東方末妹録   作:えんどう豆TW

31 / 69
今回とても長くなっております、ご注意ください


七曜魔法と流星群

 

「錬金術って、本気?」

 

 もう百年ほど前のことだが、私はこの会話を覚えている。

 目の前の少女はこの館の主の妹、リリィ・スカーレットだ。この少女は突然私に錬金術の研究をしようと思う、なんて言い出したのだ。

 三人称視点の考えをしながら私の視線の先に私はいない。つまりは過去の出来事が夢となって表れているということだ。私は冷静に分析しながら無意識に、機械的に過去を再現する。もちろん目の前のリリィもあの時と違う言葉を言わない。

 

「はい、本気です」

「魔法はどうするのよ」

 

 この時私は少なからず怒りと寂しさを抱いていた。魔法の先輩であり、私の密かな目標であり、憧れであり、ライバルであり、親友である彼女は魔法を捨てようとしているのではないかと疑ったからだ。

 しかし私の言葉の真意に気付いたように彼女は慌てて手を振った。

 

「もちろん魔法の研究もしますよ、でもそれ以外に自分の手札を増やしたいんです」

 

 錬金術と魔法は全く構造が異なる。陣を描く点と理屈から成る力である点においては同じと言えるが、その本質は前者が科学、後者が魔力である。

 魔法は才能と保有魔力に左右されるが、錬金術はその知識量によっていくらでも習得することが可能である。

 しかし必要な知識は魔法と錬金術で大きく異なる。つまり両立が限りなく難しいのだ。どちらかに身を置けばもう一方が疎かになる。

 リリィはそれを成し遂げてみせると言ったのだ。なぜか私にも彼女ならその高い壁を超えることが出来るのではないかとその時思った。今の私は結果を知っているのでこの時の感情を再現することは出来なかった。

 

「まあ私が口を出すことでもなかったわね」

「一応魔法使いのパチュリーには言っておこうかと思いまして」

 

 律儀なものだ、別に伝えるほどのことでもないだろうに。それでも私はこの少女のこういうところが嫌いではなかった。もし私が彼女と同じ立場なら同じことをしたのだろう。

 

「別にいいわよ、また研究の手伝いをしてくれるんなら私は構わないわ」

 

 先程抱いていた(であろう)感情のことは一方的に頭の片隅に追いやって、気にしていない風を装ってリリィに言葉を返す。彼女はきっとさっきの私の気持ちに気付いていたのだろう、申し訳なさそうに笑った。

 

 今日は異変の日だったはずだ。そんな時に昔のことを夢に見るなんて、レミィに言わせれば運命の悪戯というやつだろうか。

 彼女は直接的にこの異変に関わることをしないと言ったがやはり気になるものは気になるのだろう。人間が攻めてくるなど私がこの館に住みだしてからは一度もなかったのだから、リリィにとっても四百年ぶりのはずだ。

 先日の八雲紫に対する怒りから感じ取ったのは失望。リリィはきっと自分たちの見てきた人間が四百年の間にどれだけ変化しているか、それに期待していたのだろう。妖怪の保護の下で暮らすような姿は見たくなかったはずだ。

 彼女が自主的に辞退したとはいえ、私を含む紅魔館の面々はリリィにどこか後ろめたさを感じていた。

 

 私が目を覚ますとそこは大図書館だった。決して大きくはないが一つだけ置かれている机。丸いそのテーブルを囲うように置かれた八つの椅子。その一つに腰かけて、しかも私にしては珍しく机に突っ伏して寝ていたようだ。

 顔を上げると私の背中から何かが落ちる感覚がして振り返る。目の先にあるのは椅子の背もたれに垂れ下がるように掛かっている毛布だった。

 

「おはようございます、よく眠れましたか?」

 

 私が毛布に目を向けていると少し上の方から声が聞こえた。声の主は考えるまでもなくここの司書で私の部下の小悪魔だろう。

 

「ええ、おかげさまで。ありがとう」

 

