東方末妹録   作:えんどう豆TW

46 / 69
日常は収束する

 

 

 

 いつからか”いつも”になったことがたくさんある。別に誰が気にするわけでもなく、日常に溶け込んでいく。そしてそれを受け入れるだけの適応力を生き物は持っている。何百年生きた者も例外ではなく、数刻前の出来事すら”いつも”になっていく。

 

「動くな」

「っ!・・・おいおいパチュリー、右手の物騒なソレはなんだ?」

「見てわからないかしら、拳銃だけど」

 

 本を借りると称して盗みを行う黒白の鼠もまた、何百年生きた日陰の少女の日常へと溶け込みつつあった。それが例え数週間前に出会ったばかりの者だとしても。

 ここは幻想郷、常識と非常識を隔てるこの結界の中では、どんな非日常も日常になっていく。

 

「質問を変えよう。どうして私が拳銃なんて殺しの道具を向けられてるんだ?」

「最近泥棒が出入りしてるみたいでね。殺せば被害もなくなるでしょう?」

 

 物騒な会話もまた、例外なく彼女達の日常に溶け込んでいく。ちなみに今日は拳銃から撃ち出された衝撃波の魔法が黒白の少女の意識を奪い去り、日陰の少女が本を取り返したところで終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も時間だけが過ぎていく。時間がないなんて思ったことのなかった私だが、今は一分一秒が惜しい。主と、館の皆と過ごす時間がたまらなく惜しい。自分ではない誰かを大切に思うなんて、夢にまでも思わなかった。

 

「あと3分でクッキーが焼けるから美鈴のところに持って行って、そのあとお嬢様に紅茶を持って行って、それから・・・」

 

 これからの予定を口に出して確認する。ついでに説明するとクッキーは美鈴のためだけに焼いたわけではなく、お嬢様や妹様達にもお出しするためだ。って私は誰に言い訳してるんだ。

 自分の考えに思わず小さく笑みを漏らし、焼けたクッキーを取りにオーブンへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・・・・」

 

 咲夜の淹れた紅茶を一口含むと、私はため息を吐いた。紅魔館だってお金が無限にあるわけではないので、私達は幻想郷でお金を稼がなければならない。しかしながらフランやリリィに任せるわけにはいかず、それぞれにやることがある。なので経営は全て当主である私が請け負うことにした。上に立ってふんぞり返っているだけが当主ではないのだ。

 ようやく幻想郷へと馴染みはじめた私達だが、課題はいくつか残っている。リリィがいろんなところで関係を作っているおかげで外に目を向けすぎる必要はないが、それでも勢力図を担う一派としてやらなければならないことはたくさんある。

 ちなみに今は売り上げの確認をしている。紅魔館ではワインを売ることにしたのだが、今まで幻想郷にワインが無かったためかかなり売れ行きがいいのだ。経営に難は無いと見ていいだろう。しかしそれは仕事をしない理由にはならない。

 私の選択に間違いはない。私がいつも自分に言い聞かせている言葉だ。毎回自分の選択が正しかったかどうか迷いが起こるたびに呪文のように唱えて気持ちを落ち着かせている、魔法の言葉だ。何故か周りからは決め台詞のように思われている。

 未来視をする能力、それならばきっとこんな言葉は吐かずに済んだだろう。それでも私は自身の能力がこれでよかったと思っている。確定した未来を見ているだけなんて私には耐えられないから。

 

「運命は自分で掴み取るモノ、ね・・・」

 

 正義のヒーローのような言葉に苦笑する。それでもヒーローも悪くない。私の愛しい者達を守れるならばヒーローにでも悪魔にでもなってみせる。それが小さい頃からの決意だ。

 いや、既に悪魔ではあるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・魔理沙、なにしてんの?」

「見ての通り囚われの身だ、誰か助けてくれる正義の味方が来てくれたらいいんだがなぁ」

 

 図書館の柱に縄で括り付けられている黒白の少女を見つけ、思わず声を掛けてしまった。どうせまた本を盗みにきてパチュリーに見つかったのだろう。パチュリーが不在のところを見ると彼女は魔理沙の家に本を取り返しにいったに違いない。柱の横には見張り役らしき小悪魔が立っていた。

 

