テュバ山の中腹にあいた洞窟から上った先、火口付近にて。
ロゥリィは襲い来る怖気と寒気に腕をさすりつつ、そっと洞窟入り口にたたずむ人形の様子を見る。
それは陽炎のような色のない歪みを纏い、キチキチと音を立てて目に見えぬ蟲が這い回る気配を引き連れて。
もはやただの亡霊人形とはとうてい呼べない、神としての瘴気を溢れさせている。
「(恨むわよぉ、ハーディー。龍に挑めるのは英雄のみだなんて理想を押しつけて)」
イタミ達と共にこの場に到着し、いざ侵入しようとした瞬間に人形のみを阻む膜のような物があらわれ。
異界の神をはじき出したのだ。
英雄譚には亡霊など必要ない、という思念と共に。
ほんの一瞬だけ溢れた呪詛が地面を『死なせ』て粉塵と化す。
恐慌に陥りかけたイタミ達をなんとか落ち着かせ、炎龍の巣への偵察に出発させたあともこうしてずっと洞窟入り口を見ているのだ。
そして共に残ることになったロゥリィにとってはむしろ炎龍に早く登場してもらいたかった。
少なくともこの『死』そのものの注意がそちらだけへ向くのだから。
「(うぅー、まったくハーディーったらロクなことしない……)あらぁ?」
「…………(振り仰ぐ)」
そうして腕をさすりながら考えたのが原因か。
巨大な翼が大気を打ち下ろす音が響き、炎龍が登場した。
住人(?)不在の炎龍の巣にて、100kgというバカじゃねーのという量のプラスチック爆薬を仕掛けた伊丹達は洞窟入り口近くの岩陰に散開して隠れて様子をうかがっていた。
すでにダークエルフ達が構えるLAMはすべて先端のプローブが引き出されており、あとは安全装置を解除して撃つだけ。
爆薬も信管を差し込み発破母線を敷設済みで、あとは伊丹の持つ発破器のボタンを押すだけで火山の噴火のごとき爆炎が爆心地を焼き尽くし、吹き飛ばすだろう。
そうして準備万端整え、待ちかまえて。
集中力が続かずにふっと意識がそれた瞬間。
ちりりぃ……ん
伊丹の持つお守りにさがる『中身が空で振っても音のしない鈴』が澄んだ音を立てた。
「きたぞっ、かまえろぉ!!」
そしてその直後、高空より急降下からの急停止で炎龍が現れた。
急停止で止まりきれず勢いよく着地した衝撃と羽ばたきの轟風が吹き荒れ、その場にいた者達をひるませて。
炎龍の吐き出す業火がダークエルフのバンを隠れていた岩ごと焼き尽くした。
「ぐぁぁあああっ!」
「バン!? ちくしょうっ、喰らえぇっ!」
「落ちろぉっ!!」
「あ、あれっ!? 撃てない!?」
コムとクロウが発射したLAMの弾頭は地面に這い蹲るように体勢を低くした炎龍の頭上を通過し、火口の内壁に大輪の業火を咲かせる。
時間差で発射しようとした慌て者のノッコは安全装置の解除を忘れ、命中させる千載一遇のチャンスを逃し。
横一線に振り抜かれた尾によってLAMごと壁に叩きつけられ、原型もわからぬ紅いシミとなって即死した。
さらに炎龍の側面をとるべく壁際を走っていたナユへ右腕での追撃。
かろうじて直撃は免れたが、抉られた岩壁が崩壊し崩れ落ちる岩と粉塵の中へとナユの姿は消えた。
「くそっ、炎龍をなんとかして巣の中心へやってくれ! これじゃ爆破しても十分なダメージにならない!」
「承知した! 此の身が囮になる、コムもこいっ!」
「承知したっ!」
伊丹の声に撃ち終わった発射器を投げ捨てたクロウが返し、コムと共に炎龍の足下へと走り寄ってゆく。
足下に近づいてきたクロウ達へとブレスを吐きかけるべく首をもたげた炎龍の顎先に、伊丹が発射したLAMがかすめるように着弾すると爆炎で炎龍の顔面を覆った。
絶叫をあげる炎龍の足下へと到達したクロウが手を組んで腰を落とし構え、コムが組んだ手に飛び乗ると同時に投げあげる。
高く飛び上がったコムは炎龍の膝に飛び乗るとそのまま駆け上がり、黒く変色して腐り爛れている左肩の断面へと剣を突き立てた。
「どうだぁっ! 我らの恨み、思い知れっ!!」
「もういいっ、早く降りてこい!」
「まだっ、うわぁ……!?」
「馬鹿者がぁっ!!」
ぐずぐずになっている傷口を抉られ半狂乱になったように全身を振り回す炎龍に、突き立てた剣を頼りにしがみついていたコムが岸壁との衝突で叩き潰される。
その様を見ていることしかできなかったクロウは悪態をつき、至近距離で当てようと近づきすぎて炎龍の尾に下半身を吹き飛ばされたメトのLAMを拾うと炎龍の巣の中心へと駆けだす。
続いて放たれたセィミィのLAMは頭部を守ろうと広げた右翼へと命中し、半ばからへし折った。
炎龍は飛行手段を奪われながらも周囲を怨嗟のこもった瞳で見渡し、離れていくクロウの背中を見つける。
猛然と駆けだした炎龍は巣の中心を踏んだクロウへと瞬く間に追いつき、クロウの振り向きざまのLAMをもはや翼膜でぶら下がっているだけの右の翼で防ぎ、大きく顎を開いて。
「頼みましたぞイタミ殿っ!!」
「まてぇっ!?」
クロウは引き抜いた剣を炎龍の半ば崩壊した下顎の先へと突き立て、そのまま上顎に捕らえられて地面へと叩き潰された。
伊丹はその一部始終を見、しかしギチリと歯を食いしばり、発破器を握りしめて。
「くたばりやがれぇえぇっ!?」
作動させたはずの発破器がなんの結果も起こさないことに愕然とした。
おそらく炎龍が暴れている間に発破母線を踏み千切ってしまったか、LAMの破片かなにかで切れてしまったのだろう。
「トラブルだっ!! もうすこしだけ押さえていてくれっ!!」
「承知したっ!」
伊丹は発破母線をたぐりよせその長さから切れてしまった場所を特定すると、駆け寄って地面に埋まっている発破母線の切れている断端を掘り出す。
被覆を剥き、リールから引き出した発破母線に接続し、母線を繰り出しつつリールを抱えて走り。
「イタミ殿ぉっ!!」
セィミィの絶叫に視線だけを後ろにやり、こちらに背を向けて剣を盾のように構えるセィミィの後ろ姿と。
そのすぐ目の前に迫る炎龍の右腕を見た。
明日も、というより今夜も投稿しますです。