修一はサブです。ドンマイ
21.魔宮の蠍の非日常
人に不幸を与えた者がいるとするでしょ?
それは偶然でなく、自分自身が相手に与えたことを自覚しているの。
ただ、それに罪悪感すら感じていなかったのよ。むしろ当たり前だとさえ思っているの。
それに、それは一度だけじゃない、何度も何度も、同じような不幸を様々な人に与えて続けていくの。
そんな人を、あなたはどう思う?
最低で、最悪で、誰も近寄ろうなんて思わないわよね。
でも、
仮にその人が過去の過ちに悔い改めたとしても、その人は許されないのかしら。
もし謝りたいと心から思っていても、幸福な世界にいる人とは分かり合えないのかしら。
私は・・・
ーーーーーーーー
AM8.00
その日はただの休日。
予定も無く、外に出る気もなかった私はアラームの音で目を覚ます、
・・ああ、しまった。平日のアラームの方設定していた。まだ2時間しか寝てない・・。
「・・・。」
上半身を起こし、カーテンの隙間から差し込む光を浴びつつただぼーっとしている私。
・・起きよう。
また寝てもよかったのだが、なぜか眠気が冴えてきた。
まずは寝巻きからセーラ服に着替える。それから歯を磨き、朝食の準備に取り掛かった。まあ軽くパン焼いて食べるくらいだ。
「ごちそうさま」
使った食器を洗い終え、ある程度の掃除を済ませ、洗濯などを終えた頃には時刻は昼を指していた。
そろそろ始めてもいいかと、隣の部屋へ移動する。日課である同人誌の制作をすることにした。昨日かなり進めることが出来たから良ければ今週中には完成させれるかもしれない。
「・・あら?」
気分が高まるのを実感しながら作業をする部屋へ向かうと、違和感に気付いた。
いつも使っている愛用の筆がない。いつも定位置に置いているはずなのに、今日はなぜかそこに何も置いていなかった。
私がここ以外の場所に置くとは考えられないし、他の場所に持っていくわけもない、どうして・・・?
あ
私は一つだけ思い出し、知り合いのバカに電話する。
そいつは昼なのに、なかなか電話に出ず、1分ほどしてようやく出た。
『・・あーい?・・だれ?』
「私よ」
『あ?・・夾竹桃?なんだよこんな朝早く』
「もう昼よ。また夜更かしでもしたの?」
『・・昨日、理子とジャンヌにどーやって謝るか考えてたんだよ。・・あんましいい案でなかったけどな・・ふぁ』
岡崎修一
とある事件で理子から借りた・・そうね、犬みたいなやつよ。
すぐ人の顔伺ってバカみたいに落ち込んでしまうし、私が褒めただけで本気で嬉しそうな顔をしたりするし、本当に犬みたいな男。
なぜか腐れ縁みたいな仲になっていて、愚痴を聞いてあげたり、なにかと手伝ったりしている。
・・どうして手伝ってしまうのか未だにわからないのだけど、その代わりとしてかなり頻繁に同人誌制作を手伝わせている。
いっつもうだうだと文句を言うのは面倒だが、金をチラつかせると態度を一変させて喜んで書き出すから楽でいいのだ。
「あら、ジャンヌとはまだ会えてないの?」
『それがまだなんだよ。尋問終えるまでは面会謝絶だと。だから終わってから行くつもり。・・ってことでその時に謝るカンペを作ってたんだけど・・』
あの事件から2週間経ったが、まだジャンヌとは会えていないようだ。・・あの尋問、ジャンヌも受けているのね。ご愁傷様。
「そう、アリア達には言ったの?」
『ああ、それがよ、一応許してはもらえたのかな。もうあんなことはしないって伝えたら、なんとか。・・まあ、まだ会いにくいんだけどな』
あの後あの倉庫にいた人達に謝りに行ったようだ。
当日「こ、こええ・・夾竹桃、謝りに行くとき付いてきてくれない?」なんて行ってたからちょっとだけ気にしてたけど、大丈夫だったみたいね。
もちろん私は断ったわよ。あそこにいた人に面識ないし、面倒くさかったから。理子は変装してまでついて行ってあげたらしいけど。・・
あの子、少し過保護の性質あるかもしれないわね。
