亡霊、彼の地にて斯く祟れり   作:餓龍

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nicom@n@ さま、黒祇式夜 さま。
誤字報告ありがとうございます!

そして岸田 和魔 さま、推薦ありがとうございます!
まさか自分がいただけるようになるとは思いもしませんでした……。

そしてまさかまさかの日間ランキング2位。
それもこれも皆様の御支持のおかげです。
本当にありがとうございます!

というわけで書きたいシーンの一つである帝都地震編です。
前回投稿時点ですでに半分書けてたんですが、筆が乗ってしまい少々長めになってしまいました。
お楽しみいただければ幸いです。


帝都地震

 

 帝国皇帝であるモルトは目の下にひどい隈をこしらえ、真っ青な顔色で自身の寝室にて頭を抱えている。

 部屋の外から聞こえる神官達の祈りの声を聞きながら、なぜこうなったのかと分かり切ったことを考えながら現実逃避していた。

 

 最初におかしくなったのは、アルヌスの丘を占拠している異世界の軍隊を偵察に出ていたピニャが帰還し、報告を聞いているときである。

 報告を始めたピニャの姿が一瞬揺らいだかと思えば、微かな笑い声とともに一陣の風が吹いたのだ。

 そのときはそれだけであり、ピニャの語る荒唐無稽な話にあきた彼は話を遮って執務室へと帰った。

 執務室へと帰り、受け取った最初の書類の端に『アルヌス』『みつけた』と朱い走り書きを見つけた時はなんの嫌がらせかと眉を寄せる。

 瞬きをしたら消えていたので気の所為だとそのまま執務を続け、紅茶をワゴンに乗せて運んできたメイドの顔に朱い走り書きで『イタリカ』『まってて』という文字を見つけた時におかしいと気づいた。

 その後も彼にしか見えない、場所と時間を問わずに現れる走り書きは地名と一言であり、地名はアルヌスの丘から帝都へとだんだん近づいており。 付随する一言も次第に長文へと変わっていく。

 地名が帝都近郊の町になった時には付随する一言はもはや壁一面を覆い尽くす長さになっており。 内容もまるで要領を得ない、要約すれば『今からいく』で済むものになっていた。

 その頃には帝都中に同じような怪奇現象があふれかえっており、神官達の加持祈祷も何の意味も成してはいない。

 今となっては時間が経とうとも文字群が消えることはなく、部屋の天井や床を含めた壁中を埋め尽くす狂気を感じさせる光景に眼を閉じることでしか対処できないでいた。

 

 そして。

 

 数日前から帝都は東の森から発生した奇妙な白い濃霧に覆われている。

 霧はその内に誰かの影をみせ、飲まれた者はその場から離れた場所に現れる。 稀に帰ってこないこともあった。

 この霧は、誰かが招き入れない限りその領域へ入ってこないという特徴を持っていた。 しかしその特徴が判明するまでのあいだに帝都の大半が霧に飲まれ、宮殿もまたそのほとんどが霧に包まれている。

 皇帝の寝室もまた霧に侵入されていない部屋であり、この部屋に閉じこもることで近づいてくる何かもまた防ぐことができていた。

 

  あけて?  おうさま あけて   あけてちょうだい

 

「……きた、か」

 

 こんこん、とんとんというノックの音とともに聞こえてくる声は警戒心をそぎ落とすような子供の声。

 数刻前は息子の一人であるディアボの声で、その前は死んだはずの母親の声で。 さらにその前は臣下の声で扉を開けさせようとしていた。

 当然これまでのように無視して去るのを待てばいいとベッドに横になり。

 

 

   あけて あけて  あけて  あけて   あけて あけて

 

 あけて あけて あけて  あけて  あけて あけて  あけて

 

 

 こんこんという音が殴打にかわり。

 がりがりとドアを掻き毟る音が加わり。

 子供の声はひび割れて音の羅列にかわり。

 

 そして。

 

 部屋そのものが大きく揺さぶられた。

 

