東方末妹録   作:えんどう豆TW

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これだから人間は

 

 

 

 私達が起こした異変から既に3か月。気温は一気に下がり緑色の葉は紅に、そして色を失い地に落ちてゆく。紅葉の様はなんとも美しかったが、散りゆく落ち葉もまた哀愁漂う雰囲気を醸し出し、季節を感じさせるものだ。日本は季節の移り変わりが素晴らしいと聞いたことがあるが、その話は本当だった。

 最近私は一人で家を出ることが多い。理由はいくつもあるが、その一つのうちに最近紅魔館を頻繁に訪れる人間のことがある。曰く、幻想郷なんとかのために私を取材したい、と。

別に取材を受ける程度なら良かったのだが、なんと私の答える情報は公開されるというのだ。一度取材を受けようと思ったが、取材内容がほとんど私の能力やプライベートに関することだったので断った。

 ところがその人間の少女がまたしつこいのだ。断ってからというもの、毎日紅魔館にやってきては取材を試みようとする。最初は美鈴に追い払ってもらっていたがまだ諦めない。これだから人間は―――

 さらに本人はそれを知っているのかはわからないが、彼女は紫の庇護下にいる人間なのだ。アレに手を出せばすぐさま幻想郷どころかこの世から抹消されるだろう。

 そんなわけで私は彼女に手を焼いていた。アリスは幽香に相談してみたが、大人の女性な彼女達は取材に応じたらしい。なるべく自分の情報が外に漏れて不利になることだけは避けたいというのに、お姉さま達まで簡単に取材に応じてしまうし困ったものだ。これで紅魔館全員の戦力が測れてしまうのは最も恐れることだ。私くらいは未知の戦力として牽制材料の一つになっていたい。別に私でなくてもいいのだが、実際に私しか残っていないという状況だ。

 別に皆を責めることはしない、ただ私と考えていることが違うだけだ。むしろ私一人が物騒なことを考えて他の皆が楽しく暮らせているというのであれば、それはそれで望むところなので何も悪くない。

 

「ここが人里・・・」

 

 そんなわけで今日も紅魔館を離れて一人旅。幻想郷巡りと題して勝手に楽しんでいるつもりだったが、やはりこの人里だけは知らず知らずのうちに避けていた。人間に罪の意識なんて感じていないのに、キリキリと何かが痛む。

 結局人里の外れを通って帰ることにした。人里にはあの人間もいるだろうし、帰る途中に出くわしてしまっても面倒だ。わざわざ中に入ることが無くても一度目にしたのでそれでいいだろう。今日は早めに帰ろう、きっとその方がいい。

 

「た、助けて!!」

 

 私が何か嫌な予感に駆られて踵を返して歩き出すと、外れの森の奥から叫び声が聞こえた。少し気になって声のする方まで向かってみると一人の少女が妖怪に襲われていた。少女に迫る妖怪は犬と猿を足したような巨大な獣だった。

 元々人里の外では妖怪に襲われても文句は言えないので悪いのはあの少女の方だ。妖怪だって人間を食べないとやっていけないような弱小なものも存在するのだ。

 だからこその生存競争であり、人里のおきてだった。それを彼女は理解しなかった、それだけのことだ。親は悲しむだろう。親しい者は嘆き人々はそれを教訓にする。それだけでも可の少女の存在価値は認められる。それでめでたしめでたしだ。

 

「やだ!やだ!誰か助けてぇ!!」

「ブルルルルルル・・・・・・」

 

 叫び声を上げる少女と唸る獣。ここじゃ里まで声は届かない。里には守護者もいるらしいがここまでは来れないだろう。だがこれもすべて自業自得だ。何も考えずにルールの意味を理解しなかった彼女の失態だ。これだから人間は――――

 

「『アロンダイト』」

「グガッ!?」

 

 詠唱無しの『朽ちぬ幻想の剣(アロンダイト)』。耐久と魔力消費の削減の特化した試作品だが、詠唱無しでも木端一匹を吹き飛ばすくらいの威力は十分にあるようだ。魔力の消費は無しに等しく、刃こぼれ一つない。ほとんど完成と言って良いかもしれない。

 私は投影魔法の強化に努めることにしている。今まではただの鉄剣を飛ばすだけの弾幕だったが、これが一つ一つ強力な魔法効力を持った剣だとしたらどうだろう。きっと私の想像を絶する強力な技になるだろう。

 

「・・・あぁ、魔法が滑ってしまいました」

 

 私を見つめる少女に気付き、咄嗟に言い訳をした。助けるつもりなど微塵もなかったというのに、私としたことが何をしているのだろう。

 

「よ、妖怪?」

「ええ、妖怪です」

「怖い?」

「怖いです。次はあの畜生じゃなくて貴女を吹き飛ばすことにしてもいいんですよ?」

「・・・」

 

