飛行機内での理子の行動には様々な矛盾が存在していた。
修一は理子の心情を察して…いや、たまたま感じることに成功し逃げ出そうとした理子と共に上空へと投げ出される。
「………っ」
木々から差し込まれる光で目が覚めた。あの後森の中に突っ込むように落ちたあと、朝まで気を失っていたらしい。
運良く枝などに刺さることなくそのまま地面に落下したようだ。
体中が痛むが、なんとか生きている。理子のパラシュート操作のおかげか。
「そうだ理子は…」
周りを見渡すと、パラシュートが木に絡まって、まるで操り人形のような形で宙に浮き、気を失っている理子を見つけた。俺は焦って木に登る。もしもパラシュートの紐が首に巻き付いていたりしたら大変だ。
理子の元まで登り、首に紐が巻き付いていないことを確認し安堵しつつ、理子が落ちないように気をつけながら体に絡まった紐を外していく。すべて外すと抱きかかえて木から飛び降りた。
(━━ッ!!)
だが人間二人分の体重を支えられるほど、俺の足にはもう力がなかった。着地した瞬間、二人分の体重を支えきれず後ろに倒れてしまう。理子を横に寝かせたあとすぐさま両手で左足を強く抑える。血が足を流れるたびにズキズキと痛む。歯を食いしばり目を強くつぶり、はっはっと小刻みに呼吸をすることで痛みを和らげようとするが上手くいかない。左足はまるで自分の足じゃないように言うことを聞かなくなっていた。
五分ほど格闘し、ようやく落ち着いてきた。足を延ばして楽な姿勢で座る。足の状態を確認すると足の皿の部分が青黒く染まり、少しだけ位置がずれている。重症であることを確認し、これ以上見ないためにスーツのズボンを切り取って、応急のテーピングを施す。
「……ん」
「おお、起きたか。おはよ」
「おはよう…?…ここって」
テーピングが終わった時、理子が目を覚ました。周りの木々を見て昨日の状況を確認している。まだ寝ぼけているよでぼーっとしていた。どうやら朝は弱いらしい。
「…ああ、そっかぁ。生きてたんだね、理子達」
「ま、なんとかな。ほら、上着」
「…あ。…ありがと」
理子に着ていた上着を投げる。パラシュートに制服を使った理子は今も下着姿だった。それに気づいた理子も顔を紅くしながら、その上着を羽織る。
「で、ここどこだろうな?森のなかってこと以外何もわかんねえよ」
理子が変な飛行機操作してたし、降りた場所もおそらく考えてなかったはずだ。だったらー
「飛行機で飛んだ距離と降りた場所からして長野の高妻山が妥当だろうね。それも結構高い場所にいるみたい。まだ雪が残ってるし」
確かに少し先に雪が葉の上に積もっている部分が見えた。
どうやら降りた場所もきちんと確認していたようだ。思わずすげぇと声を出してしまう。
「…お前そんなこともわかるわけ?」
「まあね。理子結構頭いいんだよ?」
「自分で言うなよ…。で?下山までどれくらいかかるんだ?」
「標高2000mくらいだから今日一日かければ近くの村に着くと思うよ。がんばろ、しゅーちゃん♡」
理子はこっちにウインクしながら顎もとで小さくピースした。…あざとい。これを学校でもほかの男子にしているんだろう。なぜ?男子にもてたいから。どうして?それはたぶん男子と女子の性的なものを望んで…
「お前ってホントにビッチなの?」
「どうしてそういう返答が返ってくるのか本気でわかんないんだけど・・理子これでも純情だからな」
「じゅん、じょう??」
「お前いつか本気で爆弾の炭にしてやる」
理子の顔が本気の顔をしていたので慌てて謝る。流石に今のはふざけすぎたと反省。
「よし、もう行こうぜ。日が暮れたら危ないだろ」
「うん。少なくとも電波が届くところまで行ければヘリを呼べるよっ━━━いたっ」
理子が立ち上がろうとしたあとすぐに足を押さえた。そのまましばらく足首を揉んでいる。
「もしかして、足くじいてんのか?」
「そうみたい。いや、大丈夫だよこれくらい。歩けないわけじゃない」
言葉ではそう言いいながら立ち上がり方が不自然だ。
「おい、大丈夫かよ?」
「だ、だいじょーぶ。理子、こういうの慣れてるから」
未だふらつきながらも立ち上がろうとする理子はやはり無理をしているように見える。俺はため息をつき、
思いっきり理子にデコピンを食らわした。
「いった!?な、なに〜!?」
「なんで俺に見栄はってんだよ。痛いなら痛いって言えバカ」
「べ、別に見栄なんてはってなんか…」
顔を逸らしながらそう言う理子。説得力が全くない。こいつは弱いところを人に見せたくないタイプだったんだと初めて知った。
