サイカイのやりかた【38話完結】   作:あまやけ

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「18話のあらすじ」

「なあ理子。いつになったらキスすんの?もう待てないんだけど」



19 感情のままに

━━Jaenne side

 

星伽の力は流石の一言だった。私が長年かけて鍛錬を積んできた技術が全て受け止められ返される。

さらにこの激しい攻防の中、星伽は私の体を狙わず剣だけを叩くようにしているように感じる。

超能力による力とは、ここまで人の才能を開花させるのか。戦いながらそう思わずにいられなかった。

 

そして、気づくと壁際まで押されていた。

 

「剣を捨ててジャンヌ、もうあなたの負けだよ」

 

私にトドメを刺す気はないらしい。武偵だからか星伽の性格だからかは定かではないが、そのような甘い考えでは私は倒せない。

 

私にも秘策はある

 

「散れっ!」

 

私の超能力を使い刀に力を込め、星伽の刀を弾き返そうとした

 

その時だった。

 

「━━━━そこっ!」

 

瞬間、星伽が高速で身体を動かし持っていた刀の柄で私の腕を叩く。

 

その反動で刀が少し後ろへと下がってしまい、軸が乱れてしまう。

 

(━━しまっ!)

 

「はあああああああ!!」

 

なんとか整えようと身体を前に出す私に対して星伽は刀を懐に引き、それを横なぶりに振るうように力を込める。

 

敗北

 

そう無意識の内に認めてしまう中、それでも必死に身体を横に逸らそうと動かすが━━間に合わない!

 

 

そして

 

「━━━━っ!!」

 

 

カンッ!

 

金属音が倉庫内に響き渡る。私の体はまるで誰かに押されたように後ろの方へ動いている。

 

だが、そんなことはどうでもよかった。倒れながらにして気になったのは自分の体の動きでもなく、星伽の横なぶりに振るった刀でもなく。

 

私と星伽の間に割って入ってきた

 

 

 

 

 

「お、岡崎!?」

 

「…………あぁ??」

 

そう、昨日断って、おそらく病室のベッドで寝てるか夾竹桃の手伝いでもしているであろうと思っていたあの岡崎修一が、まるで私を助けるかのように現れ、そして、星伽の刀をその持っていた松葉杖で受け止めていた。いや、受けて止めることはできず、刀の切れ味を抑えきれなかった松葉杖は綺麗に切られて杖の部分が遠くの方へと飛んで行ってしまっている。

 

岡崎は私の方を見るでもなく、私と同じく驚いた顔をしている星伽の方を見るでもなく、松葉杖の切れた部分を確認して首を傾げている。

 

突然の乱入に体が固まってしまう。この男が何を考えているのかわからず、時間が止まったかのように皆動かなかった。

 

「……ちっ、使えねぇ……邪魔だクソッ……」

 

最初に口を開いたのは岡崎だった。手に持った松葉杖の切れた部分を見て悪態をつきつつ投げ捨てる。そして━━

 

「……死ね」

 

「っ!!」

 

岡崎は松葉杖を投げ捨てると同時に星伽へと走り込み拳を振るった。

躊躇のない重い拳に驚きつつも、星伽は後退することで難を逃れるが、岡崎は更に踏み込み何度も何度も拳と脚を織り交ぜた攻撃を繰り返す。

 

状況のまるでわからない星伽だったが、相手に敵対意識があると分かり、真剣にその一つ一つを回避していった。

 

状況を見ている私も、何がどうなってるのかさっぱり分からない。

どうして岡崎はここにいる?どうして星伽へと攻撃している?頭の中で疑問が次々と浮かぶが……

 

「おい岡崎止めろ!星伽とは私が決着をつけようとしているんだ!余計なことをするな!」

 

岡崎には事前に話していたはずだ。一対一の勝負がしたいと。それで仮に負けたとしても後悔しないと。だから協力してほしいとも言った。だが、これはどう考えても邪魔だ!依頼内容とは正反対のことをしている!

 

私の中に岡崎に対しての怒りが湧いてくる。これは完全な妨害行為だ。こんなことをする男だったのか岡崎は!もう少し常識のある男だと思っていたのだが!!