 軽くお礼を言うと小悪魔は驚いた顔でこちらを見ている。目をぱちくりさせながら呆然としているので何事かと問うてみた。

 

「いえ、パチュリー様が素直にお礼を言うなんて思わなかったので。いい夢でも見ましたか?」

「失礼ね、まったく。・・・そうね、いい夢だったかもしれないわ」

 

 感慨深くなって自然とお礼が口をついたのかもしれない。私はこの館に随分とお世話になっているし、一番気に入っている場所であることは間違いない。普段ならそんなことは恥ずかしくて口にも出せないが、館の全員で一つの目的に向け団結するという事態を迎えて、改めて拾ってくれたレミィやその他の住人に感謝の気持ちを感じていた。

 

「左様ですか。ところで今回の侵入者は手強いようですよ、門を正々堂々入ってきた者もいます」

 

 私は小悪魔の言葉を聞いて暫く硬直した。門から入ったということは美鈴を倒して入ってきたということだ。今まで破られることのなかった紅魔館の門が初めて開かれた。その予想外の事態に頭が回らなかったのだ。

 

「もしかして私はそんなに長い間眠っていたのかしら?」

「いえ、およそ一時間です」

 

 異変には弾幕ごっこを用いてルールが設けられている。その中の一つに人間側は負けても何度も挑むことが出来る、というものがある。美鈴が何度も挑まれるうちに数日かけて突破された可能性を考慮したのだが、どうやら初見で破られたらしい。恐ろしい人間がいたものだ。

 

「でも真っ直ぐ進めばここには辿り着かないはずよ?」

「ええ、まあ多分来ますけどね」

 

 小悪魔の言葉が終わると同時に魔力の高まりを感じた。慌てて戦闘態勢を取ると図書館の扉が勢いよくぶち破られた。

 

「うっひゃ~すげえ量の本だなこりゃ」

 

 入ってきた金髪の少女は私達に気付くことなく周りの本に気を取られている。

 魔力を扱えているので魔法使いだろうと最初は思ったが、よく観察してみれば彼女は人間だ。人間で魔法使いなど酔狂な奴も居たものだ、と内心で嘲笑う。魔法使いは日々探究する生物だと言ってもいい、それこそ人間の寿命では到底目的を果たせないほどの研究を重ねることになる。そのため普通魔法使いは『捨虫・捨食の魔法』というものを習得する。内容はもちろん不老、そして食事を必要とせず魔力だけで生きる体を手に入れる、というものだ。逆にこの魔法を習得していないと魔法使いとして認めないという者も少なくない。

 私やアリスはこの魔法を習得しているが、今扉をぶち破ってきたこいつはその気配が感じられない。つまるところ私はこの少女を”不老を得られていない未熟者”と判断したのだ、弾幕ごっこでの勝負であることも忘れて。

 

「小悪魔、アレをつまみ出しなさい」

 

 ため息交じりに小悪魔に命令を出す。美鈴を倒してきた奴が他にいたのかもしれない、美鈴はまぐれで勝てるほどの相手ではないのだから。

 小悪魔は既に興味を失った私を一瞥すると一瞬にして金髪の前まで移動した。

 

「うおっ!なんだお前びっくりさせんなよ」

「ふははははは!私こそはパチュリー様の右腕にしてこの図書館の司書の小悪魔だ!」

 

 私は小悪魔のセリフに思わず肩をガクッと落とした。明らかにやられ役が吐くようなセリフを大声で叫び、あまつさえ私の存在まであの少女に知らせるという暴挙に出た。

 あの優秀な悪魔がヘマをするわけがない、つまり私への嫌がらせだろう。私は再びため息を吐いた、あの分だと小悪魔はわざとやられるだろうし私は戦う羽目になるのだろう。未熟者と戦うほど私は暇ではないというのに、何をやっているのだあの馬鹿は。

 

「ここの主様はパチュリーって名前なのか。おいそこのあんた!お前がこの異変の主犯か!?」

 

