東方末妹録   作:えんどう豆TW

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新章になります、もちろんあの方の異変


罪濡れの妖怪桜
春の冬異変


 

 

 そろそろ桜が咲いて幻想郷に春が訪れる時期だ。最近では紅魔館から出ていなかった私も、今日のようなどんよりしたいい天気の日には外に出かけるようになった。しかし今日はいつもと違う天気。

 

「冬、まだ終わらないんですかね」

「うーん・・・例年より長いとは思う、じゃ済まないわよね。だってもう4月ですもの」

 

 積雪というものは吸血鬼にとって敵だ。雪が降っている間はなんともない、気温や雪の冷たさなど吸血鬼にはないも同然だ。しかし積雪の次の日が晴れるとしたらどうだろう。

 答えは簡単、積もった雪が太陽光を反射して日傘の内側で地獄を見ることになる。あちこちに鏡が設置された部屋と同じ状況が作られてしまう。数日前に寝込んだことを思い出してみがブルリと震えた。

 

「寒かった?」

「いえ、ちょっと悪寒が」

 

 現在私はアリスの家に遊びに来ている。太陽の畑にもちょくちょく顔を出すが、この冬で花達は大丈夫だろうか。まあ幽香のことだから心配はないのだろう。

 しかしこの冬の長さは異常だ。異変、と取ることも出来るがあの怠け者の巫女が動いてないのでまだ大事ではないのだろうか。

 

「まあ、これは異変だけどね」

「その心は?」

「これよ」

 

 アリスはこれを異変を言い切った。その理由を聞くとアリスは一枚の白い花びらを取り出した。桜の花弁のようにも見られるが、それにしては色素があまりにも薄い。

 外を見てみると雪に混じってこの白い花弁が見られる。しかし吸血鬼の凝視しなければわからないほどだったので、この時点で異変に気づく者は少ないだろう。

 

「この花弁はなんですか?」

「これは、春度よ」

「・・・はい?」

 

 アリスは真顔で春度、と言った。そんなキメ顔で頭が春になっているような単語を使われても理解が追いつかない。

 

「これは春度よ」

「二回も言わなくていいです」

 

 再びキメ顔で春度というアリス、残念美人という単語が頭に浮かんでは消える。しかしまるで誰がこの異変を起こしているのか知っているような口ぶりだ。

 

「ええ、知ってるわよ。と言っても本当に心当たり程度だけど、幻想郷で桜と言えば冥界しかないもの」

「冥界、ですか」

「聞こえだけはそんなところ。死ななくても行けるような花見の名所よ」

 

 アリスの話を聞きながら、私は紫の友人である亡霊の姫について思い浮かべていた。異変を起こすことが出来るほどの実力者で、冥界に住んでいる。曰く、亡霊の管理をするもので、死を操ることが出来る。咲夜のナイフすら彼女には届かなかったという。

 

「どのみち異変解決は私達の仕事じゃないもの、無益な争いに首を突っ込むなんて御免だわ」

「そうですね、今回は傍観することにしましょう」

 

 実をいうと異変を解決する側も体験してみたかったのだが、流石に好奇心の為だけに死者の世界に足を踏み入れるのは私の良しとするところではない。私は出しゃばらずに霊夢達に任せることにしよう。

 

「あら、クッキーが焼けたみたい。お茶にしない?」

「賛成です。アリスの家のオーブンは人形が魔力媒体なんですね」

「ええ、完全自律型の人形を作る研究の一環で出来た物なんだけどね。仕組みは・・・まあ大体わかるかしら?」

「並列回路ですよね。人形の中に何本も魔力の糸が通っていて、それは外の魔石とつなぐ一本の糸と繋がっている。人形内に通る何本もの糸が人形にかかる魔力の負担を和らげているおかげで、複数の媒体を使わずに一体の人形で魔力を増幅しながら安定した供給が行える。と言ったところでしょうか?」

「恐ろしい観察力ね。というよりは実践済みだったかしら」

「お恥ずかしながら・・・供給の構造が紅魔館のオーブンやその他の便利道具と同じだったんです。香霖堂にはお世話になってますから」

「大きいお屋敷だと工夫を凝らさないと厳しそうねぇ」

「ええ、その分便利になって嬉しいんですけどね」

 

 香霖堂、もとい霖之助にはとても感謝している。料理の幅は広がったし色んな外の世界の物が拝めるという点では幻想郷に二つとない店だ。無縁塚というところで商品を”拾って”くるらしい。今度行ってみようかなと思ったが、相当遠いらしいのでまとまった時間が取れ次第向かうことにした。

 

「しかしこの花弁、研究に仕えないかしらと思ったんだけど・・・」

「けど?」

「全く研究の余地なし。春を集めるだけのタダモノね」

 

 アリスはため息を吐きながら花弁を窓際に置いた。白く綺麗ではあるが、何故か引き寄せられないような、妙に気配の薄いさくらだった。

 

「空から花弁が降ってくるなら、冥界も空にあるんですね」

「ええそうらしいわ、よく知らないけどね」

「異変が終わったら花見にでも行きますか?」

「いいわねぇ・・・でも貴女を独り占めなんてしたら紅魔館を出禁にされちゃうわ」

「そんな大げさな」

「いやいや・・・・・・」

 