 

だが岡崎は聞こえていないのか聞いていないのか、星伽に打撃を食らわせようと拳を握っている。

徐々に動きのスピードが上がっていく岡崎だが、まだ星伽へダメージを与えることはできていないようだ。

 

だが、邪魔をするならこちらも考えがあるとそう考え、大剣を持ち直し岡崎へと走り出した。

 

「はぁっ!」

 

「っ!?」

 

大剣を地面と垂直にし、板で横なぶりにするように岡崎に当てようと振るったが、ちらとこちらを見た岡崎は、ぐにゃっと身体を不自然に曲げることでそれを避けると、両手で逆立ちするような体勢になり、脚を揃えて私に振るう。

 

避けきれなかった私は左腕でその両足を受け止め、右足で踏ん張ることで押し返した。……が、岡崎はその脚を自分の元へ戻し、ぐいっと曲げると、まるでバネのようにしなりながら私の顎に蹴りを放った。

 

「ぐあっ!?」

 

その衝撃の強さに思わず目を見開く。普通の蹴りじゃない。凄まじい衝撃が脳を襲った。

舌を噛まなかったのは幸運とも言えるだろうが、1メートルほど体が飛んでしまった。倒れこみ痛みを堪える私の視界の先で、いつの間にか私から奪った大剣を手に、星伽とやり合っている岡崎が見えた。

 

「岡崎君!どうして!?」

 

「……うるせぇ、戦いに集中しろよ天才」

 

返答のない岡崎に、星伽は眉を潜め、大振りに振るわれた大剣を体を伏せることで避けた。

 

「……しょうがない」

 

だが、戦況は星伽の方が少し押しているようだ。星伽は大剣を弾くことで、岡崎を怯ませ、その隙にこちらに下がってきた。

 

「ジャンヌ、どうして岡崎君がいるの?これもあなたの作戦?」

 

「いや、私にも分からない。ここにいる理由も、乱入してきた意味すら!」

 

視界の先で「重たっ……天才ってこんなん振り回すんか……」と大剣を振り回そうとする岡崎を見る。

やはり、いつもの岡崎ではない。先ほどより冷めた頭で考えた。

 

日にちは少ないが、ここまでおかしなことをするやつではないはずだ。なにせあの理子に心から信頼されるような奴、この岡崎がおかしいと思うのは当然だろう。

それに、私が作戦を話した時には、岡崎は共感してくれていた。いい、それでいこう、お前の作戦俺好きだわと、そう言ってくれた。

それを邪魔したのは、何か理由があるはずだ。

 

「ジャンヌ。今は一時休戦しよう。岡崎君をなんとかしないと」

 

「同感だ」

 

星伽と目を合わせ、徒手格闘の構えをとる。まずは私の大剣をなんとかしないと。

だが、今のあいつの動きは普通の人間の動きではない。なにか特殊なもののように感じた。

 

今も大振りに大剣を振り回す岡崎に不快感を感じつつ、様子を見る。

 

まさか

 

 

「あの岡崎の現象。超能力か?」

 

「……いや、多分違う」

 

超能力による肉体強化と性格変化。その類を考えたが、違うようだ。

 

「何度か打ち合ったけど、視界も判断力も普通の人間と同じだった。超能力ならもっと速いよ。……だけど、力はその比じゃない。まるで人のリミッターを外したように重かった」

 

それは私も同意することができた。先ほどの蹴りは普通の蹴りじゃない、あれほどの力が最初から備わってるとは思えなかった。

「そもそもどうしてあんなに動ける?岡崎の傷はそこまで酷くなかったのか?」

 

「そんなわけないよ。私が治療した時にはもう切断するかどうかの寸前だったんだ。……まだ治ってもないみたいだしね。なのにどうしてあんなに動けるのか、私が聞きたいよ」

 

星伽は岡崎の左足を指差した。倉庫自体が薄暗くてよく見えないが、赤黒く染まっているようだ。確かに岡崎の動き方を観察すると少しだけ左足に力が加わっていないようにも感じる。

 

…ならば━━

 

「ジャンヌ!来るよ!!」

 

「っ!?」

 

考えることに集中しすぎていた私は岡崎がこちらに飛び込んで来ていることに気づかなかった。振り下ろされる大剣を体を横にすることでギリギリ回避する。

 

「……あー重っ……」

 

岡崎は次に私になにか行動することなく、下がっていた星伽の方へ走り込んで行った。

次々と振られる大剣をまるで先が見えるように軽やかに回避していく星伽。やはり岡崎と言えど、実力は星伽の方が上か。

 

「岡崎君、大剣を使ったことないよね。隙が多いよ!」

 

先ほどまであえて攻撃をしていなかった星伽が刀を振りあげる。

岡崎は大剣を持ち上げ防御しようとするが、その大剣が視界を閉ざしてしまう。その隙に星伽は懐に滑り込むと、刀の刃の無い部分を岡崎の腹に当て思いっきり岡崎の体を飛ばした。

 

「はいジャンヌ、とりあえず取り返したよ」

 

「ああ、感謝する」

 

飛ばされた際に手から離してしまったのだろう。星伽が大剣を持ってきた。私はそれを受け取ると岡崎に構えた。

 