 

 

 

 

 その夜、帝都を襲った地震は震度4から5弱程度。

 地震大国日本であればそこそこ大きいなぁと驚くことこそあれ、取り乱すことはまずない規模の地震である。 が、安定した地盤の大陸国家である帝国首都の帝都では大地が揺れるなどということはあり得ないと考える者が大半であったために大恐慌に陥った。

 昼の時点でここ数日帝都を覆っていた濃霧が晴れ渡っており、怪奇現象もこれで収まるかもしれないと安堵した直後の地震は帝都の人間に決して癒えない大きなトラウマを刻み込むこととなる。

 そして今、皇宮の謁見の間にて。

 

「馬鹿野郎っ! ぶっ殺してやるっ!」

 

 伊丹の全力で助走をつけて繰り出された渾身の右ストレートが、帝国皇太子ゾルザルの顔面をとらえて文字通り殴り飛ばした。

 錐揉み回転しながら一瞬宙に浮くほどぶっ飛ばされ、後頭部を床に強打してのたうち回るゾルザル。 呆気にとられて硬直する周囲を無視して自衛隊員はウサギの亜人の女性を支えていた日本人の女性を保護すると小銃を構えて周囲を威圧し、菅原は皇帝へと改めて向き直る。

 

「さて皇帝陛下。 ただいま皇子殿下が門の向こうから攫ってきたと仰られましたが、これは一体どういうことでしょうか? そしてピニャ殿下。 この件、ご存じでいらっしゃいましたか?」

「きっさまぁっ!」

 

 慇懃無礼に皇帝へと尋ねる菅原の背後でゾルザルが激怒し、ゾルザルの取り巻きと兵士達が日本組を鎮圧すべく武器を構え。

 

「撃ってよし。 あぁ、殿下には聞かなきゃいけないから殺すなよ?」

「了解」

 

 自衛隊とは思えない弾薬の大盤振る舞いにより一瞬で殲滅された。

 自衛隊員がその場から一歩も動いていないのにもかかわらず、連続する破裂音とともに装備ごと身体のどこかをはじけさせて死んでいく取り巻きと兵士達。

 そして、武器を持っている者が誰もいなくなった後。

 

「繰り返し尋ねましょう、ピニャ殿下。 この件、ご存じでいらっしゃいましたか?」

「ぴぃっ!?」

 

 背後に質問へ罵倒を返したゾルザルへの凄惨な拷問風景を背負いつつ、何事もなかったかのように問い直す菅原にピニャは腰を抜かして座り込んだ。

 自衛隊員が小銃を構えた段階で皇帝の盾になるべく前に出ていたピニャが座り込んだことで、大量の死体が転がる中心で自らの息子が筆舌に尽くし難い仕打ち(しゃべれるように喉と胴体だけは無事)を受けている光景がよく見えるようになった皇帝は、この世には怒らせてはいけない存在が居るということをトラウマとともに刻み込まれた。

 しかしその惨劇も、マルクス伯を初めとした大臣や将軍達、そして地震の動揺から復帰した近衛兵達が入ってきたことで一時的に中断される。

 まともに言葉すら発せないゾルザルに拳銃を突きつけつつ、再度尋問を開始した伊丹。

 

「ふむ。 では皇帝陛下。 ご存じでしたか?」

「……知っていたとも。 女一人、男四人。 女は情報を得た後はそこなゾルザルに下げ渡しておる。 男はすべて奴隷として流した。 そこから先はわからぬ」

 

 大臣達が現れてもやはり何事もなかったように問いかけてくる菅原に、皇帝は半ば死んだ眼で正直に答える。

 皇帝は菅原の態度にここではぐらかしたりでもしようものなら、たとえ皇帝である自身であっても躊躇なくゾルザルと同じような目に遭わせるという凄みを感じていた。

 

