祭事は人が楽しむだけのものではない。生きとし生けるもの全てが神に捧げる・・・と言えば聞こえはいいが要はお祭り騒ぎ、生き物たちが騒いで楽しむというそれだけのイベントである。それだけのイベントに私達は心躍らせ、他社との親睦を深めたり一人喧騒の中雰囲気を楽しんだりと個々の楽しみ方で祭に臨むのだ。
今回の主役も異変解決をした博麗の巫女と魔法使い。とはいえ誰が主役であるとか、誰の立場が上であるとかは今は関係ない。つまるところこれは祭りというよりただの宴会である。好き勝手に飲み食い歌い踊り騒ぐ、神に捧げる者などただの一つもなくまさに人生を謳歌するかのごとく騒いでいるだけである。
斯くいう私もこうして酒の席で雰囲気を楽しんでいるだけで、特に霊夢や魔理沙を祝うといったこともしなかった。本人たちにとっても改まってそんな風に言われるのは却って困惑するだけだろう。
「それで、私に頼みって?」
宴会には新たな顔ぶれが加わっていた。その中でも目を惹くのは優雅な佇まいで霊夢の向かい側に座る幽霊のお嬢様、西行寺幽々子だ。彼女の従者である魂魄妖夢は台所で咲夜と宴会の料理作りに手を焼いている頃だろう。なにせこの人数である、流石の咲夜も少しばかり顔を引き攣らせていた。
「貴女ってば白玉楼の結界壊しちゃったじゃない?その生で地上に幽霊が溢れちゃってるのよねぇ・・・」
「で、それを直して来いと」
「その通りよ。私の友人がいるんだけど彼女だけじゃちょっと大変らしくてねぇ」
「ふーん」
面倒臭がり屋の霊夢もさすがに自分のしたことの尻拭いくらいはやらなければと感じているのだろうか、いつもと変わらない気だるげな表情だが彼女は幽々子の頼みを承諾した。
「お話は終わりましたか?早速今回の異変について取材を・・・」
文はいつも通り異変の取材だ。文とは何度かあれから喋ったが中々腹の底を見せてくれない。ただときどき見せてくれる本心は友人として認めてくれた証なのだろうと前向きにとらえることにした。
「・・・とまぁ以上が今回の異変、もとい私の活躍だ」
「それ盛ってないでしょうね」
「んなわけあるか。ってなわけで異変解決屋の霧雨魔理沙さんをこれからもよろしく」
「貴女なんでも屋じゃなかった?」
「お、咲夜。料理の方は片付いたのか?」
「ええ、大変だったわ」
魔理沙が得意げに今回の異変・・・もとい霧雨魔理沙異変解決記を披露しているところに咲夜が帰ってきた。ちなみに魔理沙の話は結構人気があってチルノやルーミアを初めとしたちびっ子(見た目のみ)が魔理沙の前に集まっていた。
「最強のあたいならもっと楽勝だったわね!」
「お、今から一発やるか?挑戦者ならいつでも大歓迎だぜ」
「はいはいアルコールが回ってるなら風にでも当たってきなさい」
魔理沙は顔を赤くして陽気に笑っている。咲夜は結構お酒に強いところもあり、まだ少ししか飲んでいないので落ち着いた様子だ。
「私は酔ってないぞ?」
「酔っ払いはみんなそう言うのよ。もう、吐く息が酒臭いんだから」
「なんだよお前全然飲んでねえじゃねえかよ~」
「・・・はぁ」
こうして他者と関わる咲夜を見ると面倒見のいいお姉さんのようだ。私もみんなにはいつもと違うようにみられているのだろうか。
「おい、リリィ!お前なんか宴会芸持ってないのか?」
「宴会芸ですか?一応ありますけど・・・」
「ちょっとリリィ様、無理なさらないでください」
急に魔理沙に話を振られてびっくりしてしまった。宴会芸というのは前々から考えていたが場を盛り上げるにはどうもしっくりくるものが思いつかなかった。
