東方末妹録   作:えんどう豆TW

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独自の宗教解釈があります、注意してください


もうそこにいない私、此処に在る私

 

―――吸血鬼秘技『ヴァンパイア・プライベート』

 

 これはその名から判るとおり咲夜をイメージして作ったスペルカードだ。と言っても私には時間を操る能力は備わっていない。ナイフを投影するのはいつもやっていることと大して変わらない。そこで私は咲夜の真似事をしてみようと考えたのだ。元々咲夜の能力は非常に研究のし甲斐があるもので、随分前から同じようなこと―――つまり時間に干渉する魔法が作れないかと考えていたのだ。

 

「おいおい、なんだそりゃ?」

「創れるのは剣だけじゃないのね」

 

 私が創り出したのは巨大な鉄製の立方体だ。人間の力では到底持ち上げることのできない鉄塊を、吸血鬼の怪力に任せて二人目掛けて投げつける。しかしその重量のせいでそれほどのスピードは出ない。放物線を描きながら鉄塊は確実に着弾点へと近づいていた。

 

「魔理沙、散開するわよ!」

「言われなくて―――」

 

 霊夢は魔理沙に声を掛け、魔理沙はそれに応える。しかし魔理沙の言葉は途中で止まった。まるで時が止まったように二人が動かなくなったのだ。二人は全く動かないがその目は明らかに驚愕の色に染まっていた。

 『空間固定』。私が数年間かけて習得した魔法だ。この魔法は決められた範囲のみではあるが術者の周り以外の空間を固定することが出来る。しかし空間に干渉するという大技には当然いろいろな欠点が存在する。

 一つはその範囲。精々がこの大広間程度だ。紅魔館を覆うことなど現段階では到底できない。

 もう一つは制限時間。空間への干渉という大きな負担のため全魔力を使っても30秒程度が限界だ。その後に動くことを考えると4秒程度に留めておくのが丁度いい。

 ではその数秒の間に何をするのか?先に述べたように、咲夜の真似事だ。咲夜が投擲したナイフは手を離れたことによってその能力下に置かれ、掛けられた力を保ったまま静止する。私もそれと同じことをするのだ。

 空間が固定されている間に先程投げつけた鉄塊に全速力で突撃する。しかし空間が固定されている今鉄塊は砕けることなくその形を保っている。さらに私は追撃に魔力を込めた拳で出来る限りの連打を鉄塊に叩き込む。ここまで来ればあっちの二人も私が何をしたいのかわかるだろう。

 咲夜のように時を止めているわけではないので、彼女達はリアルタイムで私が何をしているか確認できる。しかし彼女達自身は固定されているため何もできない。これが絶望というものだ。せっかくなので調子に乗って少しお喋りの時間を設けることにした。

 

「どうです?自分の目の前で攻撃が起こっているのに何もできない気分は」

「ええ、最悪ね」

「っ!?」

 

 返ってくるはずのない返事が聞こえた。慌てて空間固定を解除すると、力を加えられても壊れることを許されなかった鉄塊が一気に破裂し、その破片が霊夢達に襲い掛かる――――はずだった。

 

「サンキュー霊夢」

「ついでよ、ついで」

 

 見上げると魔理沙をわきに抱えた霊夢が浮かんでいた。霊夢に礼を言う魔理沙、霊夢はそっぽを向くが照れ隠しのようだった。しかし今私の目に映るのは甘い友情劇などではない。

 

「・・・何をしたんですか?」

「それはこっちのセリフだぜ、これがお前の能力か?」

「違いますよ。魔法陣が見えたでしょう?これも私の魔法の一つです」

「そりゃすげえな、幻想郷には私の知らない大魔法使い様がたくさんいたわけだ」

 

 魔法使いではなく吸血鬼、と否定しようとしたが満更でもなかったのでやめにした。今問題なのはそこではない。

 

「別に。ただあんたの作った変な空間から()()()だけよ」

 

 これが霊夢の返答だった。浮いた?霊夢の能力は空を飛ぶだけではなかったのか?わからない。いくら考えても最終的に彼女に攻撃が通らないという結論に至ってしまう。

 

「考え事している暇はないわよ」

「っ!」

 

 頭を現実に引き戻す。振り返ると霊夢がお祓い棒を振り上げていた。慌てて射程距離内から脱出するがそこには魔理沙が待ち構えていた。

 

「さあ食らいやがれ!マスタースパーク!!」

 

 八卦炉をこちらに向け叫ぶ。既に八卦炉には魔力が込められ、発射準備は完了しているようだった。

 放たれた光線が私を飲み込んでいく。しかしその威力を見て私は思わず鼻で笑ってしまった。

 

「パチュリー、ほんとに手加減したんじゃないですか」

 

 スペルカードの設計をミスしたのだろう。この程度の威力の魔法をパチュリーが受けきれないわけがない。舐めすぎたか、はたまた欠陥があったかは本人に聞かないとわからないが。

 

