亡霊、彼の地にて斯く祟れり   作:餓龍

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なんかもう本当にありがとうございますとしか。
自分のペースを保っていきますので、のんびりお付き合いいただければ幸いです。

微グロ注意


百鬼夜行

 イタリカの街へ進軍している彼らのなかでソレに最初に気づいたのは、精霊に働きかけて矢除けの加護を盗賊集団にかけている亜人の女性だった。

 まるで怯え、嘆くようにいうことを聞かなくなった精霊達に困惑し。

 

 くすくす  ふふっ

 

「ぇ……? あっ、あぁっ……!?」

 

 『声』に気づき、ソレを見つけた。

 否。

 みてしまった。

 『朱い柘榴』をかじる少女を。

 『白い飴玉』をなめる少年を。

 それらをなくした仲間の姿を。

 

 みえる?  みえた? きれい  ほしいな   ぴかぴかしてる

 

   あめだまふたつ   きらきらみっつ あまいかな

 

すっぱいかな しょっぱいかな

 

  ちょうだい あめだまちょうだい   いっこちょうだい ふたつあるでしょ

 

 わたしはふたつ  ぼくはひとつ   よんこちょうだい

 

     ねぇ  ちょうだい

 

「……ぁっ、ぁぁっっ!!」

 

 彼女は反射的に後ずさり、足をもつれさせてしりもちをつき、離れた位置にいたはずの子供達に顔をのぞき込まれ、怖気の走る『白い枝』で頬をなぞられ、くすくすと、くるくるとささやかれて。

 咄嗟に腰に提げていた袋に入っている干し果実をおもいだし、必死になって袋ごとつきだした。

 

「あぁ、あまいよっ、あまいのあげるから、だからっ……!!」

 

 ふるえる手で差し出した袋をみた子供達は顔を見合わせ、そして。

 

  いちじくかな  ぶどうかな いちごかな   くこかな ざくろかな

たべよう もらおう  いただきます あめだまほしいな   いいな

 ちょうだい    ぼくにも あたしも  ちょうだい

   ちょうだい あたしも    くこちょうだい

 いちじくちょうだい  ちょうだい りんごちょうだい

 

 死角から無数にわき出した手に、気配に、声に、姿に。

 眼を覆われ、腕を掴まれ、首をしめられ、足をかじられ、腹を撫でられ、耳をひかれ。

 恐怖でもはや呼吸すらできなくなった彼女の意識はそのまま闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 彼ら盗賊達……元連合諸王国軍の敗残兵達は、アルヌスの丘にて近代兵器により蹂躙され、逃げ延びた者達だ。

 そして盗賊へと身を落とし、帝国を怨み、徒党を組んでやがて集団は狂気を宿した。

 帝国への意趣返しというやつあたりに等しい理由を掲げ、手段である戦争が目的にかわり。

 なにをされたのかもわからぬうちに吹き飛ばされるのではなく、剣で、槍で、矢で、石で。

 殺し、殺される戦争をしようという目的の下、イタリカの街へと攻めかかっていた。

 そう。 いたのだ。

 しかし。

 

「いやだ、たすけてくれ! 死にたくない、死にたくないんだ、死にたくなっ……!!」

「これは夢だ、痛くない、なにもない、腕がないんだ、ないんだ、腕が、さがしてくれ、俺の腕が……」

「あぁ、あぁあああぁ……」

「ははっ、おまえは死んでなくちゃいけないんだよ、こっちくんな、な? 死ねよ、死ねよなぁ!?」

「おいそいつをとめろ、とりおさえろ! 殺せ! 殺せっ殺せぇっ殺せぇええええ!!」

 

 本隊の後方中央から広がり始めた白い濃霧に触れ、飲まれた者達に異常が起こっていた。

 

 ある兵士はなにかにおびえ、蹈鞴を踏んで転び、そのまま死んだ。

 

 ある兵士は霧に触れた腕がボトリと落ち、そのまま出血多量で死んだ。

 

 ある兵士は滂沱の涙を流し、全身の穴という穴から腐った体の中身を垂れ流して死んだ。

 

 ある兵士は唐突に仲間に襲いかかり、数人殺して殺された。

 

 ある兵士は殺した仲間の頭を何度も何度も地面に叩きつけ、仲間の頭と自身の肘から先を挽き肉にしてから舌を噛みきって死んだ。

 

 正気を失い、体の一部を失い、命を失い。

 

 仲間を失い、尊厳を失い、魂を失い。

 

 そして後方から迫る霧と狂気に追い立てられ、イタリカの東門へと殺到していた先頭集団は門を破壊し、中へと一斉になだれ込み。

 

「うふっ、ふふふっ、あはっ!」

 

 二重の柵と土塁を飛び越え、フリルを重ねた神官服をまとい、ハルバードを掲げて着地したロゥリィと。

 

 くすくす くすくす く ふふ はは ひははは

 

 『そこにあることになった』人形のようなナニカの姿に硬直し、静寂が生まれた。

 後に残ったのは風を断続的に叩く音に、重厚なオーケストラの調べ。

 そして、嘲笑とともに門が爆発、炎上した。

 

 

あ は  は は   は は

 

 はは  は   は  は    は

 

は  は  は は は  は は

 

 

 重厚なオーケストラ。 のびやかなアルトの女声による歌声。

 

 断末魔の絶叫。 恐怖の悲鳴。 仲間を押し退けようとする怒声。 神への祈り。

 

 そして、戦場至る所から響くこの世のモノとは思えない歓喜の笑声。

 

 わらう。

 

 笑う。

 

 ワラウ。

 

 臆病で逃げようとした兵士の足が折れて骨が飛び出す。 その兵士に躓いた後続を含めて爆発で飛び散る。

 

 勇敢な兵士が弓に矢をつがえ、空をゆく鋼の天馬へと向ける。 矢は届かず、自身の位置を教えた兵士は頭を弾けさせる。

 

 狡猾な兵士が柵を越え、民兵に潜り込もうとする。 ナニカに首を掴まれ、口から炎を吹き上げて身体の内側から灼け死ぬ。

 

 兵士が死を迎えるたび、笑い声があがる。

 老婆が、幼児が、青年が、老爺が、少女が、女性が。

 嘲笑を浴びせ、歓喜の声を上げ。

 やがて門の前の広場、そのぽっかりと空いた空間に朝日が射し込む。

 燃え上がる門と兵士の死体、朝日に照らされて延びる人形の影。

 ゆらり、ゆらりとゆれる影はやがて無数のヒトガタにちぎれ。

 ふわりとその姿を消した。


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