東方末妹録   作:えんどう豆TW

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白玉楼宙

 

 私と咲夜は一通り上空を散策したが根城らしきものは見つからず、雪と花弁は未だ降り続いていた。花弁が降ってくるのは雪と同じ雲からだろうか、どこに行っても天候は変わらなかった。となると残るはその本である雲かそれより上だ。

 

「咲夜、雲の中を見渡す術はありますか?」

「残念ながら持ち合わせておりません」

「そうですか、じゃあ一回上に出てみましょう」

 

 咲夜が私の言葉に頷くのを確認すると、一気に高度を上げて雲の上に出た。雲を突き抜ける一瞬咲夜が顔を顰めたので、流石に生身の人間では厳しかったのかもしれない。

 雲の上の天候は一言で言うと異常だった。雲の下にしか落下物は存在しないはずが、そこに見えたのは粉雪のようにも見える花弁だった。その美しさに一瞬見とれた私を現実に引き戻したのは身を焼くような熱さだった。

 

「リリィ様!」

「あ」

 

 何とも間抜けな声が出てしまった。当たり前だ、最近調子に乗って外に出ていたため失念していたがここは雲の上。太陽の光を遮る者など何一つない。既に私の右腕は灰になりつつあった。

 しかし腕の一本や二本焦がした程度で動じる私ではない。落ち着いて大きな影を作る鉄壁を()()した。これはパチュリーの使う金の属性の魔法だ。とは言っても初歩中の初歩でありパチュリーのようにうまく扱うことは出来ない。

 腕がすぐさま再生を終えるといつもの白い肌が戻ってきた。吸血鬼が他の妖怪と違う点を上げるとするなら、真っ先に浮かぶのがこの桁違いの再生力だ。怪力や吸血なんかより再生力の高さの方が他の者にとって脅威となる。

 

「後れを取りました、すいません」

「いえ、私が先に気付いていれば・・・」

「私達姉妹のことになるとすぐに自分を責めるのは咲夜の悪い癖です。主の失態は次の自分の失態に繋がらぬよう心に刻みなさい」

「・・・はっ」

 

 口調がつい厳しくなってしまった。その理由はもちろん異変の元凶へと近づいているからである。遠くからでもわかるほど異様な気配。明らかにこの世と断絶した世界がそこに存在する違和感。その本拠地へと近づく。

 

「おや?あれは・・・」

「霊夢に魔理沙、先を越されちゃいましたか」

 

 お得意の勘で一直線にあの場所へと向かったに違いない。何故か弾幕ごっこを三人組と繰り広げているが、私達は終わったころに近づくことにしよう。無駄な戦いは避けるべきだ。咲夜に目で合図すると彼女も察したらしく小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の一人が弾幕の嵐に囲まれ再起不能となった。私達が頃合いを見て霊夢達に近づくと、彼女達も気づいたらしく私達の方に振り返った。

 

「あんたら先に行ってたんじゃないの?」

「道に迷ってしまったみたいで・・・よく真っ直ぐ来れましたね」

「こいつの勘はよく当たるんだよ、もちろんお前らの時もな」

 

 やっぱりね。口から出かけた言葉を飲み込んで曖昧な笑顔を作る。ここまで来ると勘ではなく能力の一環なのではないだろうか。今のところ二つも能力を持った生き物は見たことが無いが、あり得ない話ではない。彼女が無自覚に使っているとすれば納得も出来る。

 

「で、あのでかい門が入り口ってわけか」

「みたいですね。結界が張ってあります」

「どうやって入るんだ?結界の専門家」

「知らないわよ、殴ってみれば?」

 

 前方に佇む大きな門。ここが異変の元凶の根城で間違いないだろう。しかしなかなかに大がかりな結界が張ってあるものだ。こんな結界を貼れるものに心当たりは・・・一人しかいない。

 

「どうした?」

「・・・いえ、少し頭痛が」

「リリィ様、無理はなさらずに」

「あ、いえ、そういうことじゃなくて」

 

