東方末妹録   作:えんどう豆TW

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深淵を覗く紅の瞳

 

 

 

 神代の武器や道具とは語り継がれてきたものである。実物を知る者がはたしてこの世に存在するのかは定かではないが、少なくとも人々の信仰あってこその伝承であることは確かだ。つまりいくら神々の力を受け継いだ道具だとしても、結局今となっては幻想に過ぎない。だから一吸血鬼の力でも(実物と同じであるかは別として)書物から再現が可能なのである。

 所詮模倣品と笑う者もいるかもしれない。だがそれは神代の模倣品であり、リリィ・スカーレットの創り出した一つのオリジナルでもあるのだ。他人の信仰から得る力ではなく、自分自身の実力で創り出したオリジナル。だからこそ彼女はこの魔法を使い続ける、自身がその魔法を否定しない限りいつまでも。

 

「欲望、愛憎、意志、行動、知恵。根源の罪を司りし槍を以て万物を破壊せよ!」

 

 再び魔法陣が形成される。リリィの右手に三重の魔方陣が浮かび上がり、その手に三叉の槍が握られた。まるで触れただけでも身を引き裂きそうな威圧感を放つその槍は、近接戦においてパワーをカバーするために習得した神話武器である。破壊の神シヴァが使ったとされる槍の名を人々はこう呼んだ。

 

『三つ首の魔神(トリシューラ)』」

 

 人々が神に抱く念は紛れもない”畏敬”である。自分たちとは別の存在、恵みに感謝すると同時に畏れ慄き怒りに触れまいとする。それはある種の恐怖だ。そして恐怖という点においてはリリィのトリシューラは間違いなくその役割を全うしていると言える。

 

「そろそろフィナーレです、これ維持するのに相当魔力使うんで」

「剣も槍も同じこと!」

 

 それでも妖夢は逃げ出さなかった。別に実力が上の者と相対したことが無いわけでもない、ましてや死の恐怖など党の昔に味わい尽くした。それでも恐怖という感情が残っているのは半分生きているからだろうか。

 

「何より能力を使ってるんです、早めに終わらせますよ」

「能力・・・?」

 

 ここで妖夢はリリィの言葉に疑問を覚えた。今まで湯水のごとく武器を生成していたのがリリィの能力だと思っていたからだ。妖夢は咲夜の顔が少し不安げに歪んでいるのには気が付かなかった。

 

「敬意を払って全力でお相手いたします、魂魄妖夢」

「今まで本気じゃなかったって言うの?強がりも大概にしといたほうがいいわよ」

 

 内心強がっているのは妖夢の方だったが、それを表に出すことは憚られた。挑発を受けて尚、リリィの表情は全く変わらなかったが、その目には焦りが見えたような気がした。

 

「天神剣『三魂七魄』!」

 

 もともとスペルカードとして作ったそれは、本気を出せば当然殺傷用の物になり得る。妖夢もリリィもそれは同じだった。そして生きた人間が一人に満たないこの戦いに、死という概念は意味を薄くさせられる。

 無数の斬撃と共に霊撃を加え放つ。リリィはその中で斬撃の薄いところを探して突っ込んだ。妖夢はそこに再び霊撃を加えるが槍に弾かれる。

 

「傷一つつかないなんて・・・」

「『フォーオブアカインド』」

「!?」

 

 リリィの宣言と同時に3体の分身が現れる。妖夢が怯んだすきにリリィと分身達は弾幕の嵐を抜けて妖夢へと迫っていく。慌てて構えなおすが既に四方は囲まれてしまっている。

 しかし妖夢も馬鹿ではない。これだけの物を複製しているのだから相手の消費も大きいものであるはずなのだ。少しでも本体に衝撃を与えられれば分身も弱まるはずだと考えた。

 

「天界剣『七魄忌諱』!」

 

 7色の斬撃が妖夢の前方に出現し、四方八方に散らばっていく。リリィの技術ではこの細かい弾幕を避けるように分身全てを操ることはできなかった。

 

「チッ!」

「よしっ!」

 