 ぶんぶんと大きく手を振るアリス。というかこの時点で独り占めに近いのだからとっくに出禁にされてもおかしくはない。

 と、アリスと何気ない会話を交わしていると、外から何やら話し声が聞こえてきた。この天気に魔法の森を歩くとは何事だろう。アリスと顔を見合わせると、彼女は手のひらをこちらに向けた。待っていろと言うことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、私は何も知らないって。ていうか私のこと忘れたの?」

「知らないわよ最初から。それに何も知らないならここにのこのこ出てこないでしょうが」

「そういうわけだ。異変中にコイツの前に出た自分を恨むんだな」

「何よ、私は野良犬か何か?」

「誰彼かまわず噛みつく点で言えば似ているな」

 

 ドアに耳を当てずとも吸血鬼の聴力ならば外の会話を聞き取ることは容易い。窓から外の様子は伺えないが、おそらく異変を解決しに来た彼女達だろう。私はドアを開けて、雪が降り頻る外へと歩き出た。

 

「うるさいわね、心当たりならこの桜のことでもなんでも・・・」

「おい、どうした霊夢。・・・・うげっ」

 

 こちらに気付いた霊夢が言葉を止め、続いて魔理沙もこちらに気付き変な声を上げた。

 

「こんな雪の日にお散歩ですか?人間は風邪をひく生き物ですよ」

 

 微笑みかけたつもりだったのだが、何故か霊夢と魔理沙は顔を引き攣らせた。そんな怖い顔はしてないはずなんだけど。

 

「異変の黒幕に会う前にとんでもない奴と出くわしたなこりゃ」

「はぁ・・・まったく、あんたも邪魔しに来たわけ?」

 

 何か誤解している様子の二人はそれぞれ戦闘態勢を取った。何もこんな中で戦うつもりはないのだが、あちらがやる気なら仕方ない。

 

「待って、リリィ」

「アリス?」

「今日は貴女がお客さんなんだから、私が出るわよ」

「しかし人数が・・・」

「これでもかなり腕の立つ魔法使いのつもりよ?人数差一人くらいすぐに埋めてみせるわ」

 

 先程とは違いカッコよく決まるキメ顔。アリスがそういうなら私は今回控えておくことにしよう。

 

「随分舐めてくれるじゃない」

「全くだ。それに魔法使いならこっちにもいるぜ」

 

 アリスの挑発にしっかりと乗ってくる異変解決組。こういうやり取りが場を盛り上げるというものだ。

 

「中途半端な人間が私に敵うとでもいうの?まあ馬鹿にはしっかり知らしめてやるのが一番よね」

 

 実をいうと私も魔理沙ではアリスに及ばないと思っている。しかしそれはあくまで魔法使いとしてであり、弾幕ごっこにおいてではない。仮にも私を破った二人だ、アリス一人では手に余るだろう。解決する側としてはそれでいいのかもしれないが。

 

「なら私は音頭を取ることにしましょう」

 

 両者が睨み合う。火花が散りあうその瞬間を見計らって右手を掲げる。私の右手を合図に人形とお札がぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合開始から数分が経った。人数差や弾幕の密度もあってアリスの方が防戦を強いられている。私は文字通り手を出さないようにしているが、やはり間近で戦いを見るとうずうずしてしまう。正直混ざりたくて仕方がない。

 そろそろ我慢の限界を迎えようとしていた時、もう一つの気配が近づいてきた。私が気配で誰だかわかる、それは紅魔館の住人に他ならない。

 

「リリィ様?」

「咲夜、何故ここに?」

 

 十六夜咲夜、我が紅魔館のメイド長だ。彼女がお使いのために人里に行くことはあっても、魔法の森まで来ることは珍しい。

 

「お嬢様が異変解決を命じたので、とりあえず巫女を追ってきました」

「あー・・・まあ事情は分かりました」

 

 ここで異変の黒幕を伝えたら彼女はどんな顔をするだろうか。そこまで考えて私は口を閉じることにした。

 

「あそこで戦っているのはアリスですか?大方巻き込まれたんでしょうけど」

「そんなところです。しかし咲夜が異変解決ですか・・・」

「おかしかったでしょうか?」

「いえいえ、そんなことは」

 

 先の異変では首謀者側だった咲夜が既に解決する側へと回っている。何とも時の流れは忙しないものだとやけに老人臭い考えに耽ってしまった。

 

「じゃあ霊夢達が戦っているうちに私達は先に進みましょう」

「リリィ様もついて来るのですか?」

「ええ、授業参観ということで」

「はぁ・・・」

 

 私達はアリスと霊夢、魔理沙が戦っている脇をそーっと抜けようとした。しかしそこは博麗の巫女、私達を見逃しはしない。

 

「ちょっとあんた達!どこへっていうかどっから出てきたのよあんたは!」

 

 霊夢が咲夜を指差す。弾幕ごっこ中によくそんな余裕があるものだ。魔理沙が善戦しているという点もあるかもしれない。

 

「逃げますよ咲夜!」

「御意」

 

 咲夜に声を掛けた次の瞬間、既に私と咲夜は宙に浮かび霊夢達と距離を開けていた。

 

「コラー!後で覚えてなさいよー!」

 

 完全にとばっちりだが、霊夢にそんな言い訳は通用しない。とりあえず私達は一刻も早くここから離れるために、雪の降り頻る魔法の森を飛び抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 


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