 頭に手を当ててため息を吐いていると魔理沙に見咎められた。咲夜にいらぬ心配をかけてしまったので、笑顔を向けて平気であることを伝える。

 しかし予想外ではないとはいえ、紫が異変側に回っていることを考えると頭痛を免れない。どうせ手加減して負けるのだろうが、彼女が主犯であるとは考えにくい。彼女は起こす側にいてはならない立場だからだ。となると主犯のお手伝い、異変の主は紫の友達の亡霊姫で決まりだろう。さて、私はどこまで関わるべきか。

 

「何とかして飛び越せそうじゃないか?」

「いやいや、上にも結界が張ってあるに決まってるじゃない」

「じゃあ咲夜はどうやって入ろうってんだ?」

「それは・・・壊すとか?」

「あー同意見だぜ」

 

 結局結界は壊すことになった。しかしどんな罠が仕掛けられているかわからない以上、迂闊に近づくことは出来ない。そんなことを考えていると霊夢がおもむろに結界に触れた。

 

「ちょっと―――」

「あ」

「・・・おいおい」

 

 私が呼び止めるも遅く彼女の手は結界に触れた。するとどうだろう、一瞬で結界が粉々になってしまった。霊夢が引き攣った顔で振り返る。きっと私達も同じ表情をしているのだろう。

 

「あー・・・その、なんだ。これで入れるな」

「え、ええ」

「冥界の結界って壊してよかったんですかね」

「知らないわよ、触ったら壊れちゃったんだし。こんな脆い結界張る奴が悪いのよ」

 

 なるほどある意味正論だ。もちろん暴論でもあるのだけれど・・・。

 

「とっとと入って解決するわよ。寒いったらありゃしない」

「大賛成、いい加減寒くて死ぬぜ」

「咲夜、今日の晩御飯は温かいものがいいです」

「ならシチューにしましょう」

 

 後半は私事だったが各々覚悟を決めて門の中へと入っていく。頂上が見えないほどの階段は侵入者を拒んでいるようだ。

 私はここまで敢えて触れなかったが、どうしてもここで解決しておきたい疑問があった。もしかしたら地雷かもしれないと今まで踏み込まなかったが、気になって仕方がなかったのだ。

 

「咲夜・・・その周りをまわっている衛星的なものは何ですか?」

「ああ、これですか」

 

 私が見た時から咲夜の周りには星形の物体浮かんでいた。気になりすぎて危うく今夜は眠れないところだった。

 

「お嬢様が私の異変解決の様子を見たいと言い出したので早急にパチュリー様に作らせたものです。もにたりんぐ?とか言ってましたが

 

、中継のようなものでしょうか」

「なるほど・・・ってことは私も今見られてるんですね?」

「そういうことになります」

 

 お姉さま方に見られていると意識した途端に体が強張った。道中だけ一緒に行って傍観するだけにしておこうと思ったが、出しゃばって異変解決でもしてしまおうか。

 そんなことを考えて浮かれていると前方に気配を感じた。明確な殺気、それも鋭い。異変の主犯というわけではなさそうだが、それに近い人物なのだろう。

 私は三人の前に出ると前方の人影と対峙した。白髪、銀髪とも取れる髪色のボブカット。青緑のベストとスカートが目を惹く落ち着いた雰囲気の服装だ。尤も本人から放たれる殺気は落ち着いたものではないが。

 

「てっきり人間だと思ってたけど・・・」

「博麗の巫女は後ろにいますよ?」

「妖怪が来るとは思わなかっただけ。貴女の持ってるなけなしの春もいただくわ」

 

 春?この白い桜のことだろうか。何故春を集めているか気になったが、どうやら地上に降ってきた桜はこの白玉楼から零れたものだったらしい。地上とは比べ物にならない量だ。

 

「生きた人間と生きた妖怪、死人なんていないじゃない」

「まぁその春とやらを返してもらいに来ただけなので」

「あと少しなのよ、あと少しで西行妖は満開になる」

「西行妖?」

 