岡崎はむくりと立ち上がり腹を摩っている。どうやらまだ降伏する気は無いようだ。首を鳴らすと、また走り込んできた。

 

「今の岡崎に何を言っても無駄だ。まずは無力化する!いいな!」

 

「うん!」

 

本当に何がどうなっている。その気持ちがこみ上げてくるが、それをぐっとを抑え、まずは目の前の敵を押さえつけることだけを考えた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

Kinji side

 

「なにがどうなってやがる?」

 

あいつの登場の後、最初に口から出た言葉がこれだった。

ヒステリアスモードの状態で戦況を確認しようとするが、この状態でも意味が理解できない。

前方でデュランダルと戦っていた白雪を援護しようとアリアと作戦を立てていたその時、突然岡崎が現れた。どこから現れて何が目的か全くわからないまま、岡崎は白雪へと攻撃し始めた。

 

そして現在。隣にいるアリアもなにが起こったのかさっぱりわからないようでただ呆然と戦っている様子を見ていた。しかし、このまま見ているだけというわけにはいかない。

 

「アリア、状況はわからないが今は白雪に協力しよう。岡崎を止めるんだ」

 

「え?……あ、でも、修一は……」

 

アリアは俺の言葉に戸惑いを見せた。アリアと岡崎の関係はよく知っている。友達がいなかった同士ですぐに打ち解けた、修一は対等に話してくれる初めての友達だとよく俺に話してくれていたからな。だが

 

「よく考えてごらんアリア。今の岡崎は、アリアの知っている友達の岡崎と同じかい?」

 

アリアと目と目を合わせ問う。しかし、アリアはすぐに首を横に振った。

 

「違うわ。きっと今白雪に攻撃しているのも理由があるはずよ!」

 

アリアの言葉に俺も同感した。今暴れている岡崎がいつもの岡崎ではないと断言できる。自分を犠牲にしてまで俺を救ってくれた奴だ、信頼するには充分だろう。

 

「行くよアリア、俺たちは白雪とジャンヌが戦いやすいように後方から支援する」

 

「わかったわ!ついてきなさいキンジ!!」

 

アリアが先陣を切って走り出した。もうアリアの目に戸惑いはない。これなら岡崎を抑えきれるのも時間の問題だ。

 

そう思いながら俺も手に持ったベレッタのトリガーを引き、走り出し━━

 

 

 

「━━ダメよ。行かせないわ」

 

 

 

「っ!?止まれアリア!!」

 

シュッ

 

目の前から、何かが擦れる音が小さく聞こえた。

ヒステリアスモード状態の俺が危機感を感じ取り、先行するアリアを止める。そして、目を細めて前方を確認した。

 

そこには、高密度のワイヤーがまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。死角はなく、これでは先に進むことができなかった。

 

「こんな時に誰よ!?出てきなさい!!」

 

先ほどの声は向こうにいる3人からではない。それよりもずっと近く、もっと言えば俺とアリアの左にある備蓄庫の上からだった。俺とアリアはそちらに即座に銃口を向ける。

 

そこには、

 

「あなたたちをこれ以上通すわけにはいかないわ。そこで大人しく見てて」

 

セーラ服を着た女が煙管で吸いながら座っていた。見たことがないが、デュランダルの仲間だろうか。少なくとも武偵高生徒ではなさそうだ。

 

「君も『イ・ウー』の仲間かな?また俺たちに何か用なのか?」

 

「別にあなた達に興味は一切ないわ。知り合いが興味深々なだけよ。それよりさっきの私のお願い聞いてくれないのかしら?」

 

「聞くわけないでしょ、修一を止めるんだから!邪魔しないで!」

 

セーラ服の女はアリアの声にため息をつくと、備蓄庫から飛び降りた。そして

 

「その岡崎は今、自分のやりたいことをやってるの。あなた達が星伽白雪に加担するのって、岡崎にとっての邪魔にしかならないと思うけど?」

 

手に持った煙管で後ろの激戦を指しながら言う女に、女性に優しくしてしまうはずのヒステリアスモード状態の俺が小さく怒りを表した。

 

「あの岡崎は正常じゃない。きっと何か理由があるんだ。岡崎のことを知りもしないのに余計なことを言わないでくれないかな?」

 

「・・・少なくとも、あなたよりは岡崎のこと知ってるつもりよ。張り合うつもりもないけど」

 

「そんなこといいから早くどきなさい!これ以上邪魔をするなら少し痛い目見るわよ!」

 

どうやらこの女性は岡崎の知り合いのようだ。ということは確かに、俺以上に岡崎のことを知っていてもおかしくない。ならば、いまの岡崎がおかしくなっている理由を知っている可能性がある。