「呪砲『カラドボルグ』」

 

 詠唱、魔法陣無しのカラドボルグ。私の魔法の中で最も燃費が悪く最も威力の高い魔法だが、詠唱と魔法陣が無ければ威力は格段に落ちる。スペルカードにはちょうどいいだろう。

 私の放ったカラドボルグは易々と魔理沙のマスタースパークを飲み込んだ。

 

「うおおおぉ!?」

 

 慌てて魔理沙がスペルを中断して回避する。ギリギリ被弾には至らなかったが箒の先が焼け焦げていた。もしかしたら思ったより威力が高かったかもしれない。

 

「あ、あっぶねぇ・・・」

「これが魔法ですよ、少しは勉強になりましたか?」

「そのカチンと来る物言いをやめさせないとな」

 

 自慢の魔法が破られたからか、魔理沙はすぐに挑発に乗った。さあ向かってこい、返り討ちにする準備はとうに出来ているのだから。

 

「お取込み中失礼するわよ」

「おっと、影打ちは感心しませんね」

「どの口が言うんだが」

 

 魔理沙と霊夢がどちらも見渡せる位置まで移動してから再び通常弾幕を用意する。

 

「霊夢、斧や矢が混ざってきているぞ」

「ええ、速度や範囲が違うからしっかりと見極めなさい」

 

 魔理沙は霊夢の言葉に無言で頷いた、どうやら落ち着いたようだ。それでも悔しそうな顔を隠さない辺り彼女の性格が伺える。

 まだまだ遊びは終わらせない。次は耐久スペルだ、どれくらい耐えられるのか見せてもらおうじゃないか。

 

「QED+『490年の苦悩』」

 

 連なる十字架型の弾幕が壁を形成する。何重にもなった壁が波状攻撃となって二人へと押し寄せる。回避方法はただ一つ、十字架の間をうまく通るしかない。同じ位置に十字架を形成するわけはないので位置をずらしながら避けなければならない。

 

「よっしゃ霊夢!二人乗りだ!」

「被弾したら承知しないわよ」

「任せろ!」

 

 霊夢は魔理沙の後ろに座る形で箒に跨った。なるほど、動きを合わせれば二人とも被弾することはないが、何とも見事な信頼だ。数年やそこらで作れるものじゃない。

 このスペルカードは私の目の前で壁を形成するので残念ながら彼女達が被弾したかどうかも分からない。スペル時間はおよそ一分半。集中力を切らさずに全て避けきることが出来るのか楽しみだ。

 そんなことを考えていると部屋に声が響いた。

 

「左右右右左の順!」

「了解!」

「少し間隔をあけて左左右左右!」

 

 私は驚愕のあまり目を見開いた。どうやったのかはわからないが霊夢がある程度先の弾幕の状態まで分析してナビゲート、そして魔理沙が指示通りに動いて弾幕を躱しているようだ。

 

「『ミルキーウェイ』!」

 

 不意にスペルの宣言が聞こえる。目測を誤ったのだろう。結局このスペル中に使われたスペルは一個だけだった。

 自然に笑みが浮かんでしまう。尤もそれは凄惨でさぞ好戦的な笑みなのだろう。口の端が持ち上がるのが感じられる。

 耐えきった。フランお姉さまの作ったかなり理不尽な耐久スペルをさらに強化したのが『490年の苦悩』だ。それを被弾なしで避けきってみせた。

 

「大人しい奴と聞いていたんだけどねぇ・・・ま、楽しそうで何よりだけど」

「おいおい、霊夢は楽しくないのか?私は最高に燃えてるんだがな」

「あんたと違って戦闘狂じゃないのよ」

「失礼な奴だな」

 

 私のスペルをいくつも受けてまだ軽口をたたく余裕があるのか。怒り?屈辱?そんなものは微塵も感じない。あるのは純粋にこの戦いを楽しむ心だけだ。今まで人間を毛嫌いしてきた私がこんなに楽しく人間と遊んでいるのだ。ああ、愉快でたまらない。

 数週間前の自分に向かって叫んでやりたい気分だ。見たか、これが人間だと。これがお前の馬鹿にしていた弱小な生物の持つ輝きだと。一人では敵わなくとも人と協力し合って困難を乗り越えるその在り方こそが尊いのだと。

 人間の命は私達にとっては一瞬のごとく感じられる。その儚い命が見せる一瞬の輝きはどの生物よりも美しい。私には目の前の二人がまさに眩しい輝きを放っているように感じられた。そしてその輝きをもっと見せてくれと、そう強く願った。

 

「紅魔『永遠に紅き満月《エターナルドレッド》』」

 

 そろそろ残りのカードも少なくなってきた。この楽しい時間を終わらせてしまうのは名残惜しいが決めに行かなければならない。今回は異変でも八百長でもないので私が負ける筋合いはない。つまり全力で倒しに行けるということだ。

