今回の異変も無事簡潔ということで博麗神社から宴会のお知らせが来た。正確には勝手に文が新聞を配ってお知らせしているだけで霊夢は面倒がって宴会のお知らせを出そうとはしていない。
私も一応異変解決に向かった身なので宴会には参加しようと思っている。まあ仮にそうでなかったとしても宴会には参加していたのだろうが。私はいつしか存在すら忘れていた日記に再び文字を記した。丁度紅霧異変の時に思い出した物だ。
事の顛末は次の通りだ。
白玉楼にある大妖怪桜、西行妖の満開を企む西行寺幽々子が春度を集めるため幻想郷から春を集め始めた。そのため幻想郷では冬が終わらずに雪が振り続けた。私達の見た白い桜が春度、そしてあれは収集の途中で零れ落ちたものなのだろう。アレだけ大規模に集めていたのだから零れた良もそれなりにあったのだと推測できる。結果的に異変は博麗の巫女が解決、西行妖が満開になることはなかった。ちなみにあの西行妖は封印が施されていて満開になることはそれを解き放つことを意味するらしい。何が封印されているのかはわからないが私は思いの外収穫があったのでよかった。
おそらくあの桜の下には悍ましい量の死体かよっぽど名のある死体が残っているのだろう。見に行ったときに感じられた罪の量も質も今までにないものだった。
ここまで記して日記を閉じた。この傷だらけの部屋ともそろそろおさらばしたいものだ。
「宴会は明日ですか・・・」
文の新聞を見ながらぽつりと呟く。宴会芸としてピアノを弾くのはどうかと思うが何か場を盛り上げるいいものはないだろうか。そこまで考えて私は眠気に耐えきれず枕に顔を埋めた。
『禁じられてるから』
リリィの放った言葉が私の中でぐるぐると再生され続ける。何を?誰に?なぜ?色んな疑問が浮かんでは消えずに溜まっていく。私の『運命を操る程度の能力』と呼んでいる能力は過去を見ることが出来ない。運命とは結果と原因の前者に近い。故に起こったことの原因を探ることは出来ないのだ。
しかしリリィに接触している人物がこの数百年でほとんどいない上に八雲やアリス、その他の妖怪にもそんな能力は見当たらない。何より禁じられている事象からしてここ最近会った者の仕業ではないだろう。
「はぁ・・・」
ため息とともにカップを置く。ダメだ、全く考えがまとまらない。フランは大図書館だろうか、魔法の勉強に最近は夢中のようだ。
そういえば明日は博麗神社で宴会だったか。あまり見栄を張りすぎるとまたリリィに無駄遣いと怒られてしまう。
「お嬢様、明日の宴会の予定ですが・・・」
「ええ、いつも通り夕方から。食糧庫にアレがたくさんあったでしょ?」
「食糧庫?・・・ああ、あの干物とやらですか」
「リリィが宴会用にって教えてくれたんだから、せっかくだし持っていこうじゃない」
「かしこまりました」
要素がまるで揃っていない、きっと今の私じゃ何もわからないのだろう。大人しく明日の宴会の準備をしているほうが気も楽だ。
椅子に深く腰掛け一伸び、その後にため息。最近この仕草が癖になっているようにすら思える。
一刻も早くリリィを呪縛から解き放ってあげたい、その思いが焦りだけを強くしていった。
宴会当日、既に昼前に早起きした私は散歩に出かけることにした。今日は霧の湖まで出かけてみよう、あそこは昼間に霧が出ることで有名だったはずだ。
門の前では美鈴が春の陽気に誘われている。しかし私が通るとハッと顔を上げこちらを向いた。
「お、お出かけですか?」
「ええ、散歩です。居眠りはほどほどにですよ?」
「あ、あはは・・・すいません」
美鈴に手を振って再び歩き出す。そういえば初めてルーミアにあったのもこの辺りだった。昼間なので今は寝ているかもしれない。
