東方末妹録   作:えんどう豆TW

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リアルの忙しさや新作にかまけて・・・というのは言い訳で実のところ話の流れに納得がいかず一か月近く逃げてしまいました。ですが大体の流れは決まったのであとは書くだけです。どうか最後まで応援いただけたらと思います。


再思の道を真っ直ぐに

 

 

 

「かーごーめーかーごーめー」

「かーごのなーかのとーりーはー」

「・・・」

 

 白。一言でこの世界を表すならば白だ。一面白色に塗りたくられて時間も距離も何もない。白、無、そんな言葉が似合う世界だ。

 

「どうして貴女まで()()()にいるのよ」

「さあ?外側にすらいられなくなったからじゃないですか?」

 

 私の隣にいるのは私だ。正確に言えば数百年前に作られた外側の私。そして決して内側(こっち)に居てはいけない存在。

 

「貴女も私も内側にいるってことは・・・」

「私もそれは心配しましたが、ほら」

 

 焦る私とは対象的に落ち着いた外側の私。彼女が指差す方向には一人の少女が蹲って座っている。私達とそっくりのその少女は、泣いているわけでもなく笑っているわけでもなく、ただそこに座っていた。

 

「アレが内側にいるってことは、同じく魔王様も外側に出ていないのでは?」

「それもそうか・・・変な話だけど」

 

 つまり私の外側には今なにもない、言うならばただの人形と同じ状態だということだ。何故こんなことになってしまっているのだろう。

 

「・・・」

「貴女も何か言いなさいよ」

「馬鹿言わないでください、無口な性格なのは貴女も一番知っているでしょう?」

「チッ・・・こんな時だってのに」

 

 私のことは私が一番知っている。その通り、彼女は無口だった頃、生まれて片手で数えるくらいの私だ。彼女は何を考えていたのだろう。今となってはもう思い出せない。

 

「淡い桃色の髪も数百年ずっと変わりませんねぇ」

「だから何を暢気に・・・はぁ、焦っても仕方ないわね」

 

 彼女は成長していない。この数百年ずっと私の内側にいたのだ、外面の成長などするはずがない。それでも外見が今の私と変わらないのは、吸血鬼の成長が極端に遅いからだろう。長寿の代償なのか、生物上の特徴なのかはわからない。

 

「内側にいる時はお父様の能力に引っかからないんですけどねぇ」

「あの人、思い出すことすら()()したからね、それに強力な能力だもの。むしろそれが限界に近づいている方がゾッとしないわよ」

「流石は魔王様ですね」

 

 お父様の能力を私達に則って言えば『禁止する程度の能力』だ。私の中の憤怒(サタン)の力と一緒にその人格ごと内側に閉じ込め、外側に出ることを禁止したのはお父様。そしてそのことを口に出すのを禁止したのもお父様。その術を施したことを思い出すのを禁止したのも全部お父様だ。

 おかげで咄嗟に人格を形成しなければならなかった私は不完全なものを作り上げ、二つ目を作ってようやく均衡を保つことが出来た。そのこと自体異常なのだが、それは私の能力の一つ一つを人格に当ててようやく成し得たことだ。

 

「泣きながら謝るくらいなら・・・」

「ダメですよ」

 

 文句の一つでも言いたくなった私を、もう一人が制する。傲慢とでも呼んでやった方がわかりやすいだろうか。

 

「あの人は一族のために自分の身を削って能力を使ったんですよ。憤怒の反動で死んでしまいましたが」

「ダメと言った割にドライなのね」

「死んでしまった者にいつまでも感情を寄せているわけにもいきませんよ。尤も死んだのは私達の所為ですが」

 

 罪を背負うのには慣れているでしょう?と嫌な笑みを浮かべる傲慢。私自身の一部ではあるが、悪態も吐きたくなるものだ。

 

「傲慢ね」

「暴食が何を言いますか」

 

 私達が言葉を交わしている間も終始体勢も変えずに座っているのは・・・憤怒と呼んでやろう。お互いの担当の罪で呼び合うとは何ともおかしな話だが。

 

