大変お待たせいたしましたが時間もとれるようになってきたのでのんびり投稿再開です!
hibikilv さま、yu- さま、ライスボール さま!
誤字報告ありがとうございます!
喧々囂々と議論にすらならぬ罵声が飛び交う議場、その中央にて。
帝国に日本を、異界の神を引き込んだとして罪人のように引き立てられてきたピニャは、これから帝国を襲うであろう苦難を想像し。 虚ろな目で周囲を見渡した。
自分では制御できぬほど鋭敏化した見鬼の才を持ち、武器となる守り刀を取り上げられた彼女の目には。 議場を、いや帝国そのものを覆う瘴気が色濃く写っている。
表現しようのない色彩を放つ『ナニカ』が霧のように滞留し、視界を埋め尽くす。
その中心にあるのは、玉座を模したであろう豪奢な椅子にふんぞり返る兄の隣に侍るヴォーパルバニーの女。
艶美な笑みを浮かべた彼女から視線を逸らせば、目にはいるのは未だに日本と戦い、勝つつもりでいる愚か者ども。
彼らはこの期に及んで焦土作戦を、あまつさえ自衛隊の所業であると偽って行っているというのだ。
さらにはアルヌスへ向かう隊商の一部を敵と内通しているとして襲撃し、強奪した物資を軍の拡充に当てている(おそらくは自身の懐にも入れている)と豪語する者までいる始末。
「(これはもう、だめだな。 帝国はおしまいだ)」
皇帝である父は病床に伏して長く、すでにいつ冥府へ召されてもおかしくないほど消耗している。
うわごとでひたすら許しを請う、痩せこけて骨と皮になった父王の姿は、そのまま帝国の未来を暗示していると思える。
このままいけば、いやなにをしようと帝国は確実に滅びるだろう。
であれば、帝国の臣民を守るために自分に残された手段はただ一つ。
しかし、それを実行するにはあらゆるモノが足りない。
絶望し、諦観し、それでもともはや惰性で手段を探し。
そうして、決してあきらめぬ彼女を彼らはみていた。
からん、ころん。
その小さな音は、しかし喧々囂々と交わされる議論という名の罵声の中、部屋の隅々まで響きわたった。
誰もが不審に思い、音の出所を探る。
かちゃり、こつり。
ぺたり、ずるり。
かつん、ぱたり。
ぽた、ぽたり。
ことん、かつかつ。
木靴の足音、具足の鳴る音、杖を突く音、裸足の足音、何かの這う音。
様々な音が、足音が、移動する音が。
気配もなく姿もなく、近づいてくる。
部屋の壁の向こうを無数の音が歩き、這い、跳ね、転がり。
正面の扉の向こうへと集まっていく。
扉の前に立っているはずの兵士達の誰何の声も、気配すら感じられず。
室内の人々は座り込んだまま動かないピニャを放置し、なにが起こっているのか、皆がなにに怯えているのかわかっていないゾルザルの周囲に集まっていく。
やがて音の全てが止まり。
がちゃり、と扉が開いた。
「おっ、おまえはあのときの!!」
「ご無沙汰しております、オウジサマ。 今回はお願いしたいことがあって参りました」
扉の向こうから流れ込む霧とともに現れるのは、あの地震の日にゾルザルにとっての当然を破壊した大罪人である伊丹。
そして魔導師の少女であった。
その姿にゾルザルは恐慌をきたし、伊丹を指さして叫ぶ。
そいつを殺せ、殺してしまえ、と。
「やっぱこうなるかぁ。 じゃ、レレイお願いね?」
「まかされた」
重武装を施されたジャイアントオーガーが部屋の奥から姿を現すと、伊丹とレレイをめがけて突撃を開始する。
しかし部屋の半ばもいかぬうちにレレイの足下より飛来した複数の三角錐に張り付かれ、連続した小爆発を受けて倒れ込み二度と立ち上がることはなかった。
ジャイアントオーガーに注意が向いている間に回り込み、攻撃しようとした兵士達は伊丹の小銃によって足を穿たれ、行動を制されてしまう。
「さて、もういいですかね? 正直暇じゃないので早く終わらせたいんですが」
「なっ、なんだ! 貴様、今度は何のようだ!?」
「用事があるのはわたし。 レレイ・ラ・レレーナ。 貴方が雇った殺し屋に、わたしを狙わせるのをやめさせてほしい」
ゾルザルならばやりかねないとざわつく周囲を無視し、伊丹は休みがないから積みが増えてるんだよなぁとつぶやきながらゾルザルに近づき。 テューレが差し出した金の杯にワインを注ぎ、ゾルザルに持たせる。
そうして窓の外を指さして注意を逸らさせて。
「ひっ!? うわぁぁああ!?」
「貴方がいつ、どこでなにをしていようともわたしたちの手は届く。 いつも貴方を狙っている。 わたしに差し向けられたすべての殺し屋を引き揚げさせて欲しい。 さもなくば貴方の頭がこの酒杯となるだろう」
すこんと孔が開き、ワインがこぼれる杯を投げ出したゾルザルへとレレイが無感情に告げる。
必死になってガクガクと頷くゾルザルを見ると、レレイは傍に戻ってきた伊丹とともに部屋から出ていった。
それを引き留める者は誰もおらず。
最後に扉が独りでに閉じ、異様な空気もともに過ぎ去ったのだった。
「で、殿下はついてきてもよかったので?」
「ここで聞くのか!? え、ついてきてはいけなかったのか!?」
無数に並ぶ鳥居が続く、霧に閉ざされた無限に続く参道。
八眼童の神域にて、アルヌスの丘の社へと続くその道を歩いていた伊丹の質問に、ピニャは愕然とした声を上げた。
彼女は伊丹に手招きされたので伊丹達についてきたのである。
その当人からなぜついてきたのかなどと聞かれるのは完全に想定外であった。
「いえ、今回はレレイへの暗殺者をどうにかするのが主目的でして。 皇女殿下をお誘いしたのは、八眼童様が願いを聞き届けられたからですね」
「ヤツメワラシ様が、か? なにゆえ? 妾はもはや帝国にいらぬといわれたに等しいのだぞ。 ヤツメワラシ様へそのような、願い、を、祈るもの……など……」
自嘲するピニャの視界に過ぎる、見覚えのある姿。
ほんの瞬きほどの間であり、目の錯覚としたほうが自然であろう。
しかし確かにそこにあったと思えた。
否、確実にあるのだ。
神に願い、叶えられるほどの想いが。
自身を救わんとした彼らの心が。
「そう、か……。 あの者達は逝ったのか。 そのうえで妾を救わんと祈ってくれたのか。 妾が生きねばならぬと、そう願ってくれたのか……!」
伊丹はレレイの手を引いてピニャより数歩前にでると、ゆっくりになったピニャの速度にあわせて歩む速度をゆるめる。
ふと視線を上に向ければ、連なる鳥居のひとつに腰掛ける人形が一つ。
伊丹には、その人形の変わらないはずの表情が緩み、微笑んでいるように見えた。
それと、活動報告にて帝国に関しての募集をしております。
覗いていただければ幸いです。