「なんだよ、勿体ぶるなよ~」
「そうだぞー!」
チルノまで魔理沙に乗っかってくる。咲夜は心配そうな顔でおろおろしていた。なるほど、今までも結構お姉さんのような立ち位置だったのかもしれない。
「仕方ないですね。夜の王、吸血鬼リリィ・スカーレットの宴会芸をその目にしかと焼き付けなさい!」
「よっ!待ってました!」
「いいぞー!」
「リリィ様!?本当に無理しないでくださいよー!」
しかしこのような場で民衆に応えられないとあればスカーレット家の恥。ここはスカーレット家のプライドに懸けてなんとしてもこの場を切り抜けてみせよう。
「紅魔館のメイド長、十六夜咲夜の幼い頃の物真――――」
しかし私がいざ宴会芸に臨もうとすると私の視界は一転、夜の虫が鳴く神社の縁側の風景へと変わった。宴会の騒がしさが障子一つを隔てたようにくぐもる。私は何が起こったか一瞬理解できず、隣に座る女性を見上げた。
「咲夜?」
「見てくださいリリィ様、今日は月が綺麗ですわ」
「本当ですね、あと数日もしたら満月になるでしょう。・・・・・・咲夜」
「月が綺麗ですわね」
にっこりと微笑む咲夜。その笑顔は月明かりに照らされているはずなのにどこか影掛かっているように見える。底知れない威圧感を纏う彼女に私はただ微笑み返すことしかできなかった。
咲夜との月見デートから帰ってくると魔理沙も落ち着いたらしくひらひらとこちらに手を振ってきた。隣の咲夜を見るなりギョッとしていたのは見なかったことにした。
「そういえば結局お前の能力について全く聞かされなかったな。てっきり剣やら槍やらを作るあれが能力だと思っていたんだがな」
「ふっふっふ、強者は常に奥の手を隠しておくんですよ」
「つまり教えてくれないんだな、けち臭いぜ」
「私の全力を引き出せるようになったら見られますよ」
「私が生きているうちの目標の一つにさせてもらうかな」
実をいうと私も最近自身の能力について理解したのでまだ人に説明することが出来るという点に至っていない。確かめようにも使用しすぎるとこちら側の人格が壊れてしまう。最近は使用しただけで壊れてしまうので困ったものだ。
「というかリリィの全力を引き出せる奴なんてお前ら姉妹以外にいるのか?」
「結構いると思いますよ。アリスに幽香、後は文とかでしょうか」
「うへぇ本当かよ?あのひょろっちぃ人形師がねぇ・・・」
私の答えに大げさに驚く魔理沙がアリスや文を探して辺りを見回している。私もまさかアリスが宴会に参加するとは思わなかったが、顔は広くないことも無いようでちょくちょく違う人と話しているのを見かける。
幽々子とは実際に話したことや戦ったことはないが、あの咲夜が顔を見るだけで表情を変える相手だ。その実力たるや語るまでもなし、と思っていいのではないだろうか。
「世界は広いんですよ。井の中の蛙どころかミジンコ、自惚れている暇があったら努力することですね」
「そういうお前はいいのかよ」
「私は強いじゃないですか」
「見た目不相応に可愛げのない奴だぜ」
唇を尖らせる魔理沙。機嫌を損ねてしまったようなので仕方なくお酒を注いでやると一変したように笑顔になった。酌をしてもらうというのは確かに気分がいいものである。
「よしよし、次は私が注いでやろう」
「いいですよって酒臭っ!弱いのに飲みすぎなんですよもう」
「私の酒が飲めないって言うのかぁ?」
「質悪いなこの人!」
肩にぐいぐいと手を回してくる魔理沙。満面の笑みなので振りほどくに振りほどけない、これが善意の押し売りというやつだろうか。
「私が言えたことじゃないけどお前ら姉妹って胸無いよなぁ」