 少女が口にした何気ない名前が妙に気になった。その西行妖とは桜、いや妖怪桜のことだろうか。人の死体が埋められているとかいろんな話を聞いたことがある。尤もこちら妖怪の話など聞ける人物は限られているのだが。

 

「貴女達のそのなけなしの春できっと西行妖は満開になる」

「よこせと言われて素直に渡す人もなかなかいませんよ」

「だったら奪い取るまで」

 

 目の前の少女が剣を構える。まるでこの世の者ではないかのような浮遊感を持つ反面、そこに在るという存在感も持ち合わせている不思議な少女だ。

 

「三人は奥に進んでください、私はここで遊んでますので」

「あらそう?助かるわ」

「そいつは死亡フラグだぜ?ま、ここはお任せするか」

「私はここに残ります」

「はい、いってらっしゃ・・・はい?」

 

 振り返らずに手を振ってかっこよく決めるはずが、咲夜の言葉に思わず振り返ってしまう。当の本人は澄ました顔で立っている・・・いや、浮いているので余計に私の頭は混乱した。

 

「えっと・・・咲夜?貴女はこのまま亡霊姫のところまで・・・」

「私の使命はリリィ様の傍に仕えることです。異変解決にそこの二人が行くならば私が行く必要ないでしょう」

「でもレミリアお姉さまのご命令が」

「私の使命はお仕えすると決めたあの日からただ一つ、貴女方のお傍でお守りすることだけです」

「・・・わかりましたよ」

 

 咲夜の何と強情な事か。まさかと思うが亡霊姫というワードをうっかり出してしまったので頑なに拒んでいるのではと勘繰ってしまう。これは彼女に対する侮辱になってしまうので慌てて余計な思考を取り払う。

 

「ご安心ください、リリィ様のお邪魔だけは致しません」

「そんな心配してませんよ」

 

 そしてうっかり出してしまったワードのせいで霊夢と魔理沙から疑わしげな眼で見られてしまう。私は二人に向かって微笑みを浮かべて誤魔化した。二人はここで立ち止まっていても仕方がないと判断したのだろう、黙って飛び去って行った。

 

「幽々子様のところにはいかせない!」

「貴女の相手は私ですよ」

 

 二人を追おうとする少女、しかし私はそれを十数本の長剣で牽制する。彼女は私の魔法に少し驚いたようだったが、すぐに表情を引き締めた。

 

「どうです?弾幕ごっこもいいですけど、剣士として手合せというのは」

「私はこれでも剣術使い、後悔することになるわよ?」

 

 むしろ好都合、とは口に出さなかった。私は剣術ではなく剣を使う、そこに型は存在せず、ただ勝利を求めるだけだ。だからこそ剣を飛ばすことに躊躇いはなく、ただひたすらに貪欲に勝ちに向かって手を伸ばす。

 レミリアお姉さまは私のことを戦闘の天才と評したが、それは違う。私はただ手段を選ばず、目的のための最短ルートを常に計算しているに過ぎない。その計算速度はきっと紫に劣るし、威厳はお姉さま方には届き得ない。私が弾幕ごっこを苦手とする最大の理由がここにある。見た目が疎かなのだ。

 だがそこに意味がないというわけではない。勝つことこそが私の追い求める意味であるからだ。

 

「リリィ・スカーレット。今夜は退屈させませんよ」

「魂魄妖夢だ。何人たりとも幽々子様の邪魔はさせない」

 

 お互いに名乗る。数百年前から続けてきたように、スカートの裾をつまんで膝を折る。

 やがて私も妖夢も戦闘態勢へと入る。私は二振りの短剣を手に、全身の力を抜いて神経を研ぎ澄ませた。

 

「妖怪が鍛えたこの楼観剣に、斬れぬものなど少ししかない!」

「今日だけは『鍛冶屋』として振る舞ってあげますよ。魔法に理解もない有象無象が付けた、大変気に入らない名前ですけどね!」

 

 二人同時の跳躍、それが試合開始の合図となった。桜の舞う夜空に金属音が鳴り響いた。

 

 


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