 そして私の存在に気が付いた金髪の少女は大声でこちらに叫ぶ。私は大声を出すのが面倒なので音を伝える魔法を使った。これはリリィが使い始めたもので、便利だから私も教えてもらった魔法だ。

 

「異変の主犯はお嬢様よ、用がないなら出ていってくれないかしら」

 

 極力戦うことは避けたい。なにせリリィの霧状化を安定させているのは私の魔法なのだ、無駄な消耗は出来るだけしたくない。幸いにもあの少女の目的は異変の主犯であるレミィであるらしいので、ここは無益な戦いをせずにご退場願おう。

 

「いや、用ならたった今出来たぜ。見たところあんたは魔法使いだろう?」

「ええそうよ、それがどうかした?」

「同じ魔法使いとして戦わないっていう選択肢はないな、そうだろ?」

 

 不敵な笑みを浮かべてこちらを睨む金髪の少女。どうやら彼女は私との戦闘をご所望らしい、全く以て魔法使いとは思えない性格だ。非効率的で好戦的、相手の力量を図ろうともしない。

 

「貴女は魔法使いじゃないわ、断言してあげる」

「おいおい、何を根拠に」

「色々言いたいことはあるけど、センスが欠けてるわ」

「・・・なんだと?」

 

 軽口を叩いてへらへらしていた少女は突然雰囲気を変えこちらを睨みつけてきた。どうやら気に障ることを言ったらしい、謝るつもりはないが。

 

「向いてないと言っているのよ、ご愁傷様」

「ああ、私はお前みたいに才能で全てのように決める奴は大嫌いだぜ」

「そう、悔しかったら見返してみたら?」

「言われなくても!」

 

 魔理沙は箒に跨ってこちらに向かって突撃してくるが、その行く手を小悪魔が阻む。そしてどちらからともなく弾幕ごっこが始まった。せっかくだし彼女の魔法とやらを見てやろう。もしかしたら彼女の人生で最後の魔法になってしまうかもしれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、やられたぁ~」

 

 ヒュルルルルルルル、と効果音が付くように墜落する小悪魔。もちろんやられる気満々で戦っていたのだろう。しかし私の関心はそこになかった。

 金髪の少女――霧雨魔理沙と名乗った彼女の魔法は人間とは思えないほどの魔力量と完成度だった。構造は至って単純、しかし密度とパワーで言えば私を上回っていた。先ほどセンスがないと評した過去の自分を殴りつける。相手をよく観察できていなかったのは私の方だったようだ。

 

「さあ、お待ちかねのボス戦だぜ」

 

 魔理沙がこちらに近づいてくる。私は頬に汗が一筋流れるのを感じた。

 ここで私が倒れるわけには行かない、私が倒れたら紅霧の負担は全てリリィがすることになる。それだけはダメだ、それでは私がわざわざリリィのサポートを申し出た意味がなくなってしまう。

 

「貴女への評価を少しだけ上げてあげる、人間の魔法使い」

「その上から目線が余計にムカつくぜ、自覚があるだけマシだけどな」

 

 後半は意味が分からなかったが、魔理沙の戦意は本物だ。手を抜けばこちらが危うい。

 

「私は努力して前に進むぜ、それが人間だ!」

 

 少し先で倒れている小悪魔が口の端を吊り上げたように見えたのは気のせいだろうか。

 

「返り討ちにしてあげる」

 

 大丈夫だ、自分を信じろ。今まで何百年も積み上げてきたものがあるじゃないか。才能が全てだと?笑わせるな。私がどれだけ研鑚を積み重ねてきたと思っているんだ。お前が生きた十数年など一瞬に思えるほどの長い時を私は魔法に費やしてきたんだ。才能もセンスも自分から見れば有無などわかるわけがない。それでも私は研究や実践を重ねてそれが正しいと信じてここまで来たんだ。

 それに私には目標があるんだ、こんなところで足踏みしている暇など無い。霧雨魔理沙、お前に手古摺っているようじゃこの先あの子に、リリィに追いつくことなんて出来やしないんだ。私の全身全霊を以てお前を倒す、それが今の私の最優先事項だ。

