東方末妹録   作:えんどう豆TW

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剣術使いと剣使い

 

 

 

 金属音。金属音。また金属音。時折地面の削れるような破壊音が聞こえる。あの白髪少女、妖夢といったか。彼女のそばを漂う魂のようなものはどうやら彼女の物らしい。リリィ様はそれにお気づきになっているだろうか、もしくは勝負に夢中になっているかもしれない。気づいても精々飛んでくるかもしれない注意対象程度にしかならなかったかもしれない。

 先刻の宣言通り私はリリィ様の戦いの邪魔をするつもりなど毛頭ない。この場に残った理由はただ一つ、お嬢様方にリリィ様のご雄姿をお届けするためだ。記録用のこの装置が異変の様子ではなくリリィ様のお姿を映すことになるとは誰も思わなかったに違いない。

 こうして私の役割は異変解決者から記録係へ変わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1+1=2、これは誰かが決めた常識」

 

 妖夢は剣を振るう。その太刀筋を正確に見切って、リリィは片方の短剣でその一太刀を流し、もう一本で首元への一突きを放つ。対する妖夢ももう片方の手に持つ刀を以てそれを払い除ける。短剣は斬撃を受けるとボロボロと崩れ宙に舞った。

 

「でも私の中で1と1を足した結果は2ではない」

 

 しかし空いた手には次の瞬間、違う柄の短剣が握られていた。今日何度も目にした光景だが、妖夢は歯軋りを抑えられなかった。

 23本、それがこの戦いで妖夢が撃ち払ったリリィの短剣の数だ。しかし彼女が作った剣の数は今ので25本目、無制限に出てくるそれは妖夢を疲労させるには十分だった。

 

「ほら、構えなおす時間がもったいないですよ」

「ぐっ!」

 

 後ろに下がって剣を持ちなおす一瞬の隙をついて、リリィは一気に間合いを詰め剣を振りかぶった。妖夢は慌てて反応するが次は短剣を撃ち払うことは叶わず鍔迫り合いになる。

 

「じゃあ最初に決めた人はどうやって1+1の結果を得たと思います?」

「そんなの知るか!」

 

 次は下がった後の突きでリリィの撃退に成功する。しかし肩で息をする妖夢に対してリリィの方は落ち着いて妖夢に向き直った。

 

「はっ・・・はっ・・・」

「鋭さが無くなってきましたよ、半人前さん」

「う、うるさい!」

 

 先程とは打って変わって易い挑発にも乗ってしまう妖夢。それを見つめるリリィの目は少し覚めていた。

 

「貴女の剣は型に囚われている、太刀筋も簡単に見切れる」

「黙れっ!」

 

 目にも留まらぬスピードで跳躍する妖夢。常人ならばその速度に体は愚か目すらも追いつかないであろう。ただし吸血鬼ならば話は別だ。懐に飛び込んだ妖夢のことを、リリィは冷ややかな目で見下していた。

 

「シッ!」

「左の剣で斬り上げ、避けたところに一文字の一閃。わかりやすいんですよ」

「なっ!?」

 

 妖夢は驚愕の声を上げた。リリィは斬り上げた刀に()()()()体を縮めていた。その手に剣の一本すら握られていない。

 

「それっ」

「がっ!」

 

 リリィは手をパッと離し空中で妖夢の腹部に蹴りを食らわせた。無防備だった妖夢は成す術もなく十数メートルほど吹き飛ばされる。吸血鬼の身体能力から繰り出される蹴りは地面を削り砂煙をあげるほどの威力だ。

 

「さっきから相手のペースだということに気づきませんか?私の意味のない言葉に惑わされて剣が鈍くなっているのに気づきませんか?」

「う、る・・・さい・・・」

 

 妖夢はそれでも剣を地面に突き立てながら起き上がった。咲夜はそれに少しばかり驚いていた。咲夜にはリリィの蹴りが全力のそれに見えたからだ。

 