 

「俺もアリアに同感だ。だが、女性と戦うのはあまり好ましくない。できれば情報だけ話して、道を開けてくれないか?」

 

「・・はあ、本当に今日はついてないわ。あなた達と戦うつもりなんてなかったのだけれど、仕方ないわね」

 

女性は煙管をしまうと、スカートの両端をたくし上げ一礼した。

 

「毒を以って毒を制す 『イ・ウー』の魔宮の蠍がお相手するわ」

 

 

ーーーーーーーーー

 

Shirayuki side

 

「……ったく、しぶてぇな……いい加減うぜぇ」

 

「っ!?」

 

先ほどまで二つの鉄パイプを持った岡崎君とジャンヌが攻防を繰り広げていたが、ジャンヌの刀を弾いた瞬間、今度は私の元へ走り込んできた。

そして目の前で跳躍しながら二つの鉄パイプを片手に持ち振り上げる。

 

甘い。

 

接近戦において飛ぶことは移動できないことを意味する。

これなら鉄パイプを後退して避けた後すぐに懐に潜り込めば、鉄パイプを弾き飛ばすことが可能。

 

そう思い、ぐっと足に力を込めた

 

 

その瞬間

 

「!?」

 

 

目の前の岡崎君が一瞬で姿を消した。

 

それはまるで同じ場所を撮った二枚の写真で写っていた物が2枚目で消えたような錯覚を覚えた。瞬間で姿を消したのだ。

 

 

驚きで目を見開く私に

 

「星伽、左だ!!」

 

「えっ!?」

 

前方からジャンヌの慌てる声が聞こえた。

そして、気づいて左を見た時には、私の腰元にパイプの影が見えてしまっていた。

それをただ受けることしかできなかった。振られるままに体を浮かせてしまう。人間離れした怪力によって振り当てられたパイプが私を吹き飛ばす。

 

「かはっ!?」

 

地面を滑りながら痛みを堪えるために左腰を押さえる。

苦痛に顔を歪めながらも、先ほどの岡崎君の行動を思い返していた。

 

(さっきのあれはなに!?跳躍してから動くことは出来ないはずなのに…!)

 

未だジャンヌと戦闘を繰り広げる岡崎君を注意深くみる。そして、気づいた。

 

彼の持つ、小さな円状の形をした機械に。

 

 

そしてそこから飛び出した紐が、右の壁に突き刺さる。そしてそれは、ジャンヌが大剣を振るうと同時に音を立てて巻き取られ、岡崎君の体をを壁際へと向かわせた。

 

まるで蜘蛛だ。

 

しかし大振りをしたジャンヌにはその移動が見えていない。まずい、これでは私と同じ━━!

 

「ジャンヌっ!!」

 

「わかっている!」

 

ジャンヌは振り終わった大剣を地面に置き、岡崎君の飛んだ方向へ体を向けた。もう鉄パイプを振るう姿勢をとり駆け出していた岡崎君に対しての徒手格闘の構えをとる。

 

そして鉄パイプを細やかな動きで回避すると、鉄パイプを持った右手に蹴りを叩き入れた。ジャンヌの蹴りも中々の威力らしく、岡崎君の手から簡単に鉄パイプが宙を舞った。

 

しかし

 

「……?……!」

 

岡崎君は何事もなかったかのようにそのまま弾かれた右手で拳を握り、ジャンヌに殴りかかる。

 

「痛みを感じないのか!?」

 

拳を後退しつつ回避し、地面の大剣を拾う。

 

「ならば、これならどうだ!」

 

そのまま持ち上げながらに岡崎君の左足に一撃を叩き込んだ。

 

しかしそれでも岡崎君の顔色は変わらない。今度はもう片方の手でジャンヌを殴ろうとしている。

 

「ジャンヌ、一旦下がって!!」

 

「了解した!」

 

ジャンヌは私の言葉に従うようにこちらへ走ってくる。そして━━

 

「……あぁ?足……?」

 

岡崎君もジャンヌを追おうとしたようだが、左足が動かないようだ。自分の足を持ち上げようとして失敗している。

これでしばらく稼げた。

 

「やはり岡崎は痛みを感じていないようだな。……しかし、体が治っているわけではない……」

 

ジャンヌが息を整えながらそう解釈する。私は自分の腰を治療しつつ考える。

 

「うん、そうみたいだね。戦ってちょっとだけ岡崎君のこと理解できたよ」

 