しかしながら思ったより霧の濃いところだ。これなら日傘もいらないかもしれないと思い閉じてみたところ背中から灰となっていったので慌てて日傘を開き直した。
しばらく進むと霧の中に影が見えた。どうやら座っているようで、人型と分かるが小さい。この森に人間が立ち入ることはないので、人型をとれる妖怪だろう。もしかしたらルーミアかもしれない。
更に進むと段々とはっきり見えてきた。まず髪型だ。ルーミアと違って長い髪をリボンで後ろで結んでいるように見える。次に背中、羽のようなひし形の四角形が四つ確認できる。これはルーミアではないなと少し落胆しながら歩き続ける。
「お姉さん誰?」
私がその姿をしっかりと捉えた時、ちょうど目の前の少女も私に気付いたようだった。その時の私は驚き以外の感情を持ち合わせていなかった。
まずは目の前の少女が妖怪でも人間でもなく”妖精”だったこと。私の館にも妖精のメイドがたくさんいるので雰囲気で分かる。
次にその少女は釣りをしていたこと。ただしその釣糸は湖ではなく雪解け跡の水溜まりに落とされていた。
「私は吸血鬼です」
「ふーん」
言葉を返してもさほど興味が無いかのように生返事が帰ってくる。それから反応が無くなったのでこちらから話を振ってみた。
「釣れますか?」
すると少女は少し意外そうな顔をした。当然だ、水溜りに釣糸をぶら下げているものに釣れるかどうか聞くのはおかしな話だろう。尤も水溜まりで釣りをしている時点でおかしな話ではあるのだが。
「釣れたよ」
少女の返事はYESだった。なるほど、この少女は実に面白い。妖精は学習能力や知能が低いとされているが例外も存在するようだ。
「釣った魚に餌はやらないよ」
「まあ折角の出会い、一期一会ってことでお話でもしましょうよ」
「・・・」
私の方はこの少女に興味津々だった。何故妖精でありながらここまで聡明なのか。彼女はいったい何をしていたのか。そしてこの少女もまた少し私に興味がわいたようだった。
「お姉さん不思議、いつもならこんな私他人に見せることないのに」
「奇遇ですね、私もです。本性は誰もが隠したがるものですよ」
これが素なのだろうか。私とて同じようなものだ、きっと私と同じで事情があっていつもは偽りの人格を作っているのだろう。
「私は妖精なんだ。これでも結構力のある方でね」
「見ればわかりますよ。妖精というには少し規格外すぎる気もしますがね」
「うん、そうなんだ。妖精としての枠組みを超えてしまったんだ。だから普段は他の妖精よりも頭が悪いように装って妖精としての私を保ってる。他でバランスを取らないと許してはくれないんだ。でもさ、この幻想からも消えてしまえば私はどこに行くんだろうね」
「さあ、それは私にもわかりませんよ。妖精でなくなればそれは自然現象ではなくなるということ。一回休みではなく待ち受けるのは死。死の恐怖に怯えながら毎日を過ごすことになるでしょうね」
「嫌な話」
ふぅとため息を吐く少女。しかし死への恐怖なんてものを妖精が感じるようになるとは、たまたま私の立ち会った事象が珍しかっただけなのか。それに相当頭が切れるようだし、私の館の妖精がよっぽど頭の悪い種類だということなのかもしれない。
パチュリーが昔妖精に関する研究をしていたが結局投げたしていたのを思い出した。
「お姉さん、私のこと黙っててよね」
「もちろんですとも」
「ま、バラされたところで誰も信じやしないだろうけどさ」
それはそうだ、妖精の枠組みから外れかけている妖精なんて500年近く生きている私でも見たことなかったのだから。
「今日の宴会は行くんですか?」
「宴会?ああ、大ちゃんが行くとか言ってたっけ」
大ちゃん、とやらは彼女の友達だろうか。私は幻想郷の住人の関係について疎いのでよくわからない。
そういえばうちの妖精メイドも何百年働いて仕事をしっかりこなせるようになったのだから彼女も似たようなものだったりするのかもしれない。
