東方末妹録   作:えんどう豆TW

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だけど人間は

 

 

 

 

 

 

 寺子屋の中の使われていない一室、私はそこにある木製の古びた丸机に顔を突っ伏した。紅魔館に手紙を置いてこれたのは不幸中の幸いと言ったところだろうか。

 状況を整理しよう。今私をこの部屋に呼び出し、そして私を置いて茶を取りに行ったのは寺子屋の教師にして人里の守護者である上白沢慧音だ。彼女に親切心で綾音が妖怪になりたがっている旨を伝えると、詳しく話が聞きたい、と呼び出されたわけだ。

 自業自得ではないにせよ、変な親切心など出すんじゃなかったと絶賛後悔中だ。私にしてみれば綾音が妖怪になろうとなるまいとどうでもいいことなのだから。それに対して慧音の顔ときたらひどいものだった。

 最初に私に向けてきたのは鬼の形相だった。私が誑かしたと勘違いしたのだろう、あながち間違いでもないが元々彼女が人間に深い憎しみを抱いていたのだから肯定するわけにもいかない。

 

「吸血鬼は茶が飲めるか聞くを忘れていたが・・・大丈夫か」

 

 ボーっとしていると慧音が緑茶を乗せたお盆を持って帰ってきた。東の茶は飲んだことが無いが、霊夢やレミリアお姉さまも美味しそうに飲んでいたので問題はないだろう。私は首を縦に振った。

 

「お前が綾音から聞いたこと、出来ればすべて教えてほしい。お前の情報は出す必要はないから安心してくれ」

 

 慧音は緑茶を一口飲むと、真剣な眼差しでこちらを見た。彼女のことを本気で想っているからこそのこの表情なのだろう。

 私は少し迷った。今ここで話を軽くすることは簡単だ。さっきのはからかっただけ、確かに彼女は妖怪になりたいと言っていたが所詮子供の戯言だ。そう言ってしまえば慧音は彼女に少し声を掛けるだけで、綾音の願いは叶うだろう。それで終わりだ。だがそれで本当にいいのだろうか。

 正解の見つからない問い、もう何百年も生きているのだからそんなもの何回も経験してきた。しかし私にとって、完全な他人事での選択肢は初めてだった。

 今まで自分と自分の周りの者達の利益や幸福を最優先に考えてきたから、答えのない問いに無理やり答えを作ることが出来た。だが今回は違う。

 私は選ばなければならないのだ。目の前にいる慧音を何十年後後悔させない為に今綾音の願いを潰すか、それとも人間に愛されなかった綾音の復讐を果たさせてあげるのか。

 選ぶことと捨てることは同義だ、なんて本に書いてあった。それらしく書いてあるのが余計に馬鹿馬鹿しかったが、直面した時に初めて気付くこともあるものだ。利己主義な私は今まで捨ててきたことすら気づかなかった。

 

 

――――――私の選択に間違いはない。

 

 

 レミリアお姉さまが時々呟くこの言葉の意味がやっと分かった気がした。それでも私よりもっと大きな選択をたくさんしてきた彼女の足元にも及ばない。

 

「慧音は・・・・・・」

「な、なんだ?」

「慧音は、心から綾音の幸せを願えますか?」

 

 余計な罪は背負いたくない。特にこの類は自分を蝕み、妖怪にとって毒となる罪だからだ。

 

「どういうことだ?私はいつだって綾音の幸せを願っているぞ」

「彼女が妖怪になりたいとしたらどうしますか?」

「そ、それは止めるが・・・」

「彼女が心からそれを望んでいた時に、貴女は綾音の幸せを願えますか?」

「っ!」

 

 慧音は私の言いたいことに気付いたようだった。そして彼女が本気であることも勘付いたようだった。

 

「わ、私は・・・」

 

 慧音は暫く俯いていたが、再び顔を上げた。先ほどと同じ真剣な表情だ。

 

