目を覚ますとそこは救護室だった。記憶は確かだ、私は巫女と魔法使いに負けて気を失った。そして誰かがここまで運んでくれたのだろう。
「気が付いたかしら?まさか貴女が負けるなんて思ってなかったからびっくりしたわ」
声が聞こえたのでそちらを向くと紫のかかった髪が揺れていた。声の時点で気づいていたがやはり顔を見ないとこういう時は不安になるものだ。
「運んでくれたんですか?パチュリー」
私の親友の魔法使い・パチュリー・ノーレッジだ。図書館に籠りきりの彼女がここまでよく来たものだ。
「まさか、私の体力じゃこんな短時間には無理よ。図書館まで霊夢が運んで来たの」
「てっきり捨てられたままかと思ってましたが」
「ええ私もそう思ってたわ」
他人とのかかわりを避けているように見えたが、案外面倒見のいい奴なのかもしれない。冷たいように見えて根の方では優しい性格が人を惹きつけるのだろう。
「霊夢はもう帰ったわよ、お礼なら明日にでも神社にお邪魔して言えばいいんじゃない?」
「・・・霊夢
「ホント鋭い子ね、相変わらず」
パチュリーの言葉に違和感を覚え聞き返すと、彼女は苦笑混じりに部屋の隅を指差した。その先を見てみると、黒い三角帽子を被った金髪の少女が壁に寄りかかっていた。
「よっ」
片手をあげ私に挨拶をするその少女は先程まで私と戦っていた魔法使い、霧雨魔理沙だ。
「・・・パチュリー」
「わかってるわ。あの子、リリィと二人で話がしたいらしいの」
「ええ、別に構いませんけど」
「そういうわけで私は図書館に戻るわ。何かあったら呼んでね」
そう言うとパチュリーはヒラヒラと手を振って部屋を出ていった。彼女は何か知っているのだろうか。私は元気のない魔理沙の方を再び向いた。
「それで、話とは?」
「ああ、話っていうか愚痴っていうか・・・」
口ごもる魔理沙。快活な笑みを浮かべていた数刻前とは大違いだ。
「私はさ、お前に勝てなかった」
「何を言ってるんですか、ちゃんと二人で勝ったじゃないですか」
「いいや、結局私が居ても居なくても霊夢なら勝ててただろうさ。私は弾幕ごっこでも魔法でもお前に勝てなかった。完敗だよ」
正直な話、魔理沙の話に否定できる要素は一つもなかった。霊夢の最後に使った技は私のスペルカードを無力化し、私の背後を取って見事に勝ってみせた。口ぶりからすると未完成だったようだが、既に技としては申し分ない。
それに対して魔理沙のスペルカードは全て見切ったし、魔法でも上回った。魔理沙との個人技で言えば私は負けたと思っていなかった。
「魔理沙は霊夢に勝ったことがありますか?」
「いいや、小さいころから負けっぱなしさ。あいつは何もかも上手いんだよ、昔からな」
魔理沙はどうやら霊夢に対してある種のコンプレックスを抱いているらしい。巫女ではない彼女が今回の異変解決に乗り出したのも彼女と競おうとしたのだろう。
「霊夢に負けたくないんだ。小さい頃から一緒にいて、ずっと手を伸ばしてもあいつはその遥か上を行く。まるで私のことなんか眼中にないみたいに飛んでいくんだ。それが悔しくて、努力して、勝負を挑んで、また負けて。碌に修行もしない怠け者の巫女に何年かかっても敵わないんだ。才能とか天性とか、そういう言葉が嫌いなだけに余計に腹が立つ」
魔理沙は拳を握りしめていた。
私も生まれが吸血鬼というだけで人より必要な努力は少なかったかもしれない。自分より下の種族には目を向けることもなかった。
「じゃあ魔理沙が霊夢に勝てるところってなんですか?」
「・・・お前、私の話聞いてたか?」
「ええ、ちゃんと。貴女にだって、ここだけはだれにも負けないって部分があるでしょう?」
「・・・霊夢より速く飛べるし、弾幕の質量や見た目の派手さで負けるとは思ってない。・・・なにより、十数年磨いてきた魔法の腕はあいつがちょっと努力した程度で抜かれるとは思ってない」
ぽつりぽつりと言葉を紡ぐたびに魔理沙の目に輝きが戻ってくる。それを見て私は思わず笑みを浮かべた。
「ほら、ちゃんと勝ってるじゃないですか。総合的な勝敗なんていつでもひっくり返るんです。天候、体調、いろんな要因で物事の勝ち負けは簡単に変わる。勝負は時の運なんです。だから人に負けない部分を作っておけば、いつだって勝てるんですよ」
「・・・そんなもんかな」
「そんなもんです。だから胸を張って肩を並べなさい。貴女は霊夢と同じ空を飛んでるじゃないですか」
「・・・そうだな、そうだよな!私らしくなかったぜ」
「ええ全く。そんな辛気臭い顔でいつまでもいるつもりならとっくに今日の夕飯になってましたよ」
「怖い怖い」
魔理沙の顔に笑顔が戻ってきた。彼女によく似合う快活な笑み。目尻に溜まった涙は見なかったことにしてあげよう。
「魔法の師匠にならなってあげてもいいですよ」
