に修一の動きを知っていたと言われても頷ける構えだった。

 

「蜂の巣になりなっ!」

 

「ーーっ!?」

 

一瞬の後、無数の銃弾が修一へと襲いかかる。ジャンヌ・白雪戦の成果『弾丸弾き』を1発だけ成功させるも

 

それさえも予期された数発の弾丸がさらに修一の体へと突き刺さった。

 

「…あ、あがっ…!?ぐ、ぐうぅぅぅ………!?!?」

 

修一が声にならない悲鳴を上げながら倒れる。理子の顔に悲痛の色が現れる。

 

「…もうわかったろ、修一?お前じゃ私は倒せないんだ。だからもう諦めてーー」

 

「あ、諦めねぇつってん、だろうが…!まだ、俺はやれるーー!」

 

「ーーっ!どうして…!!」

 

再び走りこんでくる修一に、理子はただ疑問を叫び続けたーー。

 

 

ーーーーー

 

「はぁ…はぁ…」

 

「…っ…まだ、だ…!」

 

 

10分が経過した。

 

やはり力の差は歴然、地面に伏せ立ち上がろうとするは修一、息を整えるは理子だった。

約10分の攻防、その間傷が増え続けているのは修一であり、理子には一切攻撃が当たることはなかった。完全予知は途切れることなく、全ての攻撃が避けられ反撃されてしまってた。

彼女の実力は確かである。Sランク武偵のアリアと互角に戦えるほどだ、修一ではまず勝てない。

 

しかし、時間が経つたびに悲愴な顔つきになるのは『理子』の方だった。

 

だんだんと、美人な顔が彼を殴るたび撃つたびに苦しそうに歪んでいく。まるで自分が殴られているように、撃たれているように…。

 

再び走りこんできた修一に、理子の弾丸が突き刺さる。

 

「……!!………ま、まだ、俺は…お前に、勝てる…!」

 

「どうして…どうしてそんなに理子のために体張るの…!?もういいじゃん修一…諦めてよぉ……!!」

 

「…るせぇんだよ。そんなこと聞きたいんじゃねえ…いいから抱えてるもんを全部俺に…吐き出せって言ってんだ…!」

 

体がもうボロボロの修一、されど手元の木刀を握りしめ、フラフラになりながらも構えを取る。

 

その姿に理子はついに声を荒げた。

 

「もういい!もういいから!!修一の助けなんていらないからっ!帰ってよ…!!

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

理子の叫びが木々を揺らした。彼女自身の精一杯の悲痛の叫び。

 

 

 

 

 

「……放って……おけるか……」

 

 

 

その言葉に対し…

 

 

 

 

「放って、おけるわけ、ねーだろうが!!」

 

 

 

修一は即座に否定する。

 

 

 

「……っ!?」

 

もう何十回目か、走りこむ修一に理子は完全予知で右に飛ぶ。修一の攻撃パターンを読み先読みした動きーー

 

 

しかし修一は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。銃を木刀で弾き飛ばし、理子の胸ぐらを掴んで引き寄せる。

 

 

「馬鹿かお前!!お前を簡単に放っておけるんなら苦労しねーんだよ!お前をどうでもいい存在と思えるんだったらこんな辛ぇ思いしてねーんだよ!

 

俺は、お前ともっとずっと仲良くしてたいんだ!!!こんだけ苦しんでも、傷ついても、泣きたくなっても!おまえとずっと仲良くしたいんだよ!!一緒に飯食ったり遊んだりしゃべったり無駄に時間過ごしたりしたいんだよ!!