俺は未だにごにょごにょ言っている理子の前で後ろを向いて膝を曲げた。…っ。
「ほら、乗れって」
「え?」
俺のしたいことの意味をいまいち理解できていない理子が首を傾げる。普通足痛いやつの前でかがんだら一つしかないと思うんだが。
「…あ。…で、でも、修一の方が…」
と思っていると理子も気づいてくれたらしい。ただ俺のことを気にして乗るのを躊躇しているようだ。
「うるせーな。ゴタゴタ言ってる暇あったらさっさと乗りやがれ」
「なにそれ、傲慢」
理子はしばらくそのまま動かなかったが、
しばらくしてぎゅっと俺の首にしがみついてきた。
俺はそれを確認してゆっくりと立ち上がる。
「…あ、ありがと」
耳元から小さく聞こえた感謝の言葉。こいつ、ちゃんと言えるんだなと感心しつつ。こちらも素直な気持ちを行ってやることにした。
「やわらけ」
「……変態」
背中の感触と腕の感触を確かめつつ、ちょっと鼻の下を伸ばす。
ちょっと顔を紅くした理子がかわいいと思ってしまったのは気のせいじゃない。
こうして理子をおんぶしたままの下山がスタートした。
一つの危険を持ちながら…
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Riko side
下山し始めて15分ほどが経った。修一は私を背負いながらゆっくりと山道を下っていく。ただ下は昨日の大雨のせいでぬかるんでいるようで、上手く進むことができないようだ。これは今日一日で下山するのは厳しいかもしれない。…それに人一人背負っての下山は並大抵のことじゃない。かなり厳しいだろう。足が回復次第私も歩くことにしよう。
それに…
「しゅ、修一…」
「…どった?」
「あの、その…あの、さ」
それともう一つ、女の子として、あることを思われたくない部分が一つある。
「そ、その…お、おも…」
「なんだよ。ハッキリ言え」
「………理子…お、重くない?」
背負われるということはつまり、私の全体重を修一に預けてることになる。
正直修一にはなんて思われようと気にしないが、女子として、どんな男子にも重いとだけは思われたくないのだ。まあでも大抵の男はそこをきちんと理解して「全然、むしろ軽いくらいだよ!」なんて元気よく答えてくれる━━
「無茶苦茶重い」
「そこは!理子も、女の子なんだから!嘘でも、軽いって言え!」
「おわ!あ、暴れるな!!」
そうだった。こいつに男子の常識は通用しないんだった。と私は後悔した。こいつは本当に女心というものを理解していない。クズ男だ。…そういえばそのこと私知ってた。
「め、面倒くさい奴だな」
「女の子はみんなそーなの!も、もういい!降ろして!!」
本当にめんどくさそうにこちらを見る修一。私はやけになって背中から飛び降りようとした。
が
「ばっか、んな事どーでもいいんだよ。理子が重かろーが軽かろーが怪我してるんなら背負うって。いいから黙って背負われてなさいよ、これ強制」
そういって理子を担ぎ直す修一。それによってまた私の両手がまた修一の首に巻かれる。
━━トクン
(なぁにちょっとカッコイイこと言ってんのさ…最後は余計だけど)
…こいつ、こんなこと言うやつだっけ…。
自分の頬が紅くなっていることに気づき慌てて隠そうとしてしまった。…ん?別に修一からは私の顔見えてないから隠す必要ないか。しかししばらく元の位置に顔を戻すことができなかった。
…くやしい。こんなやつにドキッとするなんて
「…じゃ、頼んだ」
「たーのまーれた」
ーーーーーーーーーー
お互いが無言になった中、私はもう一つあることが気になって仕方なかった。もちろんさっきのも気になっていたが、それ以上に聞きたいことがある。最初に言うのは流石に心の準備が出来ていなかったが。
「ねえ、修一」
「あ?今度はなんだ?」
「怒ってないの?武偵殺しの影武者にしようとしたこと」
修一の私への接し方がいつも通りなことに驚いていた。修一を裏切って武偵殺しにしようとしたのだ。縁を切られてもおかしくない。殴られたっておかしくないのに……なのに、どうして
「ああ?別に怒ってない訳じゃねーよ。誰が裏切ったやつにキレないでいられるかよ」
修一がガルルル…と唸る。
「…じゃあ」
じゃあどうして私を助けてくれるの?どうして足の心配をしてくれるの?と聞こうとするより早く修一は話し始めた。
「って思ってたんだけどな。でも、お前、結局助けてくれたじゃん。ほら、アリアと鉢合わせしたときだよ。あん時わざわざ放送したろ」
「…うん」