『ああ、あとな、この前お前に教えてもらった・・えっと『桜trick』?を一気見してたんだよ』
「そう、それなら仕方ないわ。感想は?」
岡崎には時々私のお勧めアニメを教えている。それを見て徹夜したのも頷ける。しょうがない。
『いや、あれ男子が見るものなのか?・・1話から女子同士のキスシーンあったんだけど・・あの時の理子と俺の居心地の悪さといったら』
「あれは男子向けのアニメよ。むしろそれがいいんじゃない」
『・・わからん。でもまあ友情物語としては面白かったな』
分からなかった、そう言いながらも全話見るのは尊敬できるわね。しかも他人に勧められたものを。
・・だが、何度か話すときに目的の話から必ずずれてしまうのは少し問題ね。
「そんなことより岡崎、あなた私の筆持って帰ったでしょ。昨日手伝わせた時に使ってたじゃない」
昨日のの昼も岡崎を借りてひたすら書かせていたのだが、その時間違って持って帰ってしまったのだろう。そういえば一回貸したような気もするし。
『あ?筆?・・そんなんあったかなー。ちっと待ってろよ』
なにかバックのようなものをゴソゴソとあさる音が聞こえる。あの時にはあったのだからもう岡崎としか考えられない。
「あった?」
『待てっての・・あ、あったこれか』
岡崎の見つけた音が聞こえた。よかった。あったのならなんの問題もない。・・ないが
「岡崎。持って帰った罰よ。今日も手伝いなさい」
『はあ?おま、俺さっきも言ったろ??徹夜明けは眠いんだよ』
「そんなのいいから早く来なさい。命令よ」
『はぁ・・お前ほんと、人使い荒いよな』
「あら?あなた私をわざわざ倉庫に連れて行ったわよね。あれって・・」
『わーったって!行く行く、行きますよ!』
なんだかんだ文句を垂れながらも結局来てくれるこいつは、実はいいやつなんじゃないかとこの頃思い始めてきた。
「よろしくね」
『はいよーーっ!うおっ!?』
返事が返ってきて、切ろうとした瞬間、電話越しに何かが倒れるような物音がした。そして
バキッ
『・・・あ』
「・・岡崎」
『あ、いや、これは、ですね。昨日理子が食べたまま捨ててなかったお菓子のゴミがそんまま落ちててそれでー』
「言い訳はいいから、手短に、今したことを言いなさい」
『・・・お前の筆、割っちった♡』
ブチッ
通話を切り、支度を始める。
あのバカ男、1発殴られるだけで済むとは思わないことね・・!
ーーーーーーーーー
「いい?あんたの金で買いなさいよ。あれ結構高かったんだから」
「ばい、ばんどに、ずびばぜんべじだ」
私と岡崎は近くのショッピングモールまで来ていた。そう、このバカ男に筆を買わせるためだ。
あれ、お気に入りだったのに・・描きやすくて、タッチも綺麗になってたのに・・。
イライラを発散させるために煙管に火をつける。ほんっとにこの男は余計なことを・・
「なあ、夾竹桃。あそこのデパートにいいもん売ってあるんじゃないか?」
殴られた後を抑えながら岡崎が一つのデパートを指差した。確かにあそこなら良いものが売ってそうね。・・・うん。
「じゃあ私、そこのベンチに座って待ってるから、買ってきてくれるかしら」
「あ?お前も行くんじゃないの?選ぶんだろ??」
岡崎が怪訝な顔でこちらを見る。
「私がただ選んだって面白くないじゃない。岡崎が自分の判断で選んでくるのよ。それを買ってここまで持ってきてから私が判断でするわ」
「な、なんじゃそりゃ・・ってことはあれか?もし買ってきたものがお前のご希望のやつじゃなきゃ」
「もう一度、別のを買ってきてもらうことになるわね」
「うそん!?」
これはいきなり考えついたことだけど、意外といい案かも。岡崎は高校生と思えないほどお金にうるさい。少しの贅沢もぐちぐちといってくるタイプだ。なら、お仕置きはこういう風にお金がかかることにすれば、一番ダメージがデカイ。いまもたったそれだけのことで冷や汗をかいている。
「あ、もちろん高いのがいいってわけじゃないわよ?私の使っていたあの筆に近いものでお願いね」