「妹様、パチュリー様に何か用でしたか?」

「ああ、うん。この間の魔導書の続きを貸してもらおうと思って」

「それでしたらこちらに」

 

 小悪魔が机に向かっていく。私もついていこうとしたが魔理沙の方をちらりと一瞥すると彼女の肩が小さく震えた。右手をかざしてみると小さな目が現れる。

 

「えい」

「うぉああ!?」

 

 右手を小さく握ると魔理沙が悲鳴を上げた。彼女の懐から金属片が零れ落ちる。ナイフのように見えるが、形が崩れてしまっているので確信は持てない。

 

「お待たせしました~・・・あれ?」

「あ、あはは」

 

 本を取ってきた小悪魔が丁度魔理沙の足元に転がっている金属片を見つけた。見つかった魔理沙は愛想笑いを浮かべているがその顔は引き攣っている。

 

「・・・逃げようとしたんですね?」

「そ、そんなわけ」

「うん、逃げようとしてたからナイフだけ壊しといたよ」

「ば、馬鹿お前」

「ありがとうございます、妹様」

 

 小悪魔が私に向かって頭を下げる。しかし私はその言葉が気に入らず頬を膨らませていた。当然小悪魔は私の顔に気付き、首を傾げる。

 

「・・・あたしの名前はフランドールよ、知らなかった?」

「い、いえ、知って・・・・・・・あぁ」

 

 私の言葉の意味に気づいたのだろう、納得した表情のあと柔らかい笑みを浮かべた小悪魔はもう一度私に礼を言った。

 

「ありがとうございます、フランドール様」

「ええ、どういたしまして」

 

 私の顔もまた自然と笑顔になった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、おい!待て!私を置いていくんじゃない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさいませ、パチュリー様」

「ただいま」

 

 門番の役目は侵入者を阻み、館の者を出迎えることだ。昔はメイド長をやっていたが、今の私にはその面影すらないだろう。今思えば降格処分というやつだが、お嬢様は休暇のつもりで出したのだろう。数百年もお仕えしていれば気遣いにも気づけるというものだ。

 そうでなくても自らの力を『気を使う程度の能力』と自称しているのだから、気づけなければ返上である。そんなことを考えて独りでに吹き出してしまった。

 

「・・・?なによ、気持ち悪いわね」

「い、いえ、すいません。気を遣う、気を使う、うぷぷぷっ」

 

 横を通ろうとしたパチュリー様の目が厳しかったが、笑いをこらえることは出来なかった。まぁ変な奴だし、と心の中で思っているのがよくわかる顔だった。

 しかしながら、門番の仕事も最近大変だ。裏口に回られたり、猛スピードで突っ込んできたりと既に何回か侵入を許してしまっている。侵入者の方が弾幕ごっこも上手であるため、正面突破されてしまう。これでは門番のプライドもボロボロだ。絶賛修行中だがはたして私は彼女に追いつけるのだろうか。人間の成長速度には目を見張るものがある。

 

「あら、今日は居眠りしてないのね」

 

 陰鬱な気分で考え事をしていると横から声を掛けられた。顔を見ずとも声の主はわかる、我が館のメイド長である十六夜咲夜だ。私は顔を上げて咲夜さんに笑顔を向けた。

 

「ええ、眠気がなかなか来なくてですね」

「ああ、それで悩んでたのね」

 

 私の答えに咲夜さんはくすりと小さく笑った。そして彼女は手に持ったバスケットの中から数枚のクッキーが入った袋を取り出した。

 

「はい、差し入れ」

「わあ!いつもありがとうございます!」

 

 咲夜さんの作るお菓子はとてもおいしい。それこそこれ以上のものを食べたことないくらいにだ。そんなことを言うと顔を赤くして顔を逸らすのでとても可愛い。もう一回美鈴さんって呼んでくれないかなぁ、いや今は彼女が上司だから無理だな。

 また余計なことを考えてにやにやと笑ってしまう。当然咲夜さんにも変な目で見られた。案外悪い癖はこれなのかもしれない。

 

「最近一日がとっても早く感じられますよ」

「ええ、私も。勿体ない気がして仕方ないもの」

 

 門に二人で寄りかかる。永遠には続かないであろう幸せをかみしめることしか私にはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさいませ、リリィ様」

「門番ご苦労様です、美鈴。今日はもう中に入って良いですよ」

 

