東方末妹録   作:えんどう豆TW

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顕現

 

 

 

「上には何もないのかな?」

 

 自分の中から出られないという珍妙な事態に直面した私は、とりあえず上へ上へと飛んでみることにした。ところがどれだけ飛んでも一向に真っ白な世界の出口は見えてこなかった。

 

「空間に穴をあけるとか、そういうのもあるよね」

 

 次の手。魔力消費が少し心配だがカラドボルグの衝撃で停滞した空間の流れを無理やり捻じるというものだ。しかしこれも不確定であるうえ、万が一にでも自分の体に支障を来たす可能性を考えると却下だろう。

 

「次は空間転移、まだ未完成だけど試してみる価値はあるかな?」

 

 霊夢の『夢想天生』を見てからずっと考えていた空間干渉の大型魔法。仮名は『アヴァロン』、私に都合のいい理想郷という意味だ。尤も研究は完成しておらず、魔力消費もカラドボルグを上回る。成功例もなし、というわけで却下だ。

 文字通り一世一代のチャンス、私で失敗すればこの呪いは私を、お姉さま達を、パチュリーや美鈴、咲夜、そしてスカーレット家、果ては幻想郷をも蝕み続けるだろう。失敗するわけにはいかない、だがそのためにはここから出なければならない。

 

「一旦戻ってみようかな」

 

 あの部屋、あれが私の希望だ。きっとヒントだってあるはず、そう思って私は急降下を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘開始からどれだけ時間が経っただろう。私やフランの身体能力にも劣らず(リリィの体だからかもしれない)、これだけの実力者を相手にしても押し返すほどのパワーと魔力。これでもまだ体に馴染んでいないのだとしたら絶望とやらは目の前にあるのだろう。流石は名高い悪魔、一説では悪魔の王とも言われるが果たして。

 しかし消耗していないというわけでもない。動きは鈍り大ぶりな動きで仕留めようという魂胆が見える。顔には出ていないが内面焦っているのだろう。

 

「『スピア・ザ・グングニル』!」

 

 3度目の投擲。1回目は打ち砕かれ、2回目は片手で受け止められ、そして3回目は―――。

 

「チッ!小賢しい真似を!」

「避けた!」

 

 避けた、今までの余裕が明らかにみられない。私は確信した、こいつは倒せない相手ではない。このまま行けば消耗戦になり、あわよくば倒せるかもしれない。宿命だのなんだのと言っておきながら、私は希望に一つも目を向けていなかっただけなのではないだろうか。

 

「っ!レミリアさん!」

 

 しかし一瞬の油断が命取りになるというのはよく言うもので、私はまさにその体現者となった。射命丸の声で我に返ると、気が付けば私とサタンとの距離は僅か腕一本分まで迫っていた。この速度、とても会費は間に合わない。防御はかろうじて間に合うが、ダメージは覚悟しなければならない。

 

「まずは貴様から―――」

「させるか!」

 

 私に延ばされた腕が跳ねのけられる。続いてもう一発の衝撃音と共に私とサタンの距離が開く。

 

「次から次へと・・・」

「お嬢様!お怪我は!」

 

 まさか駆けつけた門番に窮地を救われるとは思わなかった。美鈴の実力を見誤っていたのか、魔理沙は驚いた顔で眺めていた。私としてはここまで人間が張り合っているのに驚いている。

 

「助かった、礼を言うわ」

「らしくないわねレミィ。集中しなさないな」

 

 もう一人の応援は親友の魔法使いのようだ。ということは紅魔館は今頃空っぽだろうか。喜びそうな人物も今は戦闘に参加しているので問題ないだろう。

 

「私の部下は置いてきたから安心しなさい」

「良かったの?アイツ強いんじゃなかったっけ」

「さあ?本人が口を割らないから確かめようがないわ」

 

 本当に知らないのだろう。若干不愉快そうに言葉を吐き捨ててからパチェはアリスの方に声を掛けた。

 

「時間がなかったから人形の複製は一体だけしか作れなかったわ!チャンスは二回、タイミングは任せる!」

 

 中々大声を出すことがない親友は咳き込みながら転移魔法(だろうと思われる、私はあまり魔法に詳しくない)で人形とやらをアリスの下に送りつけた。それを確認したアリスは若干引いたように独りごちた。

 

「あの短時間で細部の構造までコピーするとはね・・・。まあ、今回ばかりは助かったわ」

 

 悔しそうに唇を噛むアリス。しかしすぐに体勢を立て直す。こうして会話してる間にも最前線で戦っている者もいる。

 

「紫!5秒稼いで!」

「わかったわ」

 