 少女は私のことをジッと見つめていた。怯え半分、もう半分は憧れだろうか。何かに憑かれたようにボーっとしている。

 

「今日はお腹が空いてないんです。早く家に帰りなさい」

「・・・家、無いの。私は孤児院に寺子屋に預けられてる」

「そうですか、じゃあそこに帰りなさい」

 

 その少女はまだ私を見つめている。ちなみに今妖怪が来たとしたら私はこの少女を助けないつもりだ。ただの気まぐれで・・・いやちょうどいい魔法の実験台がいただけで、それがたまたまこの少女の命を助けることに繋がっただけだ。だから―――

 

「私・・・妖怪になれるかな」

「・・・は?」

 

 私は自分の耳を疑った。この少女は妖怪になりたいと、そう言ったのだろうか。

 

「私、妖怪になりたいの」

「そうですか」

 

 人間が妖怪になりたいとは珍しい。基本的に人間は妖怪に惧れを抱き決して近づこうとしない。この少女は妖怪に何を夢見てそれになりたがっているのだろうか。まあ私の知ったところではないが。

 

「いっぱい勉強したよ、妖怪のこと。人の形をした妖怪はより強いってことも知ってる。それに吸血鬼のことも」

「吸血鬼のこと?」

 

 この少女の話を最後まで聞くつもりは全くなかった。だが吸血鬼というワードが聞こえて思わず聞き返してしまった。

 

「うん、つい数年前にわかったことなんだって先生が言ってた。吸血鬼は仲間を増やせる、そうでしょ?」

 

 数年前、とか先生、とか気になる単語はいくつもあったが一番驚いたのは情報の正確さだ。私達は吸血鬼異変の時には吸血を行っていない、だというのにその情報が存在するということは外の世界の吸血鬼の情報を誰かが幻想郷に持ち込んだということだ。ではそれは誰か?十中八九紫だろう。彼女が外の世界の情報を人里の知識として与えたに違いない。

 

「それで、貴女は何を望むんですか?」

「決まってる、私を吸血鬼にしてよ」

 

 そう言う少女は私を強く睨んでいた。過去に彼女に何があったのかは知らないが、並々ならぬ決意の強さだ。こういう人間らしいところをもっと別の場所に生かせばいいのに。

 

「嫌です、と言ったら?」

「良いって言うまで付き纏う」

「殺されても?」

「殺された方がマシ」

 

 中々引き下がってくれない。だが少し興味がわいてきた。ここまで少女を情熱に駆り立てるほどの過去とは一体どのようなものなのだろうか。

 私は小さな紙を取り出すと、指に歯を立てて少し血を出す。その地を魔法で操って紙に文字を書いた。

 

『今日は遅くなります。』

 

 そして体から一匹の蝙蝠を生み出すと、紙を持たせて紅魔館まで飛ばした。その様を見ていた少女の目が輝いていたので、少し複雑な気分になった。妖怪への惧れが無い人間など霊夢と魔理沙くらいしかいないというのに。いずれも対抗しうる力を持っているからこそ怖気づかずにいられるのだ。

 

「どうして妖怪になりたいんですか?理由次第では考えてあげないこともないですよ」

「ほ、本当!?」

 

 少女は歓喜の声を上げた。しかし話を始めようとするとその顔はしだいに曇っていった――――。

 

 彼女の話を要約すると次の通りだ。

 彼女の親は彼女が幼い頃に人里の管理職に就いていた。その時に生贄と称して人里の人間を人身売買に出していたそうだ。取引相手はどうせ少し知能を持った妖怪だろう。結局それが明るみになり、彼女の両親は死罪となった。そして何も知らない彼女は孤児院に預けられた。しかし彼女の親のことは人里に知れ渡っていたため、彼女に近づく者はいなかった。先生とやらだけは違ったようだが、それでも彼女は孤独だった。いつしか彼女は自分を、そして人間を憎むようになり、妖怪になりたいと願うようになったそうだ。

 結論から言えば彼女は妖怪になれる。これほど深い憎悪を持った人間ならば死ぬときに高い確率で妖怪化する。人間の肉を食べればほぼ確実だろう。だから私は彼女を吸血鬼にする気にはならなかった。何よりも彼女は純粋すぎる。じっくり時間をかけて人生を過ごし、それでも憎しみが消えないようならそれで妖怪だ。

 それでもそれを伝えるには少し惜しいような気がした。彼女の純粋さゆえの憎しみの純度の高さが取り柄なのだから、わざわざ知らせるようなことは却って逆効果だ。

 

「今から私は人里に向かいます、ついて来たかったら勝手にどうぞ」

「無理だよ、先生がいるもん」

 

 とりあえずこれを早く引き離したかったため人里まで送りつけることにした。最悪妖怪に襲われて殺されても目的への近道になるだろう。それならばそれで―――――いいのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、本当に入れるの?」

