訪問、侵入、殺人事件
異変解決から数日。私達の館からは人知れず結界が解除され、私達紅魔館の住人も外に出歩くようになった。私もまたその一人ではあるのだが、幽香やアリスと共に行動をしていたりするのであまり結界の影響を感じることはなかった。
今日は週に一回ある所へ行く予定だったのでその旨をお姉さま達に伝えた。そのある所とは香霖堂のことなのだが、一週間に一回、水曜日に商品を入荷するのでその日に気に入ったものが無いか探しに行くのが習慣となっていた。こうして私以外にわからないまま不要物が紅魔館の倉庫へと溜まっていくのだった。
「今日は私もついていくわ。咲夜、準備しなさい」
「かしこまりました」
「・・・はい?」
今なんて言った?ついて来るとか言ってた気がするけど・・・。いやいやそんなことをしたら私の無駄遣いがばれてしまう。先日人のことを言えない私がレミリアお姉さまを咎めてしまったのでここで知られるわけにはいかない。
「別に大した用事じゃないので・・・」
「あら、妹との触れ合いは姉の大切な日課よ?」
まずい、これ以上頑なに拒むと怪しまれてしまう。既に咲夜は日傘を手に持ち準備万端と言ったところだ。これは霖之助が地雷を踏まないように祈るしかない。
「それじゃあ行きましょうか」
レミリアお姉さまが私に微笑みかける。私が返した笑みは引き攣っていなかっただろうか。
「やあいらっしゃい・・・ってリリィか。そっちはよく話してたお姉さまかい?」
「久しぶりです霖之助。こちらはレミリアお姉さまです」
「当主様だったか、これは失礼」
当主様とは言え姉に変わりはないので間違ってはいない。そんなことより横でわなわなと体を震わせているお姉さまの方が気になる。
「ど、ど、どどどどどういうこと!?下の名前で呼ぶってことはそういうことなの!?こんなヒョロヒョロのどこがいいの!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いて」
「落ち着けるわけないじゃない!いつの間にボーイフレンドなんて・・・確かにそこらへんの木端共よりは出来るみたいだけど・・・ううん、そうじゃなくて私に何の報告もなしに交際だなんてそんな」
「落ち着いてくださいレミリアお姉さま!」
「君の姉は結構失礼だね・・・」
なんだか盛大な勘違いをされているがとりあえず落ち着いてほしい。霖之助に救いを求める視線を送るが無言で首を横に振られた。
「お姉さま、私と霖之助は交際なんてしてませんよ」
「だって報告の一つくらいしてくれてもいいじゃない!私の知らないところでこんな・・・・・・え、そうなの?」
「はい、だからそんなに大声で騒いじゃダメですよ」
「う・・・そうね、そうよね。リリィはいい子だもの、私はもちろん信じてたわよ?」
レミリアお姉さまは一瞬呆けた顔になったがすぐにいつもの澄ました顔に戻った。顔が真っ赤だから説得力がないが落ち着いてくれたので良しとしよう。
「その通りだよ、リリィはただのお得意様であって恋愛的な感情を持って接してるわけじゃない」
「ええ、よくわかったわ。悪かったわね、少し取り乱してしまったわ」
軽く地雷を踏んでくれた霖之助だったがお姉さまはこの場を収めるので精いっぱいのようだったので助かった。今のうちに霖之助にこれ以上私の無駄遣いがばれないように取り繕ってもらうよう言っておかなければ。
しかし吸血鬼は耳がいい。小声で喋ってもきっと気づかれてしまうだろう。紙に書いてもいいが時間はあまりかけたくない、そしてバレ易いのも確かだ。
「リリィ様、ちょっとよろしいでしょうか」
どうしたものかと思案していると咲夜に肩を叩かれた。彼女の笑顔が妙に影が掛かって見えるのは気のせいだと思いたい。
「な、なんでしょうか咲夜」
「先程あの霖之助という男が言っていたお得意様というのはどういう意味でしょうか。詳しい説明をお聞かせ願いますわ」
「あ、あー・・・えっと・・・」