 アリスの言葉に八雲が反応する。アリスが詠唱に入ると八雲はスキマから白い鉄棒を撃ちつけ、サタンの動きを止める。サタンはすぐに薙ぎ払うが断面から新たな鉄棒が枝分かれするように生えて囲んでいく。その隙を見逃さずアリスはすかさず人形をサタンの付近まで魔力の糸で近づけた。

 

「ガッ!これは・・・ッ!」

 

 すぐにその効力は現れた。こちらまで吸い込まれそうな魔力の奔流、あの人形は付近の魔力を吸収するものなのだろう。悪魔だろうとそれは例外ではない。

 

「クソが!こんなもので止められると思ったか!」

 

 しかしそれでも力の差は圧倒的だった。ひとたびサタンが拳を作り打ちつければ人形はすぐに壊れて―――。

 

「魔法使いを甘く見ないことね、それは吸い取った魔力に応じて耐久が増す仕組みなのよ。貴方の魔力ならそう簡単には壊れないわ」

 

 その人形は魔力の盾のようなもので守られていた。底なしのように見える魔力もいずれは果てる、そのタイミングを狙って仕留めようという魂胆だろう。

 

「クククッ、しかしその前に貴様らを始末すればいいだけの話」

 

 それでもサタンは不敵に笑って見せた。その言葉通りまだ魔力が枯れる様子はない、それどころかあふれ出んばかりのオーラを垂れ流しにしている。まずい、もしリリィの体に馴染みはじめているとしたら取り返しのつかないことになる。そんなことは――――――――。

 

「「そんなことはさせない」」

 

 私の、私達の妹の体で好き勝手させてたまるか。いち早く動いたのはフラン、能力で四肢を破壊する。すぐに再生するが一瞬の隙をついて私が急接近する。

 

「レミリア!近づきすぎると貴女まで吸われるわよ!」

「構うものか!」

 

 『不夜城レッド』―――。

 人形に魔力が吸い取られるのを感じながらもまだ耐えられると判断、攻撃を続行する。十字の焔がリリィの体を焼き続ける。まだ彼女の魔力が感じられないということは全力で攻撃を続けてもよいということだ。

 

「アリス!私が耐えられるということは恐らくあれじゃ吸い取りきれない!」

「そんなこと言ったってどうすればいいのよ!」

「それを考えるのはあんたでしょ!」

 

 少し遠くにいるので彼女との会話は大声になってしまう。それでもこの場を離れるわけにはいかない、焔の中から繰り出される攻撃を霧となって避けながら術の維持に努める。

 

「私達も休憩ばかりしてられないな!」

 

 大人数で効率よく戦う方法を考えた結果、数人で公体制を敷いて疲労の大きいものから前線を抜けるという作戦に至った。人間の魔理沙や霊夢は比較的早く離脱することになるが、それでも他の連中の時間を稼いでくれるだけでもありがたかった。今はそれくらい人手が足りないのだ。中途半端な実力では疲労どころか命を落とす危険までついて回る。

 

「お姉さま!一回下がって!」

 

 フランの声を聞いて術を解除、と同時に大きく後ろへ飛ぶ。追撃しようとするサタンを他の者が牽制する。こうしてまともに抑え込むことが出来る。だが疲労とは完全に回復すものではなく、いわば掛け算だ。少しでも残っていれば次に積もる疲労は先刻のものよりも重くなる。

 

「はっ・・・はっ・・・」

 

 斯くいう私も術を連発したせいで疲労の回復に時間がかかりそうだ。前に出たい気持ちを抑え、今はリリィを救うことが最優先だと言い聞かせる。

 

「無理は禁物よ、レミィ」

「心配してくれるのか?珍しいじゃないか」

「あの子が悲しむわ」

 

 軽口を叩けるくらいの余裕を確認したからか、珍しく不安で表情を曇らせていた親友はすぐにいつもの無表情に戻った。しかしながら彼女の言うことも正しいので、休めるタイミングでしっかり休むことにするフランも能力の使い過ぎでか、肩で息をしている。それでも私とフランの意志は強い。

 

「絶対に、絶対に助けてみせるわ―――――リリィ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだ。なんだこれは。何故この私がここまで抑えられているのだ。数々の天使も、時には神に類するものも討ち取ってきたこの私が、たかだか弱小生物数匹にここまでてこずっているのか?