 レミリアお姉さまを模したスペルカード、『永遠に紅き満月《エターナルドレッド》』。大型の紅色の弾幕が飛び交い、それを中心に集中線状にレーザーが放たれる。単純だがそれ故にスピードを上げてある。レーザーの角度はコンマ数秒単位で変わる上に不規則なので更に避けにくいだろう。

 

「くそっ!このままじゃ!」

「魔理沙!私の陰に!」

 

 何とか二人とも避けているようだがだんだんと部屋の隅に追いやられてジリ貧となっている。そこで霊夢は魔理沙に声を掛けた。何をしようとしているは誰から見ても明らかだ。魔理沙は全てスペルを使い切ったので霊夢のスペルでここを乗り切ろうとしているのだろう。霊夢のカードはここで使ったら残り一枚、私のカードも残り一枚だ。

 

「夢符『封魔陣』!」

 

 思った通り霊夢はスペルを切った。針が次第に結界を作りその中の弾幕を打ち消していく。そんな簡単に壊れる弾幕は創っていないのだが、やはり博麗の巫女の力は強力だった。針は結界を作りながらこちらへと向かってくる。しかし私の弾幕にはばれる者もあって回避するのは容易だった。

 

「まさかここまでとは思いませんでした」

 

 スペルが切れ、二人の姿がはっきり見えた。服はところどころ破れたり焼けていたりして、どれほどの戦いだったかが傍目から見ても判る。私も同じような格好をしているのだろう。

 

「これがラストワード、正真正銘最後の攻撃です」

 

 最後の一枚を懐から取り出す。ただ一文字「罪」とだけ書いてあるカードだ。ここで初めて私の能力を使う。使いすぎると狂気に呑みこまれてしまうから普段は控えているのだ。

 

「文字通り()()です。最後に芽を()()取って私の勝ちですね」

「へへ、残念ながら勝つのは私達だぜ」

 

 変わらない好戦的な笑みの魔理沙。霊夢までもが自信に満ちた笑みを浮かべていた。

 

「この試練を乗り越えてみせろ!人間!」

 

――――原罪『禁断の果実』

 

 私の今回のラストワード。二つの巨大な球を作って空中で静止させる。

 

「な、なんだ!?引きずり込まれる!」

「魔理沙!」

 

 魔理沙は一つの球体に吸い込まれるように近づいていく。霊夢も慌てて手を伸ばすが別の球体によって引き寄せられる。

 引力や重力ではない。あの弾幕の正体は罪、それも人間に課せられた『原罪』だ。

 その昔、最初の人間は神に与えられていた楽園で暮らしていた。しかしその人間は蛇に唆され決して手にしてはいけないとされた『善悪の知識』を得ようとその果実を食べてしまった。この時から人間には生まれながら神に与えられた罪が科せられるようになった。

 宗教の一つによってとなえられている説だが、罪を操る私にはそれが何かわかる。知識を得ようとすることが罪かどうかは問題ではない。その人間―――アダムとイヴは何故追放されたのか。それは誘惑に勝てなかったからだ。原罪の正体は人間に宿る欲望、そして欲望に抗おうとする力を打ち消す誘惑だ。

 もし私が神だったら決して食べてはいけない果実の成る木を楽園に置かないだろう。しかしその木は確かに楽園にあった。まるで食べてくださいと誘うように根を張り実をつけていたのだ。何故?それは人間への試練だったからだ。誘惑に打ち勝てるかどうかの試練だったからだ。そして人間はその試練に負けた。だから楽園を追放された。そして欲望に塗れた生物としてこの世に生を受けるようになった。

 

「良い戦いでした、本当に」

 

 今頃は意識を手放しているだろう二人に向かって言葉を放つ。欲望に忠実な生物であっても、どれだけ愚かだったとしても、人間はその生を精一杯生きることで強い輝きを放つ。私はその力が見たくて、外の世界で失われてしまったその人間の在り方が見たくてここまで来たんだ。そう思えるほどに今私は満足していた。

 

「ええ、本当に良い戦いだったわ」

 

 聞こえるはずのない声。反射的に身を屈めるがもう遅い。頭部に強烈な衝撃を感じ、意識が途切れ途切れになる。

 

「夢想天生―――一か八かの賭けだったけど、どうやら上手くいったみたいね」

 

 何が起きたかわからなかった。てっきり二人ともあの罪を含む弾幕に被弾してダウンしていると思っていた。現に私が確認する限りでは魔理沙が床に横たわっている。

 一つだけわかったことは霊夢が最後のスペルカードを使ったということだけだった。どんなスペルだったかも今となっては確認する術がない。

 しかし私は存外に満足しているようだった。清々しい気分だ。全力で遊んで、全力で負けた。悔しくもあり、嬉しくもあり、なんだかよくわからない気持ちだった。それでも悪い気分じゃない。だって笑っているんだもの。

 リリィ・スカーレット、その490年の生の中で初めて人間に負けた日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




後日談を書いて第3章 人間嫌いの吸血鬼 は終了となります

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