東方末妹録   作:えんどう豆TW

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今回で章区切りとなります、突っ走りましたね・・・


畏れと虞

 

 明るい。さっきまで空を覆っていた黒雲は姿を消し、数多の星が空で輝いている。一体どれほどの時が経ったのだろう、一瞬にも永遠にも感じられた。

 足元を見降ろすと血を吸いこんで赤黒く変色した地面があった。時間が経って乾いてしまったようだが、私は余韻に浸っていた。

 ここで戦った人間のうち何人かは逃げ出した、というかわざと逃がしたのだが。それでも精々が2人ほど、それ以外は皆殺しだ。右隣をちらりと見ると積み上がった肉塊がある。どこか懐かしいとまで言えるその光景は私の余韻をさらに大きくした。

 勝利に酔いしれているのか、自分の力に自惚れているのか、家族の役に立てたことが嬉しいのか、私にはわからなかった。ただ確かなのはここにいた数十人の人間は私がほとんど殺したという結果、その産物だけだ。一見自分より脆弱な生き物を暇つぶしに殺したようにしか見えないかもしれないが、これにはちゃんと意味があるのだ。

 星を見ながらぼーっとしているとこちらに近づいてくる二つの気配があった。こんなスピードを出せるのは私の知る限り二人しかいない。

 お姉さま達は私の目の前に着地すると息を切らしながらこちらを見た。心なしかその眼は怒っているように見えた。

 

「レミリアお姉さま、フランお姉さま、全部終わりましたよ」

 

 私は笑顔で二人に話しかける。私の声を聞くとレミリアお姉さまは目を見開いて顔を俯かせた。両手には拳を作りわなわなと震わせている。フランお姉さまの顔も浮かないものだった。いったいどうしたというのだろう、まさか紅魔館のほうへ逃した敵がいたのだろうか。

 

「あ、あの、レミリアお姉さま・・・何かありましたか?」

「っ!そうじゃない!どうしてあなたは約束を破ったのよ!!」

「約束?私はこの通り平気で」

「ええそうね、あなたが無事で本当に良かったわ。でも目的を達成したらすぐに戻るって約束したじゃない!」

「あ・・・」

「私たちは別にあなたを信頼してないわけじゃないわ。それでも心配なのよ、姉だもの」

「・・・」

「あなたが私たちのためにがんばってくれてることも知ってるわ、でもそれであなたが傷ついたら全然嬉しくない!そんなに一人で抱え込まないでよ!昔からいつも一人で抱え込んで、そんなの私たちが喜ぶわけないじゃない!どうしてわからないのよ!あなたが犠牲になって私たちの役に立ってそれでも私たちが笑顔でいられると思ったの!?苦しいなら分け合ってよ!届かないなら私たちを頼ってよ!三人で一緒って約束したじゃない!!」

 

 泣きながら私の肩を揺さぶるレミリアお姉さま、隣で泣きじゃくるフランお姉さま。ああ、何をしていたんだ私は。何ひとつ守れてないじゃないか、二人との約束も二人の気持ちも――――――。二人のためにとやったことは全て私の自己満足にすぎなかった。心配する二人のことも何一つ考えず一人で突っ張っていただけだった。これで役に立てた等とどの口が言えるのだ。さっきの余韻はただの達成感に溺れた傲慢な感情だ、私は彼女たちに何一つしてやれてないじゃないか。私に求めていたのは仕事をこなすことじゃない、一緒に姉妹で生きていくことだけだった。そんなこともわからずに私は――――――。

 

「ごめんなさいっ・・・ごめんなざいぃ・・・」

 

 悔しかった、何一つ守れてなかったことが。

 憎かった、何一つ守れない自分が。

 嬉しかった、私を守ってくれる二人の姉がいることが。

 たくさんの感情がこみあげてきて涙を抑えることができない。それでも私を受け止めてくれた二人の胸はとても暖かかった。

 星が照らす夜の静寂に咽び泣く声が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

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 あれから数日、街中は吸血鬼の話題で持ちきりだった。

 曰く、「紅魔館には近付くな」。おそらく私がわざと逃がした人間が噂を広めたのだろう。これで人間への抑止力はしばらく続くはずだ。

 そしてもうひとつ、『片翼の紅い悪魔』、『死の鍛冶屋』という名が広まった。どうやら私の二つ名のようなものらしい、本当の名を覚えていないのか口にすることすら憚られたのか。どちらにせよこちらも私の目論見通りだった。

 吸血鬼として左翼がないという不完全な形で生まれてしまった私には通常よりも多くの畏れが必要だったのだ。この話を聞いたときレミリアお姉さまはとてもきまりの悪い顔をして「ごめんなさい・・・」と呟いた。本当に泣きそうな顔だったのでこの話題は私たち姉妹の間で禁止にしようと思った。

 もともと飛ぶのに不便はないとはいえ吸血鬼としては欠陥を抱えている。不完全というのも困り者だが、代わりに私は眼がとてもいい。単に遠くを見渡せるだけではなく高速で動くものを捉えることができるとうものだ。その性能はこちらが能力なのではないかと勘違いしたほどだ。

 結局人間が大きな反乱を起こすことはなく、私たちは再び平穏を手に入れたのだった。

 

「ふぅ・・・」

 

 息を吐いて日記を閉じる。今日もぐっすり寝て明日またお姉さま達と遊ぼう、そう考えるだけで明日が虹色に輝くように思われた。

 

『三人一緒、どんな時もね』

 

 あの夜の約束を胸に秘めて明日に思いを馳せる。今夜もぐっすり眠れそうだった。

 

 

 

 

 

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「あー!?無い!私のプリンがなくなってる!!」

「お姉さま、そんな大声で叫んでどうしたの?」

「フラン!あなた私のプリン食べたでしょ!」

「ちょっと、いきなり疑うなんてひどくない!?あたしは何も知らないよ!!」

「あなたが一番怪しいのよ!いつも悪戯して、あなた以外にだれがこんなことするっていうのよ!」

「リリィだっているじゃん!あたしばっかり疑うのは『おはこちがい』ってやつだよ!」

「・・・『お門違い』?」

「そうそれ!」

「リリィがそんなことするわけないじゃない!わかったわ、あなたリリィに口封じしてるんでしょ!あの子はいい子だからフランを庇ってるに違いないわ!」

「はい?どうかしましたか?」

 

 私は話を振られたので右手に持ったスプーンごと体を向けた。

 

「リリィ・・・あなた・・・」

「・・・」

 

 恨めしそうな目を向けるレミリアお姉さまと少し驚いた眼を向けるフランお姉さま。プリンとはもしかして私の目の前のテーブルの上にあるこれのことだろうか。

 

「えっと、このプリンのことですか?」

「えぇ、えぇそうよ・・・」

 

 近づいてきたレミリアお姉さまから遠ざけるようにプリンを移動させる。

 

「冷蔵庫にあったので、つい」

「つい、じゃないわよ!私のだから食べないでって言ったじゃない!」

「これは埋め合わせです」

「埋め合わせって・・・うぐぐ・・・それでもひとこと言ってくれればいいじゃない!あっ待って、能力使わないで、私が悪かったから、あっあっ」

 

 表情をコロコロ変えるレミリアお姉さま。しかしこのプリンを譲るわけにはいかない。

 

「食べ物の恨みは恐ろしいんです、今回は容赦しません」

「ちょっと、あたしを仲間外れにしないでよ!ていうかお姉さまはあたしに謝ってよー!」

 

 今日も紅魔館は平和だった。




次からは日常を描きつつ話を進めたいと思います
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