「う、う、う・・うわああ!わかったよこんちくしょう!そこで待ってろ馬鹿やろおおお!!」
岡崎は半泣き状態でスーパーへ松葉杖をつきながら去っていく。・・別に脅してないから断るって選択肢もあったのに、変にノリがいいというか・・。
そうして、私はデパート近くのベンチに腰掛け、ゆっくりと煙管を満喫していた。
ーーーーー
「・・・遅いわね」
待ち時間30分。未だに岡崎が現れる様子はない。
まあなんとなく想像はしてたけど、金のことになるとあいつはかなり慎重だ。おそらくいまも一つ一つの筆をわからないながらに触って確かめているのだろう。しかし
「暇・・」
こちらからとしたらただ待ってるのだけなのでかなり暇だ。休日に歩く子供連れが私の前を通るから煙管も辞めたし、機械は苦手だから携帯も通話以外はできないし・・困った。
「最悪、岡崎を許してあげて筆を選んであげてもいいか」
正直内心ではもうそこまで怒ってはいない。自分でもびっくりするほど自然と怒りが消えていったのだ。よくわからないが、いまなら別に岡崎を許したって構わない。
などと思いながらさらに待つこと10分。いい加減待ちすぎて疲れてきた。喉も渇いてきたし、飲みものを買いに行くことにしよう。
近くのコンビニで、スポーツ飲料を購入。ベンチに戻りつつ、歩きながら軽く一口呑む。
そこで、歩きながら飲んでしまったのが、失敗だった。
トンと、小さな女の子と打つかってしまったのだ。
「あ、ごめんなさい。大丈夫かしら?」
ただぶつかったならまだ大丈夫だったかもしれない。
が、その子の持っていたアイスが、私とぶつかった拍子に落ちてしまっていた。
「・・う・・うぅ」
「あ、あの、えっと・・」
泣きかけ寸前の子供にどうすればいいのかわからなくなった私は慌てて膝を曲げその子の頭を撫でる。
「ごめんなさい、よそ見してたわ。いま新しいのを・・」
「あー!このやろー!ちよちゃんを苛めんじゃねー!!」
少女をあやしている私の元へ、一人の小さな男の子が少女をかばうように割って入ってきた。・・ええ?
「・・違うわよ。私苛めてなんて・・」
「嘘つくな!ちよ泣いてるじゃんか!!」
どうやら泣いている少女がちよという名前らしい。・どう言ってもこの子の誤解を解くことは難しそうだ。
というか、なんでこんな目に。私子供と接するの苦手なのだけど・・
「・・ひっく・・まって、かずきおにぃちゃん。ちよが、ぶつかっただけだから」
どうしようかと悩んでいた時、ちよが男の子を止めてくれた。
それを聞いた男の子は戸惑いながらも、私と距離を取る。
「・・・。」
「・・・・はぁ」
ただ無言で睨んでくる男の子にめんどくさくなったので、コンビニにまた戻ることにして
買ってきたアイス二つをちよと男の子に差し出す。
「はい、これあげるから、もう睨まないでくれるかしら」
二人はアイスを凝視して、私の方を見て、そしてまたアイスを見て
「わーい!ありがとうおねーちゃん!」
「・・・けっ。これで許してもらえると思うなよ!」
二人は正反対なことを言いつつも私の手からアイスを受け取る。なんでこんなことになってるのかと何度も考えるが結局よくわからないで終わるので、もう考えるのをやめることにしよう。
喜んで食べている二人を見て、もういいだろうとベンチに戻ろうと後ろを向いた。
ーーその時、
「あー!かずきとちよがアイス買ってもらってるー!!」
「わー、ずるーい!!」
「え、あ、ちょっと待って・・・!!」
「・・・え?」
振り向いた後ろの先で、3人の子供が私の方、正確に言うと先程の二人の元へ走ってきた。
「へへーん、いいだろ!このねーちゃんに買ってもらったんだぜー!
」
「ええー!いいなぁ!」
アイスを食べてる男の子が元気よく私を指差し、他の3人がこちらをじっと見てくる。
・・・え?
ーーーー
「「「おーいしー!!」」」
「・・・はぁ」
ベンチに戻ってすぐ、私はため息をついた。
なぜか五人の子供たちにアイスを奢って食べさせている。どうしてこうなった?本当に、どうしてこうなったのかしら?
