東方末妹録   作:えんどう豆TW

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新しい生に祝福を
母性の悪魔、夜のお楽しみ


 

 

 

 今回の異変は月にあったとか。幻想郷の管轄外である月で起こったものを果たして異変と呼べるのかはわからないが、それでも月の住人によって幻想郷侵略計画があった以上それを撃退するよりはそうなる原因となった者を排除した方が良いという意見には賛成だ。幻想郷と月で何度もぶつかるよりは一つ恩を売るという意味でも月に向かった方が正解だったのだろう。

 現に紫は霊夢達が月に出向いたことを咎めていないのだ、きっとそうなるように仕向けたのは紫本人なのだろう。

 私?私は文、はたてと共に霊夢を見送った後は家に帰って異変の解決を適当に待っていただけだ。そういえばあの後文が恥ずかしそうに膝枕を求めてきた―――――

 

「リリィさん?何してるんですか?」

「うぇ!?あ、いや、今日の宴会の予定を確認してただけだよ、うん」

「それにしては何かを書いていたように見えますが・・・」

「メモ!メモだから!」

「・・・ふーん」

 

 こほん。そんなわけで今日は恒例の異変解決祝い、とは名ばかりで騒ぎたい奴らが集まる宴会だ。人間や妖怪などが混ざり合い種族の壁を越えて・・・とは言い難くほとんどが妖怪によって構成されている。人間といっても特殊な部類の者しかおらず、結局のところ妖怪みたいな人間しか集まらないので人間なんていないと言ってしまった方がいいかもしれない。この神社が一部から妖怪神社と呼ばれる所以でもある。

 

「じゃあ私は霊夢さんに取材してきますんで」

「わ、私も!」

「いってらっしゃ~い」

 

 最初に出会ったときは引きこもりのコミュニケーション障害だったはたても今や文と並んで取材に出向くことが多くなったそうだ。いい傾向ではあるが文はネタが独り占めできなくて厄介だと言っていた。その割には彼女の笑顔が普段の4割増しである。

 

「お、ここにいたのか」

 

 文とはたてを見送ってから数分、一人で考え事をしているところに声をかけられた。声の主は霧雨魔理沙、人間で魔法使いで普通な女の子だ。

 本来魔法使いとは妖怪の一種として扱われることが多く、その点において魔理沙は人間で魔法使いという珍しい例である。本人は普通を自称しているが全く普通ではない。

 

「どうしたんだ?私の顔に何かついてたか?」

 

 じーっと見すぎたせいだろうか、魔理沙は不思議そうに首を傾げた。私は首を横に振り、少しずれて横に座るように勧めた。

 

「お姉さまたちはどうしたんだ?いつもはべったりなのに」

「そうでもないよ?レミリアお姉さまは月に因縁があるらしくて、霊夢に話を聞きに行ってるみたい」

「ははぁ、なるほど。尤も今回の主犯は月の住人じゃなかったけどな」

「知ってるよ。何かしらの話題見つけて絡みたいだけでしょ」

「お、なんだ?お姉さまを取られて拗ねてるのか?」

「違うし!」

 

 違うし。たまたま暇になってちょっと寂しかっただけだし。あれ?恥ずかしさはあまり変わらない気がする。

 そんな私を見てくつくつと静かに笑う魔理沙。まるで子供を見るような目に少しムッとする。

 

「見た目相応にそうしてりゃお前らも可愛いもんなんだがなぁ。どうして子供はひねくれるのかね」

「ひねくれてるのは魔理沙の方でしょ。素直にパチュリーに頼めばムキになって貸さないこともないでしょうに」

「あいつが頑固なのが悪いんだぜ」

 

 他人をからかうくせに自分の非は認めない。そのうえ憎まれないときた。

 

「ずるいなぁ」

「ん?何の話だ?」

「なんでもないよ」

 

 悔しいので魔理沙から顔を背けるようにそっぽを向いた。不思議そうにこちらを見る魔理沙の顔が容易に想像できた。

 

「それに最近はちゃんと返してるじゃないか」

「そうですねー」

「だから機嫌直してくれよ」

「ふん、魔理沙に私の気持ちなんて一生わからないもん」

「なんなんだよ・・・」

 