「お答え頂きありがとうございます、皇帝陛下。 歓迎の宴を開いてくださるとのお話でしたが、それは我が国より拉致された国民をすべて返還されてからと致しましょう。 陛下がどのような神を信仰されているかは存じませんが、彼らが生きていることをどうぞお祈り下さい。 ピニャ殿下。 後でその者達の消息と、どのように返して頂けるかを聞かせて頂けるものと期待しております」

「待て、貴様等「やめよ」! っ陛下!?」

 

 それだけ言うと菅原と伊丹達は帰ろうとし、謁見の間でこれほどの狼藉をされてこのままでは返せぬと大臣と兵士達がそれを制止しようとし。

 それを皇帝の一声が遮った。

 皇帝は理解したのである。 何度繰り返そうとこちらが蹂躙されるだけで終わるということを。

 

「スガワラ殿、確かにニホンの兵は強い。 しかし、戦争とは兵士の強さだけでは決まらぬもの。 貴国には弱点があるぞ」

「弱点、でしょうか」

「民を愛しすぎることよ。 義にすぎることよ。 信にすぎることよ。 強い敵とは戦わねばよいのだ。 古より高度な文明を誇る大国が蛮族に滅ぼされる話は枚挙に暇はない」

 

 菅原は皇帝へと向き直り、応じた。

 

「我が国は、その弱点を国是としています。 我が国の自衛隊は、その国是を守るべく鍛えられています。 そして我が国はその国是を肯定する神々によって、守護されています。 お試しになりますか?」

 

 からん、と。 ころん、と。

 下駄の音とともに朱い和傘をさし、紺に朱で彼岸花の染め抜きの着物を纏い。 白地で無貌のお面をつけた童女が謁見の間の中央に『居た』。

 

 くすくすと。 ころころと。

 笑い声とともに白い帽子を押さえ、白いワンピースを纏い。 天井に届きそうな身長の女性が壁際に『居た』。

 

 くきかきかけけけかかきききき、と。

 哄笑とともに編み笠を抱え、襤褸装束を纏い。 折れた刀を死体に何度も何度も突き刺し続ける老爺が『居た』。

 

 全く統一感のない姿で、全く違う所作で、全く違うことをしながら。

 しかし、まるで『最初からこの場に居た』かのようにそこにあった。

 

 そして。

 

 座り込んだままぴくりとも動かないピニャの背中へ、皇帝の座る玉座の後ろから伸びる爪がはげ、血塗れの指で文字を書き込んでいる異様に長い腕が『在った』。

 書き込まれている文字列は、二つ。

 『あなたの後ろ』、そして『おわり』。

 

「皇帝陛下。 我々もわきまえているつもりです。 平和とは、次の戦争の準備期間でしかないことを。 和平の交渉は、戦争行為を停止させる理由には成り得ないということを。 我が国は、そして我が世界は帝国を遙かに超える年月、血塗られた道を歩み続けております。 和平の交渉中に、この帝都が灰燼に帰すことを、是非恐れて頂きたい」

「……うむ」

 

 ひりつく喉を引きはがすようにうなずいてみせた皇帝へ、菅原は一礼してみせるときびすを返す。と同時に余震が襲ってきた。

 揺れる大地といつの間にか現れていた怪異の群にその場に居た特地の人々が恐怖に怯える中。 日本人達は平然と歩いて退出していく。

 怪異達もまた、余震が収まるのにあわせるようにひとつずつ、姿を霞ませるようにして消えていく。

 やがて最後のひとつとなった和傘の少女は周囲を見渡すと無貌の白面をわずかにずらし。 霧のように姿を薄れさせて消えていった。




うぅむ。
あまりこわくないなぁ。
ホラーな文才がほしい。

あ、主人公の名前の読み仮名は、

『禍津蛭子命』「まがつひるこのみこと」

『異門不空羂索神』「いもんふくうけんさくしん」

『幽徳院』「ゆうとくいん」

という感じになっております(あってるはず)。
ルビの振り方がよく分かっていないため、前回のにルビを振るのは少々お待ちくださいませー。

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