誰でもいいから教えて欲しい。
というよりこの子たち誰なの?
私の周りをうろうろしたりなぜか私の膝の上に座ったりしてる子供達の中で必死に答えを探す。
先程答えを出すのを諦めたのに、また考えてしまう。子供が苦手な私にどうして寄ってくるのかしら。
「ねーちゃん、思ったよりいいやつだな!」
「そう、ありがと・・」
最初の男の子が私の横に座って笑う。私は目線も合わさずに適当に返した。
もうアイスもあげたし、みんな食べ終わりに近いのだからどこかに行って欲しいのだけど・・
「おねぇちゃん、お名前はー??」
「夾・・、鈴木桃子よ」
「ももこおねーちゃーん!」
膝の上にいる最初の女の子、たしかちよちゃんが抱きついてくる。どうやら懐かれてしまったようだ。・・はあ。
「あ、あの、桃子さん!わ、私達の分までアイス買ってもらって、ありがとうございます!!」
「いいわよ別に、それくらい」
「うわー、そのセリフ大人っぽいー」
「かっこいいー!!」
一番最年長っぽい女の子が深々と頭を下げてくる中、その横の男の子と女の子がキャッキャキャッキ騒いでる。五人・・多すぎるわ。
「あなたたち、親御さんとかどこに行ったの?心配してるんじゃないかしら」
「えっとね〜こばやしおじさんはね、きょうのよるごはんかいにいったよー!」
「え、えっと、私達と小林おじさんの6人でここに来たんですけど、五人でスーパー入ると邪魔になるからお外で遊んでなさいって言われて・・」
ちよと最年長らしい女の子が答えてくれる。はあ、面倒なことしてくれるわねその小林って人も。人の都合も考えて欲しいわ。
「そう、じゃあ私。用事あるから行くわね」
一刻も早くこの子たちと別れて、どこでもいいから行きたかった私はちよを膝から降ろして立ち去ろうとする。 そうね・・岡崎のとのろにでも行って一緒に選んであげましょう。
ギュッ
そう、思ったのに
「・・なにかしら?まだなにかあるの?」
「おねーちゃん、ちよと、遊んでくれないの??」
「・・・う」
ーーーーーー
「ていうか、ねーちゃんさー!どうして土曜日なのに制服着てるのー?」
「ほんとだー!どーしてどーして??」
「・・今日は補習授業があったの」
「ほしゅーじゅぎょー??」
「お前しらないのかよー!?補習授業ってのはバカがやるやつなんだぜー!!」
「えー!?じゃあお姉さん馬鹿なのー??」
「そ、そんなこと言っちゃ失礼だよ・・!!」
あれから15分が経過したが、なぜか私はまた同じ位置でちよを膝に乗せ、子供たちの質問攻めに合っていた。子供の半泣きのお願いはズルいわ。あれを断れる人を見てみたい。
適当に誤魔化そうと思って言ったのになぜか私がバカにされてしまっている。が別にそれはいい、子供というのはそういうものだ。
「ご、ごめんなさいお姉さん。かずきくんも悪気があって言ってるんじゃないんです。ゆ、許してください!」
「別にいいわよ。気にしてないわ」
一番年上であろう緑の服を着た女の子が私に頭を下げてくる。本当に気にしてないからいいのだけど。・・それより早くどこかへ行って欲しい。
「ねーねー!お姉ちゃんどうして片手だけ手袋してるのー??」
「わ、それかっこいい!」
「ねーちゃんの髪むっちゃサラサラしてんなー!!」
「おねーちゃん、ちよの頭ナデナデしてー」
「わ、わわダメだよみんなー!!」
「・・・・。」
私の願いは見事に打ち返されてしまった。子供達に囲まれて色々と弄られてる。
どうしてこうなった・・??
ただ私は、普通に座って、岡崎を待っていた。それだけだったのに。どうして子供たちに囲まれているのだろう。
頭の中に疑問だけが次々と沸き起こる。しかし、解決策が一つしか思い浮かばなかった。
(は、早く来なさい岡崎・・!)
ちよの頭を撫でつつそう考える。岡崎が来たら知り合いが来たからの一言で別の場所に移動できるはず・・もう筆なんていいから、早く来なさい!
