東方末妹録   作:えんどう豆TW

68 / 69
久しぶりにこっちの話を書いてみたかったのです


一人でできるもん! 前編

 

 

 

 十六夜咲夜は完璧なメイドだ。それは本人も自負しており現にこの紅魔館でもメイド長を務めている。そしてその役割は自分以外の誰にも務まらない、と考えるほどには自信がある。

 業務内容は他のメイドと変わらない。たまにここの家主たちの我儘に答えるくらいが他との違いだが、これがまた色んな無茶ぶりや理不尽であり常人ではこなせないようなものばかりだ。それでも十六夜咲夜は全てを完璧に終わらせてみせる。だからこそ信頼も厚く、他の誰にも務まらないと自信を持って言えるのだ。

 

「どうして・・・こんなことに・・・」

 

 しかし今、彼女の目に光はなく表情は抜け落ちている。後悔の念が大きく映るその姿は普段なら決して見せることのないものだった。

 

「私があの時彼女を止めていれば・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は数時間前にさかのぼる。ここ最近刺激もなくやることもなく、なんとなくで日々を過ごしていた紅魔館の一行だったが、当主姉妹の一人であるリリィ・スカーレットが突然皆を集めて会議を開いたのである。

 こんなことは(リリィにしては)珍しく、すぐに人が集まった。

 

「最近みんな堕落してるんじゃない?特にお姉さまたち」

 

 矛先が向いたリリィの姉二人、レミリア・スカーレットとフランドール・スカーレットは図星ながらも反論する。

 

「だって、やることがないじゃない。異変もなんか蚊帳の外って感じだし?」

「うんうん、リリィだって自分の部屋に籠って研究ばかりでしょ?どこに行っても遊んでくれる人たちだって少ないんだもん」

 

 しかしリリィは首を横に振り二人の言葉を否定する。

 

「いつからそんな受動的なぐうたらになったんですか。いつも唐突な思い付きでみんなを振り回していたレミリアお姉さまはどこに行ったの?館を歩き回って色んな人に声をかけていたフランお姉さまは?こんなに閉鎖的になってしまうなんて、リリィは悲しいよ」

 

 言われてみれば、と二人は俯いた。そんな二人を見て少しバツが悪そうに黙ってしまったリリィだったが、すぐにまた口を開く。

 

「そこで私からの提案!そんな陰鬱な雰囲気を吹き飛ばすために紅魔館全体で一大イベントをするの!」

 

 右手を高く掲げ、高らかに宣言する。しかし皆が唖然としているのに気づき、顔をこちらに向けた。

 

「あれ?拍手は?」

「いやいや、それどころじゃないわよ。大体イベントって具体的には何をやるの?まあまあたくさんのことをこの館ではやってきたと思うわよ」

 

 レミリアの言葉に一同が首を縦に振る。リリィもそれには同意せざるを得なかった。

 

「確かにね。だから私はいろいろ考えてきたんだけど、いまいちパッとする物が思いつかなくてね」

 

 そう言いつつもリリィは右手で丸めていた紙を開く。いわゆる企画書というやつだった。

 

「ただこの状況を放っておく気にもなれなくてね。そんなわけでこのリリィ・スカーレット主催のサプライズパーティを企画しました!」

 

 じゃーん!と言いながら紙を高く掲げる。そこには子供が書いたような絵のポスターに紅魔館サプライズパーティと書いてあった。

 

「また外のやつらを呼んでパーティするの?別に構わないけど、いつもやってたことだし貴女が主催じゃなくてもいいじゃない」

 

 レミリアの言葉にチッチッチと指を振るリリィ。レミリアは内心クッソ可愛いなとか思ったが口には出さなかった。

 

「甘いよお姉さま。今回は私が日ごろ頑張ってる皆をねぎらうためのパーティ。セッティングから企画からすべて私がやるわ。だから人を集めることもしなくていいし、お姉さまたちが手伝う必要もない。今回皆にやってほしいのは私の準備の秘匿と前日の広報係ね」

 

 流石にこうなると黙っている姉でもなければ、当然咲夜も門番の美鈴も手伝う旨を伝えた。しかしリリィは自分一人でやると言ってきかなかった。

 

「みんなには貴女達も含まれるの!だけど流石にバレると思ったから最初から伝えておくことにしたわけ。もう、言わせないでよね」

 

 感動のあまり涙が出そうな一同だったが、それまで一言もしゃべらなかったパチュリーが口を開く。

 

「それは、本当に全部貴女がやるの?一人で?そう、例えば・・・その・・・料理とか・・・」

「当り前じゃない。ここで咲夜に手を貸してもらったら本末転倒でしょう?」

 

 一同は黙りこくった。それはある種、人生の岐路に立たされた人間の顔とも言える、そんな神妙な顔つきだった。

 

「どうしたのよみんな。・・・あ、わかった、みんな私が料理下手だともってバカにしてるんでしょ?失礼しちゃうわ」

 

 拗ねたリリィに一同は否定しようと言い訳を考えたが、それよりも前にリリィは鼻で笑って全員の顔を見回した。

 

「まあいいわ。当日満面の笑みで料理を食べて『申し訳ありませんでした』と口々に私に謝りに来る貴女達の顔がたやすく想像できるんだもの。楽しみにしててよね」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるリリィ。咲夜は内心、料理が上達したリリィならば大丈夫なのではないかとひそかに期待していた。しかし彼女はリリィ・スカーレットがどこで踏み外していたのか、それを理解していなかった。この齟齬が後々悲劇を生むことを彼女は知らない。

 

「じゃあ私は準備に取り掛かるから。3日後は楽しみにしててね!」

 

 そういって部屋を出ていくリリィ。その影が完全に消えてからその場の一同は同時に声を潜めて集まった。

 