「私は彼女を妖怪にはさせない」

「彼女がそれを望んだとしても?」

「綾音が何を抱えているかはわからない。それでも彼女を幸せにしてみせる」

 

 まるでプロポーズのようなことを言い出す慧音。本人は至って真面目のようだが、私は思わず吹き出しそうになったのを必死で堪えた。

 

「笑わせないでくださいよ」

「私は本気だ」

「今の彼女はそれを望んでいません」

 

 私の言葉に慧音は表情を曇らせたが、真剣な表情に戻った。

 

「確かにそうかもしれない。だけど私は彼女が人間でよかったと心から思えるようになってほしいんだ。確かに人間は傲慢で愚かで罪深い生物かもしれない。だがな、それでも彼らの、彼女らの生き方を私は美しいと思ったんだ。妖怪になって初めて人間の生が輝かしいものだと気づけた。どんなに汚い奴がいるかは私自身よくわかっている。だけど人間は短い人生を精一杯生きようとする、その強い心が何よりも美しいんだ」

「根拠もないのによくそんなことが言えますね」

「ああ、全く以てその通りだ。だがな、それが教師だ。生徒の幸せを親のように、親以上に願うから子供たちに教え、子供たちを愛するんだ。もし綾音が誰から嫌われたとしても、私だけは味方でいる。それが私の役目だ」

 

 暫く私は黙っていた。彼女の語るのは理想論で、綺麗事で、誰もがくだらないと一蹴してしまいそうなほどの自論だった。いくら熱弁しようと根拠もなしにそれを語ることがどれほど愚かかは慧音自身も理解しているだろう。それでも彼女の言葉は私を惹きつけるほどに強い力があった。

 

「そうですか、なら私からは何も言うことがありませんね」

「言われなければ気づかないなんてな。私もまだまだということか」

 

 そう言う慧音は何十年も教師をやっているのだろうか。ハーフとは言え妖怪が人里に受け入れられるためにはどれだけの努力と苦労があったのだろう。私には計り知れない。

 

「では、私はこれで」

「ああ、そうだ。少し質問に答えてほしい」

 

 慧音は熱弁していた時とはまた違って、真剣ながらも不安の残る表情になった。私も昔お姉さま達によく言われたが、慧音もまた『表情に出るタイプ』だった。

 

「お前たちにとって・・・人間とはなんだ?」

 

 慧音の質問に私は答え兼ねた。結局私は一般回答を言い放つしかなかった。それが最善なのか、はたまた問いに対して不正解なのかはわからない。

 

「妖怪にとって人間は食糧ですよ。余すことなく感情すらも餌になる、一粒で何度美味しいことやら」

「・・・そうか」

 

 慧音はポツリと呟くと肩を少し落とした。別にこれからも変わらないことだろうにと思ったが、紫が聞いても少し悲しそうな顔をしそうで後ろめたくなった。

 

「まぁ、物好きもいますよきっと」

 

 気持ち程度にフォローしておいた。それが可笑しかったのか慧音は小さく笑った。

 

「引き留めて悪かったな。今日は本当にありがとう」

「ええ、感謝してください。吸血鬼を怒らせると怖いですよ?」

 

 そう言うと私は片方しかない翼を広げ、夜の空へと飛び立った。吸血鬼は本来夜行性だ、夜になれば気持ちも昂る。飛べもしない翼を風に乗せ、私は紅魔館(わがや)へと帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつから気づいてたの?」

「最初からですよ。今回は私の気まぐれに付き合わせちゃってすみません」

「いいよいいよ、獲物を先にとられた方が悪いのさ」

 

 帰り道の途中、今日一日付き纏っていた気配の方へ体を向けた。姿を見つけられなかったどころか居場所まで掴めなかったのは流石と言ったところか。恐らくは陰に紛れていたのだろう。

 

「しかしアレだけの逸材を里に返すなんて思わなかったよ」

「全部気まぐれですよ」

「そうだったね」

 