咲夜にはしっかり聞こえていたようだ。レミリアお姉さまも気づいたらしくこちらの方をジト目で見てくる。可愛い。
じゃなくて、この場をどうにか切り抜けなければならない。再び霖之助に視線を送ると納得したように拳を掌に打ちつけた。
「ああ、君はお忍びで来ていたんだね。かなり頻繁に物を買ってくれるからお小遣いでも貰ってるのかと思っていたんだが」
「あら、おかしいわね。お小遣いなんてあげた覚えはないけれど」
「ううぅ・・・霖之助・・・」
見事に地雷だけを踏んでくれる彼に思わず恨み言を言いそうになったが自業自得なので諦めた。ここまで来てしまったので開き直ることにした。
「今日は何か面白いものは入りましたか?」
「そうだね、これなんかどうかな」
霖之助が取り出したのは先が少し上にまがった管のようなものだった。いつものように説明を視線で促す。
「これは
「煙を吸う、ですか。して、タバコとは?」
「さあね、一般的な用途はわかるけどそれに意味を見出すのは僕の能力じゃ出来ないし、そもそも僕の領分じゃないからね」
煙を吸う道具と言っていたが煙を吸うとどんなことがあるのだろう。しかし不思議な形をしているが、尖った方にも小さな穴が開いている。こちらから煙を吸って大きい方の穴から吐き出すということだろうか。やってみないとわからない。
「他にはありますか?」
「うーん・・・君が興味を示すかはわからないが、こんなものがあったよ」
霖之助が取り出したのは丸い囲いの中に網を張った道具だった。細長いところが持ち手だろうか。
「これはテニスラケットと言ってテニスというものに必要らしい。ところがテニスが何なのかわからないんだ」
「ダメダメじゃない」
レミリアお姉さまから突込みが入るが霖之助は肩を竦めた。連鎖的に物の情報がわかれば更に便利なんだろうけど、流石に世の中は甘くない。
こちらで調べれば何かわかることがあるかもしれないのでこれは保留だ。
「じゃあ、その煙管をください」
「毎度あり。代金はどうする?」
ここでちらりと咲夜を一瞥してから霖之助は私に交渉を持ちかけた。目の前でお金を払わせるのは流石に引けるので支払方法を選ばせてくれるということだろう。気を遣わせてしまったが今の私にはありがたかった。
「・・・最近冷気を吐き出す魔道具を開発したんです。試作段階ではありますけど、夏場の暑さを凌ぐには丁度いいと思います」
「うん、交渉成立だな」
どうやら夏の暑さには霖之助も参っていたらしく、交渉はすぐに成立した。吸血鬼は気温の変化を特に気にしないので必要なかったのだ。元々はもっと強力な氷結系の魔法を撃ち出すために作っていたのだが、冷風を撃ち出す程度でないとすぐにダメになってしまうのだ。つまりボツ作品である。
「なんだ、物々交換だったのね」
「申し訳ありませんリリィ様、余計な疑いを抱いてしまいました」
「あはは、別にいいんですよ」
こちら側も何とかなった。私は二人に気付かれないように安堵の息を漏らし、香霖堂を後にした。
紅魔館に帰ると門の前で美鈴が倒れていた。慌てて駆け寄ると気絶していたわけではないらしく、起き上がって頭を下げられた。
「申し訳ありません!侵入を許してしまいました!」
「し、侵入者!?一体どこのどいつよ!?」
「・・・霧雨魔理沙です」
「あー・・・」
美鈴を倒して館に侵入したのは魔理沙のようだ。そういえば宴会の時にやたらとパチュリーに本をせがんでいたのを思い出した。
「美鈴は弾幕ごっこに弱いわねぇ・・・」
「面目ありません・・・」
咲夜の言葉にため息を吐きながらも謝る美鈴。相当自信を失っているらしくいつもは凛々しい弱々しく見える。
「美鈴、特訓しましょう」
「特訓?」
「はい」
私の言葉に反応を見せる美鈴。しかし余程こっぴどくやられたのかまだ落ち込んでいる様子だ。これには咲夜とレミリアお姉さまも困った顔をした。ここは美鈴を焚き付けるしかない。