思わす手が勝手に動いたのだ。別に修一のためじゃない。
「変声機使わずに言ってたし、予定になかったんだろ。助けてくれたんじゃないのか」
「…さぁ、ね」
変声機は、手元になかったから使わなかっただけだ。…別に、修一のため、じゃない
「まだあるぜ。俺がアリアに逃げ切ったってことは、俺を武偵殺しにしたかったらあの二人の前で姿を表すのはダメだろ。でも、見せた。つーことは、お前は俺を助ける気マンマンってこった。んじゃ、俺が怒る理由ねーよ」
「…ふん、自意識過剰だよ。理子、そんなに優しくないし」
…修一のためじゃない。
そう何度も心の中で繰り返す。そう、あれは違う。そんなの本当の理子じゃない。私は冷徹で卑劣で人の命すら利用して私益にする武偵殺し━━
「お前さ、見栄張りすぎじゃね?それかお前こそが自意識過剰」
「え?」
修一の言葉をうまく理解できずつい聞き返してしまった。私が、見栄を、張ってる?
「お前との付き合いは短い方だけど、結構わかってるんだぞ。峰 理子さんはギャルで、フリフリのよくわからん服ばっか着てて、ワガママで、頑固で、性格悪くて、二重人格で、一緒にいると疲れる時もある。…そのくせ、やけに他人思いで、自分が怪我負わせたやつのとこには毎日見舞いに来て、バカみたいにずっと看病してるようなやつで、一緒にいて話すと面白くって、裏切ろうとしても結局最後は他人の心配しちまう優しいやつだ。他の人がどう思ってるかはしらねぇが、俺は素のお前のことをそう思ってる。難しく考えんなよ」
「…最初の方、本人に言う、セリフ、じゃ、ない」
私がそう言うと、それもそうかと笑った。私が無理やり出した言葉だという事もバレバレらしい。
「でも、それが峰理子だ。だからお前は、
そのままの峰 理子で、いいんじゃねーの?」
こいつは、岡崎修一は、私の大切にしている部分にずかずか入ってくるんだろう。まだ会って一ヶ月も経ってないのに、知ってるってなに?まだまだ教えてないことの方が多いはず。
なんて、頭の中で否定してみる。…それなのに、
どうしてこうも、こいつの言葉はすっと体に浸透するのだろう。
特別なことはなにも言ってないはずなのに、修一が言ったことが全てなように聞こえてしまう。
こいつが分かってくれるなら、修一が私をただの峰理子として見てくれているのなら、本当の味方になってくれるのなら
それでいいかなって、思ってしまった。
もう顔が紅くなっていることも無視して修一の顔を見ようとした。
こいつ今、どんな顔でそんなこと言ってるん━━
「それにお前スタイル良いしな!美人は性格悪くても生きていけるぞ!お前みたいに!ぐへへへ」
鼻の下伸ばしながらヘラヘラと笑っていた。
…こういう余計なことを言わなければもっといいのにな。
「しゅーちゃんってなんて言うか、空気読めないよね。KY」
「え、まじ?俺今空気読めてなかったの??…全然気づかなかった」
こいつにドキドキしたのが少しだけくやしくなった。
ーーーーーーーーーー
Riko side 2
二時間が経ったが、やはりまだまだ先は長い。あれからただひたすらに山を下っていたが一向に景色が変わることはなかった。その後何度か私が降りて歩くと言って、降りてみたものの結構ひどく捻挫してしまったようでうまく歩けない。結局今も修一の背で甘える形になっていた。
だが、
「ちょ…修一、大丈夫!?」
「あ?だ、大丈夫だって…はぁ、心配、すんなよ……」
「で、でも…」
修一の顔が酷いくらいに青ざめている。流石の私も本気で心配していた。2時間ぶっ続けじゃないにしても人一人を抱えて2時間下山したのだ。それだけでもグロッキーなはずなのに、それに加えてこいつの足は片足折れている。そんなの地獄と呼んでもいいほどの痛みだろう。明らかに私より修一の方が重症だ。本当にそろそろあたしも降りて歩かないとマズイ
「な、なぁ、理子」
「あ、なに?」
と、思って声をかけようとした時、修一が前を見ながら話しかけてきた。やはり修一も限界がきたのだろう。「もー限界だ!降りろ!」だろうか「お前やっぱ重い。帰ったらダイエットするぞ!」だろうか。…うん。最後のやつ言ったら殴ってしまうかも━━━━
「寒くないか?」
「え!?あ、うん大丈夫」
私は思わず驚いて2度頷いてしまった。あ、そうか。「大丈夫なら歩けよ!こっちはお前に上着まで貸してて寒いんだぞ!」って返してくるの━━
「…喉、乾いてないか?」
「え…うん」