「あ、こらこら。お前たちなにしてるんだ!?」
私が対応に困ってされるがままになっていると、そこへ一人の成人男性がやって来た。おそらく30歳は超えてるであろう中年男性こそ、子供たちの言っていた小林のようだ。
「すみません、うちの子たちが迷惑を・・」
「いえ、別に・・」
私はようやく解放されると思い軽く息を吐きながら答える。
小林は私の膝に乗ったちよを抱きかかえ、他の子供達を近くに寄せる。ようやく解放されそうだ、
・・・と、思っていたのに。
「あのなーとーちゃん!俺達桃子ねーちゃんにアイス買ってもらったんだぜー!」
「え、それは本当かい?」
「おいしかったー!!」
小林の元に集まった子供たちは私の方を指差しながらそんなことをわざわざ伝えている。・・別にいいのに。
でもこれでようやく解放される。
と思っていたのに、小林はかなり驚いて私の方へ近づいてくる。
「そ、それは本当にありがとうございます。是非お礼をさせていただきたい!」
「・・・え?」
ーーーーーーーーーー
「で、どーしてこんなとこでお茶してんの俺ら?」
「知らないわよ。ほんとに・・」
私はもらったようかんを口に含みつつ、岡崎ののんきな言葉に返す。
それは私が聞きたいわ。
小林がお礼をしたいと行って連れてきたのは、デパートからすぐの場所にある児童保護施設だった。
なかなかの広さと大きさがあり、子供たちの遊べる公園もある。私と岡崎はその公園と室内を隔てる場所に座っていた。
「まさかお前が子供に好かれるとは思ってなかったなー。そんな暗い服装に暗い髪型してんのにさ」
岡崎が笑いながら自分のようかんを食べつつそんなことを言ってくる。・・は?
「そもそも、あなたが遅かったからこんなことになってるって分かってるの?筆一つ選ぶのにどれだけ時間かかってるのよ」
「いやー、慌てる夾竹桃見るのは初めてだったからなー。可愛かったぞ〜子供の泣きかけの顔に負けてまた膝に座り直させるお前・・ぷぷ」
「あ、あなた・・見てたの?」
「まあな!あんな面白・・いや、可愛い夾竹桃はレアだから理子にも教え・・あたっ!?」
ニヤニヤニヤニヤと笑う岡崎にイラっとした私は岡崎を思いっきり叩いた。いまなら36コンボも楽勝よ。
「いやー遅くなってどうもすみませんね、どうも」
流石にやり過ぎたと気付いた岡崎がビビってるところに、先程の服の上から白いエプロンを着た小林が自分のお茶を持ってやって来た。
「あ、ようかんありがとうございます。これむっちゃうまいですね。高そう」
「そうですか。それは良かったです。それはあるところからのもらい物でしてね」
岡崎と小林がようかんの話で盛り上がっているなか私は公園で遊んでいる子供たちを見ていた。あの時の五人の他にも10人程だろうか。たくさんいるものね。
「あいつらって預かってる子たちだったりするんすか?」
「ああ、違います、違います。あの子たちはもともと捨て子だったんです。それを私が引き取ってるんです」
「へ?・・・あーその、すんません」
軽く聞いてしまって失敗したと思ったのか、岡崎はバツが悪そうに顔を伏せ謝る。
児童保護施設って書いてある時点で気づくべきとも思うが。
「あっはっは!そんなに重く受け取らんでください。確かに、あの子たちは、捨てられて嫌な思いもしたと思います。しかし今はほら、あの通り元気な顔で毎日楽しく過ごしていますよ」
だが小林はそんなこと全く気にせず岡崎の背中をバンバン叩きながら楽しそうに笑っている。
「従業員はあなた一人なの?」
「ええ、国からの補助も少ないですし。雇うなんてとてもとても・・」
「あの人数を一人で・・!?そりゃすげーな」
「大したことありませんよ。苦痛に思ったこともありません。それに・・」
「おとーさーん、みてみてー!泥だんご!ちょーきれいに丸めれたよ!」
小林が話している最中、一人の子供が顔も服も泥だらけでこちらにやって来た。そして、手に持った泥だんごを嬉々として小林に見せつける。
「おお!すごいじゃないか!後で私も作ってやるから勝負しようか」
「へっへーん、おとーさんにだって負けないもんね!これ自信作だからちゃんと残しといてよーー!!」
「はいはい」
小林は満面の笑みで泥だんごを受け取るとまた公園へ戻っていく少年を見送ってから、泥だんごを私達から離して置いた。
そして、立ち上がると子供たちの方を見て
「それに、私たちは血は繋がってませんが、正真正銘の