 結局分身を捨てたリリィは一人だけ避けることに専念した。避けることは出来たものの、妖夢から遠ざかってしまう。

 トリシューラは近接用武器、相手から遠ざかってしまえばそのほかの武器と何一つ変わらない。何度も接近を試みるリリィを見て妖夢も気づいたのだろう。

 するとトリシューラを引っ込めたリリィは後ろに下がり距離を取った。妖夢は疑問に思ったが無策に突っ込むより様子を見た方が良いと思ったのか、そのままの態勢で警戒を解かずに地面に降りた。

 

「降り注げ―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人間って強いのね」

「さあ、観念して早く春を返すんだな」

 

 こちらは弾幕ごっこでしっかり勝負がついたようだ。両者、いや三者の衣服はボロボロで激しい戦闘だったことが伺える。ちなみに弾幕ごっこではギリギリ直撃を避けながら最短ルートを作る―――つまりちょい避けのことをグレイズと呼ぶ。最小限に疲労を抑えるための技術(テクニック)である。

 

「満開の桜も見てみたかったんだけどねぇ」

「そりゃこいつのボロい神社で見れるだろ、何もこんなところで独り占めにしようだなんて傲慢が過ぎるぜ」

「私お嬢様だもん」

「私は使用人じゃないぜ」

 

 勝負の後は恨みっこなし、それが幻想郷の暗黙の了解だ。負けた方もどこか清々しい表情で終われる、そのためにスペルカードルールがあるのだ。

 

「久々に運動したわぁ・・・数年ぶり?」

「よくもまぁ太らないもんだ」

「幽霊なんでしょ?じゃあ脂肪も何もないじゃない」

「それもそうか」

 

 霊夢と魔理沙は仕事が終わったので落ち着いたのだろう、少し木に寄りかかって休んでいた。それは幽々子が封印を解こうとしていた桜、西行妖だった。

 

「妖夢の様子でも見てこようかしら。あの子無理しちゃうから心配だわ」

「じゃあ早くいかないと食われてるかもな」

「あらあら、それは困るわ」

 

 魔理沙の言葉に幽々子はコロコロと笑うと、階段をゆっくりと降りて行った。

 

「私達も行きましょうか」

「だな、今回も楽勝か?」

「そういっていつか大けがしないようにね」

 

 霊夢と魔理沙も少し言葉を交わすと飛び上がって階段を降りて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幽々子たちが門の近くまで降りると三つの影が見えた。

 一つは地面に突っ伏してうつ伏せで転がっている。そのそばには刀が二本転がっている。

 一つは天を仰ぎ見ている。ここで戦闘があったことなどまるで覚えていないかのようだった。

 もう一つはその後ろに控えるように立っている。しかしその顔は何故か不安に満ちている。

 

「妖夢~・・・あらあら、負けちゃったのねぇ」

「申し訳ありません幽々子様・・・」

 

 気絶しているわけではないようだ、幽々子が呼び掛けると妖夢は突っ伏したまま返事をした。

 

「流石はリリィだな、余裕だったか?」

「・・・・・・」

「おい、聞いてんのかー?」

 

 先程からリリィは空を見上げながら突っ立っている。このような姿は目にしたことが無かったのだろうか、咲夜も戸惑いの色を見せている。

 

「結構ギリギリだったのか?」

「いえ、本気は出していなかったようだけど・・・さっきから様子がおかしいのよ」

「ほーん・・・ま、何か思うことでもあったのかね」

 

 咲夜と魔理沙が会話していると妖夢が回復したようだ。ゆっくりと地面に手をつきながら立ち上がった。

 

「くっ・・・まさかあんな隠し玉があったなんて・・・」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「降り注げ、『天穿つ衰弱の呪槍(ゲイボルグ)』!」

「なっ!?」

 

 リリィはそう叫ぶと槍を天へと投擲した。更にその槍は最高到達点で槍の雨となって妖夢へ降り注いだ。

 異様な光景に妖夢の体が強張る。精神力で体を引きずりどうにか槍を撃ち払おうとするが多勢に無勢、弾ききれなかった分が雨のように打ちつける。その一本が妖夢の右足に突き刺さった。