修一は、私の考えと裏腹に、そんなことを言ってきた。…い、いや。私だって修一のことは理解してるつもりだ。こいつは自分のこと第一優先の男だし、きっと「俺は乾いてるんだから次の水飲めるとこまでお前が俺を乗せて歩けよ」とか━━
「…足、痛くないか?」
「………うん、大丈夫」
…やめよう。これ以上修一をバカにするのは本当に失礼だ。私の中の修一が変だった。
修一は、本当に私のことを気遣ってくれている。
そうだった。そもそも自分第一優先なら無理矢理な依頼をあんな全力でやってなんてくれない。修一はなんだかんだ言いながらも、しっかりとした奴だ。だから私も面白いって。・・酷いのは私の方だ。本当に理子、性格悪い。
「…腹、減ってないか?」
「うん」
「…ほかに…っ、痛いところ、ないか?」
「…ないよ」
「……頭痛くない、か?」
「大丈夫、だよ」
「…そっか、よかった」
「…うん」
聞かれるたびに、私の中で、何か暖かいものが弾けていく。
膨らんだふわふわの生地が一気に破裂したように、体がポカポカしだす。
そっか。これが、
心配されるって、ことなんだな。
私は本気で心配されたことがなかった。
幼少期はブラドという貴族の元で監禁されて生活してきた。
ろくにごはんも貰えず、服もボロボロの布一枚だけ。
そんなことする相手が私を心配することなんて一度もなかった。学校でもそうだ。女子は皆、男子と仲のいい私に対して、あまり気兼ねなく接してくれるわけでも無かった。
もちろん中にはそんなこと関係なしに友だちになってくれた人もいるが、それでも心配してくれるようなことはなかった。
男子でもそうだ。私が怪我したりして駆け寄ってくる男子の顔を見ればすぐに欲丸出しなのが分かってしまう。
そんな心配は、私の望む心配じゃない。もっと、そう、ドラマとかほのぼのアニメとかでよくある
『家族』のような、心配。
それが、私のしてほしい心配で
それをいま、このセコ男が、自分のことを顧みずにしてくれている。
それがとても、とてつもなく、嬉しかったんだ。
━━トクン…トクン
初めて、私だけに対して言ってくれた言葉の数々が、心に突き刺さる。
気がつくと、私の目から涙が溢れていた。気がつくと次から次へと流れてくる。
私は、思わず汗まみれの肩にしがみついた。
「どう、した?…やっぱ寒い?」
「…ん、ちょっとね」
息も絶え絶えなくせに、人の心配なんてしてる場合じゃないのに、どうして、どうして人の心配ができるんだろう。
私がそう返すと、修一はポケットからなにか四角いものを取り出し、渡してきた。これは?
「…平賀作の『あったか毛布 コンパクト』だ。ボタンを押して広げたら体を包め、それで、あったかく、なるぞ」
━━トクン…トクン…トクン
修一に言われた通りにボタンを押す。すると手のひらサイズだった正方形のものが一瞬で広がり、小さい毛布になった。
それを体にかけてみると、すぐに暖かくなった。外とはまるで違う。1分も経たず体がポカポカしはじめた。
いや、ちがう、元々、ポカポカはしてたんだった。修一の言葉には、理子を暖かくする効果があるようだ。
━━トクン…トクン…トクン…トクン
修一の汗ばんだ背中にくっついて目をつむる。
先ほどから胸の鼓動が激しい。
おかしなくらいに聞こえてくる。今まで感じたことのない、初めての感覚。
でも、知ってる。
この気持ち。この感情。 そしてわかった。今の私のこのポカポカの正体。
アニメとかだと絶景を見ながら隣にいる男子にこう思ったりしてたんだけど、現実っていうのはそうロマンチックにはならないんだなと初めて知った。
昔はロマンチックじゃないと、こんなこと思うわけないよねなんて思ってた。
というより私がそんな風に思う男子がいるなんてことすら思ってなかったんだ。
でも、
それでも。
いまそれが、目の前にいる。目の前で、私のことを心配して、あたしだけを見てくれている人がいる。
それだけで絶景とか、そんなのいらないって思えてしまう。
そう、私は
峰 理子 は
岡崎修一のことが、
「………好き」
そう
好きになって、しまったんだ。
そう自分で理解したとき、
途端に恥ずかしくなるなと感じると同時に思わずニヤニヤと笑ってしまった。
もちろんセコイ男は嫌だってのはまだ思ってる。デートだって割り勘だろうし、プレゼントなんて絶対くれないだろう。
でも、それで全然いい。
むしろ、奢るよなんて言われたら修一じゃないみたいで嫌かもとすら思ってしまった。
いま顔を埋めている背中も、下山のせいで汗まみれで正直匂う。
匂う、けど、嗅いでいたくなるような…だ、ダメだ理子、それはもう変態に近いよ!?