 めんどくさそうに頭を掻くと、魔理沙は私に丸い包みを渡してきた。怪訝な顔で見つめ返すと、魔理沙はニッと笑った。

 

「飴玉だ。こいつで機嫌を直してくれ」

「殺されたいの?」

 

 宴会の席で飴玉を出す奴がこれまでにいただろうか。思わずため息が口から漏れる。

 

「はぁ・・・なんだか馬鹿らしくなっちゃった」

「そうそう、酒の席なんだから細かいことは気にしないのが一番だぜ」

「ん・・・はい」

「お、なんだ?注いでくれるのか?」

 

 こんなところお姉さまたちに見つかったら(魔理沙が)怒られてしまうだろうが、幸いにもここは人目のない縁側。少し騒いだところで誰に見つかりもしないだろう。

 

「異変解決の功労者を労ってあげるって言ってるの。光栄でしょ?」

「ははは、そりゃありがたいな」

 

 咲夜が紅茶を注ぐ様を毎日目にしたからか、初めて人に飲み物を注いでみたがなかなかうまくできたように見える。波紋は小さく、泡も目立たず、煌々と輝く月はまるで杯の中に移し替えられたようにくっきりと映っている。

 

「そんじゃ、異変解決を祝して」

 

「「乾杯」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私だっていろいろ工夫して書いてるのよ!?なのにみんな既視感がどうとか味気がないとか・・・しっかり締め切りだって守ってるのにさぁ・・・」

「大丈夫だよーはたてが頑張ってるの、私は知ってるからねー」

「うう・・・ぐすん。もう一生こうしていたい」

 

 どうしてこうなった。取材から帰ってきたはたてはどこの鬼に煽られたのか酒の飲みすぎで完全に酔っぱらっていた。

 

「うええ、ママ~・・・」

「いやいやいくらなんでもママは・・・はいはい、ママでちゅよ~・・・」

 

 なんだこれ。ひどく照れくさい上に何かに目覚めそうだ。当のはたては笑顔で私の胸に顔を埋めているが、横からの視線は実にいやらしいもので、黒い尖り帽子の魔法使いなんかはニヤニヤと私たちの様子を見つめている。

 

「うぅへへ・・・」

「ちょ、ちょっとはたて!私も・・・じゃなくて!天狗としてのプライドは貴女にはないんですか!」

「もうそんなものいらない・・・」

 

 完全に堕落しきっているはたてと、それを引きはがそうとする文。文が羨ましそうにはたてを見ていたのを知っているので、つい私もにやけてしまった。

 

「やだぁ~!ママのところにいるのぉ~!」

「ああもうっ!いくらなんでも酔っぱらいすぎです!すいません、少し連れの頭を冷やしてきます」

「やだぁぁぁぁぁぁ」

 

 泣き喚くはたてをわきに抱え、文は縁側の方へと消えていった。しかしそんなことも騒がしい宴会の席では喧騒の一つとして飲み込まれていく。今更ながら外の世界にいたころはこんな光景を思い浮かべることなどしなかったものだと一人笑ってしまう。

 

「なんだよ、急に変な笑い声出して」

「変なっ!?べ、別に・・・ただ可笑しかっただけよ」

「ほう?お母さん役も案外楽しかったのかと思ったぜ」

「ち、ちがっ・・・あ」

 

 魔理沙の軽口に思わず大声で反論しそうになった矢先、彼女の背後に立っていた小さな影に気づき間抜けな声が漏れてしまう。

 

「ほうほう、その話を詳しく聞かせてもらえないかな魔理沙君」

「ゲェッ!レミリア!?」

 

 霊夢の元からいつ戻ったのか、彼女は興味深そうに魔理沙の顔を見つめている。

 

「別に危害を加えようってわけじゃないのよ?ただ貴女が見たことを嘘偽りなく伝えてくれればそれでいいの」

「あ、あー・・・いやいや、酔っぱらった天狗がお前の妹に甘えてただけだぜ」

「本当にそれだけ!?セクハラとかセクハラとかセクハラとかは!?」

「お、落ち着けって!本当にそれだけだから!」

「ほ、本当なのね?はぁ・・・」

 