「1+1は2ではない、0×0は0とは違う。そう思いませんか?」

「・・・ああ、そうだな」

 

 妖夢はリリィの言葉に初めて反応を見せた。気のせいだろうか、その目は先程よりも澄んでいるように見える。リリィの口元が吊り上ったのを咲夜はじっと見ていた。

 

「1+1は、斬ればわかる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら、お花見かしら?」

「お花見だぜ」

「お花見なら博麗神社でやって頂戴、こんな死霊ばっかりのところじゃ寛げないわ」

「まぁうちは死霊ばっかですけど」

 

 目出度い巫女と白黒の魔法使い、そしてそこにはもう一人、大きな桜の傍に浮遊感を感じさせる少女がいた。

 

「まったく、妖夢は何をしているのかしら・・・」

「あー・・・まぁ命くらいは助かるんじゃないか?」

「スペルカードルールで命を落としちゃ救いようがないわね」

「・・・どういうこと?」

「運が悪かったってことだ」

 

 従者のことは大切にしているのだろうか、魔理沙の言葉を聞くなり少女は眉を顰めた。この少女の名を西行寺幽々子という。今回の異変の主犯である。西行寺家のお嬢様、とは言えこの屋敷に住んでいるのは幽々子と妖夢の二人だけだ。

 

「まぁいいわ、私はもともとあんただけに用があったんだし」

「あら、何か用?」

「おいおい、そんなの決まってるだろ」

 

 すぐに表情を戻しコロコロと笑う幽々子。裏表のなさそうなその顔は見る者の心を自然と開いてしまうような柔らかさがある。

 

「幻想郷の春を返してもらおうかしら?亡霊姫様」

「最初からそう言ってくれればいいのに。まぁ素直に返すわけもないけど」

「最初から力づくのつもりよ」

 

 霊夢は言い終わるとお祓い棒を高らかに掲げた。横の魔理沙も同じように己の武器に手を掛ける。

 

「花の下に還るがいいわ、春の亡霊!」

「辛気臭い春を返してもらうぜ、死人嬢!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうそろそろ潮時ですかねぇ・・・」

「まだ・・・まだやれる・・・」

 

 目の前の敵を倒して霊夢達を追いかけるという目的は既に忘却の彼方、とはいえリリィを斬ろうとしていることに変わりはない。先の斬撃で砕いた剣の本数は70を超えた。ただ先程と違うのはリリィの顔にも疲労が見られるところだ。しかしながら咲夜は手を出す気配がない、主の命だからだ。

 

(ここまで来て逆に集中力が研ぎ澄まされている・・・半分とは言え人間の成せる業はやはり恐ろしいですね)

 

 妖夢の目はただ一点だけを狙い定めている。対するリリィも同じ、だがそこには違いがあった。攻める側と受ける側だ。

 戦闘スタイルの違い、そう言ってしまえばそれまでだ。リリィの目は相手がどこに力を入れているかを見ている。相手の攻撃を待ってから反撃に出るという戦い方だ。逆に妖夢は相手の回避ルートを頭に入れながら進行方向を見ている。そして攻撃パターンを絞りながら剣を振るう。

 今まではリリィの反撃が上手く効いて妖夢の攻撃をほぼ全て受け流していた。しかし妖夢とて馬鹿の一つ覚えのように突っ込んでいるわけではない。リリィの回避パターンを一つ一つ経験として頭に叩き込んでいたのだ。

 

「・・・斬ればわかる」

 

 この言葉の真意に気付いた時にリリィは人知れず唇を噛んだ。合理的な戦い方に寄っている彼女は相手に手札を見せることを拒むからだ。文字通り斬ればわかるのだ、それが経験として一つ一つ増えていくから。自分の手札を減らして相手の手札を増やす。これほど相手にとってアドバンテージになることはない。

 再び直線状に妖夢が突っ込む。右の足を支えにした袈裟切りと判断したリリィは左側に半身で躱し、左側から斬りかかった。

 