 

こんなクソ傷程度でお前との()()()()()()()が戻ってくるんなら喜んでいくらでも受けてやるって言ってんだ!」」

 

目を見つめ、唾を飛ばしながら大声でそう伝える修一の言葉を、理子はただ目を見開いて聞いていた。

 

「…っ…うぅ……!」

 

目尻が熱くなり、指先が震える。胸が熱くなる。

 

 

 

ここまで、ここまで自分を気にして、助けようとしてくれる修一に理子の固めた心が粉々にされようとしている。

 

 

 

もう、『錠』はボロボロで壊れかけていた

 

 

「あの居候のおかげで気付かされちまったからな!俺はおまえを救いたいんだ!助けたいんだ!!護りたいんだよ!お前がなんと言おうと知ったことか!いいから黙って俺の言う通りにしやがれ!!いい加減その頑固な意地ぶっ壊して俺に全部吐きやがれクソビッチ!!!」

 

 

 

 

 

全てを吐き出した修一は、荒く呼吸しながら理子を突き飛ばす。ふらふらとしながらも行きを整えようとしている。

 

 

 

押された拍子に倒れてしまった理子は腕で目を隠す。

 

 

 

彼に助けを求めてもいいんじゃないだろうか…。そう、思い始めていた。

 

 

 

彼だってそうしたいと言っている。ならなにも悩むことなんてない。戦力にならないなんてそんな訳がない。修一に一番に目をつけたのも自分、修一の才能に一番に気づいたのも自分だ。

 

 

彼に、助けを求めたら、なにか、変わるかもしれないーー!

 

 

そう思い始め、口が動こうとーー

 

 

 

 

『……りこ、おれ、し、失敗した、失敗しちまったんだっ……!』

 

 

 

 

その時ーー

 

 

 

理子の中で、誰かの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

その声に

 

 

 

 

 

再び口が、再び閉じ、『錠』がまたガッチリと閉められる。

 

 

 

 

 

「……しゅーちゃん」

 

 

「……?」

 

だらんと力なく目を瞑る理子。久々に呼んだ呼び方に、修一は安堵した。

 

 

 

次の瞬間、

 

 

 

グイッ!

 

ーと

 

理子の体が素早く動き修一の懐へと滑り込む。その動きは紛れもなく天才的な動きで、気を抜いてしまっていた修一はただ後退ることしかできなかった。

 

 

理子はただ無言で拳を構える。

 

 

 

「……お前ーーっ!?」

 

 

 

修一が驚きの声をあげ、防御しようと腕を上げるがもう遅い。

 

 

 

 

そしてーー

 

 

 

 

 

「しゅーちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴスッ!と2人きりの場所に鈍い音が響く。

 

 

モロに受けた修一の体が宙に浮き、視界が暗くなっていくーー。

 

 

 

 

暗くなる視界の中

 

 

 

 

 

その時、修一は見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の涙を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………く………そっ………たれ…………」

 

 

 

 

 

 

意識が、波の引くように遠退いていく………

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

『………はぁ…!…はぁ…!』

 

 

 

 

 

 

『しゅーちゃん……気絶、したよね…?』

 

 

 

 

『…………「俺は、お前ともっとずっと仲良くしてたいんだ」なんて…しゅーちゃんの言葉、胸がキュンときちゃったよ。あそこまで言われて惚れない女の子なんていないんだから、言い過ぎはダメだよしゅーちゃん?……なんてね……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………ごめん………ごめんね………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『叩いたりして…ごめんね…撃ったりして……ごめんね……』

 

 

 

 

 

 

 

 

『でもね…もうそんな辛い道にしゅーちゃんが立つことなんて無くなるからね』

 

 

 

 

 

 

 

『しゅーちゃんは、もうこっち側にいなくていいんだよ。…まあ、こっち側に来させちゃったのは理子だから………ちゃんと、責任とるから安心して……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そこに理子がいなくても…しゅーちゃんなら困らないよ。…ちゃんと、前向いて生きていける。理子はそう信じてるから…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だから、バイバイ、しゅーちゃん』

 

 

 

 

 

 

 

 




《Q3》なぜ理子はそこまで修一の助けを断るのでしょうか…?

PS、前回の話の時点でこの問題の答えを導き出している方が結構いらっしゃって、銀Pはみなさんの凄さに脱帽しております。

#理子の場所はセーラさんが知っていたという裏設定をば。あのアホ毛女…やりおる。

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