「生憎だが私には師匠がもういるんだ。数年前にどっかに行っちまったがな」
「その師匠とやらに一度会ってみたいですね。弟子に魔法陣の一つも書かせない魔法使いの顔を拝んでみたいものです」
師匠のことを悪くいわれたからか、少しムッとする魔理沙。今の彼女には挑発は良くなかったかもしれない。
「あのなぁ、師匠はちゃんと魔法陣描いてたし私だってかけないわけじゃないんだぞ」
「では何故?」
「弾幕ごっこ用の魔法だからさ。魔法陣を描くと威力が出すぎて向かないんだよ。燃費も悪いしな」
「やっぱり未熟なんじゃないですか。魔法陣は威力の増幅ではなく本来コントロールを安定させるものです。それなのに魔法が暴走するのは単純に貴女の力量不足です」
「うぐっ・・・。まぁ見てろよ、あと2年もすればお前やパチュリーを超える大魔法使いになってみせるからさ」
「楽しみにしてますよ。負けるつもりなんて微塵もありませんけど」
お互いに浮かべる笑みは穏やかなものじゃないのだろう。それでもどこか暖かいような、そんな笑みだった。
「あ、そうそう。明日神社で宴会をやるんだ、お前も来るだろ?」
「ええ、お姉さま達と一緒にお邪魔します」
部屋を出ようとした魔理沙が、踵を返してこちらを向く。幻想郷には異変の後宴会を開いてすべて水に流しましょうと言う習わしがあるらしい。吸血鬼は流水が苦手だが、酒なら心配はないだろう。
「それじゃ、また明日」
「ええ」
「あーそれと・・・」
出ていく前に魔理沙が再びこちらを振り返る。頬を掻いたり目線を上に向けたりと落ち着きがない。
「その、なんだ、ありがとな」
「・・・ふふっ」
「な、なんだよ」
「いえいえ、どういたしまして」
魔理沙がお礼を言ってきたので思わず吹き出してしまった。顔を赤くした魔理沙は逃げるように部屋を出ていった。
さて、これからどうしようか。このまま寝てしまうのもいいが、親友に灸を据えてやるのが先か。
「で、忍者にでも転職したんですか?」
「・・・ニンジャ?」
「ええ、部屋や屋敷に忍び込むもののことを
「そう、私は何百年経っても魔法使いよ」
「そうですか」
置物の影からぬるりという効果音がしそうな動きでパチュリーが出てくる。私がよく使う闇と同化する魔法に酷似している。
「これ、魔力の消費が結構ひどいんだけど」
「吸血鬼の霧状化と並行して消費を抑えてますからね。それよりどうして覗き魔のようなことを?」
「失礼ね、まあ間違ってないんだけど」
理由を問うたものの大体想像はつく。どうせただ気になっただけだ。
「まああの白黒がしょげてたからどんな話をするのか興味があっただけよ」
「悪趣味ですね」
「そうかしら?それよりもリリィが人間に優しくしている方が驚いたけど」
「いつまでもうじうじしている人間は腐ってしまいますからね。それじゃ面白くない」
「ま、そうね。貴女に賛成だわ」
あたりはすっかり夜。そろそろお姉さま達が帰ってくるだろうか。そんなことを考えながら久しぶりに親友とゆっくり談笑をする。そんな何気ない時間を尊いと思うことが出来た。
「同じ空を飛ぶ・・・ですね」
「なにそれ?って、ああ・・・」
ふとつぶやいた言葉は先程魔理沙に言ったものだった。パチュリーや咲夜、美鈴、こぁちゃん、そしてお姉さま達。私はみんなと同じ空を飛ぶことが出来ているだろうか。
「飛ぶなら綺麗な満月の夜がいいですね」
「ふふっ、夜の王らしいセリフね。いや、らしくないとも言えるけど」
私も太陽は苦手だわ、と紅茶を飲みながらパチュリーが呟く。いつの間に用意したのだろう。
「貴女の紅茶も上達したから私にも出来ると思って始めてみたの」
「すごい失礼じゃないですか。まあ否定できませんけど・・・」
もう何百年かわからないほど前に初めて紅茶を淹れた時、レミリアお姉さまはどんな顔をしていたっけ。きっと引き攣った笑みを浮かべていたのだろう。
魔法使いと吸血鬼の、思い出話混じりの小さなお茶会は夜が更けるまで続いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その夜。普通の魔法使いは家の屋根の上で夜空を見上げていた・
いつも考える。「遊ぶ」、その意味を。どうしてその手を高く伸ばすのか。
独りよがりでもいい、自分勝手でいい、私の思い過ごしでも構わない。だけど気づいてるか?お前、笑ってるんだぜ。光の飛び交う同じ空を、私とお前で飛んでるんだ。
今日という一日がまた過ぎてゆく。私とお前が過ごしてきた毎日が終わり、私とお前が過ごしていく毎日が始まるんだ。
自然と笑みが浮かんでしまう。しかしあまり夜更かしをするわけにもいかない。明日の宴会に備えてゆっくり休まなければ。
「明日からもよろしくな」
明日からまたお前の横で笑えるように。そう思いを込めて星に願いを掲げるのだった。
次の話で紅魔郷終了となります