『家族』なんです。
私は心から、あの子たちの幸せを願っていて、彼らも私をお父さんと呼んでくれている。
それだけで全然苦しくないんですよ。むしろ、これからの彼らの将来が楽しみで仕方ないんです」
わっはっはと笑いながらそういう小林の笑顔は、親の顔そのものだった。
幸せな、家族・・捨て子・・か。
「おとーさん!早くー!!」
「はいはい、今行きますよ!ではお二人とも、くつろいで行ってくださいね」
先程の子供が公園の砂場で手を振っている。小林はそこへ駆け寄って行った。
「・・家族ねえ」
岡崎が最後のようかんを食べつつ、晴れた天気のいい空を見上げ、ぽつりと呟く。
「あの子もあの子も、あの小林さんのこと、お父さんなんて呼んでたな。血も繋がってないのにさ。・・変だよな」
「そうね」
私もそう思う。血が繋がってない相手をそう呼ぶことに、違和感を覚える。
「それにあれだけの子供を抱えての生活は苦労しかないはずだろうし。食費とか色々増すばっかだろうし。・・キツくないわけがない」
「そうね」
あの子達は育ち盛り。ごはんも沢山食べるだろうし、小林は1人でその食卓を作っているということになるし。
「そもそも俺、子供嫌いだから、小林さんの気持ち、全然わかんなかったわ」
「・・私も」
岡崎は伸びをすると、こちらを向いて
「でも、なんかいいな。こういうのもさ」
笑った。
「・・うん、そう思うわ」
私はなぜか嬉しくなっていた。どうして他人のことなのに嬉しくなっているのか分からないが、気分は悪くない。今日は分からないことだらけだ。
あーっと岡崎はもう一度背伸びをすると、靴を履き直し
「んじゃ、俺も行ってくるかね。泥だんご選手権王者のこの俺がな!」
「あんまりはしゃぎ過ぎないようにね」
「あいよ、おーいガキ〜!俺も混ぜろー!うまい作り方おしえてやるよー!」
なんだかんだ言いながら楽しそうに走り出す岡崎を見送って、私は緑茶を飲む。
と、そこへ
「ねー、ももこおねーちゃん!!」
「えっと、ちよ、だったかしら?」
「うん、ちよ!ねー、いっしょにあそぼー!」
「私と?」
ちよの言葉に一瞬驚いてしまった。私に友好的に接してくるのは学校では理子と岡崎くらいだったから。
「うん、ちよ、おままごとしたーい!」
「・・うん。わかったわ。ちょっとだけね」
「やったー!!」
そうして私と岡崎は暗くなるまで子供たちと遊んでいた。初めての経験だったけど・・疲れた。私らしくないわ。もうこんなことしたくないわね。
「なーに言ってんだか、お前最後らへんほぼ全員の子供とおままごとしてたじゃん。楽しそーに・・楽しそーにぷくく」
「うるさいわよ岡崎。毒を入れられたいの?」
「本気でごめんなさい」
ーーーーーーーーーーーーーー
それから3日が経った。私はというとー
「なー、ももこねぇ!この象はどうだ!?」
「かなり微妙よ。やり直しなさい」
「えー!?採点厳しいって!」
「ももこおねーちゃん、これはー?」
「GJよ。完璧だわ、ちよ」
「えへへー♬」
「あ、おい!差別だぞ!」
私はここに通うようになっていた。次の日、連絡先を教えておいた小林から「あの子達がどうしても鈴木さんと遊びたいと言ってまして、お時間空いてましたらぜひ」と電話がかかってきた。面倒だった私は一度断ろうと思ったのだが電話先で『ももこおねーちゃん、遊ぼう?』と言われてしまい、そして、現在に至る。
いま私たちは施設内の教室でお絵描きをしていた。私も久々に人以外の動物を書いている。象やキリンやライオンなど様々なものを書いては子供たちに見せている。
・・本気でズルいわ。やっていいことと悪いことがある。
あれを断れる人ってこの世にいるのかしら。今では同人誌を書く時間すらここにいてしまう。本当にどうしたのか、自分でもわからない。
「ももこおねーちゃん!これあげる!!」
「え?これって・・」
ちよが私にくれたのは一枚の絵だった。そこには
笑顔で笑うちよと、皆、小林と・・そして、同じく笑顔で笑う、
私だった。
「ねーねー、ももこおねぇちゃん!お姉ちゃんと遊ぶの楽しいよ!だからずっと一緒にいようね!」
純粋に笑うちよの顔に、すぐに頷くことはできなかった。
「・・うん、私もよ、ちよ」
「うん!」
私はちよの頭を撫でた後、そこから逃げるように部屋をでた。
縁に座り緑茶を飲む。
ずっと、一緒、ね。
「おや、鈴木さん」
「・・小林」