好きになると、ここまで考え方が変わるのか。と初めての感覚に新鮮な気持ちになる。
「ね、ねぇしゅーちゃん?」
「…どした?」
「………んーん、呼んでみただけ」
「あざといな、お前それ俺じゃなかったら勘違いするから他の男子にはしないこと、お母さん命令」
「くふ。はーいママ」
どうしてだろう。ただの会話なのに凄く楽しい。これが恋の力というものか。本当にすごい。
「…なんか、楽しそうだな?」
チラッとこっちを見て修一が言う。まさか、ここで好きになったからだよなんてことは死んでも言えない。
私としては、告白は男子からが原則だ。LINE、電話での告白もタブー。それをしてきた男子は返信もせずにすぐに切った。男としてそこは面と向かって言って欲しい。
「くふふ。理子いま一番楽しいかも」
「…そうかい、そりゃ、よかったな。でも、疲れてるんじゃないか?寝ててもいいんだぞ?…というか寝て欲しいんだけど」
「えー?しゅーちゃんもっとお話ししよーよ」
「はぁ、お前アリアとキンジのために徹夜して準備してたんだろ?今のうちに睡眠とっとけよ、帰ったらすぐに次の作戦考えるんだろう??」
「あ、それ自分から言うんだー!じゃーもうしゅーちゃんお手伝い決定ね!ラッキー!」
「やだ。もうやだ。お前の依頼は金輪際受けないって決めたんだよ。もう絶対に絶対にやらない」
…好きにはなったけど、こういうとこ、めんどくさいな。まあ、それも簡単に許せるくらい好きだからいいけど。
「実はね、次の作戦はもっと大事にしようと思ってるから!しゅーちゃんに払う報酬も倍倍も倍!たぶん200万は超え━━」
「やりましょう。体が回復次第ね」
「うんうん。チョロリンあざーす!」
「…へーへ。そん代わり今は寝ろ。ついたら起こしてやる」
「えー!?理子眠たくない!もっとしゅーちゃんとお話ししたいの!」
「………ったく。しょーがねーな、ほれ、
「わー!理子ちょうど甘いもの食べたかったの!ありがとしゅーちゃん!」
私は修一が渡してきた飴を口に運ぶ。口の中に広がるいちごの味がいまはとても美味しい。好きな人からもらったものってこんなに美味しいんだ…!くふ、いいこと知っちゃった。
「…美味いか?」
「ん、美味しい!名前なに?」
「あー…その、俺もよくわからん。
「へ〜今度聞いてみよ。イチゴ味だけどなんか他のと違うような気がす……?………あ、れ…?」
「……どうした?」
味を確かめながらコロコロ転がしていた私だったが…徐々に頭が重く感じ始めてきた。コロンと落ちそうになるように自分の意思と関係なく下がり始める頭を無意識に元に戻そうとしてしまう。
「…あ、れ…?急に、眠気が…」
「………。」
私は眠気に対抗するも虚しく、しゅーちゃんの背に頭を預け…
夢の中へと落ちていった。
『…寝たか?…はは、流石夾竹桃作の飴玉だな…よく、効いてやがる…。
………ッッ!?!?ああ、もう無理だ……い痛ええ…痛い痛い痛い痛い…ッーー!!!』
ーーーーーーーーーーーーーー
Riko side3
『…ううッ…は、は、っ、うう、…っ!!』
「…ん」
ゆらゆらとまるでゆりかごの中で揺らされているような振動の中、私は目を覚ました。
夕暮れのオレンジの光が、木々の隙間から差し込んでくる。
そっか…私、寝ちゃったんだ。
まだ頭がくらくらしている中でそこまで理解した。この背中が心地いいのも悪いと思うのだが…。
とりあえず、しゅーちゃんに挨拶しよう。
そう思い顔を修一の背中から外し、顔を上げる。
修一は私が起きたことも気付かずゆっくりと歩いていた。
「…ぐ、はぁ、っ、う、ううう、はぁ、はぁ」
「…しゅーちゃん…?」
そしてようやく、この最悪な現状を理解した。
修一のその痛々しい声を聞いて、ようやく頭が回り始める。
オレンジの光…夕暮れ…?
