「あぁー、おわったー……」
夜中までかかった避難民達を駐屯地へ受け入れる手続きに関する書類をにやにや笑う柳田に押しつけ、伊丹は自室のベッドへと倒れ込むようにして座り込んだ。
視界の隅にこちらを心配そうにみる子供の影がよぎるのをみつつ、そのままぶつぶつと愚痴をこぼす。
この駐屯地では日常的に心霊現象のオンパレードがみられる。 だが割と容易に意志疎通ができる上、基本的に皆日本人に友好的なのもあって自衛隊には受け入れられていた。
また数度にわたる異世界軍の侵攻や偵察を警告してくれているなど、積極的に協力してくれていることもあり現場判断ではあるが現地協力者として扱うことが暫定で決まっている。
なお本国から何かいわれるようなら、本物の霊媒師を寄越せといってやるとは狭間陸将の言である。
伊丹自身も銀座事件において、民間人の受け入れを決めた皇居に向かって感涙しながら敬礼する旧日本軍兵士の姿や、 駐屯地内をぱたぱたと走る子供の足音、たたずむ影に敬礼したら鎧武者だったりなどの経験を経てだいぶ慣れてしまっていた。
「なんで俺のとこにくるのかなぁ、ほかの偵察隊でもよかっただろうに。 なぁにが一番好かれてるおまえが適任だ、だ。 ただ憑かれてるだけだろうに。 疲れてるだけにってか? ははっわろす……」
ただし慣れてはいても、常に心霊現象につきまとわれるのは相当な疲労になるのだろう。 愚痴をこぼしていたかと思えば、そのまま前のめりに某燃え尽きたポーズで寝息を立て始める。
しばらく小さな足音やラップ音などが伊丹の部屋に響いていたが、最後に電灯が独りでに消えると部屋にはベッドに横になった伊丹の寝息のみが聞こえていた。
なお、伊丹が好かれる理由として一番にあげられるのは『わかっている』反応と対応をするところである。
アニメや小説、マンガ知識とはいえしっかりと霊に対する対応をし、軽く脅かしてからかえば期待した反応をする上に、後に引きずらないところを評価されているのだ。
よって伊丹が霊達から逃れるべくいろいろすればするほど逆に好かれてつきまとわれるという悪循環に陥っていた。
アルヌスの丘から南に約二キロ。 比較的開けた森の中に難民キャンプが出現していた。
自衛隊により急ピッチで森が切り開かれ、仮設住宅が建てられ、ある程度のインフラが整えられていく。 その片隅にて。
「これは……なんという……」
「なぁにこれぇ。 こんな呪詛はしらないわよぅ」
魔法使いな少女レレイと、やっぱり実在する神様の眷属だったゴスロリことロゥリィののぞき込む前で俺は内職という名の藁人形作りに精を出していた。
自衛隊がドラゴンこと炎龍の左腕を回収した際、その一部を少々分けてもらったのだ。
『怪物狩人』風にいうなら、『炎龍の棒状の骨片』と『炎龍の軟骨』と『炎龍の骨髄』を炎龍の左腕の形に並べ、『炎龍の筋膜』でくるんで『炎龍の神経』で縛って固定。 『炎龍の筋肉』と『炎龍の腱』を巻き付けて『炎龍の血管』で縛り、『炎龍の血』で濡れた草と土で形を整え、『炎龍の鱗片』を表面にくっつければ完成である。
こうして言葉にすればなんということもないようだが、実際には『固まりかけの赤黒い血にまみれた市松人形』が、『血塗れの肉と骨とその他生き物のパーツで腕のようなモノを作っている』。 あらためて客観視すれば完全なSAN値直葬モノである。 なるほど、道理でこの二人以外よってこないわけだ。
そしてなぜこんなモノを作っているのかといえば、それはもちろん炎龍へ呪詛をとばすためだ。 前回は中途半端にしか呪詛が届いていなかったし、届いていない分は帰ってきてしまうので改めてすべて送りつけてやるためでもある。