 私の言葉に小さく笑う影―――私の友達で宵闇の妖怪、ルーミアだ。綾音が食べられなかったのは私がルーミアより少しあの場所に早く着いたからだ。ルーミアの方が早ければ今頃綾音は彼女の腹の中だろう。

 

「失望しましたか?」

「まさか。ますます面白いよ、リリィ」

 

 ルーミアは私の背中に体を預けると首に腕を回した。子供のように短い腕だが、私とほとんど長さが変わらないことに気付いて複雑な心境になった。

 

「何考えてるかわからない、一体その心の中の闇に何が住んでるのか私は知りたいの」

「・・・そんなの私が知りたいですよ」

 

 ルーミアは心底楽しそうに笑うが私にとっては洒落にもならない話だ。最近は能力を使っていないのに暴れ出すし、ますますわからない。部屋の傷は増える一方だしパチュリーの手も煩わせてしまう。彼女は気にするなと言ってくれるが吸血鬼の攻撃を防ぐ結界を維持するのは容易なことではない。

 

「いざとなったら私が暗闇に放り込んであげるよ」

「出来るんですか?」

「すごい頑張ったらねー」

 

 いつも飄々としていて掴みどころのない彼女の言葉は、どこまで本気なのだろうか。何でもできてしまいそうでちょっぴり怖い。

 

「じゃあ私は別のエサでも探しに行こうかなー」

「また今度。お詫びにクッキーでも焼いて持っていきますね」

「ほんと?約束だからね」

 

 ルーミアは私のオリジナルクッキーをとても気に入ってくれた。咲夜やお姉さま方には私のクッキーの良さは伝わらなかったようで、白目をむいて倒れたレミリアお姉さまを見て全員の顔が引き攣っていた。

 

「あの混沌とした味が病み付きになるんだよねー」

「それ褒めてるんですか?」

 

 ルーミアの口から出たのはとても料理の評価とは思えない言葉だったが、当の本人は満面の笑みを浮かべていたので追及しなかった。まったく、笑顔で許されるのだからずるいものだ。

 ルーミアは嬉しそうな笑顔を浮かべながら夜の森へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ということがあったんですよ」

 

 私は紅魔館についてから今日の出来事をお姉さま達に話していた。結局私が戻るまで夕餉を待たせてしまったらしく、謝罪と言い訳のつもりで包み隠さずすべて話した。食堂に集まった面々は思い思いの感想を述べていた。

 

「リリィも大人になったのね・・・・・・・少し寂しいわね」

「ふーん、人里に妖怪なんて珍しいこともあるんだね」

「まさかリリィのクッキーを食べる奴がいるなんて、思いもしなかったわ」

「これで紅魔館から暗黒物質が流れることはなくなりましたわね」

「咲夜さん、それは言いすぎじゃ・・・」

「私もリリィ様のクッキーは好きですよ?使い魔一匹潰しちゃいましたけど、改造すれば増強剤にもなりますし」

 

 メイド長は私の試作品試食の刑が確定した。というか皆失礼すぎやしないか、私だってレシピ通りに作れば料理位できるのだ。アレンジを加えた途端に個性がむき出しになってしまうのは残念なところだが。

 それと、今日はレミリアお姉さまと一緒に寝る。

 

「それじゃあご飯にしましょうか」

 

 レミリアお姉さまの言葉にその場の全員が頷いた。皆で食事をとる、そのことがどれほど大切かはそれぞれがよくわかっている。誰一人欠けることないように、皆でいられることがどれほど幸せか忘れないように、私達は今日も顔を合わせるのだ。

 

「咲夜、準備をしなさい」

「かしこまりました」

 

 レミリアお姉さまの言葉に咲夜が一礼してその場から消える。しかしその前に私は咲夜を引き留めた。

 

「どうかされましたか?」

「咲夜、二日後の昼には予定を開けておいてください。ちょっと新しいお菓子の試食をしてもらいたいんです」

 

 咲夜の表情は時を止めたように凍りついた。

 

 

 

 

 

 


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