そう、先ほどから何度も攻防を繰り返す内に、岡崎君の今の現状が理解できつつあった。岡崎君はここに現れてからずっと、普通の人間の動きをしていた。左足が重症なのにも関わらず。そしてジャンヌとの戦闘を見て気づいたことも踏まえると、ある仮説が浮かんでくる。

 

それは

 

 

「岡崎君は今、一種の興奮状態なんだと思う。多分我も忘れるくらいに。人間離れした力は、人間が普段押さえ込んでいる力を無意識に出してしまっているから。左足があんなにひどい怪我なのに動けるのは、興奮状態で痛みを感じなくなってるだけなんだよ」

 

実際はただの人間。

 

そう、人間の中には麻薬などを服用していなくても、とある状況下でそれと似た作用を表す物質を大量に自然分布してしまう者もいる。例としてβエンドルフィンやドーパミンなどのものがあるが、恐らく今の岡崎君も同じ状況なのだろう。実際先ほどのジャンヌの一撃はかなりのダメージを与えているはずだ。顔には出ていないが、だからこそ今動けないでいる。

 

そしてそれは決して良いことではない。今の岡崎君のように体が悲鳴をあげてしまい、気づかないうちに手遅れになっていてもおかしくない、危険な状態だ。

 

ジャンヌは私の考えに驚いていた。

 

 

「ということは、なんだ?つまり岡崎は自分の感情のまま、私の邪魔をしたというのか?」

 

「そう、なるね」

 

「……くっ、信頼した私が馬鹿だったのか」

 

今の仮説が正しければ、岡崎君は『戦いたい』という感情でこうなってしまっている。つまり、ジャンヌの望む一対一の対決を岡崎君自身の感情で壊してしまったということだ。

 

ジャンヌは歯噛みして悔しそうにしていた。先ほどまでのジャンヌを見ていて、恐らく岡崎君に信頼があったのだろう。でも裏切られてしまった。ジャンヌの悔しい気持ちが痛いほど伝わってきた。岡崎君……本当にこれを望んでいたの?

 

「冷静になってジャンヌ。熱くなると負けるよ」

 

「お前に言われなくても分かっている。ただ、あいつに対しての気遣いが無用になったと確認したまでだ」

 

ジャンヌが立ち上がり大剣を構える。その目は敵を見る目だった。

 

ジャンヌも私も岡崎君との一対一の接近戦では勝っている。苦戦はするだろうが負けはしない。ただ、私とジャンヌはまだ会って数分、しかも元々敵同士だ。連携が取れるほどではない。ならば

 

「ジャンヌは少し休んでて、私が前に出る」

 

「大丈夫なのか?あの兵器は厄介だぞ」

 

岡崎君が左手に持つあの兵器。あれによる機動力の底上げは私たちにとってかなり脅威だ。構えた瞬間に逃げられればこちらも対応が難しくなる。

 

ただ

 

「大丈夫だよ。任せて」

 

秘策は、あった。

 

足をぶらぶらと動かしている岡崎君に走り込む。体勢を低くして岡崎君の左手に目線を集中させる。

あの兵器は移動する前に紐状の何かが飛び出す。それさえ確認できればどちらに移動するのか丸見え状態だ。もちろん岡崎君もそれを分かっているので見えない工夫をするだろう。だが

 

「……いい加減にしろ……」

 

「はあっ!」

 

横に切り裂こうと振った刀を上半身を曲げることで避けられてしまう。

岡崎君はそのまま両手を地面につけ左足からの蹴りを放ってきた。

 

それを当たるか当たらないかのギリギリで避す。そのとき岡崎君の左足が私の視界を遮った。その瞬間、

 

岡崎君が姿を消した。先ほどと同じく突然、左足を振るうと同時にあの紐状の何かを放ったのだろう。一瞬にしてどちらかの方向へと移動したのだ。

 

このままではまた二の舞を演じてしまう。

 

 

 

目を閉じ、神経を研ぎ澄ませる。

 

 

 

そして

 

 

 

上から振り下ろされる、かかと落としを予期した。

 

「……お……!?」

 

今度は上に打ち込んでいた岡崎君だったが、それを読んだ私は足が当たるより前に回避した。

 

私は相手の行動をその本人より早く読み取り、先手を打つことができる。

 

 

私は隙だらけの岡崎君の肩を掴みお腹に拳を叩き込むことに成功した

 

「……あぁ、なるほど……これがあいつの言っていた……」

 

くの字に折れ曲がった状態なのに普通のトーンで話す岡崎君にゾクッと寒気を感じた。かいていた汗がひやりと冷たく感じる。

 

(……落ち着け私。相手は岡崎君。ただの人間なのだから。感情を高ぶらせると、負ける)

 

はっと体が固まってしまっていたことに気づき、もう一度拳を叩き込んだ。反応はないが、このまま意識をもらおうとさらに、拳を引く。

 