「魔理沙に負けたままで悔しくないんですか?このままずっと門を通し続けるんですか?」
「・・・いえ、そんな、そんなわけないです。門番の私がそんな簡単に
再び美鈴の目に闘志が宿る。こんな真っ直ぐなところは彼女の長所であり、紅魔館の誰にも負けないところだ。倒れてもすぐに立ち上がれる彼女が少し羨ましかった。
「それじゃあこれから毎日2時間弾幕ごっこの特訓を咲夜につけてもらいます」
「はい!」
「はい!?」
美鈴の元気のいい返事と咲夜の驚愕の声が混ざる。変なことを言った覚えがないので首を傾げて咲夜を見る。
「ど、どうして私なんですか・・・」
「一番背が合ってるから・・・」
「それだけ!?」
「それだけ、とはなんですか。背が合っているということは被弾判定も似ているということです。参考にするには丁度いいのです」
「は、はぁ・・・まぁリリィ様の頼みなら断れませんね」
「時間が無いのはわかってますが、どうか気分転換にでもと思ってください」
渋々と了承したように見えるが満更でもなさそうだ。なにせメイド見習い時代に一番懐いていたのは美鈴なのだから。今もコソコソと門まで差し入れを持って行っているのは周知の事実だ。尤も咲夜はバレていないと思っているらしい。
「仕方ないわね。私は厳しいわよ?」
「はい!ありがとうございます咲夜さん!」
「え、えぇ・・・」
眩しい。灰になりそうなほど美鈴の笑顔が眩しいが残念ながら鈍感である。私はポンと咲夜肩に手を置こうとしたがちょっと手を伸ばさないと届かなかった。
「さて、私は少し泥棒さんを懲らしめてきます」
「あら、私も行こうかしら」
「レミリアお姉さまは博麗神社までフランお姉さまを迎えに行ってあげてください。多分日傘忘れてるんで」
「どうやって行ったのよ・・・」
「行きは美鈴が同行してたはずなんですが」
「まあ帰らされたんでしょうね・・・行ってくるわ」
玄関まで来た咲夜とレミリアお姉さまは踵を返して飛んで行った。では私は美鈴の敵を取るとしよう。しかしどうやって懲らしめようか。そんなことを考えていると図書館に通じる扉が勢いよく開いた。早さじゃ魔理沙に勝てる者も少ないだろう。
「魔理沙、止まってください」
「うおっと、新手だな!押し通るぜ!」
魔理沙は話も聞かずに弾幕を放ってきた。まあわかりきってはいたが問答無用とはまさにこのことだ。
「いくぜ!『スターダストレヴァリエ』!」
星形の大弾幕が私に向かって迫ってくる。私は少し考えると避けずにその弾幕を受け止め、自身の魔法で頭の半分を爆発させた。
「かはっ・・・あ、ぐあ・・・・あ・・・・・」
「お、おい!どうして避けないんだよ!?」
魔理沙が慌てて駆け寄ってくる。私は血を吹き出しながらがくりと倒れた。魔理沙は本を投げ捨て私を抱き寄せた。
「あ・・・ま、り・・・・」
「ち、ちが、私はそんなつもりじゃ、なんで」
涙目になって私を揺さぶる魔理沙。湧き上がる罪悪感を能力で無理やり押さえ込んで演技に徹する。
「わ、た・・・」
「違う!私はお前を殺そうなんて」
必死で叫ぶ魔理沙の言葉を途中で遮って彼女の体にしがみつく。一瞬体が強張って動けなくなった隙をついて私は声を上げた。
「パチュリー!今です!」
「ナイスよリリ・・・うわ、何それ本当に生きてるの?」
「ええばっちりです。吸血鬼の生命力を舐めてはいけません」
「お、お前騙したのか!私は本気で心配して・・・あぁ、もう」
「本を無断で盗む泥棒には容赦しません」
「わかったわかった、悪かったよ全く・・・」
安心したのか魔理沙の体から力が抜けてその場に寝転がった。ちょっとやりすぎたかもしれない。
「次盗んだらもっと恐ろしい目に遭いますよ」
「わかったよ、わかったから顔を元に戻してくれ」
青い顔のまま答える魔理沙。どうやらトラウマになってしまったらしい。
こうして『リリィ・スカーレット殺害未遂事件』は霧雨魔理沙によって語り継がれていった・・・らしい。
自分で描きながら少し魔理沙が可哀想でした