 私は一冊の魔導書を手に取り、決意と共に魔法陣を展開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「火符『アグニシャイン』」

 

 私のスペル宣言と共に火属性の魔法を繰り出す。特に強い訳でもトリッキーな動きをする技ではない。小手調べといったところだ。

 どうやら魔理沙は大きく旋回することで回避と前進を一片に行うようだ。戦闘においてはかなり効率的に戦っているようだ、センスが欠けているなどといった馬鹿者は誰だったか。

 また、繰り出される弾幕は星形のもので、スピードのある直線的なものが多い。当たればかなりのダメージを貰ってしまう。

 私は速い動きをあまり得意としない。なので狙っている部分を見極めて最小限の動きで回避をした方が良いというわけだ。アリスやリリィに言わせれば”ちょい避け”というやつだ。

 

「ほぉ、さっきの門番と言いうまく避けるもんだな」

「美鈴を倒したのは貴女だったのね」

「ああ、その通りだぜ」

 

 薄々そんな気がしていたがやはり美鈴を倒した侵入者の正体は魔理沙だった。しかしここで小悪魔の発言に疑問を覚え魔理沙に問うことにした。

 

「侵入者は貴女以外にもいるの?」

「ああ、もう一人紅白の巫女がいるぜ」

「なるほどね、そっちも貴方くらいの実力なの?」

「悔しいが私は今のところ霊夢に及ばない。ま、すぐに追いついて見せるけどな」

 

 目の前の人間は平気で言ってのけるが、人外と真正面から互角に戦える人間なんて簡単に見つかるわけがない。そんな希少種が館に二人も侵入してきたのだ。

 私が魔理沙の言葉を聞いて感じたのは恐怖でも焦燥でもない。ただ一つ、参加できなかったリリィを残念に思う気持ちだけだ。彼女が自ら決めたこととは言え、一番楽しみにしていたのもまた彼女自身であることに間違いはない、と私は思う。

 

「なんだ、お前霊夢と戦いたかったのか?」

 

 彼女を思う気持ちが顔に出てしまっていたらしい、目の前の魔理沙は盛大に勘違いをしてしまっているが。

 

「そんなわけないでしょう?戦いなんて無益なことしたいわけじゃないもの」

 

 今はこの戦いに集中しなければ。私が倒れるわけには行かないのだ。

 かぶりを振って思考を中断して2枚目のスペルカードを取り出す。

 

「水符『プリンセスウンディネ』」

 

 スペル宣言と共に水属性の泡状の弾幕をばら撒きながら水流のレーザーを相手に向かって放つ。

 ここからが私の本領発揮だ。火属性の魔法はリリィや妹様、レミィのように魔力に長けていれば万人が扱えるほどの初級魔法だ。しかし水属性となると流水が弱点の吸血鬼には扱えないし、その他の七曜に関しては私以外に扱える者は見たことがない。アリスのような熟練の魔法使いとなればいくつかは使えるかもしれないが(本人はリリィに上級の水属性魔法を使ったと言っていた)、七曜全ての属性となれば今までの永い時を費やしてきた私に勝る者はいないという絶対の自信がある。

 属性魔法の宝庫とまでリリィに言わしめたのだ、これだけはだれにもまねできない私だけの魔法だ。

 

「口だけじゃないってことか・・・」

 

 魔理沙が小さく呟く。私に聞こえるように言ったわけではないだろうが、この図書館内の音は全て私に聞こえるように魔法をかけてある。

 追い詰められた魔理沙は懐から一枚のカードを取り出した。相手の第一枚目だ。

 

「魔符『ミルキーウェイ』!」

 

 魔理沙のスペル宣言と共に大型の星弾幕が渦を逆回転させたように迫ってくる。さらに小型の星弾幕が不規則に撒かれているので回避が見た目ほど容易ではない。

 何と言っても一つ一つの弾幕の密度が高い点が厄介だ。小弾幕でも一つ受ければ見過ごせないほどのダメージになってしまうため多少大げさにでも避けなけばならない。

 