「……じゃあよ……これも避けれるんだろ……?当たって死んでも文句言うなよ?」

 

「!?」

 

そう思っていた私に向けられたのは

 

小型銃

 

躊躇なく引かれた弾は私の額目掛けて放たれる。だが、それくらいなら避けることは容易い。

 

懐から出した瞬間、岡崎君から距離を取り、撃たれた弾を刀で弾いた。次々と撃たれる弾を一つ一つ弾き飛ばす。しばらくして岡崎君の小型銃に弾が尽きる。

 

私に当たった弾は、ない。

 

「……すげ……っ!?」

 

「岡崎ぃ!!」

 

なぜかハイテンションになる岡崎君がまたこちらに来ようとする中、ジャンヌが私の横を走り抜ける。

 

岡崎君は手に持つ兵器の紐をぐいっと伸ばしその大剣を支えた。

 

「岡崎!私を裏切ったな!」

 

「……ちょっと退けろジャンヌ。今いいとこなんだからよ」

 

「どこまで堕ちれば気が済むんだお前は!!」

 

ジャンヌがもう手加減なしに岡崎君へと攻撃を仕掛ける。防戦一方の岡崎君は紐を楯に少しずつ後退していくが、やはりジャンヌの方が一枚上手のようだ。次第に岡崎君にダメージが蓄積され

 

そして━━

 

「はああああ!!」

 

「ぐっ」

 

岡崎君の持っていた兵器がジャンヌの大剣によって吹き飛ばされ、さらにそれを追撃したことによって、完全に破壊することに成功する。

 

岡崎君はそれも気にせずジャンヌに突っ込んで行くが、腕を押さえられさらに一撃を加えられてしまい、倒れこんでしまった。

はっはっと苦しそうに息をする岡崎君はもう動くことが出来ないようだ。無力化には成功した。

 

だが、ジャンヌの怒りは収まっていなかった。

 

「終わりだ岡崎。私に武偵法などというものはない。ここで生涯を閉じてもらうぞ」

 

大剣を振り上げるジャンヌ。まずい、このまま岡崎君を殺させるわけにはいかない!

 

「待ってジャンヌ!岡崎君を殺してはいけない!」

 

「お前は黙っていろ星伽。これは私と岡崎の問題だ、お前との決着は後でつける」

 

「……」

 

岡崎君はただぼーっと横を見ていた。ジャンヌのことなど一切見ていない。

その反応にさらにジャンヌの怒りが増した。もうその目に信頼など、ありはしなかった。

 

「……ッ!!」

 

ジャンヌが振り上げた大剣を思いっきり振り下ろす。

 

私は走った。刀を前に出して、少しでもジャンヌの大剣に当たるように、岡崎くんを助けれるように━━!!

 

 

しかし、そう上手くいくものではなかった。刀は大剣にギリギリ届かず、助けることができない。

 

そう思った、

 

 

瞬間だった

 

 

 

 

「……きょう、ちく、とう??」

 

 

 

 

 

ガンッ!!

 

振り下ろされたジャンヌの大剣は地面に思いっきりめり込んだ。その勢いを殺せず、地面が割れてしまう。

 

広がった亀裂が私の足元までやってきた。

 

しかし、

 

そこに岡崎君の姿はなく

 

 

「…え?」

 

 

 

私の刀も手元から消えていた。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

Kyochikutou side

 

「・・・はぁ、はぁ・・」

 

痛みに耐えきれず片膝を地につける。

流石に理子が苦戦するだけある。ここまでキツイとは思わなかった。

 

アリアと遠山のコンビは予想通りかなりの手練れだった。

私が毒手使いだとすぐに見抜き、それぞれ機敏な動きで私を翻弄し、隙をみて攻撃してくる。

ワイヤーと徒手格闘で応戦するも、負けるまでの時間稼ぎにしかならなかった。

 

二つの銃口が私を狙う。回避する術は、ない。

 

「もう諦めなさい。あなたは私たちに勝てないわ」

 

「もうこれ以上女の子が傷つく姿は見たくないんだ。アリアの言う通り、降参してくれないかな?」

 

私は痛む右手を押さえながら、その二つの銃口を見つめた。

 

そして、自分の行動に疑問を感じる。どうして私は、ここまでこの2人を止めようとしているのか、どうしてここまであの岡崎修一に肩入れするのか。

 

どうして?

 

疑問が疑問を呼び、また疑問が増えていく。

 

どうして?

 

友人だから?いや、それならジャンヌもそうだ。しかもジャンヌとの方が長い付き合いなのだからそちらに手を貸すのが普通じゃないだろうか?とするとこの答えは不正解だ。

 

・・・?