「・・・私達、どうなるのかな」

「なるようにしかなりませんよ。皆を信じましょう」

 

 傲慢の言葉に無言で頷く。今思えばこんな理不尽を背負ってよく数百年も生きてきたものだ。それは館の皆、そして幻想郷の者達のおかげに他ならない。

 

「信じる、ね・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無縁塚?」

 

 突然現れた八雲紫。その表情は重々しくいつもの余裕が感じられなかった。思わず身構えてしまうのは隣の天狗も同じだったようだ。

 

「貴女達と戦うつもりはないわ、まずは警戒を解いて」

「・・・そうね、そんな場合じゃないのでしょう?」

 

 正直一番見たくなかった顔だ。こいつのことは嫌いだが、それ以上に八雲紫が出てきたということは日常の騒ぎとして処理できない範囲の事件になってしまったということだ。リリィを見つけて一件落着、とはいかないのだろう。

 

「無縁塚周辺の怨霊や幽霊の類が消滅する、といった事案が発生したのよ。異変として処理できる範囲内だけど、これが人里に影響を及ぼしたらそれだけじゃ済まないわ」

「ちょっと待ちなさい、それがどうしてリリィのせいになるのよ」

「あの子の能力、その一部が暴走してるんじゃないのかしら。そこらへんは貴女の方がよく知ってるんじゃない?」

「私にだってわからない事だらけよ・・・でも、それを止めるのは確かに私の役目よ」

 

 リリィの能力、本人ですら理解していなかったため自称が間違っていた。本人ですら制御しきれないそれは悪魔に由来したものだとか。そういうのは私よりパチェの方が詳しいだろう、適材適所というやつだ。

 

「場所がわかったのならそれでいいわ、私はそこに向かう」

「待ちなさい」

「待つと思うか?」

 

 扉を開けた私を八雲紫が止める。振り向くつもりもなければ言う通りにするつもりもない。冷静を装ってはいるが内心は焦りでいっぱいなのだから。

 

「無縁塚に貴女の妹と人形遣いが向かってるわ」

「フランが?それにアリスも・・・?」

「まだ辿り着いていないけれど、それも時間の問題でしょうね」

「・・・二人に合流しろってことね」

 

 私の言葉に八雲紫が無言で頷いた。そうと決まれば話は早い。

 

「香霖堂前にそろそろ到着するわ」

「礼を言うわ」

「私も行きます!」

 

 それぞれが言葉を残す中、姫海棠だけは状況が呑み込めないまま視線をあっちこっちへ泳がせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここに何があるの?」

「さあね、知ってるかもしれない人がいるだけ」

 

 私の目の前に立っているのはよく見知った店、香霖堂だ。途中で出会った宵闇の妖怪の話によるとリリィは魔法の森の方角に走って行ったという。彼女は紅魔館へ向かう私とは逆に直接森へ向かったようだ。頼まれ事がどうとか言っていたが彼女もリリィの知り合いなのだろう。

 

「失礼するわよ、霖之助さん」

「・・・お邪魔します」

 

 フランドールは外に出てからずっとそわそわしっぱなしだった。お嬢様体質なのだろう、外に出たこともほとんどないのかもしれない。

 

「やあ、アリスに・・・リリィのお姉さまかい?」

「あんたにお姉さまって言われる筋合いはないわ」

「これは失礼」

 

 相変わらずデリカシーのデの字もない男ではあるが、今はこんなやり取りをしている場合ではない。

 

「霖之助さん、リリィを見なかった?」

「うん?いや、今日は見てないが・・・どうかしたのかい?」

「見てないのならいいわ、少し探しているだけだから」

「そうか」

 

 短いやり取り。どうやら霖之助さんはリリィを見ていないようだ。他を当たりたいが・・・魔法の森の近くと言えば白黒の魔法使いくらいしか知り合いがいないのも事実だ。

 

「仕方ないわね・・・フラン、他を当たりま・・・」

「嘘」

 

 私の言葉を遮り、突然フランドールが大きな声を上げた。荒げてはいないもののその声に怒気を含ませている。

 