「弾幕ごっこの経験は少ないと踏んでいたんだがな」

「うちの館には暇人が多くてね、付き合わされてたのよ」

 

 今の言葉は半分嘘だ。私自身弾幕ごっこには興味もあったし、魔法の研究やリリィのことについても煮詰まっていた矢先に、丁度よく暇つぶし兼新しい実践形式の研究方法舞い込んだと言ったところだった。

 私はもちろんアリスも誘って館の住人や親しい者と交流会のように試行錯誤と試合を繰り返した。それはリリィを救うための手段として受け入れたであろうこの遊びは、結局のところ私達も大いに楽しんでいたというわけだ。

 妹様のようにあっちこっち飛び回って暇人を見つけては引っ張りまわしている者もいたが、どうせ紅魔館の住人のほとんどは暇人だ。特に誰に迷惑がかかるわけでもないだろう。

 

「さっきの門番もよく避けるわけだ」

「あれでも美鈴は随分慣れていない方よ?」

 

 今の言葉は本当だ。綺麗な色の弾幕を張る美鈴だが、武闘家だった彼女にとって弾幕ごっこは不得意な分野だったようだ。当然だ、本来武術を駆使して相手を打ち倒すことだけを考えていたのだから綺麗に魅せることなど考えもしなかっただろう。本人が楽しそうなので気にすることはないが負け続きで特に何も思わないというわけではないだろうに。

 そんなやり取りをしていると魔理沙のスペルが時間切れ(ブレイク)した。この隙を逃すほど馬鹿ではない。

 

「土符『レイジィトリリトン』」

 

 そろそろ息が切れてきた。詠唱もせいぜいがあと一回で限界だろう。まったく、こんな日に限って体調が悪いのだから困ったものだ。

 『レイジィトリリトン』は土の属性を持つ魔法を行使するスペルカードだ。これは恐らく一番試行錯誤を繰り返したであろう技だ。なぜならこの魔法は破壊力と耐久に優れる実用的な魔法であり、美しさを追い求めた魔法ではないからだ。

 

結晶(クリスタル)か?・・・いや、アレは岩だな」

 

 私がたどり着いた結論は、形を削ることだった。ただの岩石では何の美しさもない、ならば綺麗な形の岩を形成すればいい。

 そこで私が模したのは魔法の素材の中でも貴重なクリスタルと呼ばれる宝石の塊だ。自然形成されたクリスタルは綺麗な角を持ち、また尖った欠片を重力で引っ張って留めてあるような外見をしている。

 魔理沙の前に現れたのはそのクリスタルの形をした岩石、というよりも小さな岩石のかけらを重力によって集めた塊だ。そして内側から力を開放すればこの欠片の一つ一つが弾幕となって魔理沙に襲い掛かる。

 直線的で変化が少ない分スピードとパワーに長けた技だ。何より数が多いのでそう簡単に避けられないだろう。

 

「ここでゲームオーバーよ」

 

 この距離では避けられない、そう考えた私は勝利宣言をした。既に意識は次にこいつが来たときにここまで侵入されないようにする計画へと向いている。だからだろう、私は魔理沙の取り出したモノが何かも、彼女の眼に諦めの色が全くないことにも気づけなかった。

 

「パワーとスピードは私の領分だぜ!」

 

 そう言って不敵な笑みを浮かべる魔理沙。手には鉄製の角ばった道具。

 私は慌てて魔理沙の方に意識を戻すが、その時には既に彼女の攻撃は開始されていた。

 

「恋符『マスタースパーク』!!」

 

 彼女が叫ぶと同時に、彼女の持つ道具から極太の魔法光線が放たれる。それはまるで隕石がこちらに向かって飛んでくるような錯覚を覚えるほどの衝撃だった。その膨大な魔力に『レイジィトリリトン』は耐えることが出来ずに崩壊していく。

 

「くっ!」

 

 避けようとするが既に彼女の魔力光線は私の眼前に迫っていた。話てて魔法陣を展開して防御用の魔法を構築する。

 