ということは私が眠ってから少なくとも五時間は経っているということになり、その間私は眠り続けただ修一の荷物になっていたということ。…つまり、
その間ずっとその折れた足で歩きながら私を背負って下山したということだ。
あまりの事実に胸が思い切り握りつぶされたような感覚が襲った。自分の馬鹿さ加減に自分自身が許せない…!
修一は目を虚ろにし、額の汗も拭かないまま、ズルズルと片足を引きずって歩いていた。ただ一点を見つめ、何も考えずに歩いているようだ。前すら向いていない。
「ちょ、修一!!大丈夫!?ねぇ、修一!!」
慌てて修一に声をかけ、肩を叩く。しかし修一はそれに気付かず前に進み続ける。周りを見ると、近くの看板に『高妻山入り口』と書かれてあった。
ということは、本当に修一は私が寝てからずっと、ひたすら歩き続けたことになる。折れた足で、私を抱えて。
サァッーと血の気が引いていく。
そうだ。今思い返せば修一は私もよりも重症でありながらも私にそのことを一言も言わずただ背負ってくれていたんだ。
おそらく、いや確実に理子を眠らせたのはこの姿を見せないためだ。
「修一!ねぇ、修一ってば!!聞いてよ!!お願い、修一!!」
強く呼びかけながら、前の私に酷く後悔していた。修一が一生懸命足を動かしているのに私はー
『………しゅ、修一、理子…お、重くない?』
そんなことを気にする暇があったら修一のために無理にでも歩くべきだった!
『怒ってないの?武偵殺しの影武者にしようとしたこと』
山を下りてからでも聞けたんだ!なにをしてるんだ理子!
修一の足はもう限界をとうに超えているんだ。意識が朦朧とするほどに、痛みもあるはずなのに
それなのに、修一は━━
『ばっか、んな事どーでもいいんだよ。理子が重かろーが軽かろーが怪我してるんなら背負うって。いいから黙って背負われてなさいよ、これ強制』『そのままの峰 理子で、いいんじゃねーの?』『寒くないか』『足、痛くないか?』『喉、乾かないか?』『そっか、よかった』
私の、心配してばっかり!どうして気づかなかったんだこのバカ!
「…あ?…ああ、理子、おはよう。足は痛くないか?」
修一の肩を叩き続けてようやくこちらを振り向く。しかし、目線が合っていない。それなのに人の心配をする辺り、本当に修一は凄いと思うが
「そんなこといいから、下ろして早く!それと足見せろ!」
「んあ?…ああわかった」
ぼーっと立つ修一から下りて近くの木に寄っかかって座らせ足を確認する
「━━ッ!?」
修一の足を見て驚く。皿の部分に巻いてある生地が赤黒く染まり、そこから下に肌が赤く染まっている。座っているにもかかわらず足が小刻みに震えているのは痛みを必死に堪えた結果か。とにかくこのままだとマズイ。最悪足が腐って切り取らないとダメかもしれなくなる!
「ど、どうしましたか!?」
そこに、年老いた老人が慌てて駆け寄ってきた。どうやらこの山の管理をしている人だろう。ちょうどよかった!
「早く救急車を呼んでください!あと湿ったタオルを多めに!急いで!!」
「は、はい!」
修一は目を開けることもできず、ただ苦しそうに息を吐いていた。何度も何度も後悔しながら、老人の持ってきたタオルで応急手当をする。
夕暮れの山にサイレンが鳴り響くのは、それから約30分後の話だった。
ようやくここまで書けました!理子をデレさせたいそれ一心で始めたこの小説。理子自身にいきなり好きだよと言われてから始まってはあまり心情を深く書けないと思い、ゆっくりと章を重ね、ようやく好きだと気づかせることができました。長かった汗
楽しく書かせてもらいました!
では次もよろしくお願いします!