「うん、行くよ。ルーミアも前に行ったみたいだし」
「あ、ルーミアと知り合いなんですか?」
「うん、まあね。・・・あぁ、お姉さんあの大きな館に住んでる人?」
「そうですけど、どうしてわかったんですか?」
「ルーミアが前に言ってたのよ、面白いお友達が新しく出来たとかなんとかって」
「なるほど」
そんな話をしているうちに懐中時計の針が3時を指していた。そろそろ帰らないと宴会の準備をする時間が無くなってしまうかもしれない。少女も私を見て気づいたらしくずっと垂らしていた釣糸を引き上げた。そういえば結局彼女は何をしていたのだろう。
「今更なんですけど、ここで何をしていたんですか?」
「んー?そうだなぁ・・・話し相手が欲しかったのかもね、案外」
結局答えになっているようないないような、曖昧な返事しか返ってこなかった。
「お姉さまー!早く行こうよ!」
「はいはい、少し落ち着きなさいな」
「パチュリー様、こんな時くらい本置いてってくださいよ」
「私は飲まないから」
「あっはははは!そういってこないだ酔いつぶれたじゃないで痛い痛いごめんなさい!」
「美鈴はいつも一言多いわねぇ」
「咲夜さんそんなこと言ってないで助けてくださいよ!熱いっ!?」
「レミリアお姉さま、今回は・・・」
「わ、わかってるわよ!ほら、リリィの教えてくれたアレ!アレもってきたから!」
「無駄遣いさえしなければいいんです、安心しました」
「もうどっちが姉かわからないわね」
「お姉さま結構幼いところあるよねぇ」
「うるさい!黙れ!不敬罪よ不敬罪!」
「揉み消します」
「うっ・・・じゃあアレよ!姉命令!」
「理不尽が服を着て歩くってこういうのを言うのね」
宴会前はいつだってみんな浮き足立っているように思える。もちろん私だって楽しみだ。私はそんな雰囲気を楽しみながらも博麗神社の階段を登りながら先程会った少女のことを思い出していた。
ぼーっとしていたのだろうか、フランお姉さまが不思議そうな顔で覗き込んできた。私は曖昧に微笑んでそれに応える。
階段を登りきると既にたくさんの人妖が集まっていた。赤白の巫女に黒白の魔法使い、幽霊嬢とその従者、アリスの姿も見つけて手を振った。そして―――――
「あ、桜!」
「咲夜よ、十六夜咲夜。名前くらいしっかり覚えてよね」
リボンで結んだ青い髪、背中に結晶のような羽、その少女には見覚えがあった。私がじっと見ているのに咲夜が気付いて彼女と知り合った経緯を話してくれた。
「異変の途中に少し助けた妖精ですよ。霊夢達にやられて地面に突っ伏していたので」
「なるほど、ちなみにお名前は?」
「えーっと確か、チルノだったかしら?」
咲夜が説明している限りではやられているように思えたが、その間妖精ことチルノは誇らしげに頷いていた。
「そうだ!なんてったってあたいは最強だからな!」
「何よそれ、変なの」
大きな声でチルノが叫ぶ、それに対してクスクスと咲夜が笑った。するとチルノが後ろから誰かに肩を叩かれて振り向いた。
「ちょ、ちょっとチルノちゃん!あんまり騒いじゃダメだよ・・・」
「大ちゃんは心配性だなぁ。ここは宴会だよ?騒いぐ場所だよ?それにあたいは最強だからね!」
「意味わかんないよ!すいません、ご迷惑をおかけしました」
緑髪の少女がこちらに頭を下げる。彼女が先ほど言っていた大ちゃんらしい。大ちゃんに引きずられてチルノが退場する。
一体彼女は鏡に映った自分をどのように思っているのだろうか。ふとそんなことを考えてしまうくらいにチルノの笑い声はどこか悲壮感を含んでいるようにすら思えた。
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