「どうする?」

「どうするって何をよ」

「料理のことよ!確かに上達してはいるけれどやっぱり不安というか・・・」

「でもリリィ様も頑張ってますわ」

「そうですよ!信じてみてもいいじゃないですか!」

「美鈴、それさらっとひどいこと言ってるよ」

「私は魔界に里帰りしますかね~」

「逃がすとでも?」

 

 そんな会話が飛び交う。結局のところリリィのことを信用する方向で話はまとまったが、不安が拭えないレミリア達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十六夜咲夜は危険察知能力が高い、という自負がある。紅魔館に拾われる前は自分の身を自分で守る生活をしていた彼女は人一倍自分の命に係わる出来事には敏感だった。そんな彼女の脳が今まさしく警鐘を鳴らしている。

 

「何事!?」

 

 最初に気づいた者が感じたのは異臭だった。今まで出会ったことのないような匂いに発見者の妖精メイドは崩れ去った。

 

「退避!総員退避ー!!」

 

 メイドたちの案内をしながら咲夜は走る。どこへ?当然キッチンだ。魔法の研究でパチュリーやリリィが外に被害を出さないのはその危険性を知っているからだ。しかしリリィは料理がいかに危険な物か(彼女に限った話ではあるが)知らない。

 そして物語は冒頭へと戻る。失意のあまり立ちすくんでいたがそれよりも優先すべきことがある。

 

「リリィ様!!」

 

 濛々と煙の上がるキッチンへと飛び込む。空気をなるべく吸い込まないように素早くキッチン内を探索する。

 

「ああ、咲夜。ごめんね、ちょっと温度が高すぎたみたい」

 

 原因は間違いなく違うが、まずはリリィの安全を確保できたため最優先事項はクリア。流石吸血鬼と言ったところか、この程度のガスは有毒でもないようだ。

 続いて咲夜は自身の能力を行使して時を止め、原因であろうオーブンの中を確認し、そして愕然とした。オーブンを破壊しようかというところまで膨れ上がった得体のしれない何かがその中に詰まっていたのだ。時を止めているとはいえ、おそらく高温であろうソレに触れることはできない。いったん能力を解除してリリィに確認しなければならない。

 

「リリィ様、あれは?」

「うん。ケーキを作ろうと思ったんだけど間違えちゃったみたいだ。とりあえず取り出そうかと思ったんだけど無理に取り出すとオーブンが壊れちゃいそうでね。今中身だけを破壊しようと思ってたんだ」

 

 丁度いいタイミングだったようで、咲夜は頷いてリリィの行動を促した。

 

「『重力生成(グラビティポイント)』」

 

 オーブンの中でパンパンに膨れ上がったそれは、内側に飲み込まれるようにして消失した。発生源がなくなったことによって異臭も煙もなくなり、キッチンの事件はどうにか幕を閉じた。

 

「いやー失敗失敗、もう一回作り直すよ。心配かけてごめんねー咲夜。もう行ってもいいよ」

 

 早口で捲し立てるリリィ。なるべく咲夜の顔を見ないように動くも、先回りされ退路を断たれる。

 

「さてリリィ様。今から私の質問に答えてください」

「えーっと・・・」

「一つ目。レシピをしっかり見ましたか?初めての料理をする時は材料と基本的な作り方を予習することを約束したはずですが」

「オ、オリジナリティが・・・」

「二つ目。その材料はどこに売っていましたか?自分独自のルートで手に入れたものを料理に使うことを許した覚えはありません」

「・・・」

 

 沈黙。咲夜の顔をちらりと見たリリィは慌てて下を向いた。

 

「いくら我が主の一人と言えどお仕置きが必要みたいですね?」

「あ、あの・・・ごめんなさい・・・」

「ごめんなさいは前回聞きましたわ。今後料理をする時は必ず私に声をかけること、いいですね?」

「・・・はい」

 

 はぁ、とため息をついて咲夜は今後のことを考えた。ケーキを作りたいといっていたが、いったいどうしたらあんな危険物が生まれるのか。まずはそこを問いたださねばならない。

 

「スポンジケーキっていうのを作りたかったのよ。だからまずはスポンジを買ってきたわ」

「・・・は?」

「最初はスポンジに砂糖をかけて焼いたんだけど、普通に焦げるだけだったから違うと感じたの。膨らみが欲しかったのね。だからスポンジに膨張剤を突っ込んで焼いたの」

「・・・」

「それでもだめだった。だから今度は風船を」

「待ってください。本当に料理作る気あったんですか?」

「当然よ。風船を内側に仕込んで膨らませる。それを何回も繰り返したミルフィーユのようにしていたのがさっきの状態ね」

 

 十六夜咲夜を頭痛が襲う。十六夜咲夜は勘違いしていたのだ。リリィが料理音痴の理由、それは独自の解釈によってなされる食材選びからくるものだった。

 

「・・・はぁ。お勉強のし直しですね」

 

 疲れがどっと溜まった咲夜だったが、今回のパーティの料理も自分がやることになるのだろうと薄々感じてはいた彼女だった。

 

 

 

 

 

「なんとかなりそうね」

 

 はぁと息を吐いてキッチンから離れる数人の影。一命をとりとめた彼女たちの顔には安どの色が浮かび上がっていた。

 

「咲夜がついていれば事故は起きないでしょう」

 

 その言葉に影たちは頷く。あまり長いしていては気づかれるので、早々にその場から離れる今回の被害(予定)者たち。レミリアは自分の見た運命が現実にならなくて心底良かったと思うのであった。

 

「トイレの増設は間に合わないからね。本当に良かった」

 

 惨劇は寸でのところで止められたのだった。

 

 

 




やっぱり一人ではできなかったよ・・・。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。