 

「ぐっ!!体が・・・」

 

 その槍が突き刺さった瞬間に妖夢の体が地面へと崩れ落ちた。疲労では説明のつかないその脱力感に妖夢は耐えられなかった。

 

(何が起こった!?まるで残りの体力をごっそり()()()()()()ような・・・)

 

 しかし体が言うことを聞かない。足の傷の痛みなど感じないほどの吐き気と違和感に呑まれ口を動かすのがやっとだった。

 

「ど、毒を塗っていたのか・・・?卑怯者・・・」

「毒じゃないですよ。それと少しだけ本気で相手してあげたんですから、礼ぐらい言ってくれてもいいと思うんですがね」

 

 その言葉を最後にリリィは何も喋らなくなった。咲夜の表情も依然変わらぬままだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 私はどうすればいい?一体どうしてこのようなことに?いや、心当たりはある。リリィ様が能力を使いすぎたのだろう。いや、使いすぎたとまでは言えない量だったはずだ。それでも放心状態になるほど代償が大きいのだろうか。

 実をいうと私はリリィ様の能力について詳しく知らされていない。わかっているのは使いすぎると内なる狂気に身を蝕まれるということだけ、お嬢様達も能力の本当のところはわかっていないようだ。アリスから聞いた話では『罪と罰を操る』と自称していたようだが・・・。

 

「リリィ様・・・?」

 

 空気を変えるためにリリィ様に話しかける。私が出来ることはそれくらいしかない。一刻も早く紅魔館へと戻ってパチュリー様にでも診てもらうのがいいだろう。

 

「・・・あぁ、ごめんね」

 

 十秒ほど経った頃だろうか、私の中では随分と長く感じられたがようやくリリィ様が口を開いた。しかしいつもと雰囲気は違う、どこか力の抜けた自然体のように思えた。その違和感を私は口に出すのが怖くて口を噤んだ。

 

「どうかした?」

「いえ・・・その・・・」

「歯切れ悪いなぁ・・・ま、いいや」

 

 リリィ様がこちらを初めて見た。その二つの目は黒く、瞳は一層紅く輝いていた。夜に煌めく双眸とアリスはカッコよさ気に言っていたが、なるほどこれほどの()()なら魅入られても当然だ。お嬢様の魔眼を見せて頂いたことがあったが、それを遥かに上回るレベルだ。

 

「折角いい具合に出れたのに遊び終わった後って感じだなぁ・・・残念」

 

 独りごちるリリィ様。ここで私はいつも特徴が違うことに気付いた。これが狂気に呑まれてしまったお姿なのだろうか。そうだとしたら暴走を止めなければならないのは私の役目だ。幸い此処には実力者が数人揃っている、アリスは一人でも時間稼ぎ程度ならできたようだし、私達が束になれば全滅することはないだろう。

 

「咲夜」

「は、はいっ!」

 

 急に名前を呼ばれて思わず返事をしてしまった。まさか考えていることがばれたのだろうか。

 

「そんなに殺気立たないでよ、別にここで暴れようっていうんじゃないんだから」

「・・・貴女は、何者ですか?」

「私は私。貴女もよく知っているでしょ?」

 

 私の疑問は決して晴れることはない。しかしその言葉は私の心を落ち着けていった。これも魔眼の効力なのだろうか。

 

「でもせっかく出てこれたのにまだ準備が整ってないみたいだし・・・まぁ仕方ないや」

 

 一人でぶつぶつと呟くリリィ様、しかし目の前に妖夢の姿を見つけるとにんまりと口の端を吊り上げた。この時私は初めて西行寺幽々子の存在を目に留めた。吸血鬼異変以来だろうか。

 

「今日の遊びはこれに決まり!『半人ルーレット』!」

 

 嬉々とした表情でそう叫ぶとリリィ様は妖夢に右の人差し指を向けた。当の妖夢は困惑してその場で棒立ちしていた。私は何か悪い予感がして咄嗟に時を止めようとした。尤もそれはリリィ様が言葉を発した後だったが。

 

「死罪」

 

 

 

 

 


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