 過保護もいいところだ。セクハラかどうかといわれたら微妙なラインだったが、そんなに目くじら立てるようなものでもないだろうに。

 

「いい?私の大事な妹がもし酔っ払いに絡まれでもしていたら、貴女が責任をもって守りなさい」

「なんで私が責任を持たなきゃいけないんだ・・・大体こいつは守られる側じゃないだろ」

「そういうのはいいの!リリィは優しいからきっとどんなことにも笑顔で応えてしまうわ・・・」

「えぇ・・・」

 

 苦い顔で受け答えする魔理沙と、どうやら本気で心配しているレミリアお姉さま。どうやらこの過保護は私が死んでも続きそうだ。

 

「もう勘弁してくれ・・・」

 

 魔理沙の苦難もしばらくは続きそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宴会の時、貴女はいつも私を待ってくれるわね」

「自分から混ざることも少ないくせによく言うよ。監視だけはしっかりしてるんだから」

 

 宴会の後には決まって私はもう一度博麗神社に来る。いつものことながらみんなと同じように宴会に参加しない管理者様はどういうつもりなのかと疑問に思うこともあれば、たまの宴会にはひょっこり顔を出しに来ることもある。

 

「今日は月が綺麗でしてよ?」

「何?告白?」

「あら、こちらの文化にも慣れてきたのかしら」

 

 屋根に座っている紫の横に腰を下ろす。実をいうと私の宴会後の楽しみでもあるのだ。

 

「霊夢もついに月にまで出向くとはね」

「ほんと、私もびっくりだわ」

「行かせたのは貴女でしょうに」

 

 月のオカルトボール。地獄の女神と月への復讐者。なかなか規模の大きな問題ではあったが、何故か人間である彼女たちに解決できてしまうのはそれが世界の決まり事だからだろうか。

 

「当代の巫女は本当に・・・それはもう本当に波乱続きで大変な中よくやっているわ。一代の間にここまで多くの、加えて大規模な異変が続いたことなんてなかったもの」

「ふーん・・・具体的にはどのくらいから?」

「丁度貴女達に異変を起こさせたあたりかしら?もうそんなに経つのねぇ」

 

 長い付き合いね、と年不相応のウインクをされる。私や紫の年齢を考えれば私たちが幻想郷に来てから今まで時間など一瞬にすぎないだろうに。

 

「すごい失礼なこと考えてない?」

「気のせい気のせい」

 

 ひらひらと手のひらを振って誤魔化す。人間から見たら私も紫もおばあちゃんなのだから大差はない。

 

「月の都ねぇ・・・私も行ってみようかしら」

「どうやって行くのよ」

「ロケット」

「うわぁ・・・」

 

 前にレミリアお姉さまたちがロケットを作って月に行ったそうだ。そのときは何の興味もなかったので断ったが、月の都には科学技術が結集しているらしく、魔法を学ぶものとしては関心を示さざるを得ないところだ。

 

「霊夢は二度と御免だって言ってたわよ?」

「私にかかれば一人旅行なんてちょちょいのちょいよ。パチュリーより先輩なんだから」

「ふーん・・・じゃあその時は私も連れて行ってもらおうかしら」

「お任せを」

 

 紫の能力ならば月の都にだって行けるだろうに、友人として私への気遣いのようなものだったのだろう。もしくは自分を頼ってくれなかったことの意趣返しだったのかもしれない。

 

「ちょっとあんた達、人の家の屋根で何寛いでんのよ」

「あらやだ、家主様に見つかっちゃったわ」

「退散しますか」

「逃がすわけないでしょ!待ちなさーい!」

 

 騒がしかったのか、半分寝巻に着替えた霊夢がお祓い棒を片手に家の中から這い出してきた。

 彼女に追いかけられながら夜空を逃げる私たちは、さながら悪戯の見つかった()()と呼んでも差し支えないだろう。

 

「逃がすもんですかー!」

 

 お仕置きだけは勘弁だ。紫と顔を見合わせて小さく笑うと、私と紫はスキマの奥へ消えていった。

 

 

 


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