そこに小林がやって来た。クレヨンやら紙やらを抱えている。どうやらいまから小林も参加しようとしていたらしい。
「いやー、あの時鈴木さんに会って良かったですよ。子供達も鈴木さんのこと大好きみたいですし。これからもお暇があればどんどん来ていただいて構いませんよ」
「・・そう」
小林の言葉が、重く私に乗る。それは、どうしても軽くはならない鎖のようなもの。一生外れることのない鎖だった。
やっぱり、ダメだ。
「小林」
「なんでしょう?」
「・・私、今日でここに来るのを辞めるわ」
この3日間考え続けたことを打ち明けた。私はここにいない方がいい、例え、彼らがそれを望んでいなくても。
「ど、どうして?もしかしてあの子達がなにか・・」
「そうじゃないわ。あの子達はいい子ばかりよ」
そう、こんな私にも笑顔で接してくれているあの子達は皆いい子だ。
だからこそ、私はこの子達と触れ合ってはいけない、そう思ってしまう。
「なにか、事情があるんですね?」
「・・・ええ」
私もあの子達と同じ、捨て子だった。
生まれは全くわからない。親に捨てられたとは聞いたが、特に興味もなかったから深くは知らなかったし、捨てた親に対しても怒りなど湧いてこなかった。ただ、捨てられたという事実が内心響いていたのだろう、私は大人にとって『可愛くない子供』で、保護施設の問題児になっていた。保護施設でも友人と呼べる知り合いも作らず、ただただ1人立ちできるまでの日々を静かに過ごしていた。
私は、大人に対して心を開くことができなかった。それは今でも同じ。
・・だからこそ、あの子達を凄いと思った。保護者である小林のことを『お父さん』なんて、私は絶対に言わなかっただろう。それほどまでに、子供達は小林を信頼しているということだ。
そんな私がようやく施設を出て、東京大学に受かり、毒について研究をしていた頃だろうか。
1人の男が私に声をかけてきた。
男嫌いな私は適当に追い返そうとしたが、その男は次々と私の考えてることを全て言い当て、最後にこう言った。
『君の求めるものはここにはない。その答えを私が提示してあげよう』
それが、『イ・ウー』のシャーロック・ホームズ、私が組織に入る瞬間だった。
そこで様々なことをしてきた。他人よりも私への利益だけを求めて、今の私には考えられないほど非道なことを沢山。
小林が思っているよりもずっと酷い女。彼とは真逆の存在。だからこそ・・
あの子達とはこれ以上接しない方がいい。私の運命が、少しでもあの子達に移らないように。
「・・・そうですか。とても残念ですが、無理も言えません。鈴木さんには鈴木さんの生活がありますものね」
小林は、理由を聞くようなことはしなかった。私が軽い気持ちで言っているわけではないと、感づいてくれたようだ。
「ただ、明日だけはいらっしゃることはできませんか?最後に、かずきの誕生日を祝ってあげて欲しいんです」
「あの子、明日が誕生日なの?」
「正確にはわからないんですがね。かずきがここに来たのが明日だったので、そのまま誕生日ということにしたんです」
「・・そう」
やはり、小林は優しい大人だと思う。私には、誕生日なんてなかったから。
その時、チャイムがなった。5時を知らせるチャイムだ。私は、そのチャイムが鳴ると帰るようにしている。
そうね。良いかもしれないわ。
「わかった。かずきの誕生日を祝いに来るわね。午後でいいかしら?」
「あ、はい!大丈夫です!ありがとうございます、お待ちしてますね!!」
まるで自分のことのように喜ぶ小林をしたを横目に立ち上がると、帰る支度を始めた。
「ももこおねーちゃん、もうかえっちゃうのー?」
「ええ、明日も来るから」
「ほんと!?わーい!!」
ちよの頭を撫でると気持ちよさそうに目を細める。そして、明日の主役であるかずきが私の元へやって来る。
「ももこねぇ!明日、期待してるからな!」
「わかってるわよ」
「ねーちゃんのことだから干物とか持ってきそーだよな!」
「あんたね・・」
かずきの頬を強く引っ張る。こいつは、私をなんだと思ってるの?そんなもので子供が喜ぶとは思ってないわ。
「では、鈴木さん。よろしくお願いしますね」
「ええ」
私は子供たちに挨拶を済ませ、帰路につく。プレゼントに関して考えを巡らせる。
さて、どうしよう。正直、男の子の好むおもちゃなんてわからない。
ゲーム・・トランプゲームとか?それかロボットとかかしら?でも沢山あるわよね。
・・??