 

よくわからなかった。今までで考えても結局わからなかったことなどかなり少ない。東京大学参考書の内容だって、間宮家にまだ誰も知らない未知の毒が存在する可能性があることだって、自力で調べて考えることで答えを出すことはできていたのに。この答えだけはよくわからなかった。

 

そしてもう一つ

 

確か最初は理子と同じ気持ちで行動していたはずだ。ジャンヌと星伽の対決に横槍を入れさせない。もし介入しようとしたら私が止める。そう思っていたのだが。

 

気がつくと岡崎の援護に回っている自分がいた。

 

ただ、これには一つだけわかることがある。

どうしても、この2人には邪魔をさせたくなかったということだ。

 

どうして?

 

岡崎が、自分のしたいことをしている今の状態を壊してほしくなかった。

 

誰が?

 

私が・・?

 

どうして?

 

岡崎がしたいなら、止めたくなかった・・から。

 

・・・どうして?

 

私と、似ているから。

 

 

 

「・・なるほどね」

 

そして一つだけ理解できた。私が岡崎を止めなかった理由。

 

その『興味があるものには他人の不幸を考えず飛び込んでしまう』という部分が私と似ていたからだ。

 

私は決していい性格とは言えないだろう。自分の興味あるものにしか行動せず、無関心。

ただ、興味があるものには()()()()()()()()()()()()()()()

その私の性格と岡崎の今の行動が全て同じだったからだ。

だからこそ、止めたくなかった。例えそれで岡崎が後悔することになっても、私には止めることができなかったのだ。

 

そこまで考えて思わず笑ってしまう。これだから自分に甘いと理子やジャンヌに言われてしまうんだ。

 

でも、そんな自分が嫌いではない。他人の不幸を気にして、手に入るものは少ないと今でも思う。

 

だからこそ、やはり岡崎の行動を否定する気にはならなかった。

 

アリアと遠山が距離を詰めてくる。

もうこれ以上は策がなかった。完全な敗北だ。

 

「やるなら早くやりなさい。さもないと、いつの間にか毒されてしまってるかもしれないわよ?」

 

「殺しはしない。でも、少し眠っててもらうわ」

 

アリアは私の防弾セーラーを狙っている。これで私も終わりかしらね。

 

そう、観念し、目を閉じる。

 

そして、アリアが引き金を引いた。

 

 

パンッと乾いた音が聞こえ━━━━

 

 

そして

 

・・・・・・・。

 

金属の切れるような音が、かすかに聞こえた気がした。

それから、私の体にはなにも衝撃がない。

アリアの撃った弾は確実に私の体を狙っていた。あの距離だ、外すはずがない。なにがどうなっていると目を開けた。

 

 

そして、信じられない光景を見た。

 

 

「・・・切れ、た」

 

「お、岡崎・・!?」

 

そこには、刀を構えてふらつきながらも私の前に立っている岡崎の姿があった。

アリアの弾をその持った刀で弾いたのだろう。

 

「・・切った・・切れた、俺にも・・はは」

 

ゆるりと立ち上がると、刀を構え、アリア達の方へ歩いていく。

 

「…ははっ!」

 

そして、笑いながら刀を振り上げ、遠山の方へと走り出した。

 

遠山は顔色一つ変えず、岡崎へと銃口を向ける。

そして、引き金を引いた。

 

銃口から飛び出した弾は岡崎の制服目掛けて飛んでいくが、

 

「……俺にも、俺にも、切れる…!」

 

それを岡崎は走りながらに切り落とし、さらに距離を詰める。

 

「俺は、白雪を傷つけるやつに容赦しない」

 

「!!」

 

タタタンッ!!

 

静かな倉庫内にまた銃声が響いた。今度は1発ではなく、3発。岡崎は1つ切り落とすことに成功したが、残りの2発を命中させられてしまった。

 

さらに

 

「……っ!?」

 

 

その後に2発。計4発が岡崎の体に突き刺さる。

「デュランダルと白雪の声は聞こえていた。お前、自分の意思で白雪を攻撃したんだってな。俺に言ったことをお前が破ってどうするんだ。黒幕を捕まえるんじゃなかったのかよ!」

 

遠山が叫ぶ中、岡崎は刀を離し、頭から倒れ落ちる。どうして倒れたのか理解できていないのか目を見開いていた。

 

 

私は駆け寄り、岡崎に肩を貸した。慌てて顔色を確認する。

 

 

「岡崎!返事をしなさい!岡崎!」

 

頬を叩いて反応を待つ。もしかしたら・・

 

