サイカイのやりかた【38話完結】   作:あまやけ

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最終章の始まりはヒロインの過去から始めましょう




最終章 VS才能
26. 昔の私 今の私


両手を地面と平行に伸ばしただけで両壁を触れるほどの狭く暗い空間

 

 

ここが私の生きる場所だった。

 

 

まるで監獄のような、収容所のような空間に、ただ座っている。

 

悪臭の漂う空間、圧迫感のある鉄格子、冷たい石畳が私から元々低い体温を奪っていく。

 

…いや、石畳と呼べるほど整備されたものじゃない。

 

ヒビ割れのない場所の方が少なく、まともな靴を与えられていない裸足同然の私の足なんて簡単に切れてしまう。

 

 

そんな空間の中、私は体を預けるように倒れ、小刻みに震える冷えた体を小さく丸め、ぼんやりとただ一点を見つめている。

 

流れる涙も枯れ果て、叫ぶほどの声も出さない…いや、もう出すことすら無駄だとわかっていたのだ。

 

ここに入れられた当初は助けを懇願して泣きもしたのたが、ここには私を閉じ込めた『アイツ』とその妹しかいない。叫んだところで、聞こえてくるのは高飛車な笑い声だけだった。

 

「……ッ」

 

 

じわじわと、昨日増えた傷が痛み出した。私の全身には切り傷が至るところに存在する。

 

『アイツ』は機嫌が悪くなると、私で発散しようとすることが多い。

 

それが短ければ切り傷数カ所で済むのだが、昨日は……。

 

 

「…だいじょうぶ、りこは、つよいこ、だから……」

 

 

私は痛みを和らげようと手で摩りながら、嫌な思い出を忘れるために

 

口の中に隠していた『小さなロザリオ』を取り出した。

 

これはどんなに『アイツ』の暴力が痛くても、苦しくても口から吐き出さず、耐えて耐えて未だに見つかってはいない、私の唯一最も大切にしている宝物であり

 

 

 

記憶のみに存在する、()との、繋がりだった。

 

 

 

「…おかあ、さん…」

 

 

 

無くさないように、今のこの生活が世界の全てじゃないと忘れないように何度も何度も同じ言葉を繰り返す。

 

 

思い出の中の母は、優しくて、私を抱きしめてくれて、温かい笑顔を向けてくれて、そして、私を()()としてくれていた。

 

私に触れる一挙一動が慈愛に満ちていた。

 

私も、母が大好きだった。心から大好きだと言えた。

 

母の見せる笑顔を、二年経った今でも鮮明に覚えている。

 

ごくありふれた家庭、決してお金持ちというわけでもなかったが、笑顔が絶えなかった峰家。

 

 

それが今は激しいほどに愛おしい。

 

 

幸せだった二年前の思い出が私をこの世界に繋ぎ止めていた。

 

震える手でロザリオを握りしめ、強く胸に押し当てる。

 

きっと、きっと助けてくれるんだ。この狭い空間から逃げ出せる日がきっとくる…そしたら、そしたら…また、あの時の、幸せだった日常に…!!

 

 

 

「……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど

 

 

 

 

 

だけど……

 

 

 

 

 

そんな風に自分を励ましても

 

 

 

 

 

 

時々思ってしまうんだ。

 

 

もう、二度とそんな夢のような世界に戻ることなんて、できないんじゃないかって…

 

 

 

もう、私が心から信頼できる人なんて…私のことを大切にしてくれる人なんて、いないんじゃないかって…

 

 

私を…峰理子を、必要としてくれる人なんて、いないんじゃないかなって…

 

 

 

わたしのこと、()()()()()()()()()なんて…もういないのかなぁって…っ

 

 

 

「……りこは……

 

 

 

りこは、ここに、いるよ………?」

 

 

何も見えない暗い空間の中で手を伸ばす。

 

 

 

枯れたと思っていた涙が、頬を伝い落ちた。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

「ーーッ!?」

 

目覚めは最悪だった。

 

身体中汗まみれで息も荒い。手足が軽く震えている。

久々に戻ってきた自分の部屋がやけに広く感じる。近くの時計を確認すると、まだ日も出てない時間だった。

きちんと閉まっていない蛇口から落ちる水滴の立てる音が大きい。

 

嫌な夢だった…。

 

どうして、今頃こんな昔のことなんて…もう忘れたと思っていたのに…。

 

あの頃の自分を思い出すたびに、孤独を強く感じてしまう。体がなぜかズキリと痛んだ。

 

この広い世界と空間が幻想で、目を開けるとまた狭いあの空間に戻ってしまっていたり、なんて変なことまで考えてしまう…。

 

 

助けを求めるように、激しく動く視界の中、

 

 

 

 

私の目はある一点で止まった。

 

 

すぅ…と無意識に音を立てながら息を吸う

 

 

 

 

 

 

 

「…理子が、必要、なの?」

 

「ま、必要だな。金の次に」

 

「ふん!!」

 

「痛ったあああ!?おいてめぇ理子!なにも撃たれたとこ殴らんでもいいだろうが!!」

 

 

 

 

 

それは近くの机の上に置いた1つの写真で

 

 

 

 

 

 

「理子」

 

「な、なぁに?」

 

「ーーほい、チーズ」

 

 

 

 

 

それは二週間前に行った()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「…え、写真…いいの?」

 