炎龍には強力で神様的な守護の力がかけられているらしく、これまで呪詛の基点にしていた眼球内の鏃では炎龍まで届きにくかった。 そこで『守護の力が存在しない炎龍の左腕』を用意し、これを呪詛の基点にすることで守護の力をガン無視で呪詛を炎龍にかけることができるようにしたわけだ。
神様的守護の力は呪詛を真正面から浄化するものであり、受け流したり返したりするものではないというのも相まって相当強力な呪詛をかけられるはずである。
最後の仕上げに炎龍と作った左腕、そして自衛隊が分析のために切り刻んでいる左腕を『結べ』ば完成。 あとはこの『左腕』にありったけの呪詛を注いで、肥溜めにでもぶちこんで腐らせれば完璧だ。
炎龍は存在しないはずの左腕を切り刻まれ、腐り落ちる感覚と傷口を腐敗させる呪詛に苦しむだろう。 やってやったぜ。
「終わりぃ? なら早くきれいにしないとぉ。 血は落ちにくいんだからぁ」
「…………。(なすがままに抱え上げられる)」
「これは……。 いやしかし……」
そして達成感に浸っていたらひょいっとロゥリィに抱え上げられてしまった。
さすがは戦いの神エムロイの使徒、血とかグロとか大丈夫なんですねというかゴスロリ服に血が! 泥が! この人形指が動かないし可動範囲狭いから汚れまくってんだよ! ドレス汚れる!!
HA NA SE!!
なにやらじたばたと抵抗する人形をロゥリィが水場へと運んでいった後もレレイは動かず。 じっとその場に残された炎龍の死肉で作られた、人間の腕と同じぐらいのサイズの『炎龍の左腕』を見つめていた。
伊丹が炎龍の一部のはいった箱と共に人形を抱えてきたときは何事かと皆集まってきたが、人形が炎龍の死肉で工作のまねごとを始めてからまず最初に精霊の友たるエルフのテュカが『精霊がおびえている』と言って離れ、それにつられるように一人、また一人と離れていった。
独りでに動く人形が死肉をいじっているという光景も理由の一つではあったが、一番の理由は腕が完成に近づくにつれて、本物の炎龍のような威圧感を放ち始めたのが一番大きなものだろう。
現に今も、決してお世辞にもうまくできているとは言い難いはずのその腕は、炎龍そのものの威圧感を放っている。 まるで炎龍そのもののように。
「……興味深い」
ふとこちらをみている視線を感じて顔をあげると、たくさんの子供達に囲まれた妙齢の女性と眼があう。
会釈してくる『すぐ後ろにある馬車の屋根よりも背の高い、貴族風の白い服をまとった女性』におもわずレレイも会釈を返し。 顔を上げたときには数人の子供達を残して消えていたことに眼をぱちくりとさせた。
人形を独りでに動かしたり幻覚を見せたりするのは魔導師にも可能である。 可能ではあるが、アルヌスの丘を覆い尽くす範囲で何の意味もない、しかもそれぞれ自分の意志を持つかのような動きをするそれらを維持し続けるのは不可能だ。
『意志を持ち独りでに動く人形』『不思議な服装をまとう人々の幻影』『時折聞こえる音だけの住人』 緑の人達と出会ってからよくある現象ではあるが、レレイをはじめとした門のこちら側の者達にとっては不思議極まりないものである。
当然知識の探求者たるレレイは伊丹をはじめとした緑の人に聞いてみたが曖昧な笑みで濁され。 エムロイの使徒である亜神ロゥリィには察しがついているらしいが、自分で考えなさいと微笑まれてしまっていた。
そして、それら現象とは別に確固たる技術として確立しているのが見て取れる『大きな音と共に遠くから攻撃する鉄の杖』『牽く馬を必要としない鉄の馬車』『押し当てるだけで木を削り伐る鋸』『工事を遙かに短縮できる強力な鉄の魔物達』
これら未知に満ちたこの地はレレイの知識欲を強烈に刺激し続けていた。
「おぉ、あれは……!」
そして顔を上げた先に『移動式調理施設』とそこで調理をしている緑の人をみつけたレレイは、さっそく質問すべく小走りに突撃を開始するのだった。
なんか伊丹が書きづらい。
なんでだろう?