「何がだい?」

「貴方、今嘘を吐いたわ」

「藪から棒に何を」

「貴方の目、揺れたもの」

 

 フランドールは右手を開いて見せる。そこには黒い光の球体が浮かんでいる。1つは私、1つは霖之助さんのものだろう。

 

「この右手を握るだけで貴方は壊れちゃうよ、正直に喋ったら?」

「ちょっと!それって私も・・・」

「そんなに不器用な能力じゃないわよ、失礼な」

 

 一瞬私ごと吹き飛ぶのではないかと思ったが杞憂だったらしい。思えば私はリリィとはよく話したが紅魔館の住人とは深い交流は持たなかった。

 

「・・・ふぅ。僕は危険な妖怪に脅されて仕方なく白状させられた、とスキマの妖怪に伝えておいてくれ」

「なるほどね、あの女・・・いつまでも私達の邪魔をする気?」

 

 なるほど、紫が口止めしていたのか。しかしながらありとあらゆるところを監視しているのではないかと思うほど手回しが早いものだ。流石は幻想郷の裏の管理人、といったところだろうか。

 

「再思の道までは僕が案内しよう、そこから先は真っ直ぐだよ」

「ごめんなさいね、霖之助さん」

「いいさ、僕の力じゃどうすることも出来ないからね」

 

 表情を曇らせる霖之助さん。彼は席を立つと扉を開け店を出た、ついて来いと言うことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再思の道とは、外来人が幻想入りしかける時に迷い込む外側と幻想郷とのはざまのようなものらしい。とは言え一度幻想入りしてしまえば境界を弄ってもらうしかないので、まさに思い返すならばここが最後というわけだ。

 霖之助さんの話によるとそこで帰ること叶わずに妖怪に襲われる外来人も多いらしく、そういった者達の墓場となるのが無縁塚だそうだ。また、幻想郷と外側のはざまというだけあって外の世界の物が流れ着くことが多いらしい。それを拾って商品にしているのが霖之助さんというわけだ。

 

「さて、ここまで来ると後は一本だ。尤もここまで来るにもほとんど一本道だったけどね」

「ありがとう、後は私達が様子を見てくるわ」

「・・・頼むよ。彼女の顔が必死に何かに耐えているようで声もかけられなかったからね」

 

 さっき顔を曇らせたのはそのためだろうか。さっきからフランドールがあまりしゃべらないのは妹の身を案じてだろうか。

 その時私達の少し先で空間の裂け目が現れた。その中から出てきたのはレミリアと紫と・・・鴉天狗の新聞記者だったか?宴会で異変のことを聞きまわっていた印象が強いが、リリィと交流があったとは。

 

「役者は揃いつつあるようね」

「いやー気持ち悪い空間でした。取材の一環と思えばなんのこれしきなんですがねぇ」

 

 誰の顔にも余裕は残されていない。軽口を叩いて強がるのが精一杯のようだ。それは私も同じなのだが。

 

「パチェは?」

「用意に少し時間がかかるってさ」

「そう、わかったわ」

 

 そこから暫くはそれぞれの状況確認と情報交換に努めた。天狗の里では妖怪の山全体で封鎖及び体制強化、紅魔館の面々は遅れて全員来るようだ。紫からは先に何人かの妖怪が先行して様子を見に行っているとのことだ。

 

「貴女達、この再思の道を進んできたってことは覚悟は出来ているのね?」

 

 紫の言葉に全員が無言で頷く。それを確認した紫は再びスキマを開いて指差した。

 

「この先にリリィが・・・ええ、いるわ」

「いくら繭だからとはいえ油断はできない。同じ吸血鬼でもあんな話聞いたことなかったからね」

「それでも向かうしかないわ」

 

 そう、もう後戻りはできない。引き返せば手遅れになってしまうかもしれないのだ。いや、もしかしたらもう・・・。

 そこまで考えて頭を大きく振る。今の思考には霧に消えてもらおう。私は、私達はこんな時のために今まで頑張ってきたのだから。

 

「行きましょう」

 

 この場の全員に向けたその言葉は、何よりも私自身を勇気づけるためのものだった。

 

 

 

 

 


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