「!?」
「それとも隠れなんちゃらって奴か?ほれほれ」
「ちょ、ちょっと!どこ触って・・・」
「まぁまぁ減るもんじゃあるまいしぃ」
「酔いすぎですよ!水とってくるんで大人しくしててください!」
「連れないなぁ」
何とか魔理沙のスキンシップ(?)を振り払い台所へと向かおうとするがまたしても魔理沙に捕まってしまう。しかし魔理沙もまた何者かに肩を掴まれ振り返った。
「なんだぁ?私は今・・・」
「あ、レミリアお姉さま」
魔理沙の背後には満面の悪魔の笑みで立っているレミリアお姉さまがいた。その凄惨な笑みは数多の妖怪を恐怖に陥れてきた。
「やぁ霧雨魔理沙君、私は今なんだって?」
「いや、その、スキンシップをだな・・・」
「そうかそうか、いやてっきり私は妹がガラの悪い遊び人に手を出せれているのかと思ったのだが」
「人聞きの悪いことを言うなよ、なぁリリィ?」
「遺言はそれだけか?フランもちょうど遊び相手が欲しい頃だろうからこちらに来るといい」
「おい待てって!おい!リリィからも何か・・・」
「酔いは冷めたようですね、良かったです」
「ちょ、マジかよ!助けてくれぇ~!」
そして魔理沙の叫び声が部屋に響き渡り、多くの者の笑いを誘って幕切れとなった。その後縁側で伸びている白黒の物体を見たという多数の目撃証言があった。
「結界の修復、ご苦労様です」
「あら、どうしてここが?」
「幽々子に教えてもらったんですよ」
ここがどこか、と聞かれれば答えるのは難しい。あの世とこの世の境界線、その上に位置する空間であるということしか言えない。
「差し入れを持ってきたんです」
「嬉しいわ、これは何?」
「エビのてんぷらです。和食には初挑戦でしたが、なんとかなりました」
「そうなの・・・え?」
「どうかしましたか?」
私の言葉を聞くと紫の表情が固まった。私は何かおかしいことを言っただろうか。
「これ、貴女が作ったの?」
「ええ、もちろんです。生きのいい食材を使ってますよ」
「・・・それは海が老いると書いてえびと読むのかしら?」
「・・・ええ、そうですとも」
「嘘ね、幻想郷に海はないわ」
「・・・」
「・・・」
暫くの問答の後に沈黙が続く。先にそれを破ったのは私の方だった。
「新しい道が開けるかもしれませんよ」
「命と引き換えに?」
「・・・」
「・・・」
再び訪れる沈黙、紫の表情は少し揺らいでいたがまだ食べてくれそうにない。
「一応試食はしてるんですよ?」
「そうなの?じゃ、じゃあ頂いてみようかしら・・・」
疑わしげな表情は変わらないが紫は承諾してくれた。やはり友人に手料理を食べさせるというのは女子の醍醐味である、とアリスが言っていた。
早速私の料理を見て表情を強張らせる紫。私の方をもう一度見てから覚悟を表情で口に運んだ。
「どうですか?」
「・・・お、美味しいわ・・・」
「でしょう!?そうでしょうそうでしょう!」
紫が信じられないという表情で私と料理を交互に見る。そして料理をまじまじと見つめた後にこちらに笑顔を向けた。
「ありがとう、助かったわ」
「いえいえ、これくらいどうってことありませんよ」
何故か私の頭を撫でる紫。彼女はどうも私の頭を撫でる癖でもついているのか、子ども扱いされているようで少し恥ずかしい。
紫にもう一言掛けた後に私はその場所を後にした。霊夢が手伝いに行く話も出ていたので彼女の負担はそう重くはならないだろう。
後日、紫は藍に”カニを甘い出し汁で煮込んだ味”と評したらしい。カニとは一体どんな食べ物なのか興味が尽きない私であった。