「やっと見切った」

「なっ!?」

 

 しかし妖夢は袈裟切りの前に刀を横に向けてリリィの剣を受け止める。慌ててリリィは右の剣を振りかぶるが妖夢はそれを許さない。

 

「お返しだ!」

「ぐっ!」

 

 妖夢はがら空きになったリリィの腹部に蹴りを一発。更に追撃を休めずに上から斬撃を繰り出す。リリィは何とか仰向けのまま弾いたが、衝撃で起き上がることが出来なかった。

 

「これで終わりだ!」

 

 仕上げとばかりに上空から刀を突き立てリリィに向かって振り下ろしながら急直下した。リリィは間一髪で体をずらして避けるが、妖夢はもう一本の刀で首を跳ね飛ばそうと構えた。その舌を出した顔を見ながら――――

 

「え?」

 

 勝利を確信した妖夢に油断がなかったとは言い切れない。逃げ道を全て塞いだうえでマウントポジションを取っているに等しい状況だった。

 しかしリリィの舌には魔法陣が描かれていた。妖夢は魔法に詳しくないが、その魔法陣は先程から何度も見ていたため流石に何の魔法かはすぐにわかる。

 反射と呼ぶにふさわしい速度でのけぞる妖夢。そのまま空中で一回転してリリィと距離を取る。彼女が見たのは自分の顔が先程まであった位置に浮かぶ長剣だった。

 

「言ったでしょう?私は剣術じゃなくて剣を使うんですよ」

「・・・発想がイカれてるわよ」

 

 リリィ自身は自分を『鍛冶屋』ではなく『武器庫』のようなものだと思っている。体内に描いた魔法陣は舌の物を含めて12。

 鉄を打つ鍛冶職人ではなくあらかじめ自分の脳内に想像として存在する資料を実体化する貯蔵庫。だから新しいものを読み取って使うには時間がかかる。妖夢の刀を創れない理由はそこにあった。

 

「流石に無銘じゃここまでが限界ですね・・・」

 

 リリィの投影できるものにはいくつか制限がある。

 一つ、構造の精密さは理解に比例する。用途や本質がはっきりしているものほど本物に近づく。

 一つ、影が付かないものは具現化の魔術と同等の精度と有効範囲しか発揮できない。

 一つ、持ち主の魔力供給によって強度や性能が下がってしまう。

 作ったらハイお終いではなく常に魔力を消費し続けなければならない。潜在魔力の多い吸血鬼だからこそこの魔法が扱える。

 今まで妖夢との戦いで使っていたのはリリィが『無銘』と呼んでいる量産型の物だ。これは資料があったわけではなくリリィ自らが創造のみで作り上げた物なので、当然精度や強度は名前のある武器に劣る。

 

「『突き刺すもの(フロッティ)』」

 

 では名前を持った武器はどうだろうか。知識という資料から成る確実な投影、それは無銘とは比べ物にならない性能を持つ物から、構造をよく理解していないためちょっとした能力の付いた程度の物まで、つまりピンキリである。

 リリィは次々と詠唱を続ける。連続で生み出しそれを維持することは難しいが、魔力の底が見えるまでは可能である。

 

龍殺しの剣(アスカロン)血塗れの漆黒(ダーインスレイヴ)不治の三叉(トライデント)

 

 詠唱と共に武器がまた一つと増えていく。詠唱と詠唱の合間に無銘も数を成している。妖夢の頬に汗が一筋流れた。

 

執念の黒剣(ティルヴィング)報復(フラガラッハ)、工程終了」

 

 そして詠唱が終わりリリィの周りには無数の武器が並べられていた。妖夢は死角を探るが大量の武器を前に思考が追いつかない。

 

「照射」

 

 リリィが妖夢へと手を翳す。その瞬間空中に浮かんでいた武器の矛先は一斉に妖夢へと向かい、刃の雨が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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