――――土&金符『エメラルドメガリス』

 

 本来は大型の弾幕と小型の弾幕を駆使して相手の動きを制限する技だが。今回は大弾幕を終結させて防御に、小型の弾幕を攻撃に使い分けることにしよう。

 しかしそんな小弾幕はものともせずに『マスタースパーク』は私の盾に激突した。

 

「ぐ、あああああぁぁぁあ!!!!」

 

 『エメラルドメガリス』は土の属性と金の属性を持つ私の中で最大の防御だ。スペルカード用に作り変えられているとはいえ、その耐久は吸血鬼の妖力弾すらも防ぎ得る。その私の鉄壁を、この人間はぶち破ったのだ。私の負け、それも完敗だ。

 私がよろよろと地面に落ちてから床に突っ伏したのを確認すると、魔理沙も降りてきた。

 

「なぁアンタ、本気じゃなかったろ」

「なによ、情けのつもり?」

「いいや、そんなんじゃないさ。だけどまだまだ手持ちがあるだろって言ってるのさ」

 

 魔理沙の言葉は正しかった。今回使ったのは私の手持ちの半分にも満たない数だ。しかしそれと私が本気かどうかは別の問題だ。

 

「ええそうね。でも貴女は私の防御を破った、貴女の勝ちよ」

「ああそうだ、私の勝ちだぜ」

 

 ニッと私に快活な笑みを向ける魔理沙。これ以上彼女を見ていると余計に自分がみじめに思えて、咄嗟に目を逸らしてしまった。

 

「しかしこっからどこに行けばいいんだ?来た道を戻るのも・・・ん?」

 

 図書館は行き止まりだと教えてやろうとしたが、その前に彼女が何かを見つけたようだ。彼女の視線を追うとそこには―――――

 

「お、扉があるじゃないか。あっちがお嬢様とやらの居場所か?」

「ッ!?そっちはダメ!!」

 

 扉の方へ足早に歩く魔理沙に向かって思わず私は叫んでしまった。

 そこには今の戦いで壊れてしまったであろう本棚を模した置物だったものが崩れていた。この図書館の本棚や本にはすべて防護魔法がかかっているため壊れることはないが、アレだけは別だ。

 

「なんだよ、こっちじゃないのか?」

「ええ、大人しく引き返しなさい」

 

 私の言葉に、しかし魔理沙は頷かずにじっと扉を見つめている。その目には魔法使い特有の、好奇心と探究心の光が宿っていた。

 

「じゃあそっちには何があるんだ?」

「何もないわ」

「何もないのに必死で止めるなんてことはないだろ」

 

 口の端を吊り上げて再び歩き出す魔理沙。私は力ずくで止めようとするが体が動かない。詠唱すらも今の体力ではままならない。

 

「目の前に謎があるってのは気味が悪いのさ。お前も魔法使いならわかるだろ?」

 

 彼女の言葉に私は心の中で同意した。魔法使いとはそういう生き物だからだ。だからと言ってここを通すわけには行かない。必死で手を伸ばすが魔理沙は遠ざかるばかりだ。

 

「じゃあそろそろ私は行くぜ」

「お待ちください」

 

 扉の前で私に振り返った魔理沙は、思わぬ乱入者に目を大きく開いた。

 

「お前は・・・」

「小悪魔です、さっきぶりですね」

 

 いつの間にか魔理沙の前に回っていた小悪魔は手に持つ三叉の槍を魔理沙の喉元に突き付けている。

 

「さっきと雰囲気が違うじゃないか、お前も手加減していたのか?」

「弾幕ごっこは遊びですから」

 

 でも、と小悪魔は言葉を続ける。

 

「ここから先は遊びじゃ済みません。それでも貴女は進みますか?」

「それは、死ぬかもしれないってことか?」

「ええ、命の保証は出来ません。死んでも自己責任ということです」

 

 小悪魔はまるでここにいない者に話しかけているようだった。何となく相手は予想がつくが。

 

「へっ、そんなの決まってるだろ」

 