 

「チィッ!」

 

 全力で殺す意思がない攻撃、深追いはしない戦闘態勢、そして時間稼ぎの攻撃と魔力を吸い取る人形。どれもこれも不愉快で不愉快で仕方がない。馴染みつつあるこの体からも、私の魔力が抜け落ちていく。すべてが気に入らない。

 

「『四重結界』」

「ガッ!」

 

 この私ですら数秒動きを止められるほどの術。あの金髪が後ろから施す術により他の者の動きをより大きくしている。ならば狙うのは当然術者だ。それなのに――――。

 

「ぬぅ!」

「飛ぶわ!ポイントはD!」

 

 横にいる紅白の者の術で躱される。到底やつらでは反応できないような速度で攻撃を繰り出しても、まるで最初からそこにいなかったかのように躱され、別の地点に移動する。消耗戦、このままいけば明らかに私が押し切れる戦いで、それでもなお足掻き続ける者達が気に入らなかった。何よりもその目が、まるで価値を確信しているかのように戦うその目が不愉快だ。

 

「何故だ!負けるとわかっていながら何故抗う!」

 

 理解できない、ということは何よりも気に入らない。だから問う。それは戦の勝ち負けに関わらず私の精神の安寧を求めるが故だ。しかし返ってくるのはやはり気に入らない答えだ。

 

「勝てると思ってるからに決まってるだろうが!早くその体から出ていきな!」

 

 人間風情が。スピードこそ他の者に負けず劣らずだが、奴の攻撃はせいぜい視界を奪う程度にしかならない。放っておいても何の問題もない矮小な存在。圧倒的な実力差を前に、それでもあきらめない眼がやはり気に入らない。

 

「気に入らないから――――死ね」

 

 手を翳す。そして今まさに魔弾を撃つべく開かれた掌は奴を捉え、そして――――――――そして直前で右に逸れた。

 

「何ッ!?」

 

 右側を見るとそこには先程の人形が二体重なっていた。なるほど、この性質を利用して攻撃の軌道を逸らしたのだろう。いちいち小賢しい真似をしてくれる。

 

「小細工は無駄だと言っているのがわからんか!」

 

 しかしひとたび腕を振るえばその衝撃によって奴らが吹き飛ぶ。何とも脆い存在だ、そう、私より遥かに小さい存在なのだ。

 

「くくっははははははっ!そうだ!わざわざ私が攻撃を待たずとも、私から仕掛ければ貴様らは簡単に死ぬではないか!」

 

 だとしたら馴染みづらくなったこの憑代ももう必要ない、折角あちらが新しく用意してくれた方を使えばいい。

 

「あいつ、自ら人形に!?」

 

 私が魔力を乗せればすぐにでも移動は完了する。私の全魔力が宿った人形があるとすれば、それはやはり私自身なのだから。

 

「一旦離れて!何が来るかわからない!」

 

 人形の魔術師が合図をする。一斉に私から距離を置く奴ら。しかしもう遅い、決して逃しはしない。ここまで私を侮辱してくれた者達を一人も生かしては置けない。

 

「人形が消えっ――――!?」

 

 一瞬だ、まずは憑代を用意してくれた礼をしなくてはいけない。

 

「アリス!!」

「がっ――――ごほっ!」

 

 咄嗟に体を捻り直撃を防いだが、ダメージは大きい。私の一撃で人形の魔術師は直線状にあった大木に背中を押し付けて倒れた。次はあの紅白の人間、厄介な術を使ってくれるおかげで随分と手間を取らされた。

 

「霊夢、こっちよ!」

 

 咄嗟にスキマの術師が紅白の人間の腕を引く。あのスキマの移動空間に逃げ込むつもりだろう、当然赦しはしない。

 

「はぁッ!」

「く、空間干渉!?」

 

 私が投げた槍はスキマを突き破って空間に捻じれを作った。これで自由に移動することは出来ない。反応が遅れた術師の方から先に始末する。

 

「消えろッ!」

 

 私の魔弾をまともに食らい、また一人沈む。

 

「ははははははははッ!何と脆い事か!やはり圧倒的な力の差の前ではこうも幾さとは虚しいものだな!」

 

 今までの不愉快な感情など一切消え去って、私に残ったのはひたすらに相手を蹂躙する悦の感情だった。多くの者が畏れ、崇め、忌み嫌ったかつての私の姿がここにあることを確認した。

 

「ただの魔力の塊ではつまらんな。どれ、体を作ってみせよう」

 

 魔力の奔流となって動いていた憑代の人形は、かつて私が降臨した時の形へと姿を変えた。黒き翼、力を象徴する角、何よりも実態を感じられる喜び。

 

「ここに今再び!私は、サタンは顕現する!」

 

 悦、愉悦、そう呼ぶにふさわしい感情が体中から溢れるようだ。全ての能力はほぼ全開まで回復し、まさに100%の状態だ。だから当然、どんな声も聞き逃さない。虫が息をするように小さな声も。

 

「これで・・・これで、よかったの、ね?」

 

 どこから聞こえてきたか、その声はまさに死ぬ寸前に息が漏れるように小さな声だった。しかしそれに応じる声は私の後方から聞こえてきた。

 

「ありがとう。パーフェクトだよ、みんな」

 

 

 

 


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