「誰も嫌なんて言ってないだろ。ただそうだな…俺を撮るときは俺のことをかっこいいと思った時に撮りなさい、これ強制」

 

「…うん!りこりんりょーかいです!」

 

 

 

 

 

それは、写真写りの悪いセコイバカ男ときょとんとした顔の私の写る

 

 

 

 

 

()()()()()()()

 

 

 

 

「…くふ、なんか、バッカみたい」

 

 

 

なぜか口元がゆるんでしまっていた。「あいつ」の顔を思い出したらちょっとおかしくなっちゃった。

 

 

こんな嫌な夢見た後なのに、どうして「あいつ」を思い出すだけでここまで心が軽くなるんだろう。

 

 

 

震えもいつの間にか止まっている。途切れ途切れだった呼吸も落ち着いた。

 

 

 

 

「…………会いたい、なあ」

 

 

 

ここまでいくとなんか、気持ち悪いななんて自分で思いながら、それでも過去の私が求めてしまう。

 

 

 

「こんなに好きになる人ができるなんて…昔の私には想像もできないだろうなぁ…」

 

 

また思わず出てしまった言葉に顔が紅ったのを感じてブンブンと顔を大きく振った。

 

 

 

今のは流石に浮かれ過ぎと自分に呆れながら、

 

 

私は身支度を速攻で整え、家を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

昔の私に言ってあげたいな。

 

 

 

 

 

 

あなたが喉から手が出るほど欲しい『アレ』

 

 

 

 

 

 

 

私、もう持ってるんだ。いいでしょ?

 

 

 

ーーーーー

 

10:00 男子学生寮

 

「うぃやっほー!あっそびに来たよー!!」

 

「……。」

 

 

ドカンと大袈裟にドアを開けリビングへのドアを開けながら叫ぶ。

きっとまだ寝てるであろうここの主さんを起こすにはこれくらいしないとね!

 

 

 

…と思ってたんだけど

 

「あれ、いないの?」

 

「…土曜なのに補修だって」

 

家のリビングにその姿はなく、代わりに居候のセーラがベランダへ出る窓のあたりにちょこんと正座してジッと私を見ていた。

 

銀髪の長い髪がベランダから流れる風に揺れ、幻想的な絵が完成していて綺麗だと思った。一枚の絵として飾ってもおかしくない気がする。

 

 

…ま、セーラの持ってるのがダサい黒Tシャツだから台無しだけどね。

 

「そっか…何時に帰ってくるの?」

 

「後で買い物に付き合えって言われてるから多分夕方には帰ってくると思う」

 

セーラはもう目線を外し、持っていたTシャツをたたみ始めた。

 

近くにまだ畳んでいない洋服などが山になっているところを見るにどうやら洗濯物をたたんでいたようだ。

 

んー…夕方か、補修の間って先生が付きっ切りだから自由なんてないんだよね。今行ってもしょーがないだろうしなあ…んーどうしよ。

 

特にやることもなかったので、ソファに座りぶらぶらと足をぶらつかせる。セーラはそんな私には何も言わずただ黙々と洗濯物の山を崩し始めた。

 

どうやらかなり教え込まれたようで、綺麗にしわを伸ばし畳んでいる。手慣れている感じでせっせとたたむ姿は普通の女の子にも見えた。

 

 

…これが、元遠距離最強の傭兵、か…。

 

 

「セーランってさ、ちゃんと言うこと聞いてるよね、『普通の生活を体験しろ』なんて訳わかんない依頼なのに」

 

「依頼だったら、どんな内容でもちゃんとやる」

 

「でもでも、ぶっちゃけ報酬だけなら傭兵の方が何倍も儲かるよね。というか、あんなセコ男と一緒にいたらお金なんて降ってこないでしょ?」

 

「…お前には関係ない」

 

セーラはムッとした表情を一瞬だけ見せると、私と目線も合わせずまた黙々と作業を続けた。

 

…あちゃ、やっぱ人との関わり方は変えてないんだ。

 

昔からよく傭兵セーラの噂は聞いてたけどあまり人との関わりに関してはいい噂聞いたことなかったもんなあ。

 

気難しそうな性格みたいだし、仲良くなれる人なんて少ないのかも。自分発信の子でもないみたいだしね。

 

遊園地の時少しだけ話できたからもっと話してくれるかなって期待したんだけど…。

 

…私が嫌われてるのかな。あー…それあるかも。

 

 

「あーやっぱり。流石にそれはたたまないんだね」

 

「……気持ち悪いから」

 

暇つぶしにセーラの作業を見ていると、彼女は男物の下着だけを投げ捨て新しい山を作っていた。

 

ああ、確かに普通の生活だなぁ。この年の子ってお父さんと同じってだけで嫌な顔するし。…なんか反抗期の娘見てる気分。

 

「それ本人の前でしちゃダメだよ?多分泣くから」

 

「もう泣き終わってる」

 

あ、もうそのくだり終わってたんだ…。

 

本気で泣く彼が普通に想像できて、らしいななんて思ってしまった。…ちょっとだけ、りこりんが同情しておいてあげるから元気だしなよっ!

 

 




終わり方が少し変なのは一つのものを二つに分割したからです。

もう片方も見直ししてできる限り早く投稿するので宜しくお願いします。

これと次話合わせて「準備編」となります。

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