亡霊、彼の地にて斯く祟れり   作:餓龍

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おおおおひさしぶりですぅ……。
大変お待たせいたしました!


喜悦と号砲

 

 彼にとって、否。

 彼等帝国にとってその作戦は乾坤一擲の大作戦であり、成功すれば連邦の暫定首都イタリカにて元ピニャ皇女殿下率いる連邦中枢を撃破。

 連邦を瓦解させ、その戦力を帝国に再度取り込んで吸収してからニホンを相手に持久戦に持ち込む算段だった。

 

 しかし。

 

 

「おのれおのれおのれぇえっっ!! ピニャのやつめ、どうやってこの短期間でこれほどの防備を整えたのだ!?」

 

 

 自身ではもはや指揮がとれぬと指揮権の大半を部下へ委譲したゾルザルは、伝令のあげてくる報告にか細い声で癇癪を起こす。

 細かく分散していたゾルザル麾下の帝国軍一万は、イタリカに至る山間の街道にて再集結。

 整然とした行進によって前進し、イタリカを遠目に見ることのできる平原へと進出し。

 眼前に広がる、防御陣地に進行を阻まれた。

 イタリカ本来の城壁を囲うようにして二重三重に深い堀が掘られ、要所要所に土と木材、大岩(コンクリート)で作られた障壁と櫓を備えた小陣地がそびえ立つ。

 大がかりな攻城兵器を用意する時間がなく、城壁の門を破壊するために山から切り出した丸太を組み合わせた攻城槌程度しか用意しておらず、さらに敵本隊の誘引と拘束にその戦力の大半を割いている帝国軍では、敵の援軍が到来するまでに目標を達成するのは無謀ともいえる困難である。

 しかし、帝国の有するリソースの大半をそそぎ込んだ乾坤一擲のこの作戦が失敗してしまうと言うことは。 たとえ撤退に成功したとしても帝国軍はその戦力の大半を失い、帝国はその剣と盾を、握る腕ごと失うに等しい。

 

 そう、帝国(皇帝)が戦うためのその手足を失うのだ。

 

 精緻な紋様が這い、麻痺のじわじわと広がる四肢を恐怖で振り回して暴れるゾルザルを、転ばぬよう支えながらテューレは密かにワラウ。

 

 

「(ボウロは崩壊するハリョを纏め、諜報網を維持するので手一杯。 ゾルザルには(帝国)を切り捨てることはできない。 ディアボもまた、帝国の継承権を捨てきれずにいるから私の祝福(のろい)から逃れられず。 先帝モルトはもはや死に救いを求め、届かぬ祈りをハーディへ捧げる亡者にすぎない)」

 

 

 彼女は疼く下腹に淫蕩な微笑みを浮かべ、ゾルザルをその胸に抱きしめる(閉じこめる)

 

 

「陛下、帝国は今まさに滅びようとしていますわ」

 

 

 遠くを見渡す視力(情報収集機関)は失われた。

 囁きを聞き取る聴力(諜報機関)はやがて失われる。

 武器を握る握力(帝国軍の軍事力)もほとんど残っていない。

 食事を嚥下する力(食料自給力)すら乏しい。

 遠くへ届ける声(帝国の発言力)はもうない。

 体調(防諜力)の悪化は慢性的であり。

 四肢の力(帝国の臣下)は失われ。

 全身の感覚(帝国の支配領域)が徐々に麻痺していく。

 

 

「しかし陛下。 陛下こそが帝国であり、帝国こそが陛下なのです」

 

 

 縋りつくゾルザルへと滴るように囁く。

 

 

「陛下が生き続ける限り、帝国は残り続けましょう。 帝国が滅びぬ限り、陛下は生き続けましょう」

 

 

 もはや言葉を聞き取ることすら難しい彼を、その末路を想い。

 

 

「それこそが陛下(帝国)に相応しい最期となりましょう」

 

 

 奪い続けた帝国の末路を想い、彼女は随喜の吐息を吐き出した。

 

 

 

 

 

「あーあ、まぁたやっちまいやがって。 いいかげんに懲りて欲しいもんだが、そうもいかないんだろうね」

 

 

 呼び出されたある部屋に広がる惨状に駒門は顔を覆い、ため息を一つ吐いた。

 その部屋に広がっているのは壁面に開いた無数の弾痕と、同士討ちで事切れた観光客(工作員)事務員(暴力団)の夥しい乾いた血痕。 そして机の上に座る、場違いなぬいぐるみが一つ。

 ゲート周辺でのお客さん(工作員)の活動が活発化していることを受け、駒門達が厳戒態勢に入っていたところにこれである。

 すでに部屋の調査は済んでおり、彼等がある目的のために武器取引をしていたことはわかっていた。

 

 

「焚きつけた宗教屋に武器を流してなにをさせる気だったのやら。 こりゃあ神社仏閣も警備を厳重にしなきゃいけないかね」

 

 

 連日報道される政治家やテレビ関係者、企業の重職に自由業( )の方々の突然の引退、不審死。

 それらに押し流されてしまっているが、今日本ではいつどこで宗教的テロリズムが起こってもおかしくない状況が続いていた。

 各宗教組織は『門』とその向こう側である『特地』に関して不干渉を宣言しているが、一部の過激派はそれぞれの理由で今の現状に強い不満を抱いている。

 

 特地の存在そのものを否定している者。

 特地の神々を、ひいては『八眼童』を悪魔である、神敵であると否定している者。

 『門』の管理は神ではなく、人間の手で行われるべきだとする者。

 『門』についての権能は我らが神のものであり、簒奪した悪魔(八眼童)を討滅すべきだとする者。

 等々。

 

 そんな彼等を同じく現状に不満のある者達(大国)が焚き付け、手段と方法を提供しようとしているのだ。

 当然日本としてもそんなことはさせじと対策を講じてはいるが、国内の混乱(大国の干渉)によってそれどころではなく、十分な対策を講じているとはいえないのが現状である。

 

 

「さてさて、これからさらに忙しく、うん?」

「門警備班から緊急連絡! 緊急事態です!! 小型飛行機が突入、爆発! 死傷者多数、門への影響現時点では不明!」

 

 

 これからのことについて思索を巡らせる駒門の元へ部下が駆け寄り、報告をあげる。

 それは二つの世界にとって、これまでにない争乱の一日が始まる号砲だった。


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