 最近は館の中で過ごす時間が少ない。外に出られるようになってから、幻想郷を飛び回っていると言っても過言ではない。尤も外に出れるようになってから間もないので、何百年も過ごした館の中の史観の方が圧倒的に多いのだが。

 

「そういえば、パチュリー様が呼んでましたよ。帰ってきたら伝えてくれと」

「私に用でしょうか?わかりました、伝言ありがとうございます」

 

 私は美鈴にお礼を言うと、その足で大図書館に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

「パチュリー、今帰りました」

「おかえりなさい。早速だけどこれを読んでくれるかしら」

 

 パチュリーが私に手渡したのは一枚の紙だった。紙にはパチュリーの手書きであろう文字がずらりと並んでいた。よく読んでみると私の投影魔法についての考察のようだ。

 

 

「投影魔法の魔導書なんて見たことないわ。だから私は貴女の魔法を独自に研究してみることにしたの、それでその紙が私の見解。どう?」

 

 パチュリーの話を耳で聞きながら目で紙の文字を追う。パチュリーの見解では具現化の魔術とそれに伴う魔力の流れの操作、そしてそれを補う魔力の糸の存在が不可欠だと書いてある。丁寧に例まで図で表されている。

 私を見るパチュリーは平静を装いつつもそわそわしていた。パチュリーの論文を読み終えた私は、意地悪な笑顔を作って胸の前で両手の人差し指を交差させた。眼前のパチュリーはひどく落胆しているようだった。

 

「具現化の魔法と魔力の流れの操作まではあってますよ。というかそれが具現化魔法の基本形です」

「ええ知ってるわ。でもそれじゃある程度主から離れた時点で効力が弱まる。あの威力は出ないわ」

 

 パチュリーの言葉に私は頷く。普段人に魔法の仕組みなど教えないが、今回は特別です。

 

「パチュリー、私がなぜ具現化の魔術が8割を占めるのに投影と呼ぶかわかりますか?」

「いいえ、残念ながら不正解だったもの」

 

 パチュリーは少し拗ねているようだった。しかしその目は知的欲求の輝きでいっぱいだ。

 

「具現化の魔術で作った物はいわば実体を持つ魔力の塊です。決して物質ではない、だから光を通す」

「ええ、わかってるわ」

「では、これは?」

 

 私は図書館のキャンドルの前に立ち、右手に短剣を()()した。キャンドルの日によって壁に映し出された私の影の右手には短剣が握られている。

 

「そんな馬鹿な・・・」

「ええ、具現化の魔術ではあり得ません」

 

 私が再び影を指差す。パチュリーが影を見ると右手の短剣の影が揺れて渦巻く。そしてやがて猫を象った。パチュリーは未だに驚いたまま影を呆然と見つめている。

 

「この状態で剣を投げると・・・」

 

 私は空中に剣を投げつけた。放物線を描いて飛んでいくはずの短剣は、最高到達点に達する前に霧散した。

 

「幻想を現実とするにはそれだけの材料が必要なんです。ただの幻じゃ守ることも殺すことも出来ない」

「・・・・・・まだまだね、私」

 

 私の投影魔法は具現化した魔力の塊に影をつけて実体を実物とする、だから投影。それだけの計算力と集中力が必要だが何百年の経験と勘がある。慣れれば難しいことじゃない。

 パチュリーは残念そうに呟いたが、彼女にとっての曜日を司る魔法のようなものだ。隣の芝は青い、というわけではないが人の物はやたらと素晴らしく見えるものだ。

 

「そういえば今日、フランに可愛い抗議を受けたわ」

「はぁ、フランおね・・・・はい?」

 

 今なんて呼んだ?館の者は皆フランお姉さまのことを”妹様”と呼んでいたはずだ。パチュリーにおいてもそれは例外ではない。

 

「名前で呼んでほしいんだって。ふふっ、そりゃレミィのついでみたいな扱いは嫌だものね」

「みんなそんなつもりはなかったと思いますが・・・」

「良いじゃない、本人が満足してるんだから」

 

 本人が満足している。それなら私は一向に構わない。フランお姉さまの嬉しそうな笑顔がすぐに頭に浮かんできた。

 

「そろそろお夕飯かしら」

「そうですね、一緒に行きましょう」

 

 今日もまた1日が過ぎてゆく。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。