 小悪魔の雰囲気に気圧されていた魔理沙は、すぐに不敵な笑みを浮かべ言い返す。

 

「進むさ、ここで死ぬっていうんなら私は魔法使いとしてその程度だったってことだ」

「そうですか」

 

 一度小悪魔は目を瞑って、再び目を開けた。そこに宿るのは心配の色でも、軽蔑の色でもない。期待、私にはそう見えた。

 

「どうか、お気をつけて」

 

 私にはその言葉の真意がわからなかったが。それを考えるには少し体力が足りない。

 私は短く息を吐くと仰向けになった。リリィに欠けた安定化の魔法はまだ解けていない。だが維持が困難になっている今、私がすべきことは体力の回復に努めることだ。既に私の頭から金髪の少女のことは消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉を超えた先は薄暗い廊下だった。てっきり魔法の研究所かと思っていた私はがっくりと肩を落とした。同じようにランプが等間隔に並んでいるだけの廊下は先が見えないので余計に長く感じる。何個か部屋を見て回っているがほとんどが空き室だった。

 

「はぁ・・・本当に何もないじゃないか」

 

 先程倒した少女の言うことを聞いておけばこんな陰鬱な気分にもならなかっただろう。命の危険どころか本当に何一つない廊下だった。

 

「戻るか・・・うん?」

 

 同じように廊下が続いているように思っていたが、一つだけ他と違う扉があった。他の部屋の扉と違って足元のカーペットと同じ紅色に塗られた綺麗な扉だ。そして何より目を惹くのは――――

 

「魔法陣・・・?なるほど、これがカギになってるのか」

 

 おそらくこの扉の鍵となっているであろう魔法陣だ。中心の大きな魔法陣と周りでつながっている3つの小さな魔法陣、これをすべて解かなければ入れないようだ。

 間違いない、これが研究所の扉だろう。私はそう決めつけた。

 頭の中で「近づくな」と警告が鳴っている。ここは危険だ、逃げろと勘が告げている。気が付くと扉に伸びた手は震えていた。冷や汗が背中を伝って頬を生暖かい風が撫でた。この館にはそういえば窓もなかったはずだ。

 

「こんなところまで来て退けるかよっ・・・!」

 

 それでも私は無理やり魔法陣に手を付けた。もちろん防御の魔法は貼ってあるしいつでも動ける臨戦態勢を取っている。どんな罠でもすぐに反応できるように集中力を高める。

 だが私の予想は見事に裏切られた。魔法陣に手を付けた瞬間に複雑怪奇な術式が私の頭の中に流れ込んできたのだ。

 

「う、うわあああああああああ!!!!!!」

 

 咄嗟に私は手を放した。向かい側の壁まで後ずさりして、背中をつける。途端に足の力が抜けてその場に座り込んでしまった。

 

「な、なんだ今の・・・」

 

 私では到底理解できないような難解な術式。これはあの紫の魔法使いが掛けたモノではないと直感的に理解した。

 

『誰ですか?私の部屋に入ろうとしたお馬鹿さんは』

 

 突然頭の中に声が響いて肩をびくりと震わせた。幼い子供のような声だった。

 

「だ、誰だお前は!」

 

 私は誰もいないはずの廊下に叫ぶ。しかし返答は暫く帰ってこなかった。

 

『ふふっ、本当にお馬鹿さん。命を大切にしないなんて』

 

 そして返ってきたのはゾクリと寒気がするほど冷たい声だった。声が聞こえなくなると同時に扉の魔方陣からただならぬ気配を感じた。

 引き込まれるように、そして一度向けた視線は扉から外せなくなっていた。まるで獲物を誘い込む蛇のような恐ろしいオーラを放つ魔法陣に私は段々と―――――

 

「あ、ああ、ああああああああああああぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!!!!」

 

 私はその場から弾かれるように飛んだ。そしてその先に出口があるのかも考えずに来た道と逆方向の廊下を全速力で突っ切った、あの場所から少しでも離れるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こんな量を書いたのは初めてでした・・・

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。