「・・・う」

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

・・俺は、正気に戻っていた。

キンジに弾を撃ち込まれた瞬間、頭が割れるようにグラついたと思えば、先ほどまでの心地よい空気が一瞬にして冷めた。

夾竹桃の腕の中で、詰まる息を無理矢理吐き出しながら、先ほどまでの自分を振り返る。

 

そして、気づく

 

「・・・ぁ」

 

『岡崎!私を裏切ったな!』

 

ジャンヌの気持ち。一対一で戦いたいという気持ち。俺はそれを踏みにじった。途中で割り込んで、馬鹿みたいに暴れてしまった。一番協力したいと心から思った相手に、その逆の行動を取ってしまった。知っていたはずなのに、邪魔をするつもりなんてなかったのに。

 

 

『俺に伝えたことをお前が破ってどうするんだ!』

 

キンジを説得した俺が、俺自身が破ってしまった約束。黒幕に近づくチャンスを、俺自身が殺してしまった。

 

「・・ぁ・・ぁぁ」

 

『岡崎君!どうして!?』

 

星伽は俺の行動を最後まで否定しようとしてくれていた。この足を治療してくれた恩人に対して、俺は暴力を振るった。

最悪だ。星伽は俺になにも悪いことしていないのに。俺は、なんてことを・・

 

 

そして

 

 

 

『・・確認しておくけど見るだけよ?アリアがジャンヌの邪魔をしても介入してはダメ。理子からもそこだけは言われてるから』

 

夾竹桃。なぜ夾竹桃はここまで傷付いている?どうして、夾竹桃は身体中を傷だらけになってしまっている?ただ見てただけじゃこうはならない。

それは俺が自分勝手に暴れたから。自分の感情に負けて、自分のことだけを考えて行動してしまったせいだ。

 

俺の中で深い後悔に襲われる。

それぞれの気持ちを踏みにじった行動をしてしまった。・・いままでたまたま勝てていた自分の欲が生み出したこの現状に、自分の弱さに、悔しさを感じる。

 

俺は、いままでどうしても欲しかった、欲しくても手に入らなかった

 

 

大切な『友人』をこの手で失った。

 

「ぁぁ・・ぁぁ・・ぁぁぁぁあああ!!」

 

俺は地面に這いつくばり、頭を抱える。もう、何もかもがどうでもよかった。してしまったことをなかったことにするようにただ地面に顔を打ち付ける。

 

「・・岡崎は」

 

「どうやら正気に戻ったみたい、だね」

 

ジャンヌと星伽が俺の元へ集まってくる。俺は顔を上げることができなかった。もう、顔も見たくなかった。

 

これからみんなは俺をどうするのだろう。

 

全員で俺を叩きのめすのか、それとも海にでも沈めるのか。

 

どちらにしろ、俺には抵抗できない。する気もない。

 

ただ、それで気が晴れてくれるのなら、それはそれで構わないとすら感じた。

 

 

 

絶望

 

 

それを実感していた。

 

 

 

俺はもう、どうなっても構わない

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

Jaenne side

 

顔を伏せる岡崎を見て、私は怒りが少し収まりつつあった。確かに岡崎のやったことは私にとって裏切り行為に他ならない。

もちろんそう分かった時は怒りも湧いた。

ただ、今の岡崎を見て更に問いただす気にはならなかった。後悔した者に、追い打ちをかけても無駄だ。

 

これからどうするか、今はそのことだけを考えていた。

 

その時

 

 

外から、サイレンの音が聞こえた。

 

 

「この音は・・」

 

「誰かが警察に通報したようだ」

 

アリアと遠山がそう判断した。そして私にはその通報した犯人も分かっている。

 

(・・理子か)

 

『もし修一が危険な目にあったら、作戦ぶち壊してでも止めるよ。いいね』

 

そう言っていたのを思い出す。ここで私の邪魔をした岡崎を助けるということは私に対しての敵対行為だと理子自身わかっているはずだ。

 

だが行った。ここでも理子は岡崎を優先するのだなと岡崎に対する理子の信頼度を再確認した。

 

そして、

 

カランカラン

 

近くから何か丸い金属が投げ込まれた。それは私たちのいる場所まで転がってくる。

 

 

それは

 

 

「閃光弾!?みんな目を閉じて!!」

 

 

星伽の言葉に私と遠山、アリアが従った。その瞬間、光が私たちの間を包み込む。

 

気づくのに遅れた私たちが完全に視力を戻したときには・・

 

 

岡崎と夾竹桃の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の章に関する私の感想は20話にて記入していますご覧ください

ああ、一万字短いなあ

#ちなみに今回岡崎の使っていた円状の兵器とは『のびーる君2号』のことです

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