「ええ、人間如きにバレるほど雑なことしてませんよ」

 

 人里に入る前、私は妖力をほぼ0まで抑えた。さらに古びたようなローブを投影し、上手く服が隠れるように着込む。これで見た目は貧しい少女、人里の人間に怪しまれることもない。というわけで早いところ寺子屋の先生とやらにこの子を引き渡して帰ることにしよう。

 

「ねえ、先生の所に行ってどうするの?」

「少し貴女の話を聞いてみたいだけですよ、第三者の視点というのは大切ですから」

 

 適当なことを述べて少女の追及から逃れる。今目的がバレればまた面倒なことになるだろう。

 それに人里の守護者とやらを一目見ておく必要があるとも思ったからだ。なんにせよ幻想郷の色々なところを見て回る計画は思わぬところで進行したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人里はかなり賑やかなようだった。外の世界にいた時も感じる群れとしての強さ、それが人間だ。群れることのない妖怪と違って集団としての強さを競い合うのが人間、集団心理によってどんな感情も何倍にも増幅するのが人間だ。

 人里の人間は日本語で喋っていたが、とても懐かしく感じられた。私が血を吸った人間も、私が罪を奪い取った人間も、全て同じ人間という種の中のひとつだ。そして団体としての強さゆえに一人消えても誰も気づかない。きっとこの子が消えても気づく者など一人もいない。

 

「ここが寺子屋。私はここの一室を借りてるの」

 

 少女が指差した寺子屋という建物。なんでも子供たちが勉強をするために集まる場所だそうだ。もう何十年も経っているように思わせる木材が印象的で、外からも何人かの大人の姿が伺える。子供たちはもう帰ったのだろう、空は既に夕日に照らされて赤く染まっている。

 

「慧音先生、お客さん」

 

 寺子屋の『職員室』と書かれた部屋に入って少女が先生の名前を呼ぶ。私も慧音先生と呼んだ方がいいだろうか。

 

「私に客?珍しいな」

「うん、私を妖怪から助けてくれたの」

「な、妖怪!?」

 

 部屋には入っていないので中の様子はわからないが、慧音先生のひどく慌てた様子が簡単に想像できた。

 

「綾音、怪我はないか!?どこか痛いところとか、体調が悪いとか、他には」

「大丈夫だよ先生!心配かけてごめんね?」

「あ、ああ・・・それなら良いんだ」

「それより、お客さんが」

「そ、そうだった!済まない、少し待っていてくれ。後でご飯を作るから」

 

 余程少女―――もとい綾音のことが心配なのだろう、なにせ客のことも忘れるほどだ。まあ客ではないのだけれど。しかし彼女は孤独だと言っていたが存外そんなこともなかった。これだけ心配してくれる人がいるなら人間に絶望することもないだろうに。

 

「すいません、待たせてしまいました。綾音を助けてくれてあり―――」

 

 私の目の前に駆け込んできた女性は私に頭を下げ、顔を上げた瞬間に固まった。それは私も同じだった。この人は―――

 

「お前・・・」

 

 妖怪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人里に何用だ」

 

 綾音を部屋に帰らせると、慧音先生は私を寺子屋の裏まで連れて行った。人間相手なら霊夢や魔理沙のような例外でない限り誤魔化す自信があったが、相手が妖怪となると話は別だ。それも人の形を取る知能を持つ妖怪相手ならなおさらだ。

 

「付き纏ってくる子供を返しに来ました。ついでにあの子の話でも聞こうかと」

「あの子を助けたというのは本当か?」

「助けたつもりなんてありませんよ、気まぐれですから」

「そうか・・・礼を言う、ありがとう」

「助けたつもりはないと言ったはずですが」

 

 慧音というこの女性は妖怪だ。さらに正確に言えば半妖だ。妖獣とのハーフといったところだろう。

 人里の守護者というだけあってさっきから敵意を隠そうともしない。礼は言うが歓迎はしないと言ったところだろうか。どの道歓迎されるつもりもなかったので早々に帰るつもりでいた。何故妖怪が人里を守っているのか聞きたかったが、この場を後にした方が良さそうだった。

 

「私は帰ります、それでは」

「ああ、出来れば二度とこの地に来ないことを願うよ」

 

 私は慧音先生の言葉に苦笑した。隠そうともしないところは流石妖怪と言ったところだろうか、上っ面だけの人間だったら即座に吹き飛ばしていたかもしれない。

 ついでの親切心で綾音のことも教えてあげることにした。この女性ならうまくやれるかもしれないと思ったからなのだが、これが私の帰りを遅くするなんて思いもしなかった。

 

「さようなら。―――ああ、そういえばあの綾音って子、妖怪になりたがってましたよ」

 

 踵を返した私の肩に手が掛けられた。

 

 

 

 

 

 


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