・・面倒だけど、あいつに頼むしかなさそうね。またうだうだと文句を言いそうだけど、しょうがないか。
と、そこまで考えて思わず笑ってしまった。
私が、子供ものプレゼントに悩んで人に相談する?昔の私には想像も出来なかった。それも相談相手が男?
「・・・?」
その時、一つ気づいてしまった。
『
私は、いつの間にか自然と今と昔の私は違っていると認めてしまっていた。
今も違うと確信を持って言える。
なら、その昔っていつ?捨てられたと気付いた時から?シャーロックと会った時から?
違う。
あの時の私は子供の命だろうと自分の利益に繋がるなら見捨てることもできるような非道だった。
なら?
『お前さ、オムライスにかけるならケチャップ?ソース?』
『・・ケチャップ』
・・・ああ、あいつだ。
私にあんなどうでもいいことを喜々として話かける変なやつ。昔の私なら無視する会話。それなのに話てしまった時点であの時の私は変わっていたのだろう。
あいつと会った瞬間から良くも悪くも私は変わってしまっていたのかもしれない。
それに
《
・・ねえ、私の浴衣も見たい?
・・じゃあ私のかき氷もあげるわ。抹茶好き?
くす。私って、女の子同士なら邪魔しないのだけど、男女の仲ならとても邪魔したくなるみたい。自分でいま気づいたわ。
どうしても、貴方の方を手伝いたくなったの。ジャンヌと敵対しようとも、遠山キンジやアリアと戦おうとも、貴方と同じ『友人に迷惑かけても自分の欲求を満たしたかった』。私もそうなのだから、あなたがそこまで悩むこともないと思うわ。
だから、元気だして?
》
こんなこと、昔の私なら誰にも言う気なんて起きない。誰かと楽しく時を過ごしたり、誰かが仲良くしているのにちょっかいを出したり、誰かを本気で励ましたり・・そんなこと、考えられない。考えられないのに、気づかないうちに言ってしまっている。
それに対して全く嫌な気分ではなく
むしろ・・・?
「・・・・・気のせいね、ありえないわ」
酒を飲んでいるわけでもないのに
なぜかかなり熱かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『・・はい、あそこなら外観から「銃器を製造しても」バレることもないでしょう。権利証はまだあの男の元ですが』
『なるほど彼ですか・・なるほどなるほど。懐かしいですねぇ。
必ずあの児童保育所の権利証、奪ってきてください。
あれがないと始まりませんから』
『青林さん、最近あの場所に女子高生が通っているようですが。どうしますか?』
『気にしなくていいでしょう。次の日に閉鎖とでも書いておけば勝手に消えていくでしょうし。では、明日実行しますから支度をしておいてくださいね。・・ああ、そうそう。あなたも傭兵として参加してもらいますからね、
セーラ・フッドさん』
『・・わかった』
夾竹桃の過去は実際とは異なる場合がありますが、この小説のみの設定ということでご了承ください。
修一がアリアやキンジに謝る場面は文字数が空いた時(話が一万字以内の場合)におまけとして投稿する予定です。
今回はほかの章で言う「準備偏」になります。
感想お待ちしております!
最